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「DAWN OF THE SPECTER 6(GS+オリジナル)」

丸々&とおり (2006-03-19 23:15/2006-03-20 00:00)
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唐巣はキュ、という音と共に蛇口を閉める。
最近締まりの悪いそれは、少し強めに力を入れないとぽたぽたといつまでも水を流すので、注意がいる。
食器をすすぎ終え、それを順に乾燥棚に入れていき、程なく全ての食器が棚に納まる。

シンクを拭き布でさっと一拭きすると、さて、と手を洗い水気を切り、居間に移りメモを手にした。
ソファーに座ると、メモに書かれている番号に電話をかける。
きっかり二度の呼び出し音で、受話器から上品な女性の声が聞こえてきた。


「はい、GS協会です。」


「すみません、わたくし唐巣という者ですが、選抜GSの件でお電話いたしました。
東堂支部長に繋いで頂けますか?」


この回線はいわゆる外線、一般向けに公開されているものでは無く、言わば上級職員専用回線とでも呼ぶべきものであった。
この番号を知っているというだけで、その人物が協会の要人である事を証明している。

そのためGS協会日本支部を取り仕切る現日本支部長、東堂 厳にも簡単に取り次いでもらう事が出来た。


「唐巣様、ですね。少々お待ちください。」


保留を示す軽快な電子音が流れてきたが、すぐに途切れ、十秒足らずで目当ての人物が電話に出た。


「東堂だ。
おはよう、唐巣君。
君からの連絡を心待ちにしていたよ。」


低いが、しかし穏やかで聞く者に落ち着いた印象を与える声色に、唐巣は同じように挨拶を返し、さっそく本題に入る。


「今朝、横島君に選抜GSの資料を見てもらいました。」


それを聞いた相手は声を弾ませる。


「おお、流石だな唐巣君。
彼は日本でこそ活動していないが、実力を考えればそれは充分補えるだろう。」


唐巣は、微かにだが眉をひそめる。
漠然とだが頭を刺激する違和感――それはなんだろうか。

もやもやとした、まとまりきらない『それ』は空を掴むように正体が無い。

気のせいか。
そう考えると、話を続ける。


「いえ、彼は『特に興味が無いので選抜には参加しない』そうです。
取り急ぎ、これだけはお伝えしておこうと思ったので。」


その答えに、受話器の向こうは押し黙ったまま何も答えようとしない。


「私も、彼の奔放な性格を考えると、恐らくあまり向いていないのではないかと思いますが。」

「……まあ、待ちたまえ。受付の締め切りは来月だ。
それまでに何とかして彼を説得したまえ。」


受話器から聞こえる東堂の声色は変化していた。
あからさま、と言っても良いかも知れない。
彼の声は、先ほどとは違う、押し殺した低い重いものであった。


「しかし、本人にその気がないのに無理強いは……」


唐巣は相手の態度の変化に、戸惑う。
どうやら東堂は横島を選抜に参加させたいようだが、何故にそこまで執着しているのかがわからない。


「とにかく、最善を尽くしてくれたまえ。
これは私からの願いだ。」

「は、はい……彼に、伝えておきます。」


有無を言わさぬ相手の口調に曖昧な返事を返すが、受話器を置き、口をしばると考え込む。

自分は一応協会の役員であり、それなりに信頼もされているだろうが、東堂とはそれほど親しい付き合いではない。
が、寡黙な印象こそあれ、普段穏やかなあの老人が、あれほど露骨に態度を変えるというのは少々信じがたい。


「なぜ、横島君の参加にそれほどこだわる?」


確かに横島は一流クラスの霊力を持っているだろう。
だが、極論ではあるが、言ってしまえばそれだけだ。

GSという職業は、力だけで乗り切れるものではない。
悪霊に対するには相応の知識や筋道だった論理が必要だが、オカルトに関しての知識は付け焼刃でどうにかなるものでは無いし、それこそ習得には長い時間が必要になる。
若い彼にはそれがまだまだ不足しているであろう事は、唐巣自身の経験からも推測できたし、その程度の事を、現日本支部長であるあの老人にわからない訳がない。
となると、行き着く推論はひとつ。

横島を選抜に『参加させなければならない』理由があるのだ。
自分が知らされていない裏が、今回の選抜に潜んでいるのかも知れない。
だからこその、あの東堂の態度であると考えれば納得もいく。

