ギャリリリリリリリィ……!
派手なスポーツカーが派手な音をたて目の前を通り過ぎ、その後を「かねぐらKDF」と書かれた車数台が追っていく。
「ちっ! しつこいわね。喰らいなさい!!」
がぐしゃっ!!
「この程度で我らかねぐら警備隊が…っ!!」
なにやら言い争いながらのカーチェイス。
「うわ、あぶねーなぁ」
呟いて。足元に視線を落とせばくぅんと促すような鳴き声に、止めていた歩みを再開させる。
三匹のお供を引き連れて。
がんばれ、横島君!!〜横島君と式神使い〜
夏に向かう日差しの中、今日は久しぶりにアパートからバイト先に向かっている。
住み込み同然になっているし、アシュタロスさんもアパートを引き払ってここに移ればいいと言ってくれているが。
俺だって、思春期真っ盛りの健全な男だ。
やはり一人になれる空間は必要。
ほら、色々あるんですよ。若いから。
大人はわかってくれない僕らの激情とか色々、ね。
ルシオラちゃんたちと同じ屋根の下でやると…なんだろう、罪悪感が。
そーゆうわけで、昨日は珍しくアパートに帰りました。
ああ、あの金髪ねーちゃんのチチとシリは良かった……。
ふふふあのビデオは大当たりだった。
妖しくにやけながら進めんでいた足が、ぴたりと止まる。
それは目の前に広がる光景のせい。
アスファルトが、抉れてる? 亀裂もたくさん。
いや、アスファルトだけじゃない。ガードレールも街路樹も駐車違反の車も。
ひしゃげて、ねじれて、斬れて、焼け焦げ。台風が直撃してもこうはならないだろうというほどの、惨状。
一体何があったのか?
首を傾げた俺の耳に、どこからかすすり泣き。
女の子の泣き声らしく。
自然と足はそっちに向かう。なんだか放って置けない。
滑り台と砂場しかない小さな公園。ここから聞こえてくる。
塀代わりの植え込みから覗き込むとベンチで一人、女の子が泣いている。
俯いているせいで顔は見えないが、着ているのは可愛いワンピース。
肩で切りそろえた髪がどこかルシオラちゃんを彷彿とさせた。
「どうしたの? なんで泣いてるの?」
だからだろう。気付いたら、声をかけていた。
突然声をかけられたことに驚いたか。彼女はびくりと肩を震わせ顔を上げた。
「あ、ごめんね。びっくりした? 何かあったのかな? 俺で良かったら……」
「ふ、ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
どっごおぉ〜〜〜〜〜〜っん!!
言い終わる前に、急に泣き出した彼女の影から湧き出てきたナニカたちの直撃を食らいました。
「し、死ぬかと思った……」
「ごめんね〜、横島君〜。冥子、上手くコントロール出来なくて〜」
申し訳なさそうに謝るのは冥子ちゃん。
なんでも冥子ちゃんはゴーストスイーパーで、式神使いと言うやつらしい。
言動も何もかもが子供っぽいのに、これでも俺より年上というから驚きだ。
で、式神と言うのはさっき冥子ちゃんの影から飛び出してきた変なのたち。
今も俺と冥子ちゃんの周りにいるし。うん、正直かなり怖い!
冥子ちゃんの膝の上には白くて丸いやつ。俺にはなぜか蛇みたいなのが絡み付いてる…。
他にも毛むくじゃらのでっかいのや、角の生えた馬みたいなの。鳥みたいなの。
こいつらは普段は冥子ちゃんの影の中にいて、命令通りに戦ってくれるらしい。
さっき暴走したのは一人で心細かったときに俺に声をかけられて、びっくりしたのと安心したのとで気が抜けたから、とのこと。
ちょっと生死の境をさ迷ったよ、俺は。
「実は〜、式神が一匹いなくなっちゃったの〜。それで冥子、冥子〜〜〜〜!!」
「ああ!? 泣かないで冥子ちゃん!! ほらほら、飴あげるから!!」
じわり、と。また涙目になった冥子ちゃんに、慌てて棒付きキャンディーを差し出した。
「わぁい、キャンディー、すき〜」
にこにこ笑顔に安堵の息を吐く。
備えあればなんとやら! ホントはルシオラちゃんたちのだったんだけど。
「この子たちとは生まれたときからずっと一緒で〜、離れたことなんて無かったの〜。
だから〜、迷子になったあの子が心配で心配で〜〜」
「そ、そうなんだ。兄弟みたいなんだね〜」
冥子ちゃんに相槌を打つ俺の腰が引けているのは見逃して欲しい。
「そうなの〜。だから心配で胸が張り裂けそうで〜。他の子たちのコントロールもできなくて〜。ここに来るまでに何回も暴走しちゃって〜」
何回も?
