季節は12月、ここは横島のアパートである。
給料が上がったにもかかわらず横島は以前と同じ場所で生活をしている。部屋の中にある物もさして変わっておらず、Hな本ですら“少し”しか増えていない。
貧乏生活が長かった横島はいきなり高給取りになったものの、金の使い道が分からずに相変わらずの生活をしていた。まあ昼飯がパンの耳という事はなくなったようだが。
うーん、雪之丞に教わっている足捌きなんかは徐々に覚えてきたし、シロとやっている攻撃を躱す練習もそこそこ出来るようにはなったんだが・・・・・・・・・・・・・・
まだまだ足りないものが多いよな。攻撃にしたってシロとの組み手だけじゃあ霊力全開での練習にはならないし。
相手の攻撃を躱しきれない場合の防御だってサイキックソーサーだけじゃあなー。雪之丞の魔装術みたいな技は俺には無いし・・・・・・せめて手のひら以外でソーサーを出せれば防御力も上がる・・・・って!
俺ってこの間足の裏からソーサーを出さなかったっけ? もしかしたら!
横島は試しとばかりに足の裏にソーサーを出してみる。
「おお! 出来るじゃないか。じゃあ体の他のところでも出来るのかな?」
横島はソーサーの生成に手こずりながらも腕・脛・顔・頭・胸・腹と体の各部にソーサーを出現させる。
「まだまだ出現させるのに手こずるけど、これが瞬時に出来るようになれば相手の決定打を防ぐ切り札にもなるな。
よっしゃ! もう一回やってみるか!」
コンコン
その時、横島の部屋のドアがノックされる。
「ん? 客? こんな時間に誰なんだ?」
疑問を浮かべながらも横島は玄関に向かう。
ガチャ 「はーいどちら様って小鳩ちゃんーーーーーーーーーー!」
小鳩を見た横島は数歩後ろに後退る。
「こんばんは横島さん・・・ってどうしたんですか?」
きちんと頭を下げて挨拶をした小鳩は顔を上げた後で横島が近くにいない事に気がつき首を横に傾げる。
「こっ、小鳩ちゃん。こんな時間にいったい何? それにその格好は。」
小鳩はパジャマの上にカーディガンを羽織っただけの出で立ちだった。
「それはもう夜ですし、眠ろうとしていたところでしたから。それと用事があるのは私じゃなくて貧ちゃんなんです。」
小鳩がそう話すと小鳩の肩口から貧乏神が現れる。
「まいどー! 貧でーすってそれは良いとして、おい! 横島!」
「なっ、何だよ。」
貧乏神のあまりの剣幕に、横島は更に後退る。
「『何だよ』じゃないわい! 何さっきから強力な霊波を繰り返し出しとんねん! ワイはこれでも神様やど、霊波が気になって寝られへんやないか!」
「そっか、わりーわりー。急に思いついた事をちょっと試していたもんだから。もうしないから安心してくれ。」
「・・・・・・・・・・・・まあ、ならええわい。」
「話は終わった貧ちゃん? それでは・・・って、そうだ横島さん、急な話で困りましたね。」
一度は帰ろうとした小鳩であるが、急に横島に話を振る。
「急な話? 困る? いったい何の話?」
「このアパートの事ですよ。何でも老朽化が激しいので区の方から勧告が来たとかで、建て替えないといけないから1月末までに退去してくれって・・・・・。郵便受けにそのことを書いた紙が入っていませんでした?」
「えー! ほんとなの? ちょっと待って。」
横島は郵便受けから取り出してそのままにしておいた郵便物の山をほじくり始める。
「あー、あったあった。なになに・・・・・・一応敷金の返還プラス立ち退き料も少しは出るみたいだけど、立ち退き料は普通の家庭なら引っ越し代金にもならない金額だね。」
「ええ。ここは空き部屋も多いですし一人で住んでいる人ばかりで、家族で住んでいるのは私のところ位ですから。」
「これによると3月中旬には新しいアパートが完成して入居者を募集するって事だけど?」
「家賃の問題もありますし、第一それまで何処で暮らすかって問題もあって・・・・・・・・」
「そうだね。せめて卒業するまで暮らせたら良かったのに。」
「そうでしたね・・・・・横島さんは3月には卒業しちゃうんでしたね。」
「まあね。」
