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▽レス始

「竜神様行状記 その二(GS)」

八之一 (2005-12-16 21:19/2005-12-16 21:37)
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「は、はい。実はですね、
その…、私、神族としての能力を斉天大聖老師に封じられてしまいまして…」

「「…はい?」」

小竜姫の意外な言葉に横島とおキヌは思わず大きな声を出してしまった。
二人のその声を聞いて小竜姫はますます小さくなっていく。

「そ、その、一時的なものなんですが…、今の私は人間とほとんど変わりません」

「老師に、ですか?」

「な、何でそんな事に?」

「じ、実は…」

血相を変えて問いただす二人に、
小竜姫は弱冠引きながらことの次第を語り始めた。


一週間程前の妙神山でのこと。
既に日も暮れて薄暗い照明だけになった異界空間にある修業場の中。
そこに一人神剣を振るい、型を練習している小竜姫の姿があった。
いつも腕や額につけている竜神の装具が外されている。
大ぶりな神剣をまるで腕の延長でもあるかのように、
緩急自在と言った風情で操っていく。
その様子を近くで見るものがいたなら、
小竜姫の前にいないはずの相手が浮かび上がってくるように感じられただろう。
その仮想の敵を相手に、小竜姫は徐々に剣のスピードが上げていき、
更に没入していく。
表情がますます集中したものになっていき、緊張が極限まで高まっていった。
そして。

「ハッ!!」

気合とともに仮想の敵に神剣を振り下ろす。
途端に激しい爆発音が轟き渡った。
修業場を覆う結界がギシギシと軋む。
凄まじい土煙が舞い上がり、周囲を覆い尽くした。


ややあって土煙がおさまると
神剣を振り下ろしたままの姿勢だった小竜姫が、ふっと緊張を解く。
手の甲で額に浮かんだ汗を拭った。

「ふぅ…」

そうして小竜姫が呼吸を整えていると、
結界の出入り口が開き、大型のトランクを抱えた女性が入って来た。

「相変わらず凄まじいのねー。でもあんまりやりすぎると身体を壊すわよ?」

そう言ってクスクス笑いながら小竜姫に手拭いを投げてよこしたのは
神族の調査官、ヒャクメだった。

「ヒャクメ…」

「ホラ、今だって右手首の筋をちょっと痛めてるのねー」

ヘラヘラしているが真剣に気遣っているのがわかる。

「大丈夫ですよ、ありがとう。
 …でも、また遊びにきたのですか?あまり感心できませんね」

礼を言いながら受け取った手拭いで汗を拭く小竜姫。
ついでに小言を言うが、ヒャクメは悪びれもしない。

「あはは、私が真面目にやると皆仕事がなくなっちゃうのねー。
 それに今日は一応お使い。老師から言伝なのねー」

汗を拭き終わり、結界の隅に置いてあった竜神の装具を身につけ、
指摘された手首の調子を確かめていた小竜姫は、ヒャクメの言葉に顔色を変える。

「老師から?何か緊急の用件でも?!」

小竜姫の師匠であり、妙神山のトップである斉天大聖は、
現在神界に出張しており、今夜帰ってくる予定だったのだ。
何事かと緊張した小竜姫は衣服の乱れを整え、背筋を伸ばして伝言を聞く体勢を取る。
しかし、その杓子定規な様子にヒャクメが吹き出した。

「ヒャ、ヒャクメ!大事なお役目ですよ。慎みなさい!」

そのヒャクメの態度に小竜姫は柳眉を逆立てるが、ヒャクメは笑ったまま取り合わない。

「あはは、そんなにかしこまるような事じゃないのねー。
 神界から帰るのが明日に延びたから、
 今夜の『○ぐれ刑事純情派』を録画しておけ、って言われたのねー」

「はあっ?!」

その言葉に、かくん、と肩透かしを食う小竜姫。
だからお使いだって言ったのね―、とヒャクメは苦笑する。

先のアシュタロスの起こした霊的テロ事件によって完全に破壊されてしまった妙神山は、
その再建に際して人間界との繋がりを以前にも増して重視する事になった。
あの事件における人間たちの果たした役割を考えれば当然であろう。
そのため、新しく建設されたこの霊的拠点は様々な部分に手が加えられたのだが、
その一環として、これからは人間界の情報にも通じておかなければならない、という名分のもと、
様々な人界の機器や設備が導入されることになったのだ。
結果、年代ものだった白黒テレビは、数倍の大きさのカラーテレビに買い換えられ、
記録のための機材――すなわちビデオデッキ――も導入された。
更に限界まで増設されたパソコンが何台も搬入され、
ケーブルも麓の町から延々と引かれてきた。
そのため、視聴可能なテレビのチャンネルは爆発的に増加し、インターネットはつなぎ放題。
電話はノイズが入らなくなり、最近では携帯電話まで通じるという状態になっていたのである。
無論、妙神山で一番偉いゲーム猿の意向が強く働いていたのは言うまでもない。

