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「竜神様行状記 その六(GS)」

八之一 (2006-02-22 15:55/2006-02-22 16:19)
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―はじめに―
今回実在する歴史上の人物や事象についての言及が含まれますが、
それらは話の都合により恣意的に改変、解釈がされております。
現実の人物、事象とは異なったものであり、関係の無いものである事をご了承ください。
そういったことが許容し難いという方には回避をお願いいたします。


体勢を崩してがら空きになった小竜姫の背中を凄まじい衝撃が襲う。
小栗の霊の持つ刀が右の肩甲骨から左の脇腹にかけてめり込んだ。

「グ、ガァッ?!!」

幸い小栗の刀が赤錆びていたために切られることはなかったが、
それでもその衝撃に小竜姫の呼吸が止まる。
小栗の霊が途轍もない膂力で刀を振りぬくと小竜姫は
そのままの勢いで床に叩きつけられた。

「…カッ、はっ?!」

肺から空気が搾り出される。
喉の奥から熱い塊がせりあがってきた。
激しく咳き込むと口や鼻から止め処もなく生温かい物が零れ落ちる。
目の前の床にぶちまけられた自らの血に塗れつつ、うめき声をあげる小竜姫。
刀で殴られた背中や床にぶつけた顔や肩が
焼けた火箸でも押し付けられたように感じられていた。

「…う……き…まっ!?」

おキヌの悲鳴が微かに聞こえるが
視界や意識が激しく混乱して状況の把握すらままならない。
しかし、

(と、とにかく…おキヌちゃん…だけでも…!)

そう考えた小竜姫は気力を奮い起こして手足に力を篭める。
身体中が悲鳴を上げるのも構わずに、体勢を立て直すべく無理に身体を動かした。
クラクラとまわる視界。
強烈な吐き気が胸を突き上げる。
そして。

「はうっ?!」

その無理な動きにピキシッ、と何か致命的な音が響いた。
目から激しく火花が散り、首の後が焼き切れるような感覚に襲われる。
糸が切られた操り人形のように、身体から力が抜けた小竜姫は再び床に崩れ落ちた。
肩口から床に倒れ込んだ拍子にゴロリと転がって仰向けになる。
床の岩に傷が触れ、突き抜けるような激しい痛みが五体を襲うが、
小竜姫の身体はそれに反応する事さえ出来ず、微かな呻き声をあげるだけだった。

「…ウ、…アァ…」

指一本動かせないような状態で床に転がって呻吟していると、
ようやく安定し始めた視界に刀を振りかぶった小栗の霊の姿が映しだされた。
小栗の発する殺気がチリチリと小竜姫を刺激する。
意識はその危険に悲鳴を上げて警告を発するが、
それでもやはり身体はまるで反応しないままだった。
小竜姫の意識が諦念に抱きすくめられる。

(あ…、もう…駄目か、な)

霞んだ視界の中で小栗が刀を振り下ろし始めるが、
その速度は超加速に入ったかのように不自然にゆっくりとしていた。
死に直面して意識だけが加速している、所謂走馬灯を見ているような状態なのだろう。
のろのろと、しかし確実に自分の命を奪い取るべく迫ってくる刀を
小竜姫はぼんやりと他人事のように見上げていた。

(…?)

その時、ふと一つの疑問が頭をよぎる。


(今やられたら…どうなるの?)


唐突に頭の片隅を掠めたその問いが小竜姫の意識を瞬く間に支配した。
そしてたった一つの答えに辿りつく。


(……死ぬ?)


その答えが認識された次の瞬間、小竜姫の五体を恐怖が貫いた。

通常の状態の小竜姫であれば、例えここで力尽きたとしても
霊体の一部を切り離したり、固有の霊力パターンを残すことで小竜姫という人格を残すことができる。
それさえ残してあれば後は充分なエネルギーを供給する事で復活する事が可能なのだ。
つまり本来の小竜姫にとって致命傷を負わされる事は死と同義ではないのである。
しかし、霊能力の全てが封じられた現状ではそれは望むべくもない事だった。
今力尽きれば本当に死ぬだけなのである。
頭の中で緊急の警報がかつてなかった大きさで打ち鳴らされた。

(死…ぬ?…消滅…する?)

それは気の遠くなるような年月を生きてきた小竜姫にとっても初めて感じた感覚だった。
自分というものの一切が失われるという生物としての根源的な恐怖。
それは神族として生きている限り、ほとんどありえないことだったのだ。

(二度と…回復できない…。何もかも…終わり?)

