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「竜神様行状記 その四(GS)」

八之一 (2006-01-20 16:06/2006-01-20 16:48)
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「食べる事でしか補給できないってどういう事よ、ヒャクメ」

新しく並べられた料理を一心不乱に食べ続ける小竜姫の目を盗み、
味付けの濃そうなおかずを確保していくヒャクメの首根っこを捕まえた美神は
目を据わらせてそう問い詰める。
しかしヒャクメはまったく動じず、

「ん?言った通りなのね。今の小竜姫は霊能力を根こそぎ封じられているから、
 人と同じように食べ物を消化吸収することでしか
 エネルギーを補給することができないのねー」

なんでもない事のように説明した。
それを聞いた美神は思い当たる事があったようで掴んでいた手を放して呟く。

「…そうか。霊的存在が普段自然にやっている
 天地に存在する霊力を吸収する事までできなくなってるってことね」

人間を遥かに超える力を持つ神族や魔族に代表される霊的存在たちは
その能力の強大さ故に消費するエネルギーも桁違いになる。
本来であればそのエネルギーを得る方法として、
所謂霞を食う、つまり大地や空気中に希薄にではあるが含まれる
霊力を吸収することで賄っているのだが、
霊能力を封じられ、人間と同じ能力しか持たない今の小竜姫にはそれができない。
人間と同様に、活動し存在を維持するためには
何かを食べて消化吸収しなくてはならなくなっているのだ。

考え込んでしまった美神を尻目に、ヒャクメは戸棚の中を物色しだした。

「お、これなんか良いのねー。あ、これも。いい仕事してるのね―」

相好を崩して酒瓶の林立する戸棚の奥からめぼしい酒を取り出していく。
心眼を駆使して見た目や値段に関係なく良い酒をしっかり選んでいるあたりは
抜け目がないと言うか、能力の無駄遣いと言うか、
どちらにしてもいかにもヒャクメらしいと言えるかも知れない。

「でもそれならこの食べっぷりはおかしくない?
 本当に人間並になってるならこんなには食べられなでしょ?」

そんなヒャクメの様子にも気付かずに考え込んでいた美神はそう問いかける。
その視線の先には巨大な土鍋にたっぷりと作られた雑炊を
一人で片付けてしまったにもかかわらず、
更に並べられた料理を食べ続けている小竜姫の姿があった。
それに対してヒャクメはあくまでお気楽な表情で、

「ああ、それは簡単。小竜姫は本当の人間になったわけじゃないの。
 封印して人間並の力しか出せなくなってるだけなのねー」

そう言いながら無造作に酒瓶の封を切ると
ダバダバと大振りのグラスに酒を注いでいく。

「…で?」

「今の小竜姫は単に冬眠しているような状態なの。
 本来の消費量の九割九分は抑え込まれてるけど、
 それでも元の基礎代謝の量が桁違いだからね。
 それを食べるだけで賄おうとすれば
 こんな風にドカ食いしないとおっつかないのねー」

そう言うとグラスになみなみと注がれた酒を水でも飲むように喉に流し込んだ。

「ぷはあっ、うぅん、美味しい。さすが美神さん、良い目利きなのね―。
 ではではもう一杯」

一気に飲み干してそう言うと、更に相好を崩して再びグラスに酒を注ぎだす。
さすがは日本の神族の端くれ、酒には目がない上にウワバミであるようだ。

「…なるほどね。そういう事ならわからなくもないか…」

そう言って美神が眉間に皺を寄せたのは小竜姫の現状に対してか、
それとも遠慮の欠片もないヒャクメの狼藉に対してか。
そのピリピリした雰囲気に危機を感じたおキヌが慌てて口を挟む。

「じゃ、じゃあどのくらい食べればいいんですか?」

そう聞かれたヒャクメはグラスに口をつけたまま
近眼の人間が良くやるように目を細めて小竜姫を凝視する。

「そうねー、大体……、一日に三万キロカロリーが最低ラインってところなのね―」

心眼でそう見積もるとヒャクメはあはは、と笑ってそのまま再び酒を飲み干した。

一方それを聞いた他の面々は唖然とする。
小竜姫くらいの見た目の年齢と体格の普通の女性なら
一日に摂取するカロリーは大体二千あたりが理想とされているが、
ヒャクメの見立て通りなら
現在の小竜姫は最低でもその十五倍の量が必要という事になるのだ。
ハンバーガーなら最低でも百二十個という計算である。

