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「DAWN OF THE SPECTER 10(GS+オリジナル)」

丸々&とおり (2006-05-01 01:32/2006-05-01 01:55)
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「おーい忠夫ー、いるかー?」


「……ノックくらいしやがれクソ親父。」


カップ麺をすすりながら、不機嫌そうな顔の横島が訪問者を睨みつけた。
だが突然乗り込んできた男は気にする様子もなく、豪快に笑い飛ばしている。


「はっはっは、相変わらずロクなもん食ってないみたいだな。
よし!たまには上手い飯でも奢ってやろう!」


「マジでか!?」


先ほどの不機嫌さはどこへやら。
横島は満面の笑みで目を輝かせていた。


「こら美味い!こらぁ美味い!」


「お前なあ、ちゃんと味わってんのか?」


手当たり次第に握り寿司を胃袋に放り込む横島に、大樹が呆れながらビールをあおっていた。
どこぞの高級な料亭に行っても良かったのだが、物の価値を知らない横島には豚に真珠だろう。
それならば、と雰囲気こそ庶民的だが味の良い寿司屋を選ぶことにしたのだった。

横島は久しぶりに食べる廻らない寿司に感激し、次々に皿を平らげていく。
ふと気付けば大樹のジョッキが空になっていた。
個室の襖を開き、店員に注文を頼む。


「にーちゃん、生の中ジョッキ二つ頼むわ。」


店員は元気よく返事し、厨房へと入っていった。


「おいおい、俺はまだ未成年だぞ。」


「あー、卒業祝いだ。細かい事は気にすんな。
あ、でも母さんには内緒だぞ。」


慌てて付け足した最後の言葉に、横島はハイハイと頷いている。
どうやらあの母親に頭が上がらないのは相変わらずのようだ。


「お待たせしました。
ごゆっくりどうぞー♪」


「お、きたきた。
今日は俺の奢りだからな、好きなだけ飲んで良いぞ!」


「おい、ついたぞ忠夫。
……駄目だな、完全に潰れちまってる。」


タクシーの運転手に運賃を手渡し、酔いつぶれている横島を大樹が担ぎ上げた。


「ま、初めてであれだけ飲めれば上出来か。
さて、鍵はどこに入れたんだったかな……」


横島を担いだまま、ごそごそとスーツのポケットに入れたはずの鍵を探す。
と、その時、横島が何やら呟いた。


「う……ん……ルシ……オラ……」


「ん、何か言ったか?」


大樹が聞き返すが、横島は眠っているので答えない。


「チッ、寝言で女の名前を呼ぶとは生意気な……」


ハッキリとは聞き取れなかったが、今のは女の名前だと大樹の直感は感じ取っていた。


「やれやれ、こいつ意外と重いな……おっと!」


愚痴をこぼしながら居間に入った途端、落ちていたゴミに足を取られ、タンスに勢い良くぶつかってしまった。


「痛タタタタタ…………ん、これは?」


今の衝撃でタンスの上に置いてあった写真立てが落ちてきていた。
ふと興味を引かれ、写真立てを手に取る。

真ん中に少し照れた様子の亜麻色の髪の女性。
その女性を挟んで立つ、穏やかに微笑む黒髪の少女と脳天気そうなバンダナの少年。
黒髪の少女の隣に澄ました顔で写る金髪の少女。
バンダナの少年の腕に抱きつき、笑顔で写る赤い前髪の銀髪の少女。

自分の知らない少女も写っているが、どうやらあの事務所の集合写真らしかった。


「おや、確かおキヌちゃんて幽霊じゃなかったか?」


写真に写る黒髪の少女を見て、大樹が首を傾げる。
以前は人魂を左右にふわふわと浮いていたのに、写真に写るのはちゃんと足もある生身の女性だった。
あまり縁の無かった大樹には考えてみてもわからないので、写真立てを戻そうとしてふと気付く。

写真立ては木の枠で写真を挟み込むというシンプルな物だったが、落ちた衝撃で枠がずれてしまっていた。
直しておいてやろうと思い、一度木の枠を外すと、一枚の写真がひらりと舞い落ちた。

どうやら、さっきの集合写真の裏側に、もう一枚写真が入っていたようだ。


「……誰だこのコは?」


息子と二人で写っている黒髪のボブカットの女性に、大樹が首を捻る。
二人が少しはにかみながら浮かべている笑顔は、何とも初初しかった。
大樹がくるりと写真を裏返すと、息子の雑な字で何やら書き込んであった。


