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▽レス始

「竜神様行状記 その五(GS)」

八之一 (2006-02-04 23:57)
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―はじめに―
今回実在する歴史上の人物や事象についての言及が含まれますが、
それらは話の都合により恣意的に改変、解釈がされております。
現実の人物、事象とは異なったものであり、関係の無いものである事をご了承ください。
そういったことが許容し難いという方には回避をお願いいたします。


深夜の群馬県に向かう国道を美神の運転するワンボックスが走っていた。
レンタルで借りてきたその車の中には
美神除霊事務所のフルメンバーと小竜姫が乗り込んでいる。

「それにしても徳川家康が竜神の末裔ねえ…。
 なんだかありがちなオカルト漫画みたいなお話よね」

いつもの外車に比べるとお手軽に過ぎるその車をつまらなそうに運転しながら
美神はバックミラー越しに後部座席に座る小竜姫にそう話しかけた。

徳川埋蔵金から思わぬ方向に進んだ小竜姫の話を聞いた美神は
霊感に引っかかるものがあると言って赤城山に行く事を決定すると、
翌日に予定されていた仕事を問答無用で順延し、
閉店間際だった店からから車をレンタルして来たのである。
そして川○浩か藤○弘、かと見紛うような重装備を車の後に放り込み、
事務所のメンバーと小竜姫に自衛隊の隊員が着ているような迷彩服を着せると、
目を爛々と輝かせて群馬県は赤城山を目指して走り出したのだ。

そうやってドタバタと勇んで出立した美神だったが、
一仕事終えたあとの肉体労働に加え、
明け方の殺気だった大型トラックを避けながらの行軍だったために、
疲労で目蓋が重くなってくるのはいかんともしがたく。
眠気覚ましにと後部座席の小竜姫と助手席で地図を広げているおキヌ相手に
大きな声で喋り続けていたのだ。
話題は勿論、徳川家の秘宝に関することだった。

なんでも小竜姫の言う事には、
豊臣秀吉の死後、諸事情があって豊臣家の廃絶を図った神族、魔族は、
先祖の中に人界にやって来た竜神との間に子供をもうけた者がいた徳川家に天下を取らせるべく、
縁のある竜神族に陰ながら合力させたということであり、
その際に色々な霊能アイテムを貸し出したという話だったのである。
上の台詞はそれを聞き終わった美神の感想だった。

「はあ…。でもその程度の神族や魔族などの血を引いている人なんていくらでもいるんですよ。
 特にこの日本では古代においては当たり前のように異種通婚が行われていましたからね」

それを聞いた小竜姫はそう言って苦笑する。
その視線の先には後部座席で珍妙な格好で眠り込む横島の姿があった。
ちなみに彼は仕事に準備にと一番こき使われていたために
車に装備を積み込むとそのまま正体もなく眠り込んでしまっていた。
その上にはシロとタマモが獣状態になって乗せられているために酷くうなされている。
その小竜姫の様子に美神はちょっと複雑な表情をしていたが、すぐに話を変えた。

「で、結局何を徳川家に貸し出したの?
 天下取りに協力するためってくらいだから相当なものでしょう?」

「ええと、そうですね…。主に遠距離用の兵器ですね。
 それから局地的な天気を操る宝玉や、
 大将の身を守るための竜の鱗で作った防具。
 健康と気力の充実をもたらす竜衣もあったと思います。
 あとは治水事業のために川の流れを操る宝珠なども…」

美神に品目を聞かれた小竜姫は記憶を手繰って並べていく。
小竜姫はなんでもないように名前を挙げていくのだが、
そのどれもが尋常でない能力を持つことにさすがの美神も顔色を変えた。

「ちょ、ちょっと、どれも洒落にならないわよ?!
 そんなの持ち出して売ったりしたら今の社会だって大騒ぎになるじゃないの!」

どれも現在の社会であっても多大な利益をもたらすであろう事が間違いのないものばかりである。
万金を積んでも手に入れようとするものはいくらでもいるだろうし、
最悪の場合、それを巡って争いが起こる可能性すらあるようなものだった。
それを美神に指摘された少竜姫は慌てた声を上げる。

