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「スタンド・バイ・ミー・フェイズ・ツー!![中編](GS)」

NEO−REKAM (2006-04-01 20:17)
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5.違和感
朝から雨が降っていた。除霊の仕事が入っていたのだが、例によってまた、令子が駄々をこね始めた。
「雨が降ってるから私はパス。横島クン、シロとタマモを連れて行ってきて。2千万の仕事なんだから、しっかりやってくるのよ」
ウインクしながら横島に言う。この除霊の仕事は、実は先週行う予定だったのだが、その日も雨が降っていて延期したのである。さすがに2回続けて延期したのでは、事務所の信用にかかわるので、誰かをやらなければならない。
「でも美神さん、この仕事は、おキヌちゃんの修行になるから、おキヌちゃんも連れて行くって言ってたじゃないスか」
横島が言う、これを聞いて、令子もちょっと考え込んでしまった。

(私のいないところで、横島クンにおキヌちゃんをつけるのはちょっと危ないかなあ・・・)
仕方ないわね・・・ふぅ、と、諦めて令子が言った。
「分かったわ。私とおキヌちゃんも一緒に行きましょう」

二人乗りのコブラに5人乗るのは非常に難しいので、大勢の時には4人乗りのポルシェで行くことが多い。ほとんどは令子が自分でステアリングを握り、横島が助手席に座る。残りの女の子達は、3人ともスレンダーな体型であるが、それでも911の後部座席に3人座るのはかなりきつい。だから、長時間の移動では、シロとタマモは本来の姿に戻っている。

今日の仕事の場所は、さほど遠い場所ではなかったので、後部座席には、おキヌとシロとタマモがぎゅうぎゅうに詰まっていた。

目的の廃ビルにつくと、例によって横島が荷物を担いだ。悪霊は5鬼。強さはどれも中級霊クラスで、さほど強力ではない。が、数が多く修行にちょうどいいため、おキヌがネクロマンサーの笛で退魔する。ネクロマンサーの笛は、幽霊を操る力を持っている。ちなみに、悪霊はこのビルの火事で死んだ被害者の霊であった。

まず、シロとタマモが露払いとして入る。その後、おキヌを守るために、令子と横島がおキヌの前後に配置して建物に入っていった。おキヌはネクロマンサーの笛を構えながら、違和感を覚えた。

(あれ?)
理由はすぐに分かった。横島がおキヌの前に、令子がおキヌの後ろにいたからである。囮になるシロとタマモは別としても、除霊の時には、令子は必ず先頭に立ち、横島が自分より目立つことは絶対に許さなかった。

(何か理由があるのかしら)
おキヌの疑問をよそに、横島はすたすたと前を歩いていく。廃ビルの中は薄暗く、割れたガラス窓から、外の陰鬱な雨の音が聞こえてくる。3人は、階段を登って2階から3階に上がっていった。

4階に着いたとき、シロが叫んでいる声が聞こえた。

「美神どのー!こっちでござるよー!」
油断なく近づいていくと、4階のフロアは、火事の影響で、床も壁も天井もほとんど真っ黒になっていて、ところどころ壁が燃え落ちていた。シロとタマモは、背中合わせになって周囲を警戒している。シロは霊波刀を出して構えていた。
「じゃ、おキヌちゃん。私と横島クンが左右からサポートするから、除霊して」
そういって、令子が右、横島が左に散開した、タマモが走ってきて、おキヌの後ろの守りに入った。前はそのままシロが守っている。

悪霊はまだ、姿を隠しているが、もちろん、その存在を感じることが出来る。人間より感覚の鋭い人狼のシロと妖狐のタマモは、悪霊の位置も分かるらしく、彼女達の視線は、虚空の何かを追いかけている。

おキヌは、ネクロマンサーの笛を吹き始めた。悲しい音色が、悪霊達にほんの少しだけ残された人間らしい感情をおキヌに伝えてくる。

(熱いよう!熱いよう!)

1鬼の悪霊が現れ、左側からおキヌに向かって突進してきた。すかさず横島がサイキックソーサーを投げて、悪霊の前進を阻む。

(助けてくれえ!熱いよう!熱いよう!)s

おキヌは笛を吹き続ける。

(そうね。熱かったわね。でも、もう大丈夫よ・・・)

悪霊の苦しみや悲しみが、おキヌの心を悲しみで満たしていく、やがて、おキヌの瞳から涙がこぼれ、一筋となって頬をつたう。

5鬼の悪霊の全てが、ネクロマンサーの笛に接続された。おキヌは静かに笛を吹き続ける。

(こんなところにいても、いつまでも悲しいだけ・・・)

(天に昇って、またいつか、生命になってこの世界に生まれてきて・・・)

そのとき、令子を見た。足場が悪いのか、片足を椅子の上に乗せて神通棍を構えている。でも、少し高く上げすぎていた、その角度だと、横島さんから下着が丸見えになるんじゃ?美神さんは、いくら短いスカートを身に着けていても、どうしようもないとき以外、男の人から下着が見えるような姿勢をする人じゃないのに。

おそるおそる横島の方を見た。良かった、横島さんは気付いてないみたい。美神さんの下着なんか見たら、除霊どころではなくなって、大変なことになるところだった。

そのとき、横島が一瞬、令子の方を見た。

(あっ!)
おキヌはびっくりして、令子にそのことを注意しようとした。そのとき、集中力が乱れ、ネクロマンサーの笛の効力が少し弱まってしまった。

横島は、すぐに令子から視線を離し、再び辺りを警戒している。

(え!?)
それは、物理的にありえない事だった。おキヌの集中力がはっきりと乱れた。笛の接続がはずれ、真上からおキヌに向かって悪霊が襲い掛かってきた。

「おキヌちゃん!!」
令子と横島は同時に叫んだ!
間髪をいれず、横島がハンズオブグローリーを抜き放って、おキヌの上の悪霊を切り裂く。令子がすかさず駆け寄ってきて、おキヌをかばい、もう1鬼の悪霊を神通棍で払い飛ばしてから、別の悪霊を、破魔札に吸引した。

