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「Dances with Wives!2 〜ある日の攻防戦〔後〕〜(絶対可憐チルドレン)」

比嘉 (2005-12-19 04:51/2005-12-19 10:09)
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『神鋼(かみはがね)』

 それは20年前、かつてバミューダトライアングルと呼ばれた海域に突如『浮き上がって来た岩塊』であった。

『浮ぶ岩塊』と言うだけならばせいぜい「世界のびっくりトピック」などとタイトルのついた記事の一つに載っただけだっただろう。
 しかし、この『岩塊』はその直径が3kmにも匹敵し、しかも調べてみればそれは海底の、2km近い岩盤を『割って』、その下から浮き上がって来ていたのだ。
 しかもその時間、岩盤が割れる様な大規模な地核の変動は記録されておらず、残されたデータは数時間に渡る極小規模のものだけ。
 つまりそのデータは、この岩塊が浮き上がる為に岩盤を割った時の振動であったと、判断せざるをえなかったのだ。

 早速各国の極秘共同研究チームが組まれ、調査に乗り出した。
 その結果、構成物質はこれまで地球上では人類に発見されてなかった組成を持った鉱物である事が解り、表面の状態からほぼ待ちが無く・・・このサイズでほぼ間違いなく『隕石』である事が予測されたのである。

 これほどのサイズが落下・・・しかも海底にとはいえ、精々2kmかそこらの深さにあった様なものが、現在の環境に影響を与えていないわけが無い。
 しかし、付着していた地層からは、せいぜい5,000〜6,000年昔のものである事を示していた。
 こんなものがその時代に落下していて、現代の気候や地形、そして文明が成り立つ可能性は30%以下だった。

 更に後、この『岩塊』の本体が明らかに『舟』の形を成しているにも拘らず、如何なる工具・道具を駆使しても傷つかなかった事から、如何なる方法でこれらの加工が施されたのかが、あらたな謎となり・・・・・


 そして、10数年後にその謎が解けたとき、超能力者にとって最強にして、人類にとって最凶の汎用『超』能力兵器『鋼丸(はがねまる)』の誕生へと繋がったのである。


絶対可憐チルドレン パラレルフューチャー

Dances with Wives! 2
 〜ある日の攻防戦〔後〕〜


「けぷ・・・」

 食堂の椅子にもたれて、光一は口元を隠しながら、軽いゲップをもらした。
 その姿はビミョーに灰っぽい。

 結局、愛娘を泣かすよーな真似を彼が出来るわけも無く、衆人観衆の見守る中で雛のスプーンからオムライスを食べてやった。
 と、その直後、素早くそれに便乗した薫に今度は葵も加わって、結果的に光一は只の一度も自分で自分の料理に触れる事なく、食事を済ます結果となったのだ。


 そしてトドメが薫が注文した『これ』だった。


「おばちゃーん、デザートねー! コージロにストロベリーヨーグルトと、雛にバニラアイス、それとフルーツミックスジュースのトロピカルデコレーション(大)で!! あ、ストローは『3本』挿しといてねー♪」
「なぁーーーーーーーーーーーっ!!?」


 ・・・これ以上語る必要はあるまい。

 結婚6年目にして、熱々の恋人モードを全開までさせられたわけである。
 厨房のおばちゃんも気を利かせ、添えたストローハート巻き
 我に返ったら灰っぽくなるのも無理は無い皆本光一34歳、そういうお年頃。

 周りも周りで、「笑い声」「砂糖を吐く」のを堪えるのに懸命で、誰も顔をあげていなかった。

 そんな食堂の中に、一人の女性が入って来た。

「お食事中失礼します! 皆本局長。」
「ん・・あ、ああ・・・ナオミくんかい。」

 彼女は梅枝ナオミ一尉、コードネーム『ワイルド・キャット』。
 現在、能力管理局付き秘書官としてここに勤務しており、平たく言えば光一の護衛兼(美人)秘書の一人である。
 仕事場では見るのは珍しい、へたれた返事の仕方に、彼女はクスッと笑う。
 それでも彼女はシャンとした姿勢を崩さず言葉を続ける。

「はい。奥様から言伝を承ってきました。」
「!」
「もしかして!」「始まったんか?」

 彼女が秘書室長である朧を『奥様』と呼ぶのは私信の時である。
 光一と共に、薫と葵が半腰に椅子から立ち上がる。

「ええ。そろそろいらしてくださいとの事でした。」
「わかった!すぐいく。」
「よっし、コージロ! ヒナ! おかーさん応援いくぞ!」
「おーえん?」
「『がんばれー』だよ。ひなもぼくのうんどうかいでいったでしょ。」

 光次郎がお兄ちゃんらしく妹に教える。

「そーや、おかーさんも『ママ』になるんや。みんなで応援したろな。」
「するー! おかーしゃんがんばれするー!」
「それでは、局長。元気な娘さんの誕生、お祈りします!」
「ありがとう。いこう、みんな!」

 食堂から一目散に出て行く皆本家の面々を、ナオミは礼儀正しい敬礼と、心からの笑顔で見送った。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


「壊す・・・? 『神鋼(かみはがね)』を。

 王城の言葉を聞き、リーダーを除く全員が自分の耳を疑った。


 かつて、超能力者の力を『理論上は無制限に増幅する』性質が知られた時、各国合意の元で核爆弾による『神鋼(かみはがね)』の消滅作戦が実行されたのだ。
 だが結果は、今ここに在る事からわかる通り、傷一つ付ける事が出来なかったのだ。
 それどころか、周囲の放射能さえも半減期を加速させたかの様に数時間で消滅させてしまったのである。

『神鋼(かみはがね)』とは、そこまでも非常識に破壊不能の物質なのである。

 だからこそ、内部への侵入を想定したいたというのに、それをいきなり『壊す』?

「そうだ。大体、これは『造られた物』なんだぜ? 「造る」ってのは元の物を『壊して』『変える』って事だ。壊す事が出来なくてどーするよ?」

 そう言って王城は笑った。

「皆がわかる様に、具体的に言ってやってくれんか?」

 リーダーの言葉に、王城は不敵な笑みを浮かべて言った。

「簡単な理屈さ。こいつは『精神感応する金属』だ。だったら・・・・精神力で壊せば良いのさ!
「「「「?」」」」

 リーダーは王城の説明を引き継いだ。

「これは推測の部分もあるが、『神鋼』の加工とは、おそらく超能力者、もしくはそれを介し、作るべき構造を『神鋼』に伝える事で『神鋼』そのものがそれに応えて形を変える事なのだ。」
「つまり、『曲がれ』と念じれば曲がり、『伸びろ』念じれば伸びる。だから『壊れろ』と念じれば・・・」

『神鋼』の方から『壊れて』くれる・・・それは的を射た言葉であった。
 事実、薫は憂さ晴らしで念動をぶつけて、中の『神鋼』を微小ながらも壊しているのだ。

「し、しかし、そんな方法なら、今までに試されている筈では?」
「この島の建造には超度が『6』より上のエスパーが関わってる。そして今も超度7の『ザ・チルドレン』3チームのリーダーが住み込んで常にその力の波動を受け続けている。つまり常に最強の念波で『錬成』され続けてるってことさ。だから言う事を聞かせようにも、超度7より下じゃ『説得力』を持たないって事なのさ。」
「ならばお前でも破壊は無理という事ではないか!? レベル7のエスパーは、現在全てあのバベルの元にいるのだぞ!?」

 その言葉に王城はフフッと不敵に笑って応えた。

「その通り!『あの時』いたレベル7のエスパーたちはバベルが纏め上げた。それはさっき言った通りだ。だが・・・」

 ゴプン!

