そして次の日の朝。朝食の後美神たちは作戦会議を始めた。
昨晩なぜブラドーが襲って来なかったのかは分からなかったが、おそらく戦力の分散を避けたか、あるいは心理的なゆさぶりをかけたのだろう。もし彼の目的が後者であるならあまり意味はなかったが。
作戦自体は前回と同じである。陽動組と潜入組に分け、陽動組が敵を引きつけている間に潜入組が城の奥まで潜り込んでブラドーを倒す、というものだ。
陽動組はいわば囮であり、そのメンバーには何よりも多数の敵と渡り合える戦闘力が求められる。一方の潜入組は敵のボスの所に忍び込むわけだから、まず機敏な行動力、それに不測の事態に即応できる判断力が肝心だ。ただし純血の吸血鬼は城外には出て来ないから、彼らにも相応の戦力は必要である。
「まず私とピートは潜入組で確定ね。冥子は陽動組行ってちょうだい」
美神とピートはブラドー対策要員として当然の配置だった。冥子を避けるのは美神にとって至上命題だったのだが、
「令子ちゃんひどい〜〜〜、私今度こそ令子ちゃんと一緒がいいのに〜〜〜」
12神将という火力を持つ冥子は陽動向きなのだが、彼女にそういう戦術的判断を求める方が無理である。
「あのね冥子、狭い廊下とかでプッツンされたらいくら私でも死ねるのよ!」
むしろ美神の方がキレかけていた。冥子が泣き出しそうになったのを見て横島があわてて仲裁に入る。
「ま、まあまあ美神さん落ち着いて。冥子ちゃんも陽動は俺たちがついてくから大丈夫だよ」
13人もいて冥子だけ別行動はかわいそうだ。自分とルシオラならプッツンされても逃げられるし、冥子を気絶させて場を収めることもできる。横島も好んで危地に飛び込む趣味はないが仕方なかった。
「え〜、ほんと〜〜? ありがとう、横島クン、ルシオラちゃん〜〜〜」
冥子は美神の次に横島とルシオラに好意を持っている。ころっと機嫌を直して微笑んだ。天真爛漫な笑顔はどう見ても童女のそれだったが……。
「なら拙者も先生と大先生のお供をするでござる」
「それじゃ私もそちらに行きます」
それを聞いたシロと京香がすかさず名乗りを上げる。そうなるとおキヌも黙っていられなかったが美神に止められた。
「おキヌちゃんはやめときなさい。プッツンに巻き込まれたらケガじゃ済まないわよ?」
「……」
幽霊の頃ならともかく、今の生身の自分では死んでしまう。おキヌはあっさりあきらめた。
「……それじゃ、チーム分けはこれで決まりみたいだね」
唐巣がずり落ちかけたメガネを直しながらそう言った。戦力とか適性とかとは別の次元で人選が決まってしまったが、他に名乗り出る者がいない以上やむを得ない。誰しも命は惜しかった。
「それじゃルシオラ、この連中のこと頼むわね。何かあったらこれで連絡してちょうだい」
と美神がルシオラに小型の無線機を手渡す。ルシオラたちが正門の辺りで騒ぎを起こして敵を引きつけた所で美神たちが裏門から潜入する、という手筈なのだが、そのタイミングを調整するには必須の道具であった。
「了解。そちらも気をつけてね」
こうして美神たちは二手に分かれて、城に向かって出発したのである。
陽動組は前回冥子が通った道をそのまま通っていた。昼なお暗い深い森、しかもいつブラドー配下の半吸血鬼に襲われるかも知れない状況である。冥子はかなり怖がっていたが、
「冥子さん、これも修行よ。あなたが成長してプッツンしないようになれば、美神さんだってあなたともっと仲良くしてくれると思うし」
「う、うん〜〜〜冥子がんばる〜〜〜」
(の、のせるの上手いな(わね)(でござるな))
ルシオラが冥子をあやしているのを見て横島たちは唇の端をひきつらせた。
(でも考えてみりゃ冥子ちゃんも大変なんだよな)
六道家の跡取りとして生まれた彼女には、横島と違ってGS以外の進路は無かった。それに疑問を持っているようには見えないが、怖がりな彼女にとっては日々の仕事の1つ1つが勇気の要ることに違いない。
(だからってプッツンは困るけどな)
しかし横島の祈りは届かなかった。前回同様、突然大きなクモが下りてきて冥子の顔に貼りついたのだ。それはもうべったりと。
「き、き、きぃやぁぁぁぁ!!!!」
バシュウッ!
