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「その名はタイガー(上)(GS)」

こーめい (2005-12-05 02:04)
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強風吹きすさぶ山脈。
並の人間は立ち入ることもできない秘境。
聖地の一つにして日本における神族の拠点である、妙神山修業場。
ここの門の前に、とある大男がその身を現した。


「…ふいー。やっと着いたんジャー」

やれやれと腰を下ろし身を休める彼は、名をタイガー寅吉という。
精神感応という霊能力を持ち、身長2m近くの巨体を有する、小笠原除霊事務所の一員である。

その巨体、顔の模様や、能力を使う際に虎の幻影を纏うなど、彼の特徴は多数ある。
だが、彼を知る知人からのその立場に対する評価は一致していることが多い。
すなわち、俗に

『影が薄い』

と言われる男である。


彼自身、その存在感のなさを気にしていた。
南米にいたときは、セクハラの虎として見かけられるたびに避けられるような生活だったが、今とどっちがましなのだろうか。
あの頃に戻りたいとは思わないが、自分という存在を軽んじられるのは癪だった。

「これで、ワッシもせめてピートサンくらいには活躍できるように…なるといいんジャが」

妙神山の門構えを眺めながら、微妙に弱気な言葉を呟く。




彼はその影の薄さを自己分析し、結論を出した。
すなわち、自分のテレパスは直接戦闘に使える能力じゃないから目立たないのだと。
戦闘補助にはとても便利な能力で、場合によっては無いと負けが決まるような能力でもあるのだが…いかんせん、止めには使えない。
戦いで目立つのは派手に立ち回りを演じ、(できればそれっぽく叫び)最後に止めを刺した者である。
間違っても、その後ろで虎の姿をしてじっとしている自分ではないのだ。


普段、エミに使われながらの除霊ではそれなりに重要な位置に居る彼である。
攻撃役のエミを、悪霊から精神幻覚や肉の盾で守りきる。
彼が非常に有用なのは確かで、エミも彼自身の重要性は十分認めている。
彼女の除霊用の能力は溜めが必要で、一人では満足な除霊作業ができないのだから。

だが、エミしか見てない普段の除霊でなく、GSメンバーが多数集まるような場所で目立ちたい。
それも、ただの肉の壁ではなく、きっちり活躍できないと意味が無い。
ぶっちゃけ、南極での戦闘の結果、影が薄いといわれたことが彼には相当ショックだった。
最後だけいいとこ取りしたカオスなんかよりも、テレパシーで全員の意思を繋ぐことに集中したことで、よっぽど働き通しだったのだから。

やはり、前線で直接戦闘に出ないと駄目だ。できれば止めに使える大技が欲しい。
その思いは、彼女…といえる仲ではまだない、一文字魔理の存在により強くなる。
彼女の見ている前で、GSメンバーがある程度集まる事件が今後無いとも言えない。
その事件が解決した後、彼女から「タイガー、どこにいたっけ?」とか「あ、見てなかった」とか言われるのは勘弁して欲しいのだ。


そしてもう一つ。

今の彼はGSの助手でしかない。横島もピートも、正式な免許を持っている。
雪之丞だって、「あの試合の結果は無効にしない」上に「ブラックリストから削除された」のだから、免許を持っているのと同じだ。
多分、協会に申請すれば入手できるのだろう。もう持ってるかもしれない。あれだけの実力者を再試験させるのは、ただの時間の無駄だ。
免許がある彼らは単独での除霊が可能だが、タイガーはそうではない。資格のあるエミか誰かの監修が必要だ。

明らかに自分だけ出遅れているという状況。これを打破するには自分も免許を取るしかない。
次のGS試験はもう1ヶ月後に迫っていた。だが、確固たる自信が持てない。
威力にはそれなりに自信があるものの、効かなければ終わりのテレパシーだけでは、手が薄すぎる。
精神に防御を施す術は、魔装術に限らずいくらでもあるのだ。効かない場合の手段を見つけておかないといけない。

