「何でなんスか何でなんスか(以下リフレイン)」
横島は久しぶりに事務所の床に転がって駄々っ子暴れをかましていた。
今回美神事務所に入った依頼は六道女学院の臨海学校、と称した除霊実習のインストラクターである。これに美神は横島は留守番という決定を下したのだ。そして横島はその不当な命令を撤回させるべく示威行動を繰り返している、という次第である。
横島にとってこれは是が非でも参加したい依頼だったが、同じ理由で美神も横島だけは絶対連れて行きたくなかったのだ。
「戦闘のサポートなら俺が1番慣れてるじゃないスか!」
普段の仕事では美神のサポート、美神抜きの仕事ではおキヌの護衛と、確かにその手の作業は横島が最も経験豊かである。
彼の主張は事実であった。ただしそれが全て発揮されればの話だが。
六女霊能科の生徒は綺麗どころが揃っており、しかも心身を鍛えているためかスタイルも良い娘が多い。それが真夏の海岸で水着姿で百花繚乱となれば、横島が真面目に仕事などするわけがない。
しかも美神にとって、そもそもその技能は必要ではなかった。
「あーもーうるさい! 別にこの仕事はそこまで強くなくてもいいのよ。あくまで生徒達の指導っていう位置づけなんだから。
そーゆーわけであんたは留守番! シロタマの面倒見ててちょうだい」
実はシロとタマモも海というものに興味があったのだが、連れて行くと面倒なのでこれ幸いと横島に押し付けたのだ。
ルシオラは問題ないのだが、彼女は横島とセットなので横島に留守番させる以上連れて行くことはできなかった。
しかし美神が車で発進した後、留守番を命じられた筈の横島達4人は、はるかな高空をものすごい速さで飛んでいた。
狼と狐の姿になったシロタマをかかえたルシオラを、横島がさらにお姫様だっこしている。
その背中には文珠《鵬》《翼》でつくった巨大な羽がはためいていた。
「おキヌちゃんに行き先聞いておいて良かったな。それが分かんなきゃどうにもならんかったし」
「そうね。カバンにもぐりこんだりしてたらどんな目に会ってたやら」
タマモがぼそっと呟く。美神のことだから海に放り出しかねない。
さすがに同じホテルの予約は取れなかったが、近くの同じくらい良いホテルで2人部屋を2つ取ってある。収入はそれなりにあるし出費面もルシオラがある程度制限しているので、この程度の費用はポンと出せるくらいの貯えはあるのだ。
「ヨコシマーーー♪」
着替えを終えたルシオラが、外で待っていた横島に声をかける。
初お披露目の水着は黒いシンプルな競泳用に似たデザインで、彼女の白い肌とのコントラストがまぶしかった。
「似合うかな?」
「………………ああ、もうバッチリだルシオラ。答えは得た」
はしゃいだ様子のルシオラに、お約束通り数瞬の沈黙の後どこかで聞いたような台詞とサムズアップで応える横島。
「ありがと。じゃ、行きましょ」
何の答えなのかはよく分からないが、褒めてもらえたことで満足したルシオラがさっそく横島の腕を取って海に向かって歩き出す。
と、その後を追うように、
「待ってくだされ大先生! 拙者を置いて行かないで欲しいでござる!」
「2人とも待ちなさいよ」
シロとタマモが更衣室から走り出てきた。ルシオラは非情にも彼女達を置き捨てて恋人と2人きりで遊ぼうとしたらしい。
シロの水着はシンプルなスポーツタイプのビキニ、タマモのは同タイプだが花柄模様をあしらったちょっと可愛いものだ。
横島はちょこっとリビドーが動いたが、今の彼にはめざすべきところがあった。
「うむ、揃ったな隊員達。ではいざ征かん桃源郷へ!!」
横島の言う桃源郷とはむろん水着姿の女子高生で埋め尽くされた海岸のことである。
「……ってあれ? 何で誰もいないんだ?」
桃源郷である筈の海岸には猫の子1匹いやしない。しかしルシオラは逆に喜んで、
「いいじゃない、これなら貸し切りみたいなものでしょ? せっかくだから遊びましょ」
と横島の腕を引っ張る。彼女が横島の計画に賛同したのはまさにこのためであったのだ。
「まずは水かけっこが定番かしら? えい♪」
「ぷ! や、やったなルシオラ! お返しだ!」
「きゃ、冷たい。じゃあもう1回お返しよ、えいえい♪」
「……バカップル」
周囲の感情を無視する甘々結界に閉じこもった2人に、タマモは投げやりな口調で呟くのだった。
その頃おキヌ達はホテルの大宴会場でミーティングを行っていた。
霊能科の生徒は7クラスで約100人。
引率者は理事長の六道女史と鬼道、そして栗山という若い女性の教諭である。あと外部インストラクターとして美神とエミと冥子が部屋の後ろに立っていた。
鬼道が付近の地図を指示棒で示しながら説明を始める。
「ここが我々のいる小間波海岸や。見ての通り入り江になっとって波は穏やか、砂質も良く海水浴場としては理想的や」