これは冥子でなくても動顛するのは仕方ないが、彼女の場合は巨大な災厄が伴う。その影から12匹の式神が一斉に飛び出して、彼女が疲れ果てるまで無軌道な破壊活動を続けるのだ。
「京香さん、シロ、離れて!」
「「は、はい!」」
ルシオラに言われるまでもなく2人が飛び退く。こちらに自発的についてくるにあたっては、運動能力には自信があったのだ。シロが人狼の脚力で遁走し、全開モードの京香はそれ以上の素早さで大きな樹の陰に隠れた。
「何してるのヨコシマ、おまえも逃げて!」
「あ、ああ」
しかし横島は生返事をかえすだけで動かなかった。
泣き叫ぶ冥子と暴れまわる式神たちがどこか哀しげに見えたのだ。本人の責任とはいえ、悪気もないのに避けられるのは可哀そうで――――。
「俺が止めてくる!」
「え!? あ、ま、待ちなさいヨコシマ!」
ルシオラの制止も届かず、いったんは離れていた横島が冥子に向かって駆け出した。あのゴキブリのようなフットワークで破壊の嵐をくぐり抜け、冥子の正面に立ってその肩をつかんだ。
「落ち着け冥子ちゃん!!!」
「!!」
冥子は暴走状態の自分に誰かが声をかけたことと、それが滅多に見ない真剣な顔をした横島だったことに驚き、そして我に返った。恐慌がさめ、意識が急速にクールダウンしていく。式神たちもそれに応じて動きを止め、おとなしくなった。
「あ……横島クン」
「落ち着いた?」
「……うん」
通常モードに戻った横島にこくこくと頷く冥子。ぽやーっとした表情で横島の顔をみつめている。
「何に驚いたのか知らねーけどさ、自然破壊は良くないと思うぞ?」
彼女も一応は横島より年上なので、可哀そうに思えたなどと言うわけにもいかず、視線を外してそんな風に言った。それでも彼女の肩に置いた手を下ろさないのは横島らしい行動だが。
「……うん。ありがとう〜〜〜横島クン〜〜〜」
冥子が眼を潤ませてうれしそうに礼を述べた。
彼女自身や式神を攻撃することで暴走を止められたことはある。でもこうして自分をなだめて落ち着かせてくれた人は初めてだった。暴走状態の自分には両親や美神でさえ近づいて来(られ)ないというのに……。
「あー、いや、そんな大したことじゃねえって」
冥子の無垢な瞳を直視できず、またも微妙に目をそらす横島。
「ま、まあ、今後鋭意努力すればいいんじゃないかと」
「……うん。冥子がんばる」
「――――ずいぶんとやさしいのねヨコシマ」
低い声で彼の真後ろからそう言ったのは、最初の注意を無視された上に目の前で他の女といちゃつかれて怒り狂った修羅だった。
横島はびくうっと身を震わせて、
「ま、待てルシオラ。決してやましい気持ちがあったわけじゃないぞ!? プッツン止めないとヤバいのはお前も承知してるだろ」
やましい気持ちがなかった、というのは本当である。昨日の夕方あんな話をしたばかりなのだから、冥子が暴走した機会を捉えて口説こうなんて考えてはいなかった。
しかしルシオラは冷たく乾いた声で、
「じゃあ、あれは何なのかしら?」
「え?」
彼女が指さす先にあったのは、
クラス :バー○ーカー
マスター:横島 忠夫
真名 :六道 冥子
性別 :女性
パワー :300マイト
属性 :天然、のほほん、ぷっつん、お嬢様
スキル :式神制御C
宝具 :式神12神将
「…………」
キャラクターに合わない事するんじゃなかった、と横島は後悔した。○ーサーカーって何だよバーサー○ーって……。
「横島クン〜〜〜? ルシオラちゃん〜〜〜?」
冥子もそのメッセージを見て声をかけてきた。初めて見るものだが、横島とルシオラが知っている様子なので聞いてみようと思ったのだ。
「イヤ、俺達ト冥子チャンガ少シ仲良クナッタ印ダヨ。ウン」
「ふうん、そうなの〜〜〜」
