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▽レス始

「Dances with Wives! 4 〜St.Valentine's Dayの○○ 前編〜(絶対可憐チルドレン)」

比嘉 (2006-02-17 00:22/2006-02-17 18:12)
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「いよいよだなぁ、皆本!」

 ばんばんばんばん!!

 砕けた雰囲気のスナックのカウンターで、賢木が隣に座る光一の肩を景気よく叩く叩く。

「痛い痛い! な、何がだよ、もう酔っぱらってんのか?」
「なーにいってやがるぅ、こんクサレゲドゥがー!」

 ばんばんばんばんばばばえんばんばばんばん!

「いでででででででででで!!」
「なんだぁー? 嫁さん“ら”に背中掻き毟られたかー?」
「100%お前がぶっ叩いてるせいだ!! たく、なんなんだよいったい。」
「ふ・・・相変わらず俗世に疎いな、皆本光一。もうじき『セント・バレンタイン』だろ?」

 それを聞いて、は?っと言う顔をする光一。

「ああ、そういえば・・・それがどうかしたのか?」

 別に光一はすっとぼけてるわけではない。
 この日独自の儀礼もちゃんと知ってる。
 ただ、ちゃんと知り過ぎていて、既婚者の自分には妻以外とは関係のない身内の祭りだと、大真面目に思っていた。
 とくに薫・葵・紫穂達、『10歳から見ていた部下三人』との結婚後は、他の女性からまったくもらっていないので、それを全然疑っていなかった。

「・・・・・・・幸せな奴だな、お前は。」
「え? ははは、そうか?」

 ハァ・・・

 賢木は、溜息半分に椅子に座り直した。

「あー・・・・・・・まあいいや(←なげやり)。そ、バレンタインデーだ。女の子が愛情を込めたチョコと一緒に男に想いを告げる日だ。」
「そうだな、だからそれが?」
「先取り情報だ。まだ他に言うなよ?」
「え?」


「今年のバレンタイン・・・・・バベルの女子の中で、お前にチョコを渡す動きがある。」


絶対可憐チルドレン パラレルフューチャー

Dances with Wives! 4
〜St.Valentine's Dayの○○ 前編〜


「周りの様子がへん?」

 トレーニングルームでスポーツドリンクのチューブをチュポンと口から外し、薫が尋ねた。
 一緒に居るのはシングルユニット、チーム『ザ・ハウンド』の犬神初音(28)である。
 二人ともスパッツに、上はランニングシャツの下はスポーツブラのみのラフな格好で、躍動感に満ちたボディラインを遠慮なく見せていた。

「うん、姐さんも感じない? なんかここ何年かいつも在った妙に冷え冷えしてた物がなくなって、代わりに今度は、妙に『もあっと』した熱い匂いが漂ってるの。」
「『もあっと』・・・春だから?」
「違うと思う。」
「ふーん。紫穂だと判るかも知んないけど、あたしはピンと来ないなー。」

「あれじゃないのか? ほら、もーすぐバレンタインデーだし。」

 そこで話に加わって来たのは、おなじく短パンにランニング姿の青年、初音の相方の宿木明(29)である。
 この二人、現在暮らしてる家も一緒で、もう同棲も通り越して子供が居たら立派に家族と呼んでいい状態なのだが、なぜかその一歩先には出ていないという不思議なカップル・・・というかコンビである。
 本人達曰く

『子供? ・・・気が向いたら作る。』

 気心が知れ過ぎている為か、この二人にはセックスもスキンシップ以上には意味を持ってない。
 もしも、各々が自分以外の誰かと『関係』を持ったとしても恐らくは互いに怒りも嫉妬も持たないだろう。そしてまた、その事が二人の仲にもヒビを入れる事もない。
 それがわかる故にか、逆に彼らに割り込もうとする者もいない。
 あえて呼ぶなら『夫婦さえできるほどの親友』という感じなのだろうか。

 バベルの中ではちゃくちゃくと変わり種カップルが増えているようである。


「あ、なーる。バレンタインならあるんじゃない? チョコと引き換えに天下御免で男押し倒していい日だしさ。」
「いや、それは薫さんとこだけだと思いますけど」
「でもバレンタインは毎年あるわ。私が気になってるのは、消えちゃった『いつも在った冷え冷えしたナニか』、なんだけど・・・」
「気になるんなら、光一に頼んで施設内の『走査(スキャン)』の許可もらってみよっか?」


 ビクン!!