一同があまりのことに口もきけずにいると、
ヒャクメは三度グラスに酒を注ぎながら付け加えた。

「あ、それはあくまで身体を維持する最低限だからね。
 活動するなら更に上乗せになるのねー」

「そ、そんなに?!」

それを聞いて横島とシロで大食らいには耐性が出来ていたはずのおキヌでさえ
素っ頓狂な声を上げてしまった。
美神も苦虫を噛み潰したような顔をして言う。

「その計算だと一日の食費だけで最低でも一万円くらいはかかるわね…」

その言葉に一同が小竜姫の方に目を向けると、
丁度並べられた料理をほとんど食べ終えたところで、
ようやく最低限のエネルギーを補給できたのか、目に正気が戻ってきたところだった。
我に返った小竜姫は慌てて周囲をきょろきょろと見回す。

「え?あ、あの、私…」

周囲の複雑な視線に晒されて箸を咥えたまま戸惑っているのを見たおキヌは、

「あ、動かないでください、小竜姫さま」

そう言って近づくと頬についたご飯つぶを取ってやった。
そのおキヌの行動に状況を多少把握した小竜姫が顔を赤くしてじっとしていると、

「あははー、小竜姫ったらまるでお子様なのねー。
 ああ、わかってるのね、ホラ、まずは一杯」

早くもできあがりつつあったヒャクメがそう言って小竜姫に近づいてきた。
新しく封を切った酒をお椀になみなみと注いで押しつけると、
そのキラキラと光る琥珀色の液体を見て小竜姫は喉を鳴らす。
竜神にとっても酒は大好物である。

「あ、ありがとう。いただきます」

そう言って小竜姫はいつもするように杯をグイッとあおった。
そのあまりに自然なヒャクメと小竜姫の動作に周囲の反応が一瞬遅れる。

「…え?しょ、小竜姫さま?!」

「……?」

驚愕する周囲の表情に訝しげな顔をした小竜姫だったが、
次の瞬間には一気に喉に流し込んだアルコールに
身体が激しく反応しだしたのを感じて顔色が変わった。


「……○×△□〜〜〜っ?!!」


顔を真っ赤にして口から火を吐き、むせかえる小竜姫。
ジタバタとのたうちまわる様を見てヒャクメはケラケラ笑い、
美神たちはアタフタと狼狽した。

「あははー、そういや中学生並だったもんねー、ゴメンゴメン」

「ア、アルコール度数四十五度ってなってるっすよ?!」

「お、お水!お水持ってきます!」

「…舌や酒量にも霊能力って関係してるのかしら」

お酒は二十歳になってから、である。
中学生並の身体はそれ相応の慣れと肝機能しか働かせてくれなかったらしい。
散々のた打ち回った挙句、最後には顔を真っ赤にして倒れ込んでしまう小竜姫だった。


目を回した小竜姫を抱え上げソファに寝かせると、
憤慨した様子で横島がぼやいた。

「こんな状態で金銭を稼いで来いなんて、何考えてんだろうな、あのサル。
 小竜姫さまにもしもの事があったらどうするつもりなんだよ」

すると小声で呟いたにもかかわらず、それを聞きつけたヒャクメが
とろんとし始めた目で魚の干物をかじりながら酔いで調子の外れた声で言った。

「あ、それなら問題ないのねー。ちゃんとフォローはしてあるから」

小竜姫が大騒ぎしている間もそれを肴に杯を重ねていたらしく、
更に酔っ払って呂律の回らなくなった口調でそう言うと
千鳥足でソファに横になっている小竜姫に近づいた。
その傍に座り込むと小竜姫の後頭部に手を伸ばし、何やらごそごそと探り出す。