ただここは海流と地脈の関係で海の雑霊が集まる場所として知られており、放っておくと海岸は打ち上げられる霊で埋め尽くされるほどだという。そこで六道家の先祖が海岸に結界を張ったが、これもそのままだと沖合いに霊がたまる一方である。
「そこで、我が校の実習を兼ねて年に1度結界の保守とたまった霊の除霊を行う、というわけや。その辺はもう分かっとるな?」
流されて集まってくるような霊だから数はあっても弱いものばかりだ。実戦経験の少ない生徒達の修行には最適だった。
「では解散や。各自徹夜に備えて部屋で寝とかんと後でキツいぞ」
というわけでおキヌ達生徒陣は部屋に戻って真っ昼間から仮眠することになった。
寝る前に部屋の外を覗いた者のうち何人かは海岸で数名の男女が遊んでいるのを見かけたが、距離が遠かったためそれが誰なのか分かった者は1人しかいなかった。
「あの、すいません。もしかして横島さんとルシオラさんじゃないですか?」
ビーチバレーをして遊んでいた横島達4人に、やぼったいジャージに身を包んだ少女が近づいて話しかけてきた。
名を呼ばれた横島が振り向いて、
「あれ、君はたしか……」
何となく見覚えのある顔に首をひねる。少女はその返事を聞いてうれしそうに、
「あ、覚えててくれたんですか? 学校のクラス対抗戦のときに模範試合を見ましたので……」
「ああ、あのときの」
「はい、1年G組の峯京香といいます。京香って呼んで下さい」
クールな感じの娘だが意外に人懐っこいところもあるようだ。
対抗戦のときは忍者のような服を着ていたが実際に視力もよかったので、海岸にいる横島達をそれと認識できたのだ。
あのときの試合は一瞬とはいえ鮮烈だった。その人物と直に話せる機会である。仮眠などしている場合ではなかった。
「それでこちらのお2人は?」
と京香がシロタマの方に顔を向ける。横島は2人を紹介して、
「ところで他のみんなは?」
もう夕方なのになぜ海辺に誰も来ないのか、さきほどからの疑問を問い質した。
「霊が上陸してくるのは深夜になるのが通例だそうですから、今はみんな寝てると思いますよ」
「そ、そーだったのか……これは作戦を改めねば……」
その答えを聞いて悔しそうにぶつぶつ言い出した横島に、京香は逆にはてな顔をして、
「横島さん達も今日の実習のインストラクターで来てくれたんじゃないんですか?」
ならばこんな事は知っていて当然のはずだ。
しかし美神の助手がここにいればこの仕事で来たと思うのが当然で、質問というより確認に近いものだったが、横島の返事は彼女の予想の右斜め上45度を飛び去った。
「いや、俺達は遊びに来ただけ」
「……は!?」
京香の肩がカクンと落ちる。
「本当は仕事で来たかったんだけど、美神さんが俺達は留守番だって言うからさ。自分だけ海辺のリゾート地で遊んで高級ホテルのディナーを楽しもうなんてズルいだろ?
留守番つっても所長がいないのに仕事受けるわけにいかねーし、休んでも問題ないもんな」
「いえ、あの、これはそういうのじゃなくて……」
京香の手がふらふらと宙をさまようが、横島の弁舌を止めることはできなかった。見かねたルシオラが、
「分かってるわよ、除霊の実習でしょ?」
「あ、はい、そうです。でもなんでお2人とも留守番だったんですか?」
実力不足ということはあるまい、彼らより弱い自分達が『実習』に来ているくらいだから。京香はどんな深遠な理由があったのだろうと期待したが、ルシオラの答えはまたしても彼女の予想をナチュラルに裏切った。
「だって、ヨコシマだもの。水着の女子高生の群れの中に放り込んだら何しでかすか」
「……」
そーゆーことか、と京香は深く脱力した。自分と同年代の男子にそういう欲望がある事は彼女とて承知しているが、しかし仕事に差し支えるほどとは……。
ま、まあいい。せっかく級友を出し抜いてここまで来たのだ。そもそも話したいことはこれからなんだから。
「……ま、まあ、それは置いといて。もし良かったらあの技、えっと、サイキックソーサーとか言いましたよね。教えて下さいませんか」
「「……え」」
今度は横ルシが予想を裏切られる番だった。
対抗戦の後、京香は思うところがあった。
自分の触手の術は、使っている間は自分もほとんど体を動かすことが出来ない。歩くくらいならともかく、敵を倒せるほどのパンチやキックは出せないのだ。それで弓に不覚を取ったのだが、そうでなくても相手の動きを封じるのに自分の動きも止まるのではいささか不便にすぎる。
そんな事を考えていた矢先に、今日横島を見かけたのだ。もし触手とソーサーを同時に扱えたならその欠点を大きくカバーできる。
「……うーん」
横島の性格なら可愛い女の子から教えて欲しいと言われれば喜んで手取り足取り腰取りとか言い出しそうなものだが、今は隣にそれを教えた師匠がいるのでそうも言えず、