「うん!?」
「? どーしたの、明?」
「あ、いや・・・(なんだ?)」

 一瞬そこかしこから動揺ににた気配が感じられた様な気がしたのだ。

「んー・・・でも、無くなった今の方が感じはいいし、問題はないと思うけど。」
「ん。ま、一応紫穂には話しとくよ。」


 ビビクゥ!!


「んんっ!!?」
「明、もーワンセットいくよー。」
「え? あ、ああ・・・?(な、なんなんだ、この気配・・・)」

 警戒するには悪意が無く、無視しきるには数が多い。
 なんだか無害なショウジョウバエに飛び回られてる様な感じだったが、同じ気配には敏感な初音が気にしてる様子が無いので、明も気にするのはやめた。


〈とにかく事態は急を要するわね。〉
〈まさか、こんな事で計画に綻びがでるなんて。〉
〈実際そんなもんよ。それより綻びを大穴にしない事が、今の問題よ。〉

 新宿の一角にあるカラオケボックス。
 そこの大部屋に、20人ほどの女性達が、円陣を組んでいた。
 その内8名は、先程薫や初音と一緒にバベルのトレーニングルームに居た女性である
 輪の外側で大声で歌う1名をのぞいて、全員が小柄な女性の肩や腕に手を置いている。
 つまるところ、超度3の接触感応者を介しての念話・・・いわゆる『ないしょばなし』の最中なのである。

〈正直、『それまでの空気の違い』を読まれるなんてねぇ。〉
〈見事に想定外だよね。〉
〈ある意味自業自得っちゃ、自業自得だけど・・・〉
〈これであの奥方達が出て来る確率上がっちゃったよね。〉

 はあ・・・・・・

「えーと、あんまり頭の中でため息はつかないでほしいの。」
「あ、ごめん。」

 今『会議場』を請け負ってくれてる『接触感応能力者(サイコメトラー)』今泉 志乃(16)が、頭に響いた17人分のため息に文句を言った。
 ちなみに請け負い料は、この店の名物『SSS(Special Sweet Sugar)ハニートースト』、別名『Dead or Sweet』である。

「あ、あの、先輩。まだ歌わないとだめですか〜?」

 そこにフェードアウトしていく演奏に重なって、擦れた声が割って入ってきた。

「だめ。あなたの『声』に混じる『妨害念波(ジャミング)』は、『念話』を自然に隠すにはもってこいなんだから。こっちの『会議』が終わるまでやめちゃだめよ。」

 先輩権限で報酬無し(あえていうならカラオケ歌い放題が報酬)で引っ張り込まれた『念放射能力者(ジャマー)』百々目鬼 夜子(18)は、置きかけたマイクを口元に押し戻された。

「そ、そんな〜」

 そして夜子は続いて始まった演奏を、涙をこらえて熱唱する。

 ちなみに曲はチェッ○ーズ『涙のリクエスト』。


〈こほん! でもまだ具体的に気づかれたわけじゃないわ。〉
〈でも、チーフってヤキモチ焼きだから、バレたら怖いよ?〉
〈その辺よくわからないよねー。もう自分以外に女が居るのに、なんで今更ヤキモチ焼くんだろ。〉
〈そこは認識の違いって事でしょ? 薫チーフって、猫っ可愛がりしてる光次郎ちゃんだって、葵さんや紫穂さんに平気で預けてるし、朧三佐の雛ちゃんともホントの親子みたいに遊んでるし。〉
〈・・・ホントの親子なのよ。・・・それに子供達もいい笑顔しているわ。家の中がギスギスしてたら、子供はあんな表情を覚えたりしないわ・・・〉
〈く、楠木さん、実感在り過ぎ・・・〉
〈ふっ・・・〉
〈ま、万事円満ってことよね。〉
〈そういうことね。〉