「あっと、おお…むっ、よし、捕まえたのね―!ホラ、これなのねー」

そう言ってヒャクメは何か小さなものを摘み上げて横島の鼻先に突きつけた。

「うわっと…え?ろ、老師?!」

横島の目の前に突き出されたのは小指の爪の先ほどの大きさの斉天大聖だった。
首根っこを摘まれてジタバタしている。

「コレは…身外身の術?!」

それを見た美神たちは一様に驚きの声を上げる。
引きぬいた体毛を一吹きすると大量の分身になるという、
『西遊記』に記された斉天大聖の術の一つである。

「あははー、小竜姫がどうにもならなくなったら
 コレが知らせてくれる予定だったのねー。
 それで連絡が来たら私が回収に行くことになっていたのねー」

赤い顔でケラケラと笑いながら言うヒャクメに横島が質問する。

「で、でもお前だって一応神族だろ?人界に出てきちゃ拙いんじゃなかったのか?
 老師のこの術だって魔族に知られたら」

そう言って小竜姫にいろいろ聞いていた横島は青い顔をするが、
ヒャクメは相変わらずヘラヘラしたままだった。

「あ、大丈夫大丈夫ー、
 老師の術は極限まで霊力を落としてあるから見つかるわけないし、
 私は調査員だから人界にいてもそれほど問題にならないのねー」

お気楽にそう言うヒャクメをジト目で見つつ、美神が呟く。

「…アンタは問題になるほど強くも偉くもないって事でしょ」

「うっ…、そ、それはその…。
 ふ、ふえ〜ん、ど、どうせ私は妖怪出身なのねー。
 地生え生え抜きじゃないからって差別するなんて酷いのねー」

美神のその一言はどうやらヒャクメの心の傷に
ピンポイントで触ってしまったらしい。
酔って感情の起伏が激しくなっていたヒャクメは
号泣しながら自棄気味に再び杯を重ねようとした。
ところが、唐突に後から伸びてきた手にその腕をがっちりと掴まれる。

「…これは…なんですか?」

その手と声に驚いたヒャクメが慌てて振り向くと
そこには顔を真っ赤にして目を据わらせた小竜姫がいた。
凄まじい怒気を発しているのが見える。

「しょ、小竜姫?」

それに気圧されて酔いも醒め果てた様子で慌てるヒャクメ。
小竜姫は彼女の手から斉天大聖の分身を取り上げると、
それを据わった目で睨み付け、地の底から響いてくるような声で呟いた。

「…私は…はじめから信用されてなかったと…?」

既に目付きが尋常でなくなっている。

「しょ、小竜姫さま?そ、その、落ち着いて」

その鬼気迫る様子に気圧された一同は
腫れ物に触るような様子でフォローしようとするが、
小竜姫はまったく反応しない。
ヒャクメを捕まえたままゆらりと立ち上がるとゆっくりと締め上げていく。

「ちょ、お、落ち着くのね、小竜姫、み、皆心配して」

「…私が…、私がそこまで無能だと…?」

性質の悪い酔っ払いである。

「い、いやその、ほら小竜姫って妙神山に引き篭もりっきりだし、
 世間に疎いところが…」

締め上げられて目を白黒させたヒャクメは必死に言い繕おうとするのだが、
かえって地雷を踏んでしまったらしく、逆効果になってしまった。

「余計なお世話ですっ!!」

完全に頭に血の登った小竜姫はそう叫んでヒャクメを思いっきり突き飛ばす。

「うひゃあぁああぁぁあぁっ…きゅうっ?!」

バランスを崩したヒャクメは部屋の隅まで転がっていき、
派手な音をたてて壁に激突して沈黙した。

「いいですか、ヒャクメ!命じられた品物は私が自力で手に入れて見せます!
 できなければ妙神山には帰りません!」

その様子が見えているのかいないのか、
酔っ払った小竜姫はヒャクメが潰れている場所とはまったく違う
明後日の方向に向かって指を突きつけてそう宣言した。

「任務が果たせなければ入寂するまでです!この分身も連れて帰りなさい!!」

そう叫んで斉天大聖の分身を壁に向かって投げつけると、
そのまま足音も荒く部屋から出ていってしまった。

「……」

呆然とそれを見送っていた一同だったが、
少しすると廊下からゴンッ、という鈍い音が響いてくるのが聞こえてきた。
おそらくは酔いで足をもつれさせて壁に頭でもぶつけたのだろう。

「しょ、小竜姫さま?!…わ、私、様子を見てきます!」

「あ、お、お願い」

心配になったおキヌはそう言って小竜姫を追いかけて部屋を出ていった。
後には美神たちとひっくり返ったヒャクメが残される。
そのまましばらく固まっていた一同だったが、やがてのろのろと動き出した。

