あの騒動から三日が経ち
姐妃の願い通りに横島の元へとタマモが
預けられた。
──が、未だタマモは目覚める事も無く
唯、静かに寝息を立て…
そして偶に呻くような声を上げながら
横島の家で日々を静かに過ごしていた。
「 まだ、か… 」
小さく呟いた横島の声に『ピクッ』とタマモの耳が動いた。
その姿に
横島は苦笑を漏らすとタマモの頭を優しく撫でた。
「 もう、そろそろ四回目の朝だぞぉ? 」
慈愛の感情を乗せた瞳でタマモを見つめながら
唯、静かに語り掛けた。
暗く閉ざしていた世界。その帳が徐々に上がって
蒼い光をその隙間から漏らし始める明け方。
その蒼白い光が窓際から差込み、照らされたタマモを
一心に撫で続ける横島が突如『ふっ』と微笑んだ。
「 そういやシロはどうしてるんかな…? 」
懐かしさを伴ったその呟きが
静かに部屋の静謐な空気に吸い込まれて行く。
そして又、『ぴくぅっ』と動くタマモの耳を視界に入れ
微笑みを浮かばせた横島は
「 早く元気な姿を見せてくれ、な 」
日課となっている言葉を投げ掛けると
『スッ』と手を退け、その意識を闇の中へと沈ませていった。
願い 第二話
ヨ……マ、…コ…シ…
女性の声…。の様な静かながら、聞き逃しようの無い音が
横島の耳に届いた。
[明け方に眠りについた筈なのだが]
目を細めて辺りを窺って見ても、周りは無明の闇の様で
濃い漆黒の色に染められている。
『 なんだ……? 』
疑問を闇の中へと投げ掛けてみるが、唯、女の声だけが
耳の奥を疼かせ、脳髄を震わすようにその存在を主張する。
「 ──ッ!? 」
『ガバッ』と、横島は夢から覚めて起き上がった。
呆けている様な…ハッキリと覚醒している様な
その両義を矛盾する事無く、感じる不快感の伴う思考の中で
夢の内容を思い出す。
『 女の声… 』
『ハッ』と気づいた様に横島は傍にある
盛り上がった毛布の部分。タマモが居る場所へと目を向けた。
『フワッ』僅かに捲り上げられたシーツから
付随するように作られた微風がタマモの頬を『スッ』と撫でる様に
通り過ぎる。
「 違うか…。 」
未だ妖孤の形態のままで深い眠りを変わることの無い
姿勢で行っているタマモの姿を見て、僅かに落胆する。
僅かな間を置いて
『 ふぅ… 』と短息を吐いて窓辺から零れる陽光に目を細めた。
中天に懸かる太陽の紅に染められたその陽光に
彼女との約束の時間だ…と、重い腰を上げた。
瞬間、心臓が激しい動悸を告げる。
『 ──な、なんだ?この感覚…。 』
それに付随する様に例え様も無い恐怖、孤独感や疎外感等の
感情が、訳も無く、唯、横島を急き立てていた。
──が、それは僅かな時間で終わりを告げる。
『 ハッ 』と我に返った横島は不快感を感じながらも
特に気にする事無く
タマモの様子を一度窺い看ると、安心した様に
彼女だった女性との約束の場所へと文珠で『転/移』した。
・
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・
・
ぽつり…ぽつり……
天聳る空から微かな音をたて小雨が降り下り
柔らかく堕ちたソレは
灰色のアスファルトに覆われた大地をゆっくりと黒色へと彩り
音も無く消えていく。
空には夕陽が
紅の陽を淡く放ち、その色に染められた雲を薄く纏い
街行く人々を、陽の纏っている衣から漏らした光で
淡く静かに──ゆっくりと染め上げていた。
『 狐の嫁入り 』
他にも、日向雨・天気雨と呼ばれる天候の中
何時もの場所で
横島は唯、夕陽を目に入れると己の内の彼女に
数日前に起った出来事を報告する様に語る。
『 ──ってな事があったんだけど、な 』
報告を終えると、夕陽は何時の間にか紅の帳を堕ろし
淡く紺の世界へと表情を変えていた。
その世界を暫くの間
静かに唯、横島は眺めていたが一度頭を横に振ると
「 お前の声を上手く思い出せなくなった
俺にお前は軽蔑するか?──するよな… 」
『ルシオラ…』と最後に小さく呟いた声音の余韻が空気に
吸収される様に離散した時には
既にその場に人の影は見えなかった…。
・
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・
・
絶望的だ、と横島は思っていた。
自分が部屋に居る時には『こんな事』はありえない。と
