ぽかぽかぽかぽか。良い天気。
蒼い蒼い空の下。響き渡るは――
「こっちこっち、はやくぅ!」
「きゃはははは♪ あ〜、あしょこになんかいぅ!」
「やー。まっちぇ〜、パピィオたんもいくのぉ〜」
「嗚呼!! なんて愛くるしいんだ、我が娘たち! お前たちの前ではヴィーナスだってただのナスぅ!!」
「わかりましたから…その噴き出す鼻血をなんとかせんかい!!」
可愛らしいさえずり。恍惚としたテノール。そして呆れと怒りに彩られたツッコミだった。
がんばれ、横島君!! うらめんの2〜ある休日の話〜
朝。カーテンの隙間から射し込む眩しい光。
大きなベッドの置かれた寝室に、見事なコントラストを生み出した。
部屋の主はベッドの中。しっかりと目を閉じ、暖かな空気に沈んでいる。
とある企業の若社長芦原優太郎こと、魔界の七十二柱が一柱魔神アシュタロス。
表向きの仕事も、本来の立場で進めている事柄も。
ある程度片付いて、落ち着いて。
ぽっかりと出来た久々の――人間で言うところの休日。
今日は、そんな日。
ぱたぱたと。可愛い小さな足音。
きぃ…と。ドアが、小さく音を立て、細く開く。
隙間から入り込むのは三つの影。
どれも小さく、頼りない。
影はくすくす笑いあい、こそりこそりとベッドに近付く。
寝ているアシュタロスの顔をのぞきこんで、また笑って。
三つ一緒に頷いて。
「ぱぁぱ! あしゃよ〜!!」
「おっきすゆの。ぱぱ、おっきすゆの〜!」
「おきちぇー!。はをみぎゃあておかおをあやーのよ!」
飛び乗って、叫んだ。
シーツをはがそうとしたり中に潜り込もうとしたり飛び跳ねたり。
やりたい放題。
これで起きない者はいないだろう。
当然アシュタロスも目を覚ました。
いや、本当はもともと起きていたのだが。
魔神であるアシュタロス。己に近付く気配に気付かぬわけがない。
だが可愛い娘たちの可愛い行為。
これを甘受せずして誰が漢か!
こんな可愛い、天使のような子供たちの好意を無碍にするなど許されるだろうか!? いや、否!! 断じて、否!!
よってアシュタロスは寝たふりを決め込んでいたのだ。
「おはよう、我が娘たち。良い朝だな」
穏やかな笑みを浮かべて、三人まとめて抱きしめる。
子供たちはきゃあと高い声を上げ、思い思いに父にぺたりと張り付いた。
可愛い声に促されるまま、階段を降りて。
顔を洗って歯を磨いて。
実に『人間的』な行動。
ダイニングではすっかり住み込みになっている横島と、その友(下僕)と化したハニワ兵が朝食の準備。
横島は本来休日の朝から起きてくるタイプではないのだが、ハニワ兵に起こされるのとルシオラたちに付き合って規則正しい生活をしているおかげか、早起きが苦にならなくなっている。
「あ、おはよーございます。アシュタロスさん。もーすぐ朝飯できますから」
皿を両手に、キッチンを行ったり来たり。
その足にルシオラは抱きついて、言う。
「にーたぁん。ルーたん、ぱぁぱおこちたのよ、えやい〜?」
「うん。ありがとう、ルシオラちゃん。えらいね〜」
頭を撫でてもらって、えへへ〜と嬉しそうなルシオラの様子にアシュタロスも自然と目を細める。
子供たちを席に着かせ、自分も腰を降ろす。
テーブルの上。
アシュタロスと横島にはベーコンエッグと、トースト。そしてコーヒー。
ルシオラたちには小さく切った果物にヨーグルトをかけたものとミルク。
最近は砂糖水や蜂蜜だけでなく普通の食べ物も与えている。
人間と同じものを食べても平気と知った横島が、いつ外に出ても大丈夫なようにと始めたことだ。
最初戸惑っていた子供たちも、今ではすっかり慣れた。