 その時、突如すぐ脇の海面が、直径100m程の円形に丸く切り取られる様に抉られ、そして半球の状態で宙に浮かんだ。
 しかも元の海面も抉りぬかれた形のままに凹んだままだ。

「だが・・・その『後』で『覚醒したレベル7』は、バベルの元にゃいないぜ!?」

 王城は、その顔立ち相応しい凶暴な笑みを浮かべた。

「つまりは・・・」

 ドッパーーーーン!!と巨大な水の塊が元の凹みへと落下する。
 その強烈な飛沫を浴びながら、王城は掲げた右手に力を貯め、目に判る白色の輝きを作り出す。

「俺の力でぶち壊せるのさ!!」

 吼える王城は、背後の岸壁へ振り向き様にその『力』を叩き付けた。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


「ママ、ボクもおかーさんといっしょしちゃだめなの?」

 分娩室の前、ベンチ仲良く並んで座る皆本一家。
 光一が着替えて一緒に分娩室に入ってからすでに1時間以上経った頃、光次郎が薫に尋ねた。

「ん〜、別に駄目じゃないけどさ・・・ 」
「まー・・・実際んとこ、それなりに覚悟ないとキツいもん在るしな。」

 自分の膝枕ですやすや眠ってる、雛の頭を撫でてやりながら、葵も苦笑いして答える。

「待ってんの退屈なら、どっかで暇潰してくるか?」
「ヤダ! 歌穂ちゃんうまれるまでいる!」

 それがお兄ちゃんである自分の使命とでも感じているのだろうか。
 光次郎は唇を尖らせながらそう言った。

 この子は昔から妹思いで、雛の面倒も朧や薫達に負けず良く見ていた。
 さらには雛や、そしてこれから産まれようとしている歌穂も、名前の漢字を覚え間違えずに書ける様に何度も練習して覚え込んでいる。
 元は雛が生まれた時に朧が、『お兄ちゃんになったんだから、この子にお手本見せられる様にがんばろーね』と言われて、その気になったのがきっかけだった様だが、このへんは光一よりむしろ薫似な所だ。

「なら、ここでママ達と待ってようぜ。おかーさんとこは手は足りてんだから・・・・っ!!?」


 その時だった。


「あうっ?!」
「!? なんや!? こ、この衝撃(ショック)!?」

 突如、薫たちの頭に、強烈になにかが『叩き付けられた様な』衝撃が襲って来た。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


どっぱーーーーーーーーーーーーーーーん!!


 王城の放った光球は着弾と同時にその周囲を問答無用に弾き跳ばした。
 そこを問答無用に砕き、粉々に舞い散らす。

 飛沫とともにピチピチと宙に舞う鯵(アジ)、鰯(いわし)の群れ。

 凹んで割れる漂っていたペットボトルに引きちぎられるビニール袋。

 それに驚いた海鳥がギャーギャーと悲鳴を上げて三々五々に散っていく。


 ・・・・・・


「・・・・・って、オイッ!?」

 王城は1km程先の海面で炸裂する己の『力』を、目を丸くして見つめた。
 そうなのだ。彼の攻撃は、外れたのだ。
 なぜなら、真後ろの数mに在った筈の岸壁は、そこから綺麗さっぱり居なくなっていた。

「リ、リーダー! 島が!」

 構成員の一人が指差す先に『島』は居た。
 が、その姿はどんどんどんどん彼らから小さくなって行く。

「・・・・・に、逃げ・・・た?」

 いや、そうとしか思えない。
 波をちゃぷちゃぷかき分けながら、どっかのひょうたん型の島の様に、雲をスイスイ追い抜いて海面を滑る様に進み、『源氏島』は彼らに背(?)を向けて遠ざかっていた。

「チィッ! 追うぞ!!」

 そう叫んで王城が宙を飛び『島』を追った。

「・・・・・全員、不要な荷物・バラストを外せ!! ・・・追うぞ!!」
「「「「「は、はい!」」」」」

「普通の人々」の面々もそれに倣って『島』を追う。


 ・・・・・もちろん彼らは『泳いで』だった。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


「さ、頭見えて来たわよ! もう少し!! がんばって!」

 朧の声が分娩室に響く。

「もっと強く“いきんで”! もうちょっとよ!!」
「くはっ! はっ、はっ!」

 すでに1時間を越える女としての最大の重労働。
 紫穂のそれはいよいよ終盤に近づいていた。
 頭に昇った血のせいで、紫穂には朧や産婦人科の先生の声も、おぼろげに聞こえるだけだ。
 ただハッキリ感じられているのは、踏ん張り棒代わりに自分の両手が握り締めてくれている夫の手の感触だけ。
 しかし、その手からいつものサイコメトリーの力はろくに使えない。

 痛くて苦しくて、それどころじゃない。

 だからただ縋る。

 握り締めた夫の手から感じる力強さだけを。

「がんばれ! 紫穂! もうちょっとでおかあさんだぞ!」
「〜〜〜〜〜〜!!」

 もうちょっと!
 それは自分でもわかっている。
 あともうちょっと! もうちょっとだけ、いきめば!!
 その一瞬、紫穂の脳裏に母親としては先輩の「腐れ縁の幼なじみ」の言葉が浮かび上がった。


『紫穂、いーこと教えといてやるよ。
 もしも「後ちょっとーっ」てとこまで来たらさ、こー言ってみな♪・・・・』


「!」

 ポロ

 紫穂の口から、噛み締める歯を護る為に噛んでいたマウスピースが落ちた。

「紫穂!?」

 そして自由になった口からは、思い切り大きな声が飛び出して来た。


「光一のーーーーぉ・・・・
 ばかぁーーーーーーーっ!!」


 それと同時だった。
 鈍い痛みを残し、水音が聞こえて一気に下腹部が楽になった。

「よっし! 産まれたぞ!」
「良くやったわ! 紫穂ちゃん!」

 朧がまだへその緒で繋がってる赤ん坊を抱き上げて、こちらに見せていた。

「・・・紫穂、おまえもかぁ?」

 苦笑いした夫の声が聞こえる。
 でも効き目はあったみたいだからごめんなさい。
 気が抜けて上手く言葉が出ないまま、紫穂は心の中で夫に謝った。
 しかし、なにか違和感がある・・・

 そうだ産声(うぶごえ)!

 産まれたら聞こえる筈の産声をまだきいていない!

「心配しないで。ちゃんと息してるし、チアノーゼ(酸欠)も起こしてない。すぐ産声上げない子も、そう珍しいもんじゃないから! なんとかするから安心して!」

 紫穂の表情を的確に読んだベテランの助産婦さんが、へその緒の処置をしながらそう答えた。

 プツッ

「あッ!」

 今、へその緒が切れた。
 微かな寂しさと、大きな達成感が紫穂の胸を熱くした。


 と、その時!


