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「竜神様行状記 その三(GS)」

八之一 (2005-12-24 22:05/2005-12-25 19:02)
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「…で、お金の稼ぎ方も知らない箱入り娘を連れてきたって訳ね」

どうしてこう金銭にならない厄介事ばかりやってくるのか、と
きりきりと痛むこめかみを指で押さえつつ、美神は盛大に溜息をついた。

ファーストフード店を閉店で追い出された後、
日付の変わる頃にようやく事務所に帰ってきた横島たち。
それを既に仕事を終えて帰ってきていた美神が額に青筋を立てて玄関で出迎えた。
まず嫁入り前のおキヌを午前様になるまでつれまわすとはどういうつもりだ、と
慌てて弁解しようとする横島を問答無用でどつき、
続いて出かける前に渡した諭吉さんが全員帰らぬ人となった、と聞かされて再び鉄拳を飛ばし、
最後に小竜姫が来ている、と聞かされて何故それを早く言わない、とシバき倒した。
血塗れで痙攣している横島を放っておいて二人を事務所に入れると、
宵っ張りの犬神二人が小竜姫を見て本当に神族か、と騒いだり、
早寝早起きのおキヌが眠そうな目をこすりつつ湯のみにコーヒーを入れて来たり、
復活した横島が性懲りもなくお釣りを誤魔化そうとしたり、
その怪しい態度から美神に気付かれて再び血の海に沈んだりと、
散々大騒ぎしたために事の次第を説明し始めたのは随分遅くなってしまい、
語り終わった頃には既に朝刊を配達するビジネスバイクのエンジン音が聞こえ出していた。
そうしてようやく聞き取りの終わった美神の呆れた顔から出てきたのが冒頭のセリフだったのである。

「ち、違います!あれは言葉の綾で…、お、お金の稼ぎ方くらい知ってます!」

美神の表情とセリフに斉天大聖によって神通力を封じられてしまった小竜姫は
顔を真っ赤にして抗弁する。
しかし、

「ふぅん…どうやって?」

それを聞いて美神はニヤニヤ笑いながら意地の悪い質問をする。
案の定、そう言われて小竜姫はあうあう、と口篭もると、視線をあらぬ方向にさまよわせる。

「う、そ、その…農作業の手伝いとか…、建物の普請を手伝ったりして…」

「…いつの時代ですかそりゃ。
 つまり、今の人間社会で具体的に稼ぐ方法は分からないって事ですね」

必死に考えて上目遣いに小声で答える小竜姫だったが、
美神に容赦なく突っ込まれ、周囲の視線にもなにやら生暖かいものが混じったのを感じて
顔を真っ赤にして狼狽し、終いには開き直った。

「い、いや、ですがその、し、仕方ないじゃないですか。
 普段は妙神山を離れられない私はお金を使う事なんてないんですから」

「ま、まあまあ、小竜姫さま。今はそんな事言っても始まりませんよ?
 それよりこれからどうするか考えないと。
 美神さんもあんまりからかわないでくださいよ」

横島が苦笑しながら珍しくまともなフォローをする。
その言葉に美神はそうね、と答えて真面目な顔になった。
小竜姫も申し訳なさそうに顔を伏せる。
その様子を見ていたおキヌの胸がチクリ、と痛んだ。

「しかし困ったわね。今の小竜姫さまにできる事となると…」

「? 能力を封じられたとは言え武神なのでござろう?
 仕事の手伝いをしていただけば良いではござらんか」

「無理に決まってるでしょ。ちょっとは考えなさいよ」

あっけらかんというシロにタマモが呆れた声をあげる。

「そうね。論より証拠。シロ、ちょっと『八畳敷』を貸しなさい」

美神はそう言ってシロの持っていた霊刀を手に取る。

かつて四国で起きた事件を解決した際、助ける事になった狸たちからお礼に、と貰った霊刀。
まるであつらえたようにシロにしっくり来る霊刀だったために彼女の所有になったものだ。
特に銘も名もなかったので皆で名前を考えたのだが、
狸と言ったら八畳敷じゃないの、と悪戯っぽく言ったタマモの案を
意味も知らずにシロが気に入ってしまい、その名に決定されてしまったのだ。
後日、その意味を知ったシロとタマモが大喧嘩になったのだが、それはまた別の話。
現在はシロが肌身はなさず持っている愛刀なのである。
それを美神はおもむろに小竜姫に向かって放り投げた。