――――東京タワー、ルシオラと記念撮影


ほのかに明かりが灯った店内に、からんと澄んだ氷の鳴る音が響く。
男はグラスを運び琥珀色の液体を口に含むと、味わいながらゆっくりと喉の奥に流し込んだ。
穏やかなピアノの調べが聞こえてくる、静かなバーのカウンター。
二人の男女が並んで座っていた。

男はスーツに身を包んでいるが無精ひげを生やし精悍な印象を与え、落ち着いた所作はその年齢をうかがわせる。
音を楽しむようにグラスを傾け、年代物のウイスキーをロックでやる姿からも、みなぎる力強さを隠せはしない。
その隣に座る女性もブラウスとタイトなスカートというどちらかといえば実用的な服装だったが、整った顔立ち、細身の割りに豊かな胸、すらりとした長い足はモデルを思わせる。
透き通る金髪を指で梳きながら、女性はオレンジの溶けたカクテルが注がれたグラスを口元で躍らせていた。

かなり年が離れて見える二人だったが、まるで寄り添うように。
時折女性が相手の反応を楽しむように、男の肩にもたれかかる素振りを見せている。
男は女性の体が触れても特に反応を見せず、にこやかな表情でグラスを傾ける。


「今更聞くのも何だけど、こんな所にいて良いのかしら?」


女性の問い掛けに、男はふっと微笑み答えた。


「確かに、今更な質問ですね。
ここでこうして貴女と一緒にいる。
それが答えではいけませんか?
タマモさん。」


タマモはくすりと笑うと、カクテルグラスにまた口をつけた。
酔いのためか、それとも男の精気にあてられたのか。
タマモの頬は微かに上気していた。
カクテルで濡れた唇とその頬に、男の背筋にぞくりとした感情が走る。


「突然のお誘いを受けて頂いて、感謝してるわ大樹さん……」


大樹の肩に頭を預け、見上げるように大樹の瞳を見つめる。
思わずその瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えながらも、それでも大樹は目を逸らそうとしなかった。

大樹もまた、その肩にかかる彼女の頭の重さに心地よさを覚えていた。
だが彼は、彼だからこそ気が付いていた。
今目の前にいる金色の髪を九房に纏めた女性は、魅力以上の何かを備えていると。
それが果たして霊能者故の何かなのか、それとも他の理由によるものなのか。
霊的に一般人の大樹にはわからなかった。

だが、本能と経験から察していた。
蠱惑(こわく)的と言ってもいい、彼女のまとう雰囲気に巻き込まれれば火傷程度ではすまないだろうと。
久しく無かった手ごわくも魅力的な女性との静かな闘いに、しばらく身をおこうと、鼻腔に立ち上る香りを楽しみつつ思った。

「こうして、貴女と素晴らしい一時を過ごすのはとても嬉しいのですが……何か私に用件があったのでは?
そう――――」


そこで言葉を区切り、相手の瞳をしっかりと見据えてから、続きを口にする。
肩にかかる重さは、いまだ心地よい。


「――――昼間の犬塚さんのように。」


タマモは何も答えず、大樹の肩に頭を預けたまま微笑んでいる。
だがわずかに視線を落としたせいか、豊かな髪が大樹の頬をくすぐった。


「どうやら正解のようですね。」


大樹は手を伸ばし、つつっと指先でタマモのうなじからあごを確かめる様になぞる。
目を閉じ、愛撫にも似た快楽を受け入れていたタマモが呟いた。


「違う、と言ったら?」


「――――ふむ、違うのですか?」


大樹の指先はゆっくりと首筋をなぞり、鎖骨の辺りまで下りてきていた。
タマモは薄く目を開き、少し咎めるように囁いた。


「大胆なのは嫌いじゃないけど……少し、気が早いかもね……」


耳元でタマモが囁いて、大樹は素直に指を引いた。
とがめる、というにはあまりに柔らかく甘い声に、大樹は陶然とする。
このまま二人で会話を楽しめればどれほど良いか、そう思わないでもなかった。
だが、目的があって彼女が自分に接触してきた以上はそうも行くまい――――
それぞれの考えとは別に、あくまでも落ち着いて酒を交わす二人。
そのためか、タマモが纏う男を惑わす空気が幾分か薄らいでいる気がした。


