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▽レス始

「その名はタイガー(中)(GS)」

こーめい (2005-12-06 00:36)
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草木も生えぬ山地にあるといえども、神族の手の入った妙神山修業場は、中に入ってしまえば快適だった。
特にこの温泉が、肌に程よく染みて、くせになる。

「あ゛〜〜〜〜」

蕩けそうな声をあげて温泉に沈む巨体。視線の先にはバカヤローと叫びたくなるような見事な夕日。
なにやら哀愁漂う彼は、体中の痛みも気にならぬかのごとく呆けていた。

「…はぁ。ワッシは本当に戦いに向いとらんのジャノー」

意気込んで妙神山への道のりに出発した時とは対象的に、ひたすら落ち込んでいるタイガー。
湯船につかり今日の出来事を脳裏で追うと、湯気を通した夕日が訳も無く目に染みるのだった。




時間を巻き戻し、タイガーがなんとか地面から掘り起こされた後。
全身の怪我を竜気を使って治療されたタイガーが気がつき身を起こすと、そこは既に修行場の中。すぐそこには小竜姫の姿がある。
小竜姫は目覚めたタイガーを見て難しい顔をすると、コホンと咳払いをして話し始めた。

「いきなり殴りつけたことは失礼しました。まずは…会うなり飛び掛ってきたことについて申し開きを聞きましょう」

途端にタイガーにかかる強烈なプレッシャー。全身が震えてまともに体を支えられない。体温が一瞬で氷点下にまで下がる。

「すすす済みませんですジャー! ワッシはあの能力を長く使うと暴走して、理性を失ってしまうんジャ!」
「理性を…? それで私に襲い掛かると言うのはどういう理屈です」
「い、いやその、普段ワッシはどうも女子が苦手で話しかけられんのですが、どうやらその反動が出るみたいで…」
「………」
「ほ、本当なんジャ! あれはわざとでは! 信じてツカーサイ!」

不審の目で見る小竜姫に、土下座までして必死で謝り倒す。
やがて小竜姫の口からふぅ、とため息が漏れた。

「わかりました、信用しましょう。あの不埒は、その後の処罰でお互い不問に付すということで」

(こっちは命が危なかったんジャが…)
割に合わない気がするタイガー。しかし、考えてみれば神様に手を出しかけたのだから殺されててもおかしくない。

「…は、はい。とにかく修業さえ出来れば…」
「言っておきますが、二度目はありませんよ?」
「ひいっ!?」

再度プレッシャーをかけられ、タイガーは骨の髄まで縮みあがった。
今後、例え暴走しても彼女に襲い掛かることはないだろう。本能で恐怖を刷り込まれたのだから。

「さて。では、改めてはじめまして。私はここの管理人…」
「…あのちなみに、小竜姫様? ワッシの顔に覚えはないですカイノー?」
「へ?」

一応顔見知りのはずではあったが、やはり覚えてもらえてなかったことでブルーになるタイガー。
一方で小竜姫はタイガーをじっと見たり斜めに見たり目を細めたりして首をひねっていたが…。

「すみません。思い出せないです。どこで会いましたか?」
「GS試験の際にお会いしましたんジャ。直接話はしとらんですが」

横島や美神から間接的に小竜姫の話を聞いたことはあるが、タイガーが小竜姫と顔を合わせたのはあれ以来である。
小竜姫が出てくる様な大きな事件には呼ばれないことが多いタイガーだった。

「ああ、GS試験会場にいた方ですか。すみません、“勝ち抜いた人”以外あまり覚えていなくて」

ブルーがブラックになるくらいにきっつい止めの台詞を吐かれ、泣き崩れるタイガー。

「その台詞はあんまりなんジャー!」
「ご、ごめんなさい。あの時はメドーサのことで頭が一杯で、とても会場全員の把握はできなかったんです」

勝ってみせてメドーサの鼻をあかせた人ばかり印象が強いのだという。
まあそれ以前に、タイガーが試合して負けた時にはまだ小竜姫は白竜寺の調査で会場にいなかった。
それ以降基本的に観客席にいた彼のことを覚えていなくても仕方がないかもしれない。ただ、

「…それでも、あの場で勘九郎相手に戦った一人なんジャが」
「へ? そうでしたっけ?」

小竜姫はもう一度記憶を探ってみる。あの時結界に囚われてたのは…
美神さん、横島さん、おキヌさん、エミさん、冥子さん…えーと、これは?

