美神事務所を出たステンノと愛子は、とある山中のロッジに入っていた。横島達と一緒でないのは、むろん秘密保持のためである。
「悪いね、変なことに巻き込んじゃって」
「いえ、世界が滅びるかどうかの瀬戸際なんですから、いいも悪いもないですよ」
青春妖怪はずいぶんと物分りが良かった。どこぞの守銭奴除霊師に聞かせてやりたいものである。いやすぐそばにいるのだが。
「それに横島君にも頼まれちゃいましたし。きゃあ」
頬をそめて身をよじらせる愛子。どんな頼まれ方をしたのだろうか? ステンノはちょっと返事に困ったが、
「……。ま、手は十分打ってあるから襲われるようなことはないと思うけどね」
美神とステンノはルシオラ製の『霊波迷彩ネックレス』を身に着けているし、愛子の机には『隠妖札』を貼ってある。試しにヒャクメにも視てもらったが、彼女の千里眼でも捕捉することはできなかった。その上でステンノが張りついているのだから、守りは万全と言っていいだろう。
「ところで、珠洲乃さんと横島君はどういう関係なんですか?」
青春の求道者としては外すことのできない話題である。文化祭のときに恵宇が仕事の関係とか恋人になりたいとか言っていたが、あんな大勢の前で真実を話すとは限らない。
愛子の興味津々そうな顔を見て、ステンノはニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「んー、そうだね。愛人候補ってところかな?」
「あ、愛人!? ふ、不潔よ。青春じゃないわ!!」
1人の異性をめぐって火花を散らす、あるいは複数の異性の間で心が揺れる、とかなら青春真っ盛りなのだが、愛人となると大人のどろどろになってしまう。いや珠洲乃は見た目も中身も大人だから、青春じゃなくても仕方ないのだが……。
「何言ってるんだい。あんただって似たようなもんじゃないか」
すると愛子はぷーっと頬をふくらませて、
「違います! いいですか、青春っていうのは……」
そのあと説教を始めた愛子によって、ステンノは2時間ほどこってりしぼられたのだった。
因果応報である。
一方異界空間の中の美神たちは。
「これは一体……どんなからくりなのでござるか?」
することが無いので校舎の中を適当に散歩していたが、不思議な事に行けども行けども外に出られないのだ。
「霊的な迷路になってるのよ。どんだけ行っても下にはたどりつけないわ」
1度入ったことのある美神がそう解説すると、横でタマモが首をひねった。
「でも外を見ることはできるのよね。変な風景だけど……」
校庭には変なオブジェのようなものがいくつも立ち並び、その向こうには青い空も見える。いったい何なんだろうかここは。
「それにもう3時間は経つのにお腹もすかないでござるが」
「空間だけじゃなくて時間も変になってるのよ。私たちは今こうして普通に会話できてるけど、以前この中にいた人たちは何年いても歳とらなかったらしいのよね。
だからシロ、修行なんかしてもたぶん無駄よ?」
「……そうでござるか」
目をキラキラさせ始めたシロに美神が釘をさす。シロが横島やルシオラを連れ込んで修行するのは勝手だが、自分が相手させられるのはゴメンだ。
「で、何かすることはないの? 油揚げとか」
それすること違う。
「家庭科室に材料があるかもね。ちゃんと食べられるかどうかは分からないけど……」
美神も退屈になってきたところなので、とりあえずタマモの提案(?)に乗ってみることにした。ヒャクメがシロタマをここに入れたのは、もしかしたら自分の退屈しのぎのためなのかも知れない、などと想像しながら。
その翌日。いつも通りの時刻に起き出した京香は、毎朝の行事としてタンスの上の写真立てに朝の挨拶をした。
「先輩、先生、おはようございます」
自分と横島とルシオラが3人で並んだ写真だ。最近できた宝物である。
顔を洗ってトイレを済ませた後、パジャマを脱いでTシャツとトレパンに着替える。窓を開け、腕を外に出してその先にサイキックソーサーをつくった。
「……行け」
ソーサーがゆるゆると進んでいく。対抗戦のときの横島の域には達していないが、念だけでかなり操縦できるレベルになっていた。空中で旋回するソーサーは未確認飛行物体そのものだ。
今の京香は実際の除霊でソーサーを必要とすることはまず無いが、霊力をコントロールする訓練としては最適だし、何より横島と同じ技というのがポイント高いのだ。
「……よし」
ソーサーを戻して窓を閉めると、京香は部屋の外に出た。
朝食ではなくてランニングである。ネクロマンサーのおキヌや幻覚使いの神野恵那と違って、格闘系である京香は体力も鍛えなければいけないのだ。
(……そう言えば、先輩はアシュタロスのこと聞いてなかったわね)
あまりに衝撃的な話だったので今まで失念していたが、昨日は横島とルシオラは休みだった。教えてやらないと危険だろう。
京香はランニングを早めに切り上げて寮に戻ると、部屋の片隅で充電中だった携帯電話を手に取った。
そしてその頃、おキヌも同じことを考えていた。朝食を作っている最中に、はっと横島のことを思い出したのである。
「横島さんとルシオラさん、昨日休みでしたよね。ヒャクメさんの話教えてあげないと」
味噌汁を沸かしていたコンロの火を止めて、横島の部屋へ向かう。昨日のうちにステンノの部屋への引越しを終えていたので、今や同じアパートの住人なのだ。
(あ、もしかしてこれって横島さんと仲良くなるチャンスかも……)
などとちょっとばかり不謹慎なことを考えつつ、彼の部屋の呼び鈴を押す。しかし中からの返事はなかった。
(あれ、まだ寝てるんでしょうか?)