かのアシュタロスとの戦いにおいてさえ、
最終的にアシュタロスを打倒できれば回復は可能であるという希望があった。
冥界とのチャンネルを遮断されたことによる霊力の供給ストップし、
更に自分の括られた霊的拠点である妙神山が消滅したという極限状態にもかかわらずである。
しかし今の状態で致死的なダメージを受けたらそれは期待できないのだ。

(…そんなの…嫌…)

ゆっくりと振り下ろされてきた小栗の刀が
小竜姫まで後数十センチという所まで迫っていた。
その事実から生みだされる今まで感じた事のなかった生への執着。

(…嫌…死にたく…ない)

視界の隅で体勢を崩していたおキヌが必死に起きあがり、
小栗の霊を止めようと駆け出そうとしているのが見える。
到底間に合うとも思えないし、また間に合ったところで止められるものではないだろう。
それならこの隙に逃げてくれればいいのに、と
まだほんの少しだけ残っていた頭の冷めていた部分が考えるが、

(嫌…いや…いやあぁ)

すぐにそれも圧倒的な生への渇望に塗りつぶされる。
小竜姫の意識が『死にたくない』という一事に支配され。
背中の傷が発する熱よりも激しい熱さが体の中から湧きあがってきた。

「…ぃや…ぁぁ」

乾きかけた血がこびり付いた唇が動き、周囲の空気を細かく振動させ始める。
刀の先が小竜姫の身体まで後数センチという所まで迫っている。

「ぁああァぁ」

焦点の合わない目が見開かれ、口から漏れる叫びが徐々に強く大きくなっていく。


「アァあアアぁぁあアァあ」


そして刀の先が小竜姫の身体に届いた瞬間。


「あアああアアアあアアああアアアアアッ!!」


小竜姫の喉の最奥から絶叫が迸り、
身体の中から強大な熱が解放される。

強烈な光が洞窟の中に溢れ出した。

視界が真っ白に塗りつぶされていき―――


発光が収まる。
真っ白だった視界が徐々に暗くなっていき、遂には真っ暗になった。
周囲にドクン、ドクンと地鳴りのような激しい音が響いている。
不意にそれが自分の胸の鼓動であることに小竜姫は気がついた。

「…ぅ、ぁ?」

とても遠くから聞こえてくる自分の声に
ようやく小竜姫は自分がまだ生きているのだという事に思い当たった。
慌てて起きあがって状況を確認しようとする。
そのはずみで口から空気が吸い込まれた。
すると空気中の微細な霊力が肺の中に溶け込んでいくのが感じられる。

「っ?!」

久しく感じていなかったその感覚に驚いた小竜姫は慌てて体を起そうとする。
すると身体の中に残っていた僅かな霊力が物凄い勢いで循環しだした。
押し出されるように四肢の先端に行き着いた霊力が消費され、
それによって手足がほんの少しだけ動く。
しかしすぐに霊力が尽きてしまい、力が抜けてしまった。

「う、ひゅうぅうぅ、ふうぅ、ひゅうっ」

慌てて焼けつくようにヒリつく喉に空気を送り込み、空気中の極々僅かな霊力を吸収していく。
すると砂時計の砂のように霊力が小竜姫の中に溜められていくのが感じられた。
それにともない眼球の周りの血管に
ドクンドクンと破裂しそうな勢いで霊力を含んだ血液が流れ込んでいき、
霞がかかっているようだった視覚が徐々に常態を取り戻していく。
そうして取り戻した視覚に天井が映る。
小竜姫は起きあがるべく再び手足を動かそうとした。

「う、ぐあく、うあ、あ」

ギシギシと関節が軋み、手足の重さに愕然とする。
少しでも手足を動かそうとすると、
ほんの少しだけ溜まった霊力が物凄い勢いで消費されてしまうのが実感された。
霊力の補充を求めて呼吸が更に荒くなる。

「ま、さ…か」

鉛のように重い腕を無理矢理持ち上げ、小竜姫は自分の頭を触った。
手がこつん、と堅い突起に当たる。

「…っ?!」

斉天大聖によって封印されたはずの竜神の証である角がそこにあった。

(封印が…解けてる?!)