 パチン

 一人が携帯を開き、ビュアーで一枚の写真を映し出した。
 それは皆本家の現在の末っ子、歌穂が生まれた日の食堂で撮られた光一の写真である。
 にぎやかに遅めの昼食をとる家族を愛しさに満ちた目で見つめ、微笑むとてもいい表情が写されていた。

〈この写真が流れてから、それまでの局長の評価が変わり出しちゃったもんね。〉
〈だってこの表情(かお)は反則だよ・・・。これ疑ったら信じられるものが無くなっちゃいそうなんだもん。〉
〈けど、結婚前も結構モテてたらしいけど、結婚して八年も経ってからブレイクするなんてあり?〉
〈八年かかって、悪いメッキが落ちたのよ・・・奥様を四人持っていても、彼は誠実な素敵な人だってね。〉
〈だよねー、あらためて認めちゃうとそれって結構どーでもいいよね。ちゃんと収まってるなら気になんないって感じ。〉
〈日本で乱婚が無くなったのだって、せいぜい百年ちょっと前よ。人間って生物的にはケースバイケースって言われてるし。〉
〈そもそも一夫一妻制だからって奥さん以外に女作ってグダグダにしてる男なんて全然減ってないわけじゃん。むしろ皆本局長の家の方がよっぽどまともな家庭だよ。〉
〈あ、浜木綿って、こないだ局長ん家行ったんだよね。〉
〈うん、チームの仕事の打ち上げでさ。およばれしちゃった。楽しかったよー♪〉
〈あの家の空気は本物よ・・・けっして見栄で取り繕ったり、その場凌ぎで出来上がるものじゃないわ・・・・・〉
〈だっだから楠木さん!? 感情入り過ぎ!! それ怖いから!! 過去に何かあったの?〉
〈うふふ・・・〉
〈おっとっと、ちょっと脇道入っちゃったね。本題に戻るわよ。当日、どうやって局長に辿り着くかだけど・・・〉

「ちょっとまって」
「わ! どうしたの、志乃?」

 念話を中断させた志乃が、ひょいと指差す先には、


「ぜー(ひゅ〜)ぜー(ひゅ〜)ぜー(ひゅ〜)ぜー(ひゅ〜)ぜー(ひゅ〜)ぜー・・・・・」


 ぶっ倒れたまま、マイクに向かって“虫の息”を吐きかけ続ける夜子の姿があった。

 生真面目でまだ自分の限界を知らなかった少女は、先輩諸氏が無駄話に脱線してる間に流れる曲をただひたすらに―――――


 歌い、

 叫び、

 シャウトし、


 ・・・そして念話中の誰に気づかれぬまま、酸欠に倒れたのである。
 それでも『息』に念波を乗せ続けてるのは、律儀と言うかなんというか。


 ちなみに今流れている曲は、中島○ゆき『地上の星』だった。


「きゃー! 夜子! 大丈夫ーっ!?」
「ああ!? だれよ!? 『愛○とりもどせ!(パワフル&ハイトーン)』と『勇○王誕生!(超・ハイテンション)』と『未○成交響曲(オペラ)』と『Can you ○eel my soul(ハイテンション・ロックヴォーカル)』を連チャンで入れた命知らずのアニオタはーっ!!?』
「あっごめーん! それ自分で歌おうと思ってー。」
「後2曲続いたら『脳死メドレー』だったわね。でも夜子、こーいうのも歌えたんだ。」
「声で念波出すタイプだからねー、歌は精通してるのよ。・・・肺活量は伴わなかったみたいだけど。」
「織田ぁーっ! 無駄話してないでアタシのバッグから酸素パックだして!」
「は、はい〜!!」


「・・・・・・」


 そのドタバタの中で、一人オレンジジュースを含みながら物思いにしずむ少女が一人居た。
 年の頃は十四・五歳。
 今集まってるメンバーの中では一番若い。
 素直な黒髪を肩でピシッと切りそろえた日本人形の様な彼女の瞳は、テーブルの上に置かれた携帯にうつる光一の姿をジッと見つめていた。