「はい、いただきまーす」
「「「いたぁきましゅ」」」
手を合わせる横島を真似る子供たち。
それを眺め、アシュタロスは本当の兄妹のようだと思った。
……親子とかは思わない。なんか悔しいから。
パピリオが見た夢を舌足らずに語り、それに笑って頷いて。
上機嫌なベスパが「あ〜ん」とアシュタロスに自分の朝食を食べさせたり。
それに対抗しようとしたルシオラが上手くいかずにいじけたり。
朝からとても賑やかだ。
口の周りを白く染めたヨーグルトやミルクをふき取ってやり。
食べ終わったとたんに子供たちはリビングへと走って行く。
それを見送ってアシュタロスは呟いた。
「今日は、いい日だ」
リビングで子供たちは思い思いに腰を下ろして、TVの画面に釘付け。
映っているのは魔女っ子もののアニメ。
最近のお気に入り。
アシュタロスも一応その内容を横島に教えてもらったのだが…正直、理解できない。
超俺様主義な主人公が偶然秘密を知ってしまった魔法使いを脅して、魔女っ子に。
そして奥様の尻に敷かれたストレスから世界征服に走る悪の帝王と、地球の覇権を巡って戦う。そんなストーリー。
確かに面白そうかもしれないが、絶対子供向けではない。
むしろこんなものを爽やかな朝に放送するなと言いたい。
そもそも魔女っ子ものの必要性があるのだろうか?
まぁ、ぼろぼろに負けて帰ってきた悪の帝王が「今までどこで遊んできた!!」と、奥様(シルエットのみ)にシバキ倒されるシーンで、不思議と同情を通り越して共感を覚えたが。
「いつも、こんなものを見ているのかね…?」
アニメが終わって、膝の上によじ登ってきたベスパとパピリオを優しく抱き上げ、アシュタロスは呆れた声を漏らす。
「そうっすね。見逃したら拗ねるんで…。
あ、でもアシュタロスさんが買ってきたビデオとかも見てますよ。ね、ルシオラちゃん」
「ん! ルーたんねぇ、くまたんとうしゃたんのがすきぃー!」
デフォルメされた熊とウサギのほのぼのとした日常を描いた作品が挙がり、アシュタロスは相好を崩す。
自分の選んだものを子供が気に入るのは、とても気分が良い。
久しぶりにアシュタロスと朝からゆっくり過ごせるからか、子供たちはいつにもまして甘えにかかる。
アシュタロスの身体をよじ登るパパ登りや肩車。高い高いをしてもらってご機嫌だ。
横島にも抱っこやおんぶをせがみ。
笑いながら「もっと!」とねだる。
それに付き合い横島は大忙しだ。
馬にもなれば、ボールを転がしたり、悪役になってやられたり。
そのうちに子供たちはお絵かきに没頭し始める。
たくさんのクレヨンで大きな紙に斬新な絵を描き始め。
ようやく屋敷に静けさという存在が戻ってきた。
色彩が豊か過ぎる絵を眺めながら、アシュタロスが呟く。唐突に。
「出かけよう」
「…は?」
同じく子供たちを見守っていた横島。首を傾げる。
構わずに、アシュタロスは続けた。やたら高いテンションで。
「雲一つない蒼い空! 降りかかる陽差し! 温かく穏やかな日の仲良し一家の過ごし方といえばただ一つ!! 一緒にお出かけ☆だろう!!」
違うかね?と同意を求められ、横島は曖昧に頷く。
「まあ、そうかもしれませんけど。もう少し脈絡とか考えて下さい」
「ふ! 思い立ったが吉日というのはいい言葉だと思わないかね? それにぐずぐずしていては日が暮れてしまうだろう」
無駄に胸を張り言い切るアシュタロスに何言っても無駄だろうなぁと、達観にも似た確信を持ち頷いた。投げ遣りに。
「はい、そーっスね。その通りですね。
じゃ、弁当作らないといけませんねー」
横島のローテンション棒読み口調も何のその!
