小竜姫の訪問から3日後の早朝、横島はルシオラと共に妙神山を訪れていた。約束通り、天龍をデジャブーランドに連れて行くためである。
謁見の場は妙神山のお白州の間(?)。縁側にどどーんと仁王立ちした天龍が、白州に座っている横島に向かってばっと扇子を広げて見せた。
横島を平伏させる程には権柄ではないらしい。
「横島、その方の月の事件での働き、まことに天晴れであった。褒めてつかわすゆえ、今後も精進するのだぞ」
胸を張り過ぎて後ろに倒れそうなくらいふんぞり返ってのたまう天龍。威張っているのではなく、単に得意がっているだけである。その元が目の前にいる横島なのだから、つまりそれほど彼のことを誇らしく思っている、という子どもらしい率直な感情表現であった。
で、ここまで褒めたなら普通は恩賞の下賜、ということになるのだが、残念ながら天龍はそこまで理解していない。
「へへー、ありがたき幸せ」
などという横島の殊勝な返事は、もちろん小竜姫の台本によるものである。敬意はこもっていなかったが。
「うむ。では東京デジャブーランドに参るぞっ!」
こうして諸国漫遊、もとい遊園地に出発する4人。ちなみに横島達がわざわざ早朝に来てその後すぐに発つというのは、山の麓までは空を飛んで行けるからすぐだったが、その先は普通に電車を乗り継いで行かねばならないという交通事情によるものだ。天龍をどこかのホテルに泊めるよりは、多少スケジュールがハードになっても日帰りにした方が良いに決まっている。
「うーん、天龍が居なけりゃ日帰りじゃなくてどっかに泊まって3(ピー)とかできたかも知れんのに。家族風呂で(検閲により削除)の後は浴衣姿のルシオラと小竜姫さまに夕メシをあーんしてもらうとか」
横島の妄想癖はまだ治っていないらしい。
そもそも天龍がいなければこの旅行自体が無かった――というか今回の依頼はコンプレックス退治のような簡単すぎる仕事とはわけが違う。ましてVIPな護衛対象の前でイチャつくわけにはいくまい。
彼にもそのくらいの職業意識はあったから、この独り言は忍耐をしいられることへの愚痴のようなものだった。
「ここがデジャブーランドか! ではさっそくあれに乗るぞ!」
遊園地のゲートをくぐった天龍がびっと指をさしたのは、例の世界でもっともすげージェットコースター『グレート・ウォール・マウンテン』である。
「……」
横島は気が進まなかったが、立場上、当然一緒に乗らねばならない。
いま彼のポケットには文珠《危》《険》《予》《知》が入っている。辻斬り事件のときとは違って《索》《敵》の効果範囲より遠くから狙撃して来る可能性があるためこういう文字になったのだが、その効果は横島自身が対象になっているので、天龍から離れると彼1人を標的にされた場合に効果が出なくなるおそれがあるのだった。
逆に言えば横島が天龍にくっついている限り不意打ちされる危険はないわけで、小竜姫が横島を護衛にと望んだのは、単なる私情からではないのである。
(文珠はあと6つだけど、ルシオラと小竜姫さまがいるんだから大丈夫だろ)
複数文字の文珠は実に便利だし強力だが、安易に使っているとすぐタネ切れになってしまう。その点変身技はコストパフォーマンスが良いのだが、こういう人目のある場所では使えないのが欠点だった。
それはともかく。
「「うおあうあおお!?」」
「「きゃあぁぁあぁ……!!」」
ジェットコースターの席上で4人の悲鳴が響き渡った。
最高速度350キロというのは、もはや新幹線なみの速さである。ルシオラや小竜姫でもそんな速度は出せない。それよりこのスピードで落下するというのは遊戯というより責め苦のレベルに達しているのではあるまいか?