慌てた小竜姫は無理矢理上体を起こそうとするが、
その動きだけで身体の中に溜まったごく微量な霊力が
見る見るうちに消費されていき、底を尽きかける。
諦めてその場にゴロリと横になると目を閉じて呼吸を整え始めた。

(…霊力が…足りない…。さっきまで…封印状態だったから…空っぽなんだ…)

今の小竜姫の中にある霊力は封印されていた時に
食事によって補給されていた最低ラインの分だけだった。
本来の霊力総量の万分の一にも満たない。
しかし、能力を取り戻した今、香港の時のように角だけになるなり、
身体を動かさずにいるなりすれば数時間後には多少動く事はできるようになるだろう。
そう考えて呼吸を整えようとする小竜姫だったが、

(…おキヌちゃんっ?!小栗さん、は?!)

二人の事を思い出して飛び上がった。
おキヌがどうなっているのかも、
小栗の霊が何故止めを刺さなかったのかも不明である事を思い出したのだ。
慌てて上体を起すと大急ぎで周囲に視線をさまよわせる。
途端に周囲の状況が把握されて小竜姫は愕然となった。

「こ、これ、は…?」

小竜姫の周囲は爆弾でも落とされたかように
床が彼女を中心に円形に抉られていた。
転がっている瓦礫は小竜姫の近くほど細かく粉砕されている。

(私が…やったの?)

その状態は小竜姫から何らかの力が放出された事を示していた。
おそらくは先ほどの生命の危機に際して極限状態に置かれた小竜姫が
斉天大聖にかけられた封印を無理矢理解除してしまった時に
勢い余って霊力を暴走させてしまったのだと推測できた。
その力の暴走が爆発となって床を抉り、小栗の霊も吹き飛ばしてしまったのだろう。
彼の刀によって死を待つだけのはずだった小竜姫が今生きてある事がそれを証明していた。
斉天大聖の封印を勝手に解いてしまったのはかなり拙い事態だったが、
それを圧して生きていることへの喜びが小竜姫の心を支配する。

「…はぁ」

とりあえず小栗の霊の脅威がなくなった事に安心した小竜姫は安堵の溜息を一つつき、
気を取りなおすと周囲に視線を向ける。

「っ!お、キヌ、ちゃんっ?!」

そうして向けた視線の先に壁にもたれて気を失っているおキヌの姿を見つけた。
身体を二つに折り、微動だにしないおキヌの様子に小竜姫は最悪の事態を想像する。

(まさか、さっきの暴発で?!)

真っ青になった小竜姫は折角溜まった霊力が物凄い勢いで消費されていくのも構わずに
必死に床を這っておキヌの傍に近寄っていった。
残りがほとんど空っぽになったところでようやく小竜姫はおキヌのもとに辿りつく。

「おキヌ、ちゃんっ、おキヌちゃんっ!」

必死に声を出そうとするが、かすれたような大きさしか出てこない。
残り少ない霊力を振り絞って腕を伸ばし、肩を掴んで揺さぶると、

「…ぅ…ん」

おキヌが僅かに反応した。
それを見た小竜姫は安堵のあまり、その場に突っ伏してしまった。

「よ、かっ…た……うっ?!」

その時、小竜姫は背後に強烈な霊の気配が生起したのを感じとった。
慌てて振り向く。
するとそこにはズタズタになった小栗の霊の破片が寄り集まって再生しようとしていた。

『ウ、オオアァオォアアァォアアオォォォ』

小栗はギラギラと殺気だった目を小竜姫たちに向けていた。
急速に霊体が元の形を取り戻していく。
先ほどの暴発は、元々霊力がほとんどなくなっていた上に
単に暴発させただけのものだったため、
小栗の霊を四散させただけで打ち倒すには至らなかったらしい。

(くっ、迂闊……なにか、なにか打つ手はっ?!)

小竜姫は焦る。
なんとかおキヌだけでも助けなくては、と必死で打開策を模索する。
しかし焦れば焦るほど思考は空回りして、いい考えは浮かんでこなかった。
とにかく何をするにしても霊力の残量が少なすぎるのだ。
下手をすれば小竜姫自身でさえ霊力枯渇で消滅しかねない状況である。
パーソナリティー保存のために切り離す霊力すら残っていないのだ。
打つ手も見出せないまま小竜姫はおキヌを背後にかばいつつ
絶望的な表情で小栗の霊が回復していくのを見上げていた。

「…うぅ…」

どんどん時間が過ぎていく。
有効な打開策も浮かばず、
とうとう小栗がほとんど元の形を取り戻して動き出したのを見て、
さすがに小竜姫が万策尽きたかと諦めかけた時、
小栗の霊が青白く強張っていた唇を震わせた。


