〜ナレーター視点〜
「隔壁下ろせ! 邪魔できそうなものは何でもいいから作動させろ!!」
一人の白衣を着た研究員らしき男が他の研究員たちに指示を出している。
彼らは突如侵入してきて、全てのセキュリティを突破してくる侵入者を相手に手を焼いていた。
彼らがいる部屋はこの研究所の中でも特に重要な実験をしている。その実験というのは、人工合成獣を作り出すこと。
数ある能力を単体に纏め上げ、最強の固体を作り出すという禁忌の所業だった。
部屋の隅にあるガラス張りにされた個室の中で何匹もの妖怪や聖獣、魔獣が拘束具に縛られて無造作に転がされていた。
「相手はたかが一人、しかも子供なんだろう! 此処の警備は何をやっているんだ!」
研究員の一人が部屋に備え付けられている電話の受話器に向かって怒鳴りつける。
「それが、何でもハリセンとかピコハンだとか最後に叫んだ瞬間に通信が途絶えて…」
「何だそれは! 何をしてもいいからさっさと片付けろ!!」
研究員は乱暴に会話を切ると受話器を本体に叩き付けた。
それと同時に、今まで大人しかった囚われている妖怪や聖獣、魔獣たちが急に暴れだした。霊力を抑えられる特殊拘束具のため、特殊な力を使ったりは出来ないし体も思うように動かせないはずだ。しかも、もしものときのため激痛を与える霊波を流す装置も付けられている。
「何だこいつらは! おい! 大人しくさせろ!!」
「はっ、はい!」
一人の研究員が手元のパネルを操作して、拘束されている妖怪達に激痛を走らせるよう操作した。
『【ピッ】・ロック解除。拘束を開放します』
「なっ!?」
研究員が驚きの声を上げる。確かに激痛が流れるように操作したはずなのに、それは妖怪たちの拘束を解くというものだったのだ。
そして、ガシャンという音共に妖怪たちを押さえつけていた拘束具が外された。
その瞬間、研究員たちは戦慄しその場から動けなくなる。自分たちが実験のために捕らえてきた妖怪たちなのだ。その恐ろしさは十分に承知している。
「お、落ち着け! あいつらの入ってる場所には中級神魔でさえ封印できる結界を施しているんだ。出てこれやしないさ!」
一人の研究員の言葉に、他の研究員も冷や汗を浮かべながら安堵の息を漏らした。だが研究員たちは肝心なことを忘れている。何故激痛が走るような操作をして拘束具が外れる? 拘束具を外すには三人の研究員のパスと、解除用専用パスが必要なのだ。それなのに拘束具が外れた理由を誰も気にしなかった。
『封印結界全解除、全拘束室の扉を開きます』
その言葉は無機質に、部屋中のスピーカーから流された。
研究員たちの表情が凍りつく。ゆっくりと開かれていく拘束室の扉。そこからは今までに感じなかった強烈な霊圧と殺気…それは特に何の力も持っていない研究員たちでさえ確実に感じ取っていた。
「あ、ああっ……ぁうあぁ…」
その強烈は霊圧と殺気にやられて一人の研究員の口から声にならない音が発せられる。
「ゴオァオオオオ!!」
一匹の魔獣が目を光らせて、拘束室のガラスを吹き飛ばし自由になった歓喜と、憎しみを込めた雄叫びを上げた。
「う、うっわああぁぁぁぁ!!??」
一人の研究員が叫び声を上げながら出口へと走った。それに続いて他の研究員たちも我先にと出口へと殺到する。だが、何度ロックを解除しようとパスカード通しても解除キーを入力しても扉は全く反応を示さなかった。
「早く退けぇ!」
「ひぃっ!? 来るな! 来るなぁ!?」
「何で扉が開かないんだよぉっ!?」
あっという間に室内は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。研究員同士が互いを押し合い、邪魔ならば殴りつけ、あろうことか囮にしようと妖怪達に向けて突き飛ばす輩までいた。
人間とは非常事態になったら藁をも掴むというが…この状況はそれ以上に凄惨で、醜悪なものだった。
その時、出口の扉から突然機械音が鳴り、ゆっくりと開いた。
「やった! 助かっ……た…」
扉の前にいた研究員達が扉から一歩踏み出そうとした瞬間、表情を固まらせ、体をがくがくと振るわせ始めた。
目を大きく見開き、口を半開きにさせて呆然と扉の先に伸びる通路を見る。
「あっ、やっとこっちも片付いたところでさ。待たせてゴメンね〜」
そう言って、子供くらいの背丈の顔をヘルメットのようなもので覆い隠した少年が、明るい声で話しかけた。
だが、その光景は異常だった。白で統一されていたはずの通路は、まるでペンキでもぶちまけたかのように真紅に染まり、通路内には異様な鼻を刺激する臭いが充満していた。
そして、今その中央に立っている少年の片手には血まみれで事切れている警備員が首を掴まれ、少年の頭の高さまで吊り上げていた。
「さってと、さよなら名も知らない『自分』」
そう言って少年は警備員の首を掴む手に力を込めた。その瞬間、警備員の体が霞み赤い霧になってしまった。そしてその姿を崩して少年の手の平に集まったと思った瞬間、その霧が爆ぜた。
赤い霧が通路中に飛び散り、全てを真紅に染めている。
血に濡れた少年が、ゆっくりと研究員たちのほうに振り向いた。
「さあ、次は君たちの番だよ」
少年は、まるでこれからおもちゃで遊ぶかのように楽しそうな声でそう宣言した。
〜キイ視点〜
「ふぅっ、まあこんなものでいいかな?」
自分はヘルメットを脱いでちょっと乱れた髪を整えた。この通路暖房効いててとっても暖かいんだよね。その中でヘルメットなんて被ってるから蒸れちゃってかなわないよ。
自分はヘルメットをポケットにしまって…どうやったかは聞かないでね?