「もしかして虎の顔になってた方ですか」
「そ、そうですジャー! 名前はタイガー寅吉といいます!」

ようやく思い出してもらえたということで大喜びするタイガー。
一方で、小竜姫は憮然としていた。記憶にある顔と違うのだから、思い出せなくて当然だと思ったのである。
さっき飛び掛ってきたときも虎の顔だったが、いやらしくにやけたその顔ではわからなくてもしかたがない。

「ということは、普段はその顔なんですね。美神さんや横島さんのお知り合いですか」
「そうですジャ…というか、試合の翌日、この顔でみんなと一緒にいるところもご覧になったはずジャが…」
「え、あれ? …いました?」

いた。エミに折檻される情け無い姿だが。こっちは完全に記憶から消したようだ。虎の顔よりもインパクトが薄かったらしい。

「はい。…あと、こちらで修業した、小笠原エミさんに雇われとります」
「ああ、黒魔術の…。あなたは精神感応を使えるみたいですが、黒魔術の方も習っているのですか?」
「いや、教わっとりません。エミさんは恩人で………」
「なるほど。そういえば美神さんと横島さんは………」
「いや、その辺はわっしの見立てではまだまだ………」

かくてしばらくお互いの共通の知人について話が弾む。小竜姫の先ほどの威圧感も緩んだようだ。
が、やがて小竜姫の方が気付いた。久しぶりに人間界の話を聞くのに熱中して、ここの本来の役割をおろそかにしすぎた。

「っと。あまり話し込んでもいけませんね。修業しに来たのでしょう?」
「おお、そうですそうです。実は…」

タイガーは、自分の武器が、防がれたら終わりで頼りないこと、単体で戦うには防御にも不安があること、などを説明する。
さすがに、これでは目立てないなどのよこしまな理由は話さない。

「なるほど。で、具体的にどうしたいのです? エミさんがやったように、精神感応をより鋭く磨く方法もありますが」
「それも考えたんですが、できれば総合的な出力を上げるか、あるいは直接戦えるような能力を身につけられんものかと…」
「ふむ…。ならば総合的な出力を上げるのが近道かもしれませんね」

全体に出力が増せば、精神感応も強力になり、防御力も上がり、一石二鳥である。

「で、ではそれでお願いしますジャー」
「わかりました。では、こちらへ」


さて、小竜姫に案内された先は、タイガーは知らないがおなじみの異空間だった。
視界の果てまで続く平野にある円形の舞台の周りには、ストーンヘンジやどこかの遺跡のような巨石が並んでいる。

舞台の手前には奇妙な法円が書いてある。
小竜姫の指示に従ってそれに乗ったタイガーを一瞬光が包み、その目の前に人型の何かが現出した。

「おお、これは?」
「これはシャドウ。あなたの霊力を形にしたものです。あなたの意志で動き、これを鍛えればあなたの霊力が鍛えられることになります」
「ほほお」
「これを操って、三つの試練と対戦してもらいます。防御、攻撃、そして全体の霊力の底上げが出来るはずです」

シャドウはタイガーがテレパシーを使うときのずんぐりした虎の姿だった。
見た目の違いと言えば、顔つきがもっと鋭く、服を着ておらず全身が虎皮であることくらい。
タイガーが能力を使うときの虎の姿は、この姿を無意識から投影させていたのかもしれない。

