「美神さん、じゃあ俺例のアパートの下調べに行ってきます。」
年の瀬も押し迫ったこの日、依頼を片付けた横島は令子にそう言って事務所を出ようとする。
「ええいいわよ。」
と令子が応える。イブの件以来横島と目が合う度に2人とも頬を染めて視線をそらすため、他の3人から不審の目で見られていたのだが、その赤面症もようやく直ったようだ。
「じゃあ、私も行ってきます。」
おキヌが嬉しそうに立ち上がり、横島に続く。
「・・・ええ・・・・・・分かったわ。」
「「うぅぅぅーーーーー。」」
冷や汗を浮かべて令子は返事を返し、シロタマは呻っている。
何故このような状況になっているかというと、それは昨日の事。横島が明日アパートの下調べに行くと言った事に端を発する。
おキヌ・シロ・タマモは一緒に行くと主張するが、それは令子と横島が止めた。たがが下調べに4人は多すぎるし、何より令子にとっては横島の為とは言え殆ど実入りの無い除霊なのだ。
だが3人は譲らず、仕方なく令子は1人だけ同行する事を許す。3人の主張は白熱し、中でもおキヌの主張は群を抜いていた。
「シロちゃんもタマモちゃんも横島さんの訓練に付き合っているのに、私は何も出来なくて不公平だ。」と。
シロタマも「おキヌちゃんだって横島のところに料理をしに度々行っている。」と主張するが、おキヌは「私は偶にしか行っていないけど、シロちゃん・タマモちゃんは殆ど毎日訓練に付き合っている。」と反論する。
3人のあまりの迫力に横島は何も言えずに固まっており、令子はテーブルに両肘をついて頭を抱えている。
令子がちらっと目線を上げて見てみると、いつの間にか3人は椅子から立ち上がって激論を交わしており終わる気配は無い。
「はぁー。」と令子はため息を吐いてから立ち上がり、
「もう分かったわよ。横島君に同行するのはおキヌちゃんにするわ。」
と言い切った。
「わあ、やったー!」
「「ええーー!!」」
おキヌは飛び上がって喜び、シロタマからは不満の声が上がる。
「おキヌちゃんが横島君の訓練に付き合えなかったのは確かだものね。おキヌちゃん、明日手伝ってやって。横島君もいいわね。」
「はい!」
「はっ・・・・はい。」
令子の問いにおキヌは喜んで、横島は困惑しながら返事を返す。
「「ちょっと!」」
シロタマは尚も食い下がろうとするが、
「(じろっ)何か文句あんの?!」「「うっ!・・・」」
令子の迫力に言葉が詰まる。
「じゃあ遅くなったけど食事にしましょう。おキヌちゃん、お願いね。」
令子は精根尽き果てたかのようにそう言いながら椅子に腰を下ろし、
「はいっ!」
おキヌは満面の笑顔を浮かべて返事をしてから、まるでスキップでもするようにして台所に向かった。
「「うっ、うぅぅぅーーーーー。」」
シロタマはまだ呻っていたが、令子が睨むとガクッと肩を落とし椅子に座り込む。
その日おキヌは終日ご機嫌であった。
「ここですか? 横島さん。」
「うん、そうなんだけど・・・」
「凄く立派ですね。」
「ああ、俺もこんなに立派だとは思わなかった。」
二人は少しの間建物を眺めてみる。建物は5階建てで各階2世帯が入居できる造りになっており、入り口の脇には『入居者募集中』の看板が立っていた。
「ねえ、おキヌちゃん。何か霊感に引っかかるような事ってある?」
ようやく再起動を果たした横島がおキヌに尋ねる。
「はっ、はい。・・・うーん、微かな波動は感じるんですけど、それ以上は・・・」
おキヌも再起動を果たし、感覚を研ぎ澄ませてみるもののはっきりとは分からない。
「おキヌちゃんもか。じゃあ、中へ入ってみよう。鍵は不動産屋から預かってきているし、入居者は誰もいないそうだから。」
「はい。」
横島とおキヌは建物の中に入り、辺りを見回す。
「どこもかしこも立派な作りだなぁ。マンションとして分譲してもいいような造りだし。」
「本当ですね。」
「じゃあこの部屋から行こうか?」
「はい。」
横島とおキヌは鍵を開けて『101号室』へと入る。部屋の中はかなり広い3LDKの造りとなっていた。
「うっわ、流石に元は家賃月18万の物件だね。広いわ立派だわ驚くぜ。」
「はー、本当に凄いですね・・・・・・・・・横島さん!」「ああ。」
二人の霊感に反応があり、同時に振り向く。部屋の隅の方にこちらをじっと見つめる霊が佇んでいる。