「うわっ!?」
「きゃ!」
「!!?」

 突然闇雲に何かをぶっつけられた様な感覚が彼女を、そして分娩室の中の人を襲った。

「な、なんだこれは!?」
「頭の中で、台風がふいてるみたいっ!・・・くぅ!?」
「朧っ!」

 腕肱(かいな)の中の赤ん坊をかばいながら、朧が膝をついた。

「こ、こえ(これ)って・・・・」

 頭の中を走り回るそれは、紫穂にとっては突然の乱入者では無かった。
 暴れているのは見知らぬ者ではなく・・・

「朧ひゃん!そりょ子、こっちに寄越ひて!」

 脱力感から上手く回らない舌で、紫穂はなんとか朧に呼びかける。

「わかったわ!・・・くっ!」

 混乱する五感をなんとか御して立ち上がると、朧はへその緒を切ったばかりの幼子を、紫穂の手に渡した。

「大丈夫・・・ほら、かほ。怖くない、こわくないのよ・・・」

 腕に抱いた娘に、紫穂がささやく様に語りかけると、その混乱は潮が引いた様に消え去り、そして・・・


 ふぁ・・・ふぎゃあーーーふぎゃーーー

 歌穂がようやく、その小さな身体をいっぱいに振るわせた産声を上げた。

「ふう・・・」
「いったい、なんだったんだ? 紫穂。」

 あっけにとられた顔の光一らに、紫穂は困った顔で笑った。

「こにょ子、ひままでお腹の中で私の感覚で周りの物感じていたえひょ? らから、へその緒が切えて私から離れた時、赤ん坊の自分のからら(身体)と感覚が違い過ひて、混乱しちゃったの。」
「それで、慌てて『力』使って、お母さん探そうとしたのね・・・」

 朧が腰を抜かした助産婦さんを立たせながら、そう言った。

「やれやれ、相変わらず能力者の出産は一筋縄ではいかないもんだね。とんでもない産声もあったもんだ。」
「すいません、いつもいつも・・・」
「なぁに、前例と経験をつんどかにゃ、いずれ苦労するのはこっちだからね。『次』も遠慮なく連れておいで。さ、いい加減、その子産湯に入れてあげないとね。」

 そう言ってニヤッとプロの顔で笑う先生に、光一も朧も、そして紫穂を深く頭を下げた。


 ・・・・・・・・・・


「・・・あー、でも次があの娘(葵)なら、苦し紛れにテレポートで赤ん坊を外に出そうとするかもしれないねぇ。・・・この際、分娩室にECMとか言う奴、付けてもらう様に申請してもいいかい?」

 そうマジ顔で尋ねられ、否定し切れず返事に困る光一であった。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


「ぜーぜーぜーぜーぜーぜーぜーぜーぜーぜー・・・・・お、追いついたぜ、こんちくしょう・・・」

 いったいどのくらい追いかけていただろうか。
 『丁度追いつけない』くらいの速度で逃げ続ける『源氏島』の岸壁に、王城はようやく取り付いていた。

「ったく面倒かけさせやがって! おい! 今度こそやるぞ! いいか・・・・・って、ああっ?」

 振り向いた海面には誰もいなかった。

 だが、あたりまえっちゃ、あたりまえだ。
『島』のスピードは見た目ゆっくりに見えたが、実際のスピードは乗用車くらいは出てたろう。
 王城のレビテーション(人体浮遊能力)での移動の最高速度とほぼ一緒だ。泳ぎの彼らが追いつける筈が無い・・・のだが・・・・

「ちっ! 遅せえぞ!! とっとと来ねーか!」

 なんと! 彼らは100mほど後方に姿を見せていた。
 猪突に追いかけていた王城は気づかなかったが、島は大きく円を描いて進んでいたのである。
 逆に大きく離された事でそれに気づけた彼らは、軌道を先読みして何とか追いつけたのだ。

 ・・・しかし、それに気づくまでの間にもっとも重いECMを背負っていた構成員が力つき、機材を別の者に託して波間へと消えていた・・・。

「じれってぇ! 先にやるぜ!!」

 苛ついた王城は再び左手に力を集中し始めた。
 ヤモリの様にペタッと岸壁に張り付いた王城の左手から、再び光が溢れ出す。

「さあ、もう逃げられやしねぇぞ・・・おれの『言う通り』・・・・壊れやがれ!!」


 ボッ!!

 岸壁に密着した掌から、王城の『力』が爆ぜた。
 それと一拍の間の後


 ビキィ!

 バキバキバキバキ


 王城の手を中心にして、岸壁全面にクモの巣の様な亀裂が走る!


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


「なんだ、あれ歌穂の『産声』かよ。びっくりしたぁ。」

 外で頭をクラクラさせていた薫は、分娩室から出て来た光一から説明を聞いて唇を尖らせた。

「まー、分娩室を押し潰しかけた薫ん時よりましやったけどな。」

 葵がそれに続けてぽつりとごちた。
 光次郎を産む時、思い切りいきもうとした薫は「産み出そう」とするイメージを無意識に『力』の形で部屋いっぱいにまで広げてしまい、光次郎の誕生と同時に発動した『サイコキネシス』で分娩室を押しつぶす所だったのだ。
 対ESP仕様の設計だったここの施設でなかったら、ホントに潰れていたかもしれない。
 おかげで薫はそれから弁償で約1年12%減給。
 ただ、この時のデータから生まれた構造強化技術は、一般にも公開され現在多くの病院などの施設の建物の耐震・対衝撃機能が劇的にアップしてる事も言っておくべきだろう。
 それと相まって、それまでにも培われて来た抗超能力設計の効力も加わり、ESPの暴発による無闇な破壊や、ノーマルとエスパーと間の『力』による事故・トラブルの起こりにくい場も増えて来ている。

 これも「ケガの功名」という奴だ。

「だーっ! 古い事ほじくりかえすなー!!」

 自分が使えるお金・・・要するに小遣いまでも減らされたヤな思い出に薫が吼える。
 そしてそんな母たちをスルーして、皆本家の二人の子供は光一に飛びついて尋ねて来た。

「パパ! 歌穂ちゃんは?」
「かおちゃんわー?」
「ああ、歌穂もおかあさん(紫穂)も元気だぞ。ほら、来た。」

 光一が答えてやるのとほぼ同時に分娩室から白い御包みを大切に抱えた朧が姿を見せた。

「はーい、みんな、初めまして。歌穂ちゃんよ♪」

 葵と、そして薫と光一はそれぞれ雛と光次郎を抱っこしてやると、朧が抱く生まれたばかりの『家族』の顔を覗き込む。
 真っ白な御包みの中で、まだ赤ら顔の小さな女の子がもぞもぞと動いていた。
 光次郎、雛が母よりなのに比べると、歌穂は父親似と言っていい顔立ちだった。

「歌穂ちゃん、歌穂ちゃん♪」
「生まれて早々派手な挨拶やったなぁ。」
「ぱぱ、かおちゃんまっかー。びょうき?」
「はは、すぐ普通になるよ。」
「光次郎、雛、ほら、握手。」

 朧が歌穂の小さな手を、光次郎達にさしだしてやる。

「?」
「ほら、こーするの」

 きょとんとした雛に、光次郎が歌穂の半開きの手に指を当てて見せてやると、キュッと歌穂が握って来た。

「えへへー」
「あー! ひなもするー!」
「こっこらっ乗り出すな! 歌穂がびっくりするだろ!」

『把握反射』という野暮な用語もある赤ん坊の行動だが、家族にとっては大事な『最初の触れ合い』である。
 そして、雛、薫、葵と「握手」のすんだ所で、雛を下ろした薫が、光一に尋ねて来た。

「そんで紫穂、どのくらいこっちに居るんだ?」
「それは今、先生が診てくれてるからそれしだいだよ。まあ、紫穂は元気だったしすぐ帰れると思うけどね。それに・・・」

 光一は生まれたばっかりの娘の無邪気な一挙一動に微笑みながら、答えを続けた。

「歌穂の能力検査もしておかないとな。」
「ふーん。やっぱ、紫穂と同じサイコメトラー?」
「さっきのアレからすると、同じかその系統やろ。光次郎もキッチリあんたと同じやったしな。」
「そのまんまかー。ちょっとつまんないよなぁ。どうせなら親と違う能力だと面白いのに。」
「たとえば?」
「んー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『念発火能力(パイロキネシス)』とか?」
「「却下」」