「わあっ?!」

「きゅうっ?!」

シロがその行動に驚愕の悲鳴を上げる。
小竜姫も目を丸くして、慌てて投げられた霊刀を受け止めようとしたのだが、
身体はその重さに耐えきれず、バランスを崩してソファの背もたれに押し潰されてしまった。
それでも小竜姫は夢中で霊刀を抱えようとしたのだが、力及ばず取り落としてしまう。

「ぎゃあああっ?!美神殿、な、何をするでござるか?!」

ガシャリ、と音を立てて落ちた霊刀を見てシロは悲鳴を上げ、慌てて拾い上げる。
しかしおキヌと横島は悔しげに唇をかみ締める小竜姫を呆気にとられた顔で見ていた。

「しょ、小竜姫さま?」

「ま、そう言う事ね。今の小竜姫さまは見た目通りの身体能力しかないってこと」

投げつけられた刀を受け止める事もできないくらいにね、と言って美神は痛ましげな表情になる。
それを聞いておキヌも溜息をつく。

「…本当に中学生の女の子並ってことですか。
 そうなると除霊作業を手伝ってもらうって訳にはいきませんね」

美神たちのやり取りを聞いていたシロがその雰囲気に居たたまれなくなったのか、
慌ててフォローしようとする。

「で、でも、年老いても強かった剣豪などの話が出てくるでござろう?
 そういう話を参考にすればやりようによっては戦えるのでは?」

しかし、それを聞いてタマモは呆れた表情をして言った。

「ホントに馬鹿ね、アンタは。
 そう言う連中はこの人みたいにいきなり身体能力が落ちたわけじゃないでしょ」

「そう、そういった人達は徐々に落ちていく力を経験や技術でカバーしつつ、
 その体力に見合った戦い方をしていたのよ。
 今回の小竜姫さまのように事故でいきなりってことはあんまりないはずよ」

「そ、そう言うものでござるか…」

シュン、としてしまったシロの様子に横島が慌てて横から口を挟む。

「で、でも、その技術や経験でカバーってやつでなんとかなりませんか?
 ほら、小竜姫さまはそれこそ達人級の剣術家なんだから」

しかし。

「まったく、師弟揃ってわかってないわね。
 その技術や経験でカバーするためにだってある程度は力が必要なのよ」

「横島クンは竜神の装具をつけたことがあるから分かるでしょう?
 彼らの身体能力ははっきり言って別格なの。
 人間並みになったってことは…ヘビー級のボクシングの世界チャンピオンと
 生まれたての赤ん坊よりも差があるでしょうね。
 赤ん坊にボクサーの技術と経験を持たせたってなにもできないでしょう?」

「私は神族としてのこの人の能力は見てないから分からないけど、
 その剣術が竜神の身体能力をベースにしているだろうってことは容易に想像がつくわよ。
 シロ、アンタだってそうでしょ?人狼としての能力をベースに剣術を体得してる。
 その剣術は人間並の腕力で動く事なんて想定していないはずよ」

「そう言う事ね。シロの『八畳敷』は普通の日本刀に比べてかなり長くて重い。
 アンタが見た目通りの人間だったら、アレを振りまわすなんてできないわよ。
 もっと身体に合った武器や戦い方を考えなくちゃならないわ」