横島はおキヌを庇うように一歩前に出ながら相手を観察する。
「依頼書にあった通り、別に攻撃はしてこないねって言うか、そもそも霊から悪意の波動が感じられないな。」
「はい。ただこちらを見ているだけですね。」
横島が庇ってくれたことに内心喜びながらもおキヌは霊を観察していた。
「どう、おキヌちゃん。あの霊と意思は通じる?」
「やってみます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・だめですね、あの霊さんには通じません。まるで言葉を理解できる前の子供のような感じなんです。」
「子供?」
「はい、はっきりとは言い切れませんがそんな感じです。ただ悪意ではなくて、うーん・・・・興味というか好奇心というか、そんな想いのようなものが伝わってきますね。」
「そっか。やっぱりおキヌちゃんに一緒に来てもらって正解だったな。俺じゃあとてもそこまで霊の気持ちなんて分からなかった。」
「そんな・・・・・・お役に立てて嬉しいです。」
横島の発言におキヌが照れる。
「試しに部屋の中を移動してみようか? あの霊がどんな反応をするのか見てみたい。」
「分かりました。」
横島とおキヌは注意しながらも室内を見て回る。その度に霊は少し遅れて部屋の隅に出現しこちらを見つめている。
「うーん、確かに悪意は感じられなくても、こうも付きまとわれたら嫌になって退居するのも判るなぁ。」
「ええ、何か監視されてるみたいで嫌な感じがしますもんね。」
横島はその霊をちらっと見てから、
「隣の102号室に行ってみようか。あの霊が付いてくるかどうかも試してみたいし。」
「はい、分かりました。」
二人は102号室に入る。
「こっちも同じような造りだね。やっぱり広いし・・・・・ん?」
「横島さん、あそこです。」
おキヌの指さす方向に、先程の霊が佇んでいた。
「やっぱり付いてくるのか。・・・・・・この霊って1体だけなのかな?」
「えっ? どういうことですか横島さん。」
「いやだから、各部屋毎に同時に現れるのか、それとも1体の霊が各部屋をうろうろ行ったり来たりしているのかを確かめたいなと思ってさ。」
「ああ、そう言うことですか。」
おキヌも納得する。
「うん、だから2階に上がったら201号室と202号室に分かれて入ってみよう。おキヌちゃんが危険な目に遭うと困るからこれを渡しておくよ。」
横島はそう言って『護』の文字の入った文珠をおキヌに渡す。
「危ないと思ったら躊躇せず発動させてね。」
「はい。」
おキヌは笑顔を浮かべて横島から大事そうに文珠を受け取った。
2階のフロアに上がり、それぞれが201号室と202号室の扉の鍵を開ける。
「こっから携帯を繋ぎっぱなしにしておこう。状況を話し合えるし、何か遭っても直ぐに連絡できるしね。」
「分かりました。」
「じゃあ気をつけて。」
「横島さんも。」
そう声を掛け合って二人は各部屋に入っていく。
横島は室内を見渡す。今のところ霊は現れていない。
「どうおキヌちゃん? こっちは見あたらないんだけど。」
「はい、私の方も・・・・・・あっ、現れました横島さん。私の方をじっと見ています。」
「分かった、十分に注意してね。」
「はい。」
おキヌの連絡を聞いた横島は電話を片手に各部屋を見回ってみるが、霊はどこにも現れていない。
「おキヌちゃん、こっちには見あたらないけど、そっちにはまだいる?」
「はい、私が部屋を移動するとその部屋に付いてきます。」
「そっか、今のところ危険な感じはしない?」
「はい、部屋の隅でじっとこちらを見ているだけで、敵意も特に感じません。」
「分かった、俺は他の部屋を急いで見回るから何か遭ったら直ぐに教えてね。」
「分かりました。気をつけて下さいね。」
「ありがと。」
そう言うと横島は1階から5階までの全ての部屋を見回る。
「おキヌちゃん、全部の部屋を回ったけどどこにも霊はいない。おキヌちゃんのところにいる霊だけみたいだ。」
「そうですか、分かりました。」
「直ぐ戻るから。」
「はい。」
横島が202号室に戻ると、そこには霊がまだいた。
「なんかさっきよりずっと近づいてきてるね。」
「はい、霊さんと見つめ合っているうちに少しずつ気持ちが伝わってきて。」