「・・・みなもと・・・こういち・・・・」


 彼女の小さな唇が、そんな風に動いた事に気づけたのは、いまここに居るバベルのエスパーチームの中では、


「すいません、ハニートーストの“SSS”と、ホットミルクをお願いします。あ、ミルクには蜂蜜をたらしてください。・・・ええ、そうです、痛めた“喉”用です。」


 ・・・残念ながら誰もいなかったよーだった。


「ふんふ〜ん♪」
「ん〜〜ふふん〜♪」

 軽快なハミングに乗せて、湯煎されたボールの中で溶けたチョコが手際よく切り混ぜられ、なめらな光沢を見せ始めている。
 テーブルに仲良く腰掛け、手作りチョコのベース作りにがんばっているのは、皆本葵との二人。
 これを見たら、バベルの彼女の同僚は『催眠師(ヒュプノス)の檻』に閉じ込められたかと思うかもしれないが、事実である。
 3年前、息子と二人きりの留守番をした時、結婚以来悪戦苦闘しつつ磨いていた腕で、やっとこさっとこ作った息子のおやつのホットケーキ。
 これを「おいしい、おいしい!」と言って嬉しそうに食べてくれる様子を見た時から、薫の中に一気に料理に対するやる気と自信が生まれたのである。
 今は皆本家の台所番としても、立派に認められている。

 そしてその更に横では、紫穂と光次郎、雛と朧が『お絵描き』・・・もとい、チョコに描く絵のデザイン画を描いていた。
 まあ、光次郎や雛は本気で「おえかき」だが、その横の紫穂と朧さんは・・・

「「う〜〜ん」」

 やっぱり「おえかき」っぽかったりした。

「なー葵、今年はどんなチョコにする?」
「ん? どんなて、今年は『無難』にハートチョコやろ?」
「でも、やっぱり渡した時のインパクトがほしいよな。」
「そー言うて去年、こーちゃん泣かしたん忘れたんか?」
「うっ」


 去年、薫はある『究極』に挑んだ。

 それは、
 我が身をチョコレートでコーティングして『わたしをたべて♪』という『アレ』なアレである。

 もちろん、普通はそんな事は出来ない。体温で溶けてしまうチョコを、きれいに肌に塗ったままにしておくこと自体不可能だし、だからといって混ぜ物をして融点を高くしたら熱くて塗れたもんじゃない。
 不屈の根性で耐え抜いても『固まったらそこまで』である。

 しかし、彼女は念動能力・超度7 Plus。

 力の強さや精度等が、ある一線を越えた事で従来の『力』とは違う性質や効果を発揮する事を示す『Plus』の称号がついている薫にはそんな理屈は必要ない。
 物を分子レベルから自在に動かせる彼女には、チョコレートを粒子状にして肌の表面に元の密度で付着させれば、あら不思議。
 チョコの滑らかな艶もそのままに、産毛一本に至るまでの全身チョコレートコーティングの完成である。
 ぶっちゃけ、キューティー○ニーの変身手段である『空○元素固定○置』と同じ理屈だ。
 しかもチョコの粒子は薫の『念』で繋がってるために動いても皮膚同様に伸縮して、割れたり欠け落ちたりもしない。

 実際にそれを見せられた葵や紫穂、朧は呆れ返りながらも感心したものだった。

 が、予想外な事にトイレに起きて来た光次郎も、そんなママの姿を目撃してしまったのだ。
 ママがチョコレートになってしまったとでも思ってしまったらしい光次郎は、思いっきり泣きだしてしまったのであった。


「ほんまに、こーちゃんがトラウマにならんかっただけよかったわ。」
「だからもうしないってば。」

 ちなみに彼女のこの能力はこれでも、「極まれば分子配列を並び替える『物質変換』にまで至るのでは?」と、バベルも非公開で研究を続けているS級機密に属してる能力なのだ・・・たとえ本人が『宴会で便利な芸』程度にしか思ってなくとも。