ともかく開いた扉の中へと足を踏み入れた。その傍らには何人ものここの研究員っぽい人達が転がっている。
あっ、別に死んだりなんかしてないよ? ただと〜っても恐ろしい悪夢を見せただけなんだから。
その証拠に皆泡噴いて、体ぴくぴく痙攣させてるけどちゃんと息はしてるよ? 皆ショック死まではしてないみたいだから大丈夫だね。まあ、トラウマになるのは確実だろうけどね〜
自分は此処に来るまでに、この研究員たちみたいに倒れていく警備員の人たちを沢山見てきた。
何をしたかというと…簡単に言えば局地的テロかな? 詳しく言うとね、空調システムから『君の人生のーふぃーちゃー』をばら撒いたんだよ。さっきのヘルメットは自分が吸わないためでもあったんだよね。
「これが『自分』の一部だって思ったら…なんか情けなくなっちゃうな〜」
もともとは『自分』から生まれた存在が、自由に育って欲しいからと思い自由意志を持たしたのに…
生存のため、相手を喰らい血肉にしたりするのは別にいいよ。それがその子のあり方なんだからね。
けどこれは自分から見れば、意味も無いのに兄弟同士で酷いことしてるんだよね。自分にとっては勝手に自分の体の一部が動いて、他の自分体の一部を傷つけてるって感じかな。
どっちにしてもいい気分はしないよね〜
「さて、まずは皆を出してあげないとな」
さっき見せたのはあくまで幻、実際に起きたことじゃないから皆はまだ拘束具で縛られたままだし、あの部屋の結界とかも解けてないんだよね〜
ん? 自分が何で悪夢の内容を知ってるかって? そりゃ、自分が設定した悪夢なんだから知ってて当然さ〜。脚本家が自分の作品の内容知らないなんて矛盾もいいとこだしね〜
そう言う問題じゃない? まあその辺はおいといてね。
自分は倒れている一番偉そうな格好をしている太ったおじさんの懐から、星が七つ描かれているカードを抜き取った。多分この人がここの最高責任者で、これがマスターカードだろうね。キンキンキラキラの成金趣味的なカードだし…間違いないだろうね〜
「さてと、これをスロットに差し込んで…」
自分はパネルを弄って皆の拘束具を外してあげるよう操作する。やっぱマスターカードはいいね。メンドイ手続きも全部端折って一気に結果だけ呼び起こせるから楽だな〜
数秒で皆の拘束具を外す機能が作動した。バシュンという音にガラス張りの個室を見ると皆は解けた拘束具を振り払って、皆自由になったのを喜んでいた。
さて、本当に自由にするためにもあの結界も解いて上げないとね〜
自分はさらにパネルを操作して、封印結界を解いてあげた。皆がいる部屋から霊圧がなくなると同時に、その部屋の扉がゆっくりと開いていった。
その瞬間に数匹の子が倒れている研究員達に襲い掛かった。
まあ恨み辛みもあるからしょうがないけどさ…さっきも言ったとおり、自分には見るに耐えないからそれは駄目だよ〜
自分は素早く移動して研究員達と襲おうとしている子達の間に入った。
『何故止める!』
一匹のシマウマみたいな魔獣君が人語で喋ってきた。どうやらこの子は普通の魔獣より頭がいいみたいだね。
「理由は言っても理解できないよ。それよりも、そんなにこの人たちに復讐したいの?」
『当たり前だ! 我が同胞もこいつらの所為で殺された! 復讐して何が悪い!!』
「いや、別にいいんだけどね。ただ、復讐した後はどうするの? 君達が人間を大量に殺してどうなるかってことは分かってるかな?」
幾ら非合法な研究をしていたとしても、その内容を隠蔽されて、ただの大量殺人を犯した妖怪たちとでも報道されたら瞬く間に皆は指名手配されてしまうだろう。勿論内容は人を殺した時点で『DEAD OR ALIVE』…生死問わずに決まっている。神界や魔界に帰るとしても、皆はまだ消耗していてゲートを作り出す力は無いだろう。
今の人間を侮ってはいけない。遥か昔ならいざ知らず、今の人間に目の届かない場所はあまりにも少ない。追われればあっという間に捕まって、殺されてしまうだろう。
「『何が何でも生き延びてくれ』…向こうの方にいた皆の伝言だよ」
それはちょっとした卑怯な言い方。本当は中にはこの研究員達を皆殺しにしろって言ってる子も沢山いた。けどそう言ってくれた子がいたもの事実なんだよね。汚いかもしれないけど…任されたからには此処で皆を死へと導くわけにはいかないからね。
皆はそれを聞いてやりきれないような顔をしていたが、しぶしぶ従ってくれた。本当にゴメンね…騙しちゃうみたいだけど、自分はこれが最善だと思ってるからさ。
「それじゃあ、皆を元の場所に返してあげなくちゃね」
自分は用意してあった特性のペンで地面に魔法陣を描いていく。こんなに一杯いると一人ずつって言うのは面倒だから一時的に神界、魔界、人間界三箇所に一度に繋げられるゲートの陣を描いた。因みにあっちから何かが来ないように一方通行の送還陣だ。
送還に使うエネルギーはこれまで皆を閉じ込めていた結界に使ってた霊力を利用して其れを賄うことにした。
「我が世界の名において、異界の門よ! その扉を開きたまえ!!」
後は自分が其れを制御して異界と繋げるだけだ。送還陣から白と黒の光が立ち上り空間がぐにゃりと歪んで見える。此処を通れば、自分の思い描いた神界、魔界、人間界のどこかに飛ばされるはずだ。
皆はその送還陣の中に次々と飛び込んでいく。その度に様々な行き先への情報が頭に流れ込んでくる。自分はそれに従って皆を自分の居場所へと送り返していった。
「ふへ〜、疲れた〜」
大体三十分くらい掛かって皆を送り終えることが出来たよ。いや、正直此処まで疲れるとは思わなかったね。
と、自分がその辺の椅子に座ろうと思ったとき、何か微弱な気配が引っかかった。
ん〜、どいうやら逃げ遅れたって言うか送り終えてない子がいるみたいだね。
自分はその気配のする方向に向かって歩いていく。自分は今いる部屋よりもう一つ奥の部屋に足を踏み入れた。随分と綺麗に片付けられていてちょっと高級そうな机とか本が並べられている。多分此処が最高責任者の部屋だと思う。
その部屋にある机の上にあるカーゴに入れられた、白の中に薄い青みがかかった綺麗な毛並みの小さな子犬みたいな魔獣君が居た。どうやらカーゴには特別な霊術的措置がされているみたいだ。
「観賞用って奴? ホント酷いことするな〜」
どうやら結構弱ってるみたいだし…早く助けてあげないとね。
自分はまずカーゴを開いて魔獣君を外に出してやる。ぐったりして全然動かない…かなり重症だね。
とりあえず回復させてあげるためにも、持ち合わせの精霊石をその体に当ててゆっくりと霊力を取り込ましていった。
「ん、何だかもう一つ変な気配が…」
自分はその机の中からもう一つ微弱だけど澄んだ霊圧を感じた。机の引き出しには鍵が掛かっていたけどその辺は無問題。この自分の手に掛かればこんな鍵なんてちょちょいのちょいなのだ!
「秘儀! 実力行使!!」
自分はその鍵の部分に圧縮した霊波を叩き込んでぶっ壊した。
ピッキングとかで開けないのかって? 残念ながらアレは十数秒は掛かるから、それにこの方が早くて確実だからね〜
引き出しを開いて中を見てみると、そこには沢山の重要そうな書類とお金に小銃、そして小さな箱が入っている。霊圧を感じるのはこの箱の中からだ。
自分は箱を手にとって、中を確認してみる。そこには静かに光り輝く白亜の宝石が収められていた。
「これはまた…どっかから奪ってきたのかな?」
ちょっと引っかかるものがあるので、自分はその箱の蓋を閉じて懐にしまっておいた。
「さてと、とりあえずは用件も済んだし…忠っちたちも気になるし……
とりあえず…まずは雪山の頂上に行ってみようかな?」
