「日本に来るのも久しぶりね。まったくあのバカ息子、電話1つして来ないんだから」
はるかナルニアから成田空港に降り立った1人の女性が、2年ぶりの日本の空を見上げてふうっと息をついた。手榴弾を持ったハイジャック犯を顔色1つ変えずに叩きのめし、さらには『ファーストクラスを奮発したのに台無しだわ』と運賃の値下げを迫るほどの女傑だが、出来の悪い息子に対する感情は世間一般の母親達と変わりないようだ。
その名を横島百合子という。
その頃、彼女の息子である横島忠夫は妙神山の宿坊の一室で秘密会議の最中だった。
部屋にいるのは彼とルシオラ・小竜姫・ヒャクメ・ステンノ・エウリュアレの6名である。横島の部屋では狭いし、客が来ることもある。というより小竜姫がヒャクメに頼まれて人界にいる4人を集めたのだ。
ちなみにワルキューレはヒャクメが呼ぶのを避けた。理由は簡単、
「ルシオラさんの記憶通り、私にアシュタロス逮捕チームに入れっていう内示が来たわ。で、考えてみたんだけどこれに参加すると私は捕虜というかペットにされてしまうのね。何とか逃げる方法を考えてほしいのよ」
軍人気質バリバリのワルキューレにこんなことを相談する勇気はヒャクメには無かっただけのことである。
『前』は南米でアシュタロスの基地を発見した神魔族混成チームは、彼の妨害霊波によって冥界とのチャンネルを遮断されて惨敗した。ヒャクメはパピリオに気に入られて文字通りのペットにされ、首輪付きで飼われる身となってしまったのである。
この時点で勝てないのは仕方ない。行くこと自体は避けられないから、せめて犠牲者を減らす努力くらいはしよう。しかしそもそも自分は文官だし、死にそうな目に遭った上ペットにされるのは勘弁してほしかった。それに『今回』は横島も逆天号に来ないし、どうなるか分からないのだ。
「そうねえ」
相槌を打ったのはルシオラである。本日の司会は彼女だった。
本来なら招待主であり高位の武神である小竜姫が務めるべき役だったが、彼女は『戦士』であって『戦略家』ではないので得意そうな相手にさっさと譲ったのだ。
ルシオラは何故か赤を基調にした古代中国風の衣装をまとい、水晶のような刃を持つ短剣を手にしていた。
―――この服装に付与された『うっかり属性』が後に最大の敵を自ら招き入れる結果になるとは、神ならぬ身の彼女には知る由もない。
それはともかく、ルシオラは友人の頼みに応えて1つの案を出してやった。自分にも責任がある事だし。
「ヨコシマの《令》《呪》を使えばどこからでも戻って来られるわ。連絡手段がないなら日時を先に決めておくしかないけど……」
『前』の横島とヒャクメは逆天号に囚われたときに通信鬼を使っていたが、ルシオラはそのことには気づいていなかった。
「それならケータイ使えばいいんじゃねーか? 衛星携帯とかだったらどこからでも通じるだろ」
最近の衛星携帯は普通のケータイと同じサイズのものもある。これくらいなら隠し持っていても問題ないだろうから、敗戦のどさくさに紛れてこっそり電話してもらえばいい。
「や、やっぱり横島さんとルシオラさんは頼りになるわ! 私ずっと2人についていくのねー!!」
感激してそう言ったヒャクメだが、抱きついたのは横島に対してである。羨ましい、もとい場をわきまえない行動に小竜姫が鉄槌を下した。
「離れなさいヒャクメ! 今はそんな事をしている場合じゃありません!」
ヒャクメの頭にでっかいタンコブができ、横島の傍からも引き剥がされる。横島自身は決して嫌ではなかったのだが、こういう場合に彼の意志が尊重される事はない。
「うう、小竜姫の嫉妬は乱暴なのね……」
といった呟きも当然のように黙殺され、議事はそのまま継続された。ステンノが軽く手を挙げて発言を求める。
「で、美神はどうするんだい? 放っとくわけにはいかないだろ」
当人もまだ知らないが、エネルギー結晶の保持者である美神はこの戦いにおける最重要人物の1人である。ステンノはルシオラや小竜姫ほど詳しい事情は知らないが、美神を放置しておくのは危険だということくらいは分かる。
それに対するルシオラの返答は明快だった。
「ええ。机妖怪の愛子さんという人が体内に異界空間を持ってるから、そこに隠れててもらうことにするわ。あそこならアシュ様でも見つけられない」
美神がアシュタロスの手に落ちれば全ては終わりだ。なら隠しておけばいい、というごく単純な理屈である。