テーブルの上に置かれたままの選抜GSの資料にちらりと目をやる。

先程まではただの紙切れだった冊子が、今ではまるで災厄が詰め込まれたパンドラの箱のようにざわざわと厄介な物に見えていた。


豪奢な内装に彩られた一室。
黒檀のデスクに肘を突いた白髪の老人が、受話器を忌々しげに睨みつけていた。

アメリカGS協会支部からあの男の強制送還の話を聞いた時は、正直己の耳を疑った。
行方知れずだったあの男がアメリカに渡っていたのも驚きだったが、何より、世界的に見ても貴重な――もしかしたら、世界でただ一人の可能性すらある――能力者を手放すというアメリカ支部の話が信じられなかったのだ。
だが相手が本気だとわかると、老人は即座に手を打った。

あの男と親交があった神父に連絡を取り、あの男の引き取り人になってくれるよう呼びかけると共に、それとなく選抜GSの話を持ち出し、あの男を参加させるように仕向けたのだ。
すでに神父自身、アメリカの知人からあの男の事をそれとなく聞いていたらしく、二つ返事で身元を引き受けさせる事が出来た。

だがまさか、あの選抜の話を蹴るような者がいるとは予想外だった。
まともな感性のGSなら喜んで飛び付くだけの餌は用意していたのだから。

噛み締められた歯が軋み、老人が握り締めた受話器がミシリと音を立てる。


老人の部屋は高価そうなアンティークの調度品で飾り付けられていたが、ただの金持ちという訳では無さそうだった。
壁の本棚には洋の東西を問わず様々な魔術書が納められていたが、それらの中には一般には出回っていない物も多数存在した。

寄る年波の影響か、老人の髪は完全に色素が抜け落ちていたが、毛量はいささかも衰えていない。
おかげで、彼は今年で70を迎えるのだが、実年齢よりも遙かに若々しく見えた。
撫でつけた白髪と、深い皺が刻まれた表情は、見る者に年経た、だが雄々しい獅子を連想させる。


「ふざけた若僧めが……」


受話器を置きながら唸るように吐き捨てる。
老人が向き合う、黒檀のデスクの上には数名の調査報告書が広げられていた。

そして老人の正面に置かれた一枚の報告書。
それに貼り付けられた写真には、空港で三人の屈強な男に囲まれ、暑苦しそうな表情を浮かべる一人の青年の姿が映っていた。

報告書には赤い文字で走り書きがある。


――――横島忠夫。希少度特Aクラスの霊能力『文珠』の保持者。

プロジェクト『デイ・ライト』における最重要サンプルの一人。

最優先でデータを抽出すべし――――


「おい、いたか!?」

「いや、こっちにはいない!恐らく向こうに逃げ――――あ、いたぞ!あいつだ!」


街の裏通りに警官達の怒声が響き渡り、警官の一人が指差す方向を見ると、ゴーグルをつけた一人の若い男が逃げるように走っていた。
警官達が追いかけるが、男の姿はあっという間に視界の彼方へ消えてしまう。


「なんて逃げ足の速さだ!ええい、奴は化け物か!?」

「落ち着け!向こうも既に封鎖済みだ!先回りして取り囲んでやれば何とでもなる。固体の性能差が戦力の絶対的な差ではないと教えてやる!!」


男が逃げた方向を警戒している仲間に無線を飛ばし、彼らも男を追い詰めるために駆け出していった。


「くっそぉぉぉぉ!
ちょっとノーヘルで走ったくらいでそんなに目くじらたてんなよー!」


迷路のように入り組んだ裏通りを駆け抜けながら、横島が声を上げていた。
だがバイクを運転するのにヘルメットをかぶっていなかっただけなら、ここまで大袈裟な包囲網は敷かれなかっただろう。
何台かのパトカーに止められそうになった際に、ついつい向こうにいた時のノリを出したのがまずかった。
マキビシ状に圧縮した霊力を撒きタイヤをパンクさせ、パトカーを次々に衝突させたのがこの騒動の真の原因であった。

治安の良い日本でも、さすがに臨戦時の官憲は穏やかではない。
只の道路交通法違反者から、何をするかわからない危険な凶悪犯へと格上げされてしまった。
しかし横島はアメリカボケ、と言うべきだろうか、自分の仕出かした事をイマイチ理解しておらず、的外れな不平をこぼしていた。


