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「竜神様行状記 最終話(GS)」

八之一 (2006-04-10 03:55/2006-04-13 07:01)
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「ただいまー、人工幽霊一号」

美神除霊事務所の前の路肩に寄せられたワンボックスカーの中から
埃まみれの顔を出した美神が建物に向けてそう声をかける。
一行がドタバタと宝捜しに向かってから三日目の朝の事だった。
赤城山から小竜姫の貸し出した呪的アイテムを運び出し、
テレビ屋に掘り返された事によってできてしまった結界の綻びを繕い、
小栗の霊たちと徳川家の秘宝には後日の対応を約してようやく帰ってきたのである。
その間、主のいない事務所の留守を預かっていた人工幽霊一号は
即座にその声に反応した。

「お帰りなさいませ、美神オーナー。今ガレージを開けますので…」

泥まみれのワンボックスで埃まみれの美神だったが、その表情は暗くない。
どうやら空振りではなかったようだと内心ホッとしながら
人工幽霊一号はそう言ってガレージを開けようとした。
すると美神はそれを遮る。

「あ、いいのいいの、このまま庭に停めて荷物下ろすから。
 それよりちょっと結界を強くしてくれる?」

「結界をですか。少々お待ちください…これくらいで如何ですか?」

珍しい事だといぶかしみながらも、
人工幽霊一号は美神の要請に応えて建物に張られた結界に回す霊力を強める。
ヴンッ、と低い唸り声のようなものが響き、
事務所の建物の周囲にうっすらとした光の膜が現れた。

「うん、これくらい強ければ問題ないわね。ありがとう、人工幽霊一号」

それを見た美神は満足そうな顔でそう言うと、
その淡い光の膜の内側に車を侵入させる。
そして玄関前の庭に車を停めるとエンジンを切り、
助手席うとうとしているおキヌや
後部座席で正体もなく寝こけている横島たちに声をかけた。

「さ、着いたわよ、皆。起きなさい。とりあえず荷物をおろして」

「へ〜い」
「はい〜」
「はいでござる〜」
「む〜」

美神にそう言われて起きだした一同は
疲れきった声で返事をするとのろのろと動き出した。
ワンボックスの後部のドアを開け、
横島とシロの肉体労働担当が中から戦利品や機材をおろし始める。

「あ、これ、物置でいいですか」

おキヌがおろされた機材に近寄って手伝おうとしたのを見た美神は慌てて止める。

「おキヌちゃんは無理しないで休んでなさい。頭打ったんだから」

「大丈夫ですよぅ。お医者さんもそう仰ってたじゃないですか」

美神の言葉に過保護を感じたのか、おキヌが困ったような顔で抗議した。

小栗の霊との戦闘でおキヌが頭を打ったことを聞いた美神は
赤城山からの帰路の市街地で病院を探して検査してもらっていたのである。
とりあえず問題はないだろうとの事だったのだが、
場所が場所だけに大事をとることにしたようだ。

「駄目。ちゃんとした設備のあるところで調べてもらえって言われたでしょう?
 後で病院に検査してもらいに行くからね…
 こら、タマモ!アンタはちゃんと手伝いなさい!」

美神はおキヌとのやり取りの隙に作業をサボって
こっそり事務所に入り込もうとしたタマモに気付いてそう釘をさす。
見つかって首をすくめたタマモが不満たらたら、といった表情で振りかえった。

「ええ〜」

「ええ〜、じゃないっての。ちゃんと手伝いなさい!
 まったく油断も隙もありゃしないんだから。…さてと」

ブツブツと愚痴をこぼしながら作業に加わったタマモを見届けると、
美神は懐からこぶし大のゴツゴツした木片のようなものを取り出した。

「小竜姫さま、もう大丈夫よ。結界を強くしたから」

美神が木片に向かってそう言うと、それは微かに振動し出す。
霊力が放電するように溢れだして小竜姫の姿が現れた。
美神の手にあった木片のようなもの――彼女の角――が、
パシュッ、という軽い破裂音を立てて頭に接続される。

「…ふう、ありがとうございます、美神さん。
 これだけ強固な結界の中なら大丈夫そうですね」

現れた小竜姫は角からうっすらと煙を上げながら立ちあがり、
そして事務所の回りの結界を見まわすとそう言った。

「まあ漠然と監視しているくらいならそうそう気付かれないと思うわよ。
 ヒャクメみたいなのがピンポイントでここを監視してたらわからないけどね」

美神は苦笑してそう答えた。

斉天大聖が小竜姫に施した封印が解けてしまった今、
徒らに人界をフラフラしていれば
その特殊で強力な霊力を魔族に察知されて問題になってしまう。
赤城山では元々結界の中だったこともあり、
また小竜姫自身が張った結界でもあったために
結界内に満ちている彼女と同種の霊力が迷彩の効果になったようで、
運良く魔族に気付かれる事はなかった。
しかし事務所や妙神山に帰るのに
そのまま結界を出て人界をうろうろすればたちどころに気付かれてしまう。
そこでかつて香港に渡った時と同じように
角だけの姿になって帰って来る事になったのだ。
魔族の目を誤魔化せる上に休養も取れて一石二鳥、という訳である。

「ま、もう戦闘がある訳じゃないんだし、この結界の中で霊力をセーブしてれば
 普通に生活するくらいは問題ないでしょ。
 妙神山に帰る時はまた角だけになってもらって私たちが運べばいいし」

