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「歩む道異聞(異邦者 前編)(GS)」

テイル (2006-06-05 04:01)
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 前書き。

 これは歩む道に連なるお話です。
 が、これ短編でも全く問題はないものです。

 なお作中の言葉遣い(特に貧乏神……)がおかしいぞ、等はどしどしご指摘をば……。
 適時修正致します。

 では、どうぞ。


 神界のある神殿にて。

「次元震を観測」
「場所、人間界」
「霊圧が出現。霊質を照合……一致しました。通達のあった存在と断定」
「霊圧消えました。隠行に入ったようです」
 次々にもたらされた情報に、神殿の主は考え込んだ。どうするべきか迷っているところに、不意ともいえるタイミングで思念波が届く。
『そっちでも観測したか?』
 そのよく知った念に、主は少し呆れながら返事をする。
『唐突ですね。しかしそのように尋ねるということは、そちらでも?』
『ああ、観測したわい。ということは、やはりそっちでも観測しとんのやな』
『ええ、通達通りにね。彼は間違いなく、この世界に降り立ちましたよ』
『そうか。ほなしゃあないか。正直、気が進まんけどなぁ』
『それは私もですよ。しかし仕方がないでしょう。彼のやっていることは間違っていることです』
『本当にそう思うんか?』
 種族を越えた友人の思念に、その存在は顔を歪めた。
『……あまり苛めないで欲しいですね』
『ああ、すまんかった。まあわしらの感情は関係ないさかいな。あれのやっていることが正しいか間違っているかなんて、議論するだけ無駄や』
『そうですね。彼を排除するという事実は、変えようがないのですから』
『そうやな。で、どないする? こっちで手を打とうか?』
『いえ、私の手のものを。……彼女達に行かせます』
『彼女達、か。それならそれでかまわんけれども……それはちーと、酷やないか?』
『そうかもしれません。しかしそうでないかもしれません。……考え方次第ですよ』
『確かに、な。ほなそれで行こ。よろしゅうたのんますわ』
『ええ』
 友人からの思念が途絶えると、その存在はすぐに口を開いた。
「竜神王に連絡を」


 冷たい風が彼女の身体を打った。安物のコートではこの寒風を完全に遮ることはできず、小鳩は体を震わせる。口から漏れた吐息は思ったよりも白く、小鳩の目の前で拡がり、そして消えていく。
 買い物袋をぶら下げた方の手はそのままに、小鳩は残る手を頬に当てた。少し温かい。
「大丈夫か、小鳩?」
「うん。ちょっと風が強かったね、貧ちゃん」
 隣を浮遊する貧乏神の心配そうな顔に、小鳩は笑顔を向けた。
 貧乏神の両手には小鳩と同様に買い物袋が下がっている。買い物の帰りなのだ。
「はよ帰ろう。風邪ひいてまうで。今日は天気が悪いさかいな」
「うん」
 空は灰色の雲に覆われていた。雨が降らないだけましなのかもしれないが、陽の光を遮られた世界は昼間だというのに薄暗い。
 気温も低い。現在小鳩たちが歩く路面は白く彩られ、凍結しているのが一目でわかる。その上を歩く小鳩達も凍りそうだ。
 外出するには寒すぎる日といえた。休日である本日、本来ならば一日家にいるのが上策だったろう。エアコンなんて贅沢なものはないが、中古屋で買った炬燵ならある。そこへ潜って蜜柑でも食べていればいいのだ。
 もっとも蜜柑どころか今日の食材すらないのでは、買い物の為に外出もやむなしである。小鳩達がこんな寒い日にわざわざ外へ出ている理由であった。
「あ……」
 アパートの近くまで帰ってきたとき、小鳩が不意に声を上げた。空から落ちてくる白いものに気づいたからだ。反射的にさしのべた手に、それはそっと乗った。
 それは大きな雪の結晶だった。十円玉ほどはあるだろう。手袋をしている為冷たくはないが、そのあまりの大きさに小鳩は目を瞬かせた。
「雪やな。それも牡丹雪言う奴や」
 隣からのぞき込んだ貧乏神はそう言うと、空へと視線を注ぐ。そこにちらちらと降ってくる無数の大きな雪を認めると、小鳩を促した。
「これは積もるやろな。寒い寒いおもてたら、これや。さっさと帰るで、小鳩」
「うん」
 幸いアパートはもう近い。二人は小走りになりながら家路を急いだ。
 そしてアパートの階段まで帰ってきたとき、そこに意外な光景を発見して立ち止まる。
「………」
 階段のすぐそばに、人が一人俯せに倒れていた。見たところ男性、それもまだ若いように思える。冬だというのにジーパンにジージャンのみの服装、頭に巻いたバンダナが目立つと言えば目立つ。
「なんや、行き倒れか? 貧乏ったらしい格好やな」
 じろじろと無遠慮に眺めながらそう呟くと、貧乏神は興味を失ったように階段に向かった。そして半ばほど上ったところで振り返る。
「ほら、なにしとる。はよ家に入ろうや」
「で、でも」
 小鳩は倒れている男を心配そうに見ながら、おずおずといった具合に近づいた。
「あの、もしもし?」
 そっと背中に手を置いて揺り動かしてみるが、気がつく様子はない。背中がわずかに動いているから生きてはいるようだ。
 ただその身体はかなり冷えている。
「なにしとるんや?」
 そんな小鳩に、貧乏神は呆れた声をかけた。
「何って、このままじゃ」
「大丈夫や、小鳩。なんの心配もいらん。雪が全て白く染め上げてくれるよってな」
 それは、果てしなくまずいのではなかろうか。
「貧ちゃん……」
 小鳩の悲しげな声に貧乏神は一瞬怯んだように表情を浮かべると、一瞬だけ逡巡し、そしてやれやれと呆れたような視線を階下に向けた。
 貧乏神は階段を下りると手に持っていたビニール袋を小鳩に渡し、代わりに倒れていた男を背負う。
「今日日行き倒れなんて滅多にないで? ほっときゃいいもんを……」
「だって……」
「ま、ええわい。それが小鳩のええとこやしな。それにしても、貧乏神と貧乏神付きに助けられるとは、妙なやつやなぁ」
 貧乏神はぼやきながらも、男が落ちないようしっかりと背負い、部屋に連れ帰る為に階段を上り始めた。