おキヌは横島の方を見て「えへへ」と笑う。
「そっか、流石おキヌちゃんだね。で、霊はなんと言ってるの?」
「どうも言葉も分からない子供のうちに亡くなってしまった子供の霊みたいです。現れるのは寂しいのと人の生活に興味があるからみたいですね。でも言葉が分からないんで部屋の隅からじっと見ていたようです。」
「へーそうなんだ。でも祓っても祓っても出てくるのはどうしてなのかな?」
「それは霊さんの本体って言えばいいのか・・・それが何かに括られているみたいなんです。」
「なるほど。それを祓っていないから何度も出てくるわけだ。」
「はい。」
横島は首を傾げて、
「うーん、じゃあ本体を探さないと駄目なんだけど・・・・・おキヌちゃんそれが何処にあるかは訊ける?」
「待って下さい・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、そこまでは訊けませんでした。」
おキヌがすまなそうな顔になる。
「いや、気にすることはないよ。それに一緒に来たのがおキヌちゃんじゃなかったら、霊の気持ちがここまで判らなかっただろうしね。感謝してるよ。」
横島が笑顔でそう言うとおキヌは顔を赤くして、
「そっ、そうですか。ありがとうございます。」
とだけ言った。
「お礼を言うのはこっちだよ。」
おキヌの返事に横島はそう返す。おキヌの顔は更に赤くなり俯いてしまう。
横島はそんなおキヌを見つめた後で、
「じゃあ、その本体が括られている物・・・依代って言った方がいいか、それを探さないとね。」
「そうですね。」
ようやくおキヌも顔を上げる。
二人は1階のロビーに移動した。
「じゃあ依代を探すか。」
「どうやって探すつもりなんですか?」
「うん、やっぱここは文珠の出番かなっと。」
そう言いながら横島は文珠を一つ出す。
「これに『探』と入れて発動させれば。」
パァー
文珠が発動した。横島は意識を広げてゆき、依代を探す。
「下・・・・・・地中か・・・・・・結構深いぞこれは・・・・・・ん・んん・・・」
目を瞑ってブツブツ独り言を言っている横島を、おキヌは心配げに見つめている。
「だ・・・・・・段々近づいてるとは思うけど・・・・・・イメージが・・・・・・上手くできない・・・」
横島の額から汗が噴き出す。依代探しはあまり上手くいっていない様子だ。
「横島さん! 私も探します。」
じっと状況を見ていたおキヌが突然そう言い、横島に渡されていた文珠の『護』の文字を『探』に換えて発動させる。
パァー
「ん・・・・・ほんとだ深い・・・・・・・・・・・・・見つけた、見つけました横島さん。」
「本当?・・・・・・・・くっ、やっぱり俺じゃあ見つけきれない。
そう言えばおキヌちゃんってヒャクメから心眼の訓練を受けたんだっけ。そんなのも関係してるのかな?」
「私が幽体離脱して取りに行きます。」
「だめだよおキヌちゃん、確かに幽体なら依代のところまで行けるだろうけど持って帰ってくることは出来ないだろう?」
「それは・・・・・・・・」
そうこうしているうちに文珠の効果が切れる。
「さて、あの依代をどうするかを考えないといけないんだけど、おキヌちゃんはどうしたい?」
床に座り込みながら横島が訊く。
「私は・・・・」
おキヌが視線を移動すると、ロビーの隅から霊がこちらをじっと見ている。
「私はやっぱり依代を取り出してちゃんと供養したいです!」
「だよねー。うーん一応方法らしきものは考えたんだけど、俺が実行できるかどうかが問題だなー。」
「どんな方法なんですか?」
おキヌは横島の隣にぺたんと座り込みながらそう訊く。
「まずは依代を見つける方法、これはおキヌちゃんに『探』の文珠で見つけてもらって『伝』の文珠で俺に伝えてもらう。これが一番現実的だな。
次に依代に近づく方法、これはおキヌちゃんが幽体なら近づけると言ったのを参考にして、俺の物体をすり抜ける霊波刀を使う。ただ、結構深いみたいだし霊波刀がそこまで伸びるかどうかは練習してみないと分からない。
最後に依代を取り出す方法、依代のところまで伸びた霊波刀の先から文珠を出して転移させる。とは言っても・・・・・霊波刀の先から文珠なんて出したことがないからこれも練習次第かな?