「せっかく厄介な奴を出し抜けたからナンパに繰り出そうと思ったのにぃぃ!
これじゃあ落ち着いて品定めする余裕も無いじゃねーか!」


バイクに乗ったままでは逃げ切れそうに無かったので、バイクは既に人目に付かない場所に隠してきており、後は自力でこの包囲網を抜け出し、ほとぼりが冷めた頃に取りに戻る筈だったのだが、なかなか上手くいかなかった。
久しぶりに日本に戻ってきているので、どうにも土地勘が鈍っている事に加え、相手はこの街を知り尽くしている追跡のプロなのだ。
そう易々とは逃がしてくれなかった。

僅かに警官達の目を逃れる事が出来たこの隙に、壁にもたれかかり乱れた呼吸を整える。


「そういや、ベガスでも似たような目に遭ったっけなあ……」


仕事でラスベガスを訪れた際、カジノでナンパした女性をホテルに連れ込んだまでは良かったが、事を終えた後に彼女が大物マフィアの娘さんだという事がわかったのだ。
おかげでラスベガスにいる間、常にその筋の方々に追いかけ回され、散々な目に遭わされた。

その結果、あれから一度たりともベガスに足を踏み入れていないし、これからも近寄るつもりは無かった。
少なくとも後数年は。

あの時に比べれば、今回は警官が相手なので命の不安がないだけマシかも知れない。

ここからどうやって逃げるのか思案しているのだろう。
がりがりと頭を掻きながら、雑居ビルの隙間から天を見上げる。

雑居ビルの屋上までの高さを目測で見極め、次に外壁の状態を観察する。
少しずつ、取り囲むように近づいてくる警官達の気配を察知し、やれやれと首を振りながら呟いた。


「よし。それじゃ、あん時と同じ手で行くとしますかね。」


手首をコキコキと鳴らすと、意識を集中させるように静かに目を閉じる。
ヴンという低い音と共に、横島の右手が淡い瑠璃色の光に包まれた。
光は強さを増しつつ、鋭い鈎爪のような手甲へと姿を変えていく。


「いたぞ!そこだ!!」


一人の警官の叫びとともに、一斉に警官達が押し寄せた。

だが――――


「あれ、いない?
おかしいな……今確かに……」

「おいおい、しっかりしろよ。
もう周辺は封鎖済みだから逃げられる心配はないんだ。
焦る事はない。」


警官達が押し寄せた時には既に横島の姿はなかった。
各々分散し、警官達は周辺の警戒へと戻って行く。

しかし警官達は気付いていなかった。
すぐそこの雑居ビルの壁面に、屋上まで続くひっかき傷のようなものが付けられている事に――――


「ま、フツーは見間違いだと思うわな。
けど、覗きで鍛え上げたクライミングテクニックを甘く見んなよ!」


雑居ビルの屋上から、散らばっていく警官達をこっそり見下ろしつつ横島がほくそ笑んでいた。
右手に発動させた霊力、栄光の手の伸縮を利用すれば、一瞬で壁を登る事など朝飯前だった。

日差しのきつい屋上からぐるりと周囲を見渡すと、どれも似たような高さの雑居ビルばかりが周囲に建ち並んでいた。
これなら屋上を伝っていくだけで警官達の包囲網から抜け出す事が出来るだろう。
上機嫌で口笛を吹き、手慣れた動きで次々にビルからビルへと飛び移って行った。


「うんうん。ま、これなら大丈夫でしょ♪」


派手めのプリントが施されたシャツに、多少だぼだぼの感がするジーンズ。
ついでに安売りしていたサングラスも購入し、横島は人相を隠している。
先ほど逃げる途中で見つけた○ニクロで買い揃えたものを着こんで、ゆうゆうと街を歩いていた。

ゴーグルをつけたまま逃走していたため、直接横島の顔を見る機会がなかった警官達にはもはや見分けがつかないだろう。
人の流れに紛れ込みながら、遠くから響いてくるパトカーのサイレンを聞き、横島がやれやれと頭をかいている。


「なーんか妙に警官が殺気立ってるよなー。
誰かVIPの来日予定でもあるのかねぇ?」


ざっと大通りを見渡すと、どちらを向いても一台はパトカーの姿があった。
とても平日の昼間とは思えない厳重さだ。


――――たくさんの方々にお集まり頂き、感謝致します。


人の流れに乗って歩いていた横島が突然立ち止まった。
サングラスをしているため傍目にはわからないが、その奥の瞳は驚きのあまり大きく見開かれていた。
弾かれたように周囲を見渡し、今の声の主を探す。