少なくとも、今まではそう思っていた。
──が、『転/移』して帰宅した横島の視界に広がる光景に
不幸は身近に転がっているもんだと…滂沱の涙を流しながら
身動きも取らずに
唯、自身の足元を凝視していた。
「 お、俺の生命線が… 」
濡れた靴で踏み抜かれた『カップうどん』の無残な姿に
呻く様に声を出すしか、横島に選択肢は残されていなかった。
───ガサっ
束の間、ビニール袋の中の崩れた乾燥麺を滑る様に落ちた
『油揚げ』が小さく、音を立てる。
『 これで残っているのは後二つ…。
忠ちゃんピーンチッ!? 』
・ ・ ・ ・
『ブツブツ』と未だ濡れた靴で踏んでいる『カップうどん』の残骸を
視界に入れ
『 まだ食べれるか? 』『 いや、人間としてソレは… 』
相反する想いを胸に抱き、頭を抱える。
──が、突如自身を見ている視線を感じ取り『クイッ』と足元を
凝視していた視線を上げる。
『 ジィッ 』と見つめてくる金色の瞳に
横島は一瞬気恥ずかしそうな顔をしたかと思うと
何かを誤魔化す様にその瞳の持ち主に話しかけた。
「 おっ。起きたみたいだな。 」
だが、声を掛けられた瞳の持ち主『タマモ』は一瞬『ビクッ』と
身動ぎするだけで返事を返すことは無く、そんなタマモに
横島は苦笑を浮かべると
「 体、痛むところないか? 」
慈愛の感情をその瞳に浮かべ、タマモに尋ねた。
暫くの間を置いて
タマモは狐疑逡巡した後で
『こくんッ』と頷き、その問いかけに答えた。
その仕草に横島は嬉しそうに微笑み
調子に乗ってタマモに再び問いを投げ掛ける。
「 お腹空いてるだろ?─って、狐って何食べるんだ? 」
不意に、自身の内に沸いた疑問に
横島は虚空へと視線を移すと、妖孤の食べそうな食材を
思案する。
──が、『ふと』閃いた。と、言うより諦めた様に
「 考えても仕方ないな。カップうどんしか家にはないし・・・ 」
と、無事に残っている二つの『カップうどん』をタマモの
見える範囲にずらす。
───んくっ。
それを視界に入れ、凝視する様に魅入るタマモの姿に
横島は『 ん? 』と言葉を投げ掛けた。
『ジィッ』と凝視している先は…と、横島は交互にタマモと
その先を見比べる。
僅かな間を置いて『油揚げ』の文字へと行き着いた横島は
『ポン』と手太鼓を一度打つと
「 油揚げが好物なんかっ! 」
と、どこか納得した感じに言葉を漏らして
タマモに無防備な笑顔を向けた。
暫く、呆然としながら頷くタマモに
再び横島は微笑んで
「 待ってろよー。今作ってやるからな 」
と、語りかけ嬉々とした表情で
足元にある『カップうどん』の残骸から足を退けると
タマモに見せた二つの『カップうどん』にお湯を注いだ。
5分経過を待ち遠しく、嬉々とした表情のままで
タマモの様子を横島は眺めていた。
初めて見た時は
白金の毛並みを持っていたタマモも
一つになると徐々に白金の色から金色の毛並みへと
変化していった。
日々、生え変わるように金色の部分が増えていく
タマモの様子を見守ってきたが、今では白金の毛を探すほうが
難しそうだ…。と、朧気に考えを巡らした。
「 よし、出来たぞっ。ほれっ 」
言葉と共に受け皿に油揚げを乗せタマモへと進める。
暫しの間、タマモはその油揚げを注視し、
僅かに警戒の篭った視線を横島と、油揚げに移し
躊躇った後でかぶりついた。
──が、『 ギャンっ!? 』と声を立て飛び跳ねたタマモから
僅かな間を置いて注がれる恨めしそうな視線に
横島は苦笑を浮かべて呆れた様に語る。
「 何やってんだよ… 」
と、それに続くように『貸してみろ』と呟き
タマモの眼前に移動させた受け皿を手に取ると
『 ふぅふぅ 』と息を吐きかけて油揚げを冷ましてやる。
『 よしっ 』冷めただろう。とタマモに視線を移し
舌をだらし無くたらし冷やしているタマモの姿に何度目かの
苦笑を浮かべて
「 もう大丈夫だぞ? 」
言葉を投げ掛けながら横島は微笑んだ。
再び差し出された油揚げに
僅かに躊躇いながら『ぺろっ』と一度ヤケドした舌で舐めると
その温度に満足したのかタマモは一気に咀嚼した。
瞬間
『ボフン』と音を立て一人の少女が現われる。
年齢は13、14だろうか。
翠緑の瞳、新雪のように白く
白磁の陶器の様な艶やかな印象を与える肌を持ち
長い9つのポニーテールが印象的な
金色の髪を持つ人形のように可憐な姿をその少女は現していた。