そういった環境が整うと、
ヒャクメは人界の情報収集という名目で入り浸るようになり、
斉天大聖は料金が一定なのをいい事にネットゲームに血道を上げ、
パピリオは土曜日曜の朝は頑としてテレビの前から動かなくなってしまった。
それを咎める立場であるはずの小竜姫も、
これまで見る事ができなかった時代劇やドラマに耽溺していたために
彼らに対して強く出る事ができず、
結局、それぞれ時間の制限を設けるというところに落ち着いてしまったのだ。
そんなわけで最近の妙神山は、制限時間を守らせようとする小竜姫と、
なんとかその目を盗んで時間外もゲームへの参加を試みる斉天大聖や
こっそり深夜放送のアニメを見ようとするパピリオとの間の
熾烈な争いの場になっていたのであるが。

「まったく、予約録画くらいできるようになって欲しいのねー、
 って小竜姫?どうしたのね?」

やれやれと呆れていたヒャクメだったが、
言伝を聞いた小竜姫の様子がおかしい事に気付いて声をかける。
すると、

「…こ、困ります!今日は『その時○史が動いた』で幕末の特集があるのに!」

と、小竜姫が絶望的な表情で叫んだ。
いつもは厳しい管理人さんもしっかり下界の毒に侵されているらしい。

「…見たければ見れば良いのねー。そのためのビデオじゃないの」

心底呆れた様子でヒャクメがそう言うと、小竜姫は半泣きになって、

「だ、だって、録画していたらチャンネルが変えられないじゃないですか!」

「…だめだこりゃ」

小竜姫のその言葉に、わざとらしくだみ声で下唇を突き出したヒャクメがぼやく。
どうやらビデオを録画しているときはチャンネルが動かせないと思い込んでいるらしい。

「小竜姫?ビデオが録画していても他のチャンネルは見られるのねー」

「ええっ?!ほ、本当ですか、ヒャクメ!」

「いいからついて来るのね―」

驚く小竜姫を伴ってヒャクメはテレビとビデオのある居間に向かう。
部屋に入ると二人はテレビとビデオの電源を入れた。

「ほら、ビデオのチャンネルしか映らないですよ」

そう言ってリモコンのボタンを押して見せる小竜姫。
ビデオに表示されるチャンネルに合わせて画面が切り替わる。

「録画しているときは固定されてチャンネルは切り替わらないですし」

「まあ黙って見てるのねー」

そう言ってヒャクメは小竜姫の手からリモコンを奪い取ると、
ビデオデッキの『テレビ/ビデオ』のボタンを押して画面を切り替える。
途端に画面が暗転した。
続けてヒャクメがリモコンのボタンを押すと、
ビデオが表示しているものと違うチャンネルの画面が映し出される。

「ああっ?!ほ、本当に違うチャンネルが映ってる?!」

「…説明書くらい読むのねー。そんな事じゃ脳みそまで筋肉とか言われるのねー」

感激している小竜姫を困った顔で見ているヒャクメ。
しかし、小竜姫はその視線にも気付かず、
チャンネルをパカパカを変えて喜びの声を上げている。
かなりのカルチャーショックだったらしい。
しばらく呆れた顔でその様子を見ていたヒャクメだったが、ふと時計を見て言った。

「あ、小竜姫。そろそろ『○ぐれ刑事』が始まる時間なのねー」

そう言われて小竜姫も我に返って時計を見る。
柱にかかった年代ものの時計はあと数分で九時になるところだった。

「そ、そうですね。録画に失敗すると何を言われるかわかりませんし」

そう言って小竜姫はビデオのチャンネルをあわせる。
画面が録りたいチャンネルである事を確認すると、
そのまま『録画』と書かれた赤いボタンを押した。
ビデオデッキの中から低いモーター音が響き出す。
画面に『録画標準』の文字が現れた。
しばらくすると画面に面長なベテラン俳優が現れ、
BGMとともにタイトルが読み上げられる。
それを見て小竜姫は安堵の溜息をついた。

