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「せかいはまわるよどこまでも〜23〜(GS)」

拓坊 (2005-12-08 01:36/2005-12-09 00:58)
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〜横島視点〜


天龍襲撃事件も終わってから数日、暫くの間妙神山で厄介になった俺達だったが、流石に長居をするわけにはいかないので町へと戻ってきた。
しかし、家はキイ兄の言っていた通り部屋の原型を残しているだけで、他のものは全て吹っ飛んでいた。流石にここに住むわけには行かなくて…ホテルに宿泊することになった。

だがしかし、此処でまた問題発生。休日ならまだしも平日には俺は学校がある。しかし泊まっているホテルから学校までは電車で数十分揺られてから学校まで徒歩でさらに数十分。はっきり言って遠すぎる。

と、言うわけで…


「まさか、此処にきて一人暮らしをさせられることになるとは…」


俺は家賃と水道光熱費は出してくれるということで、学校に近いアパートの一室を借りて其処に住むことになった。
しかし、俺は此処にきて少し後悔している。何故あの時、アパートのほうは適当に選んでくれと言ったのだろうか…
今俺の目の前には、たった六畳一間しかない部屋があった。ほかのオプションは台所と押入れ、トイレくらいだ。


「幾らなんでも狭すぎるって…」


解約しようにも家賃は既に一年分は払ってあるらしい。つまり最低一年は此処で暮らせと?
俺は目から流れてくる心の汗をぬぐいながら、部屋の中に入った。部屋の中にはキイ兄の用意してくれた服や食器等の生活必需品が用意されていた。しかもそれだけで部屋の半分を占領している。

とにかく、寝られる程度には整理しようか…けど俺はそんなに片づけが上手なわけではない…


「今夜は徹夜…いや今日じゃ終わらないだろうな」


早くも諦めモードの俺は、何もしてないのにどっと疲れた体に鞭を打って片付けに取り掛かった。

まずはダンボール開けて中に何が入ってるか確認しないとな。
と、言うわけで俺は片っ端からダンボールを開けることにした。
まずはこの手前の奴から…


「みぃ♪」


俺は開けたダンボールを直ぐに閉めた。
今、茶色っぽい角の生えた生き物がいた気がするなぁ〜
俺はちょっと現実逃避してから、もう一度空けてみた。


「みみぃ〜」


「何でダンボールの中に梱包されてるんだよグレン…」


やっぱり幻覚じゃあなかったらしい。グレンが小さな羽根をパタパタと羽ばたかせてダンボールの中からでてきた。そして俺の頭の上にちょこんと座る。


「何でお前がこんなところに入ってるんだ?」


「み〜」


グレンは尻尾で自分の入っていたダンボールの中を指す。覗いてみると、其処には一枚の紙切れが入っていた。

『ホテルじゃ動物を飼えないので暫くの間グレンをよろしくね byキイ』

ああ、そういやペット禁止のホテルに泊まってるんだったな。まあグレンは悪魔の一種なんだけど、見た目小動物だし仕方ないか。


「しょうがないな、じゃあ目途が立つまで一緒に暮らすか」


「みみ〜♪」


グレンが俺の頭の上でくるくると回りながら飛び跳ねている。これぞグレン流感情表現技、喜びの舞! …まあ嘘なんだけどさ。けど喜んでるのは確かだろう。


「それじゃあ片付け再開するか…」


俺は二つ目の小さなダンボールに手を伸ばした、瞬間に思いっきり嫌な予感がした。今手をかけようとするダンボールから並々ならぬ気配を感じる。
俺はどうしようかと迷った挙句…


「ここはやはり処分…」


そう思ってダンボールをゴミ箱に放り込もうと思った瞬間、凄まじい敵意を感じて咄嗟に手を放した。
その瞬間ダンボールは内側から細切れになってぱらぱらと畳の上に降り注ぐ。
今持ったままだったら、俺の指もああなっちゃってたのか?
ちょっと戦慄しながら、俺はダンボールの中から出てきた存在に目を向けた。


【忠夫よ、斬り刻んでも良いか?】


「すまん、謝るから妖気ですっごい圧力かけてくるの止めてくれ」


畳に突き刺さったシメサバ丸から流れ出る妖気に俺は思わず一歩下がってしまった。流石は千年の時を戦場で過ごした妖刀だ。初め合ったときは何も切れなかったストレスの所為か弱ってて怖くもなかったが、今はほぼ万全の状態だ。正直正面から戦ったら包丁形体のこいつにすら勝てる気がしないぞ。


【分かればよいのじゃ】


「で、お前は何故?」


【うむ、ワシもグレンと同じく手紙が入っていたはずだ】


手紙…ねぇ。何処にあるんだそんなものが?
その手紙が入っていたはずのダンボールはシメサバ丸が細切れにしてしまっている。そして畳の上にはそれらしき物がないってことは…


「シメサバ丸、お前手紙ごと切り刻んだろう?」


【…不可抗力だ。許せ】


シメサバ丸が素直に謝ってくる。俺も流石にこの細切れになった中から手紙を探し出して、繋ぎ合わせてから読むなんて面倒なことはしなくない。

ともかく、これで早くも居候が二人か…


「で、何でお前までいるかなファス…」


俺の視線の先には、散らかった紙くずを吸い込んで片付けていくファスの姿があった。掃除してくれるのは嬉しいんだがな、吸引しながら俺のほうにノズルを向けないでくれ。じわじわと霊力吸い取られて体の力が抜けてくんだよ。


「で、お前は何で此処に?」


ファスはぐっとホースの部分を曲げて後ろに溜めを作って、一気にホースを伸ばすとノズルからぺっと紙切れを出した。何だか便利だなファス。けどゴミを吐き出したみたいでちょっと微妙だけど。
兎に角俺はファスの吐き出した紙切れを拾い上げた。

