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「DAWN OF THE SPECTER 8(GS+オリジナル)」

丸々&とおり (2006-04-09 22:42)
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ビジネスクラスの窓際の席で、一人の女性が顔を輝かせながら景色を眺めている。
遥か上空から見下ろす街並みは、まるでミニチュアの模型のようで特に見ていて楽しいようなものではないはずだが、彼女には違うものが見えているのかもしれない。
イギリスからの直行便のため、乗り込んでから既にかなりの時間が経っており、他の乗客達の顔には疲労の色が浮かんでいる。
だがそんな事は些細な事なのか、女性はそわそわと待ち遠しそうに外の景色に見入っていた。

妙に機嫌の良さそうな女性の様子に、隣に座る男が声をかけた。


「なんだか、随分と嬉しそうだね。
日本に帰れるのがそんなに楽しみなのかい?」


男の質問に、女性が緩みきった表情で振り返る。
その拍子に、美しい銀髪がふわりと踊った。


「実は――――あぁ、いやいや、内緒でござるよ〜♪」


口を開きかけ、慌てて取り消すその仕草に、男はふっと笑うと深くは尋ねようとせず、読みかけの本に視線を戻す。
便はそろそろ東京の空にさしかかろうとしていた。


「んー、またこの空港かぁ」


腰に手を当て、ぐるりと周囲を見渡しながら横島がため息をついた。
だだっ広い待合いスペースには、次の飛行機で到着する客を待つ人々で賑わっている。
七月の強烈な日差しが降り注ぐ、外のうだるような炎天下とは対照的に、空港の中は空調が快適な空間を作り上げていた。
にも関わらず、横島は冷や汗をかきながら、そわそわと落ち着かない様子で待合いスペースをうろついている。


「この期に及んで逃げるとは思わないけど、じっとしときなさいよ。
見てるこっちが疲れるから。」


淡い水色のブラウスとタイトなスカートに身を包んだタマモが呆れたように声をかける。
二人がこうして空港にいる理由。

そう、今日この日、今さっき到着した便で、オカルトGメンのイギリス研修に行っていたシロが帰ってくるのだ。
横島は何も言わずに姿を消したという負い目から、迎えに行くのを渋っていたのだが、タマモに強引に連れてこられたのだった。


(うう、直情的なあいつの事だし……顔を合わせた途端グサッ!なんて事も……
あぁーもぉー、胃が痛ぇー帰りてぇー)


割と冷めたイメージのタマモにすら、――自業自得とはいえ――かなり酷い目にあわされたのだ。
昔から情熱的な性格だったシロがどんな行動をとるか、考えるだけで胃が痛くなった。


――――先生ぇを殺して拙者も死ぬー!


などと叫びつつ霊波刀を腰だめに突っ込んでくる姿を想像し、背筋が冷たくなる。
似たような事を自分がやっていただけに、弟子である彼女が同じ事をするのではないかと、内心気が気ではなかった。
おろおろしている横島を見て、良い気味だと密かにほくそ笑んでいたが、言い忘れていた事があったのでタマモが声をかける。
さっき便が到着したとアナウンスが流れていたので、何時シロが出てきてもおかしくなかった。


「先に言っとくけど、シロに手を出したりしないでよ。
あいつは私と違って単純なんだから、変に気を持たせるような事はしないで。」


タマモの言葉に、少しムッとした顔で答える。


「あのなぁ、弟子に手を出そうとするほど落ちぶれとらんわ!
それよりお前の方こそ、俺が刺されそうだったら助けてくれよ!?」


横島の不安を知らないタマモは刺されるという言葉に首を傾げたが、聞きたかった答えが返ってきたので気にしない事にした。
そうこうしている内に、搭乗口へと続く道路が騒がしくなり始める。

すぐに通路から団体が現れ、明るい表情で日本に戻ってきた感想を口にしている。
皆、預けていた荷物を受け取るべく、ベルトコンベアにも似た荷物を渡す設備へと歩いていく。


(スッチーは……まだ出てきてないんかぁ。
どうせ空港に来ちまったんだからナンパでもしようと思ってたのに、つまんねーなー。
しゃーない、こうなったら誰でも良いから適当に――――って、あれ!?)


