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「歩む道(十三話――横島の九)(GS)」

テイル (2006-05-08 02:00)
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 横島の寝顔は安らかだった。夢に入る前にはどこか暗い影が見て取れたが、今はもう見えない。ベッドで眠る横島の寝顔を確認した美智恵は、静かに部屋の扉を閉めた。
 応接間に戻ると、令子たちが揃って視線を向けてきた。六道冥子を除き、その顔には憔悴の色が濃い。
「あなた達まだ起きていたの? 横島くんの深層心理で精神的な付加をたっぷりと受けてきたんだから、休みなさいと言ったでしょう」
「わたしも〜、その方がいいと思うの〜。それに今回は〜、余り眠っていた訳じゃないし〜、寝る時間よ〜」
 令子達が横島の夢の世界に足を踏み入れてから三時間ばかりが過ぎていた。現在はちょうど日が変わる頃である。以前夢魔を除霊したとき、体感時間ではとても思えないような三日という時間が過ぎていたが、どうやら今回は逆だったらしい。
 令子は母親と冥子に首を振ると、疲労の見える顔に笑みを浮かべた。
「まだいいわ。それより横島くんは?」
「もう心配ないと思うわ。あなた達はよくやったわよ。彼をこちら側に連れ戻したんだから」
 美智恵の労いの言葉に少女たちは一様に首を横に振った。
「違うんです。私たちは大したことはしていません。ただ、横島さんに縋り付いただけなんです」
 おキヌの言葉にシロが目を伏せる。
「美智恵殿が、先生に謝っていた理由がわかったでござるよ。この方法は、とても卑怯でござった」
「あんなに簡単に引き戻せるなんてね。本来人間の心って、もっと複雑で意固地なものなのに」
 人心を知る妖狐がそう呟いた。
 彼女たちには、決して横島を説得したという思いはなかった。ただ横島へ思いをぶつけただけだ。帰ってきてほしいと願っただけだ。その願いを受けて、横島が帰ってきてくれただけだ。
 自分たちは、何もしていない。結局横島の優しさに甘えてしまっただけだ。彼女たちはそう感じていた。
 しかし美智恵は首を横に振る。
「それは違うわ。確かにあなた達には簡単に思えたのかもしれない。でも……そうね、たとえば私だったら不可能だったはずよ。心と心を結びつけるのだから、本当に横島くんのことを大切に思っていて、そして横島くんも大切に思っている相手じゃないと効果はないの」
 美智恵は娘の隣に腰掛けると、その手をそっと握った。そしておキヌやシロ達を見ながら続ける。
「確かに時間は短かったかもしれない。説得に時間を割く余裕がなかったからこそ、この方法をとったのだから。でもね、それでも横島くんが戻ってきてくれたのは、あなた達の思いがあったからこそなのよ」
「そうよ〜。令子ちゃん達は横島くんの心の内に入ることが出来たの〜。私たちは出来なかったのに〜。そしていっぱい辛い思いをして、それでも横島くんを連れて戻ってきたの〜。それは凄いことだと〜、思うわ〜」
 冥子がにこりと笑いながら、誇らしげに胸を張った。
 令子は一度だけ、こくりと頷く。
「そう、ね。そうかもしれない……。横島くんは帰ってきてくれたのだもの。とりあえずはそれでいいわ。でも、問題はこれからよ。根本的なところは何も解決していないから」
 横島は闇に落ちた。それは素質があったからだ。闇に落ちる下地があったからだ。横島の心はまるで天秤のように揺れ動き、そして良くない方に傾いていた。今回令子達がやったのは、その天秤を良い方に傾け直しただけに過ぎない。きっかけがあれば、また良くない方に傾くだろう。
「だから、今度はしっかりと横島さんを支えていかなくちゃいけませんね。それに、私自身も気をつけないと」
 おキヌの脳裏に夢の光景が蘇る。あの夢の内容が現実に起これば、深い闇の底に繋がる穴の中に向けて、横島の背中を突き飛ばすようなものだ。
「微力ながら、拙者も……」
「あんな夢……現実にはさせないわ。しっかりと横島の心を捕まえておかなきゃ。ついでに私色に染めておくのもいいかも」
 シロが拳を握り、タマモが凄艶とした目で笑う……。
 即座にタマモに突き刺さるいくつかの視線。
「タマモ? 何か変なことを言わなかったかしら?」
「………」
「この女狐がっ!」
「い、いいでしょ別に!」
 令子やシロよりも、黙ってじぃっと見つめてくるおキヌが一番恐い……などと思いながら、タマモは言い返す。
「それに横島の心をしっかりと捕まえておけば、こんな事は起こらないと思うしさ。それが一番でしょ。あたしがやるのが気に入らないなら、あんた達もやればいいわけだし。そもそも横島の心が捕まえる云々なんて、完全に自由意志じゃない。誰のもんでもないんだしさっ」
 タマモの言葉に一同は黙った。本来なら屁理屈をこねくり回して言い返すはずの令子も、視線を床に落として思案している。その様子に美智恵は目を丸くした。どうやら今回の一件は、色々な意味で令子達にも影響が大きいらしい。
「そうね。それもいいかも」
「……競争ですか」
「う。せ、先生は拙者のでござるぅ」
 やがて次々に口に出される言葉に、余計なことをいったとばかりにタマモが顔をしかめる。そこへ冥子が楽しそうにいった。
「じゃぁ、冥子も参加する〜」
『せんでいいっ!』
 即座に四人の声がはもった。
 冥子は驚いたような顔をして、次いで段々とその顔が歪めていく。
「う〜、みんなで冥子を仲間はずれにするのね〜」
「げ」
 呻いたのは誰だったのか。背後に応接間の扉を閉め、廊下に出た美智恵にはわからない。扉の向こうで自分を捜す娘の声が聞こえたような気もするが、取りあえずは気にしなくていいだろう。
『なにげに酷いですね』
「あら、なんの事かしら?」
 人工幽霊壱号の言葉に肩をすくめて見せ、美智恵は玄関に向かう。
「ところで人工幽霊壱号。あなたもご苦労様だったわね。私たちが夢の世界に行っている間、護ってくれていたのでしょう。消耗しているみたいだから、わかるわ」
『だったら冥子さんを止めて頂きたかったのですが……』
「それは無理」
『でしょうね。それにもう遅い』
 人工幽霊壱号の言葉と、応接間の方から響いた爆音と悲鳴とどちらが早かったか。
「ある意味、いつも通り。そしていつも通りが一番よ」
『泣けてきます』
 美智恵は玄関の扉を開くと、人工幽霊壱号に言う。
「あの子達に、早く寝るように言っておいてね」
『強制的に寝かしつけられることになりそうですが……』
 美智恵は口元に手を当てて笑った。
「それもまあ、良しよ」