自分は魔獣君を抱き上げてこの場所を後にすることにした。
せかいはまわるよどこまでも
〜〜雪と氷の舞踏会 後編〜〜
〜ナレーター視点〜
『オオンッ!』
「ちぃっ!?」
正面から飛び掛って来る氷狼を横島はサイキックソーサーで受け止め、そのまま右側から迫ってきた別の氷狼にぶつけた。
「くそっ! 幾らなんでもキツ過ぎやー!!」
横島がそう叫ぶのも無理は無い。横島たちに襲い掛かる氷狼の数は見えるだけでも二十匹以上。さらに今戦っている場所は、足場の悪い雪の上である。今は吹雪は止んで視界は開けているが、光源が月明かりのみなのであまり良好とはいえない。
氷狼たちはもともと雪や氷の上で生活しているため、今この場所こそが彼らにとってのベストフィールドだった。これ以上に実力を発揮できる場所はないだろう。
「例え氷狼といえども、私の前には凍りつく定めよ」
雪祢が右手を霊波を纏った冷気へと変換して、迫り来る氷狼たちに振るう。きらめく氷の霧のようになった右腕に触れた瞬間、氷狼たちは瞬く間に凍りつき氷のオブジェに早変わりする。だが、もともと冷気に対して耐久力の高い氷狼たちの何匹かはそれに耐え切り尚も襲い掛かる。
「魂まで凍りつきなさい…」
雪祢がさらに腕を振るい氷狼たちを凍りつかせる。体ではなく心を、魂を凍らせる特殊な冷気に氷狼たちはふらふらとおぼつかない足取りになって後ろへと下がっていく。
それと同時に、闇の中からまた氷狼たちが襲い掛かってきた。
「だああぁっ!? いったい何匹いるんだよこいつらは!!」
退治しても退治して沸いてでるように現れる氷狼に横島は思わず叫ぶ。
氷狼たちは少しでも怪我をしたら直ぐに離脱し、それと同時に新たな氷狼が現れる。このようにして無理も無く、犠牲も最小限にしながら氷狼たちは徐々に横島たちの体力を奪っていった。
「お前らは大将は織田信長か!!」
横島はどうやら、織田信長が火縄銃を使うにいたって取った戦法のことを思い出したらしい。あの一人が撃ち、一人が万全の状態で待機して、あともう一人が弾込めをするという息もつかせぬあの戦法を言っているようだ。
言いえて妙だが、もともと生きるためにするハントとはこうやってやるものだ。狩りをして大怪我をしたら元も子もない。だから何匹もが交代で襲い掛かり、体力を根こそぎ奪った後に止めを刺すのである。
「おりゃぁ! サイキックインパクト!!」
横島は飛び掛ってきた一匹の氷狼に、右手に圧縮した霊波を叩き込んで開放させる。氷狼は小さな悲鳴を上げて吹っ飛ぶが、地面に叩きつけられることは無く、体を捻って綺麗に着地する。
『グルルルゥゥ…』
「くっそー! こいつら微妙に霊的攻撃が効いてないぞ!!」
横島は別に手加減しているわけではない。それこそ上級の悪霊ですら吹き飛ばせるくらいの力で攻撃している。だが、それが氷狼に当たった瞬間、幾分か軽減されてたいしたダメージになっていないのだ。
「人間! どうやら氷狼達の毛皮は霊力を遮断する力があるみたいよ」
「んな! それめちゃくちゃズルイじゃないか!!」
雪祢のほうも氷漬けにしようとする氷狼達の抵抗力に苦戦しているらしい。毛皮によって常に霊的攻撃を防ぐということは、雪祢の魂を凍らせる能力も効果が激減するのだ。
「お前ら反則! その毛皮剥ぐぞ!!」
『『『グルワァァッ!!』』』
横島がそう言った瞬間、何匹もの氷狼達が一気に横島に襲い掛かった。
「うおぅっ! 何で行き成りこっちに!? 助けて雪祢さーーん!」
横島は流石に防ぎきれないと判断して脚を霊力で強化して一気に逃走体勢に入った。
何故氷狼達が一気に横島を襲ったかといえば、魔界において昔に、霊的攻撃を防げるという理由で乱獲された時期があったのだ。その所為で氷狼はその数を減らし、流石に希少な能力を持った氷狼を絶滅させるわけにはいかないと判断した魔界の上層部が、氷狼の捕獲を禁じたのである。
横島はそんな魔界の事情を知るわけも無く叫んでしまったわけで、それが氷狼達にとっては絶対禁句な言葉だったわけだ。集中的に狙われるのも当然のことだった。
「うひゃー! あっちけ! あっちけって!?」
サイキックソーサーを投擲しながら逃げ続ける横島。サイキックソーサーは見事に氷狼達に当たっているのだが、爆発せずにつるりつるりと毛並みに弾かれて全然意味を成していない。流石に横島でも追われている状態では爆発するよう操作する容易ではなく、完全に手詰まりな状態だった。
『アオオオォォォォォン!!』
と、そこで大気を振るわせるほどの咆哮が当たり一面に響き渡る。
横島の体がビクリと震えるて硬直する。その隙を氷狼達が狙ってくると思ったが、氷狼達はすぐさま踵を返して闇の中へと掛けていった。
「な、何があったんだいったい?」
横島が呆然と立ち尽くして首を傾げている。
「あっ、横島さんいましたー!」
そんな声がしたと思ったら、いきなり横島は後ろから腰の辺りにタックルされた。気の抜けた一瞬を突かれた絶妙なタイミングの攻撃に、横島は成す術も無く降り積もる雪の上にダイブした。
「お、おキヌちゃん行き成り何するの!」
横島は雪に埋まった顔を抜いて、腰の辺りにしがみ付いているおキヌに向かって叫んだ。
「えへへ、見つかったのが嬉しくって…つい……」
よく見るとおキヌの瞳には薄く涙が溜まっていた。あの時横島が崖の上から転落して、おキヌはそれからずっと横島のことを探し続けていたのだ。この周辺まで来たときに、キイに貰った『忠っち見つけたー君』の方が電池切れになってしまって、それからずっと辺りを飛び回って探していたのである。
そんな甲斐甲斐しいおキヌに横島は心にジーンとくるものがあった。これまで修行の過程で何度か遭難したことがあったが、キイは一度も探しに来てはくれなかったのだ。しかも精根尽き果てて人里などに下りてきたら、キイのほうは何の心配もしていなかった風に平常どおりに絡んでくるのだ。
キイのほうはいざとなれば横島を助けに行くことが可能だったし、横島のことを信頼しているからの反応なのだが、横島にはそんなこと…特に前者は分かるわけも無かった。
「お、おキヌちゃーーん!」
「きゃあっ! よ、横島さん!?」
で、感極まった横島はおキヌが幽霊にもかかわらず、というかそんな事実も関係なくおキヌを押し倒した。横島としては抱きついただけなのだが、咄嗟のことで対応できなかったおキヌがバランスを崩して倒れてしまったわけだ。
「やっぱり俺の心配をしてくれるのはおキヌちゃんだけやー!!」
「よ、横島さん落ち着いてください!」
其処まで追い込まれていたのか横島。もう恥も外聞も無くおキヌに縋り付いて叫んでいる。
おキヌの方も顔を赤くしてちょっと抵抗しているが、その抵抗の力は限りなく零に近い。顔が赤いのも異性に抱きつかれたからという理由だけではなさそうである。
「もうこーなったら…って、イテッ!」
と、そこで横島の頭に小さな氷の塊が当たったかと思うと、いきなり横島の頭がスイカ並の大きさの氷に包まれた。
横島は急な事態におキヌから一気に飛び退いて、そこら中を走り回る。
「ーーーー〜〜〜!!?」
口まで氷漬けになった所為で悲鳴さえ上げられない横島。おキヌはどうしようかとおろおろしながら横島の後を飛んで付いていっている。
その様子を見ている雪祢のほうが口元を押さえてくすくすと笑っていた。
「ーーーー〜〜〜ー!?」(翻訳・拓坊:いきなりなにするんですか!?)
「いえ、ちょっと手が滑ってね」
雪祢は表情を変えずにそういった後、くすりと笑った。
「〜〜〜ーー〜!?」(嘘! 絶対嘘でしょ!?)
「本当よ。見てて暑かったから…手が滑ったのよ」
「〜〜ーーーー〜ー〜!!?」(今小さく何か言いませんでしたー!!?)