シロも霊波刀で暴れ始め、タマモが狐火を発し、結局大乱闘になってしまった。そして、
1分もたたないうちに、全ての悪霊が一掃されていた。

全てが終わったあと、額に青筋を立てながら令子がおキヌの前で、仁王立ちになっていた。

「何やってるのおキヌちゃん!遊びで来てるんじゃないのよっ!」
怒鳴られて、おキヌはびくっと小さくなった。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃないわよ!ひとつ間違ったら命がないのよ!分かってるの!?」
「ごめんなさい」
おキヌはべそをかいた。
「泣いたってだめだからねっ!」
令子はおキヌを怒ることなど滅多にない。しかし、除霊中の失敗に対しては厳しかった。

「まーまー、美神さんだってしょっちゅう、しまったー、とか言ってることだし・・・」
令子をなだめようとした横島は、
「うるさいっ」
と、令子に殴り倒されて、血の海に沈んだ。シロとタマモは、震えながら立ちつくしている。

令子のお説教は、帰りの車の中でも、事務所に帰ってからも延々と続いた。そんなわけで、その日の夕食は店屋物になった。

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6.タマモのお小遣い獲得作戦
次の日、タマモは朝から令子と二人きりで話す機会をうかがっていた。おキヌは学校に行っていたし、横島とシロは散歩に出かけていたので、オフィスに入っていくだけで令子と話をすることが出来るのだが、決心がつかずに廊下をうろうろしていた。

(もしかしたら、殺されるかも)
タマモは世の中にほとんど怖いものはないが、怒った令子は本当に恐ろしい。タマモはびびっていたが、この難関をくぐり抜けなければ、真友くんとデートに行くことが出来ない。意を決して、ドアをノックして、オフィスに入っていった。

令子は、なにやら難しい本を調べていた。多分来週のアイスランドでの仕事に関係することだろう。顔を上げると、
「あらタマモ、なーに?」
と言った。事務処理の関係で何か分からないことがあるのかと思ったのだろう。

タマモは単刀直入に用件を切り出した。
「あ、あの、お願いがあるんだけど。お小遣いが欲しいの」
令子の眼が、その一言でおよそ摂氏10度くらい冷たくなった。
「月の初めにあげたでしょ?何に使ったの?」
「も、も、貰った分はほとんど残ってるんだけど、足りないの」
「何に使うの?」
タマモは、口ごもった。デートのためにお金が欲しいと言えばいいのだが、子供のくせにと笑われるのが嫌で言えなかった。
「理由がいえないような使い道じゃダメね」
令子は手を振りながらそう言って、また本に視線を戻して調べ物を再開した。

このまま部屋を出て行きたい。でも・・・
「わ、わ、わ、わ」
「?」
令子は顔を上げて不思議そうな表情でタマモを見た。
「わ、わ、私知ってるんだからね!」
タマモは、命がけでその一言を言った。令子は、内心、ぎくりとした。
「美神さん、横島とで、で、出来ちゃったでしょ!」
令子は何も言わずにじっとタマモを睨みつけている。
「そ、そ、そ、そ、そ」
タマモの額から冷や汗が流れ落ちる。足もがくがく震えはじめた。
「そのことをおキヌちゃんには秘密にしてるのよねっ!」
令子は、内心たじろいでいたが、それを表情に出してタマモに知られるような女ではなかった。
「それで?」
冷たい声で令子が言う。

(怖くないわ!私は金毛九尾白面の狐なのよ!)
でも、歯ががくがくと鳴るのをとめることは出来ない。
「わ、わ、わ、私は真友くんと遊園地に遊びに行きたいの!お、お、お小遣いをくれたらこのことは誰にも言わないわっ」
令子は真友という男の子に会ったことはなかったが、しょっちゅうタマモに電話がかかってきたり、手紙が来たりするので名前は知っていた。

令子はタマモを睨んでいたが、しばらくして、氷点下30度くらいの冷たい表情のままタマモに言った。
「こっちにいらっしゃい」
(やっぱり、こ、こ、殺される)
タマモの目には涙がたまってきた。

しかし、令子は財布を取り出すと、一万円札を3枚出して、机の上においた。
表情をまったく変えずに令子が冷たい声で言った。眼はタマモの顔をずっと睨み続けている。
「これっきりよ。もう一度同じ事をしたら殺すからね」
タマモはぶんぶんと首を振って泣きながら言った、
「ご、ご、ごめんなさいっ!もうしないわっ!あ、ありがとっ!」
そして、3万円をつかむと、あたふたと部屋から出て行こうとした。

ドアを開けたとき、後ろから令子の声が聞こえた。
「楽しいデートになるといいわね」
えっ?と、びっくりして振り返ったとき、令子はもう、本に視線を落として調べ物を再開していた。

タマモは、そっとドアを閉めると、急いで自分の部屋に帰って、貰ったお金を抱いてベッドの中にもぐりこみ、嬉しそうな顔で目をつむって丸くなった。

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7.横島の部屋と恋人達の車
土曜日の夕方。

おキヌは、横島の下宿から歩いて5分くらいのところのスーパーで買い物をしていた。ごろごろとカートを押しながら、野菜とか肉を選んでいると、自分がまるで横島の奥さんになったような気がして楽しかった。おキヌは、事務所の食事のために、ほとんど毎日買い物に行く。それと、やっていることは変わらないのに不思議なものである。

びっくりさせようと思って、今日行くことを横島には伝えていない。でも、一応出かけるかどうか、さりげなく聞いて、どこにも行かないといっていたから、多分大丈夫だろう。

お酒の並んでいる棚で足を止めたおキヌは、

(まだ未成年だけど、大学生なんだから少しくらい大丈夫よね)
ワインの銘柄なんてぜんぜん分からないので、適当な値段の赤ワインを一本選んでカートに入れた。肉料理のときは赤だったか白だったかどっちだったかしら。美神さんならよく知ってるんだろうなあ。そういえば、今日も接待で飲みに行くって言ってたっけ。