「さて、と」
 人工幽霊壱号に別れを告げて美神所霊事務所を出た美智恵は、向かいにあるGメンオフィスに足を向けた。今回の一件、取りあえず緊急的なものは全て処理をしたことになるが、まだいくつか調べなくてはならないことがある。
 そう、どうしても調べなくてはならないことがある。判明するかどうかはわからないし、おそらく敵ではないから必須というわけではない。それでも気持ちとしては、どうしても調べなくてはならない。
 つまり、令子達に悪夢を送った存在について。
「そう言えば、シロちゃんとタマモちゃんが見た夢に出てきた企業の調査を、西条くんにお願いしていたけど……どうなったかしら。彼まだオフィスにいるのかしらねぇ」
 もしオフィスに詰めているようだったら、事の顛末を伝えると共に企業に対する調査の報告を受けねばならない。その後、例の対象についての調査もお願いしよう。そう考えながら、美智恵は月光の下をGメンオフィスに向かって歩いていった。


 美智恵がGメンオフィスに到着した頃、美神所霊事務所にも静けさが戻ってきた。今夜横島を救いに行った娘達は、散乱したソファや、高級な絨毯の上で時折うなされながら寝息をたてている。その元凶たる娘も、親友に寄りかかるようにして眠っていた。
 別の部屋では、今夜救われた青年が静かに眠っていた。安らかな顔をして眠っていた。悪夢に悩まされているような、そんな表情は欠片も無い。
 その口が、小さく動いた。
「ルシオラ……」
 その小さな呟きは、誰にも聞かれることはなかった。屋敷を管理している人工幽霊でさえ、消耗の為に休眠状態に入っていた為に気づかなかった。
 故にその言葉を呟いた時、ごく一瞬、ほんの一瞬だけ、彼が魔力を放ったことも誰も気づかなかった。
 回り始めた歯車に、事務所の誰もが気づかない……。


あとがき

 後はエピローグを残すのみでございます……。

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