「お隣さんになれて、貧ちゃんのおかげ(?)で結婚式までできて、せっかく仲良くなれたのに。それも卒業前にこんな理由で離ればなれになるなんて・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・まあ俺もいきなり知らないところに引っ越すよりは、前から知っている小鳩ちゃん達がお隣さんのままなら心強いけど。」
「本当ですか!」
今まで俯かせていた顔を急に上げて小鳩は笑顔になる。
「うん本当。じゃあ次の部屋を探してみるか。うーん・・・・・・俺は一人だから大して部屋は広くなくても良いけど、せめて風呂は欲しいかな? 小鳩ちゃんのところは一月いくら位までなら家賃に回せる?」
「最近は貧ちゃんのおかげでそれほど生活にも苦労していませんし、えーと○○位なら。」
「分かった。俺もちょっと知り合いに訊いてみるよ。」
「はい。それじゃあ失礼します、おやすみなさい。」
「おやすみ小鳩ちゃん。」
パタン 扉を閉めて小鳩が帰っていく。
「・・・・・・・・・・で、お前はいつまでいるつもりだ・・貧?」
二人の会話を少し離れたところでニヤニヤ笑いながら見ていた貧乏神は、
「なかなかええ雰囲気やったやないか。『お隣さんのままなら心強い』なんて小鳩を口説いてるんかと思ったで。」
言われた横島は顔を赤くし、
「バッ、バカ! そんな訳ないだろ。小鳩ちゃんは何かと俺に気を遣ってくれて、差し入れなんかもしてくれるから俺も感謝してるし。だからお隣さんのままならって・・・・・・・・・」
「あー、もうええわい。まあ小鳩に好意を持っている事をお前の口から聞けただけで今日は十分や。ほなワイも帰るで。」
そう言った貧乏神は部屋から出て行く。
「ちぇっ、からかいやがって。」
一人だけの部屋に横島の呟きが漂った。
次の日の美神除霊事務所。
「美神さん。」
「何? 横島君。」
「格安で借りられるアパートなんて知りませんか?」
「えっ、アパートがどうかしたの?」
「それが、今のアパートが老朽化が激しいんで区から勧告が来たそうなんですよ。それで建て替えるから1月末までに退去しろって事になりまして。」
「まあ確かにあそこじゃぁね。でも今の横島君ならそこそこの物件でも借りられると思うけど? 保証人の件も考えてもいいし。」
「俺だけならそうなんすけど、小鳩ちゃん達の事もありますから。」
「ああ、そういうこと。小鳩ちゃん達だと確かに借りるところを考えないといけないわね。」
「ええ。それで小鳩ちゃんに訊いたら月に○○位なら家賃に回せるそうなんですよ。その位で借りられる良いアパートに当てがあれば教えてもらいたいと思いまして。」
令子は背もたれに体を預けながら、
「うーん、まあ不動産屋にツテが無いわけでもないから、今度聞いてみるわ。」
「ありがとうございます。」
「別にいいわよ。それに見つかるとも限らないし。」
令子は右手をひらひらさせながら応える。
「はい、分かりました。それじゃあ俺はちょっとやりたい事があるんで外にいますから、何か用事があったら呼んでください。」
「やりたいこと?」
令子の問いに、
「まあ出来るかどうか分からないんすけど、ちょっと試してみたくて。」
そう応える横島。
「・・・・・・・・・・まあいいわ。それじゃあね。」
「はい、それじゃあ。」
そう言うと横島は部屋を出て行った。
「・・・・・・・・・・何をする気なんだか?」
外に出た横島は、
「なあ人工幽霊一号。」
そう屋敷に話しかける。
『なんでしょうか横島さん?』
「お前の結界って確か敷地内も有効だったよな?」
『はいそうですが、それが何か?』
人工幽霊一号の疑問に、
「いや、それが分かれば良いんだ。じゃあちょっと屋敷の裏手を借りるから。」
そう言って歩き出す横島。
「うし、ここなら結界の中だから他の人に迷惑も掛けないだろう。じゃあやるか!」
そう言った横島は昨晩思いついたサイキックソーサーを体の各部に出現させる訓練を始める。
「まずは腕!・・・・・・・・・・・・・よし、次は肘・・・・・・・・・・・・・・次は肩・・・・・・・・・・・・・・」
