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「サイレント・インパクト!!(GS)」

NEO−REKAM (2006-04-27 07:08)
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朝日の中に一人の女神が立っている。彼女の名前は小竜姫。可憐な少女の姿をした竜神である。やがて彼女はすらっと神剣を抜くと、剣舞を始めた。剣からは瑞雲がたなびき、弧を描き円を描き右旋左転自由自在。やがて一通りの型を終えると、剣を鞘に収めて朝日に向かって合掌した。

「小竜姫さま、斎の準備ができまちた」
小学校低学年くらいに見える、可愛らしい魔族の少女が師匠の小竜姫を呼びにきた。
「ありがとう。パピリオ」
小竜姫はにっこりと笑って礼を言う。
「最近退屈ですねえ・・・何か面白いことはないのかしらね?」
最近は平和で、神族がフォローするような事件もないし、修行者も殆ど来ないため、小竜姫は暇を持て余していた。
「そういえば、さっき連絡があって、ヒャクメが来るって言ってまちたよ」
ヒャクメも神様なのだが、パピリオは、ヒャクメには敬称略である。
「ヒャクメ?なんの用でしょう?」
「さあ?」

ここ、妙神山修行場は、神族の人間界における出先機関のひとつである。普段は、神族や人間(時には魔族も)の霊力を高めるための修行場として機能し、その修行の多くはパワーアップか死かという過酷さで有名だ。ただし、有事の際には神族の戦略上の前衛拠点としても機能し、東アジアのかなり広い範囲を統括する。

小竜姫が妙神山修行場の管理人に就いてから、もうずいぶん長い時が経つ。それは女神の無限の寿命をもってしても長い長い時間だった。

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横島と、おキヌ、人狼の少女シロの3人は、妙神山修行場を目指して、険しい山道を登っていた。ちなみに、横島と令子は既に妙神山の最高レベルの修行にパスしている。

おキヌが妙神山に行く決心を固めたのは、最近の思い付きではない。ゴーストスイーパーの資格を取得したときから心に決めていた事だ。令子と横島は、おキヌに対して、いつも過保護だった。チームで仕事をするときには、どちらかが必ずおキヌの安全を気遣っていたし、一人で仕事をするときでも、少しでも難しい案件では、こっそりどこかで見守ってくれているのだった。

おキヌは、その事に気付いていて、自分の身は自分で守れるようになりたかった。令子や横島に一人前の大人として認めて欲しい。それからもうひとつ、自分でさえはっきり意識はしていないのだが、ほんの少しだけ、令子に張り合う気持ちもあった。

令子は、まだ早いし危ないからといって強く止めたのだが、おキヌが次第に泣き出して訴えるのにおよんで、仕方なく紹介状を書いた。妙神山は、誰でも修行できるという場所ではないのである。

令子は仕事の関係で今回は同行できなかったため、おキヌの安全を守るように強く言い含めて横島をお供につけることにした。横島一人では脱線するのが不安だったため、もう一人、タマモをお目付け役につけたかったのだが、仕事でどうしてもタマモが必要だったので、お目付け役にはならないと知りながらも、しぶしぶシロを遣ることにした。

親友の弓かおりと一文字魔理も一緒に来たがったか、かおりは実家が、魔理は師匠の唐巣神父が許さなかった。

「美神さんがいないと荷物が軽くていいなあ・・・」
と、横島がいう。荷物は普段の三分の一くらいである。つまり、いつも横島が担いでいる巨大な荷物の大部分は仕事に関係のない令子の私物で占められているのだ。シロは横島とおキヌと一緒に散歩をしている気分らしく、鼻歌を歌いながら足取りも軽やかに歩いていく。

「横島先生、小竜姫どのは神剣の達人とのことででござるが・・・」
「ああ」
「拙者にもご教授いただけないでござるかなあ・・・」
「頼んでみてやるよ」
シロは、ぱっと明るい顔になって、
「わぁい」
と、喜び勇んで小走りになる。
「先生、おキヌどのはやくはやくう」
「犬の脚力に合わせられるかっ!人間に合わせろっ!」
横島が怒鳴る。
「狼だってば・・・」
しゅんとしながらも、一応小さな声で抗議はする。

おキヌは二人のやり取りを聞きながら、額の汗を袖で拭った。今日は山登りの服を着ている。
「前にきたときは幽霊だったのでふわふわ漂っていればよかったですけど、歩くと結構大変ですねえ」
「5分休憩しようか」
横島がおキヌを気遣う。腰掛けて休憩してはいけないと言われているので、立ったまま、飲み物を少し飲み、息を整える。
「小竜姫さまにお会いするのも久しぶりですね。えーと、この前は、天竜童子さまにデジャヴーランドを案内したときですから、もう半年近く経ちますよね」
「あんときはパピリオも付いてきて二人で迷子になるし大変だったよなあ」

(小竜姫さまかあ・・・)
再び歩き始めた横島は、小竜姫に思いを馳せる。可憐な容姿からは想像もつかないような強力な神様で神剣の達人。最近は、下界にくるとミニスカートをはくことが多く、うれしさ爆発なんだけど、妙神山ではいつもの色気のない神様の装束なんだろうなあ・・・しかし、今回は文珠が4つあるし、これで何とかして入浴シーンか着替えシーンを・・・」
「入浴シーンか着替えシーンを、なんです?」
おキヌが後ろから横島の腕を引っ張る。
「う、うわっ?・・・声に出てた?」
「・・・」
おキヌはにっこり笑っているが、目はもちろん笑っていないし、額には青筋が立っている。
「・・・お願いですから、そんなことしないでくださいね?横島さんがそんなことしたら、私・・・」
こ、怖い。冷や汗を書きながら横島が答える。
「ハイ、しません・・・」

(最近時々おキヌちゃん迫力あるなあ・・・)
なんかちょっと美神さんに似てきたかな・・・と思う。うーん、これは相当気を引き締めてバレないようにせんとあかんな?