 アパートの部屋に戻った小鳩は、まず最初に炬燵のスイッチを入れた。いつもなら最初に母親の遺影に手を合わせる所だが、今日は凍えている人間が一人いる。蒲団を敷いてそこに寝かせることも考えたが、底冷えが厳しいから炬燵の方が温まるだろう。
 炬燵はスイッチを入れたからと言って、すぐに温かくなるモノではない。それでも貧乏神はかまわず背負っていた青年を炬燵の中に放り込んだ。元々大きくはない炬燵だから、これで小鳩達が入る余地は皆無だ。
 それでもはみ出そうとする手足を、小鳩はそっと炬燵布団の中に押し込んだ。その際靴下だけは脱がせた。手足に直接触れる為だ。
「……ん、大丈夫かな」
 小鳩は青年の手足をそっとさすると、そう一人ごちた。青年の手足は冷たかったが、凍傷にかかるほどではないようだった。必要ならば大量に湯を沸かそうかと考えていたが、これならば飲む分だけで事足りるだろう。
 小鳩は立ち上がるとコートを脱いだ。その下から現れたのは学校の制服だった。今日は祝日だったが、普段着代わりに着ているのだ。
 コートをハンガーにかけると、部屋の隅に置かれている小さなテーブルの前に座った。テーブルには写真立てが置かれており、その中には一人の女性がそっと微笑んでいる。
 小鳩の母親だった。涙が枯れるほど号泣したその日から、既に二ヶ月が過ぎている。
「遅くなってごめんなさい。ただいま、お母さん」
 手を合わせて軽く瞑目する。特に何かを考えるわけではない。ただ生前の母親の笑顔を思い出すだけだ。
 小鳩をいつも温かな目で見ていた母。
 怒ったことなどなく、いつも微笑んでいた母。
 辛い苦しいを、決して表に出さなかった母。
 死の間際、自分の不遇ではなく、ただ小鳩の為に涙を流した母。
 小鳩は目を開く。脳裏に浮かんだ光景と写真が重った。思わず唇をかんで立ち上がる。これ以上ここに座っていると、また泣き出してしまいそうだ。母親が亡くなってから幾日も泣き暮らした。もう涙を流すのは十分だ。
 いつまでも見ていたいという欲求に抗いながら、小鳩は母親の遺影を背にして振り返った。その目に流しの前に立つ貧乏神が映った。
 どうやらやかんに火をかけてくれているらしい。最近外から帰ってくると白湯を飲むのが習慣となっている。最近気温は下がるばかりだし、何か温かいものでも飲まなくては身体が冷えて仕方がない。今日などは特に、炬燵に入れないからなおさらである。
 小鳩はなるべく中に入らないように気をつけながら、炬燵の前に座った。そこに貧乏神が湯飲みをもってくる。部屋が寒いからだろう。もうもうと白い湯気が立ち上る様は、見ているだけで身体が暖かくなってくる。
「ほれ、小鳩」
「ありがとう、貧ちゃん」
 礼を言いながら受け取り、一口すすった。沸かされたばかりの白湯はとても熱かった。 思わず小鳩はほっと息をつく。
 お茶ではなく、白湯でも十分落ち着ける……そんな自分は貧乏性なのだろうと思うが、本当のことだから気にしない。白湯で間に合っているのだから、無理にお金を出してお茶を飲む必要はない。それが小鳩の意見である。
 かじかんだ手を温めるように湯飲みを持ちながら、小鳩は炬燵で眠る青年を見た。その寝顔はとてもあどけない。体付きは青年と言ってもいいが、顔つきは少年のようにも見えた。自分よりは年上だろうと思うが、実際の年齢がいくつなのかよくわからない。十代半ばから、二十代半ばのどこでも当てはまるような気がする。
 いったいこの青年は何者なのだろう。近所の住人なのだろうか。小鳩の知る限り、初めて見る顔なのは間違いないのだが。
「お」
 小鳩に向かい合って座っていた貧乏神が、不意に声を上げた。首をかしげてみせる小鳩に、貧乏神は視線を青年に送ってみせる。
「気配が揺らいだで。目覚める兆候やな」
 貧乏神の言葉に改めて青年を見ると、その表情に動きがある事に気づいた。ぴくぴくと瞼が動いているのだ。眼球が動き出した証拠である。
 そして小鳩が見守る中、青年の目がゆっくりと開いた。焦点のずれた目をきょろきょろと動かし、やがて小鳩に気づいたのかぼへっとした目を向けた。
「あ、あの」
 多少濁っているとはいえ、自分を見つめている。小鳩は取りあえず笑みを浮かべながら、話しかけようと口を開いた。
 その小さな口から、さらなる言葉が紡がれることはなかった。青年が小鳩の顔から視線をゆるゆると下げたからだ。
 そして次の瞬間、青年の目がかっと見開かれた。ぼやけていた焦点ははっきりと像を結び、濁っていた目からは輝かしいばかりの光が放たれた。しかもその顔には何故か満面の笑みを浮かべている。
 いきなりのことに少し驚きながら、小鳩は青年の視線の先を追ってみた。
 ……青年の目の輝きと表情の意味はすぐにわかった。小鳩の顔がみるみる薄紅色に染まっていく。
「……どこみとんねん」
 じとりと湿った視線を青年に送り、貧乏神は不機嫌そうに言った。
 慌てて自らの胸を押さえる小鳩を、その目端にとらえながら。