『…ショ、小竜姫様……ナゼ、デス…、ナゼ…』


その言葉を聞いた小竜姫は殺されかけていた事も忘れて呼びかける。

「お、小栗さん?私が、私がわかるのですか?!」

先ほどまでは封印によって擬装されていたためにわからなかったようだが、
竜神としての能力を取り戻した事で小竜姫のことを認識できるようになったのだろう。
小栗が小竜姫のことを思い出してくれれば
戦いを回避できるかもしれない、と考えて一縷の希望を見出した小竜姫は
続けて呼びかけようとした。
しかし。

『ナゼ…アナタモ我々ヲ…』

「小、栗さん?」

小栗の怒気と殺気をはらんだ声に出鼻をくじかれる。
彼の見開かれた白目だけの目から殺気が溢れ出したのを見た小竜姫は思わず後退った。

『我々…カラ…コノ宝物ヲ……、
 アナタモ…奪ウオツモリカアアアァァァッ?!!』

「小栗さんっ!!」

小竜姫の呼びかけも虚しく、
狂乱した小栗はそう咆哮すると凄まじい勢いで襲いかかってきた。
どうやら元々自縛されかかっていたところに爆発のショックが重なって
正常な思考ができなくなってしまっているらしい。
小竜姫を引き裂くべく鉤爪に変化した腕を振り上げる。

(や、やられる――?!)

そう思って小竜姫が身を堅くした瞬間。


ヒュオオオオオオッ、カンッ!


「あ痛っ?!」

小栗の向こうから風を切って飛んできた薄緑色のビー玉のような物が
小竜姫の額に当たって小気味良い音をたてる。
途端にビー玉は甲高い音をたてて淡い光を放ちはしめた。
その光が小竜姫たちを包み込む。


ギャリイイイィィィイイインッ!!


次の瞬間に振り下ろされた小栗の鉤爪が
ビー玉の放つ光にぶつかって耳障りな音を立てた。

『ナ、ナンダ…コノ光ハァッ?!』

攻撃が完全に防がれたのを見た小栗が狼狽した声を上げる。

「こ、これは…文珠?!」

文珠の光が強力な結界になっているのが見て取れた。
涙目になった小竜姫がヒリヒリ痛む額を押さえつつ足元のそれに目をやると、
玉の中に『防』の文字が浮かんでいる。
光り続ける文珠に小竜姫が気を取られていると
小栗の向こうから彼女を呼ぶ声が響いてきた。

「小竜姫様ーっ!」

自分を呼ぶ声にそちらを向くと先刻はぐれた美神たちが通路を駆けてくるのが見えた。
シロだけが少し手前の通路に転がっている。
どうやら先ほど飛んできた文珠はシロがそこから投げつけてきた物であったらしい。
小竜姫たちの危機を見た一行は、シロに『防』と刻んだ文珠を渡して先行させ、
腕力にものを言わせて遠投させたのだ。
素晴らしい肩とコントロールである。
通路に転がっているのは勢い余って転んでしまったのだろう。
すぐに体勢を立て直して立ち上がるとシロも小竜姫たちのほうに向かって走り出す。