『二人は行って一人だけ行かないのは可哀想だから…よろしくね♪ byキイ』

ファスは特に理由なしかよ! ほぼ押し付けじゃねぇか!
かと言って此処で追い出すわけにも行かないし、しょうがねぇなぁ…


「まあ、寝る場所はグレンは座布団、シメサバ丸は机の上でファスは押入れな」


「みぃ」


【うむ、分かった】


グレンとシメサバ丸はそのまま声で、喋れないファスはノズルを縦に振って了解した。


「さて、それじゃあ…片付けるかな」


こうして始まった大掃除。俺は大きいものを、グレンが小物を、ファスは散らかったゴミを片付けてくれた。因みにシメサバ丸は総監督の役。何処に片付ければいいか指示してくれた。こうして人外トリオの助けも合って何とか深夜になる前には部屋の片づけが終わった。


「いや、助かったわ。お礼になんか奢るぞ」


俺は手伝ってくれた御礼に気軽にそう言った。
だがしかし、俺はこのトリオが人外だったということをすっかり忘れていた。


「みみぃ〜♪」


「なっ! カメラで20万だと!」


グレンが電気店のチラシを持ってきて、目的のブツを尻尾で指して示したのは現在最新式のデジタルカメラだった。他にも高いものがあるからこれでも遠慮しているんだろうが、それでも高いものは高かった。
しかもその用途が、食べることって辺りがすげぇ贅沢だ。手のひらサイズで20万だぞ? どんな高級食材だよ。


「ファスは…最新式の掃除機かよ」


ファスはその広告の中にある最新式の掃除機を、コンセントの部分で指している。
どうやらそろそろ新しいボディに変えたいらしい。値段のほうは8万…グレンよりは安いがやはり高い。

そして、極めつけはシメサバ丸の一言…


【そうだな、ワシもそろそろ何か生き物が斬りたいので……を一頭ほど頼む】


「買えるかそんなもん!」


俺は思わずシメサバ丸に突っ込んでしまった。


【牛刀形体になって綺麗に捌いてやるぞ?】


「マジで怖いこと言うなや!!」


そんな光景見たら確実にトラウマものじゃ!


後日、グレンとファスには約束どおりデジカメと掃除機をあげた。そしてシメサバ丸なのだが…キイ兄にそのことを頼んでみたら……


「任せといて♪」


そう言ってシメサバ丸を持ってどこかに出かけていった。


で翌日、冷蔵庫を開けてみたら昨日まで水しか入っていなかったはずなのに、パック詰めされた肉が所狭しと詰め込まれていた。しかも冷凍庫、野菜室まで肉で一杯だ。しかも種類が牛だけじゃなく豚に鳥、羊まであった。
そして極め付けが山羊の肉。


「ごわぁっ!? 臭せぇ!!」


山羊の肉はとても臭かった。正直食い物なのかと疑ってしまうくらいだ。俺の中で山羊肉はクサヤとドリアンに並んで臭い食べ物トップ3に君臨することになった。


せかいはまわるよどこまでも
〜〜蒼河霊能部隊、幽霊館探検録〜〜


〜ナレーター視点〜


「それで…どこかいい事務所を立てる場所はないか…と?」


「ええ、また今回みたいなことがあっても困るし、どこか良い場所ありませんかね?」


家兼事務所が使えなくなってからキイは唐巣の下を訪ねて事務所になりそうな建物、もしくは良さそうな土地がないかと相談していた。
各不動産から事務所として色々と紹介されたのだが、いまいち気に入らずに全てを断っていたら、いつの間にか候補がなくなってしまったのだ。


「おう、ピート。相変わらず美形だなこの野郎!」


「なっ、行き成り何ですか横島さん? あっ、やめ…痛いですって!」


その後ろでは横島が笑顔を貼り付けたままピートにヘッドロックをかましていた。いい加減慣れてもいいものを、美形とあらば誰彼構わず敵意を抱いている。
まあ本気でやってるわけでもないし、ピートもそれを知っているのか苦笑していて其処まで嫌がってはいなかった。
おキヌはそんな横島たちに微笑みながら友達っていいな、とちょっと羨ましそうに眺めている。


「ふむ、しかし一等地で霊的にも十分な条件が揃っているところとなると…難しいね」


この時代にそんな余分な土地が余っているはずがないし、それにそんな良い土地があるなら他のGS関係者たちが見逃すことはないだろう。

どうしようかと悩んでいるところで、教会にいる一同は微かな霊圧を感じ取って扉のほうを見た。
するとゆっくりと教会の扉が開けられ、其処から帽子にコートと顔も見えないどこか違和感を覚える人物が現れた。


「…こちらに、事務所をお探しの…霊能者がいると聞いてきました」


その人物は途切れ途切れに、まるで機械の様に抑揚なく言葉を発する。


「何ていうか…怪しい奴だね」


「いや、それを言ったらおしまいだよキイ兄」


それに、外見年齢十代前半の癖に既に二十歳の成人だと言い張って、色々と理不尽なことを平気でするキイのほうがよっぽど怪しい存在だ。

ともかく一向は、その怪しい人物に付いていくことにした。


「良い子の皆は知らない人に付いて言っちゃ駄目だからね?」


「誰に何言ってるんだよキイ兄…」


何故か虚空に向かってそういったキイに横島が不思議そうな顔で突っ込んだ。


怪しいコート姿の人物に連れられて、一向がやってきたのはかなりぼろっちい三階建ての建物だった。


「これは…場所も一等地だし、なんか霊的な気配を感じるね」


「ふむ、どうやらこの真下に霊脈が通っているみたいだね…」


色々と開拓され、地形を変えられたことによって首都周辺の霊脈は主要部分以外は殆ど縮小、もしくは枯渇してしまっていた。しかしここは珍しくもちゃんと霊脈が機能しているようだった。