「え?そ、そう言えばそうですね。
 そもそも今言った物は竜神族全体の宝物ですから、
 私の一存では処分でき、ま、せん…し…」

「え…それじゃあどうするんです?」

慌てたおキヌが後ろを向いて問いかけると、小竜姫が真っ青な顔でオロオロしている。

「ええと、その…どうしましょう?」

「「「……」」」

一行を乗せたワンボックスが力なく路肩に寄せられる。
点灯したハザードランプの光までなにやら弱々しげに見えた。


とりあえず黙り込んでいても埒があかないと気を取りなおした美神は
近くの国道沿いのコンビニに入り、
そこを空っぽにしそうな勢いで大量の食料を買い込んだ。

「…まあ、腹が減ってはなんとやらって言うしね。
 頭に栄養が回ればなにかいい手を思いつくかもしれないし」

美神がそう言うと一行は駐車場に停めた車の中でそれらを食べ始めた。
瞬く間に空の弁当箱やカップ麺の器、包装のビニールなどが山と積まれていく。
しばらくするとかい込んだ食料のほとんどが食べ尽くされてしまった。
腹いっぱいに食べて満足そうなお気楽師弟コンビと
まだ稲荷寿司を食べているタマモの事はひとまず置いておいて、
缶コーヒーを飲んでいた美神が切り出した。

「…さて、これからどうするの、小竜姫さま?」

「は、は、むぐっ?!」

唐突に話しかけられた小竜姫は
驚いてかぶりついていた中華まんを喉に詰まらせた。
目を白黒させて胸を叩く。

「むっ、むぐむっ、むう〜っ?!」

「しょ、小竜姫様?!こ、これ!」

慌てておキヌが差し出した二リットルのペットボトルのお茶を受け取ると
一緒に差し出されたコップには見向きもせずに豪快にラッパで流し込む。
ゴボリゴボリと派手な音をたててお茶がなくなっていった。
封を開けたばかりのペットボトルが半分空になったあたりで小竜姫はようやく口を容器から離す。

「ぷはあっ、はぁ、はぁ…。す、すみません」

「…大丈夫?」

「え、ええ、大丈夫です。…それでその、なんでしょう」

呼吸を荒げつつもそう問いかけてくる小竜姫に美神も話を元に戻す。

「あ、そうね。その、これからどうする?
 さすがに竜神族の宝物に手を出すってのは無理よ。リスクが大きすぎるし。
 と言って今まで通りという訳にもいかないし」

そう言って困った顔で考え込む美神だったが、
それを見た小竜姫は恐る恐るといった表情で切り出した。

「あっ、あのっ、一つ思い出した事があるんですが…」

「ん?なに?」

「そ、その…竜神族の宝物を赤城山に隠した時に
 私自身が個人的に貸し出した霊能アイテムがあるはずなんです。
 それを回収してお金に替えればどうかと思うのですが…」

「そんなものがあるんですか?」

それを聞いたおキヌが表情を明るくする。
その様子に小竜姫もやや気を取りなおした。

「ええ。それなら私の所有物ですから持ち出しても問題もないと思うんです。
 多分それなりのお金にはなると思いますし」

「個人的にって…、そんな事して大丈夫だったの?」

美神のもっともな疑問に小竜姫はちょっと困ったような顔で答える。

「本当はいけなかったんですけどね。
 私は所謂人間が考えるような神ではありませんから、
 どうしても感情的になってしまう事があるんです。
 メドーサがGS協会乗っ取りを画策した時に
 横島さんに心眼を授けたようなものですね」

「感情的って」

「幕末の頃、私は妙神山に常駐する竜神として幕府からは特別な会釈を受けていましたが
 その立場を差し引いてもあの騒乱は詐欺行為に見えたんです。
 ただでさえ諸外国との摩擦が増えて難しくなっていた時期に
 明らかに平地に乱を起こす類のものだと」

最初は懐かしいものを見るような表情をして話していた小竜姫だったが、
話していくうちに徐々に語勢が強くなっていく。
明かに怒気をはらみ出した小竜姫に美神たちは弱冠引き気味になっていった。

「か、過激なこと言いますね」

「ちょ、ちょっと偏ってない?」

腰が引けたおキヌと美神がかけた言葉は火に油を注ぐようなものだった。
小竜姫の怒気が更に膨れあがる。

「いいえっ、テロリズムによって社会不安を醸成し、
 密貿易などで得た不当な財力を背景に世論を作り上げるなど言語道断ですっ!
 挙句、既に俗世から隔離された権威であった……
 あ、いや、今は関係ないですね、こんな話。す、すみません」