「ん?」
事務所内で書類整理をしていた令子は、突然感じた霊波に顔を上げる。
「この霊波は・・・横島君の。・・・ねえ人工幽霊一号。」
『はい、何でしょうか美神オーナー。』
「横島君は何をしているの?」
『それが・・・・・・・・・』
令子の問いに人工幽霊一号は口籠もる。
「じゃあその映像をテレビに映して。」
『分かりました。』
その映像の中では横島がぶつぶつ言いながら霊力を放出している。
『はあはあ・・・・つ、次は胸! おりゃぁ・・・・・・・・・・・・次は腹ぁ・・・・・・・・・・・・・・・』
横島がそう言うたびに時間は掛かるものの、その部位にサイキックソーサーが現れる。
「ふーん、サイキックソーサーを手のひらだけじゃなく、体の各部分に出せるようにして防御に使うつもりね。でもあんなに時間が掛かってたんじゃだめよね、今のところは。
それにしても横島君って本当に器用よね。今自分に出来る能力を使って色んな工夫をするんだから。」
『そうですね。』
令子の発言に人工幽霊一号も同意する。
「まあ、変な事してるんじゃないのが分かったからもういいわ。映像消して良いわよ人工幽霊一号。」
『はい。』
令子は映像が消えたテレビを少しの間見つめて、
「がんばれ・・・横島君。」
微笑みながらそう小さく呟き書類整理を再開した。
「そりゃ。」「ほい。」
「ふん!」「っとっと。」
雪之丞が横島に教えるのも5回目となっている。
今回は横島が今まで習った事の確認をして新たに捌きを2〜3通り教えてもらった後で、軽く実戦形式の組み手をして捌き方や攻め方の確認をしている。
「やるじゃねえか横島、こんな短期間でここまで覚えるとはな。」
「せっかくのチャンスなんだ、やれるだけやっとかんとな。」
そう話しながらも、パンチやキックの捌き方などを練習している。
「ん?」「どうした雪之丞?」
突然雪之丞が動きを止める。
「横島、今の動きって何かおかしくないか?」
「そうか?」
横島は雪之丞にそう言われても自分では分からない。
「うーん、もう少し続けてみるか? 何か分かるかもしれないから。」
雪之丞がそう言い、組み手が再開される。
・
・
・
「そこ! 今の動きだ!」「へっ?」
「今は俺がお前にパンチを捌かれて体勢が崩れた状態だっただろ。なのに何で間合いを詰めずに横にステップするんだ? そんな動きは教えてないぞ?」
「何でって言われても・・・俺は普段通りに・・・・・・・あっ!」
雪之丞に指摘され考え込んでいた横島が思いついたように声を上げる。
「で、何なんだ?」
雪之丞が促す。
「これって・・・・・・たぶんだけど、美神さんが攻めるスペースを作るための動きだと思う。いつもならあのタイミングで美神さんの攻撃が来るはずだから。」
そう横島は話しながら自分でも少し驚いている。
「お前一人だけなのに美神の旦那と一緒の時の動きをしていたって訳か、道理で動きに違和感があるわけだ。何せシングルスでダブルスの動きをしているんだからな。」
「・・・・・・・俺も今初めて気づいた。」
「自覚無しかよ。まあそれだけ美神の旦那との除霊回数が多いって事なんだろうけど・・・・・・実戦形式の組み手をやっといて良かったぜ。やらなきゃいつまでも気づかなかった。」
「ああ。」
「まあじっとして考えてたってしょうがないぜ。続きをやるぞ横島、動きをもう少しゆっくりめにして動きをきちんと考えながらやろう。そっちの方が解決が早いかもよ。」
「ああ、そうだな。」
二人は再び組み手を始めた。
今日も横島は美神除霊事務所の裏手でサイキックソーサーを出す稽古をしている。
朝はシロと散歩&攻撃を躱す稽古、学校の昼休みは(晴れて誤解が解けて)屋上で捌きの稽古、そして事務所では除霊の無い時間にソーサーを出す稽古。
きっかけで人は変わると言うが、ここまで変われる奴も珍しい。こうと決めたら何にでも(過去はセクハラにも)一直線な横島だった。
そこへ、
「何してんのよ横島。」
タマモが声を掛けてくる。