「ホントに此処を自分たちにくれるの?」


「…さよう…ただし……条件があります……最上階にある……この物件の権利書を……ご自分の力で………取ってきてください」


それだけ言うと、怪しい人物はコートと帽子だけを残して煙になって消えてしまった。


「ん、まあ行ってみようか」


キイは建物の周りにある有刺鉄線を乗り越えて、建物の入り口に向かう。


「キイ君、もう少し調べてからのほうが良くないかい?」


それを唐巣がやんわりと静止する。確かに害意はなかったが、それだけで安全というわけではない。通常なら下調べを済ませて万全な状態で挑むべきだろう。
だが、キイはそれに対して首を横に振った。


「ん、どうやら時間もないみたいだし……ほら、相手さんもこっちを誘ってるしね」


キイが指差す方向には、独りでにゆっくりと開いていく扉が合った。


「それじゃあ唐巣さんとピート君はここのことに付いて調べてみてください」


「分かった…くれぐれも気をつけるんだよ?」


キイが小さくうなずくと、唐巣とピートはこの物件のことを調べるために区役所へと足を向けた。
キイと横島とおキヌはそれを見送ってから、古びた屋敷へと足を踏み入れた。


「へぇ、結構いい建物だね…」


屋敷の中は西洋風の造りになっていた。あちこちにひびが入り、ボロボロだが修理すればすぐに綺麗になるだろう。
しかし、それよりもいま気になっているのはこの屋敷全体から発せられている霊気だった。
それをぴしぴしと感じ取る横島は、何なんだとちょっと居心地の悪そうな表情をしていた。


「なあキイ兄、この家なんか変じゃないか?」


「まあ、差し詰めお化け屋敷ならぬ屋敷お化けってところかな?」


キイが横島の質問に答えたところで、急に天井から声が聞こえてきた。


【どうぞお進みください…これから待ち受けるテストに合格すれば……この屋敷をお与えしましょう】


廊下の先にある扉が独りでに開く。横島は警戒しながら、キイはのほほんと、おキヌは冒険みたいでちょっとわくわくしながらその扉をくぐった。

その扉をくぐった先にあったのは、一体の鎧人形。西洋の甲冑に抜き身のサーベル手にしている。
そしてその甲冑はカタカタと動いたと思ったら、行き成り剣を振りかざし横島たちに襲い掛かった。


「のっ! たわっ!? おわぁっ!!??」


横島は咄嗟にサイキックソーサーを展開し、その剣戟を慌てて逸らす。
だがその剣捌きは確実にプロ並みの実力だ。横島もキイから多少は武術の基礎は習っているが剣道三倍段という言葉もあるように、得物を持った実力者が相手ではそう太刀打ちできるものではない。
だが、これはあくまでもただの戦闘…試合などではないのでルールや反則などはありえないのだ。それなら横島にも打つ手が合った。

甲冑の剣が横薙ぎにされて横島の頭を狙う。だが横島はそれを地面を転がるようにしてかわす。


「せいっ!」


そして起き上がりざまに甲冑に向かってサイキックソーサーを投げつけた。甲冑はそれを剣で切り捨てる。だが、サイキックソーサーは真っ二つにされた瞬間、圧縮されていた霊気がバランスを崩し、爆発した。

ばらばらに吹き飛ぶ甲冑、横島はそれを見てふうっとため息をついた。


「わあっ、横島さんカッコいいです」


「そうか? なはははは、まあこれくらいわね!」


横島はおキヌに褒められて急に上機嫌になった。元来あまり褒められることがなくて、しかもいいところは殆どキイに取られていた横島は、久しぶりにいいところを見せられてかなり嬉しそうだ。

だが、その栄光も一瞬のことだった…


「! 横島さん後ろ!!」


「へっ? おわあぁっ!?」


おキヌが慌てて後ろを指差したので、横島はくるっとそちらに振り向く。そしたら目の前に吹き飛ばしてばらばらにしたはずの甲冑が元に戻って剣を振り下ろしてきたのだ。
横島はかろうじてそれを横に転がってかわす。その際、剣に斬られることはなかったのだが、横島が転がった右側には、直ぐ其処に壁があった。横島は其処に頭をぶつけて、その痛さに頭を抑えて座り込む。


「横島さん…かっこ悪いです…」


「ノオォーー、何で俺はこうもうまく決められないんやーー!!」


それはもう殆ど呪いに近いのかもしれない。おキヌにそう言われた横島は床をごろごろと転がって悶えている。けどそれでも甲冑の剣をかわしているのは偶然なのか分かっていてやっているのか…

横島は壁際まで転がって立ち上がり、霊波を腕に集中させて甲冑に肉薄する。甲冑は確かにプロの剣捌きだが、小竜姫の剣筋に比べれば雲泥の差だ。あくまで人間レベルの強さ…その程度なら日々人外なみの実力を持ったキイを相手にしている横島には決して捌ききれないものではなかった。
だが、横島の攻撃は何度甲冑に当てても全くダメージになっていないようだった。
幾ら吹き飛ばしても、直ぐに元の甲冑に戻ってしまうのだ。


「くぅっ! サイキックインパクト!


横島は両手を腰の横に構えて溜めを作ると、両手に霊波を収束させて一気に放つ。甲冑はそれをもろに受けて、空中でばらばらになりながら壁に激突する。
だが飛び散ったパーツ達はまるでまき戻しをするかのように宙に浮き、あっという間に元の姿に戻った。


「うげっ、反則だろうそれは!」


甲冑は剣を構えると、横島に突っ込んできた。


「うおおぉぉ! キイ兄どうすればいいんだ!!」


甲冑の猛攻をかわしながら、横島はキイに視線を送る。


「忠っち、こういうのはどこかに弱点があるものだよ!」


「弱点…そうか! 霊視だな」


霊視は本来、霊を見るためのものであまり重要視されるものではない。だが、霊視には霊を見ること以外に大切な用途がある。
それが相手を『視る』ことなのだ。相手の霊力の強弱を知り、霊気の流れを見て、その力から弱点までを知ることが出来るのだ。