元々シロの修業に妙神山に行こうと思ってたところだったしね、と言って笑う美神に、
小竜姫は心底申し訳なさそうな顔をした。

「何から何まですみません」

「だからいいって。それより持ってきたアイテムよ。
 ちゃんとお金になるものがあるかどうか調べなきゃ!」

そう言って美神は目を輝かせてワンボックスの方に歩いて行く。

「あ、はい」

小竜姫も慌ててそれについて行った。


「これが赤城山から持ってきた分ね?」

ワンボックスの横にひとまとめにして置かれた古びた道具。
それを見て美神が訊ねると、

「あ、そうっす」

おろした機材を事務所に運び込もうとしていた横島が答えた。
美神がそれらを手にとって品定めをはじめようとすると
強制労働にウンザリしていたタマモが手を止めて寄って来る。

「どう、なにか良いものありそう?」

「こ、こら、さぼるな、タマモ!」

そう言って片付けを放り出したタマモを咎めるシロだったが、
彼女も気になるらしくそわそわし出した。
チラチラと美神の方を見ながら機材を運んでいるから危なっかしい事この上ない。
シロのそんな様子を見た美神は溜息を一つつき、

「ほら、横島クン、シロも。片付けるのは後にしなさい。
 アイテムの鑑定するから手伝って」

と、声をかける。

「はっ、はいでござる!」

「う〜っす」

その美神の言葉にシロは目を輝かせ、持っていた機材を放り出して駆け寄ると
尻尾をブンブン振りながら美神の手元を覗き込む。
それを見た横島は苦笑してシロの放り出した機材を拾い上げると
元々持っていた機材と一緒に事務所の中に運び込んでから
美神のところにやってきた。

「どんなモンすか?」

庭に広げられたアイテムを前に話している美神と小竜姫に横島がそう声をかける。
二人の表情を見ると結構期待が持てそうだった。

「悪くないわ。元々小竜姫さまからもらったものっていう付加価値がある上に、
 今でもちゃんと使えそうだからね。
 これなら結構いい金額になるんじゃないかしら」

案の定、美神がとてもいい笑顔で答える。
小竜姫も大分安堵した表情で横島に道具の説明をはじめた。

「ええと、これが霊力を消費する事で岩でも砕ける破壊力を出せる鉄鞭ですね。
 これが鉄板も苦もなく貫ける鑿。
 これも霊力を消費する事でかなりの力を発揮します。
 それにこれは遠隔操作で爆発させる事ができるお札ですね。
 それから…」

嬉々として一つ一つを説明していく小竜姫だったが、

「…なんと言うか、今一つ地味な感じが否めないわね」

横で聞いていたタマモの率直な感想にギシリ、と固まってしまった。

「…ど、どれも土木作業に転用可と言う事で貸し出した物ですから…」

そう言って引きつった表情でそう続ける小竜姫。
それを聞いた美神は苦笑しながら鉄鞭を手に取ると、

「地味ってわけじゃないんだけどね…。
 横島クン、ちょっとこれ使ってみてくれる?」

と言って手渡した。

「とと…、なんすかこりゃあ。柄の付いた鉄の棒?」

見慣れない形状の武器に横島が戸惑っていると、
周囲を見まわしながら美神が説明する。

「鉄鞭って言うのよ。中国で用いられた武器の一種ね。
 いいから霊力を篭めて…そうね、あそこのガラクタを叩いてみて」

そう言って美神は視線の先にあった庭に放置されっぱなしの
厄珍堂から持ってきた粗大ゴミのようなガラクタを指し示した。
元は何かの大型の機械だったようで横倒しになっており、
横島の胸の辺りまである。
幅――本来は高さ――は二メートルほどもあり、
おかしな計器やボタン、チューブなどがついている赤錆びた鉄の塊だった。

「ヘ〜い」

そう気の抜けたような返事をした横島は
言われるままにガラクタの方に歩いて行くと、その前に立つ。

「はじめますよ〜」

緊張感のない声で美神に向けてそう言うと、
横島は鉄鞭を振りかぶり、霊力を篭め始めた。

「おお!なんだか凄そうな」

「もしかして見た目より使える?」

霊力を篭められて放電し出した鉄鞭を見たシロとタマモが
興味津々といった表情で近付こうとするが、
前に立っていた美神に押し留められる。

「美神殿?」

「いいから、下がってなさい」

「?…じゃあ、いきますよ〜。…よっ!」

背後のやり取りに不穏な何かを感じながらも
横島は何気なく鉄鞭を振り下ろした。
鉄鞭の先端がガラクタに触れる。
途端に凄まじい爆音が周囲に轟き渡り、ガラクタが大爆発を起した。

「どわあああっ?!」

「「「きゃあああああっ?!」」」

凄まじい爆風が起こり、空気がビリビリと振動する。
美神除霊事務所の玄関前の庭に土煙がもうもうと立ちこめた。

「けほっ、けほっ、…ちょ、ちょっと、美神さん、
 しゃ、洒落にならないわよ、これっ?!」

涙目で咳き込むタマモがそう言うと
ハンカチで口元を押さえた美神が困ったような顔をする。

「うーん、ここまでとは思わなかったわね〜」

「ど、どういうことですか、美神さん?!」

着物の袂で口元を覆ったおキヌもアタフタしながら近寄ってくる。。
そんな事を言っている間にようやく土煙が収まりだすが、
その途端にシロが素っ頓狂な声をあげた。

「ああ〜っ!せ、先生〜っ?!」

土煙が晴れた庭には粉々に砕け散ったガラクタの残骸と
ボロボロになった横島が無残な姿で転がっていた。

「…まあ、おかしいと思ったのよね。
 小竜姫さまからもらったアイテムを死蔵してるなんてさ。
 多分貸してもらったのはいいけど誰も使いこなせなかったのね」

その様子を見て美神は溜息をつくとそうこぼす。

「人間には扱いきれないものだったからほっといたってこと?」

「っ?!」

タマモの何気ない言葉を聞いて
横島の惨状にオロオロしていた小竜姫がビクリと反応した。

「そ、そんな?!じゃあ横島さんは…!」

美神の言葉を聞いたおキヌが真っ青になって横島の方に視線を向けると、


「あ〜、死ぬかと思った……?!」


ボロボロで倒れていた横島が何事もなかったようにむっくりと起き上がる。
いつもの事だがあまりの不死身っぷりに一同呆れて声も出ない。
当人だけがことの異常さに気付かずに、

