薄暗い。
鬱蒼と茂った樹木が天を隠す場所。
富士の樹海。
磁場の狂ったその場所は、地元の人間すら寄り付かない。
日本の誇る勇壮な山の裾野を彩る緑。
そして、自殺の名所。
その樹海の中を軽い足取りで歩いていく人影がある。
手荷物一つ持たず、身一つで。
自殺志願者というには、表情が明るすぎる青年だ。
「いや、探してみっと、以外にいないもんだなぁ」
きょろきょろとあたりを見回しつつ、青年は独り言をこぼす。
「ほんと、いないなー。おあつらえ向きな仏さんって」
と、青年は目ざとく何かを見つける。
それは、一枚の免許証。汚れ具合から見て、落ちてからまだ余り日にちはたっていないようだ。
ふーん。と青年は呟く。
例によって例の如く、失敗だっただろう証明写真に写る男の顔は、何処となく、青年に似通っていた。
「高島、蛍人(たかしま けいと)、ね」
名前を確かめ――ニヤリと笑う。
「さてと、んじゃま、高島蛍人君」
クルリと振り返った先。奥の木の陰には、ぶらりと揺れる両足。
「アンタの人生売ってくれれば、成仏させてやっけどどうよ?」
第一話、義理兄(おにい)ちゃん登場
ボロアパートと評するに些かの躊躇いももたれないような、そんなアパートの一室。
横島忠夫は急速に意識が覚醒していくのを感じていた。
「な、んだ?」
寝ぼけ眼をこすりながら、横島はぼうっとあたりを見回す。
と、そこで漸く、自分の睡眠を邪魔した存在を認識する。
目の前に人がいる。
(WHAT?)
目・の・前・に・ヒトガイル???
「なななななっ!!」
「いや、落ち着けよ」
「って、落ち着けるかボケぇ!! いきなり人んち入ってきやがって、泥棒かっ!!
泥棒なんかっ!!! いっとくが、ココにはとるものなんて、18禁のビデオぐらいしかおいとらんぞ」
ぜいぜいと肩で息する横島に、目の前の青年は微妙に生ぬるい視線を送る。
「金はなくてもビデオはあるんかい」
さすがオレという青年の呟きは、小さすぎて横島には届かなかった。
「うっせぇ。泥棒じゃねえんならなんなんだよ。人の家に勝手に上がりやがって」
「まあ、それは謝る。でもなぁ。いくらノックしてもお前でてこないし、鍵空いてるし」
鍵ぐらいはかけろよな、という青年の言葉に、うるせぇと返しながら、横島はジッと男を睨みつける。
その視線に苦笑を浮かべて、青年は特大の爆弾を横島に落とした。
曰く。
「オレの名前は高島蛍人。お前の兄ちゃんだ」
「はっ???」
兄……? 兄?
「俺、吉本入った記憶はないんですが?」
「その兄さんじゃないし」
「や、でも、弟や妹は突然出来ても、兄は無理だろっ。アトムじゃねぇんだぞ」
「まあ、オレも突然生まれたわけじゃねぇしな。ちゃんと20年、地道に生きてきたぞ」
まあ、いきなり言われても混乱するわなぁ。
呟いた青年――高島は、ニヤリと笑みを浮かべると、間違えようのない一言を横島に告げた。
「ま、ぶっちゃけ、隠し子だ。おまえの父親の」
一瞬の沈黙。
そして――
「親父の馬鹿ヤロゥゥゥゥッ!!!!!」
横島忠夫の怒声が、ボロアパートに響き渡った。
「くそ、確かに、隠し子の一人や二人いてもおかしくはねぇと思ってたけどな」
ブツブツと呟きながら歩くのは横島忠夫である。
あれからすぐに、バイトの時間だと気づいた横島は、とりあえず、高島をその場に残したまま、急いでバイト先である美神所霊事務所へと向っていた。
しかし、歩きながら考えるのは、さっき突然現れた男のこと。
口からのでまかせという可能性もあるが……
横島の脳裏に、高島の姿が浮かぶ。
黒のジャージの上下に包まれた体は、高すぎず低すぎず、自分や父親と同じくらい。そして何より、その顔が……似ていた。自分に。
誰に言っても。おそらく美神さんや、おキヌちゃんでさえ、「兄」であることを疑うことはないだろう。
「ちくしょうっ!! 何で親父ばかりが女にもてるんだぁぁぁっ!!!」
…………
まあ、横島である。
怒りどころが、かなり、かなりずれているが、そこは横島。仕方がない、かもしれない。
「ふふふふふ。あのクソ親父。みとれよ。
母さんへの口止め料、絶対にせしめてみせるからなぁ」
恐喝するなよ、自分の親を。
まあ、そんなこんなで、事務所についた横島だったが、おキヌが偶然見つけてきた精霊の壷の所為で、父親恐喝計画は何処かに素っ飛んでしまうのだった。
その夜。