遠目からぼんやりと彼らを眺めていた横島だったが、その中にいた一際目立つ一人の女性に思わず目が釘付けになっていた。
並んだ列の前の方を落ち着かない様子で窺いながら、腰まで届く銀色のストレートヘアをなびかせ、朱色の前髪を目元で踊らせている。
恐らく仕事用であろう黒いパンツスーツに身を包んだ女性は、誰かを捜しているのかしきりにきょろきょろと周囲を見渡していた。


「ちょ、あれが!?
え?いや、おい!?」


驚きのあまりほとんど言葉になっていないが、目を血走らせタマモに確かめている。
しかし確かめるまでもなく、あれだけ特徴的な髪色は他にいないだろう。

あれから四年の月日が経ち、昔はどうしても子供としか感じなかった弟子の少女は、今では立派な女性に成長していた。
昔、月の女神の力を借りて成長した姿を見ていたので、頭ではなんとなくだが理解していた。
いずれは良い女になるのだろうと。

しかしこうして実際に見てみると、遠目でも充分わかるほどに、彼女は魅力的だった。
以前は健康的、という評価が一番しっくりきたが、成長した今ではそこはかとなく艶気のようなものが漂っていた。


――――カツカツカツカツ


靴音を響かせながら男が歩いている。


「よし、それじゃ弟子の成長を師匠として確認しないと♪」


「オーケイ、どうやらあんたには記憶力がないみたいね。」


さりげなく髪型を整えながらシロの方に向かおうとする横島の肩を、にっこりと笑いながらタマモが掴む。
綺麗な笑顔とは裏腹にこめかみには青筋が浮かんでいる。


「バ、バカな事言うなよ。
俺はただ、久しぶりに再会した弟子の発育、じゃなくて成長を確かめようと――――イダダダダダッ!!」


メリメリと音を立てながらタマモの爪が肩に喰い込んでいく。


「もう一回だけ言っとくけど、シロには手を出すんじゃないわよ?
あんたみたいな最低男にはあいつはもったいないんだから。」


――――カツカツカツカツ


靴音を響かせながら、男が二人に向かい歩いている。


「は、放せタマモ!
あんな良い女に成長してると知ってれば――――」


暴れようとしていた横島が突然静まった。
それと同時に雰囲気までもが変化したように感じ、タマモがふと横島の表情を窺う。

そしてタマモは見た。
何かを凝視している横島が、あの帰国した夜と同じ目をしている事を。
あの、深い後悔を湛えた、夜の海のような暗い、暗い瞳。

咄嗟に横島の視線の先に目をやると、一人の長身の男が何時の間にか横島の前に立っていた。
スラリとした手足と、女性かと見紛う程に伸ばされた長髪。
その男はタマモも良く知る人物だった。

男が拳を握り締めた瞬間――――

鈍い音が響き、横島が吹き飛ばされた。


「西条さん!?」


殴り倒された横島に駆け寄り、タマモが思わず声を上げる。
西条は拳を握り締めたまま、横島の前に立ち厳しい表情で見下ろす。
拳をあまりに硬く握り締めているためか、その両腕は細かく震えていた。


「痛ぇ……」


切れた唇から流れる血を手の甲で拭いながら、横島がゆらりと立ち上がる。
まるで庇うように西条と自分の間に立っていたタマモの肩に手を置き、横にどかせた。

騒がしかった空港の待合スペースは今ではしんと静まり返っていた。
皆、二人に視線を送りつつも、どうすれば良いかわからず立ち尽くしている。
空港の警備員すらも二人の間に張り詰めている緊張感に飲まれ、呆気にとられている。


「久しぶり、とでも言えば良いのかな?
それにしてもよくのこのこ顔を出せたものだ。
令子ちゃんを置いて姿を消した、卑怯者の横島君。」


冷たい光を瞳に宿らせ、再び西条の拳が振るわれた。
避けようとする素振りも見せず、まともに殴られた横島が倒れ伏す。
空港の床に赤い飛沫が飛び散った。


「西条主任ッ!」


事態に気付いたシロが風のように走り抜け、二人の間に飛び込んだ。


「……どくんだ、犬塚捜査官。」


その声に込められた冷たい響きにシロが思わずたじろぐが、それでも両手を広げ二人の間に立ちはだかる。
片や敬愛する師匠、片や尊敬する上司、シロは二人が争う姿など見たくなかった。
特に、今の二人の空気は明らかに異常だった。
ようやく横島との再会が叶ったというのに、今はそれ所ではなかった。