私と美神さんがいてもまだ不足っていうのはどういうこと?もう横島さんは私と美神さんのもの。小竜姫さまといえども他の女の人の裸を見るなんて絶対許さないんだから!

うーん。そういえば昔、犬衛んとこののおばちゃんが、夫婦喧嘩は犬も食わないって言ってたでござるなあ。犬って拙者のこと?だから狼だってば・・・

三者三様の思いにふけりながら歩いていくと、妙神山修行場の入り口に到着した。もう、夕日も沈みかけている。

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「この門をくぐるもの、汝一切の望みを捨てよ−管理人」と書かれた門があり、左右の扉に一つずつ、二つの大きな鬼の面がはめ込まれている。門の左右には、首のない鬼の像が、まるで仁王像のように控えて立っている。と、左側の鬼の面が口をきいた。
「おお、おまえたち、久しぶりだな」
「鬼門さま、こんにちは」
「前から思ってたんだけど、お前ら毎日同じ景色をずっと見てて飽きないのか?」
「・・・いや別に、普段は無我の境地に達しておるからな」
「ふーん、まあいいや、おまえらに用はない。開けてくれ」
「まあ、確かに用はなかろうが、普通そういう言い方をするか?」
鬼門は、普通なら修業者の第一関門となるのだが、このメンバーであれば仕方ない。しぶしぶ門を開いた。

ほんの少し開いたところで、横島がその隙間に、
「小竜姫さまああああ」
と、叫びながらものすごい勢いで中に突っ込んでいこうとした瞬間、その行動を読んでいたおキヌにリュックサックをつかまれてしまった。
「そんなに急いで行かなくても大丈夫だと思いますよ?ね?横島さん」
低い声でおキヌが言う。横島は、ははは、そ、そうだなっ、と言いながら、3人は鬼門をくぐって中に入っていく。

殺気!
「ヨコシマあああああああああっ!!!!」
と叫びながら轟然と突っ込んでくる小さな塊をかわす間もなく、横島は吹き飛ばされて地面をごろごろと転がった。
「うわあっ!」
おキヌとシロは何が起こったのか分からず呆然としている。
「いてて、なにすんだよパピリオ」
ひっくり返った横島の上にパピリオが乗っかって手を振っている。
「えへへ、おキヌちゃんシロちゃんお久しぶりでちゅ」
「挨拶の前に降りろっ!」
パピリオが、よっ!と降りると横島は立ち上がって体を払った。
「ヨコシマ、ゲームステーション2やろー」
「テレビゲームやりに来たんじゃねえっ!ってか今きたとこだぞ俺はっ!」
「だって対戦相手がいなくてつまらなかったんでちゅよ」

パピリオは横島が来たので本当に嬉しそうだ。かつて、3姉妹の末妹として作り出されたパピリオは、姉の一人を既に亡くし、もう一人の姉も魔族の軍隊に入隊してしまったので滅多に会うことができない。横島は、かつてパピリオの寿命が1年だったころ、せめてその心に残りたいと思った、数少ない友人の一人だった。

「皆さんこんにちは」
小竜姫も現れて、にっこり笑いながら挨拶する。おキヌは嬉しそうににっこり笑ってお辞儀した。
「小竜姫さま、ご無沙汰してます」
シロは元気よく、
「こんにちはっ」
横島はいつも通り、
「あああ小竜姫さまっ、相変わらずお美しいっ!!またお会いできて光栄ですっ!!」
「ほほほ、ありがとう」
と、一通り型どおりの挨拶をかわす。
「美神さんは?」
「脱税がばれそうになって、もみ消しに忙しくて来れなかったっス」
「・・・」
横島が正直に言う。

「で、今日の御用は?」
「私が修行を受けさせていただきにあがりました」
おキヌが言うと、小竜姫はちょっと意外そうな顔をして、何か言おうとした。その時、もう一人の愛らしい女神が現れて皆に挨拶した。

「皆さん、おひさしぶりなのねー」
「あら、ヒャクメ様、こんにちは」
おキヌが丁寧にお辞儀をして挨拶をする。
「?ヒャクメもいたのか・・・」
「いたのか・・・って、小竜姫の時とはずいぶん態度が違うのは何故?」
ヒャクメが心外そうに言う。シロが横島に小声で尋ねる。
(どういう方でござるか?)
(こいつはヒャクメといって、まあ一応神様だ。ただし、どっちかというとダメな神様だな)
「全部聞こえてるのねー。失礼な・・・」

ヒャクメは情報収集が専門の女神で、その気になれば人間の心を読むこともできる。ただ、いざというときには少し頼りない神様だった。

「とにかく、今日はもう遅いので、修行は明日からですね」
小竜姫が言うと、一同は建物の中に入っていった。

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食事が終わると、パピリオが食器を庫裏に運んで後片付けする。おキヌとシロも手伝う。横島とおキヌとシロの3人は、カンフースーツのような修行着に着替えている。
「やっと終わりまちたよ。ささ、ヨコシマ、ゲームやろっ」
横島の手を引っ張る。パピリオはそればかりである。
「ちょっと待てっ!まだ小竜姫さまに話があるんだ」
「ええー!?」
パピリオは心から不満そうだ。