「み、美神さん、皆さん!き、気をつけてくださいっ!
 この人は…え?」

駆けつけてくる美神たちに向かって警告を発しようとした小竜姫だったが、
美神たちの後ろにいる人影を見て目を丸くする。

『ショ、小竜姫サマ?』

『小栗ドノ、殿中デゴザルーッ!』

美神たちの後には月代を剃り、和服を着た青白い男たちがついて来ていた。
明らかに小栗と同時代の武家の幽霊である。

「え、ええっ?」

話についていけない小竜姫がオロオロしていると、
脚力にものを言わせて他のメンバーを大きく引き離したシロが
小栗の傍に土煙を上げて到着した。

「そこの御仁!刀を納めるでござるよ!」

そう叫んでシロは鞘に収めたままの八畳敷の束をつきつけた。
文珠の結界に攻撃を阻まれていた小栗はシロの声にそちらに向き直る。

『オ主モ…ココノ宝物ヲッ……ム?オ主……ソノ刀ハ…?』

鬼のような形相でシロを睨み付けた小栗だったが、
シロの突き出した刀を見て動揺した。

『ソ、ソノ刀ハ…権現様ノ?!……娘、汝ハ』

「この刀は拙者がとある方から頂いたものでござる!」

シロの言葉に小栗の敵意がみるみる霧散していく。

『ナント…娘、ソナタハ…武士ナノカ…?』

「いかにも!」

現代において何をもって武士と言うのかはわからないが、
シロは胸を張ってはっきりそう断言した。

『ソ、ソウカ…。…権現様ノ御佩刀ヲ…譲ラレタ者ナラ…間違イアルマイ…』

それを見た小栗はそう言って振り上げていた腕をゆっくり下ろした。
その様子にシロも刀をおろす。

「我々はけして貴公らに害をなしにきたのではござらん。
 そちらの小竜姫様もでござる」

『ソウカ…武士デアル…ソナタノ言葉ナラ…信ジヨウ…』

シロが穏やかにそう言うと小栗の膨れあがっていた身体が
空気の抜けた風船のような音をたてて縮んでしまった。
脇に抱えた頭の目も穏やかな光を取り戻し、溢れ出ていた殺気も霧消してしまう。

(…って、なん、ですかっ、それは…)

あまりの事態の急変に小竜姫は心の中で突っ込みを入れつつも
体力と霊力の限界に意識を暗転させた。
最後に横倒しになっていく視界に入ってきたのは
慌てた様子で近寄ってくる美神たちの姿だった。


「…これ…川家の…宝ねえ…」

呆れたような声がとても遠くから聞こえてくる。
耳に入った音が頭蓋骨の中で反響してガンガンと激しい頭痛をもたらした。

「ぱっと見…そんな大した…には見えないわね」

『ソンナ事ハアリマセンゾ。ココニ保管シテアル物ハ…」

次第に聞こえてくる声が近く、ハッキリしてくる。
それにつれてガンガンという痛みがグワングワンと大きくなり、
同時にそれによって意識が覚醒してきた。

「ぅ、うぅん…」

「あ、小竜姫様が気がついたようでござるよ」

吐き気と眩暈に唸り声を上げるとそれに気付いたシロが声をあげた。
それを聞きつけた美神たちが近付いてくる。

「小竜姫様。どう?大丈夫?」

「あ、美神さ…おっ、小栗さんっ?!」

上体を起こし、美神の方を向いた小竜姫の目に
頭を首の上に乗せ、真っ当な(?)格好をした小栗の姿が飛び込んできた。
慌てて身構える小竜姫だったが、

「落ち着きなさいって」

「むぐっ?!」

立ち上がろうとしたところを美神に抑えつけられて妙な声を上げてしまった。
少しの間眠っていたので多少の霊力は回復していたとはいえ、
未だ本調子には程遠い小竜姫はそのまま押しつぶされてしまう。

「ありゃ、ゴ、ゴメン」

「み、みが、みざ…ん〜」

慌てて謝る床に突っ伏す小竜姫が恨みがましい視線を送っていると、

『小竜姫様…』

「はっ、お、小栗さん?!」

二人でバタバタしていると、小栗が小竜姫の前に膝をついた。

『オ話ハ皆サンカラ伺イマシタ…。誠ニ申シ訳アリマセヌ』

「い、いえ、こうして無事だったのですか、ら……おキヌちゃんっ?!」

神妙な様子で両手をついて謝罪する小栗に慌てる小竜姫だったが、
意識を失う前のことを思い出して悲鳴をあげる。

「みっ、美神さん、おキヌちゃん、おキヌちゃんはっ?!」

そう言って小竜姫は周囲を見まわす。
すぐに背後に横たわっているおキヌを見つけた。

「お、おキヌちゃんっ?!」

「大丈夫よ、落ち着いて小竜姫様。
 気を失ってただけだったし、ちゃんと治療もしといたから」

そう言われて良く見ると緩やかに胸が上下している。
その様子に小竜姫は安堵の溜息をついた。

「良かった…」

「まったく…、あんまり無茶しないで欲しいわね。
 大体ここは霊やなんかは入って来れないんじゃなかったの?
 平気で斬首された人たちの霊がうろうろしてたわよ」

そう言って美神は一緒にいた武家の霊たちを指し示す。
小竜姫と目があうと霊たちはオ久ヒサシブリデゴザイマス、などと口々に言って挨拶してきた。
どの顔もここを作るときに顔見知りになった者たちばかりである。