アシュタロスはあくまで爽やかでにこやかだ。
「うむ。サンドイッチにしてくれ、横島君! もちろんバスケットに入れて!! お出かけの基本だね♪」
立ち上がった背に受けるそのセリフに、どぉやったらこのオッサンは黙ってくれるのかと一瞬思ったが。
結局何も言わずにキッチンに向かった。
何を言っても無駄だろうなーとか、悲しいことにわかってしまうから。
横島の後をついて行くハニワ兵たちも同様に。なんか重く息を吐いた。
その後姿を見届けて、アシュタロスは可愛い子供たちに向き直る。
「娘たち、今日は皆で一緒にお出かけしよう!」
「おでかけ? おうちかやでうの?」
「どこ!? どこいくの!?」
「おしょといくの? ぱぁぱといっしょ!?」
言葉に、握り締めていたクレヨンを放り出し。
キラキラと期待に輝く目で父を見る。
いまだ幼く。アシュタロスの作った「お守り」を身に着けているとはいえ、何があるかわからない。
力の制御が上手く出来ない子供たちは、今まで一度も屋敷の外に出たことがなかった。
身体を動かすのも、せいぜい庭で追いかけっこをする程度で。
だから、お出かけという言葉は魅力的。
いつも兄や父に読んでもらう絵本には出てきても、自分達はしたことがなかったのだから。
足元で踊るように飛び跳ねる子供たちに視線を合わせ、笑う。
「ああ、一緒にお外に行くのだよ。
さあ、横島君たちがお弁当を作ってくれているから、その間に着替えよう!」
子供部屋のクローゼット。大量に収められた可愛らしい洋服を、アレでもないコレでもないとコーディネート。
さんざん悩んだ末、フリルやリボンでその端々を飾り、ろりぃな魅力を振りまきながらもちゃんと機能性を考えられたワンピースが選ばれた。
アシュタロス渾身の見立てと着替えが終わり、ハニワ兵が弁当の完成を告げてくる。
バスケットと大き目の水筒を抱えた横島は、すでに玄関に待機。
触覚隠しの帽子を持って、鈴の付いた小さな靴を履かせ。
準備完了。
子供たちは待ちきれないというように飛び出した。
閉じたままの門に掴まり、嬉しそうに笑って外を見る。
アシュタロスが車を出せば、やはり珍しそうにその周りをぐるぐる回り、ぺたぺたと車体に触れる。
とくに目を輝かせたのはルシオラだ。
これは?あれは?とミラーやワイパーを指して質問攻め。
その様子に苦笑して。後部座席のドアを開ければ我先にと勢いよく乗り込んだ。
子供たちを座らせて、ちゃんとシートベルトをする。
横島も助手席に乗り込んで。
ハニワ兵に見送られながら車は出発。
乗り心地のいい車は快適に道を行く。時々車のエンジン部からおかしな――生き物の鳴き声のような――音が聞こえるが気にしない。
窓を流れる景色。子供たちにとって初めてのものばかり。
窓にぺったりと張り付いて。
右に看板があればそちらに張り付き。左にビルがあればそちらに詰めて。
シートベルトはすでに意味を成していない。
好奇心の赴くまま、時には運転席にまで身を乗り出して。
楽しくて仕方がないと、全身で訴えていた。
子供たちのおしゃべりは絶えず、そして車は進み。
着いたのは郊外。広場や緑地と呼んだほうがしっくりくる、大きな公園。
遊具が置かれている一角と、散歩道。
身体を動かすために設けられスペース、人工的に植えられたたくさんの木々。
アシュタロスが子供たちをつれて向かったのは、木々によって周囲から視界が遮られた奥の一角。