雪祢は気のせいよと言いつつ横島の頭を覆う氷を取り除いた。
横島は氷がなくなったのに気付くと、
「スーーーーーハァァァァァァ…」
胸いっぱいに空気を吸い込んでゆっくりと吐き出すといった風に深呼吸をしだした。よく考えれば口まで凍っていたのだから、声どころか息も出来るわけが無いのだ。
横島もちょっと意識が遠くなりかけたところだったので一先ず胸を撫で下ろしていた。
「ふぅっ、落ち着いた……って、あれ? 俺さっきまで何してたっけ?」
横島が首を捻る。どうやら一時的に記憶が飛んでしまったらしい。さっきまでもう少しで死に掛けていたのにそれを忘れるなんて、横島らしいというか何というか…
「氷狼と戦っていたのよ」
雪祢のほうもこれは幸いと誤魔化して通すことに決めたらしい。もともとポーカーフェイスなため全然不自然なところが無いのが流石というべきところか。
おキヌの方も何か言いたげだが、雪祢の手のひらの上にある氷の塊が気になって口を開けないでいた。
「そういやおキヌちゃん、美神さんたちは?」
「あっ、美神さんたちは向こうの方で氷狼さんたちと戦ってます」
「ああ、だから氷狼達下がっていったのか」
横島は納得といった具合に頷いた。
「けど、美神さん一人で大丈夫なのか?」
横島と雪祢でも圧されていたのだ。流石に一流GSの美神でもあの数を相手にするのは難しいと思われる。
「大丈夫ですよ。ピートさんも一緒ですから」
「おっ、ピートもう目を覚ましたのか!」
雪祢が丸一日はあのままだと言っていたのだが、ピートはどうやら正気に戻ったらしい。
「ええ、美神さんが霊力が戻れば何とかなるって言って、ヤモリの黒焼きをピートさんの口に沢山…」
「おキヌちゃん、もういいよ……」
どうやって復活したかを聞いた横島は、多分ピートがいるであろう辺りに向かって手を合わせておいた。死んだわけではないのだが、ある意味死ぬような拷問を受けたわけなのだから、ご愁傷様といった意味を込めての行動だろう。
だがしかし、美神たちが現れたからといって全ての氷狼をそちらに向ける理由とは何か? こちら側を見逃すということは無いだろう。するとその答えはただ一つ…
「…! どうやら大物の登場のようね」
雪祢がそういった瞬間、闇の中から白銀に輝く氷狼、白銀狼が姿を現した。
『オオンッ!!』
白銀狼が咆えると同時に、強烈なプレッシャーが三人に襲い掛かる。横島はすぐさまサイキックソーサーを構えると白銀狼と対峙する。
「おキヌちゃん! 美神さんたちのところに行って!」
「横島さん! でも…」
「ごめん…コイツとやってたら、おキヌちゃんまで守れそうにも無いんだよ」
横島は手をギリギリと拳を握り締めて、今にも爆発してしまいそうな感情を押さえつけるようにしてそう言った。
横島は今まで幾度かの除霊をしてきて自分はそれなりに強くなっていた。少なくとも自分以外の誰かを助けてやれるほどの力を手に入れたと思っていたのだが、この白銀狼や雪祢を見てそれが驕りだということに気付いた。
キイと初めて会ったときの、あの無力な自分の姿が思い出される。あの時は自分さえ守れなかった。それから比べれば確かに成長したのだと確信はしている。だがあの時の目的を、目指すべき道を歩くための力にはまだ全然足りていないんだと分かった。
横島の口元から赤い血が一筋零れてくる。あまりに歯を食いしばりすぎた所為で、唇を知らぬうちに切っていたらしい。
おキヌはそれを見て美神達のいる方向へと飛んで行く。その途中で一度横島のほうに振り返って、
「横島さん! 帰ったら沢山美味しい料理が待ってますからね!」
おキヌはそう言って今度こそ飛び去っていった。横島はそれに一度苦笑して、白銀狼を見据える。
「それじゃあ、さっさと帰らないと冷めちまうよな!!」
横島は白銀狼に向かって駆けた。
〜横島視点〜
「サイキックスラッシュ」
霊波を纏め上げ、一瞬で鋭利な刃を形成する。氷狼には生半可な攻撃が効かないと分かったんなら、サイキックインパクトみたいな面を攻撃する技じゃダメージにならない。だから点において攻撃する!
「点欠!!」
収束した霊波を一点より解き放つ。白銀狼は霊波刃が触れる寸前に脚をバネにして一気に数メートル飛び退った。
開放された霊波が雪を抉り、爆発するようにしてあたり一面に降り積もった雪を舞い上がらせる。
くそっ! やっぱアイツ早すぎる! まずはどうにかしてあいつの動きを抑えないと…どうすればいい?
『ガアァッ!!』
舞い上がった雪のカーテンの向こうから白銀狼の咆哮が聞こえる。その瞬間、高い霊圧がこちらに迫ってくるのを感じた。
冷波咆か!? ちぃっ! サイキックソーサーを…
俺がサイキックソーサーを展開しようと思った瞬間、いきなり俺の目の前に氷の壁が現れた。白銀狼の放った冷波咆はその氷の壁に防がれて霧散した。
「ふふっ、私を忘れてもらっては困るわよ?」
「雪祢さん…」
いつの間にか俺の横に並ぶように雪祢さんが白銀狼を見据えていた。
「人間、私とあいつが戦っても勝負は何時までたっても決まらないわ。ここで鍵になるのはアナタよ。さあ、今だけは貴方に従ってあげるわ。指示を出しなさい」
雪祢さんと白銀狼は同じ雪と氷を司る妖怪と魔獣だ。実力も拮抗してるみたいだし、確かにこれじゃあ決着も付きそうに無い。
俺はこの状況で勝利に導けそうな作戦を考える。はっきり言って俺にはそんな大層な作戦を考えられる程頭はよくない。だが、今は俺だけじゃなく雪祢さんの命も預かってるんだ…無い知恵絞ってでも捻り出してやろうじゃないか! 勝利の方程式って奴をよ!
『オオンッ!!』
白銀狼がこちらに向かって迫る。その鋭い爪を振り上げ、氷の壁を一閃した。すると氷の壁は一瞬で切り裂かれ、バラバラに砕けて雪の上に降り注ぐ。
ちぃっ! 考えさせてくれる時間をくれる訳が無いか…つーか一撃であの氷の壁砕くってどんな力だよ全く!
俺は内心舌打ちしつつ、白銀狼にサイキックスラッシュで斬りかかる。着地した瞬間を狙った一撃は確かに白銀狼を捉えた。だが、俺の限界まで高めた霊波刃は白銀狼の体に届くことも無く、その毛皮に跳ね返される。
跳ね返されたのは霊力遮断能力以外に、その毛皮がまるで鉄でも殴ったかのような反動だったのだ。その所為で腕の方がジンジンと痺れている。
「ちきしょう! こいつの毛皮、他の氷狼と違ってめちゃくちゃ硬いぞ!!」
ただでさえ霊的攻撃が効かないのに、鉄壁の守りってこいつ強すぎだぞ! いったいどうすりゃあの毛皮貫けるんだ!?
一応手が無いわけではないんだが、それをするにはあまりにも危険が大きすぎるし、第一あの素早い白銀狼に当てられる自信が全く無い。
『オオォォォォン!!』
白銀狼の咆哮が俺の精神を削っていく。凄まじい殺気が心を侵食してくる。
くそっ! このままじゃあジリ貧だ…やるしかないのか?
「雪祢さん…ちょっと耳を貸してください……」
「作戦は決まったのね? ………分かったわ。心配は残るけど従ってあげるわ」
俺が雪祢さんに作戦を告げると、雪祢さんはすぅっと薄く微笑んで白銀狼に対峙した。
この作戦ははっきり言って俺より雪祢さんの方が危険が多い。もっといい作戦があるのかもしれないが、俺の頭にはこんな作戦しか思い浮かばなかった。
「いくわよ氷狼…雪女である私の真髄を見せてあげるわ」
雪祢さんがそういった瞬間、その体全体が煌く冷気と氷の霧へと変わる。それと同時にそこら一帯に降り積もっていた雪から微弱ながらがエネルギーが溢れ、雪祢さんの下に集まっていく。
近くにいるだけで雪祢さんの辺りの温度がどんどん下がっていくのを感じる。そして、今までとは比べ物にならないほどの霊圧に俺さえも圧倒されそうになってしまう。
『ガアァァァァァ!!』
「んなっ! そっちもまだ霊圧上がるのかよ!!」
白銀狼の方もさらに霊圧を高め、その白銀の毛並みに薄っすらと白い光が揺らめいている。
霊視しなくても視認できる霊波を纏うって…どんだけ高密度に収束してるんだよ…
俺には視認出来るほどの霊波を纏められるのは片手だけ、よくて両手で出来るかどうかだ。体全体を視認できるほどの霊波で覆うなんて、しかもその状態を保って戦うなんて俺には不可能な芸当だ。
俺は改めて自分がどれだけ未熟なのかを悟った。
世の中には、キイ兄以外にこんなにも強い存在が沢山いる…俺はまだまだ下層にいるぺーぺーってことなんだよなぁ…
本当にこんな奴らに勝てるのかよ俺?
