これは都内の某除霊事務所に勤めるある少年の、えーかげんにせえよコンチクショー!てな感じの1日の記録である。
なお、物語中の時間軸のことは気にしないで下さい。
しいて言うなら某ファンディスクの4日間みたいな感じかと<マテ
日本中の男女がXデーとしているその日の早朝。ルシオラは横島に小さな箱を手渡した。
「チョコレート?」
「うん。今日は日本では好きな男性にチョコレートをあげる日なんでしょ? 日頃のご愛顧に感謝をこめて用意したわ」
「感謝? どっちかっつーとそれは俺がする方じゃ」
実際横島の方が仕事はもちろん修行、料理、家事などでも世話になっている。
しかしルシオラはそんな事を問題にしてはいなかった。
(やっぱり自分の価値わかってないのね。ううん、その方がヨコシマらしい、というべきかしら)
『前』にも横島は「俺、あいつに何もしてやらなかった。ヤリたいのヤリたくないのっててめえのことばっかりで」などと言っていたがそれは違う。自分はもう、生命も旧主も姉妹達も捨てて悔いないと思えるだけのものをもらっていたのだ。
もともと知能と精神がアンバランスな状態で、しかも寿命が1年しかない身の上だったということもあるが、それでもその事実は変わらない。それが自分にとっての真実だったのだから。
もちろん今も、かかえ切れないほどもらっている。自分のために戦ってくれたときは嬉しかったし、何よりもこうして毎日いっしょにいるだけで幸せなのだ。
「――というわけだから、気にしないで貰っちゃって」
「というわけ、の前の部分は地の文だから俺には分からないんだが」
「そういう失言はしないの」
「……」
まあ、恋人がチョコをくれるというんだからケチをつけることはない。期待もしていたんだし。
ありがたく押し頂いて、
「でもこれを朝飯にするわけにはいかねーよな。学校帰ってからおやつにするか」
「うん。…………愛してるわ、ヨコシマ」
「え。……あー、えーと。俺もだよ、ルシオラ」
横島としてはここまで真っ直ぐにされると照れくさいのだが、それは幸せの代価というものである。
というわけでいつも通りの朝食を終えた2人だったが、こんな時間に珍しく呼び鈴を押す音が聞こえた。
横島が訝しげに扉を開けると、
「おはようございます、横島さん、ルシオラさん」
「お久しぶりなのねー」
最近ご無沙汰していた妙神山の女神さま2柱がそこにいた。
横島はとりあえず彼女達を部屋の中に招じ入れ、ルシオラに頼んでお茶を入れてもらった。
卓袱台を挟んで向かい合って、
「今日はまたいきなりどういった用件ですか? まさかルシオラのことで何かあったとか……」
小竜姫もヒャクメもいたってにこやかな表情をしているからそんな心配はないだろうが、やはり不安ではある。
しかし小竜姫はそれを杞憂だと穏やかに否定して、
「今日はバレンタインデーという行事の日ですよね。私達も横島さんにチョコレートを差し上げようと思って来たんです」
「え、俺にですか……!?」
喜ぶよりも驚いて固まってしまう横島。何と敬愛する女神さまからもらえるとは……!