しかし学校に行くならもう朝食を摂っていなければならない時刻である。おキヌはいったん部屋に帰って、今度は電話をかけてみた。
……出ない。ケータイは電源を切ってあるようだ。
(どこか出かけてるんでしょうか?)
不審ではあったが、今はどうする事もできない。おキヌはそのまま食事を済ませると、着替えて学校へ向かった。
「氷室さん、先輩と先生から何か聞いてる?」
1時間目が終わった後、おキヌは京香から屋上に呼び出されていた。用事はもちろん、横島とルシオラの行方である。
「昨日のこと先輩に伝えようと思って今朝電話したんだけど、電源切られてるみたいなの。氷室さん何か知らない?」
「いえ、何も聞いてないです。私も今朝横島さんの部屋に行ったんですけどいなくって……もしかして、もう美神さんの所に行ってるんでしょうか?」
「……そうかも知れないわね」
とおキヌには答えたが、京香は別の可能性も考えていた。
(ひょっとしたら……アシュタロスと戦ってるのかも)
人間が対抗できる相手ではないが、神魔族の援軍が期待できない今、人界でもっとも頼りになるのはあの2人である。小竜姫とヒャクメが目をつけてもおかしくはなかった。
「……ヒャクメ様が次に来たときに聞くしかないわね。ありがとう、氷室さん」
京香は何か決意めいたものをわずかに顔に表した後、おキヌに礼を言って踵を返した。
それから数日が経過して。ルシオラ達の想定通り、世界中の霊的拠点はいまやほとんど破壊され尽くしていた。
「とうとう107箇所目の拠点が破壊されたのねー」
神通パソコンのディスプレイを覗き込んでいたヒャクメがルシオラに報告する。しかし南米での戦いの後、逆天号の威力を誇張気味に報告しておいたから、犠牲者の数は少ないはずだ。
「やっぱりね。逆天号はこの後日本に来て、地脈の流れから妙神山を割り出すでしょうから……明日か明後日にはここに来るはずよ」
かって自分がやった事だから間違いない。ルシオラは断定口調でそう答えた。
「そっか。ところでお前の記憶だと、弓さんと雪之丞がここのお前たちに襲われてたよな。助けるのか?」
そのあと横島が2人を見舞いに行ったときが『前』の横島とルシオラの初対面である。
ルシオラもあの時はこんな日が来るなんてまったく想像すらしていなかった。しばし思い出にひたっていたが、自分が質問されていた事にはっと気づいて、
「うーん。助けてあげたいけど、街中でヘタに手出しするのはまずいわ。命に別状はないでしょうし、あの2人は放っておきましょう」
戦うハメになったら最悪である。生命の危険がなければ干渉は控えるべきだった。
しかしそこにエウリュアレが口を挟んだ。
「いえ、単に2人をあの場に行かせなければ済むことだと思いますよ。そうすればここでのあなた方が人前に姿を見せる事件が1つ減りますし」
『前』に雪之丞達がパピリオに目をつけられたのは、単に3姉妹の集合場所の近くに偶然居合わせたからで、霊力が強めだったという他に特別な理由があったわけではない。2人が現れなければ、3姉妹はそのまま逆天号に帰るだろう。
ルシオラは一瞬虚を突かれたような顔になったがすぐ理解して、
「そうね。じゃあ手っ取り早く、小竜姫さまの指示ということにして家から出ないようにしてもらいましょうか」
「そうですね。あと氷室さんと峯さんもそろそろ呼んだ方がいいのでは?」
正確にはステンノ達がいるロッジにである。ルシオラは頷くと、まだパソコンを見ていたヒャクメに声をかけた。
「そうね。それじゃヒャクメさん、お願いしていい?」
「分かったのねー」
ヒャクメが気軽に了承して、例の衛星携帯を取り出す。
雪之丞とは面識があったから説得は簡単だった。弓には雪之丞から説明してもらう事で話がついた。おキヌは電車の駅で待ち合わせて、そこからヒャクメが案内することになった。
ここまではスムーズにいったが、最後の京香は少々難航した。横島に代わってくれ、と言われたヒャクメが横島に通話機を渡す。
「ん、京香ちゃん、何か用?」
横島は軽い感じで訊ねたが、電話先の京香の声は何故かやけに底冷えがするものだった。
「先輩と先生って、今愛子さんの机の中にいるんですか?」
ぎくっ!