「パピリオどの、不肖拙者がお相手させていただくでござるよ」
シロは幼い姿のパピリオが無条件に可愛いらしい。パピリオの顔がぱあっと明るくなる。シロの手を引っ張って勢いよく部屋を飛び出そうとすると、
「あ、ちょっと待て」
横島がごそごそと荷物を引っ掻き回している。
「ほら、土産だ」
中古屋で買ってきた10本あまりのゲームソフトを渡す。
「わぁ、ありがとうっ!!ヨコシマもあとから来てね。約束でちゅよ!」
ゲームを受け取ると、シロの手を引っぱってものすごい勢いで駆けていってしまった。

ヒャクメはノートパソコンを出して、なにやらカタカタと仕事をし始めた。時々、横島の方をちらちらと見る。

「・・・というわけ小竜姫さま。おキヌちゃんの命にかかわるような危険なコースは絶対ダメだと美神さんにも釘をさされてるっスよ」
「いいえ、ちゃんとパワーアップできるようなコースをお願いします」
おキヌが不満そうに言う。
「何言ってるんだおキヌちゃん。だいたいおキヌちゃんがパワーアップする必要なんかないんだ。戦いは全部美神さんに任せて、俺とおキヌちゃんは後ろでボケたりツッコんだりしてれば世の中はちゃんと回っていくんだよ?元々そうだっただろ?」
小竜姫とヒャクメは苦笑している。

「横島さんだってここで修行して強くなったんじゃないですか。どうして私だけダメなんですか」
と、おキヌが反論する。
「俺は、雪之丞と小竜姫様に騙されて成り行きでそうなっただけなんだ。おキヌちゃんは女のコなんだからそんな危険なことをしちゃだめなの!」
「私がいつ騙しましたか・・・?」
「美神さんだって女のコですよっ!?」
二人はヒートアップしていて、小竜姫の言葉は無視された。
「美神さんは女でも種類が違うのっ!!!!」
「過保護にしないでくださいっ!!私は危険でもちゃんと修行をして帰りますっ!!!!」
二人ともなんだか白熱してきた。
「まーまー二人とも・・・」
小竜姫がなだめにかかる。

(どうしましょうか・・・)
と、小竜姫は困った。令子と横島の気持ちは分かる。しかし、自分の命と自分の未来に責任を持つのはあくまで本人なのだ。
「とにかく、おキヌちゃん本人の希望が優先です。ここは、妙神山なんですから」
「そこを無理にとお願いしてるんじゃないスか!」
「横島さん。いつもあなたがおキヌちゃんを守ってあげられるとは限らないんですよ?」
「・・・」
横島は口ごもって小竜姫を睨むと、何も言わずに部屋を出て行ってしまった。

ヒャクメは話を聞いているのかいないのか、カタカタとパソコンを操作し続けている。
「皆に愛されて、おキヌちゃんは幸せですねえ・・・」
小竜姫がにっこり笑って優しく言う。おキヌはじっとうつむいて黙っている。
「今日の寝所は、横島さんとおキヌちゃんは同じ部屋にしておきました。よかったですよね?」
「えっ?」
意外な言葉に思わず聞き返す。小竜姫はわざとまじめな顔をしてからかう。
「二人とももう大人なので何も言いませんけど、あまり大きな声を出さないでくださいね?」
「な、な・・・しょ、小竜姫さま?」
「おキヌちゃん。私がいるのよ?一目で分かっちゃったのねー」
「・・・」
「美神さんも来れば面白かったのにねー」

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横島は建物の外に出て、地面に寝転がって夜空を眺めていた。霊峰の澄み切った空に、降るような星が輝いている。

「あ、いたいた」
パピリオとシロが横島を探しにきた。
「こんなところで何してるでちゅか」
「見りゃ分かるだろ。星を見てるんだよ」
都会に住んでいる横島は、夜空に天の川を見ることなど滅多にない。パピリオはここで普通に見ることができるし、シロも人狼の里の夜空は美しかったので珍しくもなんともない。もっとも、横島はおキヌのことを考えていて、星を一生懸命見ていたわけではなかったのだが。

「なんでゲームしに来ないんでちゅか!?」
パピリオが難詰する。
「俺はもう大人なの。お前ら子供といつまでも遊んでられねーんだよ。ぐっ」
パピリオが勢いよく横島の腹の上にまたがって座った。
「事務所ではいつも拙者とエキサイトしてるのに・・・」
シロも横に腰掛けた。3人は一緒に星を眺める。

「ヨコシマ、なんかつまらなさそうでちゅよ?なんかあったでちゅか?」
「何もねーよ。っていうか重いぞ降りろ」
「またまたー触れ合えて嬉しいくせに。無理すると体に悪いでちゅよ」
「・・・」
横島の額に青筋が浮き上がった。
「本当に星が綺麗でござるなあ・・・」
「・・・」
それでも、パピリオとシロと一緒に星を眺めているうちに、心が少しずつ晴れていく。
(まあ、おキヌちゃんのことは出たとこ勝負で何とかするしかないか・・・)

「こんなところにいたんですか」
やがておキヌもやってきた。横島は少し気まずく、返事をしない。おキヌは、シロの反対側に腰掛けて、横島の手をぎゅっと握った。

満天の星。時折流れ星が天球を横切ってゆく。

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おキヌが下がった後、小竜姫とヒャクメは別の本題に入っていた。
「・・・もちろん美神さんたちが荒野の悪魔を倒したと言う話は聞いていますよ。アイスランドの地獄の蓋の封印ですね?欧州のバーミオンの管轄でしょう?なぜ妙神山に・・・?」
「地獄の蓋も荒野の悪魔も、今回の調査とは直接は関係ないのねー。問題は、美神さんたちのチームがどうやって荒野の悪魔を倒したかってこと」
「美神さんたちが実力以上の敵を倒すのはいつものことでしょう?どうやったのかは分かりませんけど。なんか卑怯な手で・・・」
「いいえ、美神さんたちは実力で倒したみたいなのねー」
「アザゼルを?」
「横島さんの霊波刀で」