美神令子除霊事務所の前。
黒ずくめの男が一人、足を止めた。
黒いジャージに身をかためた、高島蛍人である。
高島は、美神が捨てた壷を見つけると、無造作にそれを持ち上げる。
「夢の島送りはもったいない気がするな」
(性格はアレだけど、霊格はそこそこだしなぁ)
ポンと上に放り投げた壷を再びキャッチ。
ただそれだけの間に結論したのか、高島は壷を持ったままもと来た道を帰り始めた。
「さてと、まずはコイツを使って、土台作りからはじめようか」
それから、数十分後。
息苦しさに、横島忠夫は目を覚ました。
(なんだ? 上手く息ができん)
どうしたんだと、神経を研ぎ澄ませば、自分の口と鼻を……
「何しやがんだっ! ボケェ!!」
濡れたタオルが塞いでいました。
ガバリと体を起こして、布を跳ね除ける。
「葬式ごっこかこのヤロウ。ごっこが危うく現実になるところだったじゃねぇか」
睨み付ける先は、となりに寝る男。自称お兄ちゃん、高島蛍人だ。
横島とて、男と雑魚寝など金を払っても遠慮したいのだが、いかんせん、泊まる場所がないといわれれば、そこは身内かもしれないよしみ、宿を貸してやるしかなく。
その結果が
「殺人ってどういうことだっ、オイ。まだ親父はピンピンしてんだぞ、遺産目当てでも先走りすぎだろうが」
「まさか。殺す気があるなら、枕でも押し付けるわ」
物騒なセリフを堂々とのたまう高島だ。
「だっておまえ、揺すっても起きないし」
「だからって、もうちょっと、ましな起し方があるだろ。起すつもりで永眠させてどうする!!」
「まあまあ、そんなに怒るな」
へろへろと笑顔を浮かべる高島に怒りは募るが、なんとなく、何を言っても仕方がなさそうだ。
横島は諦め半分、胡乱げな視線を隣の男へ向けた。
「で、こんな夜中になんのようだよ」
くだらない用件だったら殺す。と横島が睨む。
そんな彼にしごくあっさりと告げられた一言は
「ちょと、黄泉路を往復してきてくれ」
「はっ?」
間抜けな声が出た。
次の瞬間。
「ゴホッ」
(なんだよ。オイ)
熱いと体が叫ぶ。
痛いのではなく、熱いと。
咄嗟に、痛んだわき腹を押さえた掌。グチャリと伝わった感触は生ぬるい液体のそれ。
「……かはっ」
口からも何かが零れる。
(何だ? どうした??)
何も分からない。
分からないまま、横島は体の命令するままに横に転げた。
身を折り、胎児のような体勢で呻く。
そんな横島の姿を、眉をしかめて、高島は見つめていた。
「うわー。自分でやっといてなんだが、痛そうやなぁ」
血に濡れた右手をシーツでぬぐう。
横島のわき腹は高島の手で、綺麗に抉られていた。
「さてと、このままほっとけば、お前は死ぬ」
軽く明日の予定を告げるような気安さで、高島は死を宣告する。
言われた横島は、痛みを耐えるのに必死で、彼の言葉など聞いていないことは明らかだった。
しかし、それでも高島は続ける。
何処までも軽い声音で。
「ま、でも俺はお前を殺す気はないんだよなぁ。実は」
いつの間に取り出したのか、高島の手には、先ほど拾ったばかりの、インフリートの壷が握られていた。
壷をあけ、吸引札から精霊を解放する。
途端、ボハハハハというなんとも奇妙な笑い声と共に、壷の精霊が姿を現した。
「我が名はイフリート。全知全能の……」
口上を述べようとしていた精霊の声が止まる。
あまりの状況に。
「あ、あの?」
恐る恐る、自分を呼び出したと思しき相手を見上げるが、その男は満面の笑みと共に、イフリートの髪を鷲摑んだ。
「俺からの願い事だ」
「えっ? えっ?」
「横島(オレ)に喰われろ」
「えっ? ええっ!!」
イフリートの悲鳴も空しく、高島は力いっぱいイフリートを横島へと投げつけた。
瞬間。横島の手がイフリートに伸び……そして――
(死ぬ)
うめきながら、横島は必死に考えていた。
気を失ったら、終わってしまうと、そう思えたから。
(ああ、でも、これはヤバイ)
絶対に死ねる。そう思う。
(何でだ? 俺が何をしたって言うんじゃ)
今日はじめてあった男に、いきなり殺されるなんて
(親父っ、お前どんだけ酷い捨て方したんじゃぁっ)
(ちゅうか、逆恨みだろっ。俺は関係ないぞ)
もう、傷の熱さすら感じなくなってきた。
ヤバイ、ヤバイと警鐘が鳴り続けている。
(くっそうっ!! このまま女も知らんと死ぬのはいやじゃぁぁぁぁっ!!!)