「ぺっぺっ…、ああ、酷い目にあった。
 危ないなら危ないと先に言ってくださいよ、美神さん!」

などと呑気に口に入った砂を吐きながら難じている。
そんな横島に美神は頭を掻きながら近付いてきた。

「ゴメンゴメン。強力過ぎてまったく発動しないんじゃないかと思ってたのよ。
 私が持った時はそんな気がしたんだけど…。
 で、どんな感じだった?」

「どんなって…なんか身体中の霊力が根こそぎ持って行かれましたよ。
 おかげで飛んできた瓦礫から身を守ることができなかったっす」

庭に座り込んだ横島が服についた砂を払い落としながら言う。
それを聞いた美神は横に落ちていた鉄鞭を拾い上げて仔細に調べ始めた。

「そう、そうよね。いくら土木作業に転用可能って言っても竜神族の武器だもの、
 竜神の装具でも着けてなければそうそう扱えるものじゃないわよねー」

「……っ!」

真っ青な顔で美神と横島のやり取りを聞いていた小竜姫だったが、
美神のその言葉に更に表情を強張らせた。
しかしおキヌとシロは横島の治療で、美神は鉄鞭の品定めに夢中で
そんな小竜姫の様子に気付かない。。

「動かないでください、横島さん」

「あ、ああ、ゴメン」

「せ、拙者もヒーリングを…」

「やめんかっ、こんな泥まみれのところを舐めまわすつもりか?!」

「き、気にしないでござるっ!」

「俺が気にするわ、阿呆タレ―っ?!」

わいわいと騒ぎつつも横島の治療が終わったのを見て美神が話を戻す。

「どうかしら、横島クン。この威力なら使いようだと思うんだけど。
 鎧とか防護服とかでちゃんと防御すれば結構役に立つんじゃない?」

嬉々としてそう言う美神に横島はちょっと複雑な顔をして答えた。

「…まあ威力の方は。でも、霊力の方はどうするんすか?
 正直なところこれ使ったらその日一日くらいは使い物にならない感じっすよ」

美神がそれを買い取れば実地で使うのは間違いなく自分だと気が付いているからだ。
超人的な回復力(?)を持っているとはいえ、痛いものは痛いのである。
正直なところ勘弁してもらいたい、と言う願いをこめた横島だったが、
勿論美神が斟酌してくれるはずがない。

「そうね、それがネックよね…。
 でもまあ、使いどころを間違えなければかなり強力な切り札になるわ。
 これならウチで引き取ってもいいわよ、小竜姫さ…あれ、小竜姫さまは?」

「あれ、そう言えば…」

恩に着せて安く買い叩こうという魂胆を笑顔に隠した美神が
小竜姫のいた方に向き直ると、そこにはタマモだけしか立っていなかった。

「…なんか美神さんたちの話を聞いてたら
 いきなり事務所に駆け込んじゃったけど」

そういうタマモの視線の先には半開きになった事務所のドアがあった。

「そうなの?どうしたのかしら…」

「まだ疲れてたんすかね?」

「それならそれで一言言って行きそうな気がするでござるが…」

あまり小竜姫らしくない行動に首をかしげる一同。

「じゃあ私、ちょっと様子を見てきますね」

そう言っておキヌが立ちあがる。

「あ、お願い、おキヌちゃん。私たちは機材を片付けてるから。
 終わったら着替えて医者に行くから用意をしておいてね」

「は〜い」

美神の言葉を背におキヌは一人事務所に入っていった。


事務所に入り、人工幽霊一号に訊ねると、
小竜姫は彼女にあてがわれた部屋にいると答えが帰ってきたので
おキヌはそちらに足を向けた。
部屋の前に来るとおキヌは軽くドアをノックしてドアを開ける。
室中は鎧戸が閉められ、明りも付いていないために薄暗かった。

「小竜姫様…どうしたんですか?」

そう言いつつ、おキヌは手探りで電灯のスイッチを入れる。
明りに照らし出されたベッドの上にはうつ伏せで倒れ込んだ小竜姫の姿があった。
おキヌはベッドに近付きながらその背中に話しかける。

「美神さんがあれならかなりの値段で引き取れるって言ってましたよ。
 これでようやく妙神山に帰る事ができますね」

そう言っておキヌはベッドに腰掛けると、
その振動に反応した小竜姫がのろのろと身体を起し、おキヌの方を向く。

「…おキヌちゃん」

そう呟いた小竜姫を見たおキヌは一瞬呆気に取られる。
彼女の目の回りは真っ赤に腫れあがっていた。

「しょ、小竜姫さま?どう…したんですか」

「あ…その……」

おキヌの驚いた顔と言葉に小竜姫はうつむいて黙り込んでしまう。
それを見たおキヌは慌てて話を変えた。

「…あ、そうだ。お礼がまだでしたね」

「…え?」

おキヌの言葉を聞いた小竜姫は怪訝な表情で顔を上げる。
それを見ておキヌは微笑んで言葉を続けた。

「赤城山では助けていただいてありがとうございました。
 おかげさまでたす…」

「…やめてくださいっ!」

「はっ、はい?」

おキヌの言葉を遮って小竜姫が突然激発する。
あまりの語勢の強さにおキヌが面食らって目を白黒させていると、
大声を上げてしまった事に気付いた小竜姫は再びうつむいてしまった。
そのままボソリボソリと小声で囁き出す。