「人間! 後は任せたわよ!!」
雪祢さんはそう言った瞬間、白銀狼に向かって煌く氷雪の霧となって突撃した。白銀狼は冷波咆を拡散させるようにして、雪祢さんの一部を吹き飛ばす。だが、雪祢さんはそれでも怯まずに白銀狼を自らの氷雪の霧で覆い尽くす。白銀狼は霊波を纏った爪と牙を振るい、その霧をも飲み込み、切り裂いている。
くそっ! 雪祢さんみたいな美人に任せたって言われたんだぞ俺! 弱気になってる場合じゃないだろう!!
自分の頬を叩いて喝を入れる。
俺は精神を集中させて右腕に霊波を集中、収束、圧縮させていく。
限界まで、極限まで、体が悲鳴を上げてもそれでも圧縮させる。
一度だけ、キイ兄に見せたことがあるこの技は…最初思いっきり怒られた。もはやそれは自爆技じゃなくて自殺技だってさえ言われたっけな。
だからキイ兄はそれをどうにか制御できるように俺にその方法を教えてくれた…
『いいかい忠っち? それは本当に最後の技だからね。一度使えば体全体の霊力を使い切って動けなくなるほどリスクが大きいんだから、ちゃんと見極めて使ってよ?』
キイ兄の言っていた言葉を思い出す。圧縮した霊波は半ば具現化させるほどにまで高まり、俺の右腕も弾けそうなまでに悲鳴を上げる。
だが、これでやっと初期段階が終わったところだ。俺はキイ兄から貰った霊符を取り出し、右腕に貼り付ける。その霊符とは補助の『制御』とそのイメージである『霊鍼(れいしん)』だ。
極限まで圧縮された霊波を、『制御』して『霊鍼』と成す。右腕に集まっていた霊波が十センチ前後の細い霊鍼となった。
体の方はもう悲鳴を上げて少し動いただけで神経を直に触られているみたいに激痛が走る。だが、ここでそんな痛み如きに負けるわけにはいかない。今目の前では絶世の美女がその身を削って時間を稼いでくれているのだ…これを無駄にするなんて男のすることじゃねぇよな!
「うおおおぉぉぉぉ!!」
普通なら動こうとしない体を無理矢理動かし。痛みに気が遠くなりそうな精神をさらに酷使して、俺は白銀狼へと駆ける。
「凍り付け!!」
雪祢さんが俺の準備が終わったのに気付くと、瞬時に全ての冷気を白銀狼の足元に集中させる。すると見事に白銀狼の脚は凍りつき、その身動きを封じた。
白銀狼の方も俺に気付いてこちらに注意を向ける。それと同時に口元に霊圧が高まっていく。
だが、それもこっちの狙い通りだ。白銀狼が冷波咆を放とうとした瞬間に、雪から一本の氷柱が迫り出してきて白銀狼の顎を捉え、その口を塞ぐ。口を閉じていたら冷波咆は放てない。
だがそれも一瞬のこと、白銀狼は氷柱をへし折りこちらに口を開こうとする。
「流石にそれは遅すぎるぜ、白銀狼…」
俺は雪を蹴り、白銀狼の背中に霊鍼を叩き込んだ。霊鍼はまるで吸い込まれるかのように、白銀狼の毛皮を貫き通してその体の中へと埋まっていく。
『グオオォォ!!』
「うおっ!?」
「くぅっ!」
白銀狼が背中に走る痛みからか体を大きく揺さぶった。俺はそれに弾かれて雪の上を転がる。雪祢さんの方も白銀狼を抑えきれず、人の姿に戻って地面に這い蹲っている俺の隣に現れた。
白銀狼は低いうなり声を上げながらこちらに向かって迫る。
「人間、確かにダメージは与えたけど…これだけではどうにもならないわよ?」
「大丈夫だって…まだ終わってないからさ」
俺は震える膝で何とか立ち上がり、白銀狼を見据える。傷つけられたことがそんなにプライドを傷つけられたのか、さっきよりもその怒気が数倍に増えているように感じる。
「そうだな…この技まだ名前付けてなかったんだよな。それじゃあ名前今付けるか…」
白銀狼が俺達の数メートル前で雪を蹴り、その牙と爪を振りかざした。俺はそれを逃げようともせずただ見据える。まあもともともう体動かないしどうしようもないんだけどさ。
それよりも技の名前だ。そうだな、ニードルじゃあ芸がないし…本来はこっちの方がメインだから……よし、決まったぞ!
「Psychic・Violent」
ちょっとかっこよく英語で言ってみた。因みにサイキックバイオレント…訳して暴れまわる霊波だ。
俺がそういった瞬間、白銀狼に突き刺した霊鍼が、全て霊波へと戻る。
『…グルォ!?』
白銀狼の体内では俺の極限まで圧縮された霊波が暴れまわっているのだろう。
本来これはサイキックソーサーみたいに爆発させるものなのだが、流石にそれをやるとスプラッターなことになるので止めておいた。
最初にキイ兄に見せたときは岩を使って試したのだが、岩が内部から爆発して飛んできた幾つもの石飛礫にノックアウトされた苦い思い出があったりする。
白銀狼は俺達に爪を振り下ろすことも無く、そのまま俺と雪祢さんの間を通って後ろの方に通り過ぎて雪の上に転がった。白銀狼の口からは赤い血が流れ純白の雪を赤く染めている。
「…人間、殺したの?」
「いや、この白銀狼を殺しきれるほどの力は俺には無いっすよ」
その証拠に、微弱だが白銀狼からはまだ霊圧を感じる。けど此処まで弱っていれば暫くは動けないだろう。
「横島さーん!」
と、そこでおキヌちゃんの声が聞こえた。俺がそちらを向くと、心配そうな顔で飛んでくるおキヌちゃんと、その少し後ろから美神さんとピートが走ってくるのが見えた。
「ははっ、あっちも終わったのかな?」
少なくともまだ元気そうな三人の姿を見た瞬間、俺はその場で膝が折れて地面にへたり込んだ。
ははっ、やっぱりもう限界…一歩も歩けね〜
俺の体が前に倒れこんでいく。
「横島さん大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけ無いだろ?」
ピートは苦笑しながら俺の肩を押さえて倒れこむのを止めてくれた。さすがにこの状況で雪にうつ伏せは勘弁だったから助かったぜピート。
「そっちも片が付いたみたいですね」
「ええ、さっきまで襲い掛かってきてたのに…急に皆して同じ方向を見たと思ったら走っていっちゃったのよ」
多分、この白銀狼がやられたから退いたんだろうな。
「しっかし凄いわね…こんな大物をしとめるなんて」
美神さんが倒れている白銀狼をみてそう言った。
俺も本当に倒せたなんて今でも夢のようだからな。まあ夢じゃないから今生きてるんだけどな。
「横島君も見つかったし、これでやっと帰れるわね」
「あれ? 美神さんもしかして俺を探すために下山してなかったんですか?」
そういや美神さんってすぐに山下りるって言ってたよな? もし俺の言ったことが本当なら悪いことしたな〜。まあ美神さんがいなかったらあの氷狼達も相手にしなかったかもしれないんだけど…
「い、一応知り合いなわけだしこれで死なれたら後味悪いからね!」
美神さんはそう言う。何だか自分を納得させるような言い方だけど…助けに来てくれたのは事実だよな。
「ありがとうございます美神さん。このお礼は今すぐこの体で!
……って言いたい所なんですけど今動けないのでまた後日お届けに行きます!」
「そう? それじゃあ今度除霊の仕事手伝ってもらおうかしらね」
あ〜、そんな意味で言ったわけじゃないのに…
俺はガックリと肩を落としてうな垂れた。そしたら美神さん笑う声が聞こえた。顔を上げるとくすくすと笑っている美神さんがいた。
お、おのれ美神さん確信犯だな! 若い純情を弄ぶなんて酷いぞーー!