もしかしてここに来るまでのあの惨状の原因は、冥子ちゃんか!?
改めてとんでもない子に関わったな〜、俺。
悔やんでももう遅いけど。
「ホントは〜、お友達の令子ちゃんにお願いしようと思ってたんだけど〜。でも令子ちゃん、今日はお仕事でいなくて〜。
私、私〜〜〜! ふえ〜〜〜〜〜〜ん!!」
「ああ!? ま、待って冥子ちゃ…っ!!」
どっがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!
結局こーなるんかい、チクショー!!
何とか復活。
出会って三十分も経ってないのに、二度も死に掛けた。
ここまでボロボロになったのはパピリオちゃんの霊波砲の乱射以来か…。
ふふ、思わず遠い目をしちゃったよ。
「あ〜。冥子ちゃん。そのいなくなった式神ってどんなやつ? 俺が探してきてあげるよ」
「ホント〜、横島君!!」
顔を輝かせて俺の手を取る冥子ちゃんに頷き返し、笑う。
迷惑な子かもしれないけど悪気があるわけじゃないんだよなぁ。
それに可愛いし。
普通コレだけ可愛いなら、俺の守備範囲内で。
いつもなら迷うことなく伝説の大怪盗が世に広めたダイブを決めるんだけど…。
あかん。子供すぎて無邪気すぎて。ルシオラちゃんたちと同じレベルで見てる。
うう、せっかくこんな可愛い子と知り合えたのになぁ。
そんな俺の内心の葛藤など気付かずに、冥子ちゃんはにこにこしている。
「嬉しいわ〜。冥子〜、誰かにこんな風に言ってもらえたの令子ちゃん以外だと初めてなの〜。本当にありがと〜、横島君〜」
「あ、いや…。そんな大したことじゃ…」
たんにこの子一人で街に放り出したら最悪死人が出ると思ったからで。
そんなに嬉しそうに言われると…。
「いなくなったのは〜、マコラちゃんていう子なの〜。マコラちゃんには変身能力があって〜、一人になると身を守ろうとして周囲の人間に同化しちゃう習性があるの〜」
「へー、凄いな。それで、どんな姿をしてるの? マコラって」
「えっとね〜、色は茶色で〜……」
手にした枝で地面に描き描き。
その様子は歳不相応に幼くて可愛いんだけど…何この物体?
ゆで卵に楊枝をぶっ刺したような? あのゴマみたいなのは、目か?
絵心が無いとかじゃなくて。中身と同じ、幼児レベルか!?
なんとか茶色くて猿っぽいってことだけはわかったけど。
探せるかな? 俺。
「あ〜。じゃあ冥子ちゃん、俺はそのマコラを探しに行くから。冥子ちゃんはここで待ってて? ほら、二人とも動き回ってすれ違いになったら大変だし、ね?」
「わかったわ〜、冥子待ってる〜。
あ〜、そうだわ〜。横島君〜、霊視はできる〜?」
「れいし? いや、え〜と…出来ない、な」
ちょいちょい。俺の服の裾を引っ張って問う冥子ちゃんに、首を傾げた。
「だったら〜この子も一緒に連れて行って〜。この子はクビラっていって〜、霊視が出来るのよ〜。マコラちゃんの変身を見抜けるから〜、きっと探すの手伝ってくれるわ〜」
笑顔で差し出されたのは手の平サイズの一番ちっさいやつ。
大きな目が一つ付いた、なんだかぬいぐるみみたいなとげとげな体。細長い尻尾が生えている。
そいつは冥子ちゃんの手の上から器用に飛んで、俺の頭に乗り満足気にきぃっと鳴いた。
こいつ一匹なら、大丈夫か。
そう思った俺の背中に何かがぺったり張りくヤな感触。
何かと思って振り向いた俺の鼻先に爬虫類っぽい顔のアップ!