「あ、そうだ紫穂。」
「ん〜〜〜〜・・・・え? 呼んだ?」
「呼んだ。今日初音からきいたんだけどさ・・・」

 薫は湯煎を終えたチョコを型枠に流しながら、初音が言っていた「小さな異変」の事を話した。

「ふ〜ん。やっぱり。」
「やっぱ、紫穂も気づいてたのか?」
「うん。っていうか、それと一緒にバベルの中で私たちを見る視線が増えて来てるわ。」
「う〜〜ん 何なんだろ?」
「やっぱ、あれか?」
「たぶんね。」
「?」
「薫、ウチら今何作ってる思てんの? 要するにバレンタインにチョコ渡したい思とる子がようけ出て来たってことや。」
「あー!」

 なるほど!と、薫はポンと手を叩く。

「春だしねぇ〜・・・」
「いや、そんな地べたから顔出したカエルやおけらみたいに言われてもアレやけど。」

 のほほんとした薫の返事に、葵は苦笑いを浮かべる。
 バレンタインには、普段から旦那より「男前」な薫はもちろん、葵や紫穂もチョコをもらう事が少なくなかった。

「でも・・・今回はちょっと違うわ。」
「違うって?」
「初音さんも言ってたでしょ? 以前あったマイナス方向の気配が消えて、別の熱のある気配が出てるって。」
「うん。」
「それ、たぶん光一さんの事だと思うの。」
「「「え!?」」」

 紫穂の言葉を聞いて、薫と葵、そして色鉛筆噛んでルーズリーフに向かってた朧も声を上げた。

「バベルの中で一番の不評要素ってなんだと思う?」
「「「桐壺長官のわがまま」」」

 即答だった。

「もう一つあるわ。」

 そして即応(スルー)。

「ってことは、うちら・・・か。」
「へっ? なんで?」
「あんな、一応日本の婚姻基準から脱線しとるんやで? うちらは。」
「女の私たちは胸を張ってればいいけど、男の光一さんの場合は胸を張っても遠慮してみせても、結局悪者に見られるわ。特に女性からは。」
「私も今でも同情される事があるものね。幸か不幸か、あの人そんな事はあんまり気がついてないみたいだけど。」

 困った顔で朧さんが笑う。
 確かに図としては、朧との結婚後に薫、葵、紫穂がやって来た形になるが、実際は偽装と言う体裁だったため、朧が本当に光一と契ったのは薫達とほとんど同じ頃なのだ。

「だから、初音さんが言う『冷めた気配』が何だったかって言ったら、それ多分光一さんに対する軽蔑の事だと思うの。」
「あ! つまりそれが消えて『熱のある気配』出て来たってことは・・・」
「光一の評価が改まって来たってわけやね?」

 ふむ・・・

 とりあえず導けた結論に頷く皆本家の奥方たち。

「つまるとこ、光一にちょっかい出したいと、そー言う事か。あたしら見てるっていうのは、どうやって目をくぐるかって探ってるわけだ。」
「まあ、当日にチョコレート渡そとは思とるんやろな。」
「光一さんに好意を示したいって事なら、別に問題ないと思うけど?」
「・・・・・・・」

 と、朧の言葉を聞いて薫は口元に手を当ててジッと考え込んでいた。

「・・・薫ちゃん? なに考えてるの?」
「紫穂、コッソリでいいんだけど、そう思ってる奴がどれだけ居るのか、絞り込んでくれないかな?」
「それはいいけど・・・これは一応プライバシーよ?」
「わかってる。だけどあたし達の頭の上を素通りして渡そうっていうの、ちょっと腹立たないか?」
「んー・・・それはまあ・・・ちょっとはね。」
「薫、何しよ思てんの?」
「別に? やるなら堂々と来い!って事♪」

 そう言って薫は、10歳の頃とそっくりな笑顔で笑ってみせた。


「僕にチョコを・・・か。こんないい年のおじさんなのにな。」

 にぎやかな台所からの声が聞こえる、リビングから吹き抜けの2階にある光一の書斎。
 そこでチョコを受け取る当事者であるため、台所から追い出された光一は賢木の言っていた言葉を思い返して、ありがたい様なくすぐったい様な複雑な気持ちで苦笑していた。