「…す、すみません。でも…私は、私のやったことは…
 おキヌちゃんの感謝には値しません」

どう声をかければいいのかわからずにオロオロしているおキヌ。
小竜姫は更に言葉を重ねていく。

「私はただ…自分が助かりたかったから、
 私自身が死にたくなかったから、
 それだけのために老師の封印を勝手に解いて反撃したのです。
 その挙句…危うくあなたを死なせてしまうところでした」

そう言って小竜姫の落ち込む姿に
とにかく何か言わなくては、とおキヌはアタフタと喋り出す。

「で、でも結局助かったんだし、小栗さんの攻撃からは私を」

「…おキヌちゃん」

「は、はい?」

しかし、それを遮って小竜姫は顔を上げておキヌを正面から見つめてきた。
そして。


「何故あなたがた人間は命懸けで戦う事ができるのですか?」


「…え?」

「能力を封印されてはじめて人と同じ能力で戦って、その脆さに驚きました。
 こんな非力でたった一つしかない生命を賭けて戦うなんて…
 正気の沙汰とは思えません」

そう呟く小竜姫の肩が赤城山での戦いを思い出したのか、小刻みに震え出す。

「妙神山に修行に来る人も、私たちから依頼を受ける人も…。
 こんな脆い身体で何故遥かに強靭な敵と戦う事ができるのでしょうか」

「そ、それは…その、戦わなくちゃならない場合だから、だと…」

唐突な小竜姫の問いかけに戸惑うおキヌ。
悪霊に襲われた時に戦わなければ殺されてしまうではないか、と。
しかし小竜姫は構わずに続ける。

「勿論私たち神族も死を賭して、という事がない訳ではありません。
 しかし、それは誉められた事ではないんです。
 私の前に私が倒せない相手がいた場合、私より強い人に助力を頼むこと、
 もしくは代わってもらうことは恥でもなんでもありません。
 彼我の戦力差を測れずに無意味に死ぬことこそ恥であり、
 なんとしても避けなくてはならないことなのです」

「はあ…」

「それなのにあなたたち人間の身体では、
 どんな矮小な悪霊と戦うにも命懸けではありませんか。
 ほんのちょっとした間違いさえあれば…
 例えば転んだ先に少し尖った岩が突き出ているだけでも致死的な事態になります。
 そんな状態で何故戦おうなどと思えるのです?」

「…」

次第に興奮していく小竜姫の言葉に
おキヌはなんと言っていいかわからずに黙り込んでしまう。

「わかりません…わからないんです。
 私は人界に数百年に渡って駐留し、
 他の神族とは比べ物にならないくらいに人との接触を持ってきました。
 人の事も充分理解しているつもりだったのです。でも」

そこまで言って小竜姫は自嘲の笑いを浮かべると、またうつむいてしまった。

「人の身体がここまで脆い物だとは思ってもみませんでした。
 それに、先ほどの鉄鞭の体たらくを見たでしょう?
 私は…人間の能力的な限界を全く見誤っていたんです。
 もしかしたら…いえ、きっと私の無理解のせいで
 命を落とした人もいたに違いないんです…」

「……」

「…私はいったい、この数百年、何を見て来たのでしょうか…」

そう言って悄然と頭を垂れた小竜姫はそのまま動かなくなった。
その横でおキヌはめまぐるしく表情を変えながら
小竜姫の言葉を咀嚼し、理解しようとつとめ、
そしてしばらくしてから口を開いた。

「…小竜姫さま。きっと、それが普通なんじゃないでしょうか」

おキヌの言葉に小竜姫が顔を上げる。

「多分、本当に他人を理解できるなんてことは…ないんだと思います」

「おキヌ…ちゃん?」

優しい表情とはうらはらなおキヌの言葉に今度は小竜姫が戸惑ってしまう。

「小竜姫さまの言っておられること、なんとなく理解は出来ます。
 でもきっと本当のところは私にはわからないんです。
 私は神族から見た人間というものがどんなものか想像するしかない訳ですから
 …結局各々がそれぞれの立場でしか考える事はできないんですよ」

そう言っておキヌは小竜姫から視線を外すと、
部屋の天井の方を見上げて話し始めた。

「同じ人間でも…立場が違えば感じる事、考える事は違ってしまうんですよ。
 まして、神族と人間では同じように感じられるはずがないんじゃないでしょうか。
 立場どころか、身体も能力も寿命も、何もかも…違うんですから」

「……」

「さっきの何故戦える、という問いも同じじゃないでしょうか。
 小竜姫さまから見れば無茶なことでも、
 私たちにとっては戦わなくてはならないから戦っているだけで当然のことなんです。
 小竜姫さまから見れば不可解な事なのかもしれませんが
 私たちからすれば小竜姫さまの言葉こそ不可解なんですよ」

そう言っておキヌは小竜姫を見る。
その割り切った物言いに小竜姫は戸惑い、シーツを握り締めた。

「…それは…随分冷たい見方ではありませんか。
 私は…神族はけして人間と分かり合えないと…?」

小竜姫の不服そうな声におキヌは微笑んで言う。

「…そうですね。でも、それを知っていれば
 小竜姫さまが依頼をする時、アイテムを貸す時、
 これはこの人間にとって手に余るかどうか、考える事ができたのではないですか?」

その言葉を聞いた小竜姫はハッと顔を上げる。

「これくらいなら大丈夫だろう、このくらいなら使えるだろうではなく、
 これならできるか、使えるかを話し合えば
 互いにより良い結果を得る事ができるのではないでしょうか」