ってな感じだけど、どう思う?」
「それが出来れば一番ですね。でも、出来そうなんですか横島さん?」
「・・・・・・やれるだけのことはやってみるよ。俺や小鳩ちゃんの住むところの為にも、おキヌちゃんの霊を思いやれる優しさの為にも、何より括られている霊の為にもね。」
「横島さん・・・・・・・・・・」
横島の答えに少し感動しているおキヌ。
「あっ、あとここを探してくれた美神さんの面子を潰さない為にも・・・・・・・・・・・・潰したら何をされるか・・・・・・・・」
「あはっ、ははは・・・・・」
その時の姿を想像し、冷や汗を流す二人。
「とりあえず、今すぐに除霊出来ないのは分かったから帰ろうか?」
「はい。」
二人は立ち上がってアパートを後にする。去り際におキヌは霊に手を振った。
「今帰りましたー。」
「ただいまー。」
横島とおキヌはそう言いながら事務所に入る。入った途端シロが横島に抱きつき顔を舐めてくる。
「せぇんせえー!」「やめんかーシロー!」
先程まで静かだった室内にシロと横島の叫びが響き渡る。相変わらずの光景に残りの3人はため息を吐いた。
「シロ、その位にしなさい! で、横島君。下調べの結果はどうだったの?」
令子の質問に横島は調査結果と除霊方法を報告する。
「ふーん、依代が地中深くにあるのは確かにやっかいね。おまけに今日の調査だけで文珠を二つも使うなんて。」
令子が横島を睨む。横島の、ひいては事務所の切り札でもある文珠を、たかが調査の為に二つも消費したのが気にくわないようだ。
「しかも除霊本番では3つも使う計画になってるじゃない。もっと減らせないの? 例えば『伝』の文珠の代わりにタイガーの精神感応を使うとか?」
「戦う時の指示を伝えるだけならそれでいいんでしょうけど、今回はもっと細かな作業なんでそれはちょっと・・・・」
令子の意見に横島が難色を示す。
「そうよ! そもそもおキヌちゃんに見つけてもらおうとするから『伝』の文珠が必要になるんであって、横島君が一人で見つければ必要なくなるじゃない。」
「それに関しても、どうやら俺にはおキヌちゃん程そっちの才能が無いみたいですし、その練習をする度に文珠を使ってしまいますよ。練習方法だって難しいし・・・」
「例えばどんなのよ?」
「事務所の外から美神さんのシャワー姿を覗(バキッ)・・ぐぁ!」
「いらん事を言うなー!」
令子のパンチを喰らって吹っ飛ぶ横島。
「せ、せめて冗談くらい最後まで言わせて・・・・」
「聞くに堪えん!」
一刀両断である。
「(ギン!)で、霊波刀の方は出来そうなの?」
「これからの練習次第ですね。引っ越しの期日も迫っていますし、やれるだけやってみます。」
「そう、じゃあ・・・・・・さっさと練習に行けー!!」
「分っかりましたーーー!」
令子の怒号にダッシュで横島は事務所を出て行く。
「先生ー、拙者も手伝うでござるー。」
横島の後を追いかけシロも出て行く。
「・・・はぁ・・・はぁ、まったくあいつは・・・」
思いっきり叫んだ為に少し息が切れている令子。
「ねえ美神。」
「はぁ・はぁ、何よタマモ。」
「その顔が赤いのは怒っているせい? それとも横島のシャワー発言で照れてなの?」
「うっ・・・・お・怒っているからに決まってるでしょう!」
令子は声を張り上げ否定するが、
「大声で否定するほど逆の方が正しいと言っているようなもんよねー。」
「くっ、タマモ!」
令子がタマモを睨む、どうやら勢いで押し切ろうとする魂胆のようだ。
「おーこわこわ、じゃあ私は休むわね。」
タマモはそう言い残し、屋根裏部屋へと引き上げた。
令子とタマモのやり取りを複雑な表情でじっと眺めていたおキヌであったが、
「おキヌちゃん、お茶お願い。」
「はっ、はい。」
令子の言葉によって弾かれたように台所へと入っていった。
