世界は苦痛だ。
生きるということは、存在するということは――苦痛だ。
私にとって…。
全ては繰り返されている。
命に怨まれるために、命を傷付け。
倒されるために、挑む。
延々続く茶番劇。
全ては決定されている。
正義が勝って、悪は滅びる。
それが――世界のシステム。
我が名はアシュタロス。
未来永劫悪を演じ続けるもの。
がんばれ、横島君!! うらめん〜魔神の日々〜
私を閉じ込めるもの。
魂の牢獄。
見えざる鎖と重い枷。
一体いつ、私はそんな下らないものに取り込まれたのか?
神であった頃からか? それとも魔神となったがゆえか?
記憶は曖昧で、だが事実は明確。
ただ遠い昔から繰り返していることだけが、頭に残る。
高位魔族であるがゆえ、狂気に逃げることも叶わず。殺戮と破壊の衝動に身を任せることもよしとしない。
なんとつまらない世界。
宿命も運命も奇跡も偶然も必然も! それら全ては遥か高みから我々を見下ろす意思の掌の上!!
役目も在り方も己で決めることの出来ない無力さ。
世界を支える天秤に座することだけが存在理由。
魔神と呼ばれながら、なんと愚かで滑稽か。
――まるで道化。
私を指差し哂うのは、世界が定めた『正義の味方』か。
だからこそ。私は誓う。
この牢獄から逃れることを! 私の魂を真に私のものとすることを!!
螺旋のように廻る死も生も要らぬ。
私は――全てを己で決定したい。
単純な方法では逃れられない。
世界は至極簡単なルールの上に成り立ちながらも、圧倒的な力で持ってその在り方を維持している。
だから私は探した。
私を解き放つ術を。
この愚かな劇の幕引きを。
気の遠くなるような長い長い時の中、ありとあらゆる論理を仮定を現象を事象を具象を確立を法則を因果を導き出し思考する。
それによって生み出された何億通りものパターンと、そこから引き出される架空の結末のシュミレート。
幾度も行い、幾度も失敗し。
やがて私は、あるひとつの結論へとたどり着く。
この方法ならば、私はこの忌々しい牢獄から逃れられるかもしれない。
思い至り、歓喜する。
そのとき私の胸中には、魔神でありながら希望というものが宿っていた。
望みを得るために行動を起こしたのが数千年前。
最高指導者どもに知られればそれこそお終いだ。
行動は慎重に速やかに。
魔界での準備をある程度整え、人界に赴いたのは二千年ほど前か。
私の計画には大量の人間の魂が必要だった。
部下を使い、契約という呪を用い。
全ては順調だったのだ。
あのときまでは…。
そう、あのとき――あの男が現れるまでは!!
ああ、思い出すだけで腹が立つ!
確かに霊力は高い! 陰陽師としての才も認めよう!
だが、それとこれとは話が別だ!!
あの男が私の娘を! メフィスト・フェレスを誑かしさえしなければ…!!
そうすればメフィストはアレを、私の計画に必要不可欠なアレを持って逃げることもなかったのだ!
は!? もしやこれが世界の抑止力!?
おのれ宇宙意思…! 許すまじっ!!
しかし、どうしてメフィストは私を裏切ったのか?
うう、素直なイイ子だったはずなのに…。
あの男に何か吹き込まれでもしたのか?
…コレが世間一般で言うところの反抗期というやつなのか!?
いったい何が不満だったんだ。
あれか、触れ合いが足りなかったのか? コミュニケーション不足だったのか!? 忙しさにかまけてあまり相手をしてあげられなかったからか、そうなのか!!
ごめんよ、メッフィ〜ちゃあ〜ん!!