小竜姫にはようやく今回のヒャクメの仕事が分かった。
「あなたの調査が必要なほど強力なんですか」
「それはまだ分からないの。分からないから調べるのねー」
「指示は上層部から?」
「そう。でもそれほど大事になってるわけじゃないのねー。何といっても横島さんだから」
ヒャクメがくすっと笑う。小竜姫もなるほどと笑う。
「妙神山は霊力を調べるにはちょうどいい場所ですね」
「そういうことなのねー」

「それで、どのくらいのものだったんですか?」
「地下世界から岩盤を貫いて成層圏まで30キロメートル。もちろん、その長さになったのはほんの一瞬だけど」
小竜姫が真面目な顔になる。霊波刀の出力としては最大級のものだ。
「横島さんのことだから普段から出せるってわけじゃないでしょうねえ・・・」
「そうなのよねー」
「・・・」
小竜姫とヒャクメは顔を見合わせて、ほほほっと笑う。

「じゃ、ヒャクメ、頑張ってくださいね」
小竜姫はそう言って部屋を出て行こうとする。
「あああっ、小竜姫。手伝って欲しいのねー。友達でしょ?」
小竜姫はにっこり微笑みながら言う。

「イヤです」

小竜姫は部屋を出て浴司に向かった。おキヌと同じ寝所にしたので、横島に覗かれる可能性はかなり低い。と、思う。横島さんに覗かれるなんて、私ってば少し自意識過剰かしらね?

ヒャクメが慌てて小竜姫を追う。

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翌朝。

異界空間の闘技場の入り口で、小竜姫がおキヌに説明している。闘技場の周りはどこまでも荒野が広がり、ところどころにストーンヘンジのような巨石が転がっている。

「おキヌちゃん、契約書にサインしたら後戻りはできませんよ?覚悟はいいですね?」
うなずいて、氷室キヌ、とおキヌがサインする。横島は何も言わずに不機嫌な顔で横に立っている。
「もちろん、事前にテストして、どうしても無理そうなら他の修行に振り替えますけど」

シロは、闘技場から南にかなり離れた場所の小さな法円に立ち、小竜姫に教えて貰った三十六の型を練習している。

おキヌは闘技場の中心にある法円に座ってネクロマンサーの笛を吹き始めた。法円が笛から発せられる霊波を霧のように視覚化する。笛の霊波は、あるときは渦を描き、奔流のように真っ直ぐ噴き上ったかと思うと、花火のように拡散し、複雑なパターンを描きながらめまぐるしく変わっていく。

「いでよ。スプライトたち!」
小竜姫が叫ぶと、背中に4枚の透明な羽をつけた精霊が5体現れて、おキヌの周りを飛び始める。
「では、おキヌちゃん。2分以内に5体のスプライトに接続してください。はじめ!」

スプライトは目で捉えることができないほど高速で飛び回る。笛の霊波が時々収束して、スプライトを捕まえようとするが、するりと逃げられてしまう。おキヌは一心不乱に集中して笛を吹き続けた。おキヌが直接、霊波のパターンをコントロールするわけではない。霊波をコントロールして目標を捕まえるのは笛の機能である。おキヌがしなければならないのは、笛に力を与えることだ。時間は刻々と過ぎていく。

清らかな曲調が強く、激しくなり、再び穏やかになったとき、5人のスプライトは、全員接続されて地面に座っていた。
「はぁ、はぁ」
短い時間でもかなり霊力を消耗したのか、おキヌは汗をかいて息を切らしている。

「上出来ですね。いいでしょう。1時間後に本番を始めますから休憩しててください」
小竜姫が言う。そして、横島のほうを振り返って、
「じゃ、次は横島さんですね」
「へ?」
小竜姫は、きょとんとしている横島を引っ張って闘技場の東端の法円の中に立たせた。おキヌも目を丸くしている。
「?」
「パピリオ!」
「はい、小竜姫さま」
「横島さんに稽古をつけていただきなさい。横島さん、申し訳ありませんけど、お願いしますね」
「へ?何言ってるんですか勘弁してください。パピリオの相手なんかできるわけないっスよ」
闘技場の西端の法円にはパピリオが立っている。既に戦闘体制に入っている。
「ヨコシマいきまちゅよー、手加減しないでちゅからねー」

パピリオは掌を開いて、手を横から上に上げていく。眷族の黄色い蝶が無数に現れてパピリオの周りに雲を作る。パピリオは寿命を引きのばされたときに、霊力の密度が薄まったため、出現当初ほどの強力さはないが、もちろん今でも横島がかなうような相手ではない。
「毎日毎日毎日毎日つまらない修行をしてきた成果を見せてやるでちゅ。たあっ!」
蝶の雲が渦となって横島を襲う。
「ちょ、ちょっと待て!うわあっ!」
横島は横っ飛びに転がりながらかわすが、少し鱗粉を吸ってしまった。
「ぺっぺっ、不味ぃ。こらアカン、戦略的撤退っ!!!」
ダッシュで逃げ出そうとするが、闘技場には結界が張ってあって出ることができない。

「なんで文珠を使わないでちゅかっ!」
「文珠はもっと大事な使い道があるんだっ。お前相手なんかにもったいなくて使えるかっ!!」
パピリオの瞳に炎が燃え上がった。
「お前なんかって言いまちたね?眷属ども、やっておちまいっ!たあっ!」
横島は仕方なくハンズオブグローリーを抜き放ったが、パピリオに届くはずもなく蝶の雲に巻き込まれた。しばらくして、蝶の雲が離れると、横島は目をぐるぐる渦巻きにして倒れていた。