除霊という特殊なビジネスとはいえ、やはり営業活動はした方が業績が上がるらしい。美神さんも時々、クライアントの人達と会食をしていた。美神さんは美人だし、あの通りセクシーなファッションなので、クライアントのおじさんたちには大人気である。しかし、うっかり体に触ろうとするなど、失礼なことをしようものなら、お客さんといえども容赦なく半殺しにされるのだった。もちろん、美神さんが暴力団と人脈があることも広く知られており、そんな不届き者はめったにいなかったのだが。

横島のアパートに行くと、横島は留守にしていた。
(近所のビデオ屋さんにでもいって、いかがわしいビデオでも選んでいるのかしら?)
ドアの前でどうしようか考えていると、花戸小鳩が隣の部屋から出てきた。今からどこかに出かけるらしい。
「あら、おキヌさん。こんばんは」
おキヌに気が付いた小鳩は、にこっとして、礼儀正しくお辞儀をしながら挨拶した。
「こんばんは。お出かけですか?」
「はい、アルバイトに行ってきます」

(そういえば小鳩さん、ハンバーガー屋さんでアルバイトしてるって横島さんが言ってたっけ)
「いってらっしゃい」
と、おキヌは言おうとして、思い直した。
「あの、横島さん、どこに出掛けてるか知りません?」
「さあ?お昼ごろに見掛けましたけど、その後は・・・」
それから、さようなら、と言って、小鳩はアパートの階段を降りて行った。

(・・・)
ちょっと考えてから、右手だけを幽体離脱して玄関のドアを通り抜けさせ、鍵を外した。横島の部屋に入ると、いつも通りの惨状が目に入った。食事の支度の前に、まず掃除。おキヌは窓を開け放った。

伊達雪之丞と弓かおりは、レンタカーでドライブしていた。雪之丞がハンドルを握っていた。かおりはまだ免許を持っていない。
「絶対中華が食いたい」
「私はフランス料理が食べたいんですの!」
「俺が金を出すんだから、俺に選ばせろっ!」
「結婚の約束をしたからって、何でも言う事を聞くと思ったらおおまちがいよっ!指輪なんてお返ししてもいいのよっ」
「・・・」
雪之丞は黙ってしまった。それからは、もう一言もしゃべらない。かおりも、さすがに言い過ぎた事に気づいて静かになった。しばらくして、
「ごめんなさい」
沈んだ声でかおりが謝った。
「もういい」
と、雪之丞がぶすっとした声で言う。かおりはもう一度、
「ごめんなさい」
雪之丞は、返事をせず。ずっと黙っていた。沈黙を乗せた車は、そのまま走っていたが、やがて、洒落たフランス料理店の駐車場に入っていった。

食事を終えて二人が店から出ててきた頃には、すっかり陽が落ちていた。薄明の茜空にも星がまたたき始め、恋人達の為にあつらえたような雰囲気である。

二人を乗せた車は、静かに走り出した、かおりも雪之丞も同じ気持ちなのだが、なかなか自分からはいいだせない。やがて、雪之丞の左手が、かおりの太腿にそっと、触れた。
「ホテルまで我慢できないんですの?」
からかうようにかおりが言った。雪之丞は赤くなり、照れ隠しに笑って、
「いいじゃねーかよ。減るもんじゃなし」
と言う。かおりは、雪之丞にもたれかかり、顔を少し赤らめながら耳元でそっとささやく。
「もちろん、いいわ」
そして、雪之丞が触りやすいように、少しだけ膝を開いた。

「あれ?」
ルームミラーを見て、雪之丞が変な顔をして、かおりの脚から手を引っ込めた。
「?」
「後ろにいるの、横島じゃねーか?」
「えっ!?」
かおりは、慌ててスカートの裾を直し、シートに隠れながら後ろの車を見た。

運転しているのは横島だった。こちらがかおりと雪之丞だということには気がついていないようである。かおりとデートしているのがばれると、煩いし恥ずかしいので、雪之丞はすっと車線変更して、横島の車に抜かさせて、斜め後ろの死角に入ろうとした。

「あれ?」
今度はかおりが変な顔をした。

「おねーさま!?」
一瞬だったが、かおりは、横島に亜麻色の長い髪の女性が枝垂れかかっているのを見た。サングラスをしていたが、かおりが令子を見間違えるはずはなかった。

「今から仕事か?あれ?あれレンタカーだぞ?なんでレンタカーなんて使ってるんだ?」

(氷室さんは乗ってない・・・)
今日、氷室さんは、横島の家にご飯を作りに行くと言っていた。魔理と私は、間違いがあるといけないので、いつも通り止めたのだが、氷室さんは、間違いを期待しているので、きっと行っているはず。

それはともかく、どういうことかしら?おねーさまは、すっかり横島に身体を預けて、まるで恋人同士のように見える。

??

「雪之丞さん!ばれないように、あの車を尾行して!」
かおりが雪之丞に命令した。
「なんでだよ?きっと仕事だろ。見つからないうちに離れようぜ」
雪之丞の言葉は的外れではない、夜にしか現れない悪霊や妖怪は多く、除霊の仕事が夜になるのは普通のことである。
「おねーさまに間違いがあったらどうするの!!?つけなさいっ@#*!!」
かおりの言葉の後に、意味不明な迫力が追加されている。

(あああっ。こ、これは逆らうとまずい)
令子のことになると、かおりの理性はかなり怪しくなる。あーあ、今夜は駄目かも知れんなあ、と、雪之丞は嘆息した。そして、横島と令子にばれないよう、間に車を2台挟んでついていった。

前の車では、横島と令子が、先程かおりと雪之丞の二人がしていたのとそっくり同じ事をしていた。雰囲気は若干違っているのだが。

「触らしてあげるけど、ちゃんと前見て運転しなさいよっ!分かってるでしょーね?」
「はいっ」
しかし、言葉とは裏腹に、令子は横島に身体を預けて、満足そうな顔している。横島も、令子の太腿の柔らかさと、ナイロンのすべすべした感触を楽しんでいた。

