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「歩む道(エピローグ)(GS)」

テイル (2006-05-25 03:14/2006-05-25 21:53)
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 横島は夢を見ていた。
 ああこれは夢だなと、すぐに理解できる夢だった。月光に照らされた自身の姿を知れば、これが夢以外にないとわかる。もしこれが夢でないならば、もうとっくに死んでいる……そんな姿を彼はしているのだから。
 首だけとなった姿で、彼はアスファルトを見ていた。その様子を、どこか第三者的に見ている自分もいた。
 そう、これはいつかの夢の続き。令子に話したあの夢の続き。横島が自らの死を語った、あの夢の続きだ……。

 アスファルトに転がった横島は死んでなかった。痛みはなく、意識が永劫の闇に消えることもない。首を切断され、身体の全てが死へと向かおうとする中、それに抗う存在が彼の中にあったからだ。その存在は彼を生かそうと、全力でその力を振るっていた。
 未だ死なない横島は、唯一動かせる眼球をその男に向けた。男はたった今横島の首を切り落とした漆黒の霊波刀を携え、月光の下でその姿をさらしている。彼は一切の光を吸い込まんとするかのような黒衣を身に纏い、その身体からは禍々しい気配と、強大な魔力を放っていた。
 男は漆黒の霊波刀を収めると、転がった横島の首の元へと歩み寄った。横島の視線と、フードから覗く男の視線が交錯する。
 横島を見下ろすその金色の目には、冷静な観察者の色があった。自らの行為が起こした結果を観察する目。斬首されてもなお死なず、自分を見上げてくる横島に対して、その男には恐れも驚きもない。それどころかこちらを見上げる横島の目を見て、何故か男は満足そうに頷く。
「ふむ、成功のようだな。万が一にでも死なれたらどうしようかと思っていた」
 黒衣の男は横島の首を両手で拾った。掲げるようにして持ち上げ、二人は無言で視線を交わす。
 フードから覗く金色の目が、ゆっくりと細くなった。
 ああ今こいつは、笑ってやがる。それが横島にはわかった。フードの下で、暗い笑みを浮かべてやがる……。
「苦しいか? だがすぐに楽になる。今感じている苦痛は誕生の産声だ。生まれ変わりについて回る宿命だ。だがすぐに終わる。もうすぐ、お前は魔族として新たな生を受ける」
 黒衣の男の言葉が横島の頭に染み、それと同時に理解した。首だけとなってなお死なぬ身体。そして己の奥で必死に動く彼女の霊気構造。彼女の力を受けて変質する自分を、今確かに横島は感じている。
 男は続ける。
「さあ同胞。一つになろう。同じ心と同じ霊波。そして同じ力を持つ我ら……霊気を同期共鳴させ融合し、神をも超える力を手に入れよう。我らの望みを果たす為に……」
 何を言っているのかわからない。しかし理解できる。できてしまう。男の意志が理解できてしまう。畏怖すら感じさせる黒衣の男に、しかしそれを上回る親愛の情を感じるのだ。
 意識が遠くなっていく。希薄になっていく。それでいて、目の前の男の存在を強く感じる。引き合うように心が繋がっていく。
 自分はこいつを知っている。こいつの望みを知っている。そしてその望みが、自分の望みと同じ事を知っている。ならば、我らは一つになるべきだ。我らの望みを叶える為に、我らは一つになるべきだ。別に難しいことではない。何故なら我らは最も近い他人だからだ。血を分けた親兄弟よりも、なお近い己の分身だからだ。ようやく巡り会えた半身だからだ。同じ魂と同じ身体、そして同じ霊力と同じ心を持っているのだ。融合にどんな妨げがあるのか。
 あろうはずが、無い。
「さあ、この世界の横島よ。運命の残酷さを味わい、世界に憎悪する兄弟よ。時は来た。世界に復讐する時が来たのだ……」
 絶望と、苦痛に溢れた運命しかよこさぬこの世界に、永遠なる終焉を。永遠なる安息を。それが横島の願い。絶望と共にある横島の望み。もう一人の自分と、同じく望むもの。この汚い世界……全てを終わりにしたい。
 男が誓いの言葉を口にする。
「共に」
「共、に……」
 しゃがれた小さな声で横島は応えた。肺の繋がらぬ首だけの姿から、声を発した。
 それは人間をやめた証拠。その誓いは、たった今より世界を敵に回した証拠。
 人間の心を捨てた証拠……。