その日から横島とシロの攻防の練習に新たなメニューが追加された。
「はぁぁぁーーーーーーーーー」
徐々に横島は霊波刀を伸ばしていく。
周囲は密林に覆われており、その木々をすり抜けるように伸ばさねばならない。
「ぐっ、これってかなり難しいぞ。」
横島の額から汗がにじむ。
「そうなのでござるか?」
「ああ、物質をすり抜けられるほど密度は低くしながらも霊波刀としての形を崩してはいけない。これは厄介だ。ちょっとでも集中が途切れると・・・ほら。」
横島が指さした方向を見ると、横島の伸ばした霊波刀が先端の方からぼやけていき、ついには拡散を始める。
「なぁ。」
「はいでござる。」
「それにこれって自分の霊力の制御にかなり無理が掛かって、思ったよりも疲れるぜ。全力で出している方が楽な位だ。」
「それは大変でござるな。」
「ああ、そうだな。でも付き合ってくれるかシロ?」
「もちろんでござる。」
「サンキュ。じゃあ、もう1回やるぞ!」
「はい!」
学校が冬休みに入っている為、横島は一日の大半を事務所で過ごしている。
足捌きの練習も敷地内で行い、タマモとの狐火を使った練習もある。それらの合間を使って横島は霊波刀の先から文珠を出す訓練を始めた。
「はぁー、籠手状のハンズオブグローリーからなら何とか出せるけど、霊波刀の先からってのは難しいな。通常の霊波刀でも成功しないんだから、密度を下げた霊波刀では尚更。」
横島はじっと右手を見る。
「考えてたって仕方ないか。ここは練習練習。」
横島の練習は夜遅くまで続く。
今日は大晦日。おキヌとシロは実家に帰っており、令子・横島・タマモの3人は美智恵のマンションに呼ばれて行く年を惜しんでいる。(西条はGメンの仕事でいない。もちろん美智恵が押しつけたから。)
3人が扉を開けて中に入ると、玄関で出迎えたのはとことことひとり歩きをして近付いてくるひのめであった。
「わっ、ひのめちゃんが歩いてる。」
「この間つかまり立ちが出来るようになったと思ったらもう歩けるんだ。流石私の妹ね。」
「なにひのめを誉めるふりして自分を誉めてるのよ美神。」
ひのめはふらつきながらも横島のところまで歩いてきた。横島の足に掴まりながら笑顔で見上げる。
「うーん! 偉いぞひのめちゃん。良くできたねー。」
ひのめを抱き上げ頭を撫でる横島。ひのめも嬉しそうに「にぃー、にぃー。」と言っている。
「うふふ、どう? ひのめも成長したでしょう?」
そう言いながら美智恵が現れる。
「そうですね。子供の成長って早いなー。」
「ひのめだって1歳になったんだから歩けるようになっても不思議ではないけど、こんなに何歩も歩けるのは凄いわ。流石私の娘ね。」
「こっ、この親子は・・・」
なんだかんだ言って自分を誉める美智恵を見て脱力するタマモ。
「まあともかく上がってちょうだい。準備はもう出来てるから。」
「はーい。」
「お邪魔します。」
「上がるわね。」
その後は楽しい食事の時間となった。横島は自分の食事を終えるとカーペットが敷いてある方に移動しひのめの面倒を見ている。
「ひのめちゃんこっちだよー。」
横島が手を叩いて誘うとひのめがとことこ歩いてくる。ひのめがたどり着くと、
「うーん、いい子いい子。」
そう言って横島はひのめを抱きしめる。
「令子どうしたの? 手が止まってるわよ。」
横島とひのめの遊ぶ光景をじっと見ていた令子が、美智恵の声に振り向いた。
「なっ、何ママ。わっ、私はただひのめも成長したなって見ていただけよ。」
「そう? そのわりには眉間にしわが寄ってたし、唇も尖ってたけど。」
楽しそうに娘を追い詰める美智恵。
「そっ、そんなことはないわよ。」
母には勝てない令子。タマモはそんな周囲の雑音を気にせず、美智恵の作った油揚げ料理に舌鼓を打っていた。
やがて遊び疲れて眠ってしまったひのめを抱いて横島が席に戻る。