美神さえ保護しておければ、仮に策を誤って自分達が負けたとしても世界が滅ぼされることはない。アシュタロスの性格からいって、美神をGS本部に暗殺されれば報復として核ジャックでもやりかねないが、発見できないだけなら無意味な破壊活動はしないだろう。
別に負けるつもりはない。勝利できる方策があることは、先日の未来横島と未来ルシオラの来訪が証明している。だからこれは人類にも神魔族にも秘密で『勝手な』行動を取る自分達の、彼らに対する仁義でもあった。
「でも美神さんが素直に言うこと聞いてくれるでしょうか?」
エウリュアレは美神との付き合いは深くないが、こういう話でおとなしく匿われてくれる性格ではない事くらいは理解していた。これは私の問題なのよー!とか言って吶喊しそうな感じではある。
「無理でしょうね。でも彼女のためでもあるんだし、多少強引でも仕方ないわ」
アシュタロスの動向にもよるが、いずれGS本部は美神の暗殺を決定するはずである。横島がいなければ同期合体は使えないので、美智恵といえども『上』を納得させる事はできないだろう。横島を対アシュタロス特捜部に所属させるという選択肢はない以上、美神の方を彼らが手出しできないようにしてやるしかない。
そしてこれはルシオラにも分かっていないのだが、『今回』の流れでは『竜の牙』と『ニーベルンゲンの指輪』が美智恵たちの手に渡らないので、キャメランを倒すことすら危うくなっているのだ。
「そうですね。では、ヒャクメさんに正式な命令が来たら私たちも動き始める、という感じでしょうか」
「そうね、タイミングとしてはそんなところかしら」
それなら遅すぎるという事はあるまい。あまり早すぎるのも問題だが。
「あとこの世界のルシオラさんたち、と言えばいいんでしょうか。この方たちも助けるんでしたよね?」
おそらくもう生まれているであろうこの世界のルシオラ・ベスパ・パピリオの3姉妹をどうするか、それは作戦の方向性そのものにかかわってくる重要な問題である。もっとも答えは分かり切ったことで、念のため、といった程度の質問だったが。
「ええ。小竜姫さまたちと同じように、文珠《伝》で『前』のことを教えれば少なくとも邪魔はしないでくれると思うわ。私たちはアシュ様の本当の望みをかなえようとしてるんだから」
「決戦の場所は南極、でしたね。うまくそちらに移動してくれればいいんですが」
そう言った小竜姫の顔はやや憂色が強かった。
日本国内で正面からアシュタロスと戦ったら周囲にどれだけの被害が出るか知れたものではないし、自分達の行為が露見してしまう。できれば『前』のように南極のアシュタロスの結界の中で勝負したかったが、前提条件が違う以上同じ結果になるとは言い切れない。
「はい。ごめんなさい、私の都合でいろいろ足枷つけてしまって」
アシュタロスは普通に倒すだけ、3姉妹は殺す、という方針なら簡単に済ませる方法もあるのだ。天秤にかかるのが三界すべてである以上、それこそが正しいやり方だと思わなくもない。ルシオラは一瞬美智恵の顔を思い浮かべたが、やはり自分には彼女の真似はできなかった。
「構わないよ。むしろ妹殺すなんて言ったらぶん殴ってるところさ」
「な……なかなか厳しいわね」
割と軽い感じで、でも実はかなり本気っぽいステンノの発言にルシオラは内心で冷や汗を流した。
エウリュアレがくすっと笑って、
「姉さんなりの気遣いですよ。それにルシオラさんの作戦は十分成功を見込めるものだと思いますし、私も賛成です」
「ありがとう、あなたにそう言ってもらえれば安心だわ」
エウリュアレは頭も切れるし、アシュタロスのことも直接知っている。その点で横島や小竜姫の意見より参考になった。
そこへ突然ヒャクメの能天気な声が割り込んだ。
「ところでもう2時なのね。話もまとまったみたいだし、そろそろお昼ご飯が食べたいのね」
「ちょっとヒャクメ、今日はあなたのために来てもらったのに失礼でしょう!」
「分かってるわ、だから今日は私が作るのね。材料はあるんでしょう?」
ヒャクメの意外な反論に小竜姫は少したじろいだ。
「え、ええ……私が作るつもりで用意していましたから。でもあなた、料理なんてできるんですか?」
「酷いのね小竜姫ー。こうなったら神族の調査官の知識のほどを見せつけてあげるのね」
「ではお手伝いしましょうか、6人分は大変でしょうし」
エウリュアレがそう言って立ち上がると、ヒャクメはうれしそうにその手を取った。
「ありがとうなのね。同じ竜族でも小隆起とは違ってやさしいのねー」