「おわぁ!? なんだこいつ!!」
「あら〜? アジラちゃんも一緒に行ってくれるの〜?」
冥子ちゃんの言葉にそいつは頷いて。俺に肩に移動した。
爬虫類独特の低体温が首筋に…。うう、ぞくぞくする。
「あのね〜、横島君〜。この子もね〜、一緒に行くって〜。ショウトラちゃんて言うの〜。仲良くしてね〜」
もう一匹追加ですか。
比較的大人しそうな真っ白い犬?
「そうか、よろしくなショウトラ。んで、クビラとアジラだっけ。お前らもな」
挨拶がてら軽く撫でたら、その感触は意外と悪くない。
ふつーの生き物とあんまり変わらないな。
なんか、周りの式神たちが騒いでるよーだけど…早く行こう!
「え〜、皆も行きたいの〜? ね〜、横島く…」
「じゃ! 冥子ちゃん、俺マコラを探しに行くね! 冥子ちゃんはここで式神たちと待ってて! ね!?」
冥子ちゃんが言い終わるよりも先にまくし立て。駆け足気味に公園から出て行った。
これ以上は連れて行けません! ぞろぞろ連れて歩いたら身が持たん。
特にあの丸くて茶色いやつ…さっき俺のこと頭から食おうとしたよな?
背中に当たる、明らかに普通の生き物とは異なる鳴き声は聞かないふりで。
ぶらぶらと、適当に街中を歩いてみたがそれらしき姿は見当たらない。
変身応力があるって言ってたから、やっぱり何かに化けてるんだろうな。
「いたかー? クビラ」
頭の上に声をかければ、きぃ…とトーンの沈んだ鳴き声。
いないというのはわかった。
ショウトラは犬よろしく一心にアスファルトの匂いをかいで、アジラは俺の肩に乗りながらきょろきょろと辺りを見回している。
こいつらなりにマコラを心配しているのだろう。
そうだよなー。こいつらにとっても仲間だもんな。
早く見付けてやらないと。俺にもバイトがあるし。
迷子なら心細いだろうし、冥子ちゃんも泣いてる。
当てなどあるはずも無いから足の向くまま、式神たちに促されるまま歩いて。
街路樹が並ぶ、小奇麗な道。
突然クビラがきぃっ!と鳴き、ショウトラ・アジラも真っ直ぐにどこかを見た。
三匹の視線の先、やや小太りの男がぼんやりと立っている。
一見すればただの通行人その一。だが解る。理由は無いが直感した!
あいつがマコラだ!
「見つけた〜! マコラァ!!」
全力ダッシュ。
向こうも驚いたのかびくりと震えて身体を反転させる、が、遅い。
「捕まえたぁ!」
がっしり掴んだその瞬間、
にゅるりん!
本来の姿だろう。猿を思わせる茶色の…なんかうなぎみたいにすり抜けていきましたぁ!!
き、きしょくわるー!! べたべたしてるわけじゃないし、濡れてるわけじゃない!
なのにぬめぬめって…何?
もしかしてあいつ、素手で捕まえられない?
どーすんだよ!?
尻餅をついたままの俺を心配そうに覗き込む三匹に大丈夫だと手を振って、立ち上がる。
思わず飛び掛っちまったけど、失敗だったか。
警戒させたな、絶対。
「次の見付けたら、まずお前らが行ってみてくれるか?」
俺の言葉に、それぞれ鳴き声を上げているからきっと承諾してくれたんだろう。
ショウトラが残された匂いを追って、俺たちはもう一度駆け出した。
で、やっぱり散々な目に会いました。
小さなイベントホールでデザイナー見習いが開いたファッションショーに乱入したり。
ステージでポーズを決めるモデルの脚線美にときめいたり。
夏服姿のそのモデルがマコラの化けた姿だと、ため息交じりのクビラの鳴き声で悟ったり。
ハニワ兵で鳴き声による意思疎通に慣れた俺のバカ…。
ステージに駆け寄ったら、何か勘違いした周りの連中に押さえつけられたし。
ストーカーとか変態とか性犯罪者だとか。好き放題言いやがって!