だが此処まで霊視を鍛えるのは生半可なことではないのだ。わずかな強弱に気付き、些細な気の乱れを感じ取ることは、まさに街中の喧騒の中特定の人物を探し出そうとするのと同じくらいに困難なことなのだ。

横島は早速甲冑を霊視してみる。


「これは…甲冑は囮って訳か!」


横島が霊視した結果、甲冑には数本の糸のような霊糸が飛び出していた。つまり甲冑ではなく他の本体がまた別のところにある。横島はされに集中してその霊糸を追跡する。
霊糸のほうは、二つの目がある随分と怪しい絵画へと続いていた。


「キイ兄その絵をどうにかしてくれ!!」


「あいよ〜」


横島は甲冑を相手にしながらキイに指示を出す。だが、キイにお願いするときはいくつかの注意事項が必要だ。今日はその中の一つを紹介しよう。

キイに頼みごとをする場合は具体的に何をして欲しいか明言しましょう。


キイは二つの目がある絵画に近づいて、


「じゃーんけーん・チー!!」


人差し指と中指を立てた状態で、その目を思いっきり突き刺した。


「うわぁ、えげつない…」


横島の口からついそんな言葉が零れる。
因みに絵画が目潰しされた瞬間に、甲冑のほうはありもしない目の部分を押さえて悶えていた。どうやらあの絵画と甲冑は一心同体のようだ。

甲冑は何とか起き上がると、剣を振りかざしてキイに向かう。キイはそれを見て、にやりと口元を吊り上げた。横島はそれをちょっと憐れんだ目で見ていた。
甲冑はキイとの間合いをつめ、剣を振り下ろす…が! その剣はキイに届くことなくその手前で制止した。正確には、キイよりも手前にある今まさに切り裂かれそうだった絵画を前にして制止したのである。
そう、キイはその絵画を盾にして甲冑の攻撃を防いだのだ。自分の本体を盾に取られた甲冑は成す術もなかった。


「ふっふっふ、さあどうする?」


絵画をくるくると回しながら甲冑に詰め寄るキイ。その姿はまさに悪者だった。


「キイさん、怖いですね」


「ああ、絶対敵に回したくないよな」


横島たちがそんな会話をしている間に、甲冑の手が外れて中から白旗が飛び出してきた。どうやら負けを認めたようである。


「よし、まず一勝だね忠っち」


「ああ、けど後味悪いな〜」


部屋を出るときに、目潰しされてまだ目をしきりに瞬かしている絵画を元に戻そうとしている片手の甲冑を見て、その不憫な姿に横島も同情を隠しきれなかったようだ。


そのころ区役所でボロ屋敷の情報を手に入れた唐巣たちは…


「旧渋鯖男爵邸か…これは大変な掘り出し物だね」


資料に目を通したピートの報告を聞いて唐巣が唸るように屋敷を見上げる。
渋鯖男爵とは、戦前のオカルト研究家でそのなかでも『人工霊魂』を作ろうと研究を重ねていた人物である。ただ、彼は極度の人間嫌いであったため生涯独身、その研究も全て一人で成し遂げていたらしい。


「あれ? しかし渋鯖男爵にはお子さんがいらっしゃいますよ?」


「何? 彼に子供がいたなんて…養子だろうか?」


「えっと…名前は『渋鯖人工幽霊壱号』ですね、不審な点は全くありません」


その報告を受けた唐巣は思いっきりこけて地面を数メートルスライディングした。


場面は戻って横島たち…
数ある部屋に入ってはそのテストをクリアしていった。

例えば、霊視によって分かる色違いの床で間違った床を踏むと電気が流れたり…そこで横島がキイにぶつかって間違った床を踏んで感電したり……
針付き天井が降りてきて、天井にある特定のポイントを破壊しないと止まらなかったり…最後の方までキイがどうすれば良いか教えなかったので、天井が止まったのは横島に針が突き刺さるまであと数センチだったり……
槍が飛び出してくるトラップで、キイがそのスイッチを止めることなくありえない動きをして全ての槍をかわしてみたり…そのあと横島も挑戦して数本目が尻に刺さったり……

兎に角、横島ばかりがひどい目に合っていた。


「さて、次のトラップは何かな〜。忠っち気をつけてよ?」


「んな楽しそうに言うな!」


ニコニコと笑顔で注意してくるキイに、入って来たときより確実にボロボロになった横島が力の限り突っ込んだ。
おキヌのほうはまあまあとそんな横島を宥めている。彼女のほうはキイから渡された『万難退散』の霊符のおかげで全く危険な目には合っていなかった。キイ、おキヌちゃんには結構過保護のようだ。


「さ〜て、次は上の階だね」


「もうさっさと終わらせよう…」


三人は階段を昇ってその廊下に立つ。廊下には一つの小さな机と水晶珠のようなものが置いてあった。


「ん、何だ?」


横島はそれに近づいて手にとって見る。


「忠っち、もうちょっと警戒してくれたら助かったな」


「へっ?」


後ろを向くと、キイがやれやれといった顔で両手を横に広げて首を振っている。
その瞬間、水晶珠から凄まじい霊圧が発せられた。


「どわっはぁ!?」


まず最初に、その水晶珠を手に持っていた横島が真っ先に吹っ飛ばされて階段近くの壁に叩きつけられた。
そして、それに続いて…


「きゃあっ!?」


霊圧に押されたおキヌちゃんも壁に向かって圧される。そのまま壁に貼り付けになるかと思った瞬間、そのおキヌちゃんをキイが掴んだ。


「キイさん…ありがとうござ…「ほいっ」へぇっ?」


おキヌがお礼をしようとしたのだが…キイは若干位置を修正しただけでおキヌをパッと放した。


「キイさんひどいですーー!」


そして結局おキヌも霊圧に圧されて張り付くことになった…


その先には横島の姿があった。

ちょうど仰向けの状態で壁に貼り付けになっている横島のちょうど胸辺りにおキヌが抱きついたような形になっていた。


「きゃっ! 横島さんすみません!」


「うおっ! 何!? おキヌちゃん? けどお腹の辺りにやーらかいのは良いとしてあったかい感触がするんだけど何故!!」


例えおキヌに抱き疲れても彼女は幽霊だ。だから本来ならあったかくもなければ触れることも困難だ。まあ、触れるほうは300年のキャリアのあるおキヌは物に触れたりするのは朝飯前だ。だから横島の言う柔らかい感触というのは感じてもおかしくはない。
ただ、温かいという温度については、ただの幽体であるおキヌには到底持てないものである。実体化…いわゆる小竜姫たちのように神のような、実体を持った姿になる高等技術を使えば出来なくもないが、こればかりは才能が全てのものを言う。勿論のことおキヌはそんな技術は持っていない。