「何となく、用件は察してるみたいだし……本題に入って良いかしら?」


勿論です、と頷く大樹を見つめながら、タマモは己の不利を悟っていた。

大樹は神父や横島達のような高い霊力は持ち合わせていないし、そもそも霊能に関しては全くの素人だ。
シロと別れた後タマモは大樹の匂いをたどり、幻術で姿を隠しつつ部屋に忍び込んだ。
わずかの時間ではあったが、その言葉使い、指示の与え方、そして判断力や洞察力、観察力、それに精神力。
ビジネス界で生き抜いてきた大樹の交渉術に、とても自分では太刀打ちできないだろう。
そう実感させられるほどに大樹は冴えていた。

だが、自分にも有利な点が無い訳ではない。

まず一つ目、大樹は帰国した横島とまだ接触していない事。
そして二つ目、相手は男で自分は妖狐。男を惑わすテクニックは前世の知識がいくらでも教えてくれる。

それでも大樹を甘く見る事は出来ない。
先程の質問に、もしも虚偽の答えを返していたとしたら――――
恐らく、大樹は容易くそれを見破っただろう。
嘘をつく時に出てしまう違和感や不自然さを、この男から隠し通せるとは思えなかった。

さらに、相手から聞き出さねばならないという不利な立場に加え、アルコールがタマモの頭を鈍らせていた。
出来るなら飲みたくなかったが、相手を惑わす雰囲気を演出するためにも飲まない訳にはいかなかった。
オレンジジュースのような柔らかい口当たりが、まだせめてもの救いだった。
そもそもタマモは酒がそれほど得意ではないし、これ以上思考力が鈍くなる前に、仕掛けなければならない。


「四年前の、美神所霊事務所での出来事――――」


そこまで聞き、ふぅと大樹が溜め息をつく。
例え誰に聞かれても、何度聞かれても、自分の答えは変わらない。
あの件について、自分の口から何かを明らかにするつもりは無いのだから。

だが、大樹のその反応を見たタマモは、相手が口を開く前に先手を打つ。


「あら、『自分からは、何も話すつもりは無い』と言いたそうね。」


タマモの言葉に大樹が頷き、席を立とうとする。


――――この程度か……つまらん。


何の捻りも無いタマモに大樹は失望していた。
もっと緊迫した駆け引きを、と期待していたのだ。
これでは昼間のシロとの対談の方がまだ楽しめた。


「興味本位で、他人のプライバシーに首を突っ込むのは感心しませんね。」


話を切り上げようとする大樹のこの反応は、タマモの想定通りのものだった。
くすりと妖しく口元を緩ませると、大樹の心臓を射抜く言葉を投げかけた。


「私、彼と同棲してるの。」


頬杖をつき、カクテルグラスをもてあそびながら、さらっと口にした言葉。
その瞬間、時が止まった。
大樹はただ口元を引き縛り、タマモを見つめる事しか出来なかった。


――――ありがとうございました――――


演奏を終えたのだろう、ピアノの前で女性が深くお辞儀をし、客達が賛辞の拍手を送っていた。
その拍手で、ハッと大樹が我に返った。
慌てて自分も拍手を送り時間をとると、さっきまでの余裕のある表情に切り替え、何事も無かったように取り繕う。

だが今のタマモの言葉で、相手から聞かれる立場だったのが、逆に相手に聞かねばならない立場に入れ替わってしまった。
『同棲』、つまり、タマモは息子と単に親しいという以上の関係にある。
その女性が自分に四年前の事を聞きに来たという事実。
タマモの行動は、理由があってに違い無いからだ。

焦れる気持ちを落ち着かせようと、再びグラスに口をつける。
しかし気付けば、タマモの誘惑は先程以上に自分を絡め取ろうとしていた。
カクテルグラスをなぞる指先も、男を喜ばせようと体をなぞる動きを。
アルコールによりピンク色に染まった頬も、情事を終えた後の上気した肌を。
かすかな衣擦れの音さえも、衣服を脱ぎ捨てる姿を連想させる。

タマモの仕草一つ一つが大樹を縛り絡め、その思考すらも鈍らせていくようであった。


「そ、それは、初耳ですね。」


立ち上がりかけた腰を下ろし、姿勢を正す。
何事も無い様子を装いグラスを傾ける大樹の姿に、タマモは内心安堵していた。

大樹の心の平衡を大きく揺り動かした『同棲』という言葉。
あれは嘘ではない。嘘ではないが、事実かと聞かれると微妙な所だった。
基本的に、『同棲』という言葉は、恋人関係にある二人が一緒に暮らす時に使う言葉だ。
自分と横島は付き合ってなどいないし、そもそも神父の教会に三人で暮らしているのだ。