本来なら遊具のある場所で、我が子の可愛らしさを周囲に自慢してやりたいのだが。
万が一のために、ここで我慢したのだ。
――うっかり下手なことすると、横島に怒られそうだし。
アシュタロスは抱き上げていた子供たちを降ろし。
横島はレジャーシートを適当な場所に広げ。
子供たちは生まれて初めて見た広い場所に、たくさんの木に、びっくりしたように目を開いて父のズボンに掴まって周囲を見渡している。
「ふふふ。広くて驚いただろう、娘達。
今日はここでいっぱい遊ぼう!!」
楽しげに笑うアシュタロスに、子供たちの緊張も解れたか。
はじかれたように声を上げ三人、団子のように一塊で走り出す。
余り遠くに行かないようにと、後ろからかかった声もきっと聞こえていない。
もっともそんな忠告は必要なかったようだけれど。
あっちに虫がいたとこっちに鳥がいると、向こうに花が咲いていると。
ささやかかで可愛らしいことを報告しに来るのだ。
初めての外はやはり多少の不安もあるのか、ちょっと走っては父や兄を振り返り。少し離れてはその姿を確認して笑う。
その姿はたまらなく可愛らしく、ついついアシュタロスはそちらに全力で駆けていってしまいたくなる。
けれど。離れたところから自分に向かって手を振ってくれるその姿は、なんとも言えないほどぷりちーで!
なのでいまは我慢して、大人しく堪能しているのだ。
横島は、そんな雇い主の姿に色々な意味を含んだ涙を流しそうになった。が、流石に子供たちの前で泣くわけにはいかない。
仕方がないので、至福の表情で体育座りのアシュタロスは意識からスルー。
子供たちの相手に徹することにした。
ルシオラを比較的太い枝に乗せ、木登りを手伝ってみたり。
転んでしまったパピリオを抱き起こし、ベスパが花を摘むのを手伝ったり。
何もオモチャがなくても子供は自分で楽しいことを発見する。
大きな岩によじ登っては飛び降り、風で飛ばされ転がっていく帽子を楽しそうに追いかけていく。
壁も何も無い場所で思う様走り回り、じゃれあって。大きな声で笑う。
感極まったシュタロスが鼻血を噴き出し、横島がツッコミをぶちかます。
それはいつもと同じようでどこか違う風景。
陽が高く昇った頃、パピリオが訴えた。
「パピィオたん、おにゃかへっちゃでちゅ〜」
「あう〜、ベェパも!」
「にーたぁん、ごはん! ごはんたべたぁ〜い」
一人が言えば残った二人も賛同する。
横島とアシュタロスに向かって駆けてきた子供たちはそれぞれ空腹を訴えた。
「ふむ、では昼食にしようかね!」
うきうきといった擬音を撒き散らしそうなアシュタロス。
いそいそとバスケットを取り出し、子供たちにサンドイッチを手渡してゆく。
その隣では、横島が水筒から注いだ紅茶を全員の前に並べていって。
「いたぁきましゅ」
「ましゅ〜」
「ま〜ちゅ! おいし〜のぉ♪」
子供たちは食前の挨拶もそこそこに、勢いよくサンドイッチを食べ始める。
よほどおなかがすいていたのか、普段なら食べかすに気を配るルシオラでさえぽろぽろとパンくずをこぼしていた。
アシュタロスもサンドイッチを手に、微笑みながらその様子を見守り。
横島は食べながらも、子供たち――特にパピリオ――の面倒を見ている。
ちなみにアシュタロスと横島のサンドイッチはやや大きめサイズ。子供たちは食べやすいように、持ちやすいようにと手のひらサイズ。
作ったのはハニワ兵。
芸が細かい、気配り上手!