「ぜえ……ぜえ……」
ベンチに腰掛けた天龍の顔色は真っ青だった。もしこれに乗ったのが昼食後だったら吐いていたかも知れない。
「だ、誰じゃこんなものに乗ろうとダダをこねたのは……」
「お前だお前」
王子たる者自分の発言には責任を持たねばならぬ。というわけで隣に座った横島がさっそく突っ込みを入れた。小竜姫もルシオラに買って来てもらったジュースを口に含みながら、
「私は人間を甘く見ていたようです。こんな恐ろしいものを楽しみにできるなんて……」
普段静かな山中にいるだけに、遊び慣れた人間の絶叫マシーンというのは彼女の感性の許容範囲外にあったらしい。
「ところでルシオラさん、あの『美神令子監修 GS体験ツアー』というのは何なんですか?」
小竜姫の視線が向いている施設を見て、ルシオラはかすかに眉をしかめた。
「あれは美神さんの監修でつくられたお化け屋敷です。最初は人間の霊力を吸収する結界の中で低級霊を仕込んだロボットにお化け役をさせるっていう、何かあったらシャレにならない設備だったんですが……」
正確には『人間の霊能力を封じる』もので、体内のエネルギーまで奪うものではなかったが、それで自分がドジを踏んで悪霊に閉じ込められてしまったのだから世話はない。ルシオラは人間ではないから結界は効かず、悪霊を退治するのに苦労はなかったけれど……。
「今はどうなってるんですか?」
「私は聞いてませんけど、殿下と竜村さんは入らない方がいいと思いますよ」
両名に危険があるというより、天龍が下手なことをしたら施設を壊されかねない。『お客さんも手をかざして念波をこめて下さい』なんていうシーンもあったし。
「ってゆーかあのヒト、ロボ横島に『僕の時給は5千円以上です』なんて言わせてんですよ!? 忠実に再現とか言っといて」
横島が血の涙っぽいモノを流しながら話に加わった。
「ホントは255円だったものね、あの設定の頃だと」
「そーなんだよなぁ……今こうして人並みの暮らしができるのもお前のおかげだ、ルシオラ」
思えばあの頃は霊能もなく、赤貧にあえぐ日々だった。それが普通の仕事なら朝飯前に済ませらせる腕前と社会人並みの収入を手に入れることができたのは、ひとえに目の前にいる恋人の技術指導と雇い主への交渉によるものだ。本当に、何と礼を言っていいか。
「私はいつでもおまえの味方だもの。当然よ」
気負いも媚びる色もなく、ルシオラは当たり前にように答えた。まあ、横島が他の女に手を出したときだけは例外なのだが。
「「……」」
天龍も小竜姫も言葉がない。横ルシの心の会話は聞こえていないから、美神のセコさだけが印象に残るのだ。いや、彼女がそれだけの女性でないことは重々承知しているのだが……。
「ん、お前ら……?」
そんな4人に、妙にドスの効いた声で話しかける者がいた。ルシオラが顔を向けると、リーゼントにチョビ髯で詰め襟学生服を着た、不良っぽい男が立っていた。後ろに数名、似たような雰囲気の連中がたむろしている。遊園地に来るような人種には見えないが、無料チケットでも手に入れたのだろうか。
ルシオラには見覚えがなかったが、天龍はハッと気づいてベンチから飛び降りた。
「む。その方、あのとき弱い者いじめをしておった輩じゃな。また悪事を働くつもりか!?」
前に天龍が人界に来たとき横島にからんでいた男である。男の方も2人に気づいたから声をかけたわけで、
「ガキのくせに女連れでナマ言いやがって。今度こそいてもうたろか?」
天龍には男の言葉の意味はよく分からなかったが、やる気でいることは明白だ。肩から吊った神剣に手をかけ――たところで後ろから横島に腕をつかまれた。
「待て天龍、お前がやるのはマズ――いや。ここは昨日見たアレでいくべきだろう!?」
横島が止めたのは彼の身を案じたからではなく、神通力に目覚めた天龍がやりすぎる事を恐れたからだ。そしてアレというのは、ここに来るまでの道中で彼から聞いた話なのだが……。
天龍もアレと言われてすぐ乗り気になったらしく、ばっと扇子を広げて言い放った。
「む、それもそうじゃ。では竜さん、ルシさん。こらしめてやりなさい!!」
横さんと言わなかったのは、彼の役どころはもう1人のコメディ担当だからである。
「「はい、殿下」」
すでに立ち上がっていた小竜姫とルシオラの冷たい視線が男の左右から突き刺さった。
「殿下に仇なす者は……」
「ヨコシマの敵は……」
小竜姫とルシオラは 力を合わせて 殺る気240%の視線を使った!
ギンッ!!
絶対零度の殺気が男を襲う!
「スンマセンしたっ!」
男は逃げ出した!