ますます過激に偏っていく小竜姫だったが、
話についていけない横島やシロ、タマモまでもが
完全に怖気づいている様子に気付いて冷静さを取り戻した。
苦笑しながら穏やかな声音で話を元に戻す。

「とにかく明治新政府の側にどうしても信用が置けなかった私は
 彼らに竜神族が貸し出した宝物を奪われないようにしたいという幕府高官の希望を容れて、
 それらを赤城山に隠す手伝いをしたんです。
 その際に幾つかの手持ちのアイテムを貸し出したんです」

「そんな大事を勝手に?問題にならなかったの?」

「いえ、ちゃんと上の意向も確認しましたよ。
 とりあえず世情が落ち着くまでは両者に手出しできないようにしておくように、との事でした」

あれらを使用したら混乱を助長しかねないと言う判断だったんです、と
やや不満そうに言う小竜姫。

「それで現代までそのままになっていたのですか?」

「ええ、騒ぎが収まってからそれらをどうするか判断している間に
 神界では人界に過度の干渉をする事は控える、という風潮が強くなってしまいまして。
 人には手出しできないところにある、という事もありましたので、
 それらの宝物はそのままお蔵入りになっていたんです」

「ふうん。しかしそんな大層なものを今まで放置していたってのも
 随分無責任な話ねえ」

「…そうですね。ただ、万が一、何らかの大事がおこった際には
 それらを利用してもらおう、と言う考えもあったんです。
 今では神界の宝物を人界に貸し出すのは途轍もない手間暇がかかりますから、
 有事の際に間にあわない事が考えられますからね」

もっとももう旧式の武器などは
大して役にもたたないでしょうが、と苦笑いして言うと話をもとに戻す。

「そういうことで私は上層部の意向も受けて宝物を隠す計画に手を貸しました。
 それで実行に際して責任者であった小栗又一さん…
 忠順と言ったほうが通りが良いでしょうか、
 彼に幾つかの土木作業に使えそうな霊的な武具や道具をいくつか貸し出したんです」

「へ?お、小栗ってもしかしてあの小栗上野介のこと?!」

教科書に出てくるような歴史上の人物の名前に美神が目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
しかし、小竜姫にしてみれば顔見知りの話なので美神が何に驚いているのかよくわからないらしく、
怪訝な顔をしながらもそのまま話を続ける。

「え?あ、はい。その小栗さんです。
 その後、小栗さんは亡くなり騒ぎもおさまりましたが、
 それらの品物が表に出たという形跡がなかったので
 おそらくは赤城山に宝物と一緒にそれらも隠したのではないかと思うのですが」

「で、それを回収しようっていうのね…。
 ちょっと確実性に欠けるけど…まあ、しかたないか。
 そ、それにしても最初は日本の国家予算レベルの話だったのに…」

どんどん小さくなっていく話に美神が涙を流していると、
ようやく稲荷寿司を食べ終わったタマモが後部座席から声をかけてきた。

「…ねえ、美神さん、オグリって誰?」

「ん?幕末の政治家よ。徳川幕府側の。
 物凄い有能な人だったらしいけど、
 明治政府の軍隊が関東に攻めてきた時、主戦論を唱えて罷免されたの。
 で、自分の領地に隠遁したんだけど、すぐに新政府に濡れ衣を着せられて殺されたのよね」

「その人が幕府が潰れる時の勘定奉行、今の財務大臣ね、だったのね。
 で、新政府軍が江戸城を占領した時にお城の蔵の中が空っぽだったものだから
 この人が幕府がため込んだ財宝をどこかに隠したんじゃないか、って話ができたのよ」

前の座席の二人がそう説明すると、

「ふぅん、なるほどね。
 で、その埋蔵金って話はデマで、
 その人がホントに隠した霊能アイテムは強すぎてお金にならないから
 一緒にあるはずの個人所有のアイテムを探すと…。
 あんまり儲けにならなそうね?」