「ふう、これでよし、と。
 で、ヒャクメ、チャンネルを変えるのはどうしたらいいんでしたっけ」

「ここのボタンを押すのねー。
 そうすればテレビの方のチャンネルで見られるのねー」

そう言ってボタンをポンポンと押していくと、
四角く厳つい顔のアナウンサーが今日の番組を説明しているところが映った。

「ああ、本当に見られるんですねえ。
 これなら見る番組を巡って老師やパピリオとやり合わなくてすみます。
 ありがとう、ヒャクメ」

そう言って顔をほころばせる小竜姫。
テレビの中ではアナウンサーが幕末に詳しいというまんが家を紹介していた。
小竜姫がお茶を入れるために立ちあがる。

「まったく。老師やパピリオとやり合うくらいなら
 説明書を読むくらい何でもないと思うんだけどねー。
 あ、お茶請けはお煎餅がいいのねー」

「はいはい」

いつもはそんな我侭は言わせない小竜姫だったが、
よほどチャンネルの件が嬉しかったらしい。
上機嫌で水屋からお煎餅の袋を取り出すとお茶と一緒に持ってくる。
ちゃぶ台にそれらを置き、座布団をあてると、
丁度テレビの中の話が本題に入っていくところだった。
画面に見入る小竜姫とヒャクメ。
その時代についての背景が説明され再現VTRが流れてはじめた。
幕末の時代を生きた一人の人物の人生がトレースされていく。
最後の戦いに臨み、その人物が戦死したところまでで再現VTRが終わった。
画面がスタジオに戻り、アナウンサーがまとめに入る。

「それにしても小竜姫も物好きなのねー。
 この頃のことって実際にいろいろ見てるでしょうに。
 今では随分脚色されたり不当に貶められてることもあるんじゃないのね?」

お煎餅をかじりながらヒャクメが聞く。
彼女等から見れば幕末などはそれほど遠い過去ではない。
しかし小竜姫はヒャクメの疑問に苦笑するだけで番組から目を離さずに言う。

「確かにそうですが…それもまた人の営みの面白いところですよ。
 彼らは百年もすると全て入れ替わってしまいますから、
 その時の価値観で過去がどう評価されるかがまるで変わってしまうんですね。
 私たち神族には…」

「ああ―――っ?!!」

小竜姫がヒャクメの疑問に答えていると、突然後から悲鳴が響く。
びっくりした二人が振り向くと、そこには濡れた髪にタオルを巻きつけた
幼稚園児くらいの女の子がパジャマ姿で立っていた。
妙神山で預かっている魔族の少女、パピリオである。
顔を蒼白にした彼女は世界の終わりが三回くらい来たような表情をして
呆然とビデオデッキを見つめていた。

「ぱ、パピリオ?」

そのパピリオの尋常でない様子に小竜姫が声をかけると、
我に返ったパピリオはビデオデッキに駆け寄った。

「だ、だめですよ、パピリオ。
 老師の見たい番組を録ってるんですから。…パピリオ?」

そう言う小竜姫の言葉に耳も貸さず、
パピリオはビデオテープの挿入口に指を突っ込んだ。
S-VHSと書かれたプレートが奥に引っ込み、
中で動いているテープの上半分が視認される。

「あああああ―――っ?!!
 や、やっぱりパピリオのテープでちゅ―――っ!!!」

事態の飲み込めていない小竜姫と、ギクリ、と顔を引きつらせるヒャクメ。

「し、しかも標準で録ってるでちゅ―――?!
 パピリオの○面ライダーが―――っ?!!」

そう言ってパピリオは慌ててビデオを停止させる。
ボタンを乱暴に操り、録画中だったテープを再生させた。
ザザッと画面にノイズが走り、上から下へと降りていく。
数秒の間ガタガタしていた画面が正常に戻ると、
そこには何やら妙な格好をした人間が、
爬虫類を模した妖怪のようなものを相手に大立ち回りをしていた。