「ああタマモか。ちょっとサイキックソーサーを体の何処にでも出して防御に使う訓練をな。」
「ふーん、また変な事してるのね。」
「変な事って・・・・・・まあいいけどさ。」
タマモの発言に苦笑いをしながら応える横島。
「で、どうなの? 上手くいってるの?」
「いやぁ、これがなかなか難しくてさ。何せ相手の攻撃をイメージして防ぐってのも・・・・・・・・・・・なあタマモ。」
急に横島は笑顔になってタマモに近づく。
「なっ、何よ?!」
近づいてくる横島を見て後退りしながらタマモが言う。
「タマモって小さいボール位の狐火を出せるか?」
横島の問いにタマモは、
「こんなの?」
そう言いながら野球のボールの様に丸めた狐火を出す。
「おお、いいねえ。んで、それをコントロールして飛ばせるか?」
「こう?」
タマモは狐火をふわふわと飛ばす。
「もう少し早くは?」
「んー、こう?」
狐火の飛ぶスピードが速くなる。
「うんうん、いいねえ。そんでそれを俺にぶつけるようにコントロールしてくれるか?」
「それじゃ、えい!」
狐火が横島の正面から顔に向かって飛んでくる。
「うりゃ!」
横島が顔の前に出したサイキックソーサーでそれを弾く。弾かれた狐火は数メートル離れた所で浮いている。
「その要領で俺の体の何処にでもいいから、ぶつけるようにコントロールしてくれないか?」
「えー! そんなの面倒くさいよ。」
タマモがそう言った途端浮いていた狐火が消滅する。
「おい! んな簡単に・・・・・・・ったく、ぐーたらギツネなんだから。」
「何とでも言えばいいわ。それじゃあね。」
そう言って立ち去ろうとするタマモ。
「ちょっと待てタマモ。」「やーよ。」
横島が制止するがタマモは止まらない。
「ご褒美を出す!!」
大声で横島がそう言うとタマモが止まり振り向く。
「どんなご褒美?」
「うーん、それじゃあ俺に狐火を5回ぶつける毎にデート1回!!」「なっ!」
それを聞いたタマモの顔が真っ赤に染まる。
「・・・・・・・というのは冗談で・・・・ってタマモ、冗談なんだからそんなに顔を赤くして怒るなよ。」
「べっ、別に怒ってないわよ。」
横島も物言いに反論しながら顔を背けるタマモ。
「まあ無難なところで、俺に狐火を5回ぶつける毎にきつねうどん一杯かいなり寿司一皿、もちろん店の指定はタマモに任せる・・・・・ってのでどうだ?」
「いっ、いいわよ。」
先程の衝撃からまだ立ち直っていないタマモは、そっぽを向いたままそう応える。
「よっしゃ! 契約成立だ。それじゃあ早速頼む。まだ俺は慣れていないから最初のうちは手加減してくれよ。」
「それは知らない。」「おい!」
立ち直りの兆しが見えてきたタマモは、何とか普段通りの口調でそう返し、それに突っ込む横島。
だがそれには応えず、タマモはいきなり狐火を繰り出す。
「おわっ! ずるいそ!!」
そう言いながらも横島は、あまり移動しないようにしてサイキックソーサーで狐火を弾く。
狐火のコントロールに徐々に慣れてきたタマモの攻撃は段々厳しくなってきて、サイキックソーサーを何処にでも出して防御する訓練を数日前から始めたばかりの横島では敵うわけがなく、
「ふんふーん! 今日だけで4杯分の権利をゲットね!」
気分良くスキップしているタマモと、
「くっそー、これってかなり難しいな。」
所々焦げた服を着たまま首を傾げて歩く横島。
「またやろうね。」
笑顔で横島の方を向きながらそう言うタマモ。
「ああ、それはこっちからもお願いするよ。今度はもう少しやられないようにせんとなー」
「無理無理、まだまだ私の実力はこんなもんじゃないんだから。」
「くっそー、今に見とれよー。」
二人はそんな会話を交わしながら事務所の中に戻っていった。
「どう横島君? 練習ははかどっている?」
クリスマスも間近に迫ったこの季節、事務所内で休憩していた横島に令子が話し掛ける。
「えっ? 何の事っすか?」
「とぼけなくても良いわよ。シロとやっている事はシロ本人から聞いているし、タマモとやっている事はうちの敷地内でやっているわけだし、あれだけ霊波を出していればみんな気づくわよ。学校での事に至っては私の所にも先生から電話が掛かってきたんだから。」