 と、夫婦漫才にオチがついた所で、後ろから声がかかった。
 紫穂の後産を処置していた、産婦人科の先生だ。

「お待たせ。母体も問題なし。会ってもいいよ。」
「おーし! 紫穂ー! よくやったなー!」
「おかーさーん」
「こら、二人とも病院だぞ! 走るんじゃない!」

 真っ先に分娩室へ飛び込んでいく薫と後に続く光次郎。

「さ、おかあさんのとこ戻りましょうね。」

 そう言って歌穂を抱いた朧も雛を連れて入っていく。

「やれやれ、まずは一段落だな。」

 本当に大変になるのはこれからだが、それをホッとした表情で歩き出そうとした光一の腕に葵の手が絡んでくる。

「ん? なんだ、葵?」
「次、あたしの番よ。おぼえとる?」
「・・・男の子、だろ? がんばらないとな、葵。」
「ふふ・・・」

 光一の目は、もうかつての自分を見る目では無くなった。
 少し寂しいとは思う。が、かまわない。
 自分を、自分の女として欲情と愛情とで縛り付けようと、容赦なく向けられる光一の男のエゴが心地よい。
 自分もそれを受け止めればいい。
 ありったけの愛欲と我欲(わがまま)の女のエゴで包み込む様、逃げられぬ様。
 薫や紫穂、朧には見せない、自分だけの光一。
 きっと他の三人にも「自分だけの光一」がいるだろう。
 でも今、目の前のこの光一は私のだ。わたしの『男』だ。
 そう思った葵は、妖しく潤む。

 くい

「きゃ」

 コマンダースーツに浮き出た綺麗なくびれを、光一が抱き寄せる。
 すると全身に広がりかけた熱い疼きが、腰にまわされただけの腕の感触だけで心地よい感覚にかわり達していく。

『あ〜あ・・・こんだけのことで満足してしまえるなんてなぁ・・・。こんなに惚れとったんやなぁ・・・ウチ・・・』

 そこに、かつての保護者(兼上司)とヤンチャ娘の面影は無く、深く求め合い、求め続ける男女の姿があった。


「で、そろそろアンタ達も行った方がいいんじゃない?」


「「うわぁ!!」」

 そこにはあきれた顔で二人を見てる先生がいた。

「せ、せせせせセンセイ? いいいいつからそこに?」
「最初から居るよ。いつアタシがここから去ったなんてあった?」
「あ、あははは! そ、そーいえばそうでしたね。」
「ふう・・・まあアタシの事はどーでもいいから早く戻ってやりなさい。いいかげん紫穂ちゃんがヤキモチ焼くよ?」
「は、はい! い、いこうか、葵!?」
「そ、そうやね、光一。ほな、し、失礼します。センセイ!」

 あたふたとドアをくぐっていく二人を見送った彼女は、

「・・・本気で年内中に分娩室にECM考えとかないと、間に合わないかもしれないねぇ。」

 と、頭をかきながらボソリとつぶやいた。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


 ガラガラガラガラ
  ドボン!
    ドボドボドボドボドボドボドボバッシャーーーーーーーン!!

 大小の岩塊に砕け散った岸壁が海へと落下していく。


 おおおおおおーーーーー!


 20m程離れた場所からそれを見た『普通の人々』の残党達は、驚きの声を上げる。 
 難攻不落とうたわれた『鋼丸(はがねまる)』が初めてのダメージを受けた瞬間だった。
 かつて二十余を数える強大な攻略部隊を、動かずして退けた恐るべき牙城を、自分たち『3名』(←減ってる)の手で打ち砕く偉業の切っ掛けとなるシーンとして、彼らの目に映った。

「ようし! 敵の門は開かれた! 後は突貫あるのみ!! ゆくぞ!!」
「「おおうっ!!」」

 男達の中に新たな力が沸き起る。
 ついさっきまでヘロヘロだったのが嘘の様に、波を力強くかきわけて『島』へと近づいていく。

「へっ、現金なもんだぜ。」

 その様子を、王城が呆れた様な笑いを浮かべて上から見つめていると、彼の耳に波の音以外の音が聞こえて来た。

「ん?」

 ぴぴ・・・ぴぃ・・・・ぴぴ・・・・・

「なんだ、鳥か・・・・・んん!?」

 それは小さいがはっきりとした鳥の鳴き声、それもヒナの声だった。
 しかし、その声はあまりにも彼に『近過ぎた』。
 しかもそれは、岸壁の落下で舞い上がった大量の水飛沫が作った霧の向こうから聞こえてくる。
 そこは、自分が砕き尽くした、岸壁の崩れ落ちた筈の所である。

「・・・くっ! でえぃ!!」


 なにか、本能的に恐ろしい違和感を感じた王城は『力』でその方向の霧を切り払った。

 ボフッ!

 彼の力は濃密な海水の霧を丸いトンネルの様に吹き飛ばし・・・そして


 パシィィーーーーーン


 弾かれた。

「な、なんだとぉ!!」


 そこには2m程岩塊が崩れ落ちずに残っていた。
 その真ん中のにある岩棚に海鳥の巣があり、ようやく産毛がはえ揃って来たくらいのヒナがえさを求めてさえずっていた。
 そうなのだ、その岩棚の周囲だけは『崩れ落ちていなかった』のだ。

 では、『どこから』崩れ落ちていなかったのだろう?

 その答えはその岩塊のすぐ後ろにあった。

 それは、青い輝きを放つ銀色の壁。
 強く、美しく、そして柔らかな輝き放つ鋼(はがね)の壁。

「ま、まさか・・・」

 そう、王城が砕いたのは本物のただの岩。
 その奥から現れた銀色の壁こそが本当の『神はが「あんなヒヨコが俺の『力』を弾き返したっていうのか!!」


 ・・・・・・


 まあ、そう見なくもないが。
 ともかく現れた『神鋼』には、ヒビ一つ、かすり傷一つ負ってはいなかった。

「くく・・・おもしれぇ。さすが音に聞こえた『鋼丸』! そう来なきゃ歯ごたえってもんがねえぜ。だが、今度はそうはいかねぇ!!」

 肉食獣のそれそのままに、獰猛に口を歪めた王城は、今度は渾身の『力』を込め再度挑みかかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ぴぃぴぃぴぃ


 もちろん、ヒヨコに向かってである。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


 その下では、いまだ霧に遮られた上の出来事などつゆ知らず、『普通の人々』の残党の残り三名があと数mという所までたどり着いていた。

「よーし! 取り付く準備を始めろ!」
「「はっ!」」

 なんだかんだで、最後まで残っていたリーダーは、即座に指示を出し、部下が一挺の水中銃の銛を、ワイヤー付きのかぎ爪に改造した物に取り替えた。
 そして平たく膨らませた「ゴミ袋」(75リットル)を浮かせて、その上に絡まぬ様に丸く巻き取ったワイヤーの束が置かれる。

「ちっ、視界が利かんな・・・水煙が落ち着いて奴の空けた穴が見えたら即打ち込め!!」
「了解!」

 水中銃を持った男が、岸壁に銛を向け構えた。


 ぶわっ・・・・・


「「「んん?」」」

 それと同時に、突然下の方から押し上げられる感覚があった。
 そしてそれは、気のせいか?と惑う間もなく、どんどん大きくなってきた。

「な・・・リーダー! し、下から何かが!!」
「な、こ、これは、まさかーーーー!? うわあああああああ!」
「「うわーーーーーーー!?」」

 ズッバーーーーーン!!