横島は、車をホテルの駐車場に止めると、令子と一緒にホテルに入っていく。令子は、横島の腕に自分の腕を絡ませて、誰が見ても恋人同士である。ふたりとも、かおりと雪之丞が同じようにして後ろから尾行していることに気付かなかった。かおりは気が気ではない。

令子はフロントでチェックインすると、ルームキーを左手の人差し指にかけて、横島と腕を組んでエレベーターに消えていった。横島は少し恥ずかしそうで、令子は幸せ一杯という表情だった。かおりはわけが分からなかった。

「フロントの様子じゃ、仕事じゃねー感じだったな?なんか偽名を使ってたみたいだぜ?」
雪之丞もさすがに不思議そうな顔をしている。
「あの二人、出来ちまったのか?」
かおりの髪が総毛立った。

「ちょっと私、電話!」
(かおりは慌ててホテルを飛び出して行った)

(やっぱり、今日は駄目かもな・・・)
雪之丞はがっくりと肩をおとして、かおりのあとを追いかけていった。

「はい、お電話ありがとうございます。美神令子除霊事務所です。いつもお世話になっております」
電話に出たのはタマモだった。
「もしもし、私、弓と申します。氷室さんをお願いしたいんですけれど・・・」
「ああ、弓さん?おキヌちゃんなら、出かけてるわよ。多分横島の家だと思うけど。急ぎの用事?」
「あ、タマモさん?ええ。そうなの」
「ふーん。じゃ、横島の電話番号を教えるから掛けてみる?えーとね、いい?」
かおりはバッグからメモ帳を取り出して、タマモの言う番号をメモした。そして、タマモに礼を言って受話器を切り、今聞いたばかりの番号に電話した。

(横島さん、どこに行っちゃったのかなあ)
時計の針は8時半を回っている。おキヌは、夕食の支度を全て済まして、横島の部屋でぼーっと待っていた。そのとき電話の呼び出しが鳴った。
「はい、横島です。え?弓さん、どうして横島さんの家の電話番号を知ってるんです?」
おキヌは怪訝な声で尋ねた。

「そんなことはどうでもいいの、それより・・・」
かおりは、おキヌから、どういうことか事情を聞こうとして、状況を話した。だが、何もおキヌは知らない。反対に、おキヌはかおりから聞いてしまった。今、横島と令子が二人でホテルの部屋に入っていったことを。

おキヌは、信じられなかった。どうしてそんなことが信じられるだろう。でも、反対に、自分はすっと前から、そうなる事を知っていたような気もした。

そう、多分、ずっと前から分かっていた。

おキヌは自分が何と言って電話を切ったかも分からなかった。今までの幸せな気分は一瞬で凍りついてしまっていた。そして、横島の部屋にいるのが急に苦しくなってきた。

おキヌは息を詰まらせながら、料理にラップをかけ、冷蔵庫にしまい、後片付けをして、横島の部屋から出た。そして、うねるような春の夜の中を、とぼとぼと歩き始めた。

天には月がかかり、星がまたたき、薫風が辺りを払い、どこかで鳥が鳴いていたが、それらのうち、ただの一つもおキヌの心には届かなかった。

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8.おキヌの決心
令子の帰宅は、深夜になった。

「おかえりなさい。美神オーナー」
玄関をくぐると、人口幽霊一号が口を切った。
「ただいま」

自分の部屋に戻る前に、台所に寄って冷蔵庫を開けた。水の冷やしてある壜を取り出し、コップに冷たい水を注いだ。たいした量のアルコールを飲んだわけではないが、喉が渇いていた。グラスを傾けて水を一気に喉の奥に流し込む。身体がまだ火照っていた。

夜はもう遅かったが、令子はまだ調べ物をする必要があり、オフィスに戻ると、電気をつけ、分厚い本を何冊か本棚から取り出して机の上においた。机に座って、本を開いたが、横島と愛し合った余韻が残っていて、なかなか集中できず、椅子の背もたれにもたれかかり、ぼーっと天井を眺めた。ハンドバックを開け、横島から奪い取った文珠を掴んで、光にかざす。

(・・・)
いつまでも、横島と付き合っていることを、皆に隠していくことは出来ない。でも、令子はまだどうするか迷っていた。すでに、おキヌに正直に横島との事を話すには時期を逸している。

やっぱり、あの後すぐに話すべきだったのかも知れないと、令子は思う。でも・・・

令子が文珠を机の引き出しにしまおうとした、ちょうどその時、おキヌがドアを開けてオフィスに入ってきた。
「美神さん。いいですか?」
思いつめたような、おキヌの表情を見て、令子はなんとなく嫌な予感がしたが、表情には出さずに、さりげなく応えた。
「おキヌちゃん。遅くまで起きてるのね。なーに?」
「・・・」
「どうしたの?」
令子が重ねて聞く。
「・・・今日はどこに行ってたんですか?」
「ああ、赤坂でクライアントの人たちと飲んできたのよ。おじさん達と飲むのってつまらなくてやーね!ま、接待だから仕方ないけど・・・」
ウインクしながら令子が応える。

「・・・うそつき」
おキヌは小さな声でつぶやいた。令子には聞きとれなかったようだ。
「・・・なんて言ったの?聞こえなかったわ」

「・・・今日は横島さんと一緒だったんですね」
文珠を握る令子の手がぎゅっと緊張した。
「な、なに言ってるの。接待だって言ってるでしょ?横島クンなんて知らないわよ?」
「弓さんが・・・今夜美神さんを見たって」
令子の心が凍りついた。
「どこで?弓さんも赤坂にいたの?」
「いいえ」
「じゃ、人違いじゃない?」
文珠を握る掌が、じっと汗ばんできた。おキヌは、じっと令子の読んでいた本を見つめて、またたきもしない。

「弓さんだけじゃなくて、雪之丞さんも一緒だったんです・・・」
おキヌは、しゃべりながら、悲しみが、少しずつ自分の心の中に染み込んでいくのを感じていた。またたきをすると、一筋の涙が、頬を伝った。