「……」

呆然とおキヌの顔を見る小竜姫におキヌは言葉を更に重ねた。

「ひょっとしたら…老師さまが今回小竜姫さまの能力を封印して人界に送り出したのも
 そういう目的があったんじゃないでしょうか」

「…老師が?」

「人間の能力で人界で生活すれば
 嫌でも小竜姫さまが人間を過大評価していた事に気付くでしょうから…。
 今後の人間との接し方に影響しないはずないじゃないですか」

「あ…」

「これから小竜姫さまが人間と
 上手くやっていけるように、ってことだったんじゃないでしょうか」

それを聞いた小竜姫はしばらく黙り込んでいたが、

「…そうかも…しれません。
 私は…神族としてしか…人を見ていなかった…それを老師は…」

そう呟いてがくりと肩を落とした。

「駄目ですね…、私」

「…でも、これからは違いますよね」

そう言ってにっこり笑うおキヌを見た小竜姫は、はじめ目を丸くして、
ついでポロポロと泣きながら微笑んで答えた。

「…はい」


しばらくしてようやく落ち着いた小竜姫をともない、
食事にしようと台所にやってきたおキヌは、
執務室から美神たちの悲鳴が上がるのを聞きつけた。
小竜姫にも聞こえたようで二人は顔を見合わせると
弾かれたように執務室の前に行き、ドアを勢い良く開けて部屋に飛び込む。

「ど、どうしたんですか、美神さんっ?!」

「な、何事ですか?!」

その勢いに執務室の机の回りにいた横島やシロ、タマモが吃驚した顔で振り返った。
皆、緊張しているわけではない事から
どうやら非常事態という訳ではないらしい、と安堵する。

「脅かさないでくださいよ、美神さん。どうしたんです?」

「あ、ああ。おキヌちゃん、小竜姫さま」

やはり振り返ってそう言う美神の前には
最近導入したパソコンのモニターが光っていた。
そこにはインターネットの大手の通販サイトが表示されている。

「いやね、ちょっと例のDVDボックスの在庫があるか、調べてたんだけど…」

妙に言い難そうに口篭もる美神。
他の三人も何やら戸惑ったような表情をしている。

「え、どうかしたのですか?」

「えっと、その…。じ、実はそのソフトにプレミアが付いちゃっててさ…。
 どうも定価の二倍くらいの値がついてるのよね」

「それは…?」

美神の言う事の意味が良くわからなかった小竜姫だが、
その雰囲気から言い様のない不安に襲われて周囲を見る。

「…考えていたより二倍お金が必要だってことよ」

「…え?」

「つまりその…、稼がなくてはいけない額が
 二十万ほどにはねあがったと言う事でござる…」

「……えええっ?!」

シロとタマモに間違いようのない説明をされた小竜姫は
顔から盛大に血の気を引かせて叫んだ。

「あ、持ってきたアイテムを売ればそれくらいどうって事ないのよ?
 けどさ、それにしたって中古が定価の二倍ってのは……って、小竜姫さま?!」

美神が頭を掻いてフォローをいれるが、小竜姫には聞こえなかったらしい。
その場にすとん、と座り込んでしまうと虚ろな瞳で乾いた笑いを響かせ始め、

「あ、あは、あははははは…」

そのままぱたりと仰向けに倒れてしまった。


「二倍…お金、二倍…もっと…稼がないと…おか、お金えええぇェェ…」


「「「「「しょ、小竜姫さま――っ?!」」」」」


目を回してうわ言を言い続ける小竜姫。
美神除霊事務所に一同の悲鳴が響き渡った。


エピローグ


赤城山から帰って来てから数日。
おキヌの検査の結果も問題なかったので、
小竜姫が命じられた品を手に入れた美神たちは
フルメンバーで妙神山に至る山道を歩いていた。
一歩間違えば谷底にまっ逆さま、という
およそ日本とは思えないような険路を進んでいく。

「相変わらずとんでもない道よねー」

「ぜーっ、ぜーっ、最初から、わかってたんですから、
 もう少し、荷物を減らしてくれても…イエ、ナンデモアリマセン」

いつものようにとんでもない量の荷物を持たされた横島が抗議の声を上げようとするが、
美神にギロリ、と睨まれて尻つぼみになってしまう。
シロと言う荷物持ち要員が増えており、
彼女もそれなりの量の荷物を持っているのだが、横島の負担は減っていない。
前に来た時より、おキヌ、シロ、タマモの三人分の荷物が増えているからだった。

「死んでもいいけど荷物は落とさないようにね〜」

「せんせ〜早く来るでござる〜」

そう言って身軽な美神や人間を遥かに超える身体能力を持つシロは
さっさと歩いていく。

「お、鬼〜っ!」

そう怨嗟の声を上げながら横島は後を必死の形相で追っていく。
その後を申し訳なさそうな顔をしたおキヌがついて行くが、
彼女もまた荷物は持っていない。
おキヌの体力と運動神経を考えれば荷物を持たせるには多少心許ないからだ。
更に狐に戻ったタマモが上着のフードに入っている。
おキヌが足を滑らせた場合は変身して飛んで助けるという事らしく、
それ故に余分な荷物は持たせられないということもあった。