 気だるさを感じながら横島は身を起こした。窓から差し込む太陽は、既に傾きつつある。枕元の時計を見ると、時刻は既に午後三時を回っていた。
 横島はベッドから降りると周囲を見回した。見覚えのある部屋だ。事務所の一室、令子の寝室だった。先ほどまで身体を横たえていたのは、どうやら令子のベッドだったらしい。
 自覚すると、あっさりと離れたことが惜しく感じてくる。シーツに顔を埋めて思いっきり匂いでも嗅いでおこうか……。
「やめとこ、気がのらん。……なんでだろ?」
 掌で頭をとんとんと叩きながら、横島は部屋を出る。
 気分が重い。起き抜けだというのに、まったく寝た気がしない。まるで性質の悪い悪夢でも見ていたかのようだ。
 ふと立ち止まると、横島は腕を組んで唸る。
「……悪夢、ねえ」
 自らの考えに横島は首をかしげた。引っかかるものがあったが、何も思い出せない。思い出せないが、なるほど、確かに悪夢でも見ていたような気がする。
 決して現実にはならないだろう……そんな悪夢を、見ていたような気がする。
「でも思い出せないんだよなぁ。というか、なんでここにいるのかも思い出せん。昨夜、何があったっけ?」
 無意識に後頭部をさすりながら、横島は応接間の前で立ち止まった。扉の向こうから感じられる令子達の気配に、横島は苦笑する。考え事をしながらも、自然と事務所の中で気配がある場所に足が向いていたらしい。
「ちわーっす……って、なんだこりゃ」
 扉を開けた横島が見たものは、壊れた調度品が散乱し、嵐でも吹き荒れたのではないかと思えるほどに荒れた応接間だった。さらに目を引くのは、その荒れた部屋の中で折り重なるようにして眠っている事務所のメンバー達の姿。
 頬を引きつらせた横島の目に、事務所のメンバー以外の姿が目に入る。そう言えば昨夜もいたな、と今更ながら思い出しながら、この部屋で何が起きたのか何となく悟る横島。
「さて、どうしようかな」
 思わず苦笑しながら思案する横島の気配を感じたか、令子がふっと目を覚ました。
「あ……」
「あ、美神さん。おはようございます、ってもう三時回ってますけどね」
「あ、うん」
 横島と視線が合い、令子はしばし呆けたような表情を浮かべる。数瞬後、我に返った令子は自分の顔を両手で押さえた。
「ちょ、横島! あんた何レディーの寝顔とか寝起きの姿とか当然のように見てんのよ!」
「へ? いや、そんなの今更気にするようなことじゃないような? そもそもレディーはこんな所で寝ない……」
「やかまし。いいから出てけ……って違う、私たちが出てくから、掃除してなさい!」
 言うが早いか立ち上がる。その周囲で、寝ぼけ眼を開くおキヌ達。令子の声で目を覚ましたらしい。
 横島の姿を認めたおキヌ達は、令子と同じように慌てながら立ち上がった。ぼさぼさの髪を必死でなでつけながら、その顔を赤くする。
「身、身なりを整えてくるでござるっ」
「えっと、取りあえずまた後でね」
「は、恥ずかしいです……」
 口々に言いながら、シロを先頭に応接間から出て行く。残ったのは令子ともう一人。おそらくこの部屋で嵐を体現させた張本人にして、未だ夢の住人たる令子の友人。
「冥子、起きなさい! ほら!」
「はえ? ……あ〜、令子ちゃんだ〜。……ぐー」
 身体を揺すられて、冥子はとろんとした目を開いた。その目に令子の姿を映し、幸せそうに微笑むと、冥子は再度夢の中へ。
「………」
 冥子のこの反応を見て即座に起こすことを諦めると、令子は冥子を片手で抱え持った。
「……パワフルっすね」
「身体が資本の職業よ」
 視線を合わせないように俯き加減で応えながら、令子は廊下へと向かう。前髪がかかるその顔は、無論赤い。
 廊下に出た時点で立ち止まり、振り向いた。
「横島くん」
「わかってますよ。掃除でしょう?」
「あ、うん。よろしく」
 今までの令子ならば、ここで終わっていた。しかし今日の令子は違う。今日からは違う。
 相変わらず視線を合わせようとはせずに、令子は言った。
「こ、これからシャワー浴びるから……」
「え? わざわざ宣言するなんて……それは覗いていいってことっすか!?」
「違う! シャワー浴び終わったら一緒にご飯食べようってだけよ! 覗くんじゃないわよ!」
 言い切って、令子は浴室に向かって小走りに駆けていった。
「あれ?」
 自らの発言に突っ込みも何も無しに去っていった令子に、横島は怪訝そうな声を出した。いつもなら軽く五、六発殴られているところだ。
 不思議そうに立っていた横島は、ふと自分の胸に手を置いた。
「なんでだろ。でもなんだかここが、温かいなぁ」
 胸に手を置き立ちつくす横島は、自身がその顔に柔らかな微笑みを浮かべている事に、気づくことはなかった。