経験値0を手に入れた。
0ゴールドを手に入れた。
「何じゃ、あっけないやつじゃのう」
「ま、殿下のご威光ってことでいーんじゃねーのか?」
物足りなさそうな天竜に適当に答える横島。彼としては余計な騒ぎを起こさずに済めばそれでいいわけで。
まあ黄○様を見習えば悪い王様にはならないだろう。暴れ○坊将軍の真似をされたら小竜姫の心労が絶えまいが。
「では、旅を続けようぞ!」
といっても目的地はほんの200m向こうのウォーターライドの乗り場だったのだけれど。
そのあと昼食をはさんで、メリーゴーラウンドだの海賊船だので遊んでいたのだが、異変が起こったのは4人が観覧車に乗っている時だった。
横島のポケットの中の文珠が、突如として所有者の脳裏に断続的なシグナルを送り始めたのだ。直ちに対応せねば死亡する確率82%、という最大級の警報に横島はがばっと立ち上がって、
「小竜姫さま、来ます! ……どっちだ!?」
敵はどうやって監視していたのか、彼らがとっさには逃げようのない場所にいるときを狙って攻撃してきたのだ。左右を見回したが襲撃者の姿は見当たらない。しかし文珠の警報は危険が迫る方向だけは教えてくれた。
「霊波砲かっ……!!」
ステンノのそれすら上回る強烈なエネルギー弾がゴンドラに接近してくる。天龍たちも横島の声で立ち上がっていたが、身構えて衝撃に備えるのが精一杯だろう。
「くっ……文珠!!」
他に方法はなかった。栄光の手で窓ガラスを突き破って、その向こうで文珠を発動させる。
《蓮》《華》《盾》
それは雷神インドラよりヴァス王に贈られた、永久に枯れない蓮華の花。あらゆる武器を防ぐ盾――――!!
ドオオオン!!
「くっ……強え!!」
すさまじい衝撃が盾を通して横島の手に伝わる。
デミアンのときのように《反》《射》にしなくて良かった、と横島は冷や汗をかいた。少ない文字数で高度なことをやろうとすれば当然出力は低くなる。ケチって《返》や《防》とかで済ませていたら突破されていただろう。
「――横島さん!」
小竜姫が天竜を後ろに庇いつつ声をかける。横島は振り向きもせず、
「小竜姫さま、超加速を!」
「は……はい!!」
小竜姫は超加速を発動させると、拳で反対側の壁を叩き破った。ほとんど停止状態でいる3人を抱きかかえてゴンドラを脱出する。超加速を維持したまま、デジャブーランドの外まで飛び去った。
こんな大勢の前で派手な立ち回りを演じれば、目立ちすぎるし巻き添えも出る。市街地の外まで避難するのは事前の打ち合わせで決定済みの方針だった。
そしてその半壊したゴンドラから100mほど離れた空中で。
「――小竜姫め、何か神界のアイテムでも持ち出したか?」
「あるいは他の2人の能力か……まあ行き先は分かっている。追うぞ」
帽子とマスクとサングラスで顔を隠したメリュジーヌとペルーダがいまいましげに舌打ちした。
今の狙撃は言うまでもなくこの2人によるものである。『ちゃんと準備していけば負けやしない』の一環、2人の霊力をコンデンサーに蓄えてつくった1発限りの特大霊波弾だった。直撃すれば天龍や小竜姫といえども命はないだろうが、『正体さえバレなきゃ』彼女達だけが追われる、という事態にはならない。
天龍達が逃げる先はおそらく妙神山だろう。結界で守られた修行場の中に入りさえすれば、遊園地まではついて来なかった随行員もいるのだから。
確かにそこまで逃げられたらお手上げである。それゆえ追跡のための準備もしてあった。
2人の足にはメカミカミのそれに似た霊波噴射機が付けられていた。小回りは利かないが、直線移動での加速には使える。
超加速は強力な技だがそれだけに消耗が大きく、小竜姫といえどもここから妙神山までずっと維持することはできない。おそらくデジャブーランドを出た辺りで解除して、後は普通に飛んで離脱を図るはずだ。それならこの装具で追いつける。
ここまでの展開は小竜姫たちにとっても、またメリュジーヌたちにとっても想定通りのものだったのだ。そしてこの後は――――『運命』のみぞ知るというところであるだろう。
――――つづく。
ハーレム関係のご質問が多いので(ぉ)、現時点でのサーヴァントたちの態度をまとめてみました(爆)。
○否定派
ルシオラ、おキヌ
○消極的容認派(1対1の恋人になるのは無理あるいは不本意なので次善の策として容認)
京香、愛子、小竜姫
○容認派
ヒャクメ、ステンノ、エウリュアレ
○よく分かってない(ぇ
冥子、ワルキューレ
否定派少ないですな(^^;
しかしルシの「ライバル」は実は否定派のおキヌだけなんですねー。容認派は正妻の座を奪う気はありませんから。
あと横島君の使った「蓮華盾」は「マハーバーラタ」に登場する「ヴァイジャヤンティ」です。
ではレス返しを。
○ASさん
>このまま外堀が埋められて気が付いたら
もはやルシの頼みは横島君への支配力のみなのです○(_ _○)
主人公なのに何て哀れな(涙)。
>やっぱ中間管理職は辛いんですねぇ
大変です。
○ネコ科さん
はじめまして、よろしくお願いします。
>黄門様ならぬ天竜王子一行
やってしまいました(ぉぃ
>キヌ&京の出番
今回は出ませんが次の話ではメイン張る予定です。
黒は……どうでしょう(怖)。
○ゆんさん
>護衛のどさくさにまぎれて横島とイチャイチャしちゃいそうな雰囲気がいっぱいなんですけどw
さすがに護衛対象がVIPなので無理でした○(_ _○)
>敵はルシオラにあり!さしずめ、ルシオラこと織田信長に謀反するエウリュアレこと明智光秀を中心とする集団ですねw
その展開だと天下を取るのは羽柴おキヌちゃんという事になるのか??(ぉ
黒絹ちゃんなら漁夫の利を狙ってもおかしくないし<マテ
○樹海さん
>シャドウスキルとスカーフェイス
むー、見たことないです。
>さて、次回は天龍童子登場ですかw
何故か時代劇のノリになりました(^^;
○通りすがりのヘタレさん
>ベルーダ、なかなかいい性格してますね。ある意味悟っちゃった人?