払いのけてる間にマコラは逃げるし、切れたのかアジラの吐いた炎で俺を捕まえてたやつらが数人石像と化すし。
こんな能力持ってたんだなぁ。
感心しつつも、思わず逃げました。
追いかけて追いかけて。
東京タワー付近では、観光に来ていたお年寄りの集団に混じっていたマコラを発見。
ショウトラが一足先に駆けていけば、そのまま老人の波に飲まれました。
「東京の犬は立派ですの〜」
「これは柴犬かいの〜?」
「わしゃあ厠に行きたいんじゃが〜」
おじいさんおばあさんに群がられて、きゅ〜んきゅ〜んと必死な鳴き声というか泣き声を上げ。
バスの影に隠れてやがった運転手を代わりに投げ込み、なんとか救出。
産まれたての子馬みたいにぶるぶるしてたけどな!
その後も色々と騒動が…。
マコラの方もパニックを起こしてるのか、仲間であるはずのショウトラたちが近付いても怯えてすぐに逃げ出してしまう。
これには式神たちもショックを受けて、はじめに比べて元気が無い。
よしよしと頭を撫でてやりつつ、その後も追いかけっこを繰り広げ。
――途中、一部の一般人を犠牲にしたりなんて微笑ましいアクシデントもあったりしつつ。
現在。
ヤで始まってザで終わるご職業の方の屋敷の茂みに隠れてます。
ここの塀を飛び越えていくのを目撃して勢いで忍び込んだけど、心の底から後悔してます。はい。
あからさまに目つきのヤバイおっさんとか、刺青のオニーサンとか。お近付きになりたくない黒服の人種。
懐が不自然に膨らんでる人もいらっしゃいます。
そして、屋敷内から漏れ聞こえてくる会話とぴりぴりした空気で、どこぞの組と抗戦一歩手前であるとわかる。
帰っていいですか?
「ちくしょう、地獄組のやつらぁ! 皆殺しじゃあ!!」
「おおう! わしらのシマ荒らしてただで済むと思うなよ!?」
「連中、ばらして海に沈めたるわぁ!!」
……マコラを見付ける前に俺達が見付かったらどうなるのか、考えたくも無い。
完璧に腰の引けてしまった俺を勇気付けているのか、ショウトラたちがすりすりと身を寄せてくる。
「あ〜。ありがとうな、お前ら。早く見付けて冥子ちゃんのところに帰ろうな」
苦笑して、撫で返したら式神たちも小さく嬉しそうに鳴いた。
人に見付からないよう、茂みから茂みへこそこそ移動。
ぐるりと屋敷を一周してみたが、クビラたちの反応はよろしくない。
「もしかして、もうここにはいないのか?」
呟きにアジラがしゃあ〜と残念そうに鳴いたが、俺は内心ほっとしていたり。
だったらここには用は無い。
長居は無用とばかりに忍び込んだときと同様に、植木の特に茂った一角。角の死角になる場所から、脱出しようと塀に手をかけ――
「誰じゃい、貴様!?」
「地獄組か〜!!」
見付かった。
はい、お約束♪ ベタな展開に涙が出る。
ああ、目が潤んで前が見えない。見たくない!
黒服の人たちが手に手に物騒なモノ持ってるなんて、きっと気のせい!!
「一人で来るとはいい度胸じゃ〜!!」
「地獄組め、鉄砲玉なんぞ送り込みやがってぇ!!」
「ひぃぃぃぃっ!!? 違いますぅ!!
これは夢! 悪い夢〜!!」
ショウトラとアジラが威嚇の声を上げ俺の前に立ちはだかってくれているが、引き金を引かれるのは時間の問題。
誰かこの現実から、俺を救って!!
ずどどどどど……
ルシオラちゃんベスパちゃんパピリオちゃん。ごめんね、お兄ちゃん帰れそうにないよ。
でもここで俺がいなくなったら、誰がアシュタロスさんに突っ込みを入れるんだろうか?