「…ヒャクメ〜?大丈夫〜?」

壁の前でひっくり返ったままのヒャクメに近づいてそう声をかけると、
床の方から蚊の鳴くような声が響いてくる。

「…痛いのねー」

「…痛いのは生きてるからよ。
 まったく、小竜姫の力が封じられてて助かったわね」

ヒャクメの声に安心した美神はそう言って抱き起こした。
小竜姫が本来の能力を持っていたら
ヒャクメは今ごろ壁を突き抜けて建物の外だっただろう。

「で、でもどうするんですか、美神さん。
 あの様子じゃ金銭を貸すと言っても受け取らないですよ、きっと」

オロオロと横島が美神に訊ねる。
聞かれた美神も苦虫を噛み潰したような顔で頭を掻いた。

「そうね。と言って今の小竜姫さまの状態では日に一万円以上なんて無理だろうし…。
 厄珍のジャンク品も望み薄って感じだしね。どうしたものかしら」

そんな美神の発言に部屋に残された面々はそのまま黙り込んでしまう。
気詰まりな沈黙の中、土鍋の中のレンゲが倒れてカラリと乾いた音をたてた。


小竜姫の様子を心配したおキヌはその後を追って客間に向かった。
客間の前に立ち、半開きになったままのドアから明かりの消えた部屋を覗きこむ。

「小竜姫さま…?」

廊下から差し込む明かりでボンヤリと浮かび上がった客間のベッドに
悄然と座り込んでいる小竜姫の背中が見えた。
おキヌは静かにドアを開けると明かりをつける。

「…すみません、取り乱してしまって」

おキヌがドアを閉めると小竜姫がそう言って振りかえった。
まだ酔っているようで上体がふらついている。
酔って真っ赤なままの顔の中でも一際赤く泣き腫らした目元が痛々しい。

「小竜姫さま…」

おキヌの声に小竜姫は困ったような笑顔を浮かべてポツリポツリと喋りだす。

「…迷惑をかけてしまって…ごめんなさい」

「そ、そんな事」

「駄目ですね、私。自分の状況も弁えずに…。
 皆さんに散々お世話になってるのに…興奮してあんな啖呵を切ってしまって。
 ここを出たら三日と持たずに力尽きるというのに」

そう言いながらどんどん落ち込んでいってしまう小竜姫。
おキヌはその横に座るとゆっくり話しかけた。

「しかたありませんよ。今の小竜姫さまはいろいろあって混乱してるんです。
 まずはあまり慌てないで落ち着くことですよ。
 そうすれば次に何をすればいいかわかってくる筈です」

「でも…今の私はなにもできません…。老師があんな処置を取るのも…当然です。
 今だって…何から何まで皆さんに頼りっきりで」

うつむいてそう自嘲する小竜姫。
おキヌはその肩に手を置くと視線を合わせて努めて明るい声を出した。

「そんな事ないですよ。人脈も実力のうちだって美神さんが言ってましたし。
 困ってる時に助けてもらえるっていうのは日頃の行いの賜物です」

「…おキヌちゃん…」

おキヌの言葉に小竜姫の目が潤みかかる。
それを見ておキヌはにっこり笑って言った。

「きっと何かいい方法がありますよ。焦らずにゆっくりいきましょう…ね?」

その笑顔に小竜姫はつり込まれるように微笑んだ。

「…そう、そうですね。落ち着いて最善の方法を考えなくては…いけませんよね…。
 …ありがとう、おキヌ、ちゃん…」

そう言うと安心して気が抜けたのか、小竜姫は座ったまま舟を漕ぎ始めた。
今にも目蓋がくっつきそうな顔で
上体をフラフラさせ出した小竜姫を見たおキヌは
その身体を抱きかかえるとベットにうつ伏せに横たえる。
その上に布団をかけてやると
小竜姫はすぐにすうすう、という寝息をたて始めた。
それを確認したおキヌは浴室から洗面器と手拭いを持ってきて枕もとに置き、

「…おやすみなさい、小竜姫さま」

そう呟いて明かりを消すと静かに部屋を出ていった。
窓の外では月が雲間から僅かに顔を出している。


狂乱の一夜から一ヶ月たった。
あれから小竜姫は厄珍のジャンク品を空き部屋に運び込み、
倦まず弛まずゴミと見紛うそれを生真面目に黙々と調べ続けている。
この日も朝食が済むと部屋に篭り、
美神除霊事務所のメンバーが除霊の仕事を終えて帰ってきた
深夜に至ってもまだ作業をしていた。