「人間、正直お前がここまで出来るものとは思わなかったわ」
そこで雪祢さんが俺の前でしゃがみ込んで話しかけてきた。
「やだな〜、雪祢さん。だいたい雪祢さんが抑えてくれなかったら俺どうしようもなかったすよ?」
「それでもよ。お前は…私の会った中で一番良い男よ」
うおっ、お世辞でも雪祢さんみたいな美人に言われると照れるな。くそぅっ、これで体が動けばせめて手くらいは握るのに!
雪女だから温かくは無いだろうけど、それでも美女と手を握るっていうのはそれだけで価値があるのだーー!
「ええ、だから…!」
と、そこでいきなり雪祢さんの表情が変わった。そしていきなり俺のほうに手を伸ばしてくると俺の胸に手を置き、行き成り突き飛ばされた。
そして、次の瞬間雪祢さんの体が鋭い爪に貫かれた…
「なっ、まだ動けるの!!」
美神さんの声が聞こえる。何が動けるって言ってるんだ?
雪祢さんから突き刺さった爪が引き抜かれる。
「横島さん、早く逃げて!」
おキヌちゃんの声が聞こえる。逃げるって何で?
目の前で雪祢さんがゆっくりと崩れ落ちる。
「くっ、失礼します横島さん!」
ピートが俺の腕を引く。何故腕を引くんだよ。雪祢さんが倒れてるんだぞ?
雪祢さんは雪の上に倒れ、全く動かない。
その倒れる雪祢さんの先に、もう横たわって動けそうにもない口から血を垂れ流す白銀狼の姿があった。
体中が一気に冷めていく、頭も全く思考が纏まらない。
ドクンと、心臓が高鳴った。
そして瞬時に体が熱くなる。四肢に急に力が溢れてくる。
血が騒ぐ、本能が叫ぶ、『俺』と言う存在が雄叫びを上げる!
「ぶっ殺す!」
頭の中で、その言葉だけが叫ばれ続ける。
殺せ、殺せ、殺し尽くせ! その存在すらも虚無へと帰せ!!
空っぽになったはずの霊力を練り上げ、俺は右手に霊力を集中させる。
こいつを消すにはただ一撃で十分だ。何だ、俺は他にもこいつを倒す術があったんじゃないか…
「『消』え『去』れよ、白銀狼…」
俺は確かに掴んだ何かを白銀狼に放とうとした。
その瞬間に、行き成り現れた誰も乗っていない無人のスノーモービルに撥ねられた。
「ぶへっ!? な、なんじゃコリャァ!!」
雪の上に顔面から着地した俺は、すぐさま起き上がって辺りを見渡した。
「激情を爆発させて、決して超えてはいけない一線を越えてしまう。
されどその先にあるのは絶望と破滅の道のみ!」
辺りに木魂する謎の声、しかしどこかで聴き覚えがあるような…
「あっ、あそこです!」
ピートが崖の一点を指差して言う。そこには少しだけ出っ張っている足場に腕を組んでいるヘルメットを被った人影が確かにあった。
「人それを『暴走』という!」
そう宣言する謎のヘルメットを被った人。バーンと効果音でもなりそうだな。
つーかさ…アレはどう見ても…
「キイ兄だよな?」
「忠っちに名乗る名前は無い!」
「俺のこと『忠っち』呼ぶのはキイ兄だけだって…」
右手を振ってキイ兄(仮)に突っ込む。
「くぅ、流石は忠っち…こうも簡単に正体がばれるとは……」
「いや、服装も何時ものキイ兄のだし知ってる人が見れば誰でもわかるって」
つーか、この雪山でジャケットに長袖シャツとロングパンツだけの格好って…寒い依然に生きていられるのかよ。
キイ兄はヘルメットを脱ぐとそれをどうやったのか懐にしまって崖から飛び降りた。
んで、そのまま雪の中にズボッと埋まってしまった。そりゃあの高さから足から落ちれば普通埋もれるよな。
「誰か〜助けて〜」
「何やってんだよ…」
埋もれたキイ兄をおキヌちゃんとピートが引っ張り出しにいった。
二人がそれぞれ片手ずつ持って、一気に引っ張る。そしたらキイ兄は野菜の収穫の如くスポンと雪の中から抜けた。
「いや〜、参った参った。またやっちゃったよ」
またって、これ以外でもやったのかよ。その時どうやってでてきたんだよ…
キイ兄は服に付いた雪を払いながらこっちに歩いてきた。
そして行き成り懐から数枚のお札を出すとそれを雪祢さんと白銀狼に貼り付けた。
「っ! キイ兄…そっちの氷狼は……」
「見れば分かるよ。この氷狼君がこっちの雪女ちゃんを襲ったんでしょ?」
俺の体に溢れていた白銀狼へと殺意はいつの間にか消え去っていた。けど、雪祢さんを貫いたのは間違いなくあの白銀狼なのだ。それは許せるものじゃなかった。
「くぅっ…」
「雪祢さん!」
小さな呻き声と共に雪祢さんが起き上がる。俺は急いで雪祢さんの体を支えた。
「さて、こっちももう呼んで良いかな」
キイ兄がそう言って懐から細長い棒のようなものを取り出して、口に銜えた。あれは…犬笛か?
『アオオォォォォォン!』
行き成り、大気を振るわせるほどの遠吠えが聞こえた。しかも直ぐ後ろから!
皆はすぐさま耳を押さえているが、俺は雪祢さんを支えているからそれが無理だ。
うぎゃー! 鼓膜が破れるーー!
「あっ、なんだ直ぐ其処にいたんだ。全然気付かなかったよ」
キイ兄が俺の頭上辺りに手を振っている。他の皆も呆然と俺の頭上辺りを見つめたまま固まっている。いったい何がいるって言うんだ?
俺は首を上げて頭上を見てみた。
そこには、高さ三、四メートルはありそうな場所に犬っぽい顔があった。何でそんな高さにあるかって? そのまんまだよ、その高さに顔が来るほどでっかいって訳だ。
俺はちょっと後ろを向くと、其処には蒼銀ともいえる宝石のような輝きを放つ毛並みを持った柱、もとい脚が四本あった。
「で、デカーーー!!」
頭から尻尾まで多分十メートルはくだらない。白銀狼がまるで子犬に見えるくらいにでかい氷狼が其処にいた。俺命名『蒼銀狼』に決定…
『少年よ…我が愚息がすまないことをしたな』
「って、喋ったーー!! つーかこいつ息子!? ってか、声渋っ!」
まさか喋れるとは思わなかった俺は、いろいろと突っ込むべきところが多くて混乱してしまった。
『おい、お前の息子は見つかったぞ』
『本当か!?』
「ってかそっちも喋れたのか!!」
頭は混乱していても体が勝手に反応してしまう。
「はい、この子だよね〜」
そう言ってキイ兄が小さな白い毛並みの氷狼を白銀狼に差し出した。
ちっちゃい氷狼はくんくんと鳴きながら、白銀狼の鼻先をぺろぺろと舐めている。
『其処の御仁が助け出してくれたのだ』
そう言って蒼銀狼はキイ兄のほうに鼻先を向ける。白銀狼はふらふらと立ち上がってキイ兄のほうを向くと頭を下げた。
『人間よ、感謝する』
「いいってことさ〜こっちも成り行きで助けただけだよ」
何がどういう経緯で助けたのか知らないんだけど…とりあえず事情を説明して欲しいんだが?