冥子が鷹揚に頷く。サーヴァ○ト情報の内容も横島の怪しいカタコト口調も、彼女にとって深く追及するほどの事ではなかったらしい。
「そう、気にするほどの事じゃないわ。それより早く行きましょう」
ルシオラも詳しく説明するより忘れてもらった方がいいと判断して話題を変える。京香とシロを呼び戻して、5人は再び城に向かって歩き出したのだった。
「しかし城門まで来たのに誰もいないってのはどーゆーわけだろう」
横島が古い城の崩れかけた正門を見上げてそう言った。ここに来るまでに、ヴァンパイアハーフどころかコウモリ1匹現れなかったのだ。
「シロ、何か感じる?」
ルシオラも気になったのか人狼の超感覚に期待してみたが、シロは申し訳なさそうに、
「だめでござる。島中が邪悪な波動に包まれてるせいで拙者の嗅覚が効かないでござる」
ということは潜入組もタマモの嗅覚をアテにできないという事になるが、それを今ここで考えてもしょうがない。5人はそのまま城内に入り、中庭を横断して建物に向かった。
――ざわり。
「!!」
一瞬、京香は背筋に虫が這うような悪寒を感じた。とっさに前の2人に注意を呼びかける。
「先輩、先生、気をつけて!」
ダダダッ、ダンッ!
その声に応えるかのように、城壁の上に隠れていた数十人もの半吸血鬼が一斉に中庭に飛び下りてきた。城内に入るのをあえて許し、その背後から襲い掛かることで逃走を防いで一網打尽にするという作戦である。
やはりブラドーは城に戦力を集中して、一気にGS勢をつぶそうとしていたのだ。彼らは一様に目の焦点がさだまっておらず、何者かによって操られた存在であることを示していた。
ずざざっと後ずさって身構える横島たち。横島とシロは霊波刀を出し、ルシオラが双剣(刃引き)をつくり出す。京香は全開モードの発動態勢に入った。
しかしその4人の前に、黒い馬のような生物が立ちふさがった。
「「インダラ!?」」
驚いて振り向いた横島とルシオラに、冥子は決意に満ちた表情で、
「さっき迷惑かけちゃったから〜〜〜今度は役に立つの〜〜〜。だから〜〜〜任せて〜〜〜」
彼女なりに考えるところがあったらしい。次々に式神を出して敵の中に突っ込ませていく。
ビカラとインダラが縦横無尽に駆け回ってヴァンパイアハーフ達の動きを混乱させ、そこを他の式神たちが各個撃破している。
これではいかに頑強な半吸血鬼といえどもたまったものではない。むしろ人間よりタフな分、手加減が要らなくてやりやすいというくらいの展開になっていた。
「これなら私達、何もしなくて良さそうね」
ルシオラは冥子の成長を喜びつつも、それが横島の手でなされたものである事に少しだけ複雑な感情を抱いたが、
「そうそう、美神さん達に連絡しないと」
と無線機を取り出す。電源を入れると、やがて美神が応答する声が聞こえた。
「こちら美神、どうぞ」
「あ、美神さん? ルシオラよ。今城の正門から中庭に入ったところ。ヴァンパイアハーフが30人くらい襲って来たけど、冥子さんだけで何とかなりそうね。そっちはどう?」
「こっちは西門のそばで待機してたところよ。それじゃこれから中に入るから、そっちも片付けたら正面玄関から建物に入ってちょうだい」
「了解」
ピッ。
ルシオラが無線機の電源を切ると、冥子が声をかけてきた。
「ルシオラちゃん〜〜〜もうすぐ終わるから〜〜〜」
中庭はすでに死屍累々。一応虫の息くらいはあるようだが、当分は動けないだろう。サンチラの電撃をくらった1人とインダラに蹴飛ばされた1人が同時に倒れて、ヴァンパイアハーフ達は全滅した。
「お疲れさま、それじゃ中に入るわよ。みんな、くれぐれも気をつけてね」
援軍が出てこないのを確認した後、扉を開けて建物の中に入る。
そこは広いロビーになっていた。城が建てられた頃はそれなりの装飾が施されていたのだろうが、今はその残骸が僅かに残るのみである。