「す、すみません、横島さん」

「あ、いや、おキヌちゃんには言ってないよ、うん。
 悪いのは全部あのシリコンむ…あだぁっ?!」

そう言って申し訳なさそうに謝るおキヌに
慌ててフォローをいれようとした横島が思わず口を滑らせた。
途端に横島の側頭部に神通棍が叩き込まれる。

「悪質なデマを流すんじゃないっ!」

その一撃で目を回した横島はフラフラになってしまう。
足元がおぼつかなくなって危ない事この上ない。
慌てておキヌが崖から落ちないように横島の腕を取った。

「あ、あの、横島さん。危ないですからおとなしく歩きましょう、ねっ?」

「へ、へい〜」

おキヌの言葉に言葉に目を回していた横島も頭から血を流しながら歩き出す。

「ほら、二人とも、早くしなさい!!」

前を歩く美神が不機嫌な声を上げる。
慌てて横島を避パッて歩き出すおキヌの頭の後で
タマモが呑気に大欠伸をした。


「あれ?鬼門の二人がいないわね。どこ行ったのかしら」

ようやく妙神山の入り口に辿りついた一行だったが、
いつも門扉に張りついている鬼の顔がなくなっていた。
門の横にいる身体もなくなっている。

「あれ、なんか張り紙があるっすよ。なになに…『管理人不在のため休業中』?」

門に近寄った横島がそこに張られた紙を見て読み上げた。

「あれ、修業は老師さまが見ていると言ってなかったでござるか?」

「なにこれ。『謹謝 訪客叩門』?
 …まあ、いいわよね。管理人同伴だもの。中に入りましょう」

そう言って美神が門に手をかけると門扉は呆気なく開いた。
一行が中に入っても人の気配はない。

「結界は張られてるみたいだけど、誰も出てこないってどういうことかしら…。
 まあいいわ、この中ならもう大丈夫でしょ」

そう呟くと美神は懐から小竜姫の角を取り出す。
すぐに小竜姫が姿を現した。

「どうもありがとうございました、美神さん。何から何まで…って、あれ?」

運んでもらった礼を言おうとした小竜姫だったが、
雰囲気がおかしい事に気付いて周囲を見まわし出した。

「気がついた?なんか様子が変なのよね。鬼門の二人もいないし」

「鬼門が?おかしいですね、どうしたんでしょうか…」

「まあ、考え込んでも始まらないわ。
 結界は生きてるんだし、おかしなことにはなってないでしょ」

「そうですよね…。とにかくまずは老師のところに行きましょうか。あの建物ですから」

そう言って小竜姫は修業場の奥にある平屋立ての木造の建物に向かって歩き出す。
美神たちもその後について歩き出した。


「うぷっ、な、なんですかコレは?」

妙神山の居住区にあたる建物の戸を開け、中に入った途端に小竜姫は絶句した。
そこで彼女が見たものは、玄関や廊下中に散乱するゴミの山だった。
コンビニのビニール袋に詰められているのはまだ良い方で
廊下や玄関に散乱した生ゴミや食べ終わったコンビニ弁当の容器、
ジャンクフードの包み紙や空の容器が据えた匂いを放っており、
フタの開いた空のペットボトルが所狭しと転がっている。
漫画の雑誌や新聞がそこここに積み上げられており、
脱ぎ散らかした衣服が廊下の隅に積み上げられて悪臭を放っていた。
そんな妙神山の居住区の惨憺たる有様に、皆、呆然としていたが、

「…なんか落ち着くなあ」

「そんなのアンタだけよ!…って、小竜姫さま、これは?」

場違いな感想を上げた横島に突っ込んだ美神が
その拍子に我に返って小竜姫に問い掛けた。

「はっ?!こ、これはいったいどういう…。
 と、とにかく、ちょっとここで待っててください!」

美神に声をかけられた小竜姫も我に返り、
そう叫ぶと慌てて建物の中に駆け込んでいった。

「あ、待って、小竜姫さ……行っちゃった。
 ま、これを見れば大体想像はつくんだけどね」

「え、どういうことです?」

仕方ないと言う表情で溜息をついた美神におキヌが聞き返すが、

「説明は後で。多分危ないことになるから今のうちに急いで敷地から出ておきましょ」

取り合わずにそう言って踵を返す。

「え?ちょ、ちょっと、美神さん?どういう…」

他のメンバーもその後を慌てて追っていった。


一方、何が起こったかわからなかった小竜姫は
まず自分の部屋に戻り保管してあった神剣を取り出すと、
それを引っさげてゴミを掻き分けながら廊下を進んでいった。

「老師、どこです?!小竜姫です!ただいま戻りました!老…?」

斉天大聖の名を呼びながら進んでいくと
奥の部屋から明りと機械的な音楽が漏れてくる。
慎重に近付いた小竜姫がそっと戸を開けると、一際雑然とした部屋が現れた。
戸にぶつかってゴミの山が崩れ、派手な音を立てる。
するとそれを聞きつけたのか、ゴミの山の向こうから呑気な声が響いてきた。

「ペスでちゅか〜、遅いでちゅよ〜」

「昼飯を買いに行くだけでいつまでかかっとるんじゃ〜。たるんどるぞ〜」

たるみ切っているが斉天大聖とパピリオの声だった。
小竜姫がゴミの山を崩さないように部屋の中を進んでいくと、
煌煌と光るテレビの前に背中を丸めて座り込んでいる二人の姿が見えた。
テレビの前には灰色のゲーム機が置かれており、
そこからコードが二人に向けて伸びている。
安堵した小竜姫は斉天大聖に声をかけようとした。

「ろ…」

「新作ソフトを買いに行かせた鬼門はいつまでたっても帰って来ないし。
 まったく小竜姫はどういう教育をしてるんでちゅか」

「折角あれがおらんで思うさま羽を伸ばせるというのにのう。
 これでは堪能できんではないか」

「……え?」

そんな事を言いながらもぞもぞと動いている二人。
無論ゲームをしているのだろう。
小竜姫が絶句して口をパクパクと動かしている間も
斉天大聖とパピリオのたるんだ声は続く。