どどどどどどどど……
見た目からして戦闘に向いていないらしいクビラが、こっそり俺の背後に回る。
突きつけられる銃口の距離に比例して、周囲の殺気が高まってゆく。
どどどどどどどどどど……!!
で、さっきから聞こえるこの音は?
恐怖で鈍る頭がようやく疑問を感じた瞬間!
どがぁぁぁぁぁぁぁぁああん!!
「よ〜こ〜し〜ま〜く〜ん!」
塀をぶち破って冥子ちゃん&式神たち、登場!
うわぁ。ないすたいみんぐ。
冥子ちゃんは周りの怖いおじさんも物騒な道具も状況にも一切気付かず、上品な小走りで俺に駆け寄り手を取った。
「あのね〜、マコラちゃんがね〜自分で帰ってきたの〜。それで〜お世話になった横島君にお礼が言いたくて〜。探してたの〜。
クビラちゃんたちも〜、お迎えに来たわよ〜」
「あ、ありがとう。わざわざ。でも、あの冥子ちゃん? 今凄く危ないんだけど…」
にこにこしている冥子ちゃんに一応言ってはみたものの、わかってないんだろうなぁ。
足元に駆け寄ったショウトラたちと楽しくじゃれてるし。あ、ちゃっかりクビラ冥子ちゃんの肩に移動してるし。
「マコラも無事だったことだし。それじゃあ帰ろうか! 冥子ちゃん!!」
「はぁ〜い。横島く〜ん」
余りの展開に呆然としているヤーさんたちをそのままに。
流れる冷や汗を隠しがっしりと冥子ちゃんの肩に手を回し、くるりと踵を返す。
その勢いのまま逃げたかったが。やっぱり、世の中そう上手くはいかない。
「待たんかい、このガキィ! なめくさりやがってぇっ!!」
「ネーチャンもこっち来てもらおうかぁ!!?」
だみ声と共に腕が伸び。
俺だけではなく、冥子ちゃんの細い腕を掴んで無理やり振り向かせ…。
って、これはヤバイ!!
「きゃあ、痛〜い。ふえ…ふぇぇぇぇぇぇぇ………っ!!」
案の定、見る見る目が潤んでいく。
終わった……。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
ばどごどがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!
その日、とある暴力団本部が消えた。
綺麗さっぱり屋敷が吹き飛んだその跡地。
冥子ちゃんの暴走で出来た傷は思ったよりマシだった。
周りにクッションとか盾になる者、いたし。
その傷もショウトラが治してくれた。
「ありがとな、ショウトラ」
頭を撫でればぱたぱたと尻尾が振られる。
ホントに普通の犬と変わらないなぁ。
「横島君〜、今日は〜本当にありがと〜。冥子〜とっても嬉しかったわ〜」
「いや、そんな。大したことはしてないよ。結局マコラは自力で戻ったみたいだし」
「そんなことないわ〜。横島君が頑張ってくれたからよ〜。クビラちゃんたちもそう言ってるわ〜」
「あ、ははは。そう? いやぁ〜役に立てて良かったよ」
「うん! 本当に〜ありがとう〜。コレはお礼よ〜」
当然のように傷一つない冥子ちゃんはぽやぽやした笑顔のまま俺に近付いて、
ちゅ
……?
あれ、今頬に何か…?
「えへへへへ〜」
悪戯が成功した子供みたいな顔で笑って。
え〜と、ちょっと待って。
は! ほっぺにチュウか、今の!!
理解して――理性が飛びました。
「お、おね〜さぁん!!」
「きゃ〜〜〜〜〜〜!?」
どっごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!
ダイブする俺。悲鳴を上げる冥子ちゃん。暴走する式神たち。
ああ、わかっていたさ! こうなることは!! オチは読めていたんだ!!!
でもなぁ、俺だって男だぁっ!! ドチクショー!!