「ええ。はい、どうぞ」
と小竜姫が綺麗にラッピングされたチョコを差し出す。
横島はそれを震える手で受け取りながら、
「しょ、小竜姫さまがホントに俺にチョコを……こ、これはまさしく愛の告白?」
いつもの台詞だが、しかし今度こそ彼の解釈は間違っていなかった。横島が彼女の両手を握っても拒まれる様子はなく、
「はい、竜神族は一夫多妻も珍しくありませんから。……ルシオラさんが許してくれれば、ですけど」
その一言で横島は石化した。がっくりと床に手をついて、
「うう、小竜姫さましどい……純真な少年の心をもてあそぶなんて」
(弄んだつもりはないんですけどね)
小竜姫は真剣にそう思ったのだが、
「小竜姫は悪女なのねー。第2夫人は私にした方が幸せなのね」
「誰が悪女ですかっ!?」
ヒャクメにちゃかされてあっさり激発した。
「ほら、こうしてすぐ腕力に訴えるのね。野蛮な女は横島さんには似合わないわ」
「ぐぐぐ……」
「ほーっほっほ、このイモ侍、フナ侍ー!」
「くくっ、メドーサのようなことを……」
「というわけで横島さん、私のチョコを受け取るのね」
「あ、ああ……ありがとなヒャクメ。味わって食べるよ」
この2人ホントに親友か?などと心のすみで突っ込みつつ、横島はヒャクメが差し出した紙袋を受け取った。ふと小竜姫がまだ悔しそうな顔をしているのを目に留めて、
「あー、小竜姫さま。俺は小竜姫さまが野蛮だなんて思ってませんからそんな顔しないで下さい。せっかくの美人が台無しっスよ?」
それを聞いた小竜姫はぱっと顔を綻ばせて横島の両手を取った。
「や、やっぱり横島さんはやさしいです! ヒャクメのような悪辣な娘とは大違いですね」
絶対この2人友達じゃねえな、と横島は唇の端をひきつらせたが、変な成り行きを見かねたルシオラが、
「ヨコシマ、そろそろ学校行く時間よ」
「え? あ、もうそんな時間か」
確かにそろそろ家を出ないと遅刻する。小竜姫とヒャクメも立ち上がって、
「長居してしまったようですね。ではこれでおいとまします。2人ともお体には気をつけて下さいね」
「お返し期待してるのねー」
微妙に性格の違いを表しつつ、2柱の女神は瞬間移動で帰っていった。
「な、何か騒がしかったな」
「そ、そうね」
「でも朝からチョコ渡しに来てくれるなんて思わなかったな、うん」
「浮気しちゃダメよ?」
「メッソウモナイデスヨるしおらサン」
台風一過の後そんな会話をかわしつつ、横島は支度を済ませてルシオラが変化したバンダナを巻いた。
そして扉に手をかけようとしたところで、
「む、出かける所だったか。まあいい、用件はすぐ済むからな」
一呼吸早く扉が開き、中に入ってきたワルキューレ(春桐魔奈美Ver)と鉢合わせした。横島は仰天して、
「ワ、ワルキューレ!? いったいどうしたんだいきなり俺の家なんかに来て」
一方のワルキューレは一糸乱れぬ冷静さで、
「なに大したことではない。今日は人界ではバレンタインデーとか言うお祭りの日なのだろう? 私も一口乗ってみようと思ってな」
そう言って横島に紙で包まれた飾り気のない小箱を渡す。中身は言うまでもないであろう。
「ではな。私も忙しいのでこれで失礼する」
「あ、ああ……ありがとな」
余分なことは一切しゃべらず、ワルキューレの姿が消えた。
横島は勝者の余裕を持って登校した。
『去年』は「どいつもこいつも菓子屋のでっちあげ企画にのせられやがって」とひがんでいたが、『今年』はすでに本命3つ、義理(?)1つを手に入れており、そのようなうらぶれた心境とは無縁であった。まあ人間なんてそんなものである。
学校で貰えるとは思っていないのだが、周りから感じるどこか浮ついた雰囲気も今の彼には気にならなかった。
しかしその足は下駄箱の前まで来てぴたりと止まった。
『どうしたの?』
額にいるルシオラに小声で聞かれて、
「ああ、『去年』はここでひどい目に遭ったんだよ」
中にチョコが入っていたのはいいが、無記名だったせいで自作自演と決めつけられて校舎裏で涙を流したのはけして遠くない思い出である。
横島は万が一に備えて鞄を開けて左手で持ち、右手をそっと扉に伸ばした。中にモノがあれば瞬時に鞄に落とす構えだ。
そこへ背後から声をかけられた。
「おはよう、横島君。横島君でも今日は遅刻せずに来るのね」
机妖怪の愛子である。もてない君をからかっているのは明白だったが、しかし横島は動じなかった。
「フッ、何とでも言え。今年の俺は去年までの俺とは違うのだよ」