それでは何故横島がおキヌから体温を感じるのか? それは簡単だ。キイがおキヌを掴んだ瞬間に、『体温』と書かれた霊符を貼り付けたのだ。『実体化』でもよかったのだが、本来実体化は自分の霊力を使わないと体に馴染まなくて余計に霊力を消費してしまう。だから今のキイでも丸一日分の霊力を使って数分程度しか実体化させられないので効率が悪かったわけだ。


「ご、ごめんなさい横島さん! 直ぐにどきますので!」


おキヌは一生懸命腕に力を入れて横島の上からどこうとするのだが、水晶から発せられている霊圧の所為でぜんぜん動けない。
いっぽう横島のほうは下腹部辺りでおキヌがもぞもぞと動くたびに、やーらかい何かが押し付けられて大変なことになっていた。


「出来ることならこのままで…ああっ、しかしそれはおキヌちゃんのこともあるし……

だがこの状況はとっても美味しい……だがだがしかし! ここでアホなんかしたらおキヌちゃんに嫌われる可能性が…


ああー! 俺はどうすればいいんやーー!!」


脳内の葛藤をそのまま口に出して雄たけびを上げる横島。その言葉はおキヌはどうにか退こうと頑張っていて幸いにも聞いていないようだ。

そんな様子をキイはうんうんと頷きながらカメラに収めていた。


「ってかキイ兄普通に動けてるじゃん! 何とかしろコレ!」


横島はそこでやっとキイが平然と床に立ってカメラを手にしていることに気付いた。キイはその霊圧に対してそれと同じ大きさで霊圧を発してそれを相殺していたのだ。
キイはそう言われて、そそくさとカメラを懐にしまいこむと…


「うわっ、限界だ!」


そう言って行き成り霊圧に負けて壁に張り付いた。


「わざとらし過ぎじゃーー!!」


「げふっ!?」


横島は何とか右手を動かして突っ込みを入れた。振りぬくとき水晶珠の霊圧によって加速されたスナップがキイの額に直撃した。何時もより五割増しな突っ込みにキイもダメージが二割増しだ。


「で、どうするんじゃこの状況で!」


「まあ、今回は面白いもの見れたし自分がどうにかしてあげるよ」


そう言ってキイはおもむろに懐から取り出すは、銃身が一メートルは超えるであろう対戦車ライフルだった。その銃身には『一撃必殺木っ端微塵君』とラベルが振られている。どうやらキイのとんでも発明品の一つのようだ。


「キイ兄…一応聞いてみるが、その威力のほどは?」


「……厚さ十センチの鉄板ぐらいなら楽々かな…?」


「何で疑問系! キイ兄それ撃つの待っ「発射!」こらぁ人の話は最後まで聞けぃ!!」


キイは横島の言葉を最後まで聞くことなく、水晶球に銃口を向けてトリガーを引いた。
キイの持った『一撃必殺木っ端微塵君』の銃身が白い光に包まれる。そして、その光が白から黒へと変じた瞬間、凄まじい霊波が細長く圧縮されて打ち出された。それはまるでレーザーのようにまっすぐと伸び、水晶球を軽々と貫いた。そしてそのまま反対側の壁に当たったかと思えば、そのまま突き抜けていった。


『痛あぁぁぁ!!?』


それと同時に天井から壁から大音響で悲鳴が聞こえてきた。壁…人工幽霊壱号にとっては体を貫かれたのも同じことだ。ただ屋敷の癖に痛覚を持っているのかという疑問が浮かぶが、誰もそんなこと気にしていなかった。
特に横島とおキヌは、そんなことを考えている場合ではなかった。


「うっ、あぁ…ごめん……直ぐ退くから」


「あ、はい…横島さん……気にしなくていいですよ」


お互い赤く染めた顔を向き合わせながら、そんな会話をしていた。
今の横島とおキヌの体勢は、仰向けで倒れているおキヌに横島が覆いかぶさっているという状況だった。水晶球が割れて霊圧が消えたことによって壁から解放された二人だったが、行き成り霊圧が消えて重力に引かれて落っこちたのだ。おキヌちゃんは別に浮けるのだが、横島に抱きつく形だったのでそのまま巻き込まれたのだ。
もし此処に第三者が現れたら、まるで横島がおキヌを押し倒したかのように見えるだろう。