「・・・」
おキヌは、笑顔を作った。寂しそうな笑顔である。令子は、おキヌの顔を見つめている。
「美神さん。隠さなくてもいいんですよ」
「おキヌちゃん・・・」
「えへへ、おめでとうございます。私、ちっとも知りませんでした」

文珠に「忘」の文字を・・・

令子も無理に明るい声で言う。
「えーと。実は、なりゆきでね。ま、隠すつもりはなかったんだけど・・・」
おキヌは無理に笑顔を作っていたが、少しずつ、悲しみで優しい顔が歪んでくる。

文珠に「忘」の文字を・・・

「それでね、おキヌちゃん。あなたも一緒に・・・」
おキヌはもう我慢できなかった。
「一緒にって、どういう意味ですか」
もう止められなかった。涙がぽろぽろとあふれ、嗚咽がこみ上げる。

ひっく。

文珠に「忘」の文字を・・・

「ひっく。ご、ごめんなさい。泣くつもりじゃなかったんです」
ひっく。ひっく。ひっく。

「美神さんと、ひっく、よ、横島さん。ひっく。お似合いだと思います」

文珠に「忘」の・・・

「おキヌちゃん!違うの!」

「・・・、・・・おしあわせに・・・」
「おキヌちゃんっ!!」

両手で顔を覆い、泣きじゃくりながらおキヌはゆっくりとオフィスを出て行った。

(いかないで!お願い!)
令子は追いかけようと立ち上がったが、遂に、足がすくんで動くことが出来なかった。追いかけて行ったところで、何を言えばいいのだろう。令子はたった一人で部屋の中にぽつんと取り残された。

やがて、令子の瞳からも、一粒の涙がこぼれ、文珠を握り締めた手の甲に落ちていった。令子もまた、両手で自分の顔を覆った。

自分の部屋に戻ってからも、おキヌはベッドの上で、涙が枯れるまで泣き続けた。泣いて、泣いて、泣いて、心が空っぽになったころ、ようやく泣き疲れて眠りについた。もう空が白々と明け始めていた。

次の日は、日曜日だったが、明日から外国で除霊をするため、いろいろと準備しなければならないことがたくさんあった。

「おはよーっス」
横島が事務所に元気に顔を出した。

「あれ?」
シロが朝食を作っていた。ステーキ、焼肉、ハム、ソーセージ、ハンバーグ・・・おい。タマモは手伝いもせずに、ぼーっと座っていて、横島を見るとちょっと睨むような表情を見せた。

「おキヌちゃんは?」
「身体の調子が悪いみたいでござるよ。食欲がないって言ってたでござる」
「ふーん」
横島は、昨夜、アパートに帰ると、おキヌが夕食を作りに来てくれていた事を知り、罪悪感を覚えた。

(あらかじめ言っておいてくれればよかったのに・・・)
だが、令子との関係がおキヌちゃんにばれているとは夢にも思わなかったから、言い訳もあらかじめ考えてきてあった。電話があったら口裏を合わせてくれるようにと、タイガーにも頼んである。あとからおキヌちゃんに謝って、お礼を言わなくては。

「美神さんは、まだ寝てるの?」
これはまあ、いつものこと。
「そうでござるよ」
「じゃ、朝飯食い終わったら、俺達で先に準備を始めようか」
日曜日だし、早く仕事を済ませて、早く帰りたい横島だった。そして、朝食とは思えない献立の朝食を食べる。

(バカ横島・・・)
昨夜の令子とおキヌの対決のことも、全て事情を知っているタマモは思った。性格的に問題の多い令子とは違い、おキヌは誰にでも優しく、皆に好かれていた。タマモは、この除霊事務所のメンバーの中では、おキヌに一番なついていた。だから、何とかしておキヌを助けてあげたいと思う。でも、どうしたらいいのか分からなかった。

3人が朝食をぱくついていると、美神が真っ赤な眼をして起きてきた。そして、横島を見るといきなり殴りつけた。

「な!何するんですか美神さん」
「自分の胸に聞いてみなさいっ」
と、言いながら、もう一発横島の顔面に叩き込んだ。完全に八つ当たりである。なぜ殴られるのか分からないまま、横島は血の海に沈んだ。なんで?昨夜はあんなに優しくしてくれたのに・・・

美神も少しだけ朝食を食べた。いつもならシロに、
「もっと栄養のバランス考えなさいっ!」
と、お小言をくれるところであるが、今朝は何も言わなかった。食べ終わると、横島とシロとタマモに明日からの除霊の荷物を準備するように言い渡し、必要品のリストを、横島ではなくタマモに渡した。そして再び、自分の部屋に帰っていった。

おキヌが眼を覚ましたのは、昼過ぎだった。そして、眼が覚めてからも、ずっとベッドから起き上がれず、これからのことを考えていた。

令子と横島が、意地悪で自分に秘密にしたのではないことは、もちろん分かっている。

(美神さんと横島さんは私に優しすぎる)
きっと、これからも、私がここにいるだけで、二人は私のことを気遣い、わざと親しくないような態度をとって無理をするだろう。美神さんなんか、ひょっとすると、私を傷つけないために、横島さんとの交際をやめてしまったりするかもしれない。

(横島さんと美神さんの邪魔になりたくない)
それに、私も、毎日二人を見て暮らすのはとても辛い・・・

おキヌは決心した。次の仕事が終わったら、実家に帰ろう。もう、ゴーストスイーパーになんてなれなくてもいい・・・さよなら美神さん。

親友の魔理やかおりとも別れなければならない。今までにたくさんあった、いろいろな幸せな出来事を思い出しながら、おキヌはまた、知らず知らずのうちに泣き出していた。

さよなら横島さん。

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9.地獄の蓋
月曜日の早朝、美神令子除霊事務所の5人はアイスランド政府のチャーター機で、成田空港を飛び立った。