薄れ行く意識の中、去ってゆく冥子ちゃんの足音を聞いた――様な気がした。
「ルシオラちゃ〜ん、お兄ちゃんが悪かったから機嫌直して〜」
子供用のベッドの傍ら、必死にご機嫌取りに励む俺がいる。
意識を取り戻して、急いでアシュタロスさんの家に向かったら。
……ルシオラちゃんが拗ねてました。
理由、俺が遅かったから。
あんまりに遅いので、外に出て迎えに来ようとしたらしい。
ハニワ兵に止められたけど。
昼寝もせずに待っていたので、不機嫌度MAX。
俺が来るなりベッドに潜り込んで、顔を見せてくれません。
ベスパちゃんとパピリオちゃんは、部屋の入り口からハニワ兵と一緒にちらちらを覗き込んでいる。
「ごめんね、ルシオラちゃん。お兄ちゃんのこと心配してたんだ? ちょっと、用が出来て遅くなったんだよ。本当にごめんね〜」
「おにーたんなんて、しやない!」
ようやく顔を見せてくれたと思ったら、そのセリフ。
うっ、結構効くなぁ。
「嫌い」と言われて一気に生気が無くなるアシュタロスさんの気持ちが、少しだけわかった気がする。
頬を膨らましたまま、ルシオラちゃんは俺を睨んで。ぷいっとそっぽを向いた。
「しやない。おにーたんなんてしやないもん!」
「ル〜シ〜オ〜ラ〜ちゃあ〜ん」
「しやないの!!」
ああ、また潜り込んじゃった。
後ろではパピリオちゃんたちが「おこりゃれたのー♪」と可愛い声で笑ってるし。
ベスパちゃんはあっさりしてるし、パピリオちゃんはすぐに機嫌が直るけど。ルシオラちゃんは頑固だから一度機嫌を損ねると長い!
コレは…ちょっと強引に行くか。
「でや!」
無理やり布団を引き剥がして、ルシオラちゃんを膝の上に抱き上げた。
「ルシオラちゃ〜ん、ホントにごめんね?」
「うう〜。やにょやにょ! おにーなん、はなしゅの〜!!」
じたじたばたばた。
腕の中で暴れて暴れて。話聞かないモード!!
うう、こうなったら!!
――このときの俺の心理状態がどうだったのか、俺自身にもさっぱりわからない。
ただ、勝手に体が動き。
ちゅう。
してました。
ほっぺにチュウ。
「ほえ?」
あ、ルシオラちゃんもきょとんとしてる。
何やってんだよ、俺!?
ちがうんやー、俺はロリコンやないんやー!!
俺の心の叫びなど知るはずもなく。ルシオラちゃんは不機嫌な顔を一変させて、それはもう嬉しそうに俺に擦り寄ってきた。
「えへへへ♪ しかたがないかや、ゆぅしてあげりゅの〜」
にこにこ。すりすり。
とりあえず、機嫌が直ったみたいで良かった。
ほっと息をついていると、ルシオラちゃんがじ〜っと、何か期待に気に満ちた眼差しを向けてくる。
「ん? どうしたの、ルシオラちゃん?」
「おにーたぁん、さっきのちゅう、もいっかいして〜」
えっ!? そんな穢れの無い笑顔で。
「いや、でも、ねぇ…」
「やー!! してくんなきゃ、なにゃの〜!」
ごねだし、また暴れだす。
どうしようか? やるのは簡単だけど、正気の今は流石に恥ずかしい。でもやらないとまたルシオラちゃんが拗ねるし。
俺がつらつら悩んでいると、背中に衝撃!
「げふぅ!? な、パピリオちゃん!!」
張り付いていたのはパピリオちゃんで、なにやらむぅっとした表情。
「おねぇたんだけ、じゅりゅいでちゅ〜!! パピィオたんも! パピィオたんもちゅうしゅりゅにょ〜!!」
「やぁの! めぇなの!! ルゥたんだけなの〜!!」
「ちょ! 首、首絞まってるから!! 離し、くる…しぃ。
ベスパちゃ…助け!」
手を伸ばせば、少し距離を置いて傍観していたベスパちゃんが仕方なさそうに歩み寄り。
がしっと俺の顔を掴んで力づくで向きを変え。
「えい!」
ぶちゅう!