てっきり泣きが入ると思っていた愛子の方が驚いて、
「うわ、すごい開き直りっぷり。そっか、今はルシオラさんがいるもんね」
何故かはあーっと息をついたが、机の中から紙の包みを取り出すと、
「はい、あげる。除霊委員仲間ってことで。まさに青春よね」
「ああ、ありがとさん。……ってことはピートとタイガーにもやるのか?」
「もう、女の子にそういうこと聞くんじゃないの!」
「そーいうもんなのか?」
「そーなの!」
愛子はぷんすか怒りながら、机をかついで教室に戻って行った。
横島は包みを鞄にしまってから改めて下駄箱を開けると、なんと中にまた1つ包みがあった。
「ちッ、今年もか……しかし飛天横島流に同じ技は2度通じん!」
神速の腕の動きですかさず鞄の中にしまう。
後で確かめてみると、手作りらしきチョコにそえて、「小鳩はあきらめませんから」とだけ書かれたメモが入っていた。
ちなみにその日、ピートとタイガーは急ぎの仕事と称して学校を休んでいた。
真の理由は正反対だったが……。
放課後。
校門の近くに、六道女学院の制服を着た少女が1人いた。
誰かを待っている様子である。
「氷室さん、こんな所で何をしてるの?」
「ひゃうあっ!?」
真後ろから突然声をかけられておキヌは心臓が飛び出るほど驚いた。
ばばっと振り向いた先にいたのは見知った顔、同じ学校の制服。
「み、峯さん……峯さんこそどうしてここに!?」
あわあわと問い返すおキヌ。
対する京香はごく落ち着いた態度で、
「氷室さんと同じだと思うわ。横島先輩を待ってるんでしょう?」
「はう」
バレている。
事務所で渡すのではみんなと一緒だから印象が薄いと思って抜け駆けして来たのに、相手も同じことを考えていたなんて。
「そ、それじゃ……一緒にということで」
「ええ。……あ、来たわ」
「!!」
再び振り向いたおキヌの目に、校門から出て来た横島の姿が映る。横島も2人に気がついて駆け寄ってきたが、
「あー、2人とも、こっち来て!」
声をかけようとした2人の脇をそのまま通り過ぎて行ってしまった。
「「ええ!?」」
わけが分からないまま、とにかく後を追うキヌ京。一方横島は角を2つほど曲がって人通りのなさそうな狭い道まで来てやっと走るのを止めた。
「あの、先輩……!?」
「横島さん?」
2人の視線はこの逃走劇に対する明確な回答を求めていた。横島は苦笑して、
「いや、俺は学校ではモテナイ君で通ってるからさ。こんな日に六女のお嬢さまが2人も校門で待ってたなんて知られたらどうなることやら」
『去年』でさえああだったのだ。横島はその光景を思い出して身震いした。
「あー、そうでしたね……」
あのときの現場に居合わせたおキヌが同じように苦笑する。しかし彼の学校生活をよく知らない京香は首をかしげて、
「先輩がですか……? 何かあったんですか?」
「まあ、その辺は触れないでくれ。それより用があったんだろ?」
忌まわしい記憶を振り払うため、横島はその追及を手で止めた。
だって今の俺はもうあんなみじめな俺じゃない。まさに栄光をつかんだ俺なのだから、無残な過去を振り返る必要などないのだ!
「あ、は、はい。これ受け取って下さい」
「あ、私もです」
そう言われて用件を思い出した2人が、鞄から紙包みを取り出す。申し合わせたように同じ形をしたハート型のチョコ。
「あー……ありがと、2人とも。うれしいよ」
「「あ、いえ、どういたしまして」」
都合8つめとはいえ、横島にとっては宝物だからぞんざいに扱う気はない。本当に喜んでくれている様子の横島に、おキヌと京香も満足した。
横島はそんな2人の笑顔にまぶしいものを感じながら、
「ところで京香ちゃん、その格好のまま事務所行くの?」
おキヌは美神事務所に下宿しているからそこで私服に着替えて仕事に入るのだが、京香はそういうわけにはいかない。しかし1度家に帰ってまた事務所に来るとずいぶんな遠回りになるが……?
「いえ、いったん家に帰りますよ。制服で仕事するわけにはいきませんから」
「じゃ、これ渡すためだけにわざわざここまで来たってこと? 寒いのに」
美神事務所で待っていれば来るのだからそこで渡してくれればいいものを……という横島の言外の問いに、
「は、はい……事務所で渡すんじゃインパクトないかなって思って……」
と京香は羞ずかしそうに俯いて頬を指でかきながら答えた。クールな容貌とその可愛らしい仕草とのギャップがいじらしさを際立たせている。
横島のハートに20のダメージ!