「うっわ〜、忠っちがおキヌちゃんを押し倒してる〜」


いや、第三者じゃなくてもそういう事を言う輩が此処にいた。キイがその様子を再び懐から取り出したカメラに収めていく。


「こらぁ! 何撮ってるんだキイ兄!!」


「忠っちとおキヌちゃんが抱き合ってるところ」


「そう言うことじゃねぇ!」


カメラを奪おうと手を伸ばす横島に、キイはひらりひらりとかわしながらネガを交換していた。
其処におキヌが遠慮がちに手を上げながらキイに呟く。


「あの、その写真は……」


「ああ、ちゃんと現像してプレゼントするから待っててね」


「そうなんですか。ありがとうございます」


そう言って満足そうにぺこりと頭を下げるおキヌ。キイはうんうんと頷いた後、背後にいる『束縛』の文字が書かれた霊符を張られた横島に向き直った。


「忠っちにもあげるから心配しないでね」


「いらんわそんなもん!」


力一杯に叫ぶ横島。だが、其処で予想外の参戦者が現れた。


「そうですか…横島さん、私と写った写真なんて欲しくないんですね」


しょぼーんとしたおキヌが肩をがっくり落として、ついでに周りに浮いている火の玉もしゅーんと小さくなって体全体でがっかりオーラを放っていた。
それを見た横島は流石に慌てる。そんな意味で言ったわけではないのだが、おキヌには『お前なんかと撮った写真なんか欲しくないわ!』と解釈されたのに気付いて何とか誤解を解こうとしている。
因みにキイはそんな困った横島をさらにカメラに収めながら不敵な笑いを浮かべていた。


――五分後…


「〜〜♪」


「だめ、疲れた…」


何とかおキヌの誤解を解くのに成功した横島だったが、この五分間でさらにやつれてしまっていた。それもこれも…


「もうっ、横島さんったら。私だったから良かったものの…女の子を押し倒すなんて駄目ですよ?」


「はい、以後気をつけます…」


といった具合に、さっきのはわざと押し倒したという違う誤解をされてしまったのだ。もう弁解する気も起きない横島は、『幽霊を押し倒した男』という不名誉な称号を手にしてしまったのだった。


「それで…後どれ位テストがあるの?」


『つ、次の階で終わりです。其処の部屋にどうぞ…』


人工幽霊壱号のほうも、これ以上自分の中で暴れて欲しくないのかそれとも本当に最後なのか、キイにそう答えた。多分…後者なのだろう。そう、多分…

横島たちは階段を昇って、そこで丁度開いた扉の前に立った。


『…その机の上に必要な書類をそろえてあります…』


「おお、それじゃあさっさと…」


そう言って横島が一歩足を踏み入れようとした。


『ただし、この部屋では一歩歩くごとに五年分の年をとります』


「おわっちゃ危ねーー!!」


後数センチで足が着くというところで横島は咄嗟に足を引っ込めた。自分の体を隅々まで触って何も以上がないことを確認してからふぅっと安堵のため息をついた。


「五年って…机に付くまでには殆ど老人になるやんけ!!」


机までの距離は大体17、8歩分ほど。うまくいけば五十代前半で着きそうだがそれでもだいぶ年寄りだ。


「これをクリアすれば私はあなたのものになります…どうしますか?」


今まさに、究極の選択を迫られていた。
キイは目を閉じて右手の人差し指でトントンとこめかみを叩いた後、目を開けてぽんっと手を打った。


「よし! 忠っちレッツゴー!」


「やっぱり俺かい! つーか嫌に決まってるだろう!!」


「大丈夫、ちゃんと作戦があるからさ。耳貸してよ」


横島はちょっと身をかがめて右耳をキイのほうに向ける。キイは口元に手を添えて横島の耳に近づいて…


「…………ふぅっ


「うひゃあっ!? 何するんじゃあ!!」


お約束の如く息を吹きかけた。横島はぞわっと体中の毛を逆立たせられて、キイに右フックをお見舞いしたがキイは軽やかにかわした。


「冗談冗談、ほらもっかい耳貸して」


「…しょうがないな」


横島は訝しげな目線を向けた後、キイに耳を貸す。其処にキイが口を近づけて…


「舐めたりしたか本気で殴るからな?」


「……ソンナコトスルワケナイジャナイカ。ハハハハハ」


「キイさん、すっごく動揺してますよ」


先に釘を刺した横島の言葉に、キイは冷や汗を掻きながら片仮名表記の言葉で答える。それにおキヌが苦笑しながら軽めに突っ込んだ。


「それでどうすりゃいいんだ?」


「うむ、ごにょごにょごにょ〜ら…という訳なんだよ!」


「何と! つまりそれはかくかくしかじ〜かという事か!! 成る程、それは盲点だった…」


「…うぅ、私にはお二人が何を言ってるのか分かりません」


キイと横島の使ったごにょごにょとかくかくしかじかは、略したときの表記ではなくてそのまんま声に出して言っただけであった。つまり、内容がさっぱり抜け落ちていて全く理解不能な会話だったわけだ。


「よし! 行って来るぜキイ兄!」


「グッドラーック、忠っち!」


そしてお互いにサムズアップして横島はそのまま部屋の中に侵入した。

だが横島は全くその姿が変わらなかった。どれだけ進もうとも、全然老けない。
これぞまさに永遠の17歳! どこぞのアイドルじゃないんだぞと突っ込まれそうだが真の意味でコレを使える人物なんていないであろう。
勿論横島にそんなスキルがあるわけもない。これにはちゃんと種があるのだ。
それは今の横島の体制が…


匍匐前進なのだ!


匍匐前進、それは這い蹲ったまま手と足を使ってにじりにじりと進む、戦争映画なんかでよく見られる移動方法だ。そして今回は念のため足を使わずに横島はにじりにじりと机に向かって進行していた。
確かにコレなら『一歩』という言葉は適用されない。よって歳を取らなくていいということなのだ。反則ギリギリの裏技的攻略方法だった。


「ほら、ゴールはもう少しだ! 根性見せろ忠っち!!」


「うおおぉぉ! やったるでーー!!」


横に付いたキイの声援を受けて、横島はラストスパートをかけた。そして、横島はついに書類の置かれた机にたどり着き、机の上に這い上がる。


「ひゃっほー! キイ兄俺はやったぜ!」


「やったね忠っち!」


感動(?)のゴールに二人はハイタッチしてその喜びを分かち合った。
暫く笑いあう二人だが、其処で横島はあることにふと気が付いた。それは、目の前にキイがいることだった。