はぁはぁ…。落ち着こう、私。
もうメフィストの時のような、無様な真似はせん。
メフィストは生まれてわずかしか経っていなかった。
ゆえに、自我というものが育ちきっていなかったのだろう。
だからこそ、簡単に私以外を優先させた。
やはり何事も結果を急いではいけない。
特に私のやろうとしていることは、綿密に慎重に確実に行わなくてはならない。
下らない劇の悪役を数億年続けてきたのだ。目的のための数千年など、それに比べればなんでもない。
だから私はここに居る。
人界。『芦原優太郎』の名で買った屋敷。
小さな企業の社長兼技術者。
それが私が作った、人界における私の身分。
戸籍も経歴も私にかかれば簡単に偽造できる。
そして『芦原優太郎』という存在を確実にするため、技術者としての腕を人間の企業に提供する。
『私』という存在を、怪しまれないよう周囲に認識させる。
魔神として裏のみでこそこそするよりも、人間としてある程度表にもその存在を浸透させていた方が動きやすい。
まぁ。提供する技術は私にとって見ればたいしたのもでなく、他の神魔族に気付かれない程度のものだが。
違和感なく溶け込むために、人間に関する知識も詰め込んだ。
魔族の私に必要なものではないが、話を合わせるためには仕方がない。
なにも慌てることはないのだ。
メフィストの転生体の居場所も把握している。
しばらくは放って置いても何の問題もない。
下手に手を出して騒ぎになるのは、得策ではないからな。
そうやって数年前から積み重ね。
今――新しく生み出した部下が静かな寝息を立てている。
ベビーベッドの中、私お手製のベビー服を着て時々無意識に手足が動く。
嗚呼! 可愛いぞ、我が娘たち!!
ふふふ。メフィストは私に対する忠誠心と愛情の不足で裏切った。ならば、新しい部下たちにはそれをたっぷりと与えてやればよい!!
子供が親を嫌うもの反抗するのも、幼児期の愛情や温もりが不足したからと何かの育児書で読んだしな。
おお、なんて完璧な理論!
別に培養液の中で眠る娘たちのぷにぷにした手足に触りたかったとか、ほっぺたを撫でたいとか抱っこしたくなったとか。
そんな考えは一切ない。
これ以上つまらぬことで計画が遅延するのを防ぐためだ。
「うあ? あうあ〜♪」
「きゃ〜。あーう」
「あ〜あ? あうぅ〜ぶ?」
目を覚ました娘たちが思い思いの声を上げながら、細く柔らかい手足をパタパタと振り回す。
ああもう、辛抱たまらん!!
三人まとめて抱き上げて頬ずり! これは男の夢だろう!!
い、癒される……。
「いい子でちゅねぇ〜、パパでちゅよぉお〜♪」
「アシュ様、お茶が入り……」
「……あ」
…………。
「四十八の殺人技ー!!」
「ぎゃあぁ〜〜〜っ!?」
ふ、人間の書物もときには役に立つものだ。
迂闊だった。
芦原優太郎としての仕事と、私本来の目的のための仕事が忙しい。
これでは娘たちの傍についてやることが出来ない。
さて、どうしたものか。
普段子守を任せていたドグラは私が破壊してしまったし。
――修理しなければならないが、正直な話あんなチ○ポ口にかまうより娘たちの傍に居てやりたいしな。
というわけで、ドグラの修理は後回しだ。
今現在は私とハニワ兵でやっているが、このままでは仕事が溜まってしまう。
…あまり気は進まんが、他の部下に任せてみるとしよう。
ケースその一 デミアン
「なぜだあぁぁぁぁぁぁぁ!! なんで私がこんなことをしなければならないんだぁっ!!?」
記録、三日。
デミアン、おしめを持ったまま逃走するんじゃない。
右半分子供で、左半分が肉塊の状態で叫ばれても可愛くないぞ。
ケースその二 メドーサ
「うるさいねぇ!! 泣くんじゃないよ、鬱陶しい!! ……だから胸を吸うなぁぁぁぁっ!!」
記録、一日半。
わかったから、私の娘を石化しようとするんじゃない!
ええい、でかいだけでしょせんは飾りか。
ケースその三 ヌル
「ほう、これはなかなか出来の良い実験体お子様で。解剖…いやいや、面倒見甲斐がありますな」
記録なし、失格。
貴様はもう少し言葉を選べんのか? いや、選んだとしても駄目だが。
軽く半殺して酢漬けにして埋めた。
ケースその四 ハーピー
「うわぁぁぁぁぁぁん! もうイヤじゃん、こんな生活ぅ〜!! おうち帰る〜!!」
記録、一週間。
羽毛を毟られたその羽で飛んだら…あ、落ちた。
これは、ストレスによる脱毛症もあるな。……ゆっくり休みたまえ。
こ、ことごとく役に立たんな我が部下たち。
後一匹居るには居るが――ハエだしな。ハエはなぁ…。
衛生上の理由で却下。
ふむ、こうなると最後の手段。
人間を雇うか。
だが、下手な人物を雇うとこちらが危ない。何よりルシオラたちに害があってはいけない。
特殊な趣味の持ち主も最近多いようだし。まったく、物騒な世の中になったものだ…。
そうすると――性別は問わず、真っ当な人格の持ち主で子供好き。
もし仮に秘密を知られたとしても吹聴することもなく、変わらず接するような。
それにルシオラたちの情操教育上、暖か味のある優しい人柄というのも必須事項。
ああ、高い霊力も外せないポイントだ。何があるかわからんからな。
娘たちの美意識が偏るのは好ましくないので、それなりに見れる顔であるとなお良し!