ヒャクメはさっきからずっとノートパソコンを操作して、横島の霊力を測定している。
(霊波刀の瞬間的な長さの最大値1.2メートル?うーん・・・)

「あああっ横島さん!」
おキヌが駆け寄る。特に怪我もなく、気絶しているだけのようだ。
「パピリオ!?」
おキヌがパピリオを責めるように睨むと、パピリオは助けを求めるように小竜姫の方を見て、情けない顔で言う。
「だって、小竜姫さまが・・・」
小竜姫は慌てて、
「ご、ごめんなさいねっ。パピリオには後でよーく注意しておきますから」
「えーっ!小竜姫さまひどいでちゅ。さっき本気でやれって言ったじゃないでちゅか!」
「ぱ、パピリオっ!」
おキヌが額に青筋を立てながら小竜姫に近づいてくる。
「どういうことですか小竜姫さま?」
「ああっ」

「横島先生っ!」
シロも異変に気が付いたらしく、南の方から慌てて駆けてきた。

小竜姫は観念した。
「実は・・・」
と、小竜姫がヒャクメをつれてきて事情を説明する。
「なにとぞ横島さんにはご内密に。事情をご存知だと正しく測定できないかもしれませんから・・・できれば皆さんにも秘密にしておきたかったんですけど・・・」

おキヌは、あのときのことを思い出した。あの時は美神さんと私が服を脱いで下着姿で・・・ああ・・・あれが神様に注目されてるなんて・・・。顔から火が出そうである。シロは、神様に調査されるとは、さすが先生と、心から尊敬の面持ちである。パピリオは、小竜姫の指示だったとはいえ、はからずも自分が悪者になってしまったので、しゅんとうなだれていた。

そのうち、うーんとうなって横島が目を覚ました。皆が心配そうに覗き込んでいる。
「うーん。いてててて」
「大丈夫でちゅか?」
パピリオがすまなさそうに聞く。
「だ、大丈夫じゃねー!昨日のゲームを全部返せっ!」
げ!
「い、いやでちゅっ!!あれはもう私のものでちゅよーっ!」
と叫びながらパピリオは脱兎のごとく走って逃げていく。
「お前なんかに情けをかけた俺がバカだった!返せーっ」
横島が飛び起きて、走って追いかけていく。
「・・・大丈夫そうなのねー」
残りの面々はほっと胸をなでおろした。

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こうして、著しく緊迫感を欠いたまま、おキヌが修行を受けることになった。

「この修行は17ステージに分かれています」
小竜姫が説明する。おキヌはもとより、横島、シロ、パピリオも真剣に聞いている。
「各ステージでは定められた数のウイルオーウイスプが襲ってきます。全て消滅させてください。17ステージ全てのウイルオーウイスプを消滅させれば終わりです」
ルールは簡単。大昔のシューティングゲームみたいなものだ。ウイルオーウイスプは光の精霊、鬼火である。個々の個体の力は小さいが、幽霊ではないので感情はなく、ネクロマンサーの笛がかなり効きにくい相手である。

「最初のステージは1体、次は倍の2体、次はその倍の4体という風に、倍倍に増えていきます」
横島が計算する。
「ってことは、17ステージでは16かける2で32体ってことっスねっ?」
全然大した事ないぞ、良かった、と、横島は安堵の息をもらした。シロさえもが、あれ?そう?と不思議そうな顔をした。
「・・・ヨコシマ、よく大学生になれまちたねえ。1を引いたあたりは評価しまちゅけど・・・もっかい最初から順番に計算してみるでちゅ」
と、溜息をつきながらパピリオが言う。小竜姫とおキヌも苦笑している。
「は?」
指を折りながら計算していく。最初は1、1の倍は2、2の倍は4、4の倍は8、8の倍は16、16の倍は32、え?32の倍は64、64の倍は128、128の倍は256、256の倍は512、512の倍は1028、1028の倍は2056、2056の倍は4112、4112の倍は8224、8224の倍は16448、16448の倍は32896、32896の倍は65792・・・
「65792いいい・・・・!?」
「65536でちゅよ。またどっかで間違えまちたね?」

「ちょ、ちょっと小竜姫さま!?」
横島が小竜姫に非難の目を向ける。
「大丈夫、おキヌちゃんならきっとできますよ」
小竜姫が言う。6万5千・・・、防ぐだけならともかく、消滅させるとなると、その全てに接続しなければならない・・・6万5千?
「だめだ。おキヌちゃん」
横島はおキヌの手を引っ張って止めようとする。おキヌは頑として動かない。
「私はもうサインしたんです」
おキヌは瞳を潤ませてきっと横島を睨む。決意は固い。
「・・・」
横島は、おキヌを無理やり引っ張って少し離れると、ポケットから4個の文珠を出しておキヌに握らせた。
「いいか?いざとなったらこれを使うんだ」
「・・・」
「美神さんも最初はズルしてクリアしたんだからいいんだよ!」

小竜姫の声がした。
「文珠を渡してはダメですよっ。ズルは禁止です」
全てお見通しである。横島は恨めしそうに小竜姫を睨んだ。

しかし、おキヌが闘技場に入っていくとき、小竜姫の目を盗んで、横島はすばやく指を弾いた。

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おキヌは、深呼吸すると、闘技場の中心にある法円に座って、ネクロマンサーの笛を吹き始めた。音波が霊波に変換される最初の一瞬、束ねていない長い黒髪がふわっとざわめく。