アイスランドは、日本と同じように、プレートの重なる場所に存在する地震国である。ただし、日本が、北米プレートの下に太平洋プレート、ユーラシアプレートにフィリピン海プレートが潜り込んでいく線上にあるのに対し、アイスランドはユーラシアプレートと北米プレートという二つのプレートが東西に分かれる線上にある。

その下では、地中の火が、常に噴出して陸地を作り出そうと煮えたぎっている。下から押し出されたプレートは、そのまま東と西の方向に向かって陸地を押し広げていく。

その、陸地の生まれてくる帯状の地帯をリフトゾーンと呼ぶ。リフトゾーンでは、二つのプレートの生成線に沿って、たくさんの地面の裂け目が横たわっている。ギャオである。

ギャオの多くの部分は、地割れのような、地上の裂け目に過ぎず、大概は単なる切り立った谷のようになっている。しかし、ところどころでは、裂け目は地中深くまで続いており、溶岩の川が流れる地下世界につながっているところもあった。

魔の山から南へ160キロの地点には、ギャオの裂け目から、地下世界をさらに潜ったところに、クエルクの名で知られる地獄への入り口が一つ存在する。これは一般には知られていないが、オカルトの関係者の間ではよく知られた事実だった。

意外かもしれないが、地上と地獄とを結ぶ通路というのは、世界中のいたるところにたくさんに存在する。例外はあるものの、プレートの重なり合う場所に多く、日本では、日本神話の神イザナギが、妻の女神イザナミを求めて黄泉の国を望んだ時に入った、島根県の黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)が有名である。

もちろん、世界中に存在する五百五十五箇所の地獄への入り口は全て、古代の神々によって封印されていた。クエルクもまた、悠久の昔、古き神々に封印されてから現在まで、忌まわしいものを地上に放つことはなかった。だから、もしも、知らずに近づいたとしても、たいして危険な場所というわけではない。

クエルクは、東西南北4箇所に設置された魔方陣で封印されている、魔方陣には、地脈から大地のエネルギーが大量に注ぎ込まれ、永遠に動作するように作られている。しかし、そのうちの一つ、「東の箱庭」に設置されている魔方陣に障害が発生した。封印は後2年で停止するとみられ、その影響が地球全土に及ぶことはないが、周辺では深刻な霊障が発生すると予測されていた。少なくとも、アイスランドは壊滅する・・・

障害が分かったのは昨年末のことで、アイスランド政府は直ちに、かつ極秘裏に、カナダのゴーストスイーパーのチームを雇い、修復のために「東の箱庭」に送ったが。しかし、全滅した。

さらに、アラスカとイギリスのパーティーが立て続けに行方不明になるに及んで、アイスランド政府は、国際ゴーストスイーパー連盟を通して、日本ゴーストスイーパー協会に正式にコンタクトした。そして、世界最高のゴーストスイーパーに協力を要請した。

令子は、提示された報酬の額を聞いて、二つ返事で引き受けた。

アイスランド政府としては、もっと大勢の戦力を投入したかったのだが、「東の箱庭」は狭く、大勢の人間が活動することが、そもそも不可能だった。

飛行機の中で、おキヌは一人で座って(チャーター便なので席はたくさん余っている)誰とも口を聞かず、じっと窓の外の空を眺めていた。その顔には何の表情も映っていない。令子は、ときどきおキヌの方を向いて、何か話し掛けようとするのだが、おキヌの表情とその雰囲気に気圧されて、そのまま黙り込んでしまうという仕草を繰り返していた。

横島とシロとタマモは、床に座り込んでトランプをやっていた。横島も令子とおキヌのことが気になる様子で、ときどきちらちらと二人の方を盗み見ていた。

「美神さんとおキヌちゃん、けんかでもしたのか?」
小声で横島が聞く。自分が原因だとは夢にも思っていない様子である。シロも二人の様子に気付いていたらしく、
「さあ?でも、そうみたいでござるなあ」
と、やっぱり小声でいながらタマモから一枚カードを引いて、目を丸くして、げ!というような顔をした。タマモは何も答えなかった。

(シロの奴、ババを引いたな?)
苦笑しながら横島は思う。タマモは澄ましているが、内心、シロがババを引いたのが嬉しいらしく、目が笑っている。

「でもまあ、すぐに仲直りするでござろう。心配要らないでござるよ」
シロは、そういって無理に笑ってババを引いたショックを隠そうとした。

「そろそろ着陸態勢に入ります。座席に座ってシートベルトを着用してください」
と日本語で機内放送がかかる。3人はさっさとトランプを片付けて、タマモは一人で、横島はシロと一緒に席についた。金髪のグラマーなスチュワーデスがシートベルトの確認に来る。

横島が、
「ずっと前から愛してましたー!」
と、英語でスチュワーデスに迫ったところ、スチュワーデスは、にっこり笑ってから、横島の頬にキスをしてくれた。うそ!?

もちろん、横島が自分の国を守る救世主だと聞かされていて、精一杯横島を喜ばそうとしてくれたことである。横島は、自分から迫ったにもかかわらず、その意外な展開に目を丸くして、おそるおそる後ろを振り向いて、令子の方を見た。令子はおキヌの方を見ながら、何か考え事をしているらしく、スチュワーデスのキスには気が付かなかったらしい。おキヌは、じっと前を見て、死んだように無表情だった。

「先生、きょろきょろしていないで、早くシートベルトを締めないと危ないでござるよ?」
シロは外国に行くのが初めてなので、ご機嫌ではしゃいでいる。前を向くと、自分で締めるまでもなく、スチュワーデスが締めてくれた。豊満なバストが横島の目の前に近づいて、ちょっとドキッとする。同時に、美神さんの胸の方がずっといいなあ、と思う。そして、以前よりもずっと、令子ことが好きになっている自分に気付いて、少しどぎまぎした。スチュワーデスは横島とシロににっこり笑いかけてから、タマモの席の方に歩いていった。

空港からは、大型ヘリコプターに乗り換える。ヘリコプターには、ジープも積み込まれた。ジープには、日曜日に準備した除霊装備が満載されている。

ヘリコプターは現地で5人とジープを降ろし、きびすを返して飛行場へと帰っていった。5人とジープは、そのままの場所に留め置かれた。地面は剥き出しの溶岩が冷えて固まったもので、草一本生えていない。ジープでは移動するわけではなく、予備の装備を置いておくだけのキャンプである。

