修業が開始されて6日が過ぎようとしていた。その間におキヌは式紙を同時に3体まで相手にできるように成長し、雪之丞は魔装術を右手・左手・両足にそれぞれ収束する事が
できるようになり、更にもう一つ形態を生み出せるようにまでその能力をコントロールできるようになっていたのである。
「まあ、一週間でこれだけ成長できれば上出来だね」
そんな彼女等に幻海が彼女には珍しく賞賛の言葉を贈る。すると、彼女の足元から地獄の底から響くような声が伝わってきた。
「げ、幻海さん、俺にはお褒めの言葉はないんっすか〜」
それはずだぼろのボロ雑巾、否、ボロ雑巾のようになった横島だった。雪之丞達と比べても5割まし以上に厳しい修業に流石の彼も再生が追いつかないらしい。
「あんたは、明日の修業をクリアーしたら褒めてやるよ」
それに対し、かけられたのは優しいのか冷たいのかよくわからない言葉。横島の首がガックリと落ち、その頭に乗っていた子狐がぽろっと転がる。この初日からの後の5日間、横島にくっついていたおかげで彼女(子狐は雌だった)も結構ぼろぼろである。
「それじゃあ、今日はゆっくり休みな。明日は横島とおキヌは最終試験をやるからね」
「横島とおキヌってじゃあ、俺は何すんだよ?」
「あんたには技を一つ教えてやる。霊光波動拳の技じゃなくて、他所から伝わったもんだが、威力に関しては劣らないとっときの技だ。期待してな」
一人名前から外れた雪之丞が問いかけに幻海はニヤリと笑って答える。そして、その答えに興奮したような表情をみせる雪之丞と共に立ち上がった横島が寝室に戻ろうとした時だった。
「あっ、ちょっと待ちな。その狐は置いていくんだ」
「へっ、何でですか?」
「ちょっとそいつに言っておかなきゃならない事があるんだよ。そんな不安そうな表情しないでも、とって喰ったりはしないから安心おし」
幻海の言葉に何となく、不吉な予感を覚える横島。なんでもないと言って、子狐をひったくる幻海。そして、横島達を部屋から追い出し、彼等が離れるのを確認すると、彼女は子狐に向き合って言った。
「さて、そろそろ演技はおよし。もう知性は戻ってるんだろ?」
「やっぱりあなたにはばれてたのね」
幻海の言葉と共に子狐が化けて人間の中学生位の少女の姿に代わった。
普通にしていても、転生をした魔物は比較的短期で知性を取り戻す。ましてや、幻海はわざと狐を修業に巻き込む事で危険にさらし、その復活を促していたのだ。
「そう緊張しないでも、さっき横島にも言ったとおりとって喰ったりはしないよ」
「そうね。あなたにそのつもりがあるのなら何時でもできたでしょうし。それで、私に用って何?」
幻海の言葉に対し、狐は警戒の表情を崩さなかった。彼女の中には前世での記憶が僅かながら残っていて、その中に人間に追い立てられたというものがあるので、人間に対してはどうしても警戒心がはたらくのだ。そんな彼女に幻海は一つの問いかけをした。
「そうだね。あんたに聞きたいのは今後あんたがどうする気かって事だ。これから先、大きな戦いがある。その戦いであんたはどう動くのか確認しておきたい。アシュタロスっていう魔族の側につくか、人間の側につくか、あるいは静観するか、その辺をはっきりさせておきたいんでね」
「それで、私が人間の敵になるっているのなら、私を退治するって言うの?」
再び敵愾心を身に纏う狐の少女。しかし、それに対し、幻海は意外だとでもいうような顔をした。
「別にそんなつもりはないさ。ただ、状況ははっきりさせとくのが好きなんでね。敵に回るつもりなら、さっさと出ておいき」
そう言って手を払う。その仕草にムッとしたような表情を浮かべると狐の少女は言った。
「別に人間の味方になるつもりはないけど、横島の味方にならなってもいいわよ」
「ほー、そいつはどうしてだい? もう、横島を親だと思ってる訳じゃないんだろ?」