法円によって視覚化された霊波が複雑なパターンを描いて生き物のようにうごめいていている。と、おキヌの正面に鬼火がぱっと1体現れた。青白い光を放ちながらおキヌに向かって真っ直ぐに突き進んでくる。霊波の霧が突然真っ直ぐ伸びて触れたかと思うと、鬼火は消滅していた。

しばらくして、左右に二体の鬼火が現れ、瞬く間に退治された。ステージ3。四方に四体・・・

横島はまだ安心してみることができた。この程度であれば全く問題ない。しかし・・・

シロも横島の隣で心配そうに見守っている。小竜姫は、心配そうな表情の横島の横顔をちらっと見て、ふと、ほんの少しおキヌのことを羨ましく思った。

おキヌは今、六十四方位八層の鬼火と戦っていた。霊波の槍が次々にめまぐるしく伸びでは、鬼火を消していく。ようやく五百十二体の鬼火を消したとき、最後の1体はおキヌのすぐそば、数メートル先まで迫っていた。

おキヌは滝のような汗をかいて、肩が上下している。服が体にくっついて気持ち悪い。その姿を見て横島は拳を握り締める。

百二十八方位八層の鬼火がおキヌに迫ってくる。おキヌにできることは、懸命に笛を吹くことだけである。霊波の槍が次々にのびる。おキヌを中心として半径3メートルくらいの球が槍と鬼火の激烈な攻防線となっている。ウイルオーウイスプは既に、平面的な移動だけでなく、立体的におキヌを攻略しようとしていた。遂に、槍をかわして突進してきた1体が、おキヌの左手に触れる。

じゅっ!

と音がして。おキヌの左手を焼く。おキヌは、苦痛に顔をしかめた。しかし、すぐに集中して防衛線を持ち直す。

横島は無言のまま決心すると、文珠を左手に握り締めて、ハンズオブグローリーを抜き放ち、上段から一気に闘技場の結界を斬りつけた。だが、その刃は結界に届かなかった。
「!!」
小竜姫の神剣が目の前で横島の霊波刀を受け止めている。
「手出し無用です」
「先生っ!拙者がっ!」
シロも霊波刀を出して闘技場の結界に斬りかかっていく。
「下がりなさいっ!」
小竜姫は叫ぶと、抑えていた霊圧を開放した。シロは霊圧に押されて吹き飛んで転がった。立ち上がったが、一歩も前に進むことができない。パピリオはおろおろしている。

横島は数歩下がって、ハンズオブグローリーを横に構えて小竜姫の霊圧を受け流した。
「小竜姫さま・・・」
低い声で横島が言う。
「なんでしょう横島さん」
小竜姫が涼しげに答える。
「おキヌちゃんを傷つけるなら、たとえ小竜姫さまといえども容赦はしませんよ」
小竜姫がかすかに微笑む。が、その瞳は笑ってはいない。
「・・・やってごらんなさい」

ヒャクメが再び横島の霊力の計測を始めた。小竜姫は打ち合わせ通り協力してくれるらしい。

おキヌはまだ必死に11ステージを戦っている。ようやく半分くらいの鬼火を消したところだ。鬼火は時々、おキヌに届くらしく、何箇所か服が焼かれ、赤く痛々しい火傷になっている。

横島は一旦ハンズオブグローリーを収めると、気を込めて再び抜き放つ。小竜姫は悠々と受け止めると、超加速で横島に迫り神剣を水平に払った。横島は飛びすさったが、見ると服の胸の部分が水平に切り裂かれている。小竜姫が本気であれば胴体は二つに分かれていたであろう。

さすが小竜姫さま。真正面からやりあったのでは勝ち目はない。横島が冷や汗をかいて笑いながら言う。
「じゃ、そーゆーことで」
「じゃ、そーゆーことで?」
思わず小竜姫が聞き返す。横島は小竜姫に向けてゆっくりと文珠を放り投げた。
「?」
文珠が光った。文字は「剥」。
文珠の霊圧が小竜姫を包む。慌てて離脱しながら神剣で文珠の霊力を受ける。しかし、全てを切り取ることはできなかった。
「きゃっ!」
小竜姫の袴がほとんど消滅し、白い下着と美しい脚が露になった。太腿がまぶしい。
「な、な・・・横島さんっ!?」

横島は一気に畳み込もうと、間髪を入れず小竜姫に斬りつける。小竜姫は動揺して、少し遅れたものの、再び集中して超加速に入った。横島の後ろに回って頭を剣の平べったい面で殴りつけようとしたが、横島が突然振り向き、かろうじてだが受ける。横島のハンズオブグローリーはさっきより輝きを増し、横島の動きも数段速くなっている。

「容赦しないといったはずですよ。小竜姫さま。超加速してもちゃんと見えてます」
大嘘である。ヤマカンで避けただけなのだが、そのまぐれで、小竜姫は警戒せざるを得なくなった。このあたりの駆け引きは令子譲りである。小竜姫は、自分の白い太腿が横島の霊力を強くしていることには気づいていない。

「・・・仏罰が当たりますよ?」
「・・・やってみろと言ったのは小竜姫様ですよ?」
横島が再び斬りかかった、時間が気になって焦っているのはもちろん横島である。小竜姫が受けて払う、両者が白刃を数回閃かせたあと、横島は下段から渾身の一撃を放つ。小竜姫は余裕で見切って紙一重でかわし、体勢の崩れた横島に一気に迫った。その時、小竜姫の目に前に文珠が光った。横島の作戦どおりだった。

小竜姫の上半身の衣装が全て消滅した。身体には白いパンティしか残っていない。慌てて左手で、形のいい乳房を覆って乳首を隠す。ハンズオブグローリーは、さらに細くなり、輝きを増した。

