クリスマスイブを明日に控えた12月23日、横島は雪之丞と訓練をしている。
「そりゃ。」「せい。」
「うりゃ。」「おら。」
双方本気を出してはいないものの、それなりに鋭い攻撃を捌き反撃を繰り出し、更にそれを躱している。
「横島、今日はこれくらいにしておくか?」
構えを解いた雪之丞がそう言う。
「ああ、そうだな。」
横島もそう言って構えを解いた。
「じゃあストレッチでもやるか?」「ああ。」
「しっかしお前もとんでもないな。先週から比べて動きがすげぇ良くなっているじゃねぇか。」
二人並んでストレッチをしながら雪之丞が話し掛ける。
「ん、そうか? じゃあ昨日やったあれのおかげかな?」
「何だ、あれって?」
「ああ、アシュタロスとの戦いの時に美神さんがやっていた戦闘シミュレータだよ。都庁の地下にあるんだけど。」
「戦闘シミュレータ? 俺は知らんぞ。」
「そっか。お前は最初入院していたからな。過去に俺たちが倒した奴らと戦えるんだ、強さも変更できるから思いっきりやれるんだぜ。」
「なにー! そんな良いもんがあるのか。で、どうだった?」
「ああ、最初は犬飼ポチって言う剣の使い手を呼び出して霊波刀の練習をしてな、その後は100鬼抜きをやったぜ。強さはオリジナルの12倍でな。」
「12倍で100鬼抜きー?! ほんとに強さを変えられるんだ。何で俺を呼ばなかったんだ!」
雪之丞はストレッチを止めて話しながらどんどん横島に近づいていく。
「いや、それは思いつかなかった。」
迫る雪之丞に横島は後退る。
「ったく、ダチのことくらい思い出せ。っし! 行くぜ横島!」
「はぁ?」
「そのシミュレータをやりに行くんだよ。早く立て!!」
雪之丞が立ち上がって横島を急かす。
「待て待て、そこって予約をしないと使えないんだよ。だから今日は諦めろ。」
「んだとー! ちっくしょー!!」
地団駄踏んで悔しがる雪之丞。
「はぁー、まさに中毒症状だな。」
それを呆れて見ている横島。
「じゃあ、話くらい聞かせろ。どんな感じだった?」
「ああ、だだっ広いシミュレータルームでさ。」「ふんふん。」
横島の話に聞き入る雪之丞。そんなこんなで話は10分も続く。
「なぁー、いいかげん勘弁してくれよー。」
「まだいいじゃねえか。」
「今日はこれからクリスマスのプレゼントを買いに行かないといけないんだから。」
「プレゼントだぁー?」
「ああ、明日魔鈴さんのところでクリスマスパーティーをするんだよ。美神さんのとこ全員に美神さんや俺やおキヌちゃんの友人を集めてね。弓さんも来る予定になってるぜ。」
「えっ、弓もか?」
「そう、だからお前もプレゼント買って明日に備えないと。」
「おっ、俺は別に弓になんか・・・・・・」
「あー分かった分かった。意地張らんでいいから行くぞ。」
横島はスタスタ歩き出す。
「こら、おい待てよ横島。」
雪之丞も慌てて追いかける。
「はっはっは、んで何を買えばいいと思う?」
「あっさり話を変えるな! でもそうだな、何にすりゃーいいんだ?」
「弓さんて好み五月蠅そうだもんな?」
「そうなんだよ。あいつ俺が何贈っても必ず文句言いやがっ・・・・・・・・・・・」
「簡単に引っかかりやがって。」「ぐっ!」
言い返せずへこむ雪之丞。
「まあまあ、気分を変えて買い物に行くか?」
「ああ。」
二人はプレゼントを買うために繁華街を目指して歩いていった。
12月24日のここ魔法料理『魔鈴』は、貸し切りでパーティが行われていた。
令子は予め六道家に連絡をして、冥子が店に来る前に式神を式に封じさるように六道母にお願いをしたため、プッツンでの被害は出ていない(六道母は六道グループのパーティに出ています)。いつものお友達がいないため冥子が少し寂しそうで、当初令子は冥子を慰めるのに苦労していた。
現在令子は美智恵、唐巣、エミ、冥子、西条達と酒を酌み交わしている。まあ、エミと度々睨み合うのはお約束であるが。