「良いじゃねぇか……俺がいなかったんだから、美神さんはお前のものだったろうが……」


ふらつく足で何とか立ち上がり、西条の視線から逃れようと目を伏せる。
だが西条は舌打ちすると、吐き捨てるように呟いた。


「僕は君と違って、自分の事だけしか考えなくて良いという訳ではなくてね。
この四年間、ずっとイギリスに赴任していたのさ。」


その言葉に横島が目を見開き、うわ言のように言葉を紡ぐ。


「……お前、何言ってるんだよ……お前、まさか美神さんを一人にしたのか……?
俺は、お前がいたから……お前なら美神さんを、守ってくれると思ったから……」


西条の言葉が理解できないのか、震える声で横島が問い掛けている。
そして、西条は苛立ち気味にもう一度口を開いた。


「僕はオカルトGメンとしての責務を優先しなくてはいけないんだ。
君のような自分勝手で無責任な行動は取れないんだよ。」


荒々しくシロを突き飛ばし、西条が拳を振り上げる。
再び横島に向けて振り下ろされたその拳に、タマモが目をつぶる。
またも鈍い音が響き渡り、恐る恐る目を開く。

倒れている横島の姿を想像していたのだか、今度は横島は倒れていなかった。
額で拳を受け止め、鬼の形相で西条を睨み上げている。
割られた額から流れる鮮血を気にもせず、ぽたりぽたりと床に赤い雫が落ちていく。
その形相に思わず恐怖を感じ、シロの方に目を向ける。
どうやらシロも同様らしく、信じられない物を見る目で横島を見ていた。

また鈍い音が響き、男が吹き飛ばされる。
だが倒れているのは横島ではなかった。
先程まで抵抗の欠片も見せなかった横島が拳を振りぬいていた。


「てんめぇぇぇぇ――――――――!!」


獣の如く吠え声を上げ、倒れた西条に馬乗りになり、容赦なく拳の雨を振り下ろす。
骨と骨がぶつかりあう不快な鈍い音が空港に響き、周囲の人間が目を背けている。
拳を振るうたびに、白い床を西条の血が染め上げていく。

だが、ギロリと西条も目を光らせ、拳を受け止めると圧し掛かっていた横島をはねのけた。


「わかってはいたが、やはり、君は好きになれそうに無い……!」


血を吐き捨てると、スーツの袖で口元を拭い、再び拳を固める。
横島も拳を固め、猛然と西条に飛び掛った。


「西条ォォォォ――――――――!!!!」


「おい、もう出ていいぞ。」


キィと金属が擦れる音がし、留置所の鉄格子が開かれた。


「……もういいンすか。
えらい早かったッスね。」


喋った拍子に口の中に痛みを感じ、横島が顔をしかめる。
口の中には鉄の味が広がっており、歯が何本かグラグラと抜けそうになっていた。

がっしりとした体格の警官はつまらなさそうに鼻を鳴らし、さっさと出てくるよう促している。


「フン、ガキみたいな見た目の割に随分顔が広いらしい。
釈放するよう圧力をかけた身元引受人にせいぜい感謝するんだな。」


ああ、そういう事か。

警官の話を聞いた横島は一人納得していた。
あれだけ暴れれば何日かぶち込まれると思っていたのだが、わずか数時間で釈放されるようだ。
恐らくタマモから話を聞いた唐巣神父が手を回してくれたのだろう。
横島は警官に軽く頭を下げると留置所を後にした。

あの後、空港から連絡を受けた機動隊が駆けつけ、二人は逮捕されたのだ。
暴れる二人を取り押さえる際に、機動隊の面々にも結構な負傷者が出ていた。
冷えた頭で考えれば、しばらく留置所から出れないだろうと予想していたのだが運が良かった。

受付で荷物を受け取るついでに、神父がどこに居るか尋ねるが、返ってきた返事は予想外のものだった。


「ああ?神父?
あんたの身元引受人はあの人だよ。」


ガキのくせに良い女ひっかけやがって、と呟きながら、受付の中年の男が待合所の椅子に座っている女性を指差した。
男の目に嫉妬の光のようなものが浮かんでいるのが気になったが、振り返った横島の頭からはそんな些細な事は消え去っていた。