「ひのめと遊んでくれてありがとうね横島君。」
「気にしないで下さい隊長。俺もひのめちゃんに懐かれて嬉しいっすから。」
「そう、よかったわ。ただ横島君。」
「はい? 何すか?」
「Gメンの制服を着ていない時くらい『隊長』は止めてくれない?」
「えっ? じゃあなんて呼べばいいんですか? 『ひのめちゃんのお母さん』とか?」
「なんでそうなるのよ!」
「いやだって、『美神さん』じゃあどっちの美神さんを呼んでいるのか判りづらいし。」
「私のことは美智恵でいいわよ。」
「じゃあ、『美智恵さん』と呼ばせてもらいます。」
「何なら令子のことも名前で呼ぶ? 『令子』って呼び捨てでもいいわよ。」「ちょ、ちょっとママ!」
美智恵の大胆発言に令子が突っ込む。
「美神さん、もう少し小さな声で。ひのめちゃんが起きちゃいます。」
横島が忠告する。
「・・・分かったわ。」
「で、隊・・・・・み・美智恵さん。美神さんを名前で呼ぶのはちょっと。」
「あら、私も美神なのに。」
「それはそうなんすけど、バイトを始めてからずっと『美神さん』って呼んでいたんで急には変えられませんよ。」
「そうなんだ。」
「はい。」
今日の美智恵は完全に令子と横島をからかうモードに入っている。蚊帳の外のタマモはふて腐れて料理をぱくついている。そして遂に、
「でもこのままじゃあ・・・・・・」
「はい?」
「令子と結婚してからも『美神さん』って呼んでそうなんだもの!」「「なっ!」」
美智恵の爆弾が炸裂。絶句する令子と横島、ほのかに顔も赤くなっている。
美智恵は満足そうな笑みを浮かべて、
「まあ、からかうのはこのくらいにして食事の続きを楽しみましょう。」
そう話を切り上げた。
「勘弁して下さいよ、いやほんと。」
「もう! ママったら本当に性格が悪いんだから。・・・・・・・・・・何よ!」
「「いえ、別に。」」
やっぱり親子だな、などと思っていた横島とタマモは目線を逸らす。
「そう言えばアパートの除霊はどうなってるの?」
かなーり強引に話を変える令子。
「はい、練習の成果も上々ですから、おキヌちゃんが里帰りから戻ってくるまでにもう一頑張りして、戻ってきたら除霊しますよ。」
「タマモちゃんとの訓練は?」
「一時期は俺の方の上達が早くて狐火を喰らう回数も減ったんですけど、最近はタマモのコントロールの上達がもの凄くてまた喰らう回数が増えました。」
「ふん、金毛白面九尾の狐を甘く見ないでよね。」
タマモが胸を張る。だがそれも手に食べかけのいなり寿司を持っていては決まらない。
「くっそー、自慢できるのも今のうちだからなタマモ。」
「永久に無理よ。」
「くそ。あっ、そう言えば隊・・じゃなくて美智恵さん。例のシミュレータなんですけど、雪之丞もやりたいって言ってるんですけどいいですか?」
「ええ、いいわよ。こちらも新鋭GSの戦闘データが採れるんだから歓迎するわ。今度空いている日を連絡するから。」
「お願いします。」
「じゃあ、話をするだけじゃなくて料理も食べてね。横島君、ひのめは寝かせてくるからこっちに。」
「はい。」
「じゃあちょっと失礼するわね。」
美智恵はひのめを抱いてリビングから出て行った。
その後年越しそば(もちろんきつねそば)を食べ、談笑している時に除夜の鐘がテレビから聞こえてくる。
「今年ももう終わりね。令子はどんな1年だった?」
「そうね・・・・・・それなりに稼げたし、いい1年だったわ。」
「そう。じゃあ来年はどんな1年にしたい?」
「来年かぁ・・・・・・・・・・」
来年は横島君も卒業するし、正式な所員としてフルタイムで一緒にいられる。
経営の事も教えながら更に絆を深めていって、その後は・・・・・・・・・・(ポポッ)
こっ・婚約指輪は給料3ヶ月分よね・・・・・・・・・・(ポポポッ)
新婚旅行、そして・・・・・・しょ・初夜・・・(ボン!)