 彼らの下から浮上した『それ』は、あっという間に三人を宙へと吹き飛ばしていた。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


「くぅぅぅぅぅらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 至近距離まで接近した王城は、自分の一撃を跳ね返した恐るべき強敵(>ヒヨコ)に向かい、フラッシュの様な青白い光度にまで集束した『力』の光弾を叩き込もうとしていた。
 ちなみにこの密度を維持したままであと20倍の大きさに集束ができたら驚異的な貫通力と、爆発力を持つ『光の矢』と呼ばれる代物になるのだが、おそらく「この世界」では生まれまい。

 ドゴン!

 鈍く大きな音が響き渡り、超度レベル7のエスパー王城とヒヨコの戦いはあっけなく終わりを告げた。

「ぐ・・が?!?」

 吹っ飛んだのは王城だった。
『力』を放とうとした瞬間に、ヒヨコが必殺のタイミングでクロスカウンターを放った・・・わけではない。
 彼は、突然出現した堅い何かに自ら激突して吹っ飛んだのである。

「づ〜〜〜〜〜〜・・・なんだぁ?」

 まるでテレポートでもして来た様に現れたそれは、海水に濡れた巨大な岩塊だった。

 ザバァ ザン ザン
  バシュゥ ザン
 バシャーーーァ

 足元から次々に水面を破る音が聞こえ、王城の周りに大小様々な岩塊が次々と浮かび上がって来た。
 それは、彼が砕いた岸壁の『欠片たち』であった。

「こ、コイツはいったい・・・ぐえっ!?」

 困惑する王城の下から、さらに鳩尾を抉る様な角度で何かがぶつかった。

「ぐ・・・って、おまえは!?」

 そこには下から浮き上がって来た岩に吹き飛ばされた『普通の人々』リーダーがドタマからぶつかっていた。
 そして見回せば周囲の岩の上に、のびた構成員二人も引っかかっている。

「く・・・くくく・・・そーかよ。後は俺一人ってか?」

 いつの間にか陥っていた追いつめられた状況。
 しかし王城はとことん強気に笑ってみせた。

「だがな・・・こんな岩ッコロで・・・この俺をどうにか出来ると思ってんのか!!」

 ドドン!!

 なぎ払う様に振られた手から放たれた衝撃波が、周囲を取り囲んだ岩を吹き飛ばす!

 吹き飛ばす!
 吹き飛ばす!
 吹き飛ばす!吹き飛ばす!
 吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!
 吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!
 吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!
 吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!吹き飛ばす!

 だが

「な、なんだとぉ!?」

 しかしいくら壊しても状況は変わらなかった。
 何故なら、王城が砕いた岩は砕かれた瞬間“0秒”で新たな岩へと入れ替わってしまう。
 岩に乗っていた構成員達など、砕かれる度に舞い上がっては入れ替わった岩の上に落っこちて、すでにKO、パンチドランカー状態である。

「・・・どうやら『ひな鳥風情』となめ過ぎてた様だな・・・。ならば・・・一点突破だ!!」

 勘違いしたままだが、瞬時に決断! 迷う事無く行動に移す王城。
 周囲の岩を無視して、王城は岩塊の隙間を狙い、一気に加速・・・・・

 ビン!

「ぐえっ!?」

・・・しようとしたら、マントが何かに引っかかり首が絞まる。
 何かと振り替えってみれば、さっきぶつかったリーダーがマントの端っこにひっ掴まっていた。

「な、何していやがる! 邪魔だ! 放せ!!」

 もちろんリーダーは全力で首を振って却下する。
 今居る場所は海面から15m。
 さすがに水の上とはいえ、下手に落ちたら無事で済むか保証は無い。

 そして、その僅かないざこざが明暗を分けた。

 ウォン・・・・

「!?」

 リーダーと一悶着してる間に、周囲から感じる圧迫感が増していた。
 王城が気がついた時には、既に周囲に浮かぶ岩塊すべてに、『力』が込められていた。
 そして言葉を紡ぐ暇も無く、周囲の大小様々な岩石が、動き始めてる。
 2秒の間も空けぬうちに上下前後左右全ての方位が、岩石の舞い狂う嵐の空間となった。

「ちい!!」

 王城の振った腕から、更に強力な衝撃波が走る。
 だが、高速で加速する岩にはまさしく『焼け石に水』。当たった岩が壊れても、その破片が大きな岩と岩の間の隙間を埋めて行き、逆にドンドン突破口が無くなっていく。
 それどころか破片の一部が弾丸の様に弾き返って来て身体をかすめていく。

 それは正に、某宇宙戦艦がアステロイドベルトで実践した攻防一体の戦法。
 単純にして効果絶大の「回転岩盤防御」である。
 違うのは攻防の立つ位置が逆転してると言う所であり、その為に王城達には完全に退路が無い事であった。

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 飛び交う岩の飛礫(つぶて)は王城に直撃はしてないが、衣服やマントには容赦なくビシビシと穴を空けてぼろぼろにしていき、それが命綱のリーダーは悲鳴をあげずにはいられなかった。
 なんせ今落っこちよう物なら、下で待っているのは海面どころか『岩の粉砕機(ミキサー)』である。さっき海へ落ちてた方が1,000倍マシだ。

「や、やめるんだ王城! よ、よく見るんだ! 相手はお前の攻撃に反応しているだけだ! お前が攻めなければあちらも攻撃しては来ない!!」
「な、なに?」

 リーダーの言葉に攻撃をやめると、嵐の様に向かって来た飛礫はピタリと止まった。

「そ、そうだ。それでいい。いいか、今は考える時なのだ。闇雲に攻撃しても道は開か・・・・

 その言葉が終わらない内に、今度は突然眼下の岩の急流が開き、海が顔をのぞかせた。

「い、今だ! 理由はわからんがここに居続けるよりはマシだ! 何かしてくる前に海に飛び込め!」
「クソッ! やむをえねえか!」

 少し頭が冷えたのか、「何故かと考えてる暇はない」と判断した王城も、その言葉に従い海面へと飛ぶ。
 海から“吹き上げて”来る風を突っ切る王城の目に、みるみるうちに近づいてくる海面。
 そこに飛び込む為に王城は降下速度を落とした。

 だが、なぜか速度が落ちなかった。それどころか海面はますます速度を上げて近づいてくる。

「お、王城! と、と、止まれ! ぶ、ぶつかるぞーーー!!」
「・・・・と、とっくに俺は『止まって』んだよーーー!!」

 ドパーーーーーーーーン!!