雪之丞と弓、タイガーと魔理は先程からそれぞれ二人だけの世界に浸っており周りの喧噪も何のその、実に良い雰囲気だ。
横島はおキヌ、シロ、タマモ、愛子、小鳩、ピートらと語り合いながら食事をしている(ひのめは当然のように横島の膝の上、それ故ひのめの存在がシロ達の暴走を抑える効果を生んでいる)。ピートを除き未成年ばかりなのでアルコールは抜き。それでも美味しい料理を味わいながらなので会話は弾んでいた。
オーナーシェフの魔鈴は各テーブルを廻りながら笑顔で話し掛け、料理を配っている。
そして中央のテーブルでは小鳩の母と貧、それに呼んだ覚えも無いのにカオスと厄珍がものすごい勢いで料理を貪っていた。
「おーい、マリア。」
カオスの後ろにじっと立っているマリアに横島が声を掛ける。
「なん・でしょう、横島・さん。」
マリアが横島達のテーブルに近付いてきて横島に応える。
「どうせカオスのじーさんはまだまだ食べてるだろうから、俺たちのテーブルで話でもしていないか?」
「・・・・・・・・・そう・ですね。分かりました。」
横島の提案にあっさりマリアが頷いたので驚く面々。だが横島だけは驚きもせず、
「おおそっか。じゃあそこの椅子に座れよ。」
そうマリアを促す。
「イエス・横島・さん。」
そう言ってマリアも座る。
その後は横島、雪之丞、ピート、タイガー、おキヌ、弓、魔理がこの店でパーティをした時の事などを話していた。
「あの時は災難だったよなピー・・・・・・・・・・・・・・・・ト?」
横島がピートに話を振ったものの、席にピートがいない。
「あれ? ピートは何処にって・・・・・・・あっ!」
横島が見つけた時には、ピートはエミにずるずると引き摺られながら店の入り口付近にいる。
「たっ、助け(パタン)」
セリフも最後まで言えず、敢え無くピートはエミに『お持ち帰り』されてしまう。
「・・・はっはっは、それでさー・・・・・・・・・・・・・」
横島は何も見なかった事にして話を変えた。
「ごちそうさまでした。」「どうもありがとうございました。」
パーティも終わり解散の時間となる。
「じゃあみんな、おやすみ。」「じゃあな」
「おやすみなさい横島さん。」「おやすみ。」
それぞれ挨拶をして家路につく。皆の手には互いに交換しあったプレゼントが握られている。給料が上がったおかげで横島でも買えるようになり、散々苦心して選んだプレゼントはおおむね好評であった。
雪之丞と弓、タイガーと魔理はそそくさと腕を組んだまま歩き出す。これから何処へ行くのやら。
横島は一瞬そちらを見て、フッと笑う。正直羨ましい光景であるが、無いものねだりをしても仕方がない。何せ横島の一番愛する女性は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
横島は踵を返し皆の方を見た。
「じゃあ行こうか小鳩ちゃん。」「はい。」
帰るとなれば横島は、当然同じアパートに住む小鳩一家と帰る事になる。
「すいませんねぇ横島さん、ごほごほ。」
「いえいえ、気にしないで下さい。」
横島の背には食べ過ぎて歩けなくなった元気な病人(?)小鳩母が乗っている。
「すいません横島さん。」
横島の隣を歩く小鳩も恐縮している。
「気にしなくて良いよ小鳩ちゃん。お隣さんなんだし、差し入れしてもらったりしていつも迷惑掛けてるのは俺の方なんだから。」
「そっ、そんなことないです。」
横島の応えに小鳩は頬を染めて俯く。横島はかわいいなーと思って小鳩の方を見るのだが、そうするとその視界にニヤニヤしている貧乏神が入る事になる。
それがどうにも気になり仕方なく視線を正面に戻す。その後はあまり会話もなくアパートに着いた。
「じゃあおやすみ小鳩ちゃん。」
小鳩母を布団まで運んだ横島は小鳩宅の玄関で挨拶をする。
「はい、おやすみなさい横島さん。」
笑顔で挨拶をする小鳩の後ろにはやはり貧乏神がニヤニヤしている。