『やっ、優しくしてね。』なんて言っちゃって・・・・・・・(イヤンイヤン)
「・・・・い子、令子!」
「(ハッ!)なっ、何よママ?」
「どうしたの急に? 顔を赤くして悶え始めて。」
「えっ! 私そんな事してたの?」
令子が周囲を見渡すと、横島とタマモは令子が見た瞬間に顔を背ける。令子の背中に冷や汗が流れた。
「ははぁーん、何かいやらしい事でも考えていたわね(ほんと分かりやすい子ね)。」
「マ・ママ! 何を言ってるのよ、そんな訳無いじゃない。わっ、私はただ今年以上に儲けようって考えていただけよ!」
「ふーん、美神ってお金の事を考えると悶えるんだ。」「うっ!」
美智恵の攻撃プラスタマモの追撃、遂に令子は何も言えなくなる。
「まあいいわ。タマモちゃんは?」
「まあ去年程ドタバタしていなかったから平和だったかな?」
「そう。じゃあ来年は?」
「平穏無事ならそれでいいわ。」
「そう、じゃあ横島君! 今年はどうだった?」
「俺っすか。そうですねぇ・・・・・・・新しい目標も出来て意義のある一年でしたね。」
「うんうん、じゃあ来年は?」
「そうっすね・・・来年は卒業しますし・・・」
横島はチラリと令子を見てから、
「美神さんがこのまま俺を雇ってくれるのでしたら、少しは美神さんに頼られるような大人になりたいっすね。」
「そう、頑張ってね。」
美智恵が令子の方を見る。令子は真っ赤になって俯いていた。
「はい。」
「じゃあそろそろお開きにしましょうか? 令子はどうする?」
「んー、今日は泊まっていくわ。」
「じゃあタマモちゃんもそうしなさい。横島君は?」
「俺は帰ります。」
「そう、じゃあタクシー呼ぶから。」
「ああ、俺ちょっと寄る所があるんで歩いて帰ります。」
横島の応えに美智恵と令子が驚く。
「そうなの?」
「こんな時間に何処へ行くのよ横島君?」
「えっと・・・・・初詣・・・・・かな?」
「はつもうでぇー?!」
「令子、声が大きい。じゃあ気を付けてね横島君、良いお年を。」
「はい、美智恵さんに美神さんにタマモも。それじゃあ。」
そう言って横島は帰っていった。
「あいつ何処に行こうってのよ。」
令子の問いに答えは返ってこなかった。
横島は東京タワーの近くにあるビルの屋上に来ていた。
「ルシオラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本当なら東京タワーの展望台の上に行きたかったんだけど、こうもお祭り騒ぎが凄いとは思わなくてさ。空にはヘリまで飛んでるし・・・・・・・・
だからここからで勘弁な。今年の俺を見ててくれよ、お前が俺にくれた命を絶対に無駄にしないから。お前が惚れた男はこんなにいい男なんだぞって自慢できるようにするからな・・・・・・・・・・・・・・・・・」
夜が明けるまで横島はそこに佇んでいた。
『あとがき』
どうも「小町の国から」です。
この話が12月に入ってから急に話の進みが遅くなっています。もっとサクサク進む予定なのですが、書き始めると何故かこうなってしまい、再度プロットを見直している今日この頃です。
感想をくださった皆様どうもありがとうございます。通りすがり様には誤字も教えていただいてありがとうございました。以降から注意します。
降雪も多く寒さも厳しい冬ですが、皆様お体には十分注意して下さい。私も注意して続きを作っていこうと思っています。
それでは「その13」でお会いしましょう。
「小町の国から」でした。