『トオッ!!○イダーキィック!!』

「ぎゃあああっ!!こ、これは既に第六話?!
 三時間近くも消されてるでちゅ―――っ?!!」

どうやら三倍だったらしい。
ガックリとうなだれてしまうパピリオ。

「え、え?」

「ちょ、ちょっと用事を思い出したのねー。御馳走様なのねー」

いまだに事態が飲み込めずにおろおろする小竜姫を
薄情にも見捨てて一人逃亡を図るヒャクメ。
が、しかし。

「小竜姫っ!!ペスッ!!どういう事でちゅか?!
 なんでパピリオのテープに上書きするでちゅかー――っ?!」

ちょっと遅かった。
目に一杯の涙を湛えたパピリオが振りかえり、癇癪を起こす。

「え?だってさっき見終わってたじゃ…」

「…っ!うあああっ!!」

素で火に油を注ぐような事を言ってしまった小竜姫に、
パピリオの元々少ない忍耐力が吹っ飛ぶ。
その小さな身体から、単純な総量では小竜姫の霊力をも上回る魔力が放出された。
凄まじい爆発が小竜姫とヒャクメを襲う。

「パッ、パピリオっ?!」

「ひーっ?!」

慌てて霊力の楯を造りそれを防ぐ小竜姫と、
なす術もなく吹き飛ばされるヒャクメ。
小竜姫がフルパワーで張った楯がギシギシと軋み、
周囲の建物がガラガラと崩れていく。

「くうぅっ?!」

「馬鹿馬鹿ばかあぁぁぁっ!!」


ようやく爆発が収まる。
居間の周辺の建物はほぼ全壊してしまい、
立っているのはパピリオと小竜姫だけとなっていた。

「はーッ、は―ッ…ぱっ、パピリオッ!なんてこと、を…」

そのあまりの被害に小竜姫は荒い息をつきつつも詰問しようとする。
しかし、ボロボロと泣いているパピリオの様子を見て思わず怯んでしまった。
逆にパピリオは溢れる涙を拭おうともせずに小竜姫を睨み付けると、

「せっかく夏の間に録り貯めたのをゆっくり見てたのに―――っ!!
 酷いでちゅっ!小竜姫の、小竜姫の馬鹿―――ッ!!」

そう叫んで泣きながら駆け出していってしまった。
それを呆然と見送る小竜姫。
その後ろのブスブスと煙を上げる居間では何故か無傷だったテレビの映像が流れている。

『覚えておれ、○イダ―!次こそは必ず…』

画面では大仰なヘルメットをかぶり、黒マントを羽織った悪の幹部が
そう言って逃げていくところだった。


「た、助けて欲しいのねー…小竜姫ー…」

黒焦げになった物体が瓦礫の下でなにか微かに呟いたが、
呆然としている小竜姫の耳には届かなかった。


「…で、そのまま篭城されとるという訳か」

「はい…面目次第もございません」

次の日になって帰ってきた斉天大聖の前で小竜姫が悄然として頭を下げていた。
あのあと、ビデオテープをオシャカにされたパピリオは
そのまま自室に引き篭もり、小竜姫が何を言っても出て来なかったのだ。
何分強大な力を持つパピリオであるため、
無理に部屋に入る事も出てこさせることもできず、
無為に時間だけが過ぎてしまったのである。

「まったく、保存用のテープに上書きするとは…たるんどるぞ、小竜姫!」

「そ、そういうものですか?一度見た番組なら別に…」

「喝ッ!!パピリオにとってそれらは手元に置いておくことに意味があったのじゃッ!!
 自分の価値観だけで判断するでない!!」

大真面目な顔で説教する斉天大聖。
実際のところは、ヲタク街道まっしぐらで、
まっとうな道を踏み外しかけているという事なのだが、
無論小竜姫にはわからない。

「そ、そうですね。大切なものは人によるのですから…失言でした」

真剣な表情で謝罪する。

「うむ、気をつけることじゃ。…しかし困ったのう。
 こんな騒ぎを起こしていると神界に知られたら何を言われるか解らんぞ」

難しい顔をして斉天大聖が考え込むと、その言葉に小竜姫も狼狽する。

パピリオはただの魔族ではない。
魔族の中でも別格とされる魔神の一人であったアシュタロスが
自ら生み出した上級魔族であり、
そのアシュタロスによって起こされた霊的テロの実行犯の一人として
保護監察中の身なのである。
究極の魔体との決戦において有益な情報をもたらした功が認められ、
姉であるベスパともどもその罪を問われる事はなかったのだが、
しかしそれとてアシュタロスの本当の願いが
自らの滅びにあったからこそ選択したのだという意見はけして少数派ではないし、
本人たちも問われれば否定はしないだろう。
魔族の軍隊に入ったべスパはともかく、
神族で預かったパピリオがこのような騒動を起こしたとあれば、
鬼の首でもとったかのように問題視しだす神族がいることは想像に難くなかった。