「バレンタイン・・・・・そういえば、初めてチョコを貰ったのっていつだったかな?」

 それはずいぶん昔になってしまった気がした。

「たしか・・・そうだ、小学校の2年だったな・・・」


『みなもとくん! あっ、あっ、あの! これ! あげる!』
『え、あ、ありがとう・・・』

 掃除も終わった放課後の教室
 にぎやかな喧噪がポッカリと空いた空間

 そこに僕とあの子はいた
 クラスで、仲の良かったボブカットの似合う女の子。
 彼女が渡してくれたのは、赤い紙で不器用に包まれていた

『えと、あけてみていい?』
『う、うん』

 彼女の顔が赤かったのは、窓の夕陽のせいじゃなかったと思う。
 そして、きっと僕も・・・

 カサ・・・

 ゆっくりと紙を開くと、そこにちょっと歪な形にハートチョコがあった。
 そこには、白いチョコで絵が描かれてた。

『・・・これ・・・』
『うん』
『かわいい「ぶたさん」だね』


「!!」

 そうだ、そうだった。
 光一はそこに至ってやっと思い出した。
 初めてのバレンタインの思い出。

 それは、自分にとって初めて女の子を傷つけた思い出でもあったのだ。


『うわああああああああああああん!!』
『あ!? ○○ちゃん!!』


「泣かれて、逃げ出されて・・・それから春のクラス替えでそのまんまだったな。」

 小さな思い出の棘。
 抜いてしまいたくても、抜けないもどかしい疼きを鮮明に思い出して、光一の顔は苦笑を禁じえなかった。

「うわああああああああああああん!!」

 びくぅ!

 その時階下から聞こえて来た思い出とだぶる『女の子の泣き声』に、思わず身を縮ませる光一。
 もちろん、『あの子』の声ではない。
 長女の雛の声だ。

「どうしたんだ?」

 台所に降りると、癇癪を起こして抱っこしてる朧をぽかぽかと叩く雛と、対処に困った薫達の姿が在った。

「あ、薫がな」
「ち、ちがうだろ! 最初はかーちゃん(朧)が」
「ごめんなさい、これなの。」

 雛の小さな拳を顔から避けながら、朧はテーブルに乗っていたスケッチブックを渡した。

「え!? これは・・・」

 そこにはチョコに描くために描かれた絵があった。
 拙いが勢いのいい線が、あらかじめ描かれたハート形の枠の中に小さい丸二つと、その周りをぐるりと輪で囲んだ絵を描いていた。

「あぁ・・・」

 光一の口から、小さな吐息に似た声が漏れる。

「雛が描いてくれたんだけど、わたし「ぶたさん」って言っちゃったのよ。でも違ってたみたいで・・・」
「あたしもそう見えちゃって、つい・・・」

 朧と薫の言葉を聞いて、光一は笑った。

 ははは、そうなんだよな。そう見えるんだよ。

 でもこの並んだ丸は鼻の穴じゃなくて、眼鏡で
 周りを囲んでるのは顔の輪郭。で、その外は髪なんだ。
 ・・・そう、「あの子も」そう思って描いたんだ。

「雛」

 ぐずる娘を朧から受け取ると、光一はその絵を見せながら優しく言った。

「ありがとう。パパ描いてくれたんだな。」

 光一の言葉に「え!?」っとなるお母さん達。
 それを聞いた雛は、瞬く間にぱあぁぁっと笑顔になる。

「あはぁ うん! パパなのー!」
「あはは、こらこら」

 涙と鼻水だらけの笑顔で、嬉しそうに抱きついてくる雛の頭を撫でてやる光一を、薫は心底感心した顔で見つめた。

「よくわかったね。そんな単純な絵で」
「ほんと、どうして?」
「ほら、これは眼鏡で・・・」
「「「「あーー・・・」」」」

 頷いてる薫達から抱きかかえた雛に目をやると、雛は満面に嬉しげな笑みを浮かべて光一を見ていた。

「・・・・・・」

 あの子も、すぐわかって上げられたらこんな笑顔を見せてくれてたんだろうか。
 きっと、きっと一生懸命に描いたものだったんだろう。
 しかし、あの時のあの子には、もう言葉は届けられない。