「小竜姫が帰って来るまでの短い貴重な自由時間だというのに
 わかってるんでちゅかねえ」

「まったくじゃ。こんな生活はあやつが居ったらとてもできんからのう」

そう言ってパピリオは手元にあったスナック菓子の袋に手を突っ込み、
斉天大聖はどぎつい色の液体が入ったペットボトルをラッパ飲みした。
ようやく事態の把握ができた小竜姫の肩が小刻みに震え出す。

「…つ、つまり……日がな一日好き勝手するために…私を外に出した、と…?」

怒りに震える低い声にも二人は気付かない。
呑気にペラペラと喋り続ける。

「そうでちゅよー。大体小竜姫は細かい事をちまちまと煩すぎなんでちゅ」

「ゲームが一日一時間などと今時小学生でも守っとらんわい」

どうやらろくに動かずかなり長時間に渡ってゲームを続けていたために、
二人とも極端に感覚が鈍っているらしい。

「一日中ゲームができてアニメも見放題なんて夢のようでちゅ。
 当分帰ってこなければいいのに」

「まあ、あやつはあれでかなり不器用じゃからな。当分は帰ってこれまいて。
 身体が馴れるのに一月、まともに稼げるようになるのに一月、
 必要な金額を貯めるのに一月で三ヶ月は固いところじゃろ。
 金銭に煩い美神令子のところに世話になっていることじゃしな」

「…最初っからそのつもりで…?」

握り締めた拳がガタガタと怒りに震えている。
その口から漏れる声には明らかなさっきが篭っていた。

「そうでちゅ。ま、パピリオのビデオテープを駄目にした罰でちゅから
 これくらいはしてもらわないと割に合わないでちゅよ」

「ついでに新しいゲーム機も手に入って一石二鳥というわけ…む?」

「どうしたでちゅか、老師…はへ?」

「「しょ、小竜姫?!!」」

ことがここに至ってようやく小竜姫が立っていることに気がついた二人は
悲鳴じみた声を上げ、コントローラーを放り出して後退る。

「そうですか…つまり…好き勝手に遊び呆けるために…
 二人で私を陥れたという事でいいんですね…老師…パピリオ」

二人が後退った分だけ小竜姫が額に血管を浮き立たせて歩を詰める。

「しょ、小竜姫?!い、いつの間に?!」

「ちょ、ちょっと待つんじゃ?!いくらなんでも帰って来るのが早過ぎじゃろ?!」

慌てる二人の言葉に引きつった笑いを浮かべて答える小竜姫。
口元は笑っているように見えなくもないが、目は異様に血走っていた。

「…ええ、不器用ですから…ちょっと反則気味な手段を用いましたが…。
 ご要望の二品はちゃんと購入してきましたよ…」

「そ、そうか。良くやったぞ、小竜姫。それではワシはこれで」

「あ、待つでちゅ、パ、パピリオもっ」

そう言い置いて慌てて逃げ出そうとする二人。
それを見た小竜姫のこめかみのあたりからブチブチ、という破滅的な音が響き渡り。

「待ちなさいっ、二人とも!!今日という今日はもう勘弁なりません!!
 仏罰を下して差し上げますッ!!」

そう叫ぶと小竜姫は手に下げていた神剣を抜き放ち、鞘を投げ捨てる。

「いや、ワシも一応仏なんじゃが…って、のわあっ?!」

そんな戯言を口にした斉天大聖の頭めがけて凄まじい勢いで神剣が振り下ろされた。
明らかにいつもより数段速いその攻撃を斉天大聖は間一髪でかわす。
はらはらと切られた体毛が舞い落ちた。
それを見て真っ青になった二人は戸を蹴破って廊下に飛び出し逃走を図る。
それを追って小竜姫も部屋を飛び出してきた。

「待ちなさい、二人とも!潔く仏罰を受けなさいッ!!」

「い、いかん、小竜姫め、本気でワシらを殺る気じゃ?!」

「こ、このままではヤバいでちゅ?!」

「な、なにかいい手は…そうじゃ!」

追いかけられながらも斉天大聖は別のアプローチを試みる。

「こ、こら、小竜姫!仮にも上司に手を上げていいと思っておるの…」

「お黙りなさいっ、問答無用です!買い被った私が馬鹿でした!!」

が、それもあっさり無駄に終わった。
言い終わる前に斉天大聖の頭めがけて神剣が襲いかかる。

「どわあああっ?!こりゃいかん、やらなきゃやられるぞい!」

「し、しかたないでちゅ、老師!こっちもやるでちゅよ!!」

「うむ!」

そう言って二人は逃げるのを止め、追いかけてくる小竜姫に向き合った。

「この上刃向かおうというのですか?!恥を知りなさい、老師、パピリオ!!」

それを見た小竜姫はそう叫んで神剣を振りかぶる。

「阿呆!刃向かわんわけがあるかっ!噴っ!!」

その小竜姫の一撃を掌から出現させた六角形の棒で受けた。
金属の擦れあう耳障りな音が廊下中に響き渡る。
小竜姫と斉天大聖が鍔迫り合いを演じていると、

「来るでちゅ!眷属たち!!」

窓を開けたパピリオが叫ぶ。
妙神山の一画に駐留していたパピリオの眷属の蝶たちが
真っ黒な塊になってこちらに向かって来た。
それを見た小竜姫はこのままでは不利と判断する。
ギリッと歯軋りをすると斉天大聖から距離を取り。

「おのれっ!かくなる上は―――」


妙神山の入り口から美神たちが出てくる。

「ぜーっ、ぜーっ、み、美神さん、ど、どういうことなん…」

荷物を担いで必死について来た横島が
荒い息をしながら美神にそう尋ねた瞬間。
凄まじい轟音を響かせて先ほどの建物が爆発した。
もうもうと煙が立ち昇っているのが
妙神山の入り口の門の外に退避していた美神たちにも視認できる。