「み、皆さん…お久しぶりです。
 そ、それにしても、なんで美神さんたちが彼らと一緒にいるんです?」

「ん?小竜姫様たちとはぐれた後に鉢合わせしたのよ。
 で、中の道順を知ってると言うからここまで道案内してもらったの」

「い、いえ、その、そういう事じゃなくて。なんで襲われなかったんです?
 私たちは盗掘者と間違われて攻撃されたのに」

「それはこれのおかげでござる」

そう言ってシロが見せたのは彼女の愛刀、八畳敷だった。

「この刀は来歴不明だったんすけどね、
 どうも徳川家ゆかりの物だったらしいんですよ」

狸からもらった刀が徳川家ゆかりのものってのは出来過ぎな気がしますねえ、と
苦笑しながら説明する横島。

「八畳敷を見てシロがそれを譲られたれっきとした武士だと勘違いされたのね。
 大体これを譲られたのは私たちであってシロだけじゃなかったのに」

その横島の言葉を受けてタマモが皮肉を言うが、

「拙者はれっきとした武士でござるよ。
 それに武家の嘘は武略というものでござる」

本物の武士に武士と認められて舞い上がっていたシロには通じなかった。
軽く流されてタマモのほうが悔しそうにしているあたり、
シロもいろいろ成長しているらしい。

『イヤイヤ、マッコトソノ通リ。
 オカゲデコウシテ無駄ナ戦イヲ避ケラレタノデスカラ。
 ソレニシテモ人狼ガ武士ニナルトハ良イ世ノ中ニナッタヨウデゴザルナア』

「? どういうことよ」

『オ恥ズカシイ話デスガ、我々ノ時代、人狼ハ差別ノ対象ダッタノデスヨ。
 御典医ノ松本殿ガ、撤回サセヨウト奔走シテオラレタガ…』

なにやら沈痛な表情になる霊たち。
どうやらシロも多少の予備知識はあったようでその言葉にトーンが下がってしまった。
重苦くなってしまった空気を振り払うように美神は話題を変える。

「…まあ江戸時代だけが特別素晴らしかったなんてわけないだろうしね。
 それにしてもアンタたちって別にここに自縛されてるわけでもないのに
 なんでこにいるのよ。大体どうして最初に襲いかかってきたの?」

美神の問いに霊たちが頭を掻きながら答える。

『イヤ、面目ゴザラン。
 元々我等ハ将軍家ノ後継者ガココニ宝物ヲ取リニ来タ時ニ
 案内スルタメニ待機シテイタダケダッタノデスガ…』

『実ハ数年前ニコノ辺リガ滅多矢鱈ト掘リ返サレマシテナ。
 ソノ影響デ結界ノ一部ニ微細ナ綻ビガ出来テシマッタノデス』

『ソノ綻ビカラ入ッテ来ル雑霊ヤ悪イ気ニ影響サレテイタヨウデ…。
 イヤ、全ク汗顔ノ至リデゴザル』

「う、それはつまり」

「例の番組のせいってことね。
 掘り返した跡は一応後始末したみたいだけど、
 考えてみれば捜索に霊的なアプローチもしなかったんだから
 霊的な問題が出てるなんてこと、気がつくわけないわよね」

「困ったもんすね〜」

遂に発覚した驚愕の事実!に苦笑する横島だったが、

「…なんとかTV局から賠償金取れないかしら」

「…美神さん」

続けて真剣な目で呟いた美神の言葉に脱力してしまった。
周囲の生温かい視線に慌てた美神はまた話を変える。

「え、いや、その、それはともかく。
 小竜姫様、これ、何とかしておかないと
 そのうちなんかおかしなことになるかも知れないわよ?
 ただでさえ強力なアイテムがゴロゴロしてるんだから」

「え?ええ。そうですね…」

突然話を振られて戸惑う小竜姫。
割れ鐘のようにガンガンと痛む頭で善後策を考える。

「とりあえず…応急処置として…その綻びというのを塞いでおきましょう。
 その上で…私が妙神山に戻ったら…上に報告して、しかるべき処置を施します…」

「そうね。綻びのある場所はわかるんでしょう?」

『エエ、北東ノ通路ニ』

「じゃ、目的の物を回収したらそっちに向かいましょう。
 小栗さん?小竜姫様から借りた道具があるって聞いたんだけど…」

そう言って目を輝かせて小栗に詰め寄る美神に小竜姫は心底安堵する。
あの分なら問題ないだろうと近くの壁によりかかって座り込んだ。
頭痛がますます酷くなっている。
手足を投げ出すと、もうまるで動かす事ができそうになかった。
目蓋がとても重い。
そのままズルズルと再度の眠りに引きずり込まれていく。
意識が完全に暗転する直前、横になっているおキヌの姿が眼に入った。

(お、キヌちゃん…)

チクリと胸が痛んだのを感じながら小竜姫は眠りに落ちていった。


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