タマモの身もふたも無い言葉に美神はビキッと固まってしまった。
カタカタと震え出す美神から溢れ出す殺気じみた怒気に怖気づきながらも
横島がフォローを試みる。

「あ、あの美神さん?その、あんまり怒っちゃ駄目っすよ?」

「…なんで私が怒らなくちゃいけないのよ」

そう言う美神のこめかみには血管が浮き上がっており、
説得力の無い事おびただしい。

「い、いや、その、小竜姫様も悪気があったわけではないんですし、
 まったくお金にならないと決まったわけでは」

それでも横島がおどおどとしながらもフォローを続けると、
美神はそちらに向き直る。

「…どういう意味よ。いい、横島クン、良く考えてみなさい。
 確かに金額的には大した事ないかもしれないけど、
 この情報や成り行きをテレビ局なり出版社なりに持ち込んだらどうなると思うの?
 あれだけの視聴率を誇った番組の決定的な結末!相当な利益が見込めるわ!
 上手くすれば夢の印税生活も…!」

と、どこまで本気か分からないようなことを自分に言い聞かせるように言ってヒートアップする。
口元には乾いた笑いがこびりつき、目が虚ろになっているあたり、
意外と竜族の秘宝に大きな期待を寄せていたのかもしれない。

「も、もうそんな必要ないくらい稼いでるじゃないですか」

「ふ、ふふふ…おキヌちゃん。お金はね、いくらあっても困らないのよ…」

そんな美神の様子に冷や汗をかいていたおキヌが
なんとか宥めようとしたがまるで効果がなかった。
焦点の合わない眼で虚ろに笑い続ける美神。
その二人のやり取りに小竜姫がおずおずと口を挟んだ。

「あ、あの、私にも立場というものがありまして…。
 できればあんまり口外しないでくれると有難いんですが…あの、聞いてます?」

哀願するような声音で美神に呼びかける小竜姫だったが、

「…聞いてるわけないじゃない」

「お金が絡んだ美神殿にそんな分別を期待してはいかんでござるよ」

横の二人に冷静な声で突っ込まれてガックリとうなだれる。

「うう…、わかってはいたんですが…」

しかし美神はそんな後部座席のやり取りもどこ吹く風で、

「さあっ!行くわよ、小竜姫様!皆で幸せになりましょーっ?!」

美神は調子の外れた声でそう叫ぶ。
危ない笑みを浮かべてコンビニの駐車場から勢いよく車を出すと
アクセルをベタ踏みにして急加速させ始めた。

「「「「「ひぎゃあああああああああっ?!」」」」」

たちまち車内は阿鼻叫喚の地獄と化してしまった。

「ほーっほっほっほっほーっ?!」

一行を乗せたワンボックスは美神の高笑いと他のメンバーの悲鳴を
ドップラー効果を効かせた状態で響かせつつ
一路、赤城山を目指して爆走していくのだった。


何故か無事故で目的地に着いた一行は
崩れた装備に埋まっていた後部座席の横島たちを掘り起こすと、
それぞれ装備を持って山の中に入っていった。
相当山の深いところにあるのだろうと覚悟していた事務所の面々だったが、
案に相違してハイキングコースのような道を半時間も歩くと
先導していた小竜姫が立ち止まる。
そこから少し道を外れたところに入っていき、
開けた場所に出るとその先の斜面を指差した。
所々に例の番組で掘り返した跡が見えるが、それ以外はなんの変哲もない場所である。

「ここ、なんですか?」

あまりに呆気なく辿り着いたために拍子抜けした様子でおキヌがそう訊ねる。
すると小竜姫は、

「はい。ここです」

ときっぱりと断言した。
そこで美神はリュックから霊視ゴーグルを取り出して
小竜姫が指差した方向に向ける。
しかしゴーグルで狭められた視界にはなんの異常も見られなかった。

「…別に空間が歪んでるわけでもないようだけど?」

そう聞かれた小竜姫は顔を上げて太陽の位置を確認する。

「ええ、今はまだなにもありませんが…、
 ええと、そうですね、大体…一時間くらい待って下さい。
 一日に二度、数分の間だけ向こうとこちらをつなぐ事ができる時間があるんです」

「それ以外の時間は普通の空間と変わらないってことか。
 随分凝った造りねえ。
 でも良く気付かれなかったわね、全然山奥って感じじゃないのに」

「まあ、普通の人には見ることも出来ませんし、
 万が一ここに気付いた霊能者がいても入り口を開く事は難しいでしょうからね。
 そうそう問題はおこらないと思いますよ」