「まあ…細かいことを省くと〜……」
キイ兄の説明によれば、変な研究所に沢山の妖怪たちが捕まっててそれを逃がしてたらあのちっこい氷狼を助けたらしい。
それでまずはこの雪山の頂上までスノーモービルで登って、其処にいた蒼銀狼達に出くわしたんだそうだ。
何でも群の長…この蒼銀狼の孫だったらしく、見つかったということでその親の白銀狼を止めにきたらしい。いや、白銀狼まだ若造だったんだな…ビックリだ。
「アレ? それじゃあこのへんの行方不明事件とか凍死事件って何だったんだ?」
「ん、色々と調べたんだけどさ〜。行方不明になったり凍死した人ってさ、皆旅行に来ていたり違う場所で行方不明になってたりした人だったんだよね」
? どういうことだ? 確かに旅行に来てたり他の場所で行方不明になってたりした人ばっかりだったらおかしいけど…
「……それじゃあ、一部の人たちはまさか…」
と、そこで美神さんには何か分かったのか険しい顔をしてキイ兄のほうを見る。
「まあ、そういうことだね…」
いや、どういうことなのか教えてくれてもいいんじゃない? 二人だけで理解されても困るんだけど…
「まあ、氷狼達が此処に現れていたのは子供が誘拐されてたからってことだよ」
じゃあその子供を取り返すためにここ数年冬になるごとに現れて、この雪山の中を探していたわけか…
ん、それじゃあ雪祢さんの方は氷狼に何の用があったんだ?
「…氷狼達……一つ聞いていいかしら?」
「あっ、雪祢さん大丈夫ですか?」
立ち上がろうとする雪祢さんに俺は肩を貸して手助けする。
『何だ雪女よ』
「『氷雪の涙』の行方をしらないかしら?」
? 何だ『氷雪の涙』って?
『ふむ、残念ながら我々は見ていないな…』
「そう…」
それを確認して雪祢さんはガックリと肩を落とした。その『氷雪の涙』ってのはそんなに大切なものだったのか?
「…ああっ! 何か引っかかると思ったら『氷雪の涙』だったんだこれ」
そう言ってキイ兄は懐から小さな箱を取り出して、その中から青っぽい宝石を手のひらに出した。
キイ兄はそれをそのまま雪祢さんに手渡す。何だか微妙に霊圧を感じるけど…なんなんだろ?
「これよ! 良かった、これで私の役目もやっと終わるわ…」
と、その瞬間行き成り雪祢さんの体が宙に浮いた。俺はちょっと驚いて手を離して一歩下がる。
雪祢さんは氷雪の涙とか言う宝石を両手で握り締め、胸元に当てている。
「氷雪の涙っていうのはね、この山の霊力を凝縮した雪女の雛形なんだよ。簡単に言えば卵みたいなものかな」
「へっ? つまりアレから新しい雪女が生まれるってことか?」
つまり雪祢さんに娘が出来ると? いや、この場合は妹になるのか?
キイ兄の顔を見ると何だか困ったような顔をしている。何だ? 何でそんな顔をするんだよ?
「忠っち、雪女って言うのはいうなれば雪山の化身のようなもの…基本的に一つの山に一人しかいないんだよ。
そして雪女はね、ある周期ごとに転生を繰り返すんだ。その合図が氷雪の涙が出来上がったときってわけだよ」
「………それは、つまり…」
その瞬間、雪祢さんの体がぽろぽろと崩れて雪になって空に上り始める。
おいおいちょっと待てよ!
「雪祢さん!」
「人間、最後にお前のような変わった魂を持つ人間に会えて良かったわ」
何だよそりゃ! 思いっきり最後の別れの言葉じゃねぇか!!
「何で…むぐっ!?」
「『何故?』って言葉は無意味よ、それが雪女の在り方なの」
雪祢さんが俺の口に指先を当てて言葉を紡がないようにする。その指先はとっても冷たくて、けど俺の唇に触れただけで少しずつ零れ落ちては雪になって空へと舞い上がっていく。
「そうね…最後にちょっと味見させて貰うわね」
「へ? …むぅぅっ!?」
行き成り雪祢さんの顔が近づいてきたと思ったら、俺の唇に冷たいけど柔らかい感触が伝わってきた。
「「「ああっ!?」」」
「わぁ〜お、情熱的だね」
横の方でなにか悲鳴というか怒りというか感嘆というか…そんな声が聞こえたような気がしたが今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
舌が…雪祢さんの舌が俺の口の中に進入してきてるーー!!?
「ふぅっ…ふふっ、美味しかったわ。ご馳走様」
「あっ、はい…お粗末さまです」
って今俺達すっごい変な会話してないか? なんつーか淫靡な会話って言うの?
うっひゃー! こっ恥ずかしーー!!
「もうちょっと味わいたいけど、そろそろ時間ね。それに後ろの人たちも怖いし」
雪祢さんが指差した先には、何故か不機嫌になっている美神さんとおキヌちゃん、ちょっと顔を赤くして目線を逸らすピート、そしてカメラを構えているキイ兄だった。
ってか最後の待て! こんな状況でも持って来てるのかよキイ兄!!
「それじゃ、さよならよ……横島…」
「あっ…」
名前を呼んでくれたと繋げようとしたら、雪祢さんの体が弾けるようにして光り輝く雪に変わり、空へと舞い上がっていった。
暫く、俺は雪祢さんが消えていった空を見上げていた。
「なあキイ兄…俺って弱いかな〜」
色んな意味で、今回は自分の無力さを痛感された。どうにもならないことだってのは分かってるけど…どうしてもやりきれない…
「そりゃあ、まだまだ弱いでしょ?」
「ははっ…キッツイな〜キイ兄は…」
キイ兄は下手な慰めの言葉なんてかけてくれないことなんて知ってる。だから今のが俺の欲しかった言葉なわけだ。
「強く…なりたいなぁ……」
「じゃあ、強くなればいいんだよ。手伝う?」
「ああ、よろしく頼むよキイ兄」
キイ兄がにっこりと笑って片手を挙げる。俺はその手を軽く叩いた。
『人間よ…世話になったな』
蒼銀狼がキイ兄に顔を近づけてそう言う。いや、マジでキイ兄一口で飲まれそうで見ててハラハラするんだけど。キイ兄のほうはそんなこと気にしていないといった風に平然としている。
『困ったことがあれば呼ぶといい…我らはそれに応えよう』
「ん〜義理堅いね〜。まあ何かあったときね」
白銀狼が何本かの自分の体毛をキイ兄に渡した。
『それではな…』
『って、親父! 一人で歩けるから放せ!』
蒼銀狼が白銀狼を口で銜えている。まんま親犬と子犬って感じだ…因みにチビ氷狼の方はいつの間にか蒼銀狼のほうの頭の上にいた。本当に何時の間に登ったんだろ…
「またね〜」
去っていく氷狼にキイ兄が手を振っている。
蒼銀狼は一度振り返ってこちらを一瞥し、脚をバネにして一気に垂直の崖を登って行った。
「あっ、夜が明けてきましたよ」
「本当に長い一夜でしたね…」
おキヌちゃんとピートが登ってくる太陽を見つめる。
ホント、すげぇ長かったよ。けどちょっと短かったかなぁ…
俺は当たりに降り積もる雪を見て、そこに雪祢さんがいるような気がしてちょっとだけ微笑んだ。
「全く、精霊石使っちゃうし今夜は散々だったわ。さあ皆、早く帰るわよ!」
ははっ、美神さんは相変わらずだな〜。それじゃあ帰るとするかな…
ん? あれ? 足が動かないぞ? おかしいな〜自分の体なのに言うこと聞かないなんて。
つーか何だか視界までぼやけて来たぞ? どうしたんだろ俺?
「……忠っち……の?」
キイ兄が俺に何か話しかけてくるけど全然耳に入ってこないぞ? いったいどうしたんだ…
次の瞬間、俺は急に雪の上に倒れこんだ。
あっ、そういや俺殆ど霊力空っぽだったんだ…やっべ〜、すっかり忘れてたよ。
沈んでいく意識の中、最後に皆の声が聞こえたような気がした。
「ん、ここは?」
目が覚めたら俺は布団の中で寝ていた。俺の部屋でもないし、此処は泊まった宿の部屋かな? ん、何か隣の部屋が騒がしいな…
俺は布団から起き上がって隣の部屋の襖を開いた。
「あっ、忠っち起きたんだ〜」
キイ兄がにっこり笑ってこっちに来いと手招く。
いや、ちょっと待てキイ兄…この状況何なんだ?