正面の階段の上に、男が1人立っていた。
見るからに魁偉、さっきの半吸血鬼たちとは明らかに格が違う。筋肉質の巨体を黒いマントに包み、顔には変な隈取りが入っていた。傲然と腕を組んで仁王立ちして、自信満々といった風情である。
「何者でござる!?」
思わずそう声に出してしまったシロに、階上の巨漢は余裕ありげな笑みを浮かべて、
「フッ、それはこちらの台詞ですよ、美しいお嬢さんがた。一部むさいのが混じっているようですが」
「ほっとけ」
横島が小声で吐き捨てたが、男には届かなかった。
「まあいいでしょう。外の連中を見事倒した腕前に免じて、この私みずから血を吸ってあげます」
男は横島たちなど眼中にないかのように悠然と階段を下りると、尖った牙を見せつけながら自己紹介を始めた。
「ブラドー様の次に華麗で! ブラドー様の次に聡明で! しかもブラドー様の次に美しい! 偉大なるブラドー様の第1の従者、大亜 紋(だいあ もん)様がね!!」
(………………)
想像だにしなかった狂敵(誤字にあらず)の出現に、横島たちは戦慄を禁じ得なかった。
――――つづく。
あらかじめ断っておきますが、こいつが青い爪で味方になるとかサ○ヴァントになるとかいう展開は絶対にありませんので(^^;
ではレス返しを。
○ASさん
>やっぱりルシオラが正妻ですよね
このカップルは揺らぎませんのでご安心を。
>ただ京香が邪魔しないのが驚きました
直接師匠の邪魔なんかしたら後が怖いのですw
○サラクランさん
はじめまして、よろしくお願いします。
バカップルぶりはラストまで続きますのでご期待下さい(ぇ
○ゆんさん
>しかも、ルシオラのために戦う・・・なんかカッコイイw
彼もだいぶ男になってきました……かな??
>あのバカップルを見て砂糖吐いている連中の心中
やー、そんな感じですねー。
でもおキヌちゃん怖いっス(汗)。
>タマモフラグ発生?
微妙に、少しずつ、ってところですかねぇ。
○緑の騎士さん
>銃・剣・神・父と不・死・王
いきなり同士討ち始めそうな(^^;
○流星さん
必殺技はネタばれ禁止ということで。
>おキヌちゃんがおとなしく、砂糖を吐いてるだけなんて
ルシは正妻なので例外といいますか。
○遊鬼さん
>それに対して辛辣な評価と少し不機嫌なタマモがかわいい(w
妖狐の本領が出てきたら強そうですww
>ブラドーが復活して次回どうなるのかたのしみです
色々とアレな展開になってしまいました(^^;
○ももさん
>ああ、美神さんのポジションが・・・
このままでは美神にまで『属性:影薄い』がつきそうで焦ってます(ぉ
>ゴルゴン姉妹
事務所に就職はしてないですねー。今ごろ部屋でのんびりしてそうです。
○わーくんさん
糖分の補給には細心のご注意を(ぉ
ブラドーについてはまだ秘密ということで。
>唐巣神父とピート、カオスとマリア
恵まれないキャラの救済企画です<マテ
え、タイガー? ここであぶれてこそタイガーじゃないですかw
○みょーさん
なかなか鋭いご指摘ですね(^^;
今の横島にとって未来の横島もいちおう自分ではあるわけですし、ルシオラがきちんと今の自分を見てくれてるのは分かってるので無問題という所かと。忘れろって言えるような過去じゃないですし。
○てとなみさん
>そして横島の精神的成長を表しているあたりが、抜け目無いですね
褒めていただいてうれしいですが今回はこんなんです(^^;
○なまけものさん
>ブラドーとノスフェラトゥってどっちが強いんでしょう?
ピートによればブラドーは最も強力な吸血鬼の1人で、ヨーロッパの人口を2回かそれ以上激減させたそうですから、被害の度合いでは負けていないかと。
>でも操られてる村人とか殺しちゃまずいしなあ……
場合によっては美神も攻撃対象になりかねませんし(ぇ
ではまた。