さすがの小竜姫も恥ずかしさと怒りで顔が真っ赤になった。
「こ、この、卑怯もの・・・」
「俺は小竜姫さまと遊んでる暇はないんです。そこをどいてください!」
その時、ヒャクメが神語で小竜姫に、話しかけた。
(小竜姫、やっぱり煩悩で出力が変わるみたいなのねー、ちょっと左手をどけてみて欲しいんだけど)
(イヤですっ!そんなこと言うなら、あなたがここに来て自分で裸になりなさいっ!)
(私はほら、情報収集が仕事だから、そういう荒事はちょっと、小竜姫にお任せって事で・・・)

横島はもう一つの文珠を左手の人差し指と中指に挟んで、右手で霊波刀を構えている。小竜姫も、うかつに動けないでいた。今の横島はかなりの霊力で、手加減して戦うのはかなり難しい。斬って捨てるのならば簡単なのだが、そういうわけにもいかない。

横島と小竜姫の戦いをよそに、おキヌは、必死になって、なんとか千二十四体のウイルオーウイスプを消し去った。服はもうぼろぼろになっていて、身体中が火傷だらけである。

百二十八方位十六層二千四十八体の鬼火が現れた。ほとんど壁のようになって迫ってくる。これを全て消したとしても、まだ5ステージのこっている。最終ステージの敵の数は、この32倍・・・

ごめんなさい横島さん。私にはやっぱり無理だったかも・・・

心細くなって、一目横島を見ようと、横島のいる方向のウイルオーウイスプを集中的に消し去る。鬼火たちはその場所を離れて反対側に移動しておキヌに迫ってきた。笛の防衛線を突破してきた鬼火がおキヌの背中に触れ、服と白い肌を焼いた。

おキヌは、苦痛に顔をゆがめながら、横島を見ようと目を凝らした。
(横島さん・・・)
あれ、小竜姫さまと戦ってる?
・・・横島さんが脱がせたの?

(・・・私が一生懸命頑張ってるのに、一体何してるのっ!?)

おキヌの額に青筋が浮き上がったかと思うと、霊力が一気に膨れ上がった。

霧のように渦を巻いたり噴出していたネクロマンサーの笛の霊波パターンが透明になって収束していく。無数の細い水晶のような、もっと透明な空気の結晶のような、きらきらしたものに姿を変えると、それらのかけらは、集まって花のような、雪の結晶のような幾何学的なパターンを編み始めた。

透明なかけらでできた大きな花がくるっと回転したとき、二千四十八体の鬼火が一瞬で消滅した。

横島と小竜姫は両者動けずに構えたまま固まっていた。横島は早くおキヌを助けに行きたいのだが、小竜姫から目を離すことができない。と、小竜姫の後ろに、目を吊り上げたおキヌが立っているのが見えた。

(あれ?)
「横島さん、なにやってるんですか!?」
「え?俺は、おキヌちゃんを助けようと・・・あれ?無事に終わった?」
ええ、おかげさまでと、やけどの傷も痛々しいおキヌが世にも恐ろしい迫力でにっこりと笑う。

「おキヌちゃん。横島さんが突然襲い掛かってきて無理やり私の服を・・・」
横島には、おキヌの体から、青白い炎が燃え上がるのが見えた。

(これはもはや何を言っても信じてはもらえまい・・・)
横島は覚悟を決めた。この最後の文珠で、小竜姫さまの裸を拝んだら、そのままダッシュで逃げよう・・・

ヒャクメはまったく場の空気を読んでいない。
(小竜姫、ちょっとおキヌちゃんの服も脱がせてみて欲しいのねー)
ぶち!小竜姫の中で何かが切れた。
(ヒャクメ、あなたもただで済むとは思わないでくださいね・・・)
(・・・)

小竜姫はひらりと側宙したかと思うと、そのままサイドステップして横島の右側に回り込みながら大声で叫ぶ!

「美神さんに言いつけますよっ!!!!」
びくうううううぅ。
横島の霊力が一気に萎えた。小竜姫は超加速に入ると、刀の平らな面で思いっきり横島の顔面を殴りつけた。

ばちいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん。
と、大きな音がして、横島は鼻血を出しながら気絶して、ゆっくりと崩れ落ちていく。

加速が溶けたとき、文珠が破裂して、小竜姫は一糸まとわぬ姿になってしまった。横島が気絶しているので、特に隠す必要もないのだが、屋外である。小竜姫は、きゃっ、と小さく叫んでしゃがみこんでしまった。パピリオが慌てて小竜姫の服をとりに走っていく。

「おキヌどのっ」
シロは、仁王立ちになっているおキヌに駆け寄って座らせると、ぺろぺろと火傷をなめてヒーリングをはじめた。

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小竜姫とおキヌは建物の中でお茶を飲んでいる。シロは外で三十六の型の練習に励んでおり、パピリオが傍について、アドバイスをしていた。おキヌの火傷は、シロと小竜姫の治療でほとんど治っている。
「今晩ももう一つ泊まっていかれたらどうですか?」
小竜姫が勧める。
「じゃ、お言葉に甘えさせていただきます」
おキヌが答える。なんとなく小竜姫も嬉しそうだ。

「小竜姫ー、仕事だから仕方なかったのねー、許してえ」
ヒャクメは松の木の幹に縛り付けられて、叫んでいた。

横島は、縄でぐるぐる巻きにされて、同じ松の木の枝から逆さに吊り下げられ、頭に血が下がって気絶していた。

「おめでとうございます。無事にパワーアップできて良かったですね」
「はい」
おキヌがにっこりと微笑む。小竜姫さまは、私が成功することがあらかじめ分かっていたのかしら?と、一瞬思って、それからまた思い直した。神様といえども、全ての未来を知ることはできないはずだ。多分。