「小竜姫さまの場合は神族だもの、もっと厳しいって事ね。
 今の身体じゃ体得している剣術の動きなんて物理的に不可能って事よ」

「それどころか、多分今の身体能力に馴れるだけでも大事よ。
 最低でも一ヶ月くらいはかかるんじゃないかしら」

と交互に言うタマモと美神。
シロと横島はその話に付いていくのがやっとでまるで口を挟めずにいたが、
話に一段落ついてようやく理解できた横島が、

「つ、つまり実働の労働力としては…」

と恐る恐る聞くと、美神は大きく頷いて断言した。

「まったく期待できないって事ね。
 大体霊能の方も霊力を欠片も感じられない…あれ?小竜姫さまは?」

美神たちが話に夢中になっている間にソファに座っていた小竜姫の姿がなくなっていた。
慌てて室内を見まわすと、

「…いいんです、いいんです。
 どうせ霊能力のなくなった私なんてドジでのろまな亀なんです…」

部屋の隅で美神たちに背を向けて膝を抱えて泣いていた。
人差し指で床にのの字を書いている。
自覚していたとはいえ、目の前でいかに今の自分が駄目であるかを説明されるのは、
結構キツかったらしい。
皆がしまったなあ、という顔で黙っていると。

「な、何を言うんですか、小竜姫さま!
 こんな可愛らしい亀なんているわけないじゃないっすか!」

そう言って横島が小竜姫の手を握る。

「よ、横島さん…」

いつもならここで仏罰が下されるところなのだが、
小竜姫も傷心の折であり、涙ぐみながらも顔を赤らめて少し嬉しそうな顔をした。
その様子に更に調子に乗った横島はエスカレートして、

「なんなら俺のところでっ!月三本でどないや…ぶっ?!」

「貴様は二月で辞職したどこぞの首相かーっ?!」

少年誌の枠をはみ出しまくった事を言おうとして美神に張り倒された。

「月三本?」

「なんの話でござる?」

「…」

「知らなくていいのっ」

意味の分かっていないお子様二人をたしなめた。
おキヌは分かっているらしく、顔を赤くして苦笑している。
その様子を見ていたタマモは呆れた顔をして、クスクス笑っていた。

「中身も子供並な気がするわね。
 そういえばこんな仕事があるらしいのよね」

そう言って懐からなにやらチラシを取り出すと、小竜姫に手渡した。

「なんですか?…『若くて明るいあなた。気軽に働いてみませんか?
 衣服貸与、日給一万円以上。託児所完備、足抜け不可。委細面談』」

「この前、繁華街を歩いてた時に貰ったんだけどね」

「「…」」

顔を更に真っ赤にして絶句している美神とおキヌ。
タマモはそちらを一瞥してニィッっと笑うと、

「これ渡してきたおっさんは座ってお酒の席の相手をするだけって言ってたわよ」

「へえ…凄いですね。連絡してみましょうか」

「「「せんでいいっ!!」」」

気軽に連絡しそうな小竜姫に、声をそろえて突っ込む横島たち。
いらない社会知識ばかり覚えてくる性悪狐が腹を抱えて笑っている。

「そ、その、知識は以前のままあるんですよね?」

このままではどうなるかわからない、と
おキヌがなんとか建設的な方向に話を軌道修正しようと試みる。

「え、ええ。そういったものは全てそのまま持っています。
 単に能力的にそれを活かせないだけで…」

「でしたらウチの高校で臨時講師なんてどうでしょう。
 神様のお話を直接聞ける機会なんてそうそうないですから、
 理事長も喜んで受け入れてくれると思うんですが」

勢い込んでそう言うおキヌに、美神が待ったをかける。

「うーん、良いアイディアだけど、名前や記録が残るのは拙いんでしょ?
 正体明かさずにってのはさすがに無理だと思うわよ。
 いきなり自分たちより年下に見える女の子が教壇に立って話し出しても
 学生達が聴いてくれるかどうか…うん?知識か…!」

「な、なにか?」

ぴんっ、と何か閃いたらしい美神に、
おキヌが期待三分、心配七分といった表情で訊ねる。

「うん、厄珍のところにね、物凄い量のジャンク品があるらしいの。
 主に解析不能な文献とか、使い方の分からないオカルトアイテムとかって話だったわ。
 そういうものを引きとってきて掘り出し物を探すってどうかしら。
 小竜姫さまなら人間界では失伝された文字とか技術とかわかるんじゃありませんか?」

自信満々で言う美神に小竜姫も明るい表情になる。

「な、なるほど、そうですね。
 ヒャクメほどではありませんが私もそれなりにそういった知識はありますし。
 それに危ないものがあったら妙神山の方で相応の値段で引き取れます!」