少しその虎を自分の意識で動かしてみたタイガーだったが。

「…いけませんね。制御し切れてないみたいです」
「え?」

小竜姫に指差されて見ると、シャドウは横目でタイガーの方を見て鼻で笑っていた。

「自らの霊能に馬鹿にされるワッシって…」
「あのシャドウには自我があるわけではないみたいですね。正確には、完全に操りきれないことの自嘲の表れです」
「自嘲…」

なるほど、とタイガーは納得した。あれも自分なのだ。自分で自分を馬鹿にするんだから、自嘲だろう。

「それはともかく、これだと試練をこなすのは難しいかもしれません」
「そ、そうですカー」
「一応やってみますか? 無理には勧めませんが」

微妙に心配顔の小竜姫。
折角の修行者なのだ。本来は死ぬか勝つかまで続ける修業だが、死んでもらっては退屈…もとい、人材がもったいない。
まあ、剛錬武は小竜姫の言うことをちゃんと聞くので、うっかりしない限り殺しはしないだろうが。

「…いや、勝てる見込みがあるならやってみますケン」
「わかりました。ならば…剛錬武! 出ませい!」




そして、タイガーは負けた。

いや、一行で済まされるほどあっさり負けたわけではない。一応しばらくは相手の攻撃をかわして粘ったのだ。
だが精神感応は岩の剛錬武に効き辛く、おまけにこっちの直接攻撃が効かなかった。
ならばと目を狙えば硬いまぶたがある。目を開ける隙を突ければ良かったのだが、その前に拳の一撃がヒット。
さりげなく強くなっていた剛錬武に、一方的にKOされたので見せ場も何もなかったのである。

制御が甘いため、かわすも攻めるも動きに切れが無かったのが敗因だろうと言われた。
つまり完全に未熟と小竜姫のお墨付き?をもらい、ふて腐れるようにお湯に漬かっているのである。
霊力体が受けた傷に、とても有効なこの温泉。魂がじっくり癒される感覚が実に心地よいが、彼の憂鬱は晴らせない。

「うーむ。ワッシにはまだあの修業は早い、と言われても…時間も無いしノー」

まずは普通に能力制御の修業をしてからでないと、それ以上の修業はさせられないと小竜姫に言われた。
不完全なりに戦えるかと期待したが、見込み外れでした、と言われれば、彼ならずともへこむだろう。

暴走しない限りは自分の霊能は完全に操れていると思っていたが、暴走の可能性がある時点で完全ではないとのこと。
今の彼は、制御しきれない己の精神を抑えるのに精神力を使うという無駄をやっている状態。

己の精神を完全に制御してから霊能を使えば、暴走の危険もなくなるし出力も上がるはずらしい。
しかしその修業は普通の修業なので、劇的な効果は見込めない。時間がない今としては、もっとパワーアップできる修業がしたいのだが。

「だが自分の霊能を操りきれん未熟者なのは確かジャ…。この分ジャと、今年もGS試験失敗かノー」

気付けば眼前の夕日はもう沈み、かすかに稜線に朱色を残すのみ。頭上は満天の星空だ。
元々霊力体が負った傷なので体には怪我はない。ふやける前にタイガーは上がる事にした。


ここには修行者が宿泊するくらいの施設はある。タイガーも、一日で修行が終わるとは思っていなかった。
聞けば、食事は出してもらえるそうである。お金も要求されず、あくまで善意で受け取っているとか。まあ営利目的でやってるわけではないので当然か。

小竜姫様の手作りじゃろうか…などと考えつつ、食事場所である居間の扉を開いたタイガーは、目前の景色に驚いた。
眼鏡かけた猿がテーブルに着き、箸で飯食っているのである。

「な、何ジャー!?」

その驚きの声に、猿が箸を止めてタイガーを見る。
赤い顔に鎮座する眼鏡。その奥の目に知性の光があるのを見て取り、同時に、横島から聞いた話を思い出す。

『斉天大聖っていう化け物猿があそこのボスなんだ。そいつが強いのなんのって、人間なんか鼻くそで殺せそうだったわ』

左手にお椀、右手に箸を持ったその姿には、全然威圧感を感じない。
だが、小竜姫も気を抑えている時は普通の女の子にしか見えなかった。角は別として。
なら、この猿がかの斉天大聖かも知れない。少なくとも知性があるようだし。