「まあそうよね。…じゃあその時間まで休憩にしましょうか」

美神がそう言って腰を下ろすと他のメンバーもそれに倣って荷を下ろして座り込む。
小竜姫は腰を下ろした横島の後ろに回ると彼が背負ったリュックから
○塚製薬のブロック型バランス栄養食を取り出してぽりぽりと齧り出した。
横島が背負った途轍もない大きさのリュックには
赤みがかった黄色い箱がビッシリと詰め込まれている。
シロと小竜姫自身のリュックにもそれぞれの体力に合わせた量の箱が詰め込まれていた。
結局これがもっとも効率がよかったらしい。
静かな朝の山にぽりぽりという音だけが響き続けた。


「来たっ!空間が歪み出したでござる!」

小一時間ほどもそうして待っていると
霊視ゴーグルを着けて待機していたシロの目に
小竜姫が指し示したあたりの空間が僅かに歪むのが見えた。
それをシロが皆に報せると皆一斉に立ちあがり、装備を担ぎなおす。

「それでは道を開きますね。皆さん、ちょっと離れていてください」

小竜姫はそう言って一同を下がらせると空間の歪みの前に立ち、
呼吸を整えて手指で複雑な印を次々に組み始めた。
それにあわせて美神でさえ聞いた事のないような異様な言語が
小竜姫の口から漏れ出してくる。
するとそれにしたがってそれまで何もなかった空間が渦を巻くように歪んでいき、
ついには斜面に人一人が通れるくらいの穴が開いた。
穴の中は薄暗い洞窟なっている。

「なんだか拙者の故郷のようでござるな」

その洞窟と空間の穴を見たシロが至極もっともな感想を述べた。

「似たようなものでしょうね。中は随分違うみたいだけど」

中を覗きこんだ美神が答える。

「じゃあ行きましょうか。ここからは私も大まかな構造しか把握してませんから
 あまり気を抜かないでくださいね」

そう言って小竜姫は一同の先頭に立って洞窟の中に足を踏み入れていった。


ウネウネと曲がりくねった洞窟の中をゆっくり進んでいく一行。
中は多少足場は悪いが意外と整えられた通路になっており、
いたるところで枝分かれしていた。
そんな中を小竜姫は頭の中の地図を思い起こしながら進んでいく。
美神は分岐ごとに印をつけていくが、それも結構な数になってきた。

「よくこんな何の特徴もない洞窟の順路を覚えてるわね、小竜姫様」

「記憶の方は封じられていませんからね。
 と言っても私も正しい道順しか把握していないのですが」

「一度外れたら大変ってことか…。間違えないでよ」

そんな事を言い合っていると後からおキヌが不安そうな声を上げる。

「普通の洞窟みたいですね…。
 大丈夫なんですか?何か悪霊とか妖怪とかの棲家になっているというような事は…」

その声に答えようと小竜姫は振り向いた。

「それは大丈夫ですよ。結界のほうはキッチリ張りましたから。
 ちょっとやそっとの霊や妖怪では外部から入って来ることは…ひゃあっ?!」

「しょ、小竜姫様?!」

床の岩に足をとられて転んでしまったようだ。

「だ、大丈夫ですか、小竜姫様?」

倒れ込んで唸っている小竜姫を見たおキヌは心霊治療を施すべく慌てて小竜姫に近付き、傍にしゃがみ込む。
すると。

「っ?!」

ビシッという乾いた音が響き、小竜姫とおキヌのいるあたりの床に亀裂が走った。
狼狽してあたりを見まわした二人は慌てて立ちあがり、そこから離れようとするが、

「「きゃあああああっ?!」」

それより速く床がガラガラと崩れ落ちる。
ポッカリと床にあいた穴の中におキヌと小竜姫は落ちていってしまった。


「おキヌちゃん!」

「小竜姫さま?!」

慌てて二人の落ちた穴に近寄ろうとする美神たちだったが、

「うわっ?!」

物凄い勢いで穴の上から岩が転がり落ちてくるために近付く事ができない。
その後も穴の周囲の岩が少しづつ崩れ落ちていく。

「な、なんすか、これ?!」

「もしかしたら例のテレビ番組の時に派手に掘り返されたせいで地盤が緩んでたんじゃ…!」

慌てて聞いてくる横島に美神は歯噛みしながら答える。

「え、でもここは現実の空間とは関係ないんじゃ」

「いくら異空間とは言ってもそれだけで独立して存在しているわけではないの。
 ある程度は現実世界の影響も受けるのよ。
 多分例の番組でこのあたり一帯を無茶苦茶に掘り返したもんだから
 異世界であるこちらにも影響があって崩れちゃったんだわ!」