横島の全身がびくっと震える。少なくとも戦いが終わるまでは自分達の行動は隠しておくつもりだったのに、いきなり疑われるとは。
しかしここで嘘をついても京香がロッジに行けばバレることだ。横島がどう答えるべきか必死で考えていると、京香が先手を打ってきた。
「もしかして、アシュタロスと戦ってるんじゃありませんか?」
「む、むちゃくちゃ鋭いな京香ちゃん……」
もはや言い逃れはできそうにない、と見た横島が全身から脂汗を流しながら肯定する。
「私がいると足手まといですか? 先輩や先生に比べたら確かに未熟ですけど、私だってそれなりに自信はあります。そんな強い敵と戦うのに黙ってるなんて水くさいじゃないですか」
「……」
通話機を通して京香の怒りが伝わってくる。横島が口を開けられずにいると、京香はさらに言葉を続けてきた。
「いえ、先輩と先生が私のこと気遣ってくれてるのは分かります。でも先輩。こういうときのために同期合体とか教えてくれたんじゃないんですか!!」
「……京香ちゃん。分かったよ、ルシオラと相談するからちょっと待っててくれ」
説得をあきらめた横島がルシオラに顔を向ける。ルシオラは苦笑して横島の方に手を伸ばした。通話機を受け取って、横島の代わりに説得を始める。
「京香さん、おかんむりね。こっちまで聞こえて来たわよ」
「あ、先生。ごめんなさい、つい興奮してしまって」
さすがの京香もルシオラに同じ調子で迫ることはできないようだ。
「謝ることないわよ。でも京香さん、今回の相手は本物の魔神なの。あなたとヨコシマの同期合体と比べても桁違いの力を持ってるわ。気持ちはうれしいけど、正直言ってあなたじゃ危険なのよ」
「じゃ、先生たちはどうして戦うんですか?」
それほどの大敵だと言うなら、横島とルシオラも隠れているべきではないのか。京香の無言の問いかけに、ルシオラは淡々と答えた。
「詳しくは言えないけど、私たちはちょっとした因縁があってね。それにアシュタロスを倒せるのは、たぶん私たちだけだから」
「―――私がいたら邪魔ですか?」
「……」
ルシオラは即答できず、口を閉ざした。
邪魔だ、と言ってしまうのが1番簡単なのだろう。しかしそれなら弟子にしたりいろいろ教えたりするべきではなかった。
私も甘いわね、とルシオラはため息をついて、
「しょうがないわね。ただし戦いに連れて行くとは限らないわよ。留守番させるかも知れないけどそれでもいい?」
「はい! 雑巾がけでも何でもしますから!!」
ぱーっと明るくなった声が通話機から返ってくる。
京香も全ての戦いに参加したいなどと我が侭を考えているわけではない。初っ端から部外者通告されたのがつらかっただけで、2人の仲間として役に立てるなら雑巾がけでも留守番でも何でも良かった。ヒャクメが居るくらいだから、戦闘能力がなければ居てはいけないというわけでもないだろうし。
「じゃ、30分くらいしたらまた連絡するから、着替えとか用意しておいてね」
「分かりました。……あの、我が侭言ってすいません」
「そうね。罰として修行の特別コース考えとくから、覚悟しておきなさいね」
「……はい」
途端に返事が尻すぼみになる京香だったが、ルシオラの『しごき』は鬼だから仕方ない事である。
それはともかく、こうして京香もチームに加わることになった。
そのさらに翌日。美神事務所の隣にあるオカルトGメン日本支部に、亜麻色の髪の壮年の女性が訪れていた。美人ではあるが表情は鋭く引き締まっており、人を威圧する雰囲気を全身から放射している。
美神の母にしてオカG対アシュタロス特捜部長、美神美智恵である。
「久しぶりね、西条クン。元気だったかしら?」
「み、美神先生……!? い、生きていらっしゃったんですか? それにどうしてここへ!?」
西条が驚くのも当然、彼女は5年前に死亡しているはずなのだ。それがなぜ事前の連絡もなくここに現れたのか?