「いや〜、どうやら助けてもらったみたいっすね。横島、感激!! あ、横島って俺のことっすけど」
 目覚めた青年は身体を起こすと、笑いながらそう名乗った。
 小鳩はその裏表のないあけすけな笑顔に、こちらも笑顔で返す。
「いえ、困ったときはお互い様ですから。あ、私花戸小鳩といいます。こちらは貧乏神の貧ちゃん」
 紹介された貧乏神は湯飲みを持ったまま横目で横島を睨むと、ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らした。
 その態度に慌てたのは小鳩である。
「あ、あの。すいません。悪い子じゃないんですけど、人見知りしちゃうの」
「小鳩。別にこんなんに謝らんでもええ。そもそもや、あんた気いの付いたんやったらとっとと出てったらどないや」
 あくまで不機嫌そうに貧乏神は言った。
 そんな貧乏神に横島はわははと笑い、「そうしたいのは山々なんだけど」と胸を張った。
「……なんやねん」
 そう尋ねた貧乏神の目の前で、横島の身体が傾く。そのままぼてりと横になって、彼は言った。
「身体はあったまったけど、腹が減って動けないのよーん」
 横島の言葉に、貧乏神が持っていた湯飲みに罅が入った。
「この期に及んで飯までたかろういうのか。ええ度胸や……」
「おおう、怖っ」
 ドスの利いた声とヤクザ真っ青のガン付けに、横島は慌てて小鳩の後ろに隠れる。そしてそのまま後ろから抱きついた。
 いきなりのことに身を硬くする小鳩。しかし貧乏神に脅されて怖がっていると感じているので、嫌がるどころか落ち着かせるように手を重ねたりする。
 正面から見ている貧乏神には、にやける横島の顔が見えてなおさらヒートアップ。
「おどれ……」
「び、貧ちゃん!」
 殺気すら放ちつつ立ち上がる貧乏神に、さすがの小鳩も諌めるよう声を上げた。
「駄目よ、貧ちゃん。怖がってる」
 それが怖がってる奴の顔か? 横島と名乗った男の顔は、明らかに小鳩の身体の柔らかさを楽しんでいる。そのことが貧乏神の怒りに油を注ぐ。
 とはいえ、小鳩に面と向かって注意されては矛を納めるしかないのも事実。
 歯噛みしつつも、貧乏神は腰を下ろした。
 それを見た小鳩は、いまだ抱きつく横島に声をかける。
「あの。ご飯作りますから、食べて行って下さい」
「いいの?」
「はい。困ったときはお互い様ですから」
 その言葉に感激したように、横島は小鳩をきつく抱きしめた。
「なんていい子なんだっ。横島、マジ感激ーっ!」
 それを見ていた貧乏神の手の中、ぐしゃりと言う音とともに、湯飲みは“元”湯飲みにその姿を変えたのだった。