俺の視界には、豪勢だったであろう食い散らかされた料理の成れの果てと、何本もの酒瓶が転がっていた。
「横島ふぁ〜ん、おはようふぉざいはす〜」
「ピート、おまえ酔ってるだろ?」
「酔ってはへんよ〜」
ピート、酔っ払い決定。呂律回ってないし第一お前が話しかけてるのは襖だ。俺はその隣だよ。
「すぅ〜…すぅ〜…」
「おキヌちゃんは…寝てんのか?」
微妙に頬を赤くしたおキヌちゃんが座布団を枕にして眠っている。おキヌちゃんの眠っている近くにはなにやら御神酒らしきものの容器が転がっている。そういやお盆とかになると仏壇にお酒とか供えるよな。でも実際に飲めるはずも無いし…まさか匂いだけで酔ったのか?
「横島君! 君も一杯飲みたまえ」
「神父…聖職者がそんな酔っ払ってて良いのかよ」
唐巣神父がワイングラスを俺に渡してワインを注いでくる。つーか俺は未成年だぞ。酒を勧めちゃいかんだろ。
「横島くぅ〜ん、お代わり持ってきて〜」
美神さんまでそんな酔っ払って…酒には強いって聞いてたけどどれだけ飲んだんだ?
俺がチラッと美神さんの周りを見るとたくさんの酒瓶が集中して転がっている…いや、絶対体の体積以上に飲んでない?
「ほら忠っち、飲も飲も〜」
「全く…まっ、いいかな」
俺はキイ兄が進めるままにワインを一口飲んだ。その銘柄は訳すると『再会』っていうのを知ったのはまた後でのことだった。
〜おまけ〜
雪山から帰ってきた横島たち、彼らが相談所に帰ってきて最初に見たものは…
「…なんつーか、ここは廃墟か?」
「最初のときより酷いですね…」
横島とおキヌが言うとおり、所長室はぐちゃぐちゃに荒らされて、ボロボロになっていた。外から見たら別にいつもどおりだったのだが、中は大変なことになっていた。家具という家具は全壊してるし、壁や床、天井は切り傷やへこみなどで無事な部分を探すほうが難しい。
「で、何があったのかな?」
キイは目の前にいる人外カルテットににっこりと笑いかけて尋ねる。だが、はっきり言って全然声も顔も笑っているようには見えない。
そんな顔を向けられている人外カルテットは、びくびくと体を震わせて恐縮している。
【いや実はな…主殿が置いていった『びでお』をどれから見るか討論になってな…】
『その結果、何時もの如く争いごとになりまして…』
『気付いたらこんなになってたよ…』
「みみ〜…」
上からシメサバ丸、人工幽霊壱号、ファス、グレンである。
四人が言うとおりボロボロになった部屋の片隅には全くの無傷なテレビとビデオの一式があった。
因みに四人が見たくて争ったのは、江戸の幕末をモチーフにした映画をシメサバ丸とグレンが、世界が泣いたと言われるラブロマンスを人工幽霊壱号が、そして最近人気の映画化されたアニメをファスだった。
「チャンネルじゃなくてビデオ争いかよ…そんなもんで此処までやるか普通?」
本当なら人工幽霊壱号がある程度なら修復できるのだが、さすがにここまでボロボロにしたら直しきれなかったらしい。まあ、争いの中で霊力を消費しすぎているというのもその一因になっていたりした。
「ん、では判決を言い渡そうか」
そう言ってキイは裁判官がやる風にピコピコハンマーで半壊している机を叩いた。そうしたら机は全ての脚が折れてしまった。どうやら止めを刺してしまったようだ。
「判決は相談所内からテレビ撤去ぉ!!」
【『『「そ、そんなー(みみー)!?」』』】
人外カルテットが同時に情けない声で叫ぶ。どうやら彼らにとってテレビは何よりも変えがたい娯楽用品のようだ。
【主殿! これからは自粛するのでそれだけは!】
『私も直ぐにこの部屋も直しますから! 例え地脈を涸らしてでも!!』
『あ〜ん、ごめんなさ〜い!』
「みみみぃ〜〜!」
「ええぃ! 判決を翻したかったら上級裁判所に控訴しなさい!」
キイはどうやらかなりご立腹のようだ。そう簡単には許してやる気は無いらしい。
『ま、マスター! マスターからも頼んでください!』
「う〜ん、なあキイ兄。もうちょっと情けを「忠っち給料ハーフカッ」諦めろ人工幽霊壱号!」
『マスター…そんなぁ』
横島にバッサリと切り捨てられて人工幽霊壱号は情けないような声を出した。
結局その後、おキヌによる説得によって第二審でテレビ封印一ヶ月、上告の末の最終判決でテレビ封印一週間と減刑され人外カルテットは大いに喜び、人工幽霊壱号が『勝訴』という達筆な文字を壁面に書いたりした。
けどその所為で刑が一日延びて人工幽霊壱号が残りのトリオにヤキを入れられたりもしたのだった。
あとがき
どうも、寝不足で砂糖と塩を素で間違えるというポカをやらかしました。拓坊です。
まずはレス返しです〜
>ジュミナス様
天空○心拳継承者風には〆られませんでしたごめんなさい(汗)
横島君は今回頑張りましたよ〜。雪祢さんの方はごめんなさい<土下座
>なまけもの様
誤字報告いつもありがとうございます(汗)
>これはやはり南部グループか?
ええ、そっち系列の奴らですよ〜。今後また関わってくると思われます。
横島君と雪祢さんは面白いコンビだったけど…あんなことにしてしまいましたぁぁぁ!!<また土下座
>whiteangel様
白銀狼との戦いは何とか辛勝といった感じです。展開はキイ兄がいないとやはりシリアスに!
>黒覆面(赤)様
キイ君のほうはちょっとだけ関係がありました〜
まあ、ちょっと無理矢理すぎたかな〜(汗)
>HAPPYEND至上主義者様
>横島&雪祢
仕方が無かったんです! この展開は最初から決まってて…ああーー! ごめんなさいー!<またまた土下座
>研究所
そうですね〜いつかは関わってきますよ〜
まあ暫くは出てきませんけどね。
>おまけ
その内本編にも出してあげようと思います。けど暫くはおまけ役として頑張って貰います
声援ありがとうございます! 風邪を引かないように頑張ります!
>和服愛好会様
まあ、『キイ君』の仕業によるものが多いですけどね(笑)
仰るとおりに愚か者どもには更生してもらうため酷い目に会いましたよ!
>球道様
ロム兄さんの最終奥義って無理矢理すぎですよね。
>「成敗ッ!」
ああ〜、忘れてました。そう言う台詞もありましたね。
レスありがとうございます。これからも頑張らせていただきます。
>水稀様
『ないとめあ〜禁断の○○〜』については<検閲削除>くぅ! こんなところにまで!
レスありがとうございます。同じSS作家としてこれからも頑張っていきましょう!
あわわわわわ〜〜、自分ってば雪祢さんになんてことを!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい<土下座
むむぅ〜、何とかできないだろうか?
今回は何と過去最高の長さに…読み疲れてしまわれた方本当にすみません。分けようとも考えたんですがこれ以上引っ張るのも何なのでこんなことに…
横島君が暴走しかけた今回、それを止めるのはやはりキイ君でした。
いや〜、もうどういう状況なのかバレバレですね。でも出来れば他言無用で(汗)
次回はついに横島君がアレになります!
たぶん次回も前後には分かれてしまうかと…
けど皆さんが楽しんでいただけるように頑張ってない知恵絞って捻り出します。
それではこの辺で失礼致します…