「…って大事じゃないですかっ、どうするんです?!」

「い、急いで助けに行くでござる!」

「言われなくとも!行くわよ横島クン、ロープを出して!」

意を決した美神が横島に指示を出す。
言われた横島は慌てて機材を取り出そうとするが、

「は、はいっ!…って、美神さん、前っ!!」

「えっ?!」

通路に開いた穴から目を離し、横島の指差す方向に目を向けると、


グルアアアアァァァッ!!!


ざんばら髪でボロボロの和服をまとった怨霊が
奇声を発して襲いかかってくるところだった。

「しょ、小竜姫ィィィッ、何が大丈夫なのよ―っ?!」

そう叫んで振り下ろされた怨霊の腕を間一髪でかわし、体勢を立て直す。
その途端に背後にいた横島が悲鳴を上げるのが聞こえた。

「うひーっ!なんじゃ、こいつらーっ?!」

それを聞いて慌てて振りかえると同じような怨霊が数体後ろから迫ってきていた。

「くっ、しかたない、やるわよ、皆!」

「は、はい!」

「了ー解」

「任せるでござる!」

そう言って美神たちはそれぞれの得物を取り出し、迫ってくる怨霊たちと対峙する。

「なんの未練があって迷っているのか知らないけれど…
 このGS美神令子が極楽へいかせてあげるわッ!」

そう大見得を切ると美神は神通棍に霊力を込めた。
激しく発光した神通棍が鞭状に変化する。
それにあわせて横島は美神をサポートすべく各種除霊道具を準備し、
タマモは狐火をいつでも放てるように妖力を高めていった。
そして。

「古来より武家に怨霊なしと言うのに迷って出るとは武士の風上にも置けぬ輩!
 拙者がその性根を叩きなおしてくれるでござる!」

シロは愛刀『八畳敷』を引き抜くと怨霊たちに向かって駆け出した―――


「あいたたた…。大丈夫ですか、おキヌちゃん」

土煙が立ち込める中、瓦礫の中から小竜姫が頭を上げて訊ねた。
近くで目を回していたおキヌもそれに答えて身を起こす。

「は、はひ〜。だいじょうぶれす〜」

「こ、こんなところに穴が開いてるなんて…。不覚でした」

周囲を確認した小竜姫は自分たちが落ちてきた天井を見上げてそう呟いた。
それを聞いたおキヌが思わず問い質してしまう。

「き、キッチリ監督したんじゃなかったんですか〜?」

「うっ…、そっ、その私が見たのは主に外部との断絶のための仕掛けの方で…。
 その…ごめんなさい」

おキヌに突っ込まれた小竜姫はガックリとうなだれてしまった。
その様子にさすがに言いすぎたかと反省したおキヌは慌てて取り繕う。

「い、いえ、知らなかったんだから仕方ないですよね。
 私のほうこそすみません。取り乱しちゃって言いすぎました。
 それよりこれからどうしましょう。
 こういう場合はなるべく動かないほうがいいって…ひゃあっ?!」