 ぐつぐつと鍋が煮える音が聞こえた。漂ってくる香りは食欲をそそり、包丁がまな板を叩く音は期待感を膨らませる。
 横島は炬燵にもぐったまま、背中を向けている小鳩を見ていた。小鳩が動く度に微妙に体勢を動かしているのは、スカートの中を覗こうとしているからに違いない。少なくとも貧乏神にはそう思えた。
 炬燵の前で白湯を啜りつつ横島を睨む。どう足掻こうと横島の位置から小鳩の下着は見えないはずだが、視線そのものが貧乏神の癇に障る。正直殴り倒してやりたいところだが、そんなことをすれば小鳩はまた怒るだろう。
 貧乏神の視線が小鳩に向かった。小鳩は鼻歌を歌いながら料理を続けている。その姿は無防備としか言えないものであり、そのことが貧乏神を不安にさせた。自分の身体が女として成熟しつつあることにまったく自覚がない。見知らぬ男を無警戒に部屋に入れるわ、何事も善意に受け取るわ、見ていて危なっかしくてしょうがなかった。
(小鳩はわいが守らなあかん……)
 決意を新たにしていた貧乏神は、ふと横島が自分を見ていることに気づいた。
「……なんや?」
 ドスを利かせ、かつ小鳩に聞こえないように恫喝する。しかし横島はまったく気にせず、こちらも小鳩に聞こえないように言う。
「小鳩ちゃんって可愛いな」
 その言葉に貧乏神の表情が歪んだ。即座に第一種警戒態勢を敷くと、横島が不穏な動きをした瞬間に殲滅の覚悟を決めた。小鳩が怒ろうが知ったことか。
 貧乏神が胸中で危ない覚悟を決めたことに気づきもせず、横島は気さくに貧乏神に尋ねた。
「小鳩ちゃんって、いくつなんだ?」
 その質問に素直に応えるのも癪だった。しかし自分が応えなければ本人に聞くだけだろう。ここで応えておけば小鳩との会話が一つ減る。
 一瞬でそう計算した貧乏神は、不機嫌そうに応えた。
「十二歳や」
「へえ……十二歳、か。でも制服ってことは中学生だろ? もうすぐ誕生日?」
「そうやな」
 そうだ。もうすぐ小鳩の十三歳の誕生日。去年まではささやかながらもお祝いをしていた。今年もしてあげなくてはいけないだろう。……去年と比べて、人数が一人少ないのが胸を締め付けるが。
 貧乏神の悲しげな視線が部屋の隅に注がれた。テーブルの上の遺影。それは小鳩の母親のもの……。
 貧乏神の視線を追った横島が遺影に気づいた。
「あれ……もしかして、あの子の母親かい?」
「せや」
「亡くなった、のか?」
「二ヶ月前や。まだ小鳩の傷も癒えとらん。当然といえば当然や。……せやけど、小鳩は強う生きようとしとる。運命に負けないよう、歯を食いしばっとるんや」
 貧乏神の視線が横島を射抜いた。
「あの子は、わいにとって宝や。万が一傷つけようとしたらその時は……冗談抜きに、殺るで」
 貧乏神の目に宿るのは、悪鬼羅刹もかくやと言えるほどの殺気。どれほど鈍い感性の持ち主であっても、その眼光には身を振るわせただろう。それだけの迫力が貧乏神の目にはあった。
 しかしやはり横島は動じない。
「おお、怖」
 ただそう言って、貧乏神を見つめ返しただけだった。
 その顔に微笑をたたえながら……。