ネジが抜けてるのか超越してるのか(ぇ
>本編にあまりかかわりがなさそうなのにそこはかとなく重要っぽい話な気がするのは
もしかしたら当たってるかも知れないです(以下ネタバレにつき削除)。
>≪反≫≪転≫≪衝≫≪動≫
横島君が不幸な目に遭うだけのようなw
○なまけものさん
>冥子と愛子には他のサーヴァントの事とかほとんど何も言ってませんよね
この2人が知ってるのはルシのことだけですねー。
積極的に教える理由ないですし(^^;
>ルシが両刀になったら凄い事になりそうだ…
うわぅ、怖い、怖すぎる……。
さすが主人公、ちょっとした(?)性格改変で物語が全く別物になってしまう(汗)。
>ペルーダとメリュジーヌ……自分たちが一発キャラだと認識してるとはなかなか手強そうですね
強いですよー、色んな意味でw
魔族ではないです。地上の竜族=神族にも魔族にも属してない、っていう設定なので。
>そういえばメドーサが天龍を襲ったのはアシュの命令じゃなく、反竜神王派の依頼だったのかな?
アシュが天龍殺しても意味なさそうなんで、多分そうなんじゃないかと。
>文珠ネタ
月姫ではやはり直死の魔眼が筆頭でしょうねー。多用できる技じゃないですから逆に奥の手として使えますし。
しかし《混》《沌》だけでネロ・カオスになれるかな? ドクター・カオスになっちゃったりして(爆)。
○蒼き月の夜さん
>今回は…うん、小竜姫様がぶっとんでましたね
原作でもけっこう面白い所ありましたからねぇ(ぉ
メリュさんは……ネタバレ禁止です。
>《塾》《長》
横島君の妄想の中には出てましたが、本登場したら笑えることになりそうです(ぉ
○遊鬼さん
>原作では天竜はその後どうしてるかすら出てきませんでしたからねぇ
帝王学とか剣術とかの勉強は……してなさそうですねぇw
>それにしても、小竜姫様はあんなキャラだったのか(w
ストレスにやられちゃったんです。
かわいそうなんです。
>いや、ギャグパートは楽しいですね(w
やー、そう言っていただけるのが励みですぅ。
○諫早長十郎さん
>メリュジーヌ
そう無残な話はつくりませんですが(以下ネタバレにつき削除)。
○流星さん
>新キャラの元ネタ
ヘルシングという漫画に登場するアンデルセン神父です。
逝ってます(ぉ
>さて徐々にハーレム容認派が増えてきてますね、自分的には、大歓迎です
ルシの味方はどこにもいないんですねぇ(哀)。
○ケルベロスさん
>某・獣っこが憑いて来そうですねーはたして横島は上手く隠し通せるのか?
こういう場合横ルシは「妙神山へ行く」という建前を使いますので憑いてきませんw
○わーくんさん
>裏でゆっきーとタイガーが合コンなんて企画して知らないうちにくっついて、横ルシの前でいちゃいちゃする、なーんてのはないんすか?
ないです(爆)。
いや、合コンイベントはちゃんとあるんですよ。ただ時系列的に文化祭より後になってしまうのが運のツキだったんですw
というかあの場に彼女連れて来てたら逆に敗北感に打ちひしがれそうな(^^;
>だって今のこの話じゃルシオラさんがヒロインじゃないですか!
実際主人公なわけですが(滝汗)。
>新キャラ二人の漫才(ぇ は面白かったです
今回は真面目でしたが次はギャグさせたいです<マテ
>それではこれから試験がありますのでこれにて失礼します
がんばって下さいねー。
ではまた。