「ど、どうしましょう、老師。
 あの娘に神族たちが何かしたら、魔族との間に問題が…」

「うむ、少なくともアレの姉は頭に血を登らせてやってくるじゃろうな。
 その騒ぎに乗じようとするものが双方から出れば
 聖書級大崩壊まで一直線という事も考えられない事ではないぞ」

神族と魔族の緊張緩和、などといわれる時代であり、
その反対勢力の巨頭であったアシュタロスが消滅した今、
積極的に反対するものはごく少数派となったが、
同時にそれをもろ手を上げて賛成している者もまた
かなりの少数派であるのが現状だ。
なんとなれば神族、魔族が相克するのは
彼らの存在意義であり本能的な欲求だからである。
その本能の抑制のために最高指導者たちは、
北欧神話の神族たちを魔族としたり、
魔に近い怨霊や、妖怪を神族としてとり立てたりして
神族、魔族の立場の流動化を図り、融和をうながしてきたのだが、
それでも生粋の神族、魔族たちのその本能的欲求は膨らむ一方であるらしく、
何かにつけては暴走しようとするものが絶えないのだ。
そんな現状であるため、今回の騒ぎが大事になれば、
双方の不満分子が得たりとばかりに騒ぎ出すのは火を見るより明らかだった。

「しかたがないのう。この上おまえが行っても話がこじれるだけじゃからな。
 わしがパピリオに話を聞いてこよう」

コキコキと首を鳴らしながら立ちあがる斉天大聖。
それを聞いて小竜姫の顔に安堵の表情が広がるが、
他の事に思い当たってすぐにそれがかき消される。

「し、しかし、ここでこちらが妥協したら
 パピリオの教育に悪影響が出ないでしょうか」

実際のところ、書き込み不可の処置をした訳でもないビデオテープを
デッキの中に放置しておいて、
上書きされたからと言って全面的に被害者と言うのは少々虫が良い話ではある。
パピリオの教育係でもある小竜姫としては、いかにこの状況下とはいえ、
一方的にこちらが非を認めるのは彼女の我侭を助長しかねない、と考えたのだ。
案の定、斉天大聖がハッキリとそれを肯定する。

「む、出るじゃろうな。駄々をこねれば無理が通ると思われること必定じゃ」

「うっ?」

小竜姫の胸に斉天大聖のフキダシの一部がぐさりと突き刺さった。

「今後は何かあるたびに篭城騒ぎを起こしかねんな」

「がっ?!」

「変に自分を特別な存在などと思い込むやも知れぬ」

「ぎぎっ!」

「と言って上から力ずくでは人格形成に歪みが出るかもしれんのう」

「うぐっ?!…も、もう勘弁してくださいぃ、老師ぃ…」

次から次へと突き刺さる斉天大聖の追い討ちに堪らず泣きを入れる小竜姫。
その様子に斉天大聖はニヤリと笑う。

「ま、そのあたりはお主の監督不行き届きじゃ。
 パピリオ共々、騒ぎに決着がついたら相応の償いはせねばなるまい」

「は、はい…」

神妙な面持ちで肩を落としている小竜姫。

「では行って来る」

「お、お気をつけて」

そう言って見送る小竜姫にひらひらと手を振って、
斉天大聖は一人パピリオの篭城する彼女の私室に向かって歩いていった。


「それで…結局私が消してしまった番組の
 『そふと』というものを手に入れてくる、という事で決着がついたのです」

そう言って小竜姫が長い話を締めくくったころにはそろそろ閉店という時間だった。
入ったときはかなり込み合っていた店内も既に閑散としている。

「つ、つまり…小竜姫さまはその、
 ○面ライダーのビデオを買いに山を降りてきた、と」

途轍もない脱力感に襲われつつも横島はそう確認する。
すると、

「あ、いえ、そのなんでも『でーぶいでー』という新しい機械があるそうで、
 それを買ってくるようにと言われてまして」

そう言って小竜姫はポケットから
インターネットからプリントアウトしたと思われるチラシを取り出した。
そこには最近普及が著しいDVDの再生機能が付いた新型ゲーム機と、
限定生産の○面ライダーのDVDボックスの広告が記載されていた。
両方あわせると諭吉さんが余裕で十人以上飛んでいく金額だ。