「私も今日からICPO付きになって、対アシュタロス特捜部を任される事になったの。今からあなたは私の部下よ、西条クン」
「アシュタロス!? それじゃ、ここ最近の霊的拠点破壊事件は……!!」
美智恵は西条の疑問に答えたわけではないが、もはやそれを追及するどころではなかった。もし魔界の超大物が敵として人界に現れたのなら、とんでもなく深刻な事態である。
「察しがいいわね。ええ、その通りよ。それで令子と連絡を取りたいんだけど、ここの隣の建物でいいのよね?」
まずは娘の身柄を確保すべく、さりげなく西条に訊ねる美智恵。
美智恵の目的はむろんアシュタロスを倒すことだが、それは彼が娘の敵だからである。世界を守ることは重大な任務だが、それだけなら他の人間でも出来ることで、わざわざ危険を冒して時間移動などして来なかっただろう。
「はい。確かにそうですが……」
「どうかしたの?」
何故か口ごもる西条を美智恵が容赦なく追及する。西条は仕方なく、
「いえ、令子ちゃんは1週間くらい前から連絡がつかないんです。携帯電話も通じませんし、事務所に行ったら『しばらく休業します』って看板がかかってまして……」
「な、何ですってーーー!?」
いきなり計画が大崩れした美智恵の悲鳴がオカG執務室に木霊した。
―――つづく。
今回は場面転換が多い上に会話ばっかり……仕方なかったんやー!(ぉ
ではレス返しを。
○遊鬼さん
>今回はなんか「あの」ヒャクメが大活躍ですね
彼女は役立たずがデフォのはずなのにおかしいです(ぉぃ
たぶん彼女を使ってるひとが優秀なのでしょう。
>隠れてる事になった美神さん、果たしてこのまま退場してしまうのか
純粋に作戦を考えればそうなるのが順当なんですが……さてさて。
○てとなみさん
>随分と後遺症があったのでしょうねぇ、美神とか美神とか美神とかw
金銭的にも精神的にも大打撃でした。前回もw
>「あれ?ステンノ&エウってルシの事情知ってたっけ?」みたいに
あうorz
きちんと書いてなくて申し訳ないです。
>親子揃って影薄くなりそうな予感がヒシヒシw
美智恵は影が薄くなってもルシオラ達には会わない方が幸せそうです。
ルシやステンノに「異議は認めません」とか「未熟なあなた方」なんて言おうものならえらいことに(汗)。
>ネタじゃないとすると、エウってこんなキャラ設定だっけ・・・?と思ったので^^;
うーん、行動自体はエウそのものの筈ですが、描写が変でしたでしょうか?
今後の参考に、よろしければどんな違和感があったのか教えて頂けると有り難いです。
>原作再構築もので、アシュ編へ辿り着いてくれましたクロト様に、感謝いたしますm(_ _)m
こちらこそ今後とも宜しくお願いします。
○守山刹那さん
>パーフェクトなのはボディだけじゃないんですね
もう完璧超人です、いつの間にか。
>クロトさん版のアシュ編を楽しみにしています
3姉妹はともかくアシュ本人は簡単に負けないようにしないと<マテ
○ゆんさん
>何故か疲れているが満足そうな横島、何故か肌がつやつやになっているルシエウ
ヒャクメが除け者なのはデフォ、とw
もしくは元気が余ってる様子の横島と息も絶え絶えなルシエウというのも<超マテ
>他サーヴァン○がそれを知って自分もと迫る→修羅場w
1人だけ除け者にされたヒャクメがばらすわけですね。はっきり言っていい気味ですがw
○通りすがりのヘタレさん
>屋外では風邪を引いたり蚊に刺されたりしますよエウ殿(ヲイ
それはそれでまた誘惑のネタに。
>アシュが壊れなのかシリアスなのか、そのあたりがすごく気になっています
実はまだそこまでプロット出来ていなかったりします<マテ
>いつも楽しませてもらっています。このまま最後まで駆け抜けてください。
ここまで来れたのもみなさんがレス書いて下さるおかげですm(_ _)m
○ASさん
>この話はかなり好きなのでぜひ完結させて下さい
はい、ありがとうございます。
今後とも宜しくお願いします。
○HEY2さん
>今の勢いだとこのままフェードアウトした方が彼女の為になりそうな予感がします(汗)
小説のキャラクターとしては死亡通知みたいなものですが(大汗)。
>それに学校は、留年すれば某サーヴァ○トが一人勝ちだ!
キヌ京と同じ学年ですから一緒に勉強とか楽しそうですねぇ。
グレートマザーの制裁から生き残れればの話ですがw
>3人か?! 3人ピーなのかぁ?!
横島、私と代われーーー!(爆)
○わーくんさん
>タイトル変更、アシュ編突入ですか。これからどうなっていくのか楽しみです
とりあえず妙神山での戦いはやりたい放題です(謎)。
>小竜姫さま
次は出番がある……はずですのでorz
>今回『も』美神さんに黙祷
そう言えば美神が特別に儲かる話って書いたことが無いような(汗)。
ではまた。