その微妙な発音の違いに小隆起、もとい小竜姫が気づかないはずはない。発言内容自体もアレだが。
「ちょっとヒャクメ! あなた喧嘩を売っているんですか!?」
「……なあ、神族ってこんなんばっかりなのか?」
小竜姫とヒャクメがエウリュアレを挟んでじゃれ合っているのを見てステンノがため息をつく。
「俺に聞かれても……」
横島もそう答えるしかなかった。
ヒャクメとエウリュアレが昼食を準備している間、横島と小竜姫は連れ立って修行場の構内を散歩していた。ちなみにルシオラはステンノに拉致されて組み手につき合わされている。
小竜姫は普通に前を見て歩きながら、
「とうとうこのときが来ましたね。次に会うときには戦いは始まっているでしょうけど、覚悟はできていますか?」
思い返せばいろいろな事があった。初対面は美神の修行についてここにきたあの日。そして全ての始まりとなった心眼を授ける儀式。あの頃はまさかこんな日が来るなんて夢にも思っていなかった。
斉天大聖の修行から発覚したルシオラの真実。2人のために精一杯のことをしようと誓った決意。
ごく近い将来、そのすべてに決着がつく。小竜姫はそれを肌で感じていた。その中心になるのは、間違いなく今並んで歩いているこの少年であろう。
しかし返ってきた返事はあまり立派なものではなかった。
「覚悟っスか? そんな立派なモンないですよ。正直言って怖いです」
何しろ相手は圧倒的な力を誇る魔神である。横島もそのために修行してきたとはいえ、いざそれが間近に迫れば不安を感じるのも無理はない。
しかし彼には戦う理由もあった。
「でもほら、ここで逃げたらルシオラに幻滅されるじゃないっスか。いや小竜姫さまにもヒャクメにもワルキューレにもステンノにもエウリュアレにも見放されそうですし。まあ未来の俺も生きてたから何とかなるんじゃないかと」
事務所メンバーはこの作戦のことは知らないから大丈夫だろう―――でも逃げてしまったら、何か人間として大切なものを失くしてしまうような気がする。横島忠夫は横島忠夫でなくなってしまうのではないか?
「しかもですよ小竜姫さま! 逆に俺がカッコよく活躍すればみんな俺に惚れ直すに違いない! むしろこれはチャンス!?」
「横島さん、そういうことは口には出さない方がいいと思いますけど……」
力説する横島を呆然とみつめる小竜姫の唇の端がひきつっているのは気のせいではないだろう。
でも一方では安心もしていた。
(ああ、やっぱり横島さんですね)
世界の運命をかけた戦いにそんなことを考える方がよほど幻滅されそうなものだが、その辺りが彼の魅力なのだろう。そうでなかったら、自分も好きにはならなかっただろうし。
小竜姫自身、アシュタロスは怖かった。仮にも魔界の大公爵の座にある者、本来ならルシオラとの同期合体でも手の届く相手ではない。
ゆえにあえて冥界チャンネルを遮断させ、彼が霊力の大部分をその維持に回したところを攻撃する、という作戦案になっていたが、それほどの相手にたったこれだけの人数で立ち向かうのだから、怖くない筈がなかった。
しかしこうして横島と話していると、真面目に考えて気後れしていたのが馬鹿らしくなってくる。ムードメーカーというのはこういう人間のことを言うのかも知れない。
「でも未来の俺の話だとルシオラにハーレム阻止されてるみたいなんスよ。うまく説得する方法ありませんかね?」
「……そんなこと私に聞かないで下さい」
訂正。やはり買いかぶりだったようだ。
横島とルシオラがアパートに帰ったころには、すでに日も落ちて夕食の支度をするべき時刻になっていた。
「それにしてもヒャクメさんが本当に料理できるなんて思わなかったわ。私もアシュ様のことが終わったら本格的に勉強しようかしら」
『神族の』調査官であるヒャクメが何故に人界の料理に詳しいのかは不明だが、ともかく彼女の料理はルシオラのそれより上だった。男を落とすのは胃袋からとかいう言葉もあるし、やはりおキヌぐらいのレベルにはなりたい。
「あいつは覗きが趣味だからな、それで覚えたんじゃねーか? しかしルシオラ、何にも練習しなくてもメシを美味くする方法はあるぞ」
「え、ホントに?」
「ああ、これだ」
目を輝かせたルシオラに、横島は白いエプロンを差し出した。2人がいつも使っている、何の変哲もないエプロンだ。
「……これをどうするの?」
「うむ、服を全部脱いでこれだけ着けて料理するのだ。で、出来たメシはお前の体の上「寝言は寝てから言いなさいっ!」」
ごんっ!