「そうね、学校の一件は私の耳にも入っているわ。」
事務所に遊びに来ていた美智恵も笑いながらそう言う。
「あの件では俺は無実っすよ、冤罪っすよ。」
あの時の事を思い出した横島は苦々しい顔でそう言う。
「まあ、嫌疑は晴れたんだから良いじゃない。」
「そうね。」
そう言いながら美神親子は顔を見合わせて笑う。
「それで横島君、私達に手伝える事って有る?」
「うーん、美神さんにはそのうち模擬戦の相手をお願いしようと思っていますが、あとは・・・・・・・・
実は今本気で霊波刀を振るえる相手がいなくて困っているんすよ。雪之丞以外で。」
「横島君が本気で戦える相手? しかも雪之丞以外で?! それはちょっと思いつかないわね。」
「ええ、悪霊相手じゃあまり手応えが無くて、かといって人間相手じゃあ危険ですし・・・・・・・雪之丞の奴以外は。」
「「うーん」」
令子と横島はそろって考え込む。そこへ美智恵が、
「そうだ横島君、以前使った都庁にある戦闘シミュレータはどうかしら? あそこなら結界もあるし相手の強さも変更できるから思いっきりやっても良いわよ。」
そう話す。
「いいんですか隊長!」
「ええ、いいわよ。じゃあ今度使える日をFAXで連絡するから、それを見たら私に連絡してね。一応使用の予約をしておかないといけないから。」
「はい! ありがとうございます。」
横島は美智恵に頭を下げる。
「じゃあ話もまとまったし、除霊に行きましょうか。今日は全員で行うからみんなを呼んできて。」
「分かりました美神さん。」
横島は部屋を出て行く。
「ママ、本当にあそこを使って良いの?」
令子が美智恵に問い質すが、
「別にかまわないわよ。Gメンしか使っちゃいけない事になっているわけでもないしね。彼の現時点の能力データが取れる分だけ私にとってはプラスになるわ。」
「・・・・・・・・・・・・・ねえママ「分かっているわよ。」・えっ?」
驚く令子に美智恵が、
「その時は私も見学に連れて行けって言うんでしょ。横島君には秘密で。」
そう微笑みながら話す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「令子って最近は横島君の事になると本当に分かりやすいわ。」
最早微笑みとは言えない位の笑顔で美智恵が続ける。
「あっ、私も除霊の準備しなくちゃ!」
そう大声を上げ令子が席を立ち、部屋から出て行く。
閉められた扉の方を見て美智恵はいつまでも笑っていた。
「うぅーん、今日の除霊は思ったよりも楽だったわね。」
現場から停めている車に戻る途中で令子は伸びをしながらそう話す。
「そうですね。」
隣を歩くおキヌが同意する。
「楽なのに超した事はないわよ。」
おキヌの隣を歩いているタマモがそう話す。
「まあね。でもタマモも狐火の制御が上手くなったわねぇ、これも横島君との訓練の成果かしら?」
「べっ、別にそんな事はないわよ。」
食べ物(と、横島と一緒に食べに行ける事)につられたタマモは、素直には言えずそう返す。
「ふーん、シロの猪突猛進も大分直ったし、前以上にゆとりを持って除霊が出来るから私は大歓迎だけどね。」
「いいなー、シロちゃんもタマモちゃんも横島さんの練習に付き合えて。」
羨ましそうなおキヌ。
「あら、おキヌちゃんには声が掛からなかったの?」
「一度横島さんに聞いてみたんですけど、練習のために害も無い霊を呼び寄せて祓うのも気が引けるから、除霊現場で横島さんの方に悪霊を集めるだけで良いって言われたんです。」
残念そうにおキヌがそう話す。
「それもそうね。まあ機会があったら出来るだけ協力してやればいいわよ。」
「・・・・・そうですね。」
令子の慰めにおキヌも同意する。
「美神殿ー! 道具の積み込みが終わったでござるー!」
横島と二人で先に行っていたシロが車の横でそう叫ぶ。
令子は分かったとばかりに手を振ってゆっくりと近付いていく。
「じゃあ私とおキヌちゃんは依頼主の所に行くから、横島君達は先に事務所に帰っていてね。」
