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「歩む道(十二話――横島の八)(GS)」

テイル (2006-04-30 23:19/2006-04-30 23:44)
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 闇が広がる門の前に美智恵は立っていた。この中に令子たちが消えてからどれだけの時間が経ったのだろうか。数時間は経っているような気がするし、数十分しか経っていないような気もする。確かなのは、まだ令子たちが戻ってきていないと言う事実のみだった。
 美智恵の隣には冥子がハイラを抱いて座り込んでいた。柔らかな式神の身体にその顔を埋めながら、静かに寝息を立てている。夢の中で眠るという離れ業を見せる冥子の顔は穏やかであり、幸せそうですらあった。何の不安もない……そんな表情だった。
「心配するだけ無駄なのはわかっているんだけど……」
 冥子がここまでリラックスしていられるのは、やはり令子たちを信じているからなのだろう。もちろん美知恵とて娘たちのことは信頼しているし、信用もしている。彼女たちはきっと横島を助けて戻ってくる。そのことを美知恵も疑っていない。
 しかし、やはりそれとこれとは別問題なのだ。
「どれほど大きくなっても、どれほど頼もしくなっても……親は子供が心配なのよねぇ」
 腕を組み立ちながら、美知恵は大きく深呼吸をした。


 闇が周囲を覆っていた。横島の身体が放った光が見せた、彼の真実はもう見えない。見えなくなってからどれだけ経ったのか、それも令子達にはわからなかった。
 彼女たちは横島に触れたまま彫像のように固まっていた。内面に起きた大きな津波は、彼女たちの心を押し流してしまっている。
 彼女たちの誰もが、どうすればいいのかわからなかった。横島が闇に落ちるその原因を見て、誰もがどうすればいいのかわからなかった。
 横島は絶望している。醜い世界を憎悪している。そしてその理由が理解できてしまう。それでどうして救い上げることが出来るだろう。この世界もまだまだ捨てたものではないと、どうやって説得すればいいのだろう。
 横島の気持ちがわかってしまったが為に、彼女たちは手を出せないでいた。
 令子はそっと横島の身体から手を離すと、血涙を流す横島の顔に見入った。目を開き、しかしその視線は虚空に向けられており、ただその瞳には虚ろな色合いだけが見て取れた。いつも明るく馬鹿をやり、周囲を笑わせ和ませる。そんないつもの横島の面影は、ただの少しも存在しない。
 恐かった。彼が恐かった。彼を失うことが恐かった。彼を救おうと手を伸ばし、そしてその手が届かないことが恐かった。だから令子は、令子達は、彼のすぐそばでただ佇んでいた。
 その令子の目が、ふと足下で広がる波紋に向けられた。ぽたりぽたりと横島の顎からしたたる血涙が、絶えず波紋を広げている。門をくぐった時から、ずっとつくられ続けていその波紋。絶えずぽたりぽたりと零れる彼の涙。決して、ただの一時も留まることなく、流れ続けるその涙……。
「……馬鹿ね。私は本当に、馬鹿」
 令子の口から漏れた言葉に、おキヌ達の視線が向けられた。その視線に応えるのではなく、自分に言い聞かせるように令子は続ける。
「血の涙を流すぐらい辛いのに、それでもその涙は枯れないのよね。苦しみ続けているのよね。諦めてしまえば楽なのに。手放してしまえば楽なのに。見切ってしまえば楽なのに……それが出来ないのよね。やっぱりあんたは、横島くんだわ」
 令子の指が、横島の涙をぬぐう。
 それを見たシロが唇をかんだ。
「先生……」
 自分は何をしているのだろうか。何を呆けていたのだろうか。ここに何をしに来たのか、何故忘れてしまったのだろうか。 
 辛いのも苦しいのも迷っているのも、全て横島の方が上だ。自分はその横島を救いに来たのではなかったのか。
「馬鹿でござるな、拙者も」
 強い意志の光がシロの目に宿った。
 隣でタマモが肩をすくめる。
「どんなことがあろうと、やることは変わらないのよね。あたしも馬鹿だわ」
「わ、わたしも馬鹿です」
 おキヌは涙目で横島見て、そして令子にその視線を移す。
「横島さんを、助けなきゃ……」
「そうね。ええ、そうよ」
 令子は家族に等しい仲間達を見回し、そして言った。
「こいつがまだ諦めてないんだから、私たちも諦められないわ。絶対に、こちら側に連れ戻す。殴り倒してでもよ!」
 令子の手が再び横島に伸ばされた。今度は触れるようにではなく、ひっ掴むようにして。