いきなり立ち止まり、挙動不審な様子の横島を皆じろじろと迷惑そうに見ていたが、特に絡むでもなく通り過ぎていく。


――――今回の来日は過去の大戦で犠牲になった魂を鎮めるためのものですが、終戦日まではコンサート会場で皆様とお会いできる事を楽しみにしております。


「なぁなぁ、いつ見てもマジ良い女じゃね?」

「いや〜俺はキヌ派だなぁ。やっぱ癒されてーし。」


地べたに座り込んだ若者が、ビルを見上げながら無駄話をしていた。
二人の視線の先を追うと、巨大な宣伝用のディスプレイがビルの壁面に設置されている。
ディスプレイには一人の女性が記者団の質問に答える姿が映し出されていた。


日本人離れした艶のある亜麻色のロングヘアー。


形の良い眉に、人の目を惹きつける切れ長の瞳。


抜群のスタイルを包む、露出を抑えた上質なパンツスーツ。


(あ……テレビ、か。そりゃそうだよな。
あの人が普通に街歩いている訳無いもんな……)


ふぅと小さく溜め息をつくと、道の端に移動し、ガードレールに腰を下ろしてディスプレイを見上げる。
ふと手を開いてみると、じっとりと汗ばみ、気付けば鼓動も息苦しい程に高まっていた。

女性は一斉に焚かれるフラッシュを気にもせず、人当たりの良い微笑みを浮かべながら質問に答えている。


『四年前、国連の専属GSになられてから初めての日本帰国という事だそうですが、その事について氷室さんの心境とはどういったものなのでしょうか?』

『彼女も久しぶりの帰国に心を躍らせています。
今回が日本での初コンサートになりますので、是非日本の皆様にもお越し頂きたいものです。』


ディスプレイの映像に気づき始めたのか、若者を中心に行き交う人々が立ち止まり始めた。
皆口々に驚きの声を上げ、女子高生とおぼしき少女達などはディスプレイに映る映像に黄色い悲鳴を上げている。


『そのコンサートなのですが、今回も収益の全てを寄付されるのでしょうか?』

『はい、その通りです。
それを彼女も望んでいますので。』


女性の答えに記者団から感嘆の声が上がる。


(美神さん……変わらないなぁ、この人は。
しっかしこの人の家系って、年齢と色気が比例するんだなぁ……ってまだ25、6か。
一番輝く年齢だろうし、そりゃ綺麗で当然だよな。)


スクリーンに映る女性の母親を思い出し、ふぅと溜め息をつく。
女性はもう20代半ばを過ぎているはずだが、最後に逢った時と変わらぬ美しさだった。
いや、むしろ、微かに残っていた子供っぽさが完全に消え去り、成熟した色気のようなものへと変わっていた。


「やだー、キヌいないじゃーん。チョー残念ー。」

「うっそ、マジー?」


先ほど黄色い悲鳴を上げていた少女達が、不満そうに口を尖らせている。
どうやら期待していた相手が映っていない事に気が付いたようだ。


(おキヌちゃんは……流石にいないか。
そりゃそうだよな、世界的なVIPがのこのこ出て来ちゃマズいもんな。)


『彼女』、氷室キヌ。
国連専属GSとして行ってきた、ネクロマンサーの笛による慈善コンサート。
今まで世界各国で行ったそれは、大成功を収めていた。
そして、その億単位もの収益の全てを数々の慈善団体に寄付しているのだ。

ネクロマンサーの笛の、魂に直接訴えかける音色は、聞く者の心を優しく癒してくれる。
その力の前では人種の違いや国境などというものは些細な事だった。
それどころか、種の違いすらも意に介さない。

鬱蒼と茂った原生林を背景に、輪になって頭を垂れる動物達。
そしてその中心で笛を奏でる黒髪の少女――――『彼女』が国連専属のGSに就いてすぐに作られた宣伝用ポスターだったが、その幻想的なまでの可憐さは、三年以上経った今でも皆の心に深く刻み込まれていた。


しかし、これだけ有名になってしまえば様々な理由でその身を狙われるようになる。
実際に横島自身、彼女の知名度を利用して意志を表明しようとするテロリストや、単なる身の代金目的で誘拐しようとする犯罪者が、何度か手を出そうとしたという報道を耳にした覚えがあった。
それらは全て阻止されたらしいが、何時また狙われる事になるかわかったものではないのだ。