「「ガボゴボ!?」」

 そこでやっと気づけた。『錯覚』してたのだ。
 自分が止まれなかったのではなく・・・海面の方が自分たちに近づいて来ていたのである。
 それも後ろに周囲の海水も引き込んだ巨大な水の柱となって天へと立ちのぼってゆく。
 途中で力つき波間に浮いてたり、岩に引っかかっていた『普通の人々』の残党たちをも、全員その中に巻き込んでいた。
 そして更に、宙に残っていた岩塊達が、今度はその水柱の周囲を天に向かって螺旋を描く様に飛び回り出し、その勢いが水柱に伝わると、瞬く間に水の柱を『竜巻』へと変貌させた。

「「「「「「「ごぼがぼがぼごばごがーーーーー!!??」」」」」」」

 瞬く間にもみくちゃにされる『鋼丸』襲撃者の一団。
 そこに持って来て更に追い打ちがかけられた。

「「「「「「「!?・・・・・うあああああああっ!?」」」」」」」

 突然、渦の中のメンバーの思考の壁が消えた。
 普段「やむをえないから」「死ぬ程恥ずかしいから」と心の奥に押し込んで蓋をしていた出来事が、鮮明に甦ってくる。
 海水と言う「命の原型」を媒介にした強烈かつ高度な『サイコメトリー』だった。
 そして各々が知られたくない事が、止める術も無く他人へと流れていく。

『うわああ! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!』
『そ、それは! ソコだけわあああああっ!! いやああっ見ないでぇぇぇぇ!!』
『くっ、くるなぁ! いくなぁ!! お、おれわ、おれわーーーーー!!』
『ごめんっごめんようかあちゃあああん! ぼくなにもしてないよぉぉぉぉ!』

 もう自分のだか他人のだか“わけわかめ”の事で水の中を七転八倒する構成員達。
 それにも懸命に堪えていた王城とリーダーだったが、周囲で巻き起こる思念の渦に圧され、ついに抵抗の堤が切れた。

 その途端、構成員達の思考を一発で押し流してしまう、二つの強烈な『思念』が響き渡った。

「おぼろぉーーーーー!! 俺を振ったあげくに選んだ男がその青びょうたんだとぉぉぉぉぉ!
 みとめねぇー! みとめねーぞーー!! おれがそいつより下だなんざ認めねぇぇぇーーー!!」

「うおお! 皆本くん! 君はっ!君はっっ!!自分の部下に、手塩にかけて育てた娘に手を出すのかね!
 私を差し置いてっ!! いかん! 許さんぞ皆本くん! それは、それは・・・

 私の夢だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 君の叶える夢ではなああああああい!!!」


 ・・・それは見事なまでに揺るぎのない、彼らの『行動理念』の露呈であった。

 そしてその二人の、大義もへったくれもないいわば本音は、今まで信じてついて来た構成員達の心をも直撃し、ポッキリとへし折ってしまった。
 彼らはあっという間に抗う心を失って、水に漂う木っ端の如くと成り果てる。

「うおおおおおおおおお!!」
「ぬふううううううううっ!」

 そして、心が露呈され合いながらも、『似た者同士』なためか、まだ抗い続けるリーダーと王城。
 だが、その抵抗が終わる時はすぐに来た。

 ゴン!

 ワザとか、はたまた偶然か。

 彼らを押し流していた水流はある一点で交差して、二人を頭同士衝突させ強引に意識を手放させたのである。
 かくして、たんこぶを作って漂う二人を加えた7つの木っ端は、下から更に浮上して来た黒い何かに包まれ丸め込まれると、そのまま集束する様に縮んでゆき・・・

 ポコン・・・

 ちいさな泡を残してその場から消えた。

 そして、立ち上がっていた水柱はスルスルと丈を縮め、舞い狂っていた岩塊も巻き戻すかの様に剥き出された『神鋼』の表面へと張り付き、砕け散る前と何も変わらない姿に戻ると、何事も無かったかの様な穏やかな姿を取り戻していた。

 ぴいぴいぴい

 そして、騒ぎのおさまったのを見計らった様に舞い降りた親鳥が、お腹をすかせたヒナ達にえさを与えている。

『島』は、それを見守る様に変わりなく佇んでいた。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


 パシュン!

 時計は夜の八時を回った頃、『源氏島』のほぼ中心にある皆本家の玄関先にある白い円形の石の上に、数人の人影が現れた。
 そこは葵が『テレポート』を使って家に帰る時、座標認知の手間を省くためのマーカーの役目をする通称『テレ=ポート』(そのまんま)である。
 現れたのは朧、薫、葵、光次郎と雛。そして薫の母と姉である秋江、好美であった。
 どう言うわけか、光一の姿は無い。

「んー、やっと一段落だなー。くくく、しーほー、明日からは子育ての苦しみを思い知るがいい〜〜」
「おんなじ様なネタ、何度もしぃなや・・・・・さて、『家』の方も異常なしっと。」

 薫にツッコミつつ、傍らにあるマルチパネルで島の状態を呼び出し、軽くチェックする葵。 

「うにゅ・・・」
「あら、もう雛はおねむの時間ね。さ、はいりましょ。」

 立ったままうつらうつらし始めた雛の背を支えながら、朧は腰のポケットから取り出したカードタイプのリモコンキーを押した。
 瞬く間に玄関灯をはじめ、家の中のリビングとそこへ続く玄関からの廊下に明かりが灯り、最後に玄関のカードキースロットがアクティブになった。

「ほいっと。」

 そこに薫がカードキーを通すと、カチリとロックが外れた音がする。

「さ、どうぞ。」
「それじゃ、おじゃまします。」
「ごめんなさいね。夜分遅く。」
「いいえ、忙しい中、わざわざ歌穂ちゃんの誕生祝いに来てくれたんですから。大した事は出来ませんけど、泊まっていってくださいな。」

 そう言って朧は皆をリビングへと通すと、光次郎と雛を洗面所に連れて行く。

「ほな、ウチお茶でもいれてくるな。」

 珍しく薫の手伝いを強要せず、なぜか愛想笑いを残して葵は台所にパタパタと走っていった。
 そしてリビングに残ったのは『明石家』の面々。
 3人だけになったホンの一瞬の静寂に、機先を制する様に口を開いたのは薫であった。

「・・・残念だったな。光一が病院に泊まりで。」

 ギクッ!!

「やっぱりかよ! かーちゃんも姉ちゃんもいい加減自分の男決めろよな!」
「ふう・・・私も歳をとったものね。あのぺったんだった薫が、胸を揺すって母親に説教する様になるなんて。」

 薫の剣幕など馬耳東風と聞き流し、首を振りながら溜息まじりに首を振る薫の実母で大物女優の秋江だが、5歳の孫がいるこの時点においても年齢不詳の美貌は健在であった。
 今でも20歳の若妻から老女までの一代記を一人で演じてみせる程であるから、○美かおるもびっくりである。

「ほんと、桐壺さんが光一くんの見合いの相手、私にしてくれてたら・・・」

 心底残念そうに答えるのは、同じく女優兼モデルの明石好美。熟女の魅力も加わった女盛りである。

「あんなー! だいたい事あるごとに何で光一にかまうんだよ!」

 そんな薫の突っ込みにも、母と姉は微動だにせず、大真面目に返事を返した。

「なんていうかなぁ。彼って、女にとって・・・そう、かまって癒される『癒し系』ってタイプなのよね。」
「そうねぇ。責任感がしっかりしてて頭いいのに、馬鹿みたいに猪突で転んじゃったりして、『女』くすぐられちゃうのよね・・・あ、こんな事はいわなくても薫の方がわかってるわよねー。」
「そ、そりゃ、そーゆーとこもあるけどさ・・・」
「それにね、4人も女を別宅にそれぞれ囲うとかしないで『まともに嫁にしてる』のよ? 『家族』としてまとめてるのよ?
 これってものすごい『甲斐性』よ。 モラルがどうこうよりも前に本能で惹かれちゃうわよ。
 さっき本部に居た時だって、光一君が一押ししたら落ちちゃいそうな子がかなり居たわよ?」
「そういえば、光一君付きの・・・えーと」
「ナオミさんか?」
「その女(ひと)どうなの? 出張とか泊まり込みとかの時いつも一緒なんでしょ?」
「・・・あのさ、光一が『女増やしてって当然!』ってな方向に話誘導すんのやめろよな。」
「あら、『男のロマンを世界一理解してる女』、薫らしくもない。」
「あのね薫、妻を多く持つ男はね、義母を孕ませてこそ一人前なのが常識よ?」
「どこの世界の常識だー!」