「分かりました。」
二台の車に分乗した面々はそれぞれの目的地へ向けて出発する。
「ねえ横島、途中できつねうどんを食べていかない?」
シロとの壮絶なジャンケンの末、助手席に座る権利を得たタマモがそう話す。
「えー、またかよ。」
そう横島が言う。例のご褒美の権利はもう数回支払ってはいるものの未だに9杯分もの権利が残っていた。
「おキヌちゃんが帰ってくれば夕食を作ってくれるだろうから今日は止めとこうぜ。」
そう横島が言うが、
「軽ーく1杯程度なら大丈夫よ。」
タマモは譲らない。
「わぁーたよ。例の所で良いのか?」「うん!」
横島はタマモのお気に入りの店に進路を変える。
「せんせぇー、拙者にはご馳走してくれないのでござるか?」
涙目になりながらシロが横島に詰め寄る。
「あー分かった、シロにも奢るからちゃんとシーベルトを締めてろ!」
そう言った後でため息を一つ吐いた横島は再び運転に集中した。
「時間通りに来たわね横島君。」
「あっ、隊長。どうも。」
都庁裏口で横島を待っていた美智恵は、やって来た横島と挨拶を交わす。
「じゃあ、早速行きましょうか。」「はい。」
美智恵の先導により、程なくしてシミュレータルームへと到着する。
「相変わらずでけえよな。」
シミュレータルームの中央に立ち、キョロキョロと辺りを見回す横島。そこへ、
「じゃあ始めるわよ横島君。相手はランダムでいいの?」
コントロールルームにいる美智恵から声が掛かる。
「あのー、最初の何回かは犬飼ポチを出してもらえますか? 剣の修行にはあいつが最適だと思うんで。」
「判ったわ、では強さはオリジナルの5倍から行くわよ。」「はい!」
「では、スタート!」
美智恵がそう告げると、横島の正面に妖刀八房を持った人狼犬飼ポチが現れる。
「さーて、八房にどこまで対抗できるか? お前の剣筋盗ませてもらうぞポチ!」
そう言って横島は霊波刀のみを出して犬飼ポチに向かって行く。
「出てきていいわよ令子。」
美智恵がそう言うとドアが開き令子が入ってきた。後ろには西条もいる。令子はシミュレータルームを見渡せる窓に近寄り横島の戦闘を眺め、西条はキーボードを操作しデータ収集を開始した。
キンキンキンキン・・・・・・・・・・・・・・・犬飼の攻撃を懸命に捌く横島。
「くっそー、剣で捌けるのは今のところ5檄までか、残りは躱すしかないな。・・・・・・だが!」
キンキンキンキン・・・・・・・・・・・・・・・何度も繰り返すうちに6檄、7檄と捌ける数が増えていく。
「もう少しだ。おらー!」
横島は声を上げて犬飼に接近していく。
「凄い。」
令子の口からぽつりと漏れる。
「本当ね。あれ程の攻撃を捌くなんて。・・・・・・西条君、犬飼の攻撃がパターン化している訳じゃあないでしょうね?」
「いいえ、強さは5倍ですが難易度設定はかなり高くしてあります。パターン化は有りえません。」
「そう。じゃあ難易度設定を最高にして、テンポもランダムに変化させてみて。」
「はい。」
美智恵の指示に西条がキーボードを叩き始める。
「くっ、段々体の動きが変化して来やがった。・・・・・・でもなぁ!」
それまで防御に回っていた横島が攻撃に移る。犬飼の攻撃を弾きながら接近し霊波刀を一閃、切られた犬飼は消滅した。
「剣の早さは別にして、動きが雪之丞に比べたら鈍いんだよ。」
犬飼が消えた空間に横島はそう言葉を続ける。やがてコントロールルームを見上げて、
「隊長、犬飼の強さを10倍にしてもらえますか?」
「分かったわ。じゃあスタート!」
再び犬飼が現れ、横島は霊波刀を構えて近づいていった。
「嘘! これが横島君の実力なの?」
除霊で見慣れている令子でさえ今の横島の動きに信じられないような顔をしている。
「本当に驚くわね。でもまだ本気じゃないわね、サイキックソーサーも文珠も使っていないんだから。」
「そうねママ。まだこんなもんじゃないわね。」
美智恵の言葉に令子も同意する。シミュレータルーム内では犬飼の攻撃を横島が全て捌けるようになっていた。