 

 黄昏。
 遠く、建物の間に夕日が沈んでいく。あかね色に染められた世界の中、ぼろぼろの服に身を包んだ少年が小さな社に身体を寄せていた。
 その少年は今にも息絶えそうなほどに衰弱していた。放っておけば直に死ぬであろうと一目で想像出来るほど、その顔にも憔悴した表情が浮かんでいる。しかし、道行く人々が少年に目を向けることはない。まるで見えていないかのように、通りを行く人達は何の表情も示さない。
 実際の所、彼の姿を見ることが出来るものは限られていた。この世ならざる世界に身を置く少年を見る事が出来るのは、魂の強い……すなわち霊力の強い人間だけだ。故に少年を助けようとする者はいない。少年を助けられる者はいない。
 自らが滅びの運命を歩もうとしていることに対して、少年に後悔はなかった。無理をしてまで力を使ったことの結果だとしても、後悔はなかった。むしろ満足すらしていた。久しぶりに供物を捧げてくれた相手に、恩を返すことが出来たのだから。
 少年はやがて来る最後の時を、ただ静かに待っていた。抗うすべもなく、ただ来るべき運命を享受すべく……。
 力無げにアスファルトに視線を落としていた少年に、不意に正面より影がかかった。視線を上げた少年が見たものは、夕日を背に立つ闇だった。どんなに濃い影よりも、新月の夜よりも暗い闇の姿だった。
 闇は爛々と輝く金色の目を少年に向けた。
「やってくれたな、脆弱な……小さき道祖の神」
 少年の顔に変化は生まれない。表情を変化させる気力も体力も、少年には残されていない。
 少年の反応を気にもせず、闇は続ける。
「これであいつを融合吸収しようという俺の計画は失敗だ。……本当に、余計なことをしてくれた。夢で警告するとはな。おかげでこの世界の横島は闇に落ちなくなってしまった」
 相変わらず少年……小さな道祖神は表情を変えなかった。しかし男を見るその目に、僅かな理解の色が広がる。
 目の前に立つ闇の男が何者か、少年は理解したのだ。
「俺の目的は、この世界ではもう叶わない。あの未来を知った以上、周囲の人間は横島を支えようとするだろう。横島が絶望の谷に落ち、憎悪に溺れる理由を造らないように、用心と注意を怠らないだろう」
 闇の目が酷薄そうに細められた。
「未来は変わった。もはやここにいる意味はない。……再び別の世界に転移する必要があるな」
 闇はそのフードを降ろした。現れたのは屍の肌に金色の瞳を持つ魔族の顔。しかしある人物にとてもよく似た顔。
 少年の顔に初めて表情が浮かんだ。それは目の前に立つ一人の哀れな魔族に対する、憐憫の表情……。
「と言うわけで、俺の計画は失敗だ。もう俺がどう足掻こうが、望んだ結果は得られまい。お前の試みは大成功というわけだ。とは言え……それで済ますなど、到底納得はできんよなぁ。俺の気が済ないもんなぁ。それぐらいは理解できるだろう?」
 闇の男……黒衣に身を包んだその魔族は、掌を上に右手を差し出した。その手に闇が生まれ収縮し、一瞬の後には親指大の漆黒の珠が生まれる。
「礼はさせて貰おうか。遠慮は無用だ……」
 男はにやりと笑い、手にした黒文珠を少年に放った。珠は身動きのとれない少年に当たった瞬間、その場に暗く深い闇が生んだ。そのまま闇は膨張するように拡がり、小さな神と、その小さな身体を支える社ごと全てを飲み込む。
 しばらくして闇が消えた後、その場にぼろぼろの服を纏った少年はいなくなっていた。朽ちかけた社も無くなっていた。……代わりに利発そうな一人の童子姿の少年と、神々しい雰囲気を放つ小さくも立派な社がそこにあった。
 少年は驚いたように自分と、先ほどまでその身を預けていた社を見た。そして驚いた表情そのままに、目の前の男を見る。
「何故……」
「なにがだよ。ちゃんと言ったぞ? 礼をするってな……」