「完成〜」
 小鳩の声がアパートに響いた。貧乏神が振り返ると、ニコニコしながら鍋を持ってくる小鳩の姿があった。
「あ、貧ちゃん。ごめんね」
 脇にどいた貧乏神に謝りながら、小鳩は鍋を炬燵机の中心に鍋を置く。ふんわりと芳しい香りが漂う。鍋の中身はおじやだった。
「おおおお」
 涎を垂らしながら身を乗り出したのは、やはり横島だった。
「もうちょっと待っててくださいね」
 小鳩はその様子に笑みを浮かべると、おじやをよそう為のお椀を取りに行く。
 その隙に横島が貧乏神に身を寄せた。
「小鳩ちゃんて、料理上手いんだな!」
「まだ食うとらんのに、そないなこというか。でもま、そうやな。母親直伝や。特に今回は上手にできたようやな」
 さすがにこういう褒められ方をされて悪い気分にはならない。小鳩は貧乏神にとって孫であり、娘であり、そして妹だ。たとえ横島の言葉とはいえ、機嫌の良さは急上昇した。
 出来のいい鍋の中身に思わず見入っていると、さらに横島が言葉を続けた。
「ところで貧。小鳩ちゃん固まってんだけど」
「気安く呼ぶな……何?」
 振り返った貧乏神が見たものは、手に持ったお椀とスプーンに視線を落としている小鳩の姿だ。その横顔に憂いの色を見て、貧乏神は立ち上がる。小鳩が何を考えているのか、それはすぐにわかった。
 三人分のお椀とスプーン。二ヶ月前はずっと使っていた数。そしてこの二ヶ月間は、一度として使わなかった数。
「……小鳩」
「あ」
 呼びかけられて、小鳩は我に返った。すぐそばに貧乏神が立っている。その心配そうな顔を見て、小鳩は微笑んだ。
「ごめん、貧ちゃん」
「大丈夫、か?」
「……うん」
 心配ない。そう貧乏神に頷いてみせると、小鳩は横島の元へ向かった。伺うような視線を向ける横島に、小鳩はやはり微笑んでみせた。
「どうぞ」
 横島に手渡しで食器を渡すと、横島の向かいに腰を下ろした。
 遅れて腰を下ろした貧乏神は、なおも心配そうな顔を小鳩に向けていた。だから小鳩は微笑む。心配させたくないから、微笑む。
「食べよう、貧ちゃん」
「そうや、な」
「横島さんもどうぞ」
 こうして花戸家で食事が開始された。