裸で…。
「 ───ッ!? 」
タマモが言葉を成さない悲鳴を上げたかと思うと、次の瞬間には
ちゃぶ台が跳ね上がる音と、『バキリ』と横島の肋骨が軋む音が
続けざまに響いた。
「 この…ッ!へ、変態ッ! 」
暫く、横島はちゃぶ台の下で巻き上がった埃を被りながら
呻く様に何かを呟いていたが、やがて人外の回復力を見せると
『 勝手に見せたクセに… 』と、納得の言っていない表情で呟き
後に、何時の間にか裸体をシーツで包んだタマモを
一瞥すると眉を顰めて…。
「 まだまだガキだな… 」
何故か、勝ち誇りながら喋る。
そして真っ赤な顔で此方を睨むタマモに
「 そんな怖い顔すると将来、華陽みたくなっちゃうぞ? 」
苦笑いを浮かべながら言い聞かせる様に語った。
その言葉にタマモは一瞬で表情を引き締めると
『 やっぱり俺は姐妃さんみたいなのが… 』と未だに
『ブツブツ』と語る横島に
「 …な……なんで、アンタが華陽の事知ってるのよッ?! 」
『 それに姐妃さんって… 』と怪訝な表情を隠す事無く
問い詰めるように尋ねた。
「 そりゃ…逢った事あるしな? 」
と、今にも掴みかかろうとしているタマモを横島は
左手を翳すように押し止めながら、当然の様に呟いた。
その言葉を聞いてタマモは片眉を吊り上げると
『 逢ったって… 』言葉を繰り返した。
瞬間
タマモの脳裏に数日前の出来事が
被写界深度がずれた様なピントの合っていない
朧気な映像として脳裏に蘇る。
『 なに…これ…… 』
タマモは不安に顔を曇らせ傍にあるシーツを強く握った。
突如として、焦点の定まらない瞳で虚空を眺めるタマモに
横島は飛び散った『カップうどん』を片していた腕を止める。
「 タマモ? 」
その異変に対する横島の反応は早かった。
彼女の名前を呼びかけながら体をシーツの上から揺すると
空いている手の平を視線の前に『ひらひら』と左右に動かした。
僅かな時間を置いて
『ハッ』と気づいた様に体を一瞬固まらせたタマモの
焦点の整い始めた瞳を横島は覗き見ると
『ホッ』と安著の息を吐いて呟く。
「 心配させるなよ… 」
そんな言葉を残して飛んだちゃぶ台を元の位置に戻そうと
作業を再び始める横島に
体を揺すられ離散していく様に消えた映像を思い浮かべて
「 ね、ねぇ…。アンタ…ヨコシマっていうの? 」
『もしかして…』と、タマモは自信の無さそうな表情で
横島に語り掛けると『まさか、ね』と続け頭を横に振る。
──が、横島から掛けられた言葉に再び硬直する様に
その動きを止める。
「 ん?あぁ…そうだ。俺は横島忠夫っつう名前だっ! 」
『親しみを込めて忠ちゃんと呼んでくれ』と、おちゃらけながら
続ける横島は硬直しているタマモそっちのけで
ちゃぶ台を所定の場所に戻し、何とか生き残っていた
油揚げをその台の上に受け皿と共に置いた。
僅かな間を置いて
粗方に片付いた部屋を『よし』と眺めた後で横島は
ふと、再びタマモを窺い見る。
「 どうしたんだ? 」
そんな呟きにタマモは『わからない…』と一度呟くと
自身の髪の毛を手で荒く掴み上げる。
「 わからない…。」
再度、同じ言葉を呟くとタマモは
恐慌状態に陥った様に
「 訳が解んないのよッ! 」
叫ぶと、
「 …何が夢で…何が現実なの…?私は誰なの?
タマモでいいの?…華陽?それとも姐妃…? 」
体を蹲らせ、膝を抱える様にして呟いた。
後書き
第二話をお送り致しました。
今回の話は様々なキーワードを織り込んでいます。
──が、上手く書けたか…orz
タマモの恐慌状態は
目が覚めて、僅かな時間も置く事無く
自身じゃない他人の記憶が流れ込んできたら
私だったらどうなるかな?と考えて
推測ですが、恐慌状態になると思い、この様に書かせてもらいました。
レス返しです。
『 帝様 』
楽しんでもらえて幸いです!
ちょっぴり心配な番外編だったんですが…w
天然おキヌちゃんは出すたんびに話が止まるんですよねぇ…
私自身の執筆の腕が悪いからorz
ですので、本編ではまだ解りませんが
番外編では思い切って出していくのでヨロシクお願いします!
ちなみに、ムスカは…使い勝手の良いネタですねw
今回はこれでお終いです。
レスをくれた帝様 どうもありがとうございました!
では、次回も頑張りますので
皆様。これからもどうかヨロシクお願いしますっ!