「ま、まあ……ルシオラがいいって言ったら。てゆーか俺もルシオラに習ったんだし」
「え、そうなんですか!?」
てっきり美神に習ったものとばかり思っていた京香が改めてルシオラの顔を凝視する。
「わ、私? 私はもう弟子は要らないわよ。覚えたかったら自分で……え!?」
断ろうとしたルシオラだったが、話に加われなくてつまらなさそうにしていたシロに後ろから手を引かれてそちらを見ると、
「な、何あれ……!?」
「津波!?」
「いや、違うでござる。あれは……」
「「霊の攻撃!?」」
ルシオラとタマモが同時に叫んだ。
それはまさに歴史的瞬間であった。
去年まではバラバラにしか上陸してこなかった霊たちが、今回は一斉に反攻に出たのである。
しかもこれを予測していた者は誰もおらず、今それに対応できるのはここにいる5人だけであった。
水平線の向こうから群雲のように湧き出して迫ってくる幽霊と妖怪の大軍団に横島は平静を失って、
「……どうする? 俺達は遊びに来ただけだし、やっぱ逃げるか?」
実に彼らしいその発言にルシオラは苦笑して、
「そういうわけにもいかないでしょ。京香さん、だったかしら? みんなに知らせて来てちょうだい。その間は私達が足止めしてるから」
「まあ、そうだろうなぁ」
「え? で、でも……」
横島は何でもない事であるかのように答えたが、あの雲霞のような数を前に道具もなくたった4人でどうしようというのか。
しかしルシオラは有無を言わさず、
「いいから行って。時間が惜しいわ」
「そうそう、俺達だって死ぬまでねばる気なんかないし」
「……は、はい。分かりました。でもあの、本当に無茶しないで下さいよ? ソーサー教えてもらうんですから」
そこまで言われたら逆らえない。京香はそう言い残して、あの素早いダッシュで走り去っていった。
「では先生。いよいよ拙者たちの出番でござるな?」
今までかまってもらえなくて寂しかったシロがむんっと拳をかかげる。しかしそんなやる気いっぱいの彼女に対して、ルシオラはあまりにも無情だった。
シロとタマモの後ろに回ると、何気なく2人の頭に手をおく。
「ギャンッ!?」
「きゃあっ!?」
いきなり麻酔をかけられてくず折れるシロタマ。ルシオラは2人をかかえ上げて、
「それじゃヨコシマ、よろしくね」
「ああ。誰か来たらすぐ教えてくれ」
今から横島がやろうとしていることは少々ドギツイので、たとえ身内でも見せるわけにはいかなかったのだ。
右手の中で文珠を2つもてあそぶ。
こめた文字は、
《狼》《王》
女子高生が集まる海岸で、煩悩魔人横島は今こそ、餓えた狼たちの王として君臨した。
「■■■■■■■■■■■―――――――――ッ!!!」
女の子をゲット、もとい悪霊達を撃破すべく咆哮する!
犬飼ポチが変化したフェンリルに劣らない勢いで放射された霊波ビームが海面を薙ぎ払い、数百もの悪霊を一気に消滅させた。
――――つづく。
このまま横島がケリつけちゃう、などという展開ではありませんのでご安心下さい(^^;
ではレス返しを。
○拓坊さん
>横島君の前にはたかが剃刀野郎はあっという間に御臨終ですねぇ〜
参謀も優秀ですからねぇ。
○ももさん
>なんというか予想はしてましたけどタマモの見せ場が・・・(心の汗
あの流れではどうやっても……○(_ _○)
仮に横島が剃刀に破れたとしてもルシが残ってますし。
>カミソリ君がシメサバ丸2号として、おキヌちゃんの宝具にならないことを祈ります
刃の部分は横島君が念入りに粉砕しましたw
○遊鬼さん
>あれで飛び出してれば原作通りの展開すら有り得たかも知れない
そうですねー、シロが切られたら横島もあんな台詞言えませんし。
○ゆんさん
>姉妹で同じ人を好きになっちゃって・・・修羅場!!
ま、幸福の代償というやつですなw
○無銘さん
>半分口説いているようにも見えますが。こういう所は、横島パパの血がなせる技なんでしょうか
横島君にその気はなくても、あのパパの血を継いでますから無意識に発動してたかも知れませんねぇ。
で、パパと同じようにしばかれるとw
>やはり、横島君の戦い方はこうあるべきだと思います
アシュ編の決め手も「奥手」でしたものねぇ。
○花翔さん
>今回も何か、最後には横島がかっこよく見えてしまいましたね
彼もそれなりに成長しておりますから。
性格は変わりませんがw
○わーくんさん
>原作でのタマモさんの幻術での活躍も良かったけど、クロト様ver.もいいですね
幻術は近いうちに使いますのでご期待下さい。
>このユニゾンには血の気が引きました(ガタガタブルブル)
横島が逃げるのも当然です(怖)。
>残念!あんたは結局独身〜斬り!
いや西条にはまだ魔鈴さんがいます……が、このSSでこの2人がくっつく必然性がぜんぜん無いのが難点です(ぉぃ
ではまた。