「霊能のアイテムは当たれば大きいからかなり稼げると思いますよ。
 ジャンク品の買いつけや諸費用はウチ持ち。儲けは折半という事でどうです?」

「あ、ありがとうございます!…ああ、私にも…私にもできる事が…」

ようやく自分の力でお金を稼げる方法を提示された小竜姫は
涙を流してブっちゃんに感謝の祈りを捧げ出した。
その虚ろな眼でブツブツと呟いている様子に横島が思わず同情の視線を送る。

「よっぽど落ち込んでたんやなー」

美神もやれやれ、といった顔で結論を口にした。

「まあ、今日はもう遅いから明日連絡を入れてから行きましょう。
 厄珍も場所をくって困るとか言ってたから多分大丈夫だと思うわ」

「あっ、お、お願いします」

我に返った小竜姫が慌てて答える。
話が終わったのを見ておキヌが席を立つ。

「じゃあ私、客間にお布団出してきますね」

「あ、手伝うよ、おキヌちゃん」

「拙者も拙者も」

横島がそう言うとシロもそれに続いて後を追おうとする。
その背中に、

「シロ、これから散歩は無しだからね」

そう美神が声をかけると、勢い良く振られていた尻尾がビクリと硬直した。

「は、ははは、嫌でござるなぁ。
 せ、拙者もそのあたりはちゃんと分別をしてるでござるよ」

額に冷や汗をかきつつ引きつった笑いを見せると、
シロは尻尾をうなだれさせておキヌと横島の後を追いかけていった。
図星だったらしい。
その様子を苦笑しつつ見ていた美神だったが、タマモの方に向き直ると指示を出す。

「タマモ、小竜姫さまをお風呂に案内してあげて。
 私はなにか夜着になるものを探してくるわ」

「OK。じゃ、小竜姫さま。付いてきて」

「な、何から何まですみません」

そう言ってタマモと小竜姫も部屋を出ていく。
一息ついた美神が壁にかかった時計に目をやるとそろそろ日の出の時間になっていた。

「明日はキツくなりそうねー」

そう言って美神は疲れた顔で部屋を出ていった。


「? 先生、今日は風呂を覗きに行かないでござるか?」

客間の前をタマモに連れられた小竜姫が通るのが見えた。
風呂に入るのだろうとあたりをつけたシロは、
布団を押入れから出しながらなんの気なしに横島に訊ねる。
すると、

「む、中学生は範囲外だ」

横島は真面目くさった顔で答えた。
あくまでロリコン疑惑は否定するつもりらしい。
それを聞いたおキヌがクスクス笑いながら指摘する。

「でも前に帯を解こうとしたり、襲いかかったりしてましたよね。
 さっきも月三本とか言ってましたし」

「なんと、では何故拙者の時には来てくれないのでござるか?!」

それを聞いたシロも詰め寄ってきた。
アレなら拙者だって負けてないでござるー、と少々錯乱気味だ。
二人のプレッシャーにしどろもどろで横島は弁解する。

「あ、アレはその、なんと言いますか、落ち込んでいる小竜姫サマヲ元気付ケルタメニデスネ…」

わいわいと騒ぎ続ける三人の背後の窓に朝日が差し込んで来るのが見えた。


「厄珍ー、いるー?」

「ちゃーっす」

そう声をかけて美神と横島は時代がかった建物の中に入る。
店内の品物を磨いていた怪しいサングラスにちょび髭の小男が愛想良く振りかえった。

「おお、令子ちゃん。久しぶりあるな。電話の件あるね?用意しておいたよ」

昼過ぎに起き出した美神たちは早速この店、厄珍堂に連絡をいれ、
ジャンク品を引き取りたいと申し入れてた。
二つ返事で承諾を得られたので、横島の伝で借りてきた軽トラックでやってきたのだ。
おキヌとシロ、タマモは夜からの仕事の準備のために留守番である。
小竜姫もあまり外部の人間と接触するのは好ましくなかろうと言う事で
一緒に事務所に残っていた。