安いビニール張りの椅子に座り、自販機の紙コップを手にした女性。
思わず目を奪われる亜麻色の髪、非の付け所のない整った顔立ち。


「――――美神、さん。」


その呟きに応えるかのように女性は振り返り、にこりと横島に微笑みかけた。


「シロ、事情聴取お疲れ様。」


空港の待合スペースでうなだれている銀髪の女性に、対照的な金髪の女性が話しかける。


「……タマモ。」


普段の活力も影を潜め、シロは目元をハンカチで拭っていた。
赤くなった瞳は今まで濡れていたことの名残だろうか。

西条と横島の乱闘の現場である待合スペースは、酷い様相を呈していた。
床には血の跡の赤黒い汚れがこびりつき、頑丈な筈のコンクリートの床には数箇所ヒビが入っていた。
一般人にこそ被害は無かったが、この待合スペースを修復するにはしばらく時間がかかるだろう。


「何ででござろうなぁ……拙者、先生にお会い出来ると、本当に楽しみにしていたというのに……どうして、こんな事に……」


先程の壮絶な争いを思い出し、じわりとシロの目が滲んだ。
あれはただの喧嘩ではなかった。喧嘩というには込められた殺気の量が半端ではなかった。
二人とも明らかに、相手を殺すつもりで拳を振るっていた。

もしも、飛行機に乗るために西条が霊刀を預けていなければ――――
あの様子では、間違いなく躊躇せずに抜いていただろう。
もしそうなれば、横島も霊能で応戦し、被害はこんな物では済まなかった筈だ。


「……どうして、か。」


シロの言葉を受け、タマモも力無く溜め息をつく。

昔からあの二人はそれほど仲が良いようには見えなかった。
顔を合わせば嫌味や皮肉を飛ばし合い、たまに掴み合いの喧嘩と、常にいがみ合っていた。
だが、さっきのような殺し合いにまで発展するほど、仲が悪いとは思えなかった。


――――やっぱり、このままじゃ駄目ね。


隣で涙を流す親友の姿に、タマモは決意を固めていた。
このままではまた四年前のように、訳もわからぬまま取り残されてしまうかもしれない。
状況も理解せず、ただ流されているだけではいけない。
あのやり切れない思いだけは二度と味わいたくなかった。


「ねえ、シロ。
あの……四年前の夜を憶えてる?」


タマモの問いに、シロが顔を上げる。


「拙者達が戻ったら先生が負傷していた……あの夜の事でござるか?」


ずっと横島の行方を追っていたシロは、「四年前の夜」という言葉が何を指しているのかすぐに思い至った。
シロがオカルトGメンに入隊した真の動機は、姿を消した横島を見つけるためなのだ。

今まで、どれだけ探ってもGメンの情報網に引っ掛からなかったのは、横島がアメリカに飛んでいたからだった。
シロは日本の情報ばかりを探っていたので、国外にまでは目を向けていなかった。

もしもアメリカでも文珠を使っていれば、アメリカのGS業界で一躍有名になっていた筈だが、すでに横島の文珠精製能力は失われていた。
裏技や反則を駆使して依頼を遂行するGSなど、どれだけ腕が確かでもあまり評価されない。
似たようなやり方の美神があれだけ有名だったのは、彼女のマネージメント能力の賜物だったのだが、その方面の努力を横島は怠っていた。
あまり金銭に執着しない性格に加え、どちらかと言うと怠け者だったので、日々の暮らしをまかなえればそれで満足だったのだ。

シロの返事に頷き、タマモは続ける。


「言わなくてもすぐに気付くと思ったし……何より、あんたが自分で判断する事だと思ったから、メールには書かなかったんだけど……
今の横島は、私達が知ってる横島とは……少し――いや、かなり変わってしまってるの。」


ただ事では無さそうなタマモの様子に、シロは黙って聞き入っている。


「はっきりと、どこがどう変わったとは言えないんだけど、何かが違う。
あいつと接すればすぐにわかると思うんだけど、どう言ったら良いか……妙に刹那的なのよ。
一度神父とも話してみたんだけど、やっぱり神父も同じ感じを受けたらしいの。
神父はあいつから相談してくれるのを待ってるみたいだけど、私は待つだけじゃ駄目だと思う。」


この一月にも満たない短い期間だとは言え、一つ屋根の下で暮らしていたのだ。
妖狐の超感覚なら、例え知りたくなくても、横島がどういう生活を送っているのか嫌でも感じ取ってしまう。