やがて煙が晴れるとその中から巨大な竜と猿の姿が現れた。


『ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


『キシャアアアアアアアアアアアアッ!!』


ニ体の巨大生物は凄まじい吠え声を上げると敵意を剥き出しにして激突する。
物凄い音が響き、地面が揺れた。
それを見た横島が素っ頓狂な声を上げる。

「うわ、ありゃあ老師と小竜姫さまじゃないっすか!
 二人とも本性剥き出しで…って、あれ、あの黒いのはパピリオの眷属か?!」

やはりそれを見ていた美神が呆れた顔で呟く。

「あ〜あ、やっぱり」

「や、やっぱりって…だからどういうことなんです?」

「いや、だからあのゲーム猿とパピリオが組んで
 小竜姫さまを騙してたってことでしょう。
 妙神山から時間のかかりそうな仕事を与えて外出させて、
 その間好き勝手な事してたってコトじゃないかしら」

「じゃああの居住区の惨状は…」

「小竜姫さまがウチに居た間中炊事も洗濯も一切やらなかったんでしょうね。
 で、考えていたより早く小竜姫さまが帰ってきたんでばれちゃったってところかしら」

そんな事を話している間も本性を顕わしてぶつかりあう小竜姫と斉天大聖。
その回りを蝶の塊が飛び回っており、時折隙を突いて竜に攻撃を仕掛けている。

「あ、あれがかの有名な斉天大聖でござるか…
 さ、さすがに迫力が違うでござるな」

「あれが小竜姫さま?本当に竜なのね」

シロとタマモも初めて見る神族の本性にかなり腰が引けている。

「さながら怪獣大決戦って感じね…キ○グコングにキ○グギドラ?
 パピリオは…モ○ラと言うにはちょっと小さいかしら」

呑気にそんな事を言っていた美神たちだったが、
戦闘の余波で一抱えもあるような瓦礫が凄まじい勢いで結界にぶつかって爆ぜる。
中の一つが妙神山の結界を突き抜けて
美神たちの近くに落ちて凄まじい地響きを立てた。

「きゃあっ?!こ、ここもあぶ、危ないですよう、美神さ〜ん」

泣き声を上げるおキヌ。
その間にもバラバラと大小の瓦礫が降り注いで来る。
美神もさすがに拙いと判断する。

「こ、こりゃあ、思ったより酷いことになりそうね…皆、逃げるわよ!!」

「「「「はいっ!!」」」」

一同、声を合わせて返事をすると、一目散に来た道を引き返し始めた。


妙神山を逃げ出す美神たちに気付きもせずに戦い続ける三人。
怒りのあまりリミッターが壊れてしまった小竜姫と
やや後ろめたさがあってそこまでは行けない斉天大聖、パピリオチームは
丁度互角の戦いを繰り広げていた。
しかし元々地力の違う小竜姫は徐々に消耗していく。
そして退勢が明らかになったとき、小竜姫は逆上した。


『オノレ、オノレ、オノレエエエッ!!
 コノ恨ミハラサデオクベキカアアアッ!!!』


理も非もなく残った力の全てを集めて斉天大聖に向けて突撃する。


『コォノ馬鹿弟子ガアアアアアッ!!』


それを見た斉天大聖も同様に力を集めて受けて立った。

「ちょ、ちょっと待つでちゅ―ッ?!!
 こんなものにまき込まれては…ポチーッ!!」

ここまでの戦闘で眷属もかなり討ち減らされ、
当人もかなり消耗していたパピリオは慌てて退避しようとする。
その直後。


『『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ?!!』』


妙神山が閃光に包まれた。


美神除霊事務所の面々が来た道を引き返して数分。
背後から凄まじい発光が起こり、それに数秒送れて爆音が響き渡り。
そして。

「「「「「うひゃああああああああああああああああっ?!!!」」」」」

更に数瞬遅れて爆風が襲いかかり、一行を吹き飛ばした。


山を覆った凄まじい光が収まった後、
妙神山があった場所はかの逆天号による破壊の後よりも綺麗に更地になっていた。
瓦礫の山の上にはニつの人影が倒れている。

「「う、うぅん…」」

ニつの人影――小竜姫と斉天大聖――はほぼ同時に目を覚ました。

「はっ?!」

「ワ、ワシはいったい…?」

ムクリと起きあがった二人は周囲を見まわして、


「「ああっ?!誰がこんなひどいことを…?!」」


声を綺麗に合わせて叫んだ。


「「「「「「お前らだあああああああああッ!!!」」」」」」


二人の回りにボロボロになって幽鬼のように立っていた
美神除霊事務所の面々とパピリオが
一斉に突っ込む声が廃墟と化した妙神山跡地にこだました。


こうして人界有数の霊的拠点、妙神山は三度目の壊滅をしたのである。
三度目の再建がなされたかどうかは定かではない。



後書き

どうも、ご無沙汰いたしておりました。八之一でございます。
ダラダラ続いた上に大分間も開いてしまいまして申し訳ありません。
長々続いたこの話もどうにか一応の終わりとなりました。
内容的には胡散臭いし、
構成的には『鋼の心』の焼き直しだし、
泥縄で書いていたものだからミスがボロボロでるしで
全く持って粗悪なものでのお目汚し申し訳なく思っております。
やはり書き上げていないものを
人様にお見せするものではないとつくづく思いました。
ただ今見切り発車を猛省いたしているところであります。

最後にこのようなものに辛抱強くお付き合いくださった方には
衷心からの感謝を捧げさせていただきます。
ありがとうございました。

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