「そ、そっか……わざわざありがとな」
『ヨコシマ、そろそろ行かないとバイト遅刻するわよ!』
「そっ、そうですね。それじゃそろそろ行きましょう!」
ルシオラとおキヌが突然声を張りあげる。2人の間に形成されかけたほんわか空間を破壊すべく、今回もタッグを組んだのだ。同じマスターを持つサー○ァント同士だけあって、その連携は絶妙であった。
「え、あ、もうそんな時間か。それじゃ事務所で」
「はい。お気をつけて」
こうして、横島のVDの前半戦は終わりを告げた。
――――つづく。
後半戦はここまで砂糖吐きませんのでご安心(?)下さい。
ではレス返しを。
○ゆんさん
>感無量ですw
そこまで言っていただけると大変励みになります。
>最近、疑問が・・・横島の固有結界はどんな効果が?
『ヨコシマの知る限りの美人が丘を埋め尽くす桃源郷』つまりルシオラや美神はもちろん、街で一目見ただけの女の子達までが総登場する荒野が出現します(ぉぃ
○ラゴスさん
はじめまして、宜しくお願いします。
ここの横島君はたいていのネタはやれます。もちろん直死の魔眼も可能ですが、使いどころの問題ですねー。
○無銘さん
>「時・給・は・い・く・ら・な・ん・で・す・か?」
核心を突いたご質問ですね(^^;
横島とおキヌが時給1000円+歩合給(第12話で昇給)ですので京香は700円+歩合給くらいかな?
額は歩合給の方がずっと多いのですが。
>「全て遠き新婚旅行」には思わず爆笑してしまいました
楽しんでもらえれば幸いです(^^
○遊鬼さん
>強力なライバルまで現れて
今回もおキヌちゃんぴんち<マテ
○ASさん
>次は2号さんあたりを希望します。(ぇ
むう、それはさすがに正妻殿が許すがどうか(怖)。
ちなみに燕返しならぬ蛍返しなら使ってます。
というか《琥》《珀》は危険すぎかとw
○読者Aさん
はじめまして、宜しくお願いします。
>山吹色の波紋疾走が紫色の魔神疾走に……しかも、ホントに走ってるし
壊れアシュに不可能はありませんから。
波動砲……やはり月で遊星爆弾を撃墜するとか?<マテ
○tomoさん
>休暇中の仕事なのだからルシオラと横島(あと、シロとタマモ)が貰うべきなのでは?
鬼道は横島達が美神事務所の従業員である事を知ってますから、報酬は事務所を通じて、と考えるかと。
>それに、美神にしたってこれはひどいと思います
まあ美神ならこのくらいするのでは(ぉぃ
でも「わりのいい仕事を1本」というのは実はすごいんですよ。原作でも悪霊1体退治して500万とかですから。
よって、その気になれば横ルシはいつでも引っ越せるのですが、たぶん小鳩を残していくのがかわいそうなのでしないんでしょうねぇ。
○球道さん
はじめまして、宜しくお願いします。
ご期待に沿えるよう精進したいと思います。
○拓坊さん
>まあ哀れな子羊をこれ以上増やさないためにも必死だったのかな
素直な娘が悪徳に染められていくのは正視に堪えませんから(ぉぃ
○花翔さん
>京香大出世おめでと〜〜〜〜〜
ご声援のおかげで躍進めざましいです。
○ゆうさん
斬鉄剣……ル○ンじゃなくてFFですね?(ぉ
でもこの剣って衝撃波とか飛ばすわけじゃないから……いや八足馬も出せばOK……って似合わないか(爆)。
○なまけものさん
>「単騎『で』敵本陣に乗り込んで大将『の』首を獲りにいくヒットマン。」では?
『で』は語呂の関係で省いてしまいました。あと大将首という言葉は普通に使われてると思います。
>《見》《敵》《必》《殺》
直死のような効果はないですねー、ただ抹殺するだけです。威力自体は《必》《殺》2文字分くらいです。なぜか吸血鬼に特効があります(ぇ
>「これは何のネタ技だ?」という意味で聞かれたのでごまかしたんでしょうか?
↑こっちの方です。
だってあの漫画ですから(^^;
>なんでシロタマってサーヴァント化しないんだろ?
しかるべきイベントが発生しないと……○(_ _○)
ではまた。