横島は、よく夜中に抜け出し朝まで帰って来ない事があった。
そういう時は決まって、次に顔を合わせた時に知らない女の匂いを漂わせていた。
自分には本気で手を出そうとしないが、外では遊んでいるという事なのだろう。

別に自分の恋人でもないのだから、どこの女と寝ようと自分には関係ない。
そう割り切って気付かないフリをしていたのだが、姿を消す前の横島はそこまで軽薄ではなかった筈だ。

とは言え、敬愛する師匠が女遊びに興じているなど、シロは知りたくないだろう。
いずれわかる事とは言え、タマモは自分の口から親友を傷つけるような事は言いたくなかった。
だからこそ、敢えて今は詳しい事は口にしなかった。


「あいつが姿を消した、あの夜までに、きっと何かがあった筈なの……
この前、あいつが言ってたんだけど……あの傷の事を――馬鹿な事をした報い、って言ってたのよ。」


「報い、でござるか……」


シロの呟きに、無言で頷き肯定する。


「その何かがあいつを変えてしまったんだと思う……それを知らなきゃ、またこんな事が起こるかもしれない……
さっき、何がきっかけであいつが暴れたのか……私はそれを知りたいと思う。」


タマモは元々集団行動をするタイプの性格ではない。
もし本気で何かを調査するつもりなら、むしろ一人の方が上手くやれるだろう。
だが、それにも関わらず、わざわざこうして話してくれているのは自分を思いやっての事。

横島が変わってしまったのならその理由を知りたいのは自分も同じ。
タマモが調査すると言うのなら無論、自分も協力したかった。

長い付き合いなのに何時までたっても素直な気遣いが出来ない親友に、僅かだがシロの表情に明るさが戻る。
タマモの性格を理解していたので、敢えて気付かぬ顔でタマモの好意を受け取る事にした。


「……拙者も同じ思いでござるよ。
良ければ、拙者にも協力させてもらえないでござるか?」


タマモは微笑むと、シロの赤くなった鼻をぴんと指で弾く。
何をするかと驚きの表情を浮かべるシロに、悪戯っぽく笑いかけた。


「じゃ、その情けない顔をまず何とかしなきゃね。
頼りにしてるわよ?犬のお巡りさん。」


「むー、拙者は犬ではないでござるよー。」


昔ほど熱くなって反論しないが、だからと言って認める訳ではない。
自分が失敗して落ち込んでいる時などに、力づけるためにタマモがからかうのが習慣だった。
口を尖らせて否定しながらも、タマモなりに慰めようとしてくれているのを理解し、胸が熱くなった。

ならば即行動、とばかりにシロが席を立つ。
目的が決まったシロの体には、いつもの気力が湧き出ていた。


「では早速、あの夜何があったのか先生に尋ねるでござるよ。」


「それは無理ね。
私も何回か尋ねたんだけど、頑として口を開かなかったわ。
だから、今度は別のアプローチを試してみようと思うの。」


それこそ、体を代償にしてでも釣れなかったのだ。
他にどんな手を尽くそうと、横島が自分から話すとは思えなかった。
流石に、体を使おうとした事をシロに言えば何を言われるかわからないので言う気は無かったが。


「しかし、それでは一体どうするのでござるか?
他に事情を知っていそうなのは美神殿でござるが、あの人はおキヌ殿と海外を飛び回ってるでござるよ。
今月は日本を訪問するそうでござるが、今のあの二人は連絡を取るだけでも一苦労でござる。」


「まあ、ね。
仮に会えたとしても美神さんが話してくれなきゃ無駄骨だし。
でも実はもう一人、全部知ってそうな人がいるから、そっちを当たってみようと思うの。」


面識はないんだけどね、と内心呟きながらシロにその人物を告げた。


机の上に積まれた書類に一枚ずつ目を通しながら、男がポンポンとテンポよく判子を押していく。
適当に押している訳ではないらしく、たまに判子を押さず脇にどけている書類もあった。
みるみる内に書類の山は低くなっていき、僅か十分も経たぬ内に50枚近くあった書類は片付けられていた。