5人の目の前には、深い地球の裂け目が広がっていた。その底は、地獄に通じている。

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10.闇と火
令子は気持ちを切り替えて、心配そうな女の顔から、プロのゴーストスイーパーの顔に変身した。

(おキヌちゃんのことは、仕事が終わってから考えるしかない・・・)
割れ目の幅は、15メートルくらいである。まず、タマモが腕を翼に変えて縄梯子の届く場所まで降り、降ろした縄梯子の一番下を固定し、周りを警戒する。地獄の入り口はまだずっと先なのだが、念には念を入れていた。それから、シロ、令子、おキヌ、横島の順に一人ずつ降りていく。

そんなことを5回繰り返すと、そこからは、険しいが、歩いていけるようになっている。もう、日の光がほとんどささない暗闇の世界である。歩ける道の幅は、狭いところでは60センチ位しかなく、左側は奈落の底まで続く崖になっていて、カンテラの光も、懐中電灯の光芒も、その底までは届かない。右側は、5メートルを超えるような大きな溶岩がごろごろしていて、そのまま傾斜を増して断崖の側面につながっていく。

美神はもちろん、エントリーポイントから、「東の箱庭」までの地図を持ってきていた。霊的に迷彩結界が張られているため、普通の人では迷ってしまって、「東の箱庭」に辿りつくことはできない。

「横島クン、あんたは落ちてもいいけど、荷物を落すんじゃないわよっ!」
と令子は最後尾の横島に怒鳴った。そういいながら、令子は、昔は、この言葉を結構本気で言ってたわね。と、思い出す。人の気持ちは変わるもの・・・今はもしかしたら、横島クンが落ちたら、自分も一緒にあとを追って落ちていくかもしれない。

横島はずいぶん前から、この言葉に返事をするのをやめていた。不測の事態に備えて、横島は右手に文珠を握り締めながら歩く。インキュバスから美神さんを助け出したときに文珠を全て使い果たしたので、今持っている文珠は、その後に出したこの1個だけである。

少しずつ、前方が明るくなり始め、空気がむっと熱を帯びるようになってきた。暑さは次第に増し、やがて、一行は崖の上から真っ赤な溶岩の湖を眺めていた。

「ふわぁ・・・これはすごいでござるなあ・・・」
「うわぁ」
タマモも声が出ないようである。おキヌも、この壮大な大自然の脅威には、さすがに打たれたらしく、いくらか生気を取り戻したような顔をしていた。
(すごい・・・)
溶岩がゆっくりと渦を巻き、ごぽごぽと言う音を立てて泡が吹き出している。時々、噴水のように真っ赤に溶けた溶岩が吹き上がって、スローモーションでまた湖の中に還っていく。令子とおキヌと横島は、暑さのため汗でびっしょりになっていた。

ふと、横島の目はおキヌに釘付けになった。巫女の衣装は汗でびっしょりと濡れて透け、おキヌの身体の曲線を艶かしく剥き出しにしている。白い下着もはっきりと透けて見えていた。横島は、見てはいけないと思いながらも目を離すことができず、やがて、おキヌが、横島が自分を見ていることに気付き、自分の姿を知って真っ赤になったとき、ようやく横島は、慌てて目をそらした。

(横島さんのエッチ!美神さんがいるでしょ!)
頭ではそう思った。しかし、自分の心の中の氷が、ほんの少し融けたことにも、おキヌは気付いていた。もしかしたら・・・

暑さに弱いタマモはもうふらふらしているし、さすがのシロも口から舌を出してはあはあと体内の熱を逃がそうとしていた。

美神は、両手を上げて呪文を唱えた。
「煮えたぎる大地のはらわたよ。聖なる水の石よ。トキムト・ルグイ・ムラクルフの父よ・・・」
延々と呪文は続く。
「カンラフ・ドネルト・ムトナフ!我は魔方陣をなす者!」
最後の文句を付け加える。
「聖なる火の石に命ずる!ここに橋を架けよ!!!」

溶岩の湖のこちら側から向こう岸へ、岩でできた幅1メールくらいの橋が現れた。

令子も汗でびっしょりである。もともと身体にぴったり密着している服やストッキングが、汗でくっつき、たまらなく気持ち悪い。その上、忘れ物を思い出し、遂に令子の堪忍袋が爆発した。

「シロ!タマモ!車に戻って7番装備を取ってきてちょうだい!」
「えーーーー!!!」
シロとタマモが同時に不満の声をあげる。
「私の言うことが聞けないっていうのっ!!!!!」
ああああっ。令子の目がすわっている。
「分かったでござるっ!」
「りょうかいっ!」
シロとタマモは同時に叫ぶと、一目散にいま来た道を引き返し始めた。

「横島クン!おキヌちゃん!行くわよっ」
令子は岩の橋をずんずん渡っていく。

横島はおキヌの後に続こうとした。おキヌは、足がすくんで動けないようで、橋に足をかけることができない。

(こわい・・・)
横島は、おキヌの前に出ると、笑いながらおキヌに自分の手を差し出した。
「ほら、つかまって。ちゃんとつかんでてあげるから大丈夫」
おキヌは、ちょっと迷ったが、横島の手をぎゅっとつかんだ。そうしたら、ずっと安心になって、足を踏み出すことができた。おキヌは横島の手を握ったまま、横島の後についていった。顔が火照っているのは、溶岩の熱気のせいだけではなかったかもしれない・・・

令子は、向こう岸に渡り着くと、振り返って横島とおキヌがちゃんとついて来ているかどうか確認した。二人が手をつないでいるのを見て、なにか言いたそうにしたが、結局、声を発することなく、そのまま向き直って、奥の岩を調べ始めた。