子供たちがはむはむとサンドイッチを口に詰め込む様を見て、もうアシュタロスは胸がいっぱい。
至福通り越して恍惚な顔。鼻血一歩手前である。
横島はそんな素敵雇い主様をやはりスルーして。パンからはみ出してしまったトマトや、サンドイッチを解体して汚れた手を拭いてやり。
甲斐甲斐しく世話を焼くその姿は、主夫とか保父と呼ぶに相応しいだろう。
きっと本人に自覚はないだろうが。
実はそんな横島込みの光景でアシュタロスは胸がいっぱいなのだが、ばれたらおそらく通常の1.5倍のツッコミを喰らいそうなので黙っている。
流石に生ごみにはなりたくない。
サンドイッチの次はデザート。
手作り感溢れるプリンはあまり冷えてはいないが、子供たちは気にしなかった。
甘いものを好む虫を素にしているせいか、それとも女の子だからか。
ぺろりと綺麗に平らげた。
ちなみに子供の笑顔見たさについついお菓子を与えてしまうシュタロスを、虫歯になるからと毎回横島が咎めていたりする。
日常生活ではすっかり横島に主導権を握られてしまっているのだが、今のところアシュタロスがその事実に気付く気配はない。
昼食を食べ終えたとたん、彼女たちはまた一目散に走り出す。
パピリオが登りやすそうな木を見つけ木登りに挑戦するのを、ルシオラが心配そうに見守り。ベスパが下から押し上げてやる。
仲睦まじい光景を、アシュタロスは何一つ見逃すまいと食い入る様に見つめていた。
その視線はいっそ変質者と言ってもいいほどだ。
「アシュタロスさん。写真、撮らないんですか?」
ふと問いかければアシュタロスは笑い、わざとらしく髪をかき上げた。
「ふ! いいかね、横島君? 便利な道具が存在するからといってそれに頼ってばかりいるのは愚か者のすることだ。
形に残すのが重要なのではない――心に残すことこそが大事なのだ!!」
「忘れたんですね? カメラ」
「…………………………うん」
尤もらしい言葉を並べても通じなかった。
あっさり言われてしょぼ〜んと沈み、地面にのの字を書き始める。
撒き散らされるどんよりとした空気が鬱陶しくて仕方がない。
「はいはい。それじゃ、胸に刻み込んできて下さい。
ほら、ルシオラちゃんたちが呼んでますよ?」
横島の指した先、確かにルシオラたちが手招きしていた。
「今行くぞ娘たちぃ〜!!」
瞬間立ち直ったアシュタロス、元気に子供たちへと駆けつける。
ベスパとパピリオがアシュタロスに手を伸ばし、ルシオラが言う。
「ぱぁぱ! あにょね〜ぐゆぐゆしてほしぃの〜」
ぐるぐるとは子供たちの好きな遊びの一つ。
アシュタロスに抱っこされて、一緒にくるくると回るというもの。
単純だが楽しいらしくよくねだっている。
もちろん、愛しい娘からの頼みをアシュタロスが断るわけがなく。
輝く笑顔で頷いて。
いつものように三人一度にしっかりその胸に抱き上げて、器用に回り始めた。
流れる景色が、回転で得られる浮遊感が面白いのか子供たちはきゃらきゃらと声を上げる。
アシュタロスの普段の奇行さえ無視すれば、立派に普通の親子の休日だよなぁと脇で眺めながら横島は思う。
やはりアシュタロス本人も愛娘とお出かけ♪ということで、少々気が昂ぶっていたのだろう。
普段なら抑える回転速度、妙にアップ。止めるまもなく残像を見せる高速スピンに発展。
当然――歓声は悲鳴に代わった。
「ぎゃ〜!? 何やってんですか、アシュタロスさん!!」
喚いたときには遅かった。
地面に降ろされた子供たちはよたよたとその場にへたり込んでしまう。
「にょ〜。にぃたんがぐゆぐゆ〜ってしてう〜」
「やぁ〜、おしょらがまやってうのぉ〜」