数秒の間じっと見つめあう二人。

やおらその猿はお椀と箸を置くと立ち上がり、タイガーの前に来た。

「…おぬしが、今日修業に失敗したという小僧か」
「は、はい、そうですジャ!」

思っていたより真面目な口調に圧倒されるタイガー。やっぱりこれが斉天大聖か、とびびっている。彼は基本的に小心者である。

「ふむ。体格は良い。顔の模様も良いアクセントじゃ。声量も今のを聞くに十分のようじゃな」
「…?」

タイガーの周りを一周して、斉天大聖老師は満足げに頷いた。
そしておもむろに、タイガーに問いかける。

「おぬし、一つ幻の流派を修めてみる気はないか?」
「ま、幻?」
「うむ。かつてある者が一代で興したものの、継ぐ者もなく歴史に消え去った武術じゃ」

いきなりの話に面食らい、言葉が出ない。
だが、次の言葉にタイガーは顔色を変えた。

「それを用いれば、例え魔装術でも防げぬ攻撃力、文珠であろうと貫けぬ防御力を手にすることが出来るぞ」
「!? それは、まことですかいノー!?」

自分の知り合いの中でも髄一の戦闘能力を持つ雪之丞の魔装術と、髄一の出鱈目さを持つ横島の文珠を上回れる!?
そんなことが出来るなどと思ってもいなかったが、それが可能なら、まさしくそれは彼が望んだ力だ。

「本当じゃ。この斉天大聖、生半可な嘘などつくものか」

生半可じゃない嘘はつくのだろうか? と疑問はわいたが、とりあえずはさておく。
やはりこの猿が斉天大聖老師だったのだ。

「し、しかし、ワッシは後一月で強くならんといかんのですが、そんな期間で…」
「なあに、コツさえ掴めば簡単よ。それに、少しばかり特殊な修業場を用意しておる。時間は気にするな」

至れり尽くせりである。問題は何もない。多少胡散臭くはあるが…。
タイガーはさっと正座して老師に頭を下げた。

「そ、それでは…」
「うむ。おぬしにかの武術…」

そう言うと老師はカッと目を見開いた。


「『滅煌流』を授けよう!」


「メッコー…って、ちょっと待ってツカーサイ! なんで知る人ぞ知るアレなジュースみたいな名前なんジャあっ!?」

一瞬の放心の後、当然のごとく抗議するタイガー。
しかし、目の前の類人猿はひるまない。

「なあに、おぬしのような、図体とぱっと見が派手なくせに目立たん奴にはぴったりじゃ」
「人の傷口をえぐらんでツカーサイ!」
「しかし、これをやれば目立つぞ? 会場の視線はおぬしのものじゃ」

その言葉に僅かに心を動かされるタイガー。というより一体いつこの猿は、自分が目立ちたいと思っていることを感づいたのか。

「なんせ巨体と強面から大声で真面目に発する技がアレじゃからの。うまくやればバカ受けじゃ」
「って、それは全然霊能と関係ない注目!? ていうか笑われるだけ!?」
「気にするな! 楽しめれば勝ちじゃ! ほれ、早速はじめるぞ!」
「ワッシが全然楽しくないんジャあああ!」


ズルズルと引きずられていくタイガー。
離れたところにあったもう一つのテーブルからそれを見つつ、蝶の化身の魔族少女パピリオは疑問を発した。

「小竜姫、あれ、ほっといていいんでちゅか?」
「…お酒が入った老師には関わっちゃいけません」

見れば確かに、老師の立った席の後ろには徳利とお猪口が。元々猿だから、多少赤くなっても区別が付かない。
酒に酔って若い頃の悪戯好きの性格が出てしまったのだろうか。

それを見た後もう一度、老師たちの去った先を窺うパピリオだったが。

「あいつ、どっかで見たような? うーん…」
「パピリオ、もう食事にしますよ。ジークさん呼んで来て下さい」
「はーいでちゅ。…まあ別にいっか」

あっさりタイガーの事は忘れ、食事のためにジークを呼びに走り去るのだった…。


本日のタイガーの肩書き


「自分の霊能に馬鹿にされた者その2」
「猿の酒の肴」
「滅煌流後継者?」


続く

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