おキヌは、横島が元々は自分を助けようとして小竜姫と戦ったことを皆から聞いて、多少は怒りがおさまっていた。それでも、小竜姫を裸にした事に変わりはない。おキヌは複雑な気持ちだった。

「あら?」
そのとき、おキヌはポケットに何か入っているのに気がついた。取り出すと、文珠だった。既に「止」の文字が込められている。いつこんなものを入れたんだろう。小竜姫がくすっと笑う。
「小竜姫さまはご存知だったんですか?」
「もちろんですよ。神様ですから」

「・・・どうして見逃してくださったんですか?」
「あなたさえ知らなければ、修行に差し支えはないものですから」
「・・・じゃあどうして横島さんは小竜姫さまと・・・?」
「それがうまく働くかどうか自信がなかったんでしょうねえ」
思わずおキヌの胸が少し温かくなる。いつだって横島さんは私のことを守ってくれる。たとえそれが過保護だったとしても。

「・・・あのう、小竜姫さま?」
もじもじしながらおキヌが言う。
「ダメです。神様の裸を見ようとするような人にはもう少し仏罰が必要なんです」
小竜姫はきっぱりと言う。それから、
「・・・でも、夜までには降ろしてあげます。今夜も一緒にいられますよ」
と言って笑った。おキヌは顔を赤くする。

「じゃ、そろそろ私はシロちゃんの剣術の指南をしてきますね。パピリオではまだちょっと不安ですから」
そう言うと、小竜姫は外に出て行った。ショートカットの赤い髪が颯爽と風になびいた。

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朝の冷気の中、シロが鼻歌を歌いながら険しい山道を下っていく。その後ろから横島とおキヌがてくてくとついていく。横島の首筋には薄く、キスマークが一つ。

やがて、朝日の中に小竜姫とパピリオが立っていた。小竜姫はすらっと神剣を抜くと、剣舞を始める。パピリオも太極拳の型を始め、やがて二人は一通りの型を終えると、朝日に向かって合掌した。

「皆帰っていきましたね・・・」
少し寂しそうな横顔で小竜姫が言う。パピリオは悄然と頷く。
「・・・また今度、私たちも俗界に遊びに行きましょう」
パピリオが思わず小竜姫を見る。顔がぱっと明るくなっている。小竜姫も微笑んで、
「では、修行を始めましょうか」
「はい、小竜姫さま」

パピリオは両手を広げて眷族を召喚した。瞬く間に蝶の雲がパピリオを包んでいく。小竜姫は神剣を引き抜くと、とんぼ返りをして宙に舞い上がり、正眼の構えをとった。

蝶の雲が渦を巻いて小竜姫に襲いかかるが、すでにそこには小竜姫の影はない。朝日を浴びて金色に輝く蝶と、神剣の曳く雲が霊峰の上を縦横に閃き、かすかに音を立てる。

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美神令子除霊事務所のオフィスでおキヌがネクロマンサーの笛を吹いている。おキヌの周りに、透明な結晶でできた、花のような、雪の結晶のようなパターンが浮かんでいる。法円が無くても見えるらしい。それは、片時も同じ姿をとることなく、時に二輪となり時に三輪となり、笛の音色にあわせて優雅に流れていく。

「綺麗なもんだなあ」
横島が慨嘆する。
「わぁ素敵・・・」
タマモが思わずつぶやく。女性3人はうっとりと見とれていた。

ところが、しばらくして、令子が急に変な顔になって言う。
「・・・横島クンは珠、おキヌちゃんは華、私は鞭?なんか私だけ損してない?」

横島とタマモとシロの3人は、いやそれはイメージ通り、だって美神さんは女王様じゃん、と思ったが、賢明にも口に出すのは止めておいた。

曲を終えると、花は空気の中に溶けていった。
おキヌが少し恥ずかしそうににっこりと微笑む。

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数日後、妙神山にヒャクメの報告書の写しが届いた。

横島忠夫の霊波刀の出力に関する報告書

報告者:ヒャクメ

神暦XXXXXXXXX年X月X日、バーミオン管轄区の第二百二十八地獄連結点で観測された霊波刀に関する追加調査の結果を報告する。

中略

霊波刀の発生者である横島忠夫の霊力の起源が煩悩であることは周知の事実であり、氷室キヌの証言から、観測された時点において、美神令子と氷室キヌの扇情的な姿態により横島忠夫の煩悩が増大して、件の霊波刀を生じさせたものと推測される。

再現性に関する追試を行ったところ、添付資料1に示すような結果となった。やや不十分ではあるが、上記推測に対してある程度の説得力を持つものと考える。

中略

観測された霊波刀の規模は、過去最大級のものであり、定期的に監視することが望ましいが、その形態の維持が一瞬であること、また、上に述べたような理由より、神人魔三界におけるパワーバランスに影響を及ぼす程のものでないことは明白であると思われる。

以上

添付資料1
触媒 パピリオ(魔族女性 着衣) 霊波刀の瞬間的な最大長さ1.2m
触媒 小竜姫(神族女性 着衣) 霊波刀の瞬間的な最大長さ15.2m
触媒 小竜姫(神族女性 フトモモ)霊波刀の瞬間的な最大長さ103.8m
触媒 小竜姫(神族女性 セミヌード)霊波刀の瞬間的な最大長さ1688.3m

小竜姫は報告書を読み終わると、何も言わず神剣をひっつかみ、パピリオと鬼門に後を任せると、ヒャクメを斬り捨てるため、ただちに神界に出掛けて行ってしまった。

パピリオは、全く別の観点で横島に対して怒り狂っていた。

(了)

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