「そう、いきなりで悪かったわね」

「いやいや、こちらも渡りに船あるね。
 そろそろ処分を考えてたところで丁度良かったある。
 じゃあ、案内するからついてくるよろし」

そう言って二人を外に連れだし、店のドアに準備中の札をかける厄珍。
ドアに鍵をかけるのを見て美神が訊ねる。

「? この店の中に置いてあるんじゃないの?」

「はっはっは。ここにあんなものを置いておくわけにはいかないあるよ」

万一のことがあったら信用問題ね、と言って店舗の裏に続く狭い路地を歩いて行く。
二人もその後をついていった。

「さ、ここね」

入り組んだ狭い路地を抜けると粗末な町工場のような建物が建っていた。
人気がなく、ボロボロの建物の周りには雑草がこれでもか、とばかりに生えている。

「坊主、手伝うね」

厄珍はそう言って錆びついたシャッターに手をかける。
言われて横島が慌てて駆け寄る。
二人でシャッターに手をかけると力をこめた。

「む、ぐっ、か、硬いぞコレ」

「いつもは裏口から放り込んでるだけでこっちはもう十年もあけてない…ねっと」

ギシギシいっていたシャッターがようやく上がった。
錆びついていて三分の二くらいで止まってしまうが、
とりあえず中に入るのには充分だったので、そのまま足を踏み入れる。
窓などは閉められているらしく、内部の様子が良く分からない。

「今、明かりをつけるある」

そう言って厄珍は手についた汚れを払いながら壁の方に歩いて行く。
ちゃんと電気は来ているらしく、カチリという音と共に天井の蛍光灯が瞬いた。
暗かった室内が照らし出される。

「…なにコレ」

そこで美神が見たものは、倉庫と言うより
ゴミの山といった風情で積み上げられたガラクタの山だった。
壊れたオカルトアイテムや、なんだか分からない機械の部品が無造作に放り出されている。
スクラップの車のように大きな機械もうずたかく積まれている。
端の一画には古新聞のように紐でまとめられた古文書の類が大量に転がっていた。
それらが横島のアパート全体くらいの広さの室内一杯に詰まっている。

「…ゴミ?」

目を点にした美神が思わず率直な感想を口走る。
が、厄珍は気にした風もなく笑った。

「はっはっは、ジャンク品ある。分別すれば再利用可能ね」

「こっ、これを全部持って帰るんすか?ダンプでも借りてこないと無理っすよ」

唖然としていた横島が慌てて言う。
彼らが借りてきた軽トラックでは何度往復しても終わりそうもない量だった。
二人の様子に厄珍はニヤニヤ笑う。

「いやあ、令子ちゃんが持っていってくれれば、
 ここを取り壊してちゃんとした倉庫が作れるね。ありがたい話ある」

「ふっ、ふざけんじゃないわよ!
 全部持っていったらウチの事務所がスクラップ置き場になっちゃうじゃないの!
 見込みのありそうなものだけよ!」

「うーん、それを選ぶだけでも一苦労って感じっすね―」

「いいから!横島クン、とりあえずちゃんとしてそうな書類を選んで車に積んで!
 私はこの山の中から霊感に引っかかりそうなものを探すから!」

「はっはっは、それならそれで残ったのはまとめて捨てられるあるねー。
 令子ちゃんのお金に関する霊感に引っかからなかったら諦めがつくあるよ」

美神は気楽に笑いながらそう言う厄珍を忌々しげに一睨みする。

「くっ、始めなさい、横島クン!」

「はっ、はいっ!」

「じゃあ、店にいるから終わったら声をかけるある。頑張るよろし」

そう言って厄珍は足取りも軽く倉庫を出ていった。
後には馬車馬のようにフル回転で紙の束を軽トラックに運んでいく横島と、
眼を血走らせてゴミの山をひっくり返す美神の姿が残された。


「…ただいまー」

ジャンク品の山と格闘すること数時間。
ようやく三分の一ほどを分別したところで軽トラックが満杯になってしまったので、
埃まみれになった美神と横島は事務所に帰ってきたのだ。
二人が疲れ切った顔でジャンク品を満載した軽トラックを事務所の庭に止めて、
荷をおろそうとのろのろ動き出した途端に。