必死に手を伸ばした。
飛んでいこうとする命を掴み取ろうとするかのように。
その手に、触れるものがあった。
(なんだ?)
分からない。分からないが、それを掴めば何とかなる。何故か、横島にはそれが確信できた。
だから、必死に掴み引き寄せる。自分の方へと。
引き寄せ抱き込み――そして
グニャリと溶けたイフリートの体が横島の体に吸い込まれていく様子を、高島は満足げに眺めていた。
「そうだ。それでいい。この存在がまずは土台になる」
傷が、横島の脇腹に深々とつけられていた傷が、ビデオの早回しのように、高速で治癒していく。
「やがてその身に、魔神を受肉するときの為の」
ビクンッ、ビクンッと体が跳ね、
「大丈夫。怖がらなくていい。
俺も最初は怖かった。でもそれは最初だけだ。
だから、大丈夫。
俺とお前の違いは唯一つ、最初に喰らったその相手が、最愛の女性か、ただの精霊かの違いだけ」
静かになる。
「さあ、過去の俺よ。お前にはもっともっと、喰わせてやろう。
神も悪魔も運命も、全てを喰らって喰らって喰らい続けて、お前は神になるんだ。
唯一絶対の神様に」
呼吸は規則正しく、血の気を取り戻した横島の顔をみつめ、高島は笑う。
無邪気に。
そっと持ち上げた掌の上には二つの文珠。
浮かぶ文字は『忘』と『浄』。
「目覚めよ。稀代の文珠使いにして、奇跡の悪魔喰らい(デビルイーター)よ。そして、否定しよう。俺たちを否定した全てのものを。失った全てを取り戻し、失わせたもの全てを奪い取ることで」
眩い光が部屋中に広がり、やがて夜は静寂を取り戻した。
あとがき
第一話です。
未来横島君ではありませんが、高島をGS世界になじませる為の土台作りをガシガシとしております。
後2話くらいは高島定着大作戦が繰り広げられると思いますが、ご了承くださいませ。
それからは、本編にそって書いていければなぁと思っております。
でも、逆行時が2巻冒頭と比較的早いので、おそらく色々な話が飛ばされていくと思います。そうでもしないと量がハンパじゃなくなるので。
ではでは、レス返しです。
3×3EVIL様。
感想第1号ありがとうございました。
反応なかったらどうしようかと思っていたので、凄く凄くうれしかったです。
うわー、なるしま同志だと嬉しくなりました。
でも、タコさんは出ません。
そこまでスプラッタはちょっと……
といいつつ、今回もバイオレンスありなのですが。
あ、ご指摘どおり今回はちゃんと表記つけました。
そして、前回気にしていたのは、ダークではなくてバイオレンスの方だったと感想を見て気づいたダメっ子です。
一応、ダーク路線で行く気はないので、そこは安心していただきたいなぁと思います。(でも、一話はこんなんですけどね)
KRUOKU様
やはり感想ありがとうございます。
た、楽しみですか。
ちょこっとプレッシャーです。
だ、だって、保護者ズどころか、免疫不全の不良っ子も実はキレルと怖い不真面目っ子もでてこないんですもの。
大丈夫でしょうか?
本当に悪魔喰いの能力以外は高島くんがちょこっと人王(壊れ)入ってるだけですし。
でもでも、面白いものに出来るように頑張っていきたいと思います。