 と、薫が突っ込んだ所で、子供達を寝かしつけた朧と、お茶を入れた葵がリビングに入って来た。
 明石親子のヤバメの会話もピタッと止まる。
 無駄な遮蔽が無く明け透けな作りの皆本家だ。薫達の会話は二人にはまる聞こえだったろうが、これも『もはやいつもの事』。
 適当な間を見計らって、薫相手に二人が独り身の憂さを晴らした所で顔を出すのは、もう手慣れた段取りだった。
 それにこの二人が言ってる事には、好美が言った様にモラルとかの上を越えた半ば本能的な本音が混じってるのは紫穂でなくてもわかる。だから、会話が『本気』にエスカレートする前に釘を刺す為にも結構重要な段取りでもあったりする。
 さすがに法的に例外を受けてるとはいえ、今以上妻が増えたら光一の社会的信用ももちろんだが、光一本人がいろんな意味でぶっ壊れるのは目に見えている。まして「丼(どんぶり)」がオプションにつく様では尚更だ。
 秋江達もそれは自覚してるので、この合の手でいつもぴたりとこの話題は終わる。

 いつもの事とはいえ、母と姉のアブナイ会話に付き合ってげんなり気味な薫も、気持ちを切り替えようとテレビを付けた。

「・・・・・・は、次のニュースです。
 今日午後7時30分頃、ニューアタミプリンセスホテルの露天風呂に忍び込もうとした一団が、不法侵入および窃盗未遂の疑いで逮捕されました。
 主犯格と見られる「王城星也(無職/36歳)」を始めとする6名を・・・・」

「なんだよ、また集団の下着泥か?」
「そーゆうたら、ここんとこ多いなぁ・・・・・って、ええ!?」
「ああ!?」

 テレビ画面に映った犯人の顔写真を見た朧と葵が声を上げた。

「あら、どうしたの?」

 秋江が尋ねると、まず葵が答えた。

「こ、この人、谷崎はんやないか!?」
「・・・谷崎って、ナオミさんの『元』上司と同じ名前じゃん。」
「いや、本人やろこれ。ちょっとおでこ広なっとるけど、まちがいないわ。」

 そして、朧はと言えば心底呆れたと言わんばかりの顔で、独り言の様につぶやいた。

「王城くん・・・あなたってば、なんてことを・・・」
「あれ? 朧さん、知ってる人?」

 好美の言葉に、朧は恥ずかしげに頷く。

「学生の頃、つきあわされた事があるの。」
「・・・それって、モトカレって事?」
「いいえ。『お前に惚れた。今から俺の女だ』っていきなり言われて一方的に『振り回された』だけなんですけど。」
「は?」
「とにかく自分のやる事なす事、みんな正しいって欠片も疑わない性格で・・・そのくせずぼらで時間にはルーズで・・・ホント、1週間で別れさせてもらいました。」
「そんな質悪い男相手によく別れられたわね。」
「あら、ヤろうと思えば『手段は有る』もんですから・・・」

 そう言ってにっこり微笑む、『怖い朧さん』がそこに居た。

「あら、どんなのか是非聞いてみたいわね。」
「私も役に立ちそうだから、参考にしたいわー。」

 そしてそれと同レベルの女傑も二人、ここにいた。

「・・・あたしも見倣っといたほーがいいのかなー・・・・・」
「うちに聞かんといて・・・」

 歳若い人妻二人は少し冷たい汗を流しつつ、三人の熟女の、男(光一)が聞いたらドン引きしそうな会話を聞きながらそう思った。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


「おい、まだ解けんのか?」
「はい・・・まったくどうやって絡まったんだか。」

 熱海警察の拘置所。
 そこの檻の中で数名の警官が、ハサミを手に大きな塊に挑んでいた。
 その塊からは6個の頭がはえていた。
 しかし身体の方は、まるで海の底からでも拾って来た様な『底引き網』と釣り人に切り捨てられた『ナイロンテグス』がこれでもかと絡み付き、まるでマリモの様である。

 言うまでもなく、それは『源氏島襲撃の最新犯・全7名』であった。

「お〜〜〜ぼ〜〜〜ろ〜〜〜〜・・・・・お〜〜〜〜〜ぼろ〜〜〜〜〜〜・・・・・」
「ゆめ・・・そだて・・・しゅうかく・・・・・ぷりんせすめーかー・・・おとうさんのおよめさん・・・それは男のろまん・・・・・」

 鞠から飛び出してる7個の頭のうち、辛うじてぼやいている二つ以外はまるで精根尽きはて灰となったかの様に気力を失ってぐったりしていた。
 なんか事情を知らないお巡りさんが見ても気の毒に思える程に。

「しかし、今年に入って8件目ですよ? 匿名の人物による犯罪者の逮捕。いったい誰なんでしょうね?」
「うむ・・・しかも動かぬ証拠付きと来た。エスパーなのは間違いないだろうが・・・」

 部下の言葉に頷く、捜査三課から出ばってきた叩き上げらしい刑事さん。
 手前のデスクには潜入に使われたと思われる、かぎ爪を模した改造水中銃が乗っており、その手にはホテルの防犯カメラからプリントした、6名の女湯侵入場面の写真が握られていた。
 そして、打ち込まれているタイムコードは、王城が『島』に取り付いた頃の時刻を示していた・・・


 ・・・・・・・・・・


 ・・・ところで、王城は『鋼丸』(源氏島)襲撃の回数を21件と言っていたが、軍事的均衡から言っても戦略的脅威に足る『鋼丸』に対して、あまりに少ないと思わなかっただろうか?
 実はここ数年『世界各地』の警察で、謎の人物による覗き・空き巣・不法侵入等の『軽犯罪者集団』の捕縛が起きていた。
 その件数はすでに百件を越えており、その犯人たちも何故か『言葉を濁しつつ』、その罪状を認めていた。
 仮にその罪が濡れ衣であっても、ホントの事は言えないかのように・・・


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


『彼女』は心地よいまどろみの中にいた。

 しばらくぶりに『害意』を感じた気もしたが目覚める事もなく、

『彼女』は自分に身を寄せる者たちが放つ生命の波動を受けて、心地よくまどろんでいた。


 かつて万の闇と七の光が入り交じる中を漂っていた『彼女』をこの星に呼び寄せた者が居た。

 その強い思念にひかれ、この星に降りた『彼女』は彼と出会った。
 彼は強力な『超能力者』で、ある目的の為に宇宙を漂う『彼女』を見つけて呼び寄せたのである。

 その目的とは『来るべき災厄からの回避』。

 彼は星が壊れんばかりの『天変地異』に襲われる様子を、あまりにも正確過ぎる自身の『夢』の中で見てしまったのだ。
『力』を振り絞って、その原因を探したが何故か発見できず、試行錯誤の末思いついたのが頑丈な『舟』で海に出て凌ぐ・・・と言う手段だった。
 平たくいえば、その天変地異に耐えられる『舟』の材料を求め、空の向こう・・・つまり宇宙にまで『力』で探索した結果、たまたま見つかったのが『彼女』だったわけである。

『彼女』も初めて自分に接触してきた意識体である彼に興味を示した。
 彼と、彼と共に居る者たちのピュアな思念は、この星の他所から感じる享楽と怠惰に塗れた混沌の思念の渦の中で明らかに浮いていた。
 正に彼らは数に弾き出された異端の民だったが、『彼女』は彼らのもつ優しい意識を心地好く感じられた。
 なので、『彼女』は彼にその身を任せてみる事にした。
 舟を作る為に振るわれる彼の力を素直に受け止め、彼の想い描く姿を丁寧になぞり、時には補完し、その身を変えて行った。