横島は殴ってやりたかったが、以前のような騒ぎになると困るためじっと堪えて部屋に戻る。
パタン
扉を閉めればそこは横島一人だけの部屋。いつものことなのであるが、先程雪之丞達カップルの姿を見たせいか、一人だけと言う事が殊更身にしみる。
日本中・世界中で恋人達や家族達が愛を語り合うこの日、横島の隣には誰もいない。
新たな目標を見つけ前向きになった横島ではあったが、ふと立ち止まり振り返った時にどうしようもなく寂しさを感じる時がある。
「・・・・・・・・・・・・・・・ルシオラ・・・・・」
その言葉を呟いた途端、とてつもない喪失感が横島を襲う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寝るか。」
貰ったプレゼントをテーブルに置いた後で横島はそう言い、寝る準備を始める。
その時、
プルルルルル・プルルルルル・プルルルルル・プルルルルル
「ん、電話? こんな時間に?」
ガチャ
「はい、横島です。」
「横島君?」「美神さん! どうしたんですか?」
「今一人?」
「ええ、相手もいませんから・・・・・丁度寝るとこだったっす。」
「そう。これからちょっと飲みに行かない?」
「美神さん、俺未成年っすよ。」
「分かってるわよ、少し付き合ってくれればいいからさ。ねっ、お願い!」
何と“あの”美神令子が横島にお願い!! これには横島も驚く。
「分かりました。お付き合いします。」
「そう、ありがと。今タクシーで向かっているから、後5分も掛からないと思うわ。」
「そうっすか、じゃあ外で待っています。」
「うん、じゃあね。」
電話を切った横島は外に出る準備をする。
「まあ、こんなイブもいいか。」
そう独り言を言い、横島は部屋を出た。
令子と横島は、とあるバーでテーブルを挟み向かい合って座っている。イブの賑わいもこの店には無縁のようで、ただ静かに音楽が流れている。
「横島君は、イブを一緒に過ごす相手はいないの?」
まあ人のことは言えないけどねと付け加えながら令子が訊く。
「ええ、電話でも言いましたけどいませんよ。」
横島はそう応えながら、手元にある限りなく薄い水割りの入ったコップを眺める。
「そう、じゃあ好きな娘はいないの?」
グラスのウイスキーを一口飲んでから再び令子が訊く。
「うーん、好きな女性ならいっぱいいますけど、恋愛感情を持ってるかと言われるとそこまでは・・・・」
尻すぼみに小さくなる返事。
「そうなんだ。」
令子もポツリとそう言う。
「まあ、俺は女性の心も分からずただ突っ走る煩悩野郎ですからねぇ。好きになってくれるような女性もいませんよ。」
「そんなことはないわよ。」
自嘲するような横島の発言を令子が否定する。
「そう言ってくれるのも美神さん位でしょうね。でも俺もルシオラの件で結構身にしみたっすからね、女性を思いやれないガキの俺じゃあまだまだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルシオラの事まだ引き摺ってるんだ。」
「そうじゃないと言えば嘘になるでしょうね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも。」「えっ?」
言葉を返せず俯いていた令子が続く横島の言葉に思わず顔を上げる。
「ルシオラを失って、先の目標も失って、ふざけた振りをしてただ日々を過ごしていた俺なんかを美神さんが評価してくれた。ランクをBに上げてくれて給料も上げてくれた。あの時に聞いた『頼りにしてる、心から。』って言葉で俺はまた前を向けた、進めるようになったんです。
本人を前にして言うとすげぇこっ恥ずかしいんすけど。
だから俺、美神さんには感謝しています。ありがとうございます。
・・・・・・ははは、何言ってるんでしょうね俺。酔ったかな?」
照れたように横島は頭を掻く。
「横島君・・・・・・・・・・・・・」
「まっ・・まあ、こんな俺ですけどこれからもよろしくお願いします。」