「……ふぇ。ぐやぐやすぅ〜。…ううぅ」
「あああ!? 大丈夫? しっかりしてぇ〜!!」
気持ち悪いと泣き出した子らを慌てて宥めて、シートに寝かせ。
横島は後ろで、なぜか?正座しているアシュタロスに向き直った。
目が合ったとき、心底ビクつかれたのは些細な事実。
「で、何か言うことはありますか?」
にっこりと。それはそれは見事な笑顔で、横島は聞く。
アシュタロスは身の内から湧き出る感情――一般に『恐怖』と呼ばれるそれ――に従い、
「はしゃぎすぎました。ゴメンナサイ!」
謝った。深々と、土下座ちっくに頭を下げて。
もちろんその程度で許されるはずもなく。
その後一時間ほど、説教は続いた…らしい。
ちなみに目を覚ました子供たちの第一声は「ぱぁぱなんて、きやい!」。
ハートに直撃を受けたアシュタロスが、思わず消滅しかけたのは秘密。
木の養分と成り果てそうな父親と時間とを忘れて、子供たちまた遊びだして。
そうして――
「あー、おしょりゃがあか〜い♪」
「ほんちょなにょ〜」
「うあ〜。きえーね、きえーねぇ」
「へぇ…。凄いな」
生まれて初めて見る広大な夕焼け。
赤と朱とオレンジと青と紫と。雲の陰影。様々な色が交じり合った、それは美しいグラデーション。
広い空と、地に落ちる影と。
何もかもが夕焼け色に染まってゆく。
いつもは部屋から、限られた空間から見上げるそれ。
まるで自分が空の一部に溶けたような不思議な光景。
姉妹と兄と笑いあって。仕方がないからいまだへこんでいた父も許してあげて。
笑って。心から笑って。
帰りの車。寄り添って寝息を立てるルシオラたち。父と兄は暖かく見つめて。
おいしい晩御飯を食べて。今日の出来事を語り合って。
お土産に持って帰ってきた葉っぱや綺麗な石を、大事に仕舞い込んで。
ハニワ兵にも色んな話を聞かせてやって。
アシュタロスが嬉々として娘たちを風呂に入れた。
このときばかりは、普段お風呂を嫌がるベスパも喜んで湯に浸かっていたりする。
すっかり日が暮れて月が昇って。お休みの時間。
ルシオラの提案で皆一緒に寝ることになった。
もちろんアシュタロスは大喜び。一も二もなく頷いて。横島は…子供たちの上目遣いと雇い主の「当然賛成だろう?」的視線で選択の余地無し。
結果――一番広いアシュタロスのベッドで寝ることになった。
アシュタロスと横島は両端。子供たちは真ん中。
二人に挟まれ。お出かけの興奮冷め遣らぬ子供たちはなかなか寝付いてくれなかったが、それでも昼間たっぷり遊んで疲れた身体が眠ることを促して。
一人、一人。沈むようにシーツに埋もれていき。
やがて横島も寝入ってしまってから、アシュタロスは微笑んだ。
「嗚呼、幸せだ。これを――幸せというのだろう」
やや乱れた布団をかけなおして、自身も横になって。
目を閉じ、幸福感をかみ締めながら睡魔に身を委ねる。
何か修理しなきゃないらないものがあったような? でも思い出せないから大したものじゃないだろうなと思いつつ。
同じ頃、アシュタロスの秘密の作業場で。首だけになった土偶デザインな部下がくしゃみをしたのはまったくの余談。
続く
後書きと言う名の言い訳
ぐふ! 不調です。難産です。マイルール目指せ、月一本投稿!は守れましたが。たまには一人称から離れようとして…。
もっとちゃんと会話が書きたかった。もっと入れたい話とかあったのに! なぜか回りくどくなりました。朝の魔女っ子ものは単なる創作です。
力不足……。残念。
次回からGSがちょろちょろ登場してきます!
ではここまで読んで下さってありがとうございました!!