「実際の所、八房の威力は上げられても速度はあまり上がらないからね。強さを15倍、20倍と上げても、もう横島君なら捌くでしょうね。・・・・・・・どう? 西条君。」
「はい。横島君の反応速度がどんどん速くなっています。犬飼の攻撃をきちんと見た上で捌いているということになりますね。」
西条も悔しそうな表情をしながらそう美智恵に返事をする。
「末恐ろしいわね、彼。どこまで伸びるのかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
美智恵の問いかけには返事もせず、令子はじっと横島を見ている。
「せい! っとまあこんなもんか。」
犬飼を倒し、横島がそう呟く。そこへ、
「どう横島君、まだ犬飼との戦いを続ける?」
美智恵の問いに横島は、
「いえ、もういいです。」
と応える。
「じゃあ100鬼抜きに挑戦してもらおうかしら、休憩はしなくていい?」
「はい、大丈夫です。」
「そう。強さはどうしようかしら?」
「そうっすねー、12倍でお願いします。」
「分かったわ。準備するから少し待っていて。」
美智恵は西条に指示を出す。西条は頷き、設定を始める。
「準備できたわよ横島君。いいかしら?」
「はい。」
「それでは・・・・スタート!」
現れてくる妖怪達に横島は向かって行った。
「100鬼抜き終了よ。お疲れ様。」
1時間半後、美智恵がそう告げると横島は床に座り込んだ。
「あー、つっかれたー。」
そう言いながら大の字に寝ころぶ横島、顔は満足げであった。
「どう? 感想は。」
「そうっすね、・・・・・・やっぱきつかったっすけど霊波刀を本気で振るえたんで満足っす。」
寝転がったままそう言う横島、その時シミュレータルームの扉が開き、
「お疲れ、横島君。」
タオルとペットボトルを持った令子が入ってきた。
「美神さん?!」
驚き体を起こす横島。
「はいこれ。」
令子がタオルとペットボトルを横島に渡す。
「どうも。美神さんも来てたんすか?」
受け取りながらそう言う横島。
「まあね。横島君の成長に興味があったから。」
そう応えながら横島の隣に座り込む令子。
横島がタオルで汗を拭くのを見つめながら、
「それにしても強くなったわね。」
令子がそう話す。
「いえ、俺なんかまだまだっす。これじゃあ本気の雪之丞には勝てませんよ。」
「へえ、雪之丞もそんなに強くなってるの?」
「ええ、こと1対1の対人戦なら最強かもしれませんね。」
「ふーん。」
「まああいつの場合は、それが通常の除霊にどれだけ役立っているかは疑問なんですけどね。」
笑いながら横島がそう話す。令子も笑って、
「そうね。あの猪突猛進ぶりじゃあね。」
そう言う。令子は立ち上がりながら、
「じゃあ横島君、シャワーでも浴びてくれば。着替えは事務所に置いてあるのを持ってきておいたから。」
「本当ですか? ありがとうございます。」
横島も立ち上がって礼を言う。
「うん。横島君がシャワーを浴びたら一緒に帰りましょう。途中で食事でもしながらね。」
そう言って令子は出て行き、横島はポカンとそれを見送った。
「なんか今日の美神さん、やけに機嫌がいいな。・・・・・・・・・よし、じゃあシャワーでも浴びるか。」
そう言ってスキップしながら出て行く横島。
「西条君、・・・・駄目よ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」
二人の会話を笑顔で見ていた美智恵が警告し、ピクピクと頬を引きつらせながら懐の銃に手を掛けていた西条は、ガックリとして手を戻す。
クリスマスは明後日に迫っていた。
『あとがき』
どうも「小町の国から」です。
何やらだらだらと変化の無い文章が続いてしまい、どうもすいません。
こんなんじゃ読んでもあまり面白くないのかもしれませんね。
うちの横島君は現在スキルを上げてる真っ最中なもので。
もう少しこんな話が続きますが、どうか読んでやって下さい。
レス下さった方々、本当にありがとうございます。
それでは「その11」でお会いしましょう。
「小町の国から」でした。