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11.光の輪

「横島クン、荷物の中から、赤い封筒を出して!」
横島は背中からリュックサックを下ろし、ごそごそと荷物をあさった。
「これっスね!」
横島が封筒を渡すと、令子は黙ってそれを受け取り、中から3つの三角形の金属片を取り出した。

「これは鍵なの。本物は最初のパーティーが持っていって帰らないので、これはレプリカなんだけど、開くかしらね?」
「さあ?」
横島は答えようがない。

令子はその金属片を岩の三箇所にはめた。最後の1つがはまった瞬間、その岩は、もともと存在しなかったかのように、消えうせた。

その岩を通り抜けたところが、「東の箱庭」だった。真っ暗な、だだっ広い空洞としか言いようがない場所である。カンテラの光も懐中電灯の光も届かないので、どのくらいの広さがあるのか、どのくらいの深さがあるのかは全く分からなかったが、溶岩の固まった天井は、50メートルくらいの高さである。中に入って直ぐのところからは、幅40センチくらいの橋が、100メートルぐらい伸びていて、その向こうに少し広い島のような場所があるようだ。橋も、島も岩ではない。何かの力で宙に浮いているらしく、橋の下にも島の下にも虚空が広がっている。

岩のあったところを通り抜けた瞬間、溶岩の熱気がふっと消え去った。目に見えない結界のようなものが熱の侵入を防いでいるのだろう。

美神は深遠に浮かぶ幅僅か40センチの橋をどんどん進んでいく。横島はまたおキヌの手を握って、さすがに今度は一歩進むごとに念で足を橋に留めながら、慎重に歩を進めた。

しばらく行くと、後ろで、ちゃりん、とお金の落ちるような音がして、突然、後ろからの溶岩の光が途切れた。カンテラと懐中電灯だけの光の中で、横島が叫ぶ。

「美神さん。岩が閉しまっちゃいましたよ!」
前で、令子が振り返りながら、
「げ!しまったっ!やっぱりステンレスでは強度が足りなかったか!」
もともとの鍵はオリハルコンでできていたのだが、オリハルコンは目が飛び出るほど値段が高いので、令子がステンレスに変えてしまったのだ。後から念をこめてオリハルコンの属性を帯びさせていたが、所詮はステンレスである。強度が足りるわけがない。

「美神さんのアホー!!どうやって帰るんですか!」
横島がわめく。
「うるさい!あとで何とかするから気にするなっ!」
「人が失敗するといつまでもお説教数するくせにっ!」
令子の瞳が吊りあがったかと思うと、横島はぼこぼこにされて、血の海に横たわっていた。
「スミマセン生意気言いました。反省しております。おねーさま」
「よし!」

(いつもと一緒。変わらない)
おキヌの心は、やっぱりほんの少し温まっていた。どうしてだか、自分でもよく分からないけれど、不思議。

箱庭の中心には、高さ1メートル、幅40センチくらいの直方体の物体が置かれていた。
「これが制御装置ね」
令子はその上に手をかざす。念をこめると、制御装置の50センチくらい上を中心に、直径100メートルくらいの青白い、光の魔方陣が水平に浮き上がった。十重二十重に重ねられた同心円の隙間に、古代の神語が書かれている。よく見ると、魔方陣は1枚ではなく、何層かにわたって立体的に構成されていて、それぞれ違う速度でゆっくりと回転している。

「綺麗・・・」
思わずおキヌは見とれた。

「あそことあそことあそこね」
令子が見回して、魔方陣をチェックすると、確かに、光が途切れかけている部分が3箇所ある。

「どうやって直すんスか」
当然の疑問について横島が聞くと、
「壊れている場所に行って、書き直すのよ」
「へ、タマモじゃあるまいし、空を飛んでいくんですか?」
令子は、ほほほと笑いながら言う。
「メンテナンスモードにすれば、メンテナンス用の通路がでてくるのよ」
「そういうもんですか」
横島は、ちょっと感心した。令子はおキヌに顔を向けると、少し顔を見つめてから、
「おキヌちゃん。ネクロマンサーの笛を用意して」
おキヌは死霊使いの笛を取り出す。

(良かった。顔に少し生気が戻ってきてる・・・)
令子は少しだけほっとした。
「魔方陣をメンテナンスモードにすると、魔方陣の効力が最低レベルまで落ちるから、結界の隙間から小さな悪霊がたくさん上がってくるわ。おキヌちゃんは笛でそいつらを食い止めるの。分かった?」
「はい」
「いい?この間みたいに失敗したら大変なことになるんだから頼んだわよ。いいわね!?」
令子はおキヌをじっと見つめて言う。
おキヌは、令子から目をそらさずに、こくりとうなずいた。

「横島クンはバックアップ。おキヌちゃんを守るのよ。いいわね?」
横島はうなずいて、おキヌの直ぐ後ろに配置する。おキヌは横島の邪魔にならないように腰をおろした。

(シロはともかく、タマモが来れなくなったのは、ちょっとまずったわね・・・)
空を飛べるのはタマモだけだから、結構当てにしてたんだけど。しかし、簡単に外に出ることができない以上は、仕事をしないわけにはいかない。この魔方陣は、地獄の魔力も吸い取るけれど、ゴーストスイーパーの霊力も少しずつ吸い取っていく・・・

「いくわよ二人とも!!!!」
令子は、制御装置の上に手をかざすと、念をこめて、魔方陣をメンテナンスモードに切り替えた。魔方陣の回転が止まって、少し暗くなり、色も青から赤に変わった。魔方陣の1メートルほど下に、魔方陣と同じ大きさの、馬車の車輪のような形の、スポークのついたリングが現れた。スポークの数は44本。スポークもリングも幅は40センチくらいしかない。

令子は、一本のスポークを選んで飛び乗ると、虚空に浮かぶ僅か40センチ幅の道を、ハイヒールのまま全力で走っていった。

しばらくすると、むおーという、地下鉄がトンネルの中を走るような轟音がして、無数の悪霊が下から湧き上がってきた。

おキヌは、ネクロマンサーの笛を吹き始めた。美しい笛の音が虚空を満たしていく。

(続く)

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