「美神さんっ?!たっ、大変なんですっ!」

建物の中からおキヌが血相を変えて飛び出してきた。
その尋常でない様子に美神も狼狽する。

「おキヌちゃん?どうしたの?!」

「しょ、小竜姫さまが…倒れてしまったんです!
 全然目を覚まされなくて…、体温が信じられないくらいに低くなって…!」

「な、なんですって?!」

その言葉に美神は慌てて事務所の中に入る。
客間に入ると天井裏の部屋で使っているヒーターをかかえたタマモが眼に入った。
布団の上には真っ青な顔の小竜姫を後から抱きかかえて座っているシロの姿がある。

「じょ、状況は?」

「夕方になって今夜の仕事の準備を皆でしてたのよ。
 そしたらいきなり小竜姫さまが貧血でも起こしたみたいに倒れちゃって」

「身体が冷えきってるのでござる!このままでは…」

「横島クン、文珠を!『治』でお願い!」

後から慌てて入ってきた横島に指示を出す美神。

「は、はいっ!」

そう言われて横島はポケットから薄い緑色のビー玉大の珠を取り出し、念をこめる。
珠の中に『治』の文字が浮かび上がった。
横島がそれを小竜姫に押し当てると、パァッと淡い光が広がる。
しかし。

「…効果がないっ?!」

光が収まった後も小竜姫の状態は変わらなかった。

「病気じゃないってこと?!となると…」

「ど、どうすれば…?!」

「お布団持ってきたわ、シロちゃん!」

「みょ、妙神山に連絡をしてみるってのは」

「ほ、他に何かいい文字はないの?!」

こういった事にはほとんど万能の効果を持つと言っていい文珠が
まったく効果を現さなかった事で、
事務所のメンバーはパニックを起こしてしまう。
そうやって皆が大騒ぎしていると、

「…う、うぅん…」

「小竜姫さま?!」

小竜姫が僅かに身じろぎした。

「小竜姫さま、小竜姫さまっ!小竜姫さまっ!!」

必死に美神が呼びかけると、真っ青な顔をした小竜姫がうっすらと目をあけ、
紫色の唇を微かに振るわせる。
途端に後から抱きかかえていたシロの顔が引きつった。

「なに?なんて言ってるの?シロ?」

人狼の超感覚でなんと言ったか聞き取れたらしい、と感じて美神はシロに問いかける。
しかし、シロは困惑した顔を美神に向けると、なにやら言い難そうにもごもごと口篭もった。

「シロッ!」

その様子に業を煮やして美神が強い口調で促すと、
シロは渋々といった様子で小声で呟いた。

「そ、その…、『おなか減った』って言ってるでござる」

「「「…はあぁっ?!」」」


さすがにこの状態で放置しておくわけにもいかず、
美神は夜の仕事をクライアントに連絡して順延させてもらい、
おキヌに頼んでお粥を作ってもらった。
できてきたお粥を受け取り、
レンゲに半分ほどすくって小竜姫の唇に恐る恐るつけてやると、
鼻がひくひくと動き、眼に僅かに生色が戻る。
半分開いた唇にお粥をゆっくり流し込むと、小竜姫はごくりと飲み込んだ。
その様子に美神が慌ててもう一すくい口に運ぶと、
それもあっさり飲み込んでしまう。
何度かそうしてレンゲに口と土鍋の間を往復させていると、
小竜姫の真っ青になっていた顔に僅かに血の気が戻る。
ぐったりしていた腕に力が戻り、
美神が持っていた土鍋に手を伸ばした。
美神がレンゲと土鍋を持たせてやると、
小竜姫は虚ろな瞳のままお粥を物凄い勢いで食べていく。
それを見て呆気にとられていた美神だったが、我に返ると、