ルシオラの鉄拳が唸りを上げ、横島の穢れた欲望を打ち砕く。漢の夢がー、などとうわごとを言っているが、当然無視である。
実はルシオラも時々この手の話に乗ってやることもあるのだが、今回はこれで正解だった。
何故なら、
「やれやれ、久しぶりだからって寄り道してたら遅くなっちゃったわね。バカ息子いるかしら」
玄関の前に、ややくせのある髪を腰まで伸ばした中年の女性が現れていたからだ。
グレートマザー、降臨。
―――つづく。
平成9年の時点で普通の携帯電話サイズの衛星携帯があったかどうかは知りませんです。もし無かったならルシの技術でどうにかしたということで勘弁して下さい(ぉぃ
あとルシが将来やらかすうっかりは、ここの本文に非常に小さなヒントがありますが、何なのか分かった方はぼかしておいて頂けるとありがたいです。
○遊鬼さん
>いや、てっきり原作にあった横島君が怪我したりってあると思ってたんですが(笑)
そういう展開も考えてはいたんですが、ここの横島君なら文珠で治せてしまうので没りました(^^;
>出し抜かれ云々の前に彼女に出番を(笑)
>あ、あとタマモと小竜姫さまもヨロシク♪
あう、全ては筆者の不才の致すところで○(_ _○)
○ASさん
>京香が未来のように結婚出来てない状況にはなり難くなりましたよね
ルシもなかなか難しい立場になりました。しかし例外を認めると(以下略)。
>おキヌちゃんの『出し抜かれっ娘』スキルが近々追加ですか。首を長くして待っていたので楽しみです
な、何故ゆえに(汗)。
>ルシオラ…そこまで拒否しなくても……そろそろ仲間が居なくなってきてますよ
むしろ居なくなることこそ望みなんです。
仲間=邪魔者ですから(ぉぃ
○ももさん
>あっさり終わっちゃったけど、現在の横ルシがあの強さなんで仕方ないですかね
タダスケも内心では結構あたふたしてたようですがw
>美神さんも京香ちゃんに出し抜かれてると言っていいのでしょうか。コレ
美神さんはフラグ消滅してるっぽいので無問題です。
>京香ちゃんが「出し抜き」っ子なのでは?
確かにそっちの方が順当かも。素早いですからねぇ。
>そんなにハーレムのない未来が嫌なのか(ぉ
「世界中の女は俺のもんやー!」とか思ってる男ですしw
○ゆんさん
>あの過去京香とあったときの横島とルシオラの心中を思うと涙が
うう、戻ったら幸せにしてやるんだぞタダスケ。
ルシオラsも内心は複雑です。
>未来京香ちゃんのように粘ります!! お願いします!くださいw
まだまだその程度では。
……って何書いてるんでしょ自分○(_ _○)
○貝柱さん
>いろいろと考えて、わりと余裕をもって対処し切ったようですね
そうですねぇ、特にルシは『前』の反省を踏まえて戦略家(?)になってますから。
クモはもう少しあがいた方が良かったような気もしてます。
>バス○ード!?
正解ですー。
横島君にとってのパラダイスを破壊なのです。
○通りすがりのヘタレさん
>未来は過去と連続するが、過去と未来は必ずしも連続しない
この辺り考察してたら知恵熱出そうになりました(嘘)。
>彼の態度に共感
そう思ってくれる方が見えてよかったです。
○HEY2さん
>これだけ自陣が強くなるともう仕方が無いですねえ
横ルシが2組なんて無敵すぎです○(_ _○)
>彼女の将来(横島独立後)が大いに心配になってきちゃいます(汗)
美神も一流ですから大丈夫でしょうけど、荷物持ちの調達が1番の問題かも知れませんw
○わーくんさん
>小竜姫さま
今回はがんばった……のでしょうか??
>タマモさんも出番なし。こっちにはどんな属性がつくのでしょう?
シロと一緒に影薄い(以下略)。
○meoさん
>さすがに京香に説明しないとまずいでしょうから
いや後で説明するくらいなら初めからしてますって、というか傷物って何でせうか傷物ってそれじゃまるで横島君が18禁な行為に(以下削除)。
ではまた。