「確かにね。もう、あいつを親だとは思っていないわ。けど、一度抱いた好意まで消えた訳じゃないの。理性でそれを否定する理由が無い以上、本能に抗う必要なんてないでしょ?」
「なるほど、確かにね」
納得の表情を浮かべる幻海。確かに本能で抱いた好意は親という認識が無くなってもそれだけでは完全に消えたりしないだろうし、横島は決して狐を邪険に扱ったりはしなかった。寧ろ、彼女が危険にさらされた時にはかばったりもしている。好意が強まりこそすれ、衰える要因は無い。
「ついでに言えば、女としてもちょっと興味があるかもね」
「ほお、あいつあんな顔の割りに意外にモテルねえ」
「それじゃあ、私はとりあえず敵対する気は無いって事で、これで話は終わりでいいのね」
横島の顔を思い浮かべながら幻海は笑う。自分が評価した男を笑われたと思ったのかちょっと不機嫌な顔をして、一言言い捨ててその場を立ち去ろうとする狐の少女。しかし、そこで、幻海が笑いを止めて呼び止めた。
「お待ち、そういえば、一つ大事な事聞いてなかったね。あんたの名前何て言うんだい?」
「・・・・・タマモよ」
ぷいっと顔を背けると狐の姿に戻り、そのままとことこと歩いていくタマモ。それを幻海は微笑ましいものでも見るように見守った。
次の日、タマモの知性が蘇った事をしらされた横島達は驚きはしたものの、すぐに受け入れ、そして最終日の修業が開始されようとしていた。
「さてと、昨日も言ったように今日は試験を行なう。」
その言葉に対象者である横島とおキヌに緊張が走る。そして幻海が口を開いた。
「まず、おキヌ、あんたには式神と契約してもらうよ」
「式・・・・・神ですか?」
幻海の言葉におキヌは驚いた表情をみせる。幻海はそれを見て頷く。
「そう、式紙ではなく式神、400マイトの霊力を持った単独で見れば六道のより強力な奴だ。あんたの支配力じゃあ、普通にやったら従わせるのはまず不可能。心を通わせるにしてもこいつは使い手の力を認めさせないと絶対に契約してはくれない。まず、こいつと戦い弱らせてそれから契約しなくちゃならない。けど、今のあんたはそれが出来るだけの力が十分に備わっている。後は、修業の成果が実戦形式の中で生かせるかどうかだ」
「がんばります!!」
幻海の励ましにおキヌは元気よくこたえる。幻海はそれを満足気に見ると、次に横島の方に視線を向ける。
「そして、横島、あんたにはあたしと戦ってもらう」
「んなっ!?」
その言葉に横島は激しく動揺する。それはおキヌも雪之丞も一緒だった。何せ彼等は幻海の強さを嫌と言う程見せられてきているのだから。
「勝てとは言わないよ。あたしにほんの少しでもダメージを与えられたらそれで合格だ。けど、それができなければ、見込みなしとして破門させてもらう。覚悟しておき」
ごくっと、息を飲む横島。それでも、なんとか答えた。
「わ、わかりました。必ず合格してみせるっす」
「よし、さて、その前に雪之丞、約束通りあんたに技を教えてやる」
横島の答えに満足すると今度は雪之丞の方に向き合う。そして、その手にはいつの間にか石が握られていた。
「一度しか見せてやらないからよく見ておきな」
そして、その石を石を持っていない方の手で叩く。すると、石はまるで砂のように崩れ去った。
「二重の極み、一撃目の衝撃が伝わる前に即座にニ撃目を打ち込む事で共鳴破壊を引き起こす明治時代にある破戒僧が生み出した技だ。これを霊力を纏った拳で行なう事でその威力を数倍からそれ以上に引き上げる事ができる。教えた魔装の収縮とあわせて使えばまさに必殺の拳となるだろうね」
「す、すげえ」
目の前の光景に興奮を見せる雪之丞。そして、おのおの最後の修業が開始された。
(後書き)
はい、ジャンルの”?”は「るろうに剣心」です。雪之丞を上位魔族に対抗させる手段としてこの技を覚えさせることにしました。