性的嗜好も犯罪寄りではなく、人間の言う道徳的見地に当てはまるいわゆるノーマルが良い。
正体が知られた場合を考慮して肝が据わっており、話のわかるものでなくてはつとまらん。
年寄りは論外だ。ぽっくり逝かれてはかなわんし。
この条件に当てはまる人間だけにしか内容が見えないポスターを作り…。
ふむ、完成。
さて、あとは……。
ポスターを見たからといって、ここにやってこなければ意味がない。
ふっふっふっ。この私が心を込めて魅了の術を掛けてあげよう!
さぁ、これでこのポスターを見たものはどうしても気になって気になってここを訪ねてくるはずだ!!
くくくっ、逃がすものかね!!
ポスターを貼って二日後。
それを見て来たと言う少年が現れた。
…意外と早いな。
出迎えて、驚いた。
これは、この少年の魂は、千年前のあの男と同じ!
一瞬殺そうかと思ったが、どうやら向こうは私を憶えていないらしい。
話しているうちにそれは確信に変わる。
彼は一欠けらとて前世の記憶を持っていない。
普通、あれほどの陰陽師ならば来世にも少なからず影響があるはずなのだがね。
ふむ?
まあいい。こちらにとっては好都合。
手元に置いておけば何かの役に立つだろう。
幸い、潜在的な霊力は高そうだ。
子供たちが気に入らなければ、ベビーシッターではなく何か別の理由をつけて雇ってもいい。
ああ、メドーサに任せている道場に放り込んでもいいのだし。
思考と行動はまったく別々のままに進み、娘たちに引き合わせ――
彼、横島君はどうやら合格らしい。
ルシオラが彼を気に入ったようだし、態度から察するに彼も私の娘を気に入ったらしい。
唯一の誤算は……私の正体がばれたこと。
ふふ、パピリオったらおてんばさん♪
パパびっくりしちゃったぞ。
彼はいきなりのことにパニックにはなったが、説明すれば大人しく聞いたのでそのあたりも及第点だろう。
娘たちが泣き出したのでそれどころではなかった、という説もあるが。
しかし、混乱しつつもきっちり突っ込みは入れるのだな。
なかなか見所のある…。
私が魔族だと明かしても、やや怯えが混じるようにはなったが基本的に態度は変わらない。
娘たちに対してもそうだ。
そこには拒絶も嫌悪も恐怖も一切ない。
最悪記憶を弄くらねばと考えていたのだが、拍子抜けだ。
話し合いで彼のバイト時間や日給を決めて、契約書にサインをさせた。
明日からということで、今日は家に帰したが。
その後姿を見送りながら、心の底から湧き上がってくる衝動を抑えるのに必死だった。
ははははは!
彼がサインしたあの契約書。
実は特別な術がかかっている。
横島君はまったく気付かなかったようだがね。
あれにサインしたが最後、契約の内容を破ることがあれば即座に呪いが発動する!
呪いの内容は…まぁ、言わぬが華というものだ。
ちなみにエンゲージのような面白みのない呪いではない。
これならば、万が一彼が裏切っても被害は最小限で済む!
そして私が契約を破棄するか彼が死ぬか。それまでは決して逃げられん!!
安心するがいい、我が娘たち。
決してお前たちを傷付けさせんぞ!
さぁ、これからが楽しみだよ、横島君!!
ふははははははははは!!
ひとしきり高笑いした後、なんだか微妙に目的がずれていると感じたのは気のせいだろうか?
続く
後書きという名の言い訳
間違った方向に全力で突っ走った挙句戻れなくなった感がひしひしと…。
アシュ様はこんな方です。歴史の分岐点はアシュ様が親バカだったこと。
うらめんは書けるときに、ネタがあるときにのみ書きます。
ちなみにアシュ様がぶっ壊したのでドグラの出番は遅れます(笑)。
皆様、ここまで読んで下さってありがとうございました!!