 面白そうに笑みを浮かべながら、その男は顎をこすった。その口調や仕草から悪意は感じられない。それでも自分の身に起きたことが信じられない少年は、何故、と呟くように繰り返した。
 男は肩を竦めた。
「深読みするな。本当に礼なんだよ。……あいつらを救ってくれた事に対するな。あのままだとお前、近々滅んでただろ」
 先ほどよりも砕けた言葉で男は語る。
「厳密に言うと違うとはいえ、大切な仲間を救ってくれたことへの感謝ってわけだ」
 童子はなおも納得がいかないように、眉根を寄せる。
「……あなたは、ヨコシマ、だろう?」
「そういえば、自己紹介がまだだったか」
 闇より暗い黒衣を身に纏う魔族は、その顔に人なつっこい笑みを浮かべた。そして童子に向かって軽く会釈をしてみせる。
「おっしゃる通り、ヨコシマ タダオだ。俺が生まれた世界では、魔神、といった方が通りがいい。ついでに言うなら、お前が美神さん達に見せた最悪の未来……それが現実に起こり、悪鬼となったのがこの俺だ」
 瞬間、禍々しい気配がヨコシマから漂った。
 それは腐臭混じりの妖気。人間では決して持てない、そして魔族ですら簡単には持てない、どこまでも墜ちた気配を漂わす妖気。全てを憎悪し、全てを破壊しなくては済まない。その意志が込められた凶悪なまでの妖気だ。
 その妖気に反応し、彼を中心として塗りつぶされるように世界のありようが変化を始める。彼の放つ妖気に触れただけで、空気中に散らばる霊気構造が変異を始めたのだ。
「おっと」
 周囲の様子に自分が妖気を放っていることを自覚すると、ヨコシマはすぐさまそれを押さえ込んだ。空間が、ゆっくりと元に戻っていく。
 しばらくしてから妖気が消えると、そこにはただ強大な魔力を放つ魔族が一人。
 魔族……ヨコシマは苦笑した。
「すまないな。俺もこの妖気には手を焼いているんだよ。俺の力の源とはいえ、扱いに困る。俺の理性も綺麗に塗りつぶしてくれるからな。一度そうなれば、あとは感情のままに暴れるだけだ」
「……美神令子を殺した時のように?」
「ああそうだ。俺を止めようとした美神さんを、あの時の俺は嬉々として殺した。涙を流し、身体で俺を止めようとする美神さんの細い首に、俺は手を掛けた。今も覚えているよ。俺の手の中で砕ける、美神さんの……」
 ヨコシマは掌に視線を落とした。そして何度か握ったり開いたりを繰り返す。
「……後悔を?」
「いや」
 ヨコシマは空を仰いだ。夕日は落ち、あかね色の空は藍色の空に塗り替えられようとしていた。風に流れる雲を目で追う。
「俺は、俺が生まれた世界を滅ぼすと決めた。俺の憎悪も怒りも、俺の生まれた世界に向けられているんだ。あの時美神さんを殺したのは、直接手を下すか下さないかの違いに過ぎない。あの世界を、そこに住む全ての生き物を道連れに、滅ぼすと決めたんだ。もう戻れないところまで来ていたんだ。だから、後悔はしていないさ。……もっとも結局は神魔族に邪魔されて、未だ目的は果たせていないんだけどね」
 ヨコシマは皮肉げに表情を歪めた。
「腐った運命を導く腐った世界。しかしそれを守護する存在は強大だ。神魔族もそうだが、世界そのものも強大すぎる。故に、俺は力を求めた」
「それが、同種の力を持つ同位体との融合……」
「そうだ。霊力を同期共鳴させて出力を跳ね上げる手法があるが、それと似ているようで桁違いの効果がある。アシュタロスの究極の魔体を超える程の力だよ。……俺はその力を求めてこの世界に来た。この世界の横島が闇に落ち、魔族化したところを融合し、そして世界を滅ぼす力を手にするつもりだった」
「しかし私は邪魔をした」
「そうだな、やられたよ。俺の時にはなかった流れだ」
 皮肉げに笑うヨコシマに、道祖神は言う。
「私はあなたの邪魔をした。それなのに、何故私を救う?」