だがその危険を知りながらも、それでもなお慈善コンサートの開催を貫く姿勢に、多くの人間が心を打たれるのだが。


彼女達は全世界を巡り慰霊の旅を続けており、横島が身を潜めていたアメリカにも訪問した事があった。
だがその時も横島は顔を合わせようとはしなかった。

いや、正確には顔を合わせてはいけないと己を律したのだ。
そもそも、答えも見つけられていないままでは合わせる顔もなかった。
だから彼女達が来日するとしても、会うつもりは無かった。


くるりとディスプレイに背を向け、歩き去ろうとする。


――――あんたまで居なくなって事務所がどうなるか、少しでも考えなかったの!?


その時、横島の脳裏に昨夜のタマモの言葉がフラッシュバックした。
足を止め、ディスプレイを振り返る。

記者団からの質問をテキパキと処理する女性。
穏やかな笑みを絶やさず、受け答えするその姿は非の打ち所のないものだった。

だが、昔の彼女を知る者からすれば、その姿は――――


「なんか、らしくないッスよ……美神さん……」


ディスプレイに映るその姿は、確かに美しい。
だが、彼女を彼女たらしめていた、あの人並み外れて強靭な意志の強さを感じられない。
まるで精巧な機会仕掛けの人形のように、ただただ事務的に質問に答えているようにしか見えなかった。


――――ねえ……横島君……力を失ったGSってどうなると思う……?


あの夜の会話が脳裏をよぎる。


――――力になれなくて……ごめんね……


そして、別れを告げた時の言葉も。


行き先も告げずに姿を消そうとしているのに、責めるそぶりもなかった。


「やっぱり、俺のせいかなぁ……」


ディスプレイを見上げながら、誰に言うでも無く小さく呟く。


四年前のあの夜。
今までの事、これからの事、一人で考えたいと思った。
だから父親の提案を受け入れたし、他の誰にも行き先を告げなかった。
何故なら連れ戻されたくなかったからだ。

誰にも今までの自分を知られていない環境というのは苦労も多かったが、それ以上に新鮮だった。
アメリカのGS協会にフリーのGSとして登録し、時折まわってくる依頼をこなし日銭を稼ぐ毎日。
アメリカの除霊は、生前キリスト教を信仰する人間が多いせいか、悪霊化による霊障はそれほど多くはなかった。

それよりも突発的に発生する魔獣や、正体不明な『何か』を討伐するという依頼が大多数を占めていた。
言うなれば、『除霊』というより『狩り』と言う方が正しいかもしれない。
だからこそ専門的な知識に乏しい彼でも何とかやっていけたのだが。

当初、知名度の低い自分にまわってくる依頼は少なく、豊かとは言えない暮らしだったが、幸い貧乏には慣れていた。
多少餓えようと、欲しい物が手に入らなかろうと、辛いとは思わなかった。

自分でその日の予定を立て、自分の判断で行動し、全てを自分の意志で決定する。
自らの足で歩く生活は――少しずつだが――確実に少年の背を押し、大人の階段を上らせていった。

頼れる者もいない異国の地での生活に寂しさを感じる事もあった。
だが元々移民が珍しくもないお国柄、持ち前の明るい性格も手伝い、すぐに周囲に馴染む事が出来た。

そして、とある仕事で海軍の依頼を引き受け、それが縁で軍のフライヤー開発に協力するようになった。
友人も増え、生活も安定してそれなりに居るべき場所というものも出来て――――

巡り巡って再び日本に戻ってきた今、アメリカでの四年間を振り返り、考える。


あの時自分が選んだ選択は正しかったのか?


その答えはまだ見つかっていない。
だが、今こうして考えてみれば、一つだけ断言できる事があった。

そう、アメリカでの四年間はあの時の自分には必要だったのだ。
答えこそまだ見つかっていないが、少なくとも前に進む事は出来た。

今なら、答えの無い悩みを抱えて生きるのが大人になるという事なのだろうと、朧気ながらも思えるようになっていた。
だが、自分が姿を消した事が、事務所の解散に繋がってしまったのなら――――


「やっぱり……会って、謝らなきゃ駄目だよな……」


ぽつりと呟くと、ディスプレイに背を向ける。
そのまま歩き去ろうとしたところで、何かを思いついたのか、微かな笑みを浮かべた。


「……それと、できるなら手土産つきで。」


小さく笑い、街の雑踏へと姿を消していった。

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