「凄い根気ですよね、小竜姫さま」

小竜姫にお茶と夜食を持っていったおキヌは執務室に帰って来ると、
そこでこの日の作業の後始末
――機材のメンテナンスや書類の作成――をしていた美神たちにそう言った。
それを聞いた美神は書類を書く手を止める。

「そうよねー。あんな地味な作業が良く続くわよね」

霊体ボーガンを分解して整備していた横島も複雑な表情で口を挟む。

「それに引き換え、こちらは今日も今日とて実働二時間で数百万の儲けですか…。
 なんと言いますか、えらい違いですねー。なんか申し訳ないような」

「…仕方ないでしょう。除霊業は技術職よ。
 普通の人にはできない事だもの。リスクも高いんだしね」

そう言ってプロとしての意識が足らん、と横島を睨み付けるが
その視線にはいつもの理不尽なまでの強さは篭められていなかった。
さすがの美神も多少後ろめたい気がしないでもないのだろう。

「それにしてもあれだけ働いてるのに全然貯まって無いようでござるなあ」

「それどころか食費がかさんで赤字なんじゃないの」

『八畳敷』の手入れをしていたシロと
砂時計を凝視してカップうどんのできあがりを待っていたタマモが
小竜姫のいる部屋のほうを見て溜息混じりに呟いた。

今回のジャンク品整理の仕事は経費は美神持ちなのだが滞在費は自腹である。
一日に最低でも一万円分ほども食べる小竜姫は、
儲けは折半と言う契約であったため、一日に二万円は稼がなくてはならない。
小竜姫の取り分を増やしてもいい、という提案は小竜姫の方から謝絶されていた。
その結果として結局足りない分はツケになり、その額は増える一方だったのである。

「見事なくらいまともなものが無かったですからねえ、ジャンク品」

当初はこれだけあれば何か金目のものもあるだろうと考えていたのだが、
案に相違してまともな品物はほとんど存在しなかった。
厄珍もいい加減なようでいて、そこはさすがに商売人である。
たまに見つかるそれなりのものも
例外なく何らかの致命的な問題があってお金にならない。
そのまま売り払ったのでは買い叩かれるどころか
処分するための費用を請求させかねないものばかりだったし、
だからと言って修理や手を加えて使えるようにすると、
その経費だけて儲けが吹っ飛んでしまうのだ。

「最近は『精霊石振動子』をコツコツ回収してましたけど…、
 あれだと良くてもその日の食費が精一杯なんですよねー」

霊能グッズの中に必ずと言って良いほど仕込まれている
精霊石を加工して作られている精霊石振動子は
当然厄珍のジャンク品の中の廃棄された品物にも大量に含まれている。
従来は、大抵ある程度消耗しているために再利用もしにくく、
そのまま廃棄されてしまうのが普通だったのだが、
最近とある下町の工場で、特殊な霊波で圧力をかけることで
精霊石の劣化版のようなものを作る技術が開発されたため、
精霊石振動子を引き取ってくれるようになっていたのである。
そこでここ数日小竜姫は
ジャンク品の中から精霊石振動子を取り出すという作業をしていたのだ。

しかし、集めた精霊石振動子を通常の精霊石の大きさにするには
莫大な量の精霊石振動子が必要な上に、
そこからできる精霊石の精度がそれほど高くないため、
一個あたりの値段はそれこそ煙草銭程度にしかならず、
一日がかりで掻き集めても一万円前後にしかならなかった。
普通の人間なら結構割の良いアルバイトと言えるのだが、
消費の激しい現在の小竜姫には少々不足だったのである。

「ジャンク品にも限りはあるしねー。
 …むう、ガラクタの処分を手伝ったんだからって言って
 なんとか厄珍からお金を引き出せないかしら。
 それなら仕事の報酬になるから小竜姫さまも受け取れると思うんだけど」

「あの強突く張りがそんな金銭出すわけないっすよ。
 …小竜姫さまの生写真とか使用済みの下帯とかならいくらでも出しそうですけど」

横島の言葉に美神もそうよねー、と言って溜息をついた。

「…やっぱただの中学生に一日二万円以上稼げってのは無理があるわよねー」

どうしたものか、と一同が疲れた表情で思案していると、
廊下から物凄い勢いの足音が響いてきた。
それに気付いて一同がドアの方を向くより早く、

「み、美神さんっ!!」

バンッ、と勢い良くドアが開かれ、
顔を紅潮させた小竜姫が手に何かを握り締めて飛び込んできた。
その勢いに面食らいつつも美神は小竜姫に問いかける。

「ど、どうしたの?」

「こ、これ!これ見てください!」

そう言って小竜姫が突き出したのはボロボロになった古新聞だった。
何か壊れ物を包んでいたものらしい。
美神は手渡されたクシャクシャの紙片を引き伸ばすと中の記事に目を落とした。