 世界が迫ってくる。逃げても逃げても、その圧迫感はなくならない。目をそむけ、背を向けてさえなくなることはない。胸の奥から沸き上がる、深くそして暗い感情が、まるで世界と引き合うように彼をその場に引き留める。
 もう嫌だった。こんな悲しい夢を見たくはなかった。耳から離れない怨嗟の声も、魂が締め付けられるような慟哭も、光を見失ってしまうほどの絶望も、もうたくさんだった。
 しかし逃げられない。目を背けられない。現実は絶えずその真実の姿を見せ続け、悲しみは怒りを、絶望は憎悪を心の奥底から呼び起こす。
 逃げられない。逃げたくないから、逃げられない。自分の心がゆっくりと何かに染め上げられていく様を感じながら、それでも逃げられない。逃げない。繰り返し繰り返し続く悪夢にその身を委ね、心は摩耗し、魂は悲鳴を上げる。壊れそうになるほどの痛みを訴え、魂は絶叫する。
 通常なら、いずれは心と魂が壊れ、死を迎えるのだろう。しかし彼の場合は違った。彼の状態を察知し、彼を救おうとするものが彼の中にあった。それは力ある霊気構造だったが、今は眠りについていており、単なる横島の一部としてしか機能していないものだった。
 その霊気構造が、横島の心と魂を救おうと目覚め始めていた。既に自我すらない、今はいない魔族女性の霊気構造。ただ愛しい人を護りたいという思いは、その霊気構造に依然残っている。
 彼を救おうと霊気構造が手を伸ばしてくる感覚を、横島自身も感じていた。そして同時に、それが彼を救おうとする余り、結果を考えない行動を取ろうとしていることも感じていた。彼の心と魂を救った後、彼がどう変異するかは考慮の外であると、その事実を横島は感じ取っていた。
 しかし別にかまわない。彼女が自分を救おうとしている。その事実だけで彼の救いとなるのだから。
 だからかまわない。人間で無くなるからといって、それがどうだというのか……。

 冷たい闇の中、ふと彼に触れる温かいものがあった。これまでに一度も無かったその感触に、彼はその意識を向ける。
(横島くん……)
 懐かしい声が聞こえた。もっとも身近で、いつも耳にしていた声。とても久しぶりだと、そう感じる声。
(横島さん……)
 懐かしい声が聞こえた。いつも自分を心配そうに見つめる、その眼差しが脳裏に浮かんだ。とても久しぶりだと、そう感じるその目の光。
(先生……)
 懐かしい声が聞こえた。未熟な自分を師と仰ぐ愛弟子の声。じゃれ付いてくるその温もりが思い出された。とても久しぶりだと感じる、その温もり。
(横島……)
 懐かしい声が聞こえた。つんとしていて、しかし愛情豊かな少女の態度を思い出す。時には微笑みすら浮かべてしまう、彼女の態度。とても久しぶりだと感じる、その態度。
 彼にとって、もっとも大切な仲間たち。護りたいと願い、いつまでも一緒にいたいと願う家族たち。何故か、とても久しぶりだと感じる家族たち。
(なんでだよ……)
 ぼうっとしながら彼は振り向く。彼女たちのほうへと、振り向く。
(なんで皆、泣きそうな声を出してんだよ……)
 果たして、振り向いた先には泣き顔があった。優しく温かに彼に触れる彼女たちの涙。大切で、失いたくない彼女たちの涙。
 彼女たちは必死で横島に手を伸ばしていた。いくつものたおやかな手が横島の身体に触れている。
 横島は振り返った。そこには深い闇がある。抵抗しながらも、しかし今まで身を任せていた闇。冷たいが、柔らかで居心地のいい闇が両手を広げている。
 もうどうでもいいではないか。完全に闇に身を任せてしまえば楽だ。その方が苦しまずにすむのだ。しかし――。
(泣き顔は、見たくないよなぁ)
 横島は彼女たちに目を戻した。差し出されていた手を、そっと掴む。
 光が溢れた。


 突如、闇の扉から眩いばかりの光が溢れた。夢の世界を全て照らしつくそうとするような膨大な光。
 まるで自分がその光の中に融けていくような感触を覚えながら、美智恵は悟る。
「やったのね……」

 美智恵が娘たちの成功を悟ったちょうどその時、現実世界でもそれを知ったものがいた。
 美神除霊事務所の上空で、それは月の光をその背に受けながら呟く。
「やはりこうなったか。心の世界で行う説得は、容易なものだな」
 黒衣の男はその言葉を残し、そして消えた。


 あとがき
 とても久しぶりです。テイルです。

 も〜何も言うことはありません。
 連続投稿すらできない程に間が空いてしまうとは……。
 お待ち頂いていた方々、申し訳ございませぬ。 
 前回も書きましたが、絶対に完結はさせますので、一つよろしくということで……。

 忠雄の世界も続きも書かなー。

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