「食った食った美味かった!! ごちそうさま〜」
 食事を終えた横島は手を合わせると、そのままごろんと横になった。お腹はいっぱい。身体は炬燵でぬくぬく。
「幸せ〜」
 満足そうな笑みを浮かべる横島に、小鳩は鍋や食器を片づけながら指摘した。
「あ、駄目ですよ横島さん。食べてすぐに寝ちゃうと、牛さんになっちゃうんだよ?」
「大丈夫。豚になるよりましだという格言があるからな!」
「それ、格言でもなんでもないやろ。つーか、意味わからん」
 食後の白湯を啜りながら貧乏神は突っ込む。しかし横島は聞いていない。
「ああ、食ったら眠くなってきた……」
 そのまま横島は目を閉じて眠る体勢に入った。
 それを見た貧乏神のこめかみに血管が浮く。
「おいこら待たんかい。何当たり前のように寝ようとしてんねん!! もういいやろが。とっとと出ていかんかい!」
「そういうなや、貧。この寒空に行く当てのない人間放り出すなよ」
「気安く呼ぶなっちゅーとろーが! って、行く当てがない?」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ困ったことに。そうでなきゃこのご時勢、行き倒れたりしないって」
 洗い物をしながら振り向く小鳩に横島は笑って見せる。その顔に暗い影はまったくない。それを貧乏神は妙に思った。
 本当に行き倒れていたのなら、今日の気温なら死んでもおかしくない。実際小鳩と貧乏神が見つけなかったら、あのまま雪に埋もれて凍死していても不思議はなかった。だというのに、横島は平然としている。
(もしや小鳩に近づく為に? いや、いくらなんでも考えすぎか?)
 自らの神経質すぎる考えに一瞬迷う。それでもやはり貧乏神は口を開いた。疑念ははっきりさせておくべきだ。
「一つ質問や。横島、あんさんなんでこのアパートの前で行き倒れとった?」
「ん? ああ、そういえば行き倒れの経緯話してなかったけ。それは失礼しました。実はさ、俺このアパートに人を訪ねに来たんだよ。この部屋の隣だったんだけどさ」
「隣の部屋、空き部屋ですよ」
 洗い物を終えた小鳩が、手を拭きながら戻ってきた。炬燵にもぐると首を傾げて見せる。
「確かアパートの大家さんが、ずっと借り手がつかないって言ってたような……」
「そうそう。俺もそれ聞いたよ、大家さんに。もうびっくり。空からは雪が降って来るしさ、金はほとんどないしでさ。聞いていた住所を必死で探して、やっと見つけたと思ったらこれだろ。大家さんに空き部屋って聞いても諦めきれずにもう一度尋ねて、でもやっぱり空き部屋は空き部屋で。途方にくれながら階段下りた瞬間、くらっと来てさ。次に目覚めたらここだった」
「大変だったんですねぇ」
「そうなんだよ」
 うんうんと二人して頷きあう。
「まあいつまでも面倒見てもらおうとは思ってないさ。でもさ、暖かくなるまではおいてくれない? 明日か明後日かわかんないけど」
「そうですねえ……」
 横島に拝まれた小鳩は、少し困った顔で隣に目を向けた。そこにあった怒りの貧乏神の姿に、びっくりする小鳩。
「却下や」
 据わった目で、にべもなく言われた。
 最も物怖じしない横島は、そんな貧乏神の肩を気さくに叩く。
「おいおい貧よ。そりゃねえぜー、冷たいじゃんか」
「気安く呼ぶな触るな!! ちゅーか、おどれはどこまで厚かましいんじゃ!! そもそもここにおどれを泊めることに、わしらにどんなメリットがあるっちゅうねん」
 それ以前に、小鳩が住むこの部屋に男を泊めるなどありえない。不許可。
「そういうなよ。礼はするって。えーと、取り合えず有り金全部と」
 取り出したのは千円札が二枚ほど。食費ぐらいにはなるだろうが、メリットとは呼べまい。
 しかし次に横島が見せたものに、貧乏神の目が見開かれた。
「あとはこれかな」
 横島の右手から、刃が伸びた。それが霊波刀と呼ばれる霊能武器であることを、貧乏神は知っている。しかし過去に見たどんな霊波刀とも、それは違った。
 まず見た所、霊力によって構成されているようには見えない。その姿は完全に物質化しており、その硬質感や重量感すら想像が出来るほど。そして何より特筆すべきは、その霊波刀に込められている霊力量だ。その霊波刀から感じる霊圧は、貧乏神の知る限り、完全に人間の範疇を超えている。
 膨大とも莫大ともいえる霊力を込めたが為に、物質化している霊波刀。
「神殺し、と呼んでる。これでそこの貧乏神をぶっ殺……もとい、除霊してやるよ」
 にこやかに笑みを浮かべながら、横島は小鳩にそう言った。


 後書き。

 前書きにも書きましたが、貧乏神の口調に関しては、ご指摘、突っ込み等ありましたら、遠慮無くお願い致します。

 これでも頑張ったとです。しかし違和感ありまくり……?
 他の皆様こう言った口調はどうしてるんでしょう。

 このままでは氷室のお姉ちゃんが恐くて書けやしないですな。
 おかげで忠雄くんの続きがなかなか進まなかったりします。


 ちなみにこの続きは明日投稿予定です。
 中編だけど。

 以上、呟きにも似た後書きでした。
 ではまた。

 

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