「…あれ? キイ兄…どうやって此処に?」


「? 歩いて来たに決まってるじゃん」


「いや、そりゃそうなんだけど……あれぇ!?」


今現在、この部屋には一歩歩くと五年歳を取るという呪いのような効果がある。その中をキイは平然と横島の横を歩いて付いてきていたのだ。
その合計歩行数は22歩、計110年分は歳を取っているはずなのだ。しかし、キイは老けるどころか一ミリたりとも成長すらしていなかった。それに横島は何かがおかしいと首を捻る。


「ふっ、これぞまさに永遠の20歳だね」


「いや、キイ兄の姿じゃ永遠の14歳ってところだろ」


もしかしたらそれ以上下に見えるキイの容姿に横島は軽く突っ込んだ。


『ま、まあいいでしょう……そこの椅子に座ってください』


「これか?」


横島が机の後ろにあった椅子に手を掛けた。


『そう、それは玉座です』


横島が椅子に座った瞬間、眩い光が部屋中に満ち溢れた。
その瞬間、今までボロボロだった壁や床があっという間に新品同様に直っていき、ボロ屋敷はあっという間に新築同様なまでの輝きを取り戻していた。


『人工幽霊の私は強力な霊能力者の波動を受けねば消耗してしまうのです。あなたのような人に所有されるのを望んでいました』


「そ、そうなのか? ちょっと照れるな」


椅子に座って天井を見上げながら鼻の頭を掻く横島。強力な霊能者と褒められて悪い気はしないだろう。
横島はちょっと調子に乗って椅子の背もたれに深くもたれて足を机の上に乗せる。


『今日からあなたは私のご主人様です。よろしくお願いしますねマスター』


「んなっ! 何言っておどわっ!?


行き成りの人工幽霊壱号からの爆弾発言に横島は慌てて立ち上がろうとしたが、その足が今机の上にあることを忘れていて、そのまま後ろにひっくり返った。
その拍子に後頭部を強打して、横島はその場で頭を抑えて蹲っている。


「よかったね忠っち! 行き成り一国の主だなんて……このド外道さんめ♪」


「にこやかな笑みで褒めてんのか貶してるんのか分からん発言はやめろ! お前もいきなりアホなこと言うんじゃない!」


横島は天井に向かって咆える。だがそのことによってさらに大きな爆弾が投下された。


『しかし、マスターは私の所有者ですし。私は貴方の物ですから』


実際この建物が横島のものになったのならこの言葉の意味はその通り正しいのだが、この会話は一般で交わすにはあまりにもアレな話だった。聞く人によっては憤死ものである。一般人が聞いたら間違いなく110番されたりするだろう。


「わぁ〜忠っち凄いんだね。このキチクン♪」


「そんな社会のゴミくずを見るような目で俺を見るなーー!!」


横島は頭をかきむしってバッとおキヌのほうを見る。おキヌなら分かってくれるはずだと最後の望みを掛けた。


「おキヌちゃん…」


「横島さん♪」


おキヌはにっこりと微笑んで横島に近づいく。おキヌの額には良く見たら井形が浮かんでいた。


「建物相手に欲情しては…流石に私もフォローできません♪」


最後の望みは木っ端微塵に砕け散った。横島は神は死んだと、涙を零しながらその場で崩れ落ちた。
因みにその様子をキイがしっかりとビデオカメラに収めていたりした。


十分後、未だに遠い世界から帰ってこない横島を置いて、キイと人口幽霊壱号が今後のことに付いて話し合っていた。


「ん〜、忠っちはまだ学校通ってるからずっとここに入れないんだよね」


『そうなのですか…それは困りましたね』


それにここは学校からは遠い。やはり横島はあのアパートに住むしかないようだ。
別段常に館の中に居ないといけないわけじゃないが、出来るだけ館の中にいてくれないと結界を維持したりする霊力を補給するのが大変になる。
と、言うわけでこの館にはキイが住むことになった。そしてキイをここのオーナーということにして、微弱ながら霊力を補給できるように手を加えることになった。


「よーし! 蒼河霊能相談所復活だー!」


「良かったですねキイさん」


早速荷物を運び込もうとキイは泊まっていたホテルへと向かった。おキヌも何か手伝おうとそれに付いていく。
そして一人残された横島は…


「へ…へへっ、俺は変態じゃないぞ……性別もないような館に欲情なんてできるわけないじゃん………ア、アハハハハハハハ」


いい具合に壊れてしまっていた。そんな様子を見ている人工幽霊壱号が横島に話しかける。
だが何を話しかけていいのか分からなかったので、此処は無難にと…


『マスター。何かご命令はありますか? 貴方はご主人様なのですから出来る限りのことはやらせていただきますよ?』


親切心で掛けた言葉なのだろうが、それが横島へのトドメとなった。


「俺に優しくしないでーーー!!!」


横島は耐え切れなくなって窓からその身を投げ出した。因みに此処は三階だ。


「アーイ・キャーン・フラーーーーーイィィィ!!」


『マスターーー!?』


横島は勿論飛べるわけもなく、そのまま地面へとまっさか様に落ちていった。


因みにそれによる怪我は、地面に激突だったのに軽傷だったと言っておこう。つくづく人間離れした頑丈さだった。


〜おまけ〜


「で、お前らもとりあえず家出来たんだから引っ越しな」


「みぃ〜」


【むう、仕方ないな】


物の怪トリオはちょっと残念そうに荷物をまとめていく。といってもグレンがお気に入りの玩具(兼非常食)と専用布団。シメサバ丸は寝る時用の木の箱。ファスに至っては特に何も荷物がなかった。


「まあ、機会が来れば遊びに来ればいいんだしそんな気落ちするな。俺もキイ兄んとこほぼ毎日行くんだし、何時だって会えるんだからさ」


三人の中で特に寂しそうなグレンの頭を撫でながら横島が優しく諭す。こう言った時は年上のお兄ちゃんといった感じで頼りになるのだが、コレを維持し続けるのはほぼ不可能だった。どこかで必ずお笑い回路か煩悩回路が起動するからだ。