マウス・トゥ・マウスですか。パピリオちゃんと。
「あ〜!! ベェパのばかぁ! めぇよ、おにーたん、めぇよ!!」
「きゃはははははははは。わぁ〜い、ちゅうにゃの〜。にぃたん、ちゅ〜♪」
「ぎゃあー!? 危なっ、痛い痛い! お兄ちゃん、痛いから!」
前後から引っ張られて、その場にどうっと倒れこむ。
もちろん、その程度で二人が離してくれるはずもなく。
二人そろって俺の上に馬乗りになって、再開。
結構育ってるので、腹の上で激しく動かれるとキツイ。
「痛いってば二人とも〜! めーだよ、こら! 降りてぇ!」
言っても聞いてくれません。
「おにーたん、ちゅう〜♪」
「ちゅう〜♪」
乗っかったまま俺にお顔を近付けるルシオラちゃんとパピリオちゃん。
もうどうにでもしてくれ。
「な、な、な、な、ななあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
半笑いで諦めた俺の耳に届く奇声。
ドアに立っていたのは、やはりアシュタロスさん。
この人は、ホントにいいタイミングに帰ってくる人だ。
「な、な、な…! 何をやっているんだ、我が娘たちぃ!?」
「ちゅうよ〜、ぱぁぱ」
「ちゅうにゃの〜」
ぶるぶる震えるアシュタロスさんに、笑顔で答えるルシオラちゃんとパピリオちゃん。
「よ〜こ〜し〜ま〜く〜ん? 一体コレはどういうことかね!? 私は確かに子供たちの子守は頼んだが、襲えとは言っていないよ!!」
「襲ってません! むしろ俺が襲われてます。見てわからんのか、あんたは!!」
いまだ二人に乗られたままで、大声出すもちょっと大変。
「問答無用〜!! ふふふふふ…こうなったら魔界の最悪の獣の餌に……」
人の話、全く聞いてないな!
明らかにヤバイ目付きでぶつぶつ呟きだしてるし!!
「むぅ〜。ぱぁぱ、おにーたん、いじめたやめぇなのよ! きやいよぅ!」
「…な!? ルシオラ!? そんな、嫌いって嫌いって……」
ルシオラちゃんの一言で、いじけてしゃがみこんでしまったアシュタロスさん。
ホントに親ばかだな。こんなんで会社は大丈夫か?
部下の人たち、きっと苦労してるだろうなぁ。
一人しょげ返るアシュタロスさんにベスパちゃんはとことこ近付き――
「ぱぁぱ〜、ないたやめぇよ? ベェパはぱぁぱ、しゅきよ〜」
言いつつ、ほっぺにチュウ。
「ベスパ〜〜〜〜〜!! パパも大好きだぁ!!」
キツイほどに抱き締めてすりすりしてキスの雨。
ベスパちゃんも嬉しそう。
「あう〜。ぱぁぱ〜パピィオたんも〜」
いつの間にかパピリオちゃんもアシュタロスさんの足元に。
一緒に抱き上げてご満悦な様子のアシュタロスさん。
ルシオラちゃんは相変わらず俺の上に乗ってるけど、機嫌は良くて。
ハニワ兵たちも嬉しそうに周りをパタパタ走り回ってる。
その後暫く、ほっぺにチュウが子供たちの間で流行りました。
一番喜んだのは、当然アシュタロスさん。
……何も言うまい。
ああ、冥子ちゃんはあれから何の問題もなく無事家に帰れたかな?
は! 連絡先聞いておけば良かった!
俺のバカ〜!!
ちなみに。俺が式神と起こした騒動も某暴力団壊滅も、一切新聞にもTVにも出なかった。なんで?
後書と言う名の言い訳
子供のほっぺは柔らけー!!(挨拶)
とりあえず原作横島とこの横島の行動の対比。そしてチュウが書けて満足。
チュウは子供にとってわかりやすい愛情表現です。決して趣味ではありません。
たとえGSと関わっても横島君の意識がソッチへ向かない限り、この生活は壊れません。
アシュ側と先に縁が出来たせいでちょっと歴史も変わってます。
夏くらいに横島君の霊力覚醒イベントを予定しております。それまではまだこんな感じでいきます。
では、ここまで読んで下さってありがとうございます!!