「…おキヌちゃ―ん、もう一杯お願ーい」

廊下に顔を出して台所にそう声をかけた。
はーい、と言う返事が聞こえてきたので小竜姫のほうに向き直ると、

「…」

小竜姫はじっと哀しげな瞳で土鍋を見つめていた。
その中は既に綺麗に空になっていた。
カリカリとレンゲで土鍋の底を引っかいている。
それを見た美神は、

「…おキヌちゃ―ん、追加は大盛りでお願ーい」

もう一度台所に向かって声をかけた。


「はーい、おかわりですよー、小竜姫さまー」

そう言っておキヌは鍋料理に使う特大の土鍋にたっぷりと雑炊を作って持ってきた。
既にドンブリ大の小さな土鍋には五杯のお粥を作ったのだが、
小竜姫はまるで足りない様子なので、
今度は夕飯用に炊いていた五合のご飯を全部雑炊にしてしまった。
やや濃いめの味付けにした雑炊を入れた土鍋を小竜姫の前においたおキヌは、
小さな土鍋に取り分けようとして、横島やシロに気付く。

「あ、横島さんもシロちゃんも一緒に…」

どうですか、と言おうとしたのだが、
そう言うより早く小竜姫は目を座らせてレンゲを掴むと
その特大の土鍋から直接食べ始めてしまった。
呆気にとられているおキヌたちの視線などまるで気にせず、
ほとんど噛まずに飲み込んでいく。
あっと言う間に雑炊が目に見えて減っていった。

「せ、拙者たちの分は…」

涙目で小竜姫の様子を見ているシロ。
それを聞いたおキヌはすぐに何か作りますから、と言って慌てて台所に戻っていく。
それを見送った美神は懐から携帯電話を取り出すと、どこかに電話をかけだした。

「…あ、もしもし。美神です。美神令子」

不安そうな表情の横島やシロ、タマモが食べ続ける小竜姫と美神を交互に見る。

「そう、今ウチに来てるの。ちょっとヤバめな感じなのよ。
 悪いんだけどちょっと来てくれるかな…いいから来なさいよ…なによ今更。
 …そう、秘蔵のスコッチあけようかと思ったんだけどなー。
 横島クンたちは未成年だし、誰か相手が欲しいと思ったんだけど…
 あらそう、来てくれるんだ。じゃあよろしくね」

そう言って電話を切る。

「だ、誰ですか、美神さん」

「ん?決まってるで」

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、なのねーっ!」

問いかけてきた横島に美神が答えようとした途端に横島の頭上の空間が歪み、
巨大なトランクが落ちてきた。

「むぎゅっ?!」

そのトランクに押しつぶされた横島が踏まれたヒキガエルのような声を出す。

「あららー、横島さん。そんなところで何してるのねー?危ないわよ?」

トランクの上にのり、勝手なことを言ったのはヒャクメだった。

「随分早かったわね、ヒャクメ」

「そりゃあ、他でもない美神さんの頼みで、しかも小竜姫がらみでしょう?
 急いで来るのは当たり前なのねー」

そう言いつつヒャクメがトランクから降りると、
押しつぶされていた横島が復活する。

「くおるぁぁぁっ、ヒャクメ!いきなり降ってきて押しつぶすとはどういう了見じゃあっ?!」

血塗れになりつつ詰め寄ってくる横島に辟易した表情をするヒャクメだったが、

「私が呼んだからよ。いいから黙ってなさい」

そう言って美神が黙らせる。
もっとも口でそういうより早く裏拳が横島の顔にめり込んでいたが。

「あ、ヒャクメさま!お久しぶりです」

そこに有り合わせのもので作った食べ物を持ってきたおキヌが入ってきた。
特大の土鍋をほぼ空にしていた小竜姫がその匂いに反応する。
それらを眼前に並べると小竜姫はわき目もふらずにそれらを食べていった。

「…あの、昨日から小竜姫さま、こんな感じなんですよ。
 物凄い勢いで途轍もない量を食べちゃうんです」

「昨日から?」

「ええ、警察からの帰り道でファーストフードに入ったんですけど、
 横島さんの三倍以上の量を今みたいな感じで…、もしかしてどこか悪いんじゃないかと」

そう困惑しきった表情で伝えるおキヌ。
なんでそんな大事なこと言わないのよ、と美神は横島を睨み付ける。
が、相変わらずヘラヘラした様子のヒャクメは、

「あ、そのことだったの。それなら問題ないのねー。
 今の小竜姫は食べる事でしかエネルギーの補給ができなくなってるだけなのねー」

と、酒のアテになりそうな料理を見繕いつつ、
なんでもない事のようにのたまった。


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