「おいおい。それはさっき答えたぞ?」
 苦笑するヨコシマに、道祖神はなおも納得のいかない視線を向ける。
 ヨコシマは溜息を一つ吐くと、繰り返した。
「言ったろ。深読みをするなよ。お前を助けたのは純然たる礼なんだ。厳密には違うとはいえ、かつて俺と心を通わせた仲間と、そしてこの世界の俺を救ってくれた、な」
「………」
「俺は、俺が生まれた世界に強い憎悪と恨みがある。だからあの世界を、俺の全てを賭けて滅ぼすと決めた。だがな、俺はこの世界自体に恨みがある訳じゃないんだよ。俺とは違う幸せな未来を歩む……そんな世界があっても良いじゃないか。俺は自分の都合でこの世界の横島を、積極的に助けようとはしなかった。だからと言って、あいつの幸せを妬むようなことはしないさ。俺の目的は、この世界でなくても果たせるんだ。また別の世界で、俺と同じ道を歩む奴を捜すだけだよ。……さて」
 ヨコシマはフードをかぶった。影が降り表情が見えなくなる。しかしその中にあってなお、金色の光を放つ瞳は道祖神を見ていた。
「行くのか?」
「ああ」
「引き返すわけには……いかぬのだろうな、やはり」
 悲しげな表情を浮かべた道祖神に、ヨコシマは目を細めた。
 微笑んだのだと、その小さき道祖の神は悟る。
「俺はそろそろ行くが、その前に一つ頼みがある。この世界の横島に伝えて欲しいことがあるんだ」
 ヨコシマの手に無数の黒い文珠が生み出された。それぞれに念を込めながら、ヨコシマは続ける。
「この世界の俺も、魔族化が進んでいる。壊れそうになる心を救う為、ルシオラが頑張っちまってんだな。だからこのままだと、近い将来魔族になる。俺とは相容れないだろうが、魔族になることは間違いない。そしてそれは、ルシオラの復活が不可能になることを意味する。ま、ルシオラの霊気構造を消費して魔族化するんだ。当たり前だよな」
 全ての文珠に念を込め終え、ヨコシマは少年を見た。
「だからよ、伝えてくれ。猶予は半年。それまでにルシオラを転生させろとな。そうすりゃルシオラも助かるし、この世界の俺も魔族にならずに済む」
 道祖神は頭を垂れた。
「確かに、伝えよう」
「……礼を言う」
 道祖神は頭を垂れたまま、顔を上げなかった。今の顔を、ヨコシマに見られたくなかったからだ。
 ……何故だろう。涙が止まらない。
 ヨコシマが苦笑した……そんな気配が伝わってきた。
「お前も大概、妙な神族だよ」
 その言葉を最後に、強大な魔力がはじけた。
 少年が顔を上げると、もうそこには誰もいなかった。


 食事を終えた横島は帰路についていた。日が落ちた夜の道を、満足そうに腹をさすりながら歩く。食事の時間は何故かとても温かな雰囲気に包まれ、横島は身も心も満腹だった。
 星空の下を歩く横島の手には、おキヌに握って貰ったおにぎりが数個持たれている。おにぎりを包んでいるアルミホイルが月光に光っていた。
「夜食にすっかな? でもせっかくだから、一個残してあの坊主にやっても良いな」
 横島は先日肉まんを上げた少年を思い出した。弱り切った、あの忘れられた神族を。
「別に何かを供えたからって御利益があるとはおもえんけども……」
 それでもこのおにぎりをあげれば、今度こそ笑顔を見せるかもしれない。それだけで、取りあえずは十分だ。
 横島は微笑みながら歩いていく。
 彼が歩んでいる道が、どれほど恵まれているのか……それを知らぬまま歩んでいく。
「もうそろそろ、見えるかな……」
 呟く横島の身体を、夜の風が優しくなでた。


あとがき。

お久しぶりです。
とりあえずこれで終わりです。
ただ外伝をいくつか出す予定です。
よろしければ、そちらにも目を通してくだされば幸い。

では、また。

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