おキヌがそう言った途端に頭上からこぶし大の岩が崩れ落ちてきた。
小竜姫の足元に物凄い音を立ててめり込む。

「「…」」

それを見た二人は慌ててその場を離れる。
するとそれまで二人が立っていたあたりに次々と岩が落ちてきた。
おキヌと小竜姫は顔を見合わせる。

「そ、そうですね…。でもここにいたら危ないみたいですし…」

頬を引きつらせて囁く小竜姫。
おキヌもそれに積極的に同意する。

「と、とりあえずここからは離れた方がいいですよね…。
 このあたりを慎重に探ってみましょうか。もしかしたら元の場所に戻れるかも」

「ええ。落ちてきた感じではさっきの所からそう離れた訳じゃないと思いますし」

「じゃ、じゃあ行って見ましょう」

「は、はい」

そう言いあうと二人はそこからおっかなびっくりといった風情で歩き出した。


二人が特に大した問題にも出会わずに洞窟の中を歩いて行くと
しばらくしたところで唐突に開けた場所に出る。

「…あれ、なんだかとても重要っぽいですねえ」

「た、多分、目的の場所じゃないかと思うんですが…」

その場所はかなり天井が高くなっており、
壁にはしっかりした造りの巨大な門が造り付けられていた。
二人は恐々といった様子でその門に近付いていく。

「…」

「…」

門扉を見上げて黙り込む二人。
やがてどちらからともなく顔を見合わせると困ったような笑顔を浮かべる。

「…開けて…みますか?」

しばらく躊躇った後に小竜姫は思いきったように提案した。

「だ、大丈夫ですよね。ここまでも何もなかったんですから」

小竜姫に聞かれておキヌも同意する。
ここまで来る間は罠もなかったし、敵にも出会わなかったため
大丈夫だろうと判断したからなのだが、
よく考えればそれが最終的な目的地であるこの門の中でも同じだとは限らない。
しかし、自分の張った結界の中に
悪霊や妖怪が入り込めるはずがないと確信していた事もあり、
また、役に立ってみせたいという切実な望みもあって、
真っ当な判断ができなくなっていた小竜姫はおキヌの言葉に納得してしまった。

「そ、そうですよね。ここまで来て何もしない訳にも…。
 じゃ、じゃあ、開けますよ」

おキヌはおキヌで小竜姫に対するやや過度な信頼と、
暗い場所での長時間に渡る極度の緊張で神経が磨耗していたために、

「は、はい」

あっさり同意してしまった。

「それじゃあ行きますよ、せーの」

と、息を合わせて二人で門扉を押すと
ギ、ギギイィイィィイィイィィッ、と錆びた蝶番が耳障りな音をたてる。
門扉が人一人通れるくらいに開き、真っ暗な室内が視界に入った。
小竜姫は手にしていた懐中電灯を掲げて室内を照らしだす。
電灯の光に室内に置かれた大小様々な品物が浮かび上がった。
それを見た小竜姫は歓喜の声を上げる。

「あ、あれです!間違いありません。あれが…うっ?」

「え、どうしたんです…ひゃあっ?!」

突然小竜姫は表情を変えるとおキヌを突き飛ばし、自らも横っ飛びに床に転がった。
二人がその場を離れると、ゴウッ、っという凄まじい風を切る音が響き渡り、
一瞬前まで二人が立っていたあたりの空間が切り裂かれ、床が激しく砕け散った。

「あぁっ?!しょ、小竜姫さま?!なっ、何が…」

「わ、わかりません…えっ?!」

ジャリ、ジャリ、という足音が響き、扉の向こうからぼんやりと青白く光る人影が近寄ってきた。
ボロボロの裃を着て赤錆びた刃こぼれだらけの日本刀を手にしてたその人影には首から上が無く、
左脇に切り落とされたと思しい、ざんばらになった頭部を抱えている。

「な、中には悪霊は入れないんじゃなかったんで…小竜姫さま?」

明らかに悪霊にしか見えないその人影に狼狽しながらも
死霊使いの笛を準備したおキヌが小竜姫の方を見ると、
彼女は何か信じられないものでも見たような顔をして人影を見つめて硬直していた。

「…ど、どう…して…」

その間にもジリジリと悪霊は近づいてくるが、
小竜姫は何かに魅入られたように突っ立っている。

「しょっ、小竜姫さまっ?!」

堪らずおキヌが大声で呼びかけると、
ハッと我にかえった小竜姫が悪霊に向かって叫んだ。


「どうしてこんなところにいるんですか、小栗さんっ?!!」


二人の前に現れた武家の霊は
所領の上州倉渕村の烏川の河原で非業の死を遂げた小栗上野介のものだった。
小栗はズルズルと足を引きずりながら近付いてくると
切り落とされた首の口を動かして声を出す。

『カハア…。ココハ…徳川家ノ…管理スル…場所。関ワリノナイ者ハ…立チ去レ…』

底光りする白目からは殺気が溢れだし、
口や鼻からは妖気が白い煙のように漏れ出している。

我に返った小竜姫は小栗の霊に向かって呼びかけた。

「小栗さん?私が分からないんですか?!
 小竜姫です!妙神山の小竜姫です!!」

その名前を聞いた小栗は一瞬ピクリと反応するが、

『…嘘ヲ…ツクナ…。小竜姫様…ハ、竜神、ダ。汝ノヨウナ…人間デハ…ナイ。
 コノ騙リノ…盗人メ。成敗シテ…クレヨウッ!』

そう言ってゆっくりと赤錆びた日本刀を振り上げる。

「な、何故です?
 あなたのような立派な三河武士がなんでこんなところで迷っているんです?!」

「小竜姫さまっ!」

必死に言い募って攻撃を避けることも忘れている小竜姫を
今度はおキヌが突き飛ばした。
それまでの緩慢な動きからは信じられないほどのスピードで日本刀が振り下ろされ、小竜姫の立っていたところを通過する。
ガキン、と床の岩が砕け散った。