もしもこれが完全に嘘ならば、口調や雰囲気の違和感から大樹もそれを見抜けたかもしれない。
だがこれは限りなく真実に近い内容だったため、タマモの言葉に違和感や不自然さは殆ど無かった。
そして何より、あの息子がこれほどの美女と同棲しているという驚愕が大樹の判断力を誤らせた。
昼間会ったシロが、あの馬鹿息子に惚れているのにも驚いたのだが、今回はそれ以上の衝撃だった。


「しかし、それほど親密な仲なのなら、あいつに直接聞いた方が――――」


自制心を全力で発揮し、何とかタマモの痴態を頭から追い払う。
大樹の言葉から、先程の動揺は完全に姿を消していた。

タマモは考える。
この機会を逃せば、また相手のペースに乗せられ、良いようにあしらわれてしまうだろう。
今のように不意を突くのならばともかく、まともに交渉してこの男を落とせるとはとても思えなかった。
大樹の言葉を遮り、次の手を打つ。


「どれだけ尋ねても、彼は教えてくれないわ。
でも、いつも哀しい目をしてて……見てて辛い……
もしも私で彼の力になれるなら……彼を癒してあげられるなら……」


自然な素振りで大樹の手を取り、真摯な眼差しで訴えかける。
タマモの華奢な指が大樹の無骨な指に絡められ、大樹の思考能力を更に削り取っていく。
かすれ声の囁きが大樹の脳を激しく揺さぶる。


「それでも……私には知る権利が無いと思う?」


――――むぅ、これは……参ったな。

大樹は内心頭を抱えていた。
ただの興味本位なら拒絶するだけで済むのだが、こういう場合はどうするべきだろうか。
一番良いのは息子と連絡を取り、直に話をして確認する事だろう。
昼に息子が帰国した事を聞いた後、黒崎に消息を探るよう指示しておいた。
恐らく近い内に見つけ出してくれるはずだ。
ならば、それからでも遅くないのではないか?

普段ならそう決断し、ここで話を切り上げただろう。
しかし大樹は度重なるタマモの誘惑に傾きかけていた。
少しくらいならば力になってやりたい。
大樹の男としての度量が、この場合かえって決断を惑わせていた。

そしてタマモとて、この好機を逃す事は、真実に届かなくなるという事だと理解していた。
時間的猶予を相手から奪うため、更なる追い討ちを試みる。


「それに、彼最近浮気してるみたいなの……」


とうとう大樹が眉間を押さえた。
内心の動揺が表に出始めているようだ。

それにしても、浮気とは……
血は争えないのかと、大樹は頭を抱えていた。

そんな大樹の様子を眺めながら、タマモが物憂げな表情でカクテルグラスを空にする。
そして酔いに任せる振りを装い、とん、と大樹の胸元に顔を埋める。


「私には、彼を繋ぎ止められるだけの魅力がないの……?
それとも……私も、同じように……して良いの……?」


恐らくこれで全ての手は打ったはずだ。
しかしここからが問題だ。

もしも、大樹がこの誘惑を受け入れた場合、どうなるのか?
やはりこの身体を代償にせねばならないのだろうか。

こんな事になるくらいなら、いっそ帰国一日目のあの夜、横島に――――

ふっと馬鹿な考えが頭をよぎり、慌てて頭から追い出す。
大樹を誘った時点で既に覚悟は決めていた筈だ。
少なくとも、シロにこんな汚れ役はさせたくなかった。
純真なシロにはきっと耐えられないから。


「……やれやれ、わかりました。
私の知っている事を、少しだけならお話しましょう。
それであの馬鹿の浮気を理解してもらえるかもしれませんからね。」


後10年若ければ自分が、大樹は頭に浮かぶ考えを打ち消す。
年甲斐も無く色気に惑わされているのかもしれないが、それも仕方が無い。
しかし、あの馬鹿には勿体無いとは言え、息子の恋人を寝取るのは気が引ける。

そして、この女性は浮気が原因で失うには、あまりにも惜しすぎる。
大樹はタマモをそう判断した。
あの馬鹿息子が言わないなら、自分が言うしかない。
そう決心し、話せる内容を吟味しながら、言葉を紡ぎ始めた。

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