 そして、『彼女』はやがて巨大な「箱舟」の姿となり、その身の内に受け入れられる限りの樹々と土と水を、そして彼が幾度も『外』に出て連れて来た人や動物達を乗せ、来るべき時を待った。


 半年後


 一個の遊星が、この星の近くを通り過ぎて行った。
 その質量は星の地軸をふらつかせ、世界の気象を短期間に大きく狂わせた。
 そう、彼が見た天変地異の原因は、宇宙を漂っていた時の『彼女』よりも向こうに居たのである。

 各所から聞こえる、悲痛な『声』を『彼女』と彼は聞いていた。
 そして、これ以上は無理な事を判っていながら、助けられない『意識達の霧散』に涙する彼を、『彼女』は彼らに接してる内に宿った気持ちで・・・“愛おしく”思った。

 1年後

 海と陸が入れ替わる様な嵐も宇宙を渡っていた『彼女』にはそよ風にも値せず、ようやく落ち着きを見せた大地に、護り切った命たちを解き放つ。
 そして役目を終えた『彼女』を流れ着いた丘に残し、彼もまた『彼女』から去って行った。
 最後に『彼女』にむかって、精一杯の感謝を込めた一礼を残して。
 彼がチャンネルが違いすぎる『彼女』の意識に、気づいていたかは判らない。
 しかし『彼女』は、報われたと思った。


 そして時は巡り、地に埋もれ静かな眠りの中にいた『彼女』を、かつての彼に似た意識が揺り起こした。
 それは星の至る所に在り、向かう道が見えないまま混沌と純な意識の狭間で揺れ動いていた。
『彼女』は、かつての彼を「懐かしみ」、積もった土を振り払い、いつの間にか溜っていた水の層を抜けて、再び空の下にやって来たのだった。


 そして今、『彼女』はかつての彼と、彼の家族達を思い起こさせる者と共に居る。
 互いの相違を理解し、認め合った・・・言ってしまえばごく「普通」の家族である。
 その身に受ける『力』も彼の穏やかなものと違い激しくやんちゃなものだったが、彼の家族を受け入れていた時と同じ「心地好さ」を感じていた。

 だから、

 またあの時と同じ様に、この生命達を『護りたい』と、『彼女』は強く思う。


 ※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※


 さて、その頃とある所の医療施設の雑居部屋では。

「し、紫穂。いや、悪かった。」
「しらない」
「う〜」
「可哀相な歌穂ちゃん。せっかく生まれたのにパパったらママも歌穂ちゃんもほっといて、葵ママといちゃいちゃしてたの。ううう、なんて不憫な子。」
「あ〜む〜〜」
「だから、ごめん! いや、あの時はちゃんと答えてやらないと、葵が不安がると思ったんだよ。ほら、子供がまだなの葵だけになったわけだし。」
「ぱぁぷ」

 光一が必死に紫穂のご機嫌を取っていた。
 原因は明白。薫達が紫穂を労いに言った時、葵に引き止められた光一が『ラブラブトロトロモード』を展開してた事だ。
 サイコメトラーであると同時に彼の『女』である紫穂を含めた薫や朧がが気づかない訳がない。
 入って来て目にした紫穂達の不機嫌顔の原因が自分と気づき、葵が先陣切って謝り倒したのであるが、朧も薫も、そして紫穂の機嫌は直らず(ま、あたりまえだ)、結局光一はこちらに紫穂と一緒に泊まりと言う事になったわけである。
 むろん帰ったら二人の奥方へのフォローが待っている。

 で、今現在光一は新しく生まれた愛娘を挟んで懸命に頭を下げてるところである。
 歌穂に初めて見せる父の姿としては、情け無い事この上ない状態だ。
 しかも歌穂は雑居部屋に入った為、看護士さん含めた妊婦さんや紫穂同様に子供を産んだばかりのお母さん達の前でさらし者である。もっとも雑居部屋に入るのは前から決まってたからどーしようも無い事だが。

「歌穂ちゃん。どーしようか。パパ許してあげる?」

 ちょっと意地悪な目をしながら、紫穂は歌穂の頬を突っつく。

「んあぷ、あう」

 それに答える様に歌穂の口から、まだ言葉と言えない『声』がこぼれる。
 まだ自分の身体を動かす事も手探りな、そのつたない反応につい光一の顔が緩む。
 そして、自分もそっと歌穂の頬に手を触れた。
 ぷにぷにした暖かい感触が光一の手に感じたその瞬間

 ぱしゅっ!

「「!?」」

 突然、光一と紫穂の意識が繋がった。
 互いの心が、とっくに光一を許して拗ねた振りをして甘えてるだけ紫穂と、それが判っていて『可愛い』と思ってる光一の気持ちが何の隔たりも無しに判ってしまう。
 肌を直に合わすよりも上の気恥ずかしさに、おもっきり真っ赤になった二人が歌穂から手を離すとそれは治まった.

「あ、い、いまの」
「え、か、歌穂、のせいよね。」
「あー♪」

 こころなしか嬉しそうな声を上げる歌穂に、二人は頬を赤らめたままトギマギしながら気恥ずかしさをごまかす様に話す。

「あ、あはは、やっぱり大したもんだな。紫穂の子供だけはあるよ。」
「う、うん。あ、ありがと・・・・・え?」

 ふと紫穂は周りの雰囲気がおかしいのに気がついた。
 見ると周りの人全員がこちらを見ながらクスクス笑っているではないか。

「「・・・・・まさか?」」

 さっき歌穂が生まれたときの事を思い出してみよう。
 この子は、お母さんを探す為に全方位に向けて思い切り『精神感応』をかけた。
 だが、それは意識して全方位に広げたわけではない。
 赤ん坊の歌穂は、ただ『加減が効かない』だけなのである。

 つまり、

 さっきの光一・紫穂夫妻の思考は『周囲にもまんべんなく伝わって』いたのである。

「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜///」」

 まるで初めてのデートで、知人と出くわした中学生カップルの様に真っ赤になって俯く皆本夫妻であった。


「ん?」
「あれ?」
「なに?」
「光一か?」
「紫穂もやないか?」

 そして、それははるか離れた『源氏島』にも、何故かしっかり届いており、

「お?」
「どないしたん? 薫。」
「いや、誰か笑った様な気がしたんだけど・・・気のせいか?」


 まどろむ『彼女』もそれを届けた小さな新しい『家族』に、「微笑み」を浮かべていた。


おしまい


あとがき

大分間が空いてしまいました。
Dances with Wives! 2後編です。
前編より長いわりに「今日の出来事」みたいなお話です(汗)。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。

遅くなりましたがレス返しです。

>ジェミナスさん
と言うわけで、今回の行動理由は元主任さんの個人的動機によるものでした。
谷崎さん自身は別にエスパーを嫌ってないんですけどね。単に皆本さんをやっかんだだけで(笑)。
鍵は『鋼島』の自己防衛力の事でした。
家の鍵をかけた時に『彼女』から伝わる安心感から『鍵』に無意識に信頼を感じています。
でも薫達自身もあそこまで臨機応変に対応してるとは知りませんし、今回程度の襲撃では記録を残してない事も知りません。

>GZMさん
なんとか書けました。
間をあけ過ぎてすいませんでした。

>LINUSさん
皆本家の奥さんの中じゃ、一番女性として経験値高い人ですから。
良くも悪くも薫達元ザ・チルドレンは、光一に偏ってますからね(汗)。

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