書類を片付け終えると、男は体を伸ばしながら大きなあくびをしている。
眠そうにまぶたを擦ると内線の電話に手を伸ばした。


「やあ、すまないけどコーヒーを持ってきてもらえるかな。」


「はい専務、少々お待ちくださいね。」


広々とした個室に机とテーブルが置かれ、嫌味でない程度の調度品が置かれている。
机に向かいながら男は煙草をくわえ、ゆっくりと紫煙を吐き出している。


――――最近は煙草を吸うのも一苦労だなぁ


椅子に深くもたれかかり、ぼんやりと天井を見上げる。
分煙が叫ばれる中、こういう時個室を持っていると便利だ。

さっきの書類の処理で今日の仕事は終わってしまった。
終業まではもう少し時間があるが、何とも平和なものだ。
ここにはテロリストもいなければゲリラもいない。

どことなく張り合いが無い生活に、男は退屈を感じていた。

ま、女の子はこっちの方が好みだしな。
手を出したら命が危ういとは言え、見て楽しむくらいなら文句は言われんだろう。

コーヒーを運んでくれる女性社員を口説いて暇を潰そうかな、などと男は考えていた。
「鬼嫁」という言葉が生温いと感じるほど、彼の妻は厳しい女性だった。
浮気が原因で生死の境をさまよったのは一度や二度ではない。
だから手は出せないが、ちょっとした擬似オフィスラブを楽しむくらいなら何とかセーフだろう。

コンコンと軽いノック音が響く。


「横島専務、コーヒーをお持ちしました」


「ん、ああ、ありがとう、入ってくれ。」


てっきり女性社員が運んできてくれるものとばかり思っていたのに、聞こえてきたのは男の声だった。
内心がっかりしながらも、一応礼を言い、室内に入らせる。

室内に入ってきたのは男が一番信頼している部下だった。
わざわざこの男がコーヒーを運ぶなどという雑用をするという事は何かあったのだろうか。
男は無精ヒゲの生えた顎に手を当て、眼鏡をかけた鋭い視線の部下に尋ねる。


「ふむ、君がわざわざコーヒーを運んでくるとはね。
何かあったのかい、黒崎君?」


「……はい、先程オカルトGメンの捜査官と名乗る人物から電話がありまして、大樹さんと面会したいとの事でした。
話を聞いてみるとどうやら私用らしく、後で折り返し連絡するとは伝えましたが、どうされますか?」


意外な相手からの電話に、大樹と呼ばれた男は首を傾げる。
通常、部下と上司という関係で、名前を呼ぶというのは非常識な事だった。
しかし今は一対一。周りの目が無いので普段の呼び方で呼んでいた。
上司を名前で呼ぶほど、この二人は親しい間柄なのだろう。


「ふーん、オカルトGメンねぇ……最近我が社で霊障の類は起こっていたかな?」


「はい、何件か起こっていたので、てっきりその件かと思ったのですが、どうやら違うようです。
向こうもはっきりと私用だと断りを入れていたので、どうやら大樹さん自身に用があるようです。」


「私自身に、か……用件は何と言ってたんだい?」


黒崎がスッと指先で眼鏡を位置を直す。
これは彼が大事な話をする時の癖だった。
眼鏡の奥の瞳に冷たい光が宿る。


「用件は四年前の美神除霊事務所の件、との事です。
相手は犬塚と名乗っていましたが、心当たりが無いなら断った方が無難かと。」


ほう、と頷き大樹が不敵な笑みを浮かべる。


「電話の相手は女性だったんじゃないか?」


「はい、その通りですが……面識がある相手なのですか?」


上司の言葉に黒崎が眉を上げる。
先に相手が女性だと言ってしまうと、この上司は何も考えず会おうとしかねない。
だから黒崎は相手の性別は出来るだけ隠すつもりだった。


「いや、あの馬鹿息子の昔の同僚さ。
名前だけは知っていたが、面識は無いよ。
しかし、今更あの件で話とはねぇ……何か動きがあったのかもしれないな。」


「では?」


「ああ、一度会って話を聞いてみよう。
もしかしたら問題事が解決したのかもしれないしな。」


口元を歪め、笑みを浮かべると、もう一本煙草を取り出し火をつけた。
何か進展があったのか、あったのなら一体何がどう動いたのか、そしてそれを受け自分はどう行動すべきか。
大樹の頭は来るべき対談に向け、高速で動き出していた。
彼が抱いていた退屈は、すでに跡形もなくなっていた。

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