『コノ…宝物ハ…徳川ト…ソノ人民ノタメノモノ…。
 汝ラニハ…汝ラ薩長ノ狗ニハ渡サヌッ!!』

そう叫んだ小栗の霊は、突き飛ばされて転んだ小竜姫との間合いを詰めると刀を振り下ろした。

「くっ?!」

小竜姫は床を転げまわってその攻撃を避けていくが、
狭い洞窟の中のことで逃げ回る場所にも限りがあり、
次々と繰り出される攻撃に次第に追い詰められてしまう。
そして。

「し、しまっ?!」

疲れを知らない霊の続けざまの攻撃を紙一重でかわしたものの、
その拍子に壁際に追い詰められた小竜姫。
すかさず間合いを詰めた小栗が錆びた刀を振りかぶった。

『覚悟ッ!』

「小竜姫さまっ!!」

ピュリリリリリリッ!

逃げ場のなくなった小竜姫に
小栗の霊が大きく振りかぶった刀を振り下ろそうとした瞬間、
洞窟の中に澄んだ笛の音が響き渡る。
おキヌの死霊使いの笛の音であった。
その音を聞いた途端に小栗の霊の動きが何かに絡め捕られたように緩慢になる。
その隙に立ちあがった小竜姫はその横をすり抜けると距離を取った。

「あ、ありがとう、おキヌちゃん」

「プハッ、…だ、大丈夫ですか、小竜姫さま。
 それにあの人はなんなんです?」

「か、彼は、ここを作った人です。だからここに入る方法も知っていたんです!」

「そ、そんな…あ、危ない!」

笛の音が止まった事で再び動けるようになった小栗の霊が間合いを詰めてくる。
おキヌは慌てて笛を吹き直そうとするが、

『…小賢シイワアァッ!!』

小栗の霊が放った裂帛の気合がその効果を打ち消してしまった。

「きゃあっ?!」

更にその勢いで体勢を崩してしまう。
それを見た小栗は先におキヌを片付けるべく
そちらに向かって間合いを詰めようとした。

「おキヌちゃん!」

慌てて小竜姫はその間に割って入る。
小栗の霊に飛びついて斬撃を止めようとするが、

「?!」

霊能力を完全に封じられていた小竜姫の身体は
小栗の霊体をなんの抵抗もなくすりぬけてしまった。
かろうじて振り下ろそうとした小栗の刀には実体があったため、
その束に小竜姫の身体が当たって軌道が逸れ、おキヌには当たらなかったが、
そうしてすりぬけてたたらを踏んだ小竜姫を小栗の霊が見逃すはずもなく、

『オノレエエエエェェェッ!!』

振り向き様にその背中に刀を叩きつける。

「うぁっ、がっ?!!」

小栗の赤錆びた刀はとても切ることができるような代物ではなかったが、
それでも鉄の棒で思い切り殴られたのだから堪らない。
濡れた雑巾が床に叩きつけられるような音を立てて床に叩きつけられた小竜姫は
そのままピクリとも動かなくなってしまった。

「小竜姫さまっ!」

体勢を崩していたおキヌは悲鳴を上げて立ちあがり、駆け寄ろうとするが、
それより早く小栗は再び小竜姫に向けて刀を振り下ろす。

(間に合わない――?!)

小栗の振り下ろす刀が小竜姫に叩きつけられようとしたその瞬間。

「…ぁァアぁアぁあァあああァアアアッ?!」

倒れ込んだままの小竜姫が振り絞るような叫び声を上げるのが聞こえ。

刀が小竜姫に叩きつけられる。

爆発が起こるのが見え。

おキヌの視界が激しく揺れて


視界が真っ白に塗りつぶされ


一際強い衝撃を背中に感じて


(小、りゅうき…さ、ま…)


おキヌは意識を失った―――


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