そう言って横島は頭を下げる。
「こちらこそ、横島君。」
令子はそう返し、二人笑顔で見つめ合い・・・・・・・・・・・顔を赤くし二人俯いた。
「そっ・・そう言えば横島君、プレゼントありがとうね。」
顔を赤くしたまま令子が強引に話を変える。
「いえ、喜んでいただければそれでいいっす。」
横島もその話に乗る。
「で、私のプレゼントなんだけど、これ貰ってくれる?」
令子が綺麗にラッピングされた小箱を差し出す。
「ありがとうございます。開けても良いですか。」
「うん。」
横島が箱を開けると腕時計が入っていた。
「わあ格好いい時計っすね。大事に使わせて貰います。」
笑顔で横島が礼を言う。
「・・・・・・うん。」
返事を返す令子も嬉しそうだ。昨日半日も掛けて選んだ甲斐があるというものである。
「それとね、これ。」
そう言って書類を差し出す令子。
「これ・・・・・・・・アパートの除霊の依頼書ですね。」
受け取った横島が書類を見た後でそう話す。
「うん、依頼料が安いから受けてなかったんだけど、横島君のアパートの件で思い出して改めて資料を取り寄せたの。立地条件も間取りも申し分ないんだけど、霊が出てくるからって事で家賃をいくら安くしても一月と借り続ける人がいないそうなの。
それでオーナーと話をして、『美神除霊事務所にて除霊済み』ってパンフレットに記載しても良いという条件付きで除霊をしてくれれば1階の2世帯は月2万でいいってさ。元は月18万の物件なんだから良い条件よね。
これどうかな横島君。」
「ほんと・・・・・・本当にそんな好条件を飲んでくれたんすか?」
横島が驚く。
「いいのよ。オーナーだって残りの8世帯を貸すことができれば、それなりの儲けが出るんだから。
で、やる横島君?」
「やります! 俺やります美神さん。」
令子の問いに横島が意気込んで応える。
「そう。これによるとその霊って部屋の隅から住人をじっと見ているだけで、別に悪さはしないそうだけど祓っても祓っても出てくるんだって。」
「ふーん、出てくる原因が何かを調べないといけないって事ですね。」
「ええ。その原因さえ分かれば何とかなると思うわ。」
「分かりました、俺頑張ります。
美神さん、ほんとありがとうございます。」
横島の礼に令子は笑顔で応えた。
日付も代わる頃、横島のアパート前。
「じゃあ、今日はありがとうございました。」
タクシーから降りた横島が、そう言って顔を上げた途端、
チュッ
突然の出来事に横島は驚く。目の前には令子がいて、
「きょっ・・・・・今日、つっ・・・付き合ってくれたお礼よ。」
顔を赤くした令子がそう言う。
横島は令子が触れた唇を右手で押さえ、何も言えない。
「じゃっ・・・・じゃあ、おやすみ!」
そう言ってタクシーに飛び乗る令子。程なくタクシーは発車し、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
未だ唇を右手で押さえて呆然としている横島だけが残された。
タクシーに乗っている令子は変わらず顔は赤いままであるが、
「・・・・・・・ふふっ・・・・・・・・・・うふふっ・・・・・・・・・・」
指で唇をなぞりながらも、大層幸せそうであった。
『あとがき』
どうも「小町の国から」です。
ああ、時季を外してしまったな。もっと早く仕上げていれば・・・
「その10」では相手の強さや倒した時間、果ては生物の神経反射速度までのレスを頂いてしまいました。
それらの件につきましては、そこまで深く考えていませんでした。すいません。
原作で長老が7激防いでいたし、横島がポチと初めて遇った時も霊波刀でポチに1激喰らわしていたものですから、レベルとスキルが上がった横島ならこんなもんかなとの単純な考えでした。
今後も拙作を読んでおかしなところがありましたらご指導下さい。
それでは「その12」でお会いしましょう。
「小町の国から」でした。