「何よ…。ええと、なになに…某大物俳優が麻薬をパンツに」

「それじゃありません!ここです、ここっ!」

そう言って小竜姫が指差したところには
十年ほど前から何度かテレビで放送されていた
特別番組の企画についての記事が書かれていた。
そこではリーダーである有名なコピーライターが
その番組についてのインタビューに答えている。

「…赤城山の徳川埋蔵金?」

「そうです!これなら間違いなくお金になります!」

勢い込んでそう言う小竜姫に美神たちは困ったような視線を向ける。

「あ、あの…、小竜姫さま?
 これはその、テレビの企画で十年探して結局見つからなかったってシロモノですよ?」

「そうそう、大量の人員を投入したり重機を持ち込んだりして
 山中をひっくり返してたんですから」

「大体こんなお金とそれを隠す資金があったら江戸幕府だって潰れたりしないっての。
 こんなありもしないものに…」

口々に否定する美神たちをキョトンとした顔で見ていた小竜姫だったが、
美神の言葉になんでもない事のようにこうのたまった。


「ありますよ?だって私が手伝ったんですから」


「「「…何いいいィィィッ?!!」」」


一瞬の沈黙の後、見事に声を揃えて絶叫する美神たち。

「…って何よそのトクガワマイゾウキンって」

三人の大声に顔をしかめつつタマモが訊ねる。
彼女が那須の殺生石から復活した頃には
すっかりブームも去っていたため知らなかったらしい。
孤立した結界の中で生活していたシロも
なんのことかわからないようで首をかしげている。
その二人の様子におキヌが説明し始めた。

「え、ええとね。徳川幕府って知ってるかしら。
 百三十年くらい前まであった政権なんだけど」

「それくらいは知ってるわよ。狸が作った政府なんでしょ」

「○れん坊将軍でござるなっ!」

二人の微妙な認識に苦笑しつつ、横島と美神も口を挟む。

「ちょっと違うんだが…。
 ま、その政府が潰れるって時にさ、そこの偉いさんがそれまで貯め込んだ財宝を
 どこかに隠したんじゃないかって話があるんだ」

「それを隠したのが上州、今の群馬県ね。そこの赤城山じゃないかって話なの。
 三百六十万両って言うから少なく見積もっても今の国家予算レベルの金額ね」

「そ、そんなにでござるか?」

「…嘘臭い話ね」

素直に驚くシロと冷静を装いつつも目を光らせるタマモ。
どちらもかなり興奮している。
隠された財宝というものには種族を越えて心に訴えかける何かがあるようだ。

「そうだなあ、テレビでは散々掘り返したけど結局出て来なかったんだけどなー」

「でも、毎回今度は出るんじゃないかって見ちゃってたんですよねえ」

毎回肩透かしを食っていたらしい二人は懐かしい思い出に笑いあっているが、
彼らの雇用主はそれどころではなかった。

「で、で?!それが本当にあるっていうのね、小竜姫さま!
 何処?何処にあるの、それ!
 儲けは折半って約束だったわよねーっ!」

目を爛々と輝かせて小竜姫に詰め寄っていく。
他の全ての事を完璧にホワイトアウトさせているようだ。
その勢いに弱冠引きつつも小竜姫は答える。

「そ、その、ある事はあるんですが…」

「…が?」

なにやら言い難そうにしている小竜姫に美神も多少の理性を復活させる。

「そ、その…お金はありません。隠したのは別のものなんです。
 埋蔵金というのはあくまで隠したものを誤魔化すためにひろめた噂で…」

その言葉にええ〜、と声を揃えてがっかりする一同。
中でも一番気落ちした様子の美神が問いかける。

「…じゃあなんなのよ、隠したものって」

露骨に失望している美神の問いに小竜姫はやや自信をなくしたのか、多少小声で答えた。


「ええと、その…私たち竜神族が徳川家に貸し出した強力な霊能アイテムなんですが」


「「「「「……何いいいイイイィィィッ?!!!」」」」」


その答えに今度は全員揃っての絶叫が部屋中に響き渡った。


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