「なんでもこれでないともうその番組を見る事はできないそうなんです」

((…だ、騙されてる…))

複雑な表情で黙り込む横島とおキヌ。
レンタルビデオなら三百円も出せば見られるのだという言葉が喉まで出かかる。
しかし。

「これを購入できるだけの金額を稼いで買ってくるように、というのが老師の命でして」

「え?お金は貰って来なかったんですか?」

てっきり品物を買いに来ただけだと思っていた横島が驚いた声を上げる。

「ええ。今の妙神山にはお金になるようなものはほとんどないんです。
 その、あの事件の時に全部吹き飛ばされてしまいましたので」

元々あれらは昔から少しづつ奉納されてきたものですから、と言う小竜姫。
再建間もない妙神山ではなんの貯えもないのであろう。

「で、でも再建の費用とか設備にもお金は使ったんでしょ?」

「あの時は神界から援助していただいたんです。
 余った分はもう返却してしまいましたし、
 なにより私的な目的で流用するわけにもいきません」

ゲーム猿がインターネットのために有線を引くのは
私的流用じゃないのか、と思わず突っ込みたくなる横島だった。

「し、しかしなにもわざわざ小竜姫さまが自分で稼がなくても…」

「いえ、その、つまりこれが今回の件で老師から私に与えられた罰なのです。
 自力でこれらを手に入れて来るというのが」

パピリオの方は壊した建物を一人で修理させられています、と言って
苦笑する小竜姫。

「そ、そうですか…。だから今日はお供の鬼門さんたちもいないんですね」

「で、でもそれと能力の封印になんの関係が?
 それならそんな事しない方がよっぽど稼げるでしょうに」

パピリオとて能力を封じられて建て直している訳ではないだろうと考えて
横島が疑問を口にする。
その問いに小竜姫はホロ苦い笑いを浮かべて答えだす。

「ええ、その、今神界と魔界がとても微妙な関係にあることは
 先ほど話しましたよね?」

「は、はい」

「その影響で神族も魔族も今の人界で活動する事に
 とても過敏になっているんです。
 あの事件以来、人間界の力を見なおす風潮が出てきているものですから」

「…どう言う事です?」

横島が問いかける。

「…アシュタロスと言えば最高指導者を除けば、
 魔族の中でも最高位に極めて近い存在でした。
 それをほぼ独力で撃退した事で、
 人が神族、魔族間の戦いにおいても戦力足りうる、と考えるものが増えていまして」

小竜姫の言葉におキヌの顔色が代わる。
しかし、小竜姫は目顔でそれをあえて遮ると、

「最近では神族、魔族の不満分子の中に
 人間界を自分の陣営の勢力下に置こうとする動きが出てきているんです」

沈痛な表情でそう言った。

「私の霊力は妙神山をそのまま離れると少々目立ちすぎるのです。
 ただの私用なのですが、魔族に気付かれれば変に勘繰られるかもしれません」

香港の時のようにはいきませんしね、と言って角のあった辺りを手で押さえる。

「そういう訳で下山に際して老師に能力を封印していただいて気付かれないようにしたんですよ」

「だから警察で名前も所属も出さなかったんですね?」

そう思い当たった横島が苦笑いしながら言うと、
小竜姫はやや安堵した表情で二人に頭を下げる。

「すみません…。失礼とは思ったのですが、
 特に記録に残るのは拙いと思ったものですから」

小竜姫に頭を下げられて横島が慌てて話を変える。

「い、いや、そんな事は良いんですよ。仕方ないじゃないですか。
 それよりこれからどうされるつもりなんです?」

「そ、そうですね。
 それだけ金額となると、それなりの手間と時間がかかるでしょうし」

「そ、その事でちょっとご相談が…」

二人にそう聞かれて小竜姫はなにやら言い難そうにもじもじし出す。

「なんでしょう、私にできる事なら言ってください」

「俺も手伝いますよ。…金はちょっと今月末まで貸せないっすけど」

月の始めとは思えない横島の言葉は小声だったため耳に入らなかったらしい小竜姫が、
二人の言葉に思いきったように顔を上げる。

「あ、ありがとうございます。
 ではその、お言葉に甘えまして、ひとつお聞きしたいのですが…」

「「はい」」

小竜姫の真剣な表情に横島とおキヌも緊張して次の言葉を待った。
そして。


「…お金ってどうやって稼ぐんですか?」


横島とおキヌの顎が、かくん、と音を立てて外れた。


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