 光一は小さな吐息とともに四半世紀の昔となった時代に、心の中で届く筈のない言葉を送った。

『ごめん・・・』


「できたぁー!! あ、パパー! みてみてー! パパのかお!」

 と、そこで一心不乱に自分のスケッチブックに向かっていた光次郎が、自信満々にその作品をお披露目した。


「「「「「 !!!! 」」」」」


 そして、みんなが固まった。


 その紙に浮かぶのは、『混沌(カオス)と言う名の秩序(コスモス)』か
 それとも『破壊と言う名の創造』か?

 確かにそこには存在を持った“何か”が描かれていた。
 だが、それが”何”なのかがどーしてもわからない。とゆーか、頭が理解しない。
 もしや光次郎は齢五歳にして、ピカソも辿り着けなかった領域に行ってしまったのだろうか。

 そんな『絵(?)』だった。

「あ、え・・・パパ・・・か?

 薫もさすがに光一がこんな風に見えた事はない。というか葵達だってそうだろう。
 しかし、そこに更なる一言が発せられた。


「あ、ぱぱだー」


「「「「「 !!!?? 」」」」」

 すんなりそれを『パパだ』と認める娘に、お父さんお母さんの顔は更に強張った。
 このものすごいセンスに、全員の脳裏に「誰に似たんだ?」という言葉が浮かぶ・・・が、

 じ〜〜〜〜〜〜×4

 この兄妹の場合、共通してる遺伝子は光一だけである。

『ぼ、僕か? 僕のせいなのか!?・・・・・・は!? もしかしてあの子の絵がわからなかったのも、むしろ僕のせいだったのかー!?』

 遠い過去の自分にも、一つ×が増えた・・・・・そんな気がした光一だった。


 ・・・・・そんな皆本家と同じ時刻。

 真っ白な部屋で静かに眠る女性を、独りの少女が見つめていた。

 ベッドの女性と面差しの似たその顔は、無表情であるかの様に堅い。
 しかし、不安と期待が入り交じった光が宿る瞳が、それが内に沸き上る怖さと、懸命に戦っている事を示していた。
 少女は壁のカレンダーに記された丸印に目を移すと、キッとその表情から消し去った。

「お母さん・・・わたし、がんばるから・・・」

 そう言って少女は、その部屋から静かに出て行った。


つづく


※☆あとがき☆※

 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 遅れた時事ネタです(笑)
 バレンタインの話自体考えたのが初めてで、どうなるかわからないですが挑戦してみたいと思います。
 多分・・・目新しい事はないはずですが(^ ^;。


>ケイータさん
レスありがとうございました。
『Plus』と言うのは『力』の質は変わらないものの、強さや精度が極まっていく事で従来のそれとは全く違う効果を引き出せる場合につく称号です。
1話目で葵が手袋の『感触』だけを桐壺長官の肌に移したのや、前回・今回の薫が見せた超微細の対象までも個別に念で動かせるものがそうです。
薫の場合だと、同じ1tの土の塊を持ち上げた時、昔はその場の土をごっそりと纏めて持ち上げてたわけですが、現在だとその中の混じる物を全て選り抜いて、正真正銘の土だけの塊1tを同じ手間で持ち上げられます。
また、今回書いた様に分子の並べ替えを行える『可能性』もみせています。

>LINUSさん
また、レスありがとうございます。
光一に関しては大丈夫だと思います。
光一の場合、現在当時の谷崎主任とほぼ同じ年齢ですが、彼の場合は既婚で父親で家族思いな為に、独り身だった谷崎主任の様なイヤらしさも、そんな欲情を外に向ける露骨さもありませんから。

>セイングラードさん
レスありがとうございます。
まあ、そんなヒロインの場合の方が人気出てる様な気が・・・(笑)
椎名作品には一番合ったヒロイン像なのかもしれないですね。

※指摘があった誤字を修正しました。HEY2さん、ありがとうございました。

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