まあそんなことは置いといて、横島のほうも短い間だったが三人と暮らして結構楽しい生活を送っていたので、急にいなくなるのは寂しいと感じていた。


「だ〜れも居なくなったら…こんな狭い部屋でも広く感じるな〜」


物の怪トリオが帰ってから数時間、部屋の真ん中でごろんと大の字で寝転がって、横島はボーっと天井を見つめている。
暫くそうした後、横島はふっと笑ってすぐさま起き上がった。


「誰かが居るって…本当に嬉しいことなんだよな〜」


なくなってから気付いたその喪失感にも似た物悲しさに、横島は靴を履いて扉のノブに手を掛けた。


「忠っち遊びに来たよー!」


「ぶはぁ!?」


扉を開けたその瞬間に、ファスに乗ったキイが突っ込んできた。キイと横島とファスは絡まるように部屋の中に転がって、壁にぶつかったところで止まった。
それと同時にキイの背負っていたリュックからグレンとシメサバ丸が転がり出てくる。


「み、みぃ〜〜…」


【うっ、気持ち悪い…】


どうやら慣れない高速&乱暴な運転に二人とも酔ってしまったようだ。グレンのほうは自分で飛んだりするが、高速では飛ばないし何よりリュックに閉じ込められていたのだから仕方ないだろう。シメサバ丸のほうは…まあ生まれて初めて空を飛んだだろうし、当たり前の反応かもしれない。


「横島さん、台所お借りしますね」


「おキヌちゃん…」


食材の入った袋を持ったおキヌが、持参したお玉とフライパンを持って台所に向かった。その後姿で、包丁を持った瞬間だけ、ほんわかした雰囲気に黒い影が指したような気がするのは気のせいだろう。そうであって欲しい…


「けど皆してなんでまた?」


「そりゃあ当たり前でしょ? ねぇーグレン〜」


「み〜みみぃ〜〜」


首を少し傾けてそう言うキイに、グレンがこくこくと頷いた。横島のほうはそれで分かるはずもなく首を傾げる。


【グレンが一人で食事するのは寂しいだろうと言ってな】


「ああ…そう言うことか……」


まさか小さなグレンにそこまで心配して貰っているとは思わなかった横島は、嬉しいやら恥ずかしいやらではにかみながら頬を掻いた。


「ほら忠っち。蒼河一家の新しいメンバーだよ」


『よろしくお願いします、マスター』


「お前…人工幽霊壱号か?」


キイがリュックから取り出したのは小さなログハウスの模型だった。どうやらこの中に人工幽霊壱号が入っているらしい。


「今日は新人さん歓迎パーティーなのだー!」


リュックの中から『ようこそ人工幽霊壱号♪』と達筆な筆書きで書かれた垂れ幕がでてきた。
キイはそれをグレンとファスに渡して部屋の窓側の壁に貼ってもらう。


「キイさーん手伝ってもらえますかー?」


「了解〜、忠っちは皆と遊んでてね〜」


キイはそう言って台所のおキヌを手伝いに席を立った。
横島が人外トリオ…いまはカルテットになった四人を見る。グレンとファスは垂れ幕を留めようと頑張っている。その姿が微笑ましい。シメサバ丸はキイに連れて行かれて肉を相手に奮闘中だった。たまに妖気が流れたりして怖かったりする。人工幽霊壱号は何もせず…というかログハウスなのだから何も出来ないのだが、ただ静かにのんびりとした雰囲気を醸し出していた。


「家族って…いいもんだな〜」


横島はそう言うと未だに悪戦苦闘しているグレンとがファスを手伝ってやるために立ち上がった。


人は一人では生きていけない…例え一人で生きていけたとしても…それはきっと悲しいこと…

――お前には…何時も沢山の奴らが傍に居るさ……それがお前の力になる…


「? グレン何か言ったか?」


「みみぃ?」


「…空耳かな?」


横島は気にせずに垂れ幕を止めに掛かった。


―――だから…お前はきっと……できるはずだ…なぁ、『横島忠夫』?


その声は、誰にも聞こえずに虚無の海へと消えていった。




あとがき


手袋無しでバイクに乗ってたから手が悴んでキーボードが打てなくなりました。拓坊です。


まずはレス返しです〜


>黒覆面(赤)様
外伝のデートのほうはこのように女性側の一人称で書こうかなと思っています。
煩悩のほうは横島君はとりあえず小竜姫を神様として扱ってますので『仕事中』は暴走しません。まあ、それ以外はご想像にお任せします(笑)


>ジェミナス様
キイ君の行動原理において、横島君は上位に位置していますが、それより上に『笑い』が上にいますのでそんなとんでもない教育をしたわけですよ。
次回の外伝のほうは、むぅ、迷いますね〜


>whiteangel様
ここでは某通い妻な妹さんみたいな完全な黒化ではなく、包丁磨いでるとき並みの黒さですね。まあ、それでも十分に怖いか(汗)


>HAPPYEND至上主義者様
自分は甘ちゃんなので、どうしても良い展開に行くようにしか書けないんですよね(汗)
それでも可愛いといってくれて嬉しいです。次回の外伝でおキヌちゃん…ああっ! 色々と考えがあってどうすれば良いか分からないので保留にします。でもちゃんと書きますのでご安心を…


人工幽霊壱号、横島君に隷属化ヒャッハー!
ちょっと表現不味いかもだけど知ったことかー<マテ

…失礼致しました。調子に乗りすぎました。
兎に角マスターは横島君、オーナーがキイ君になりました。
そして毎度のことキイ君は横島君遊びます。周りの人たちを巻き込んで…(笑)
おまけはちょっとだけ謎を置き逃げに<オイ

次回は…マイナーな話かな? 時期がまだ早いけどバトルロイヤルするかな〜
ちと遊びになると思いますので、次回は流して読んじゃってくださいね(笑)


それではこの辺で失礼致します…

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