それに、GS資格の有る無しは給料にも関係する。
以前の試験では、自分以外の知り合いが全て合格するという事態になった。そのため、上司としてメンツが潰れたエミは彼の給料をかなり低めに設定しているのだ。
…ちなみに、彼は人一倍食費や衣服代などかかる体躯なので、人並みの給料ではちときつい。
ついでにエミがライバル視している美神が「こんな薄給で奉仕してくれる下僕」について話すため、エミも対抗するようにタイガーの扱いが悪くなることがあった。
自分は横島と違って煩悩で死に掛けから復活することは出来ない、と訴えて、ようやくそれに対抗するのは止めてくれたが。
今現在、給料はともかく専属マンションなど提供してもらっているため、暮らしがそれほど辛くはない。しかしあまり余裕がないのも確かである。


ところで、エミはタイガーと同じように直接戦闘が苦手なタイプである。
なのにどうやってGS試験を勝ち抜いたのか聞くと、主に即効性の呪いをかける術を使ったと答えられた。
呪符や紋様を用いて、不確実で効果も低いが瞬間的に発動する足止め用のものを選択したのだ。
その隙に大技を準備したとのこと。あるいは、小技で押し切れたときもあったようだ。
足止めしてもさすがに30分踊る暇は取らせてもらえなかったので、使ったのはただの霊波攻撃だったようだが。

しかし自分のテレパシーは、内容は多彩でも技の種類は一つだ。エミのように多彩な手段で発動できる技ではない。
発動には集中がいる。特に接近戦になると発動も難しいし、ダメージで効果が途切れたりもする。
だから接近戦では、霊波を手足に纏ったただの格闘しか手がなくなる。
で、GS試験は直接攻撃力が無効だ。自分のでかい体躯はただのでかい的。膂力も役に立たない。
霊力はかなりあるものの、この手の霊的格闘ははっきりいって不得手である。


この二つの理由により、彼は直接戦闘能力を高める必要をひしひしと感じていた。
単純に霊力を上げる修業はしてきたが、どうも自分は直接戦闘用に霊力を高めるのが苦手のようだ。
隙をつかれれば、まだまだ未熟な魔理の攻撃でも防御が破られてしまう。幸い、肉体的耐久力は高いのだが…。

ついでに言うと、テレパシーでは第三者から見ると地味でしょうがないのだ。何やってるのかわからない。
一定範囲に有効な自分の能力だが、結界の中で戦うGS試験では、おそらく観客には幻覚が見えない。
もし魔理が応援に来ても、応援のし甲斐のなさに呆れるだろう。

かといって、新しい霊能力を一朝一夕で身につけれるものではない。
サイキックソーサーならどうだ、と横島が言ってくれたが、あれだって簡単ではない。
似たような魔装術という霊力の凝縮術に長けた雪之丞ならともかく、一般の霊能者が使えるかといえばそんなことはないのだ。
簡単なら、GS試験会場での勘九郎と美神の戦闘に、エミや周りの人間だってソーサーを作って割り込んでいただろう。


精神的に追い詰められにっちもさっちも行かなくなった彼に、雇い主のエミはこう言った。

「アンタ、妙神山に行ってみる? 普通の修業で伸び悩んでるなら、アドバイスだけでももらえるかも知れないワケ」

そうして彼女に休暇をもらい、彼は単独でここにたどり着いたのだった。
それこそ藁にもすがる気持ちで。そう言われる小竜姫にとっては不本意だろうが。




「しかし、とてつもない険しさじゃノー。エミサンや横島サンに聞いて、覚悟はしとったが…」

後ろを振り返るタイガー。ここにたどり着くまでに何度寿命が縮む思いをしたか、思い返しても身震いする。
以前エミがここに来て修業していった時には、彼はまだ来日していなかった。
したがって、彼はここに来るのは初めてだったのだ。

ちなみに、普通の人間にはぎりぎり通れる幅の山道を、巨体の彼は普通に通ることが出来ない。
崖にぶら下がって移動やら、別の場所から岸壁を登って迂回やらせねばならず、並の人間の数倍以上の苦労を強いられていた。

「自分の体がでかくて得したことってないような気がするノー。飯代もかかるし服はサイズがないし布団はすぐ潰れるし…」

帰り道も同じだけの苦労をしないといけないので気が滅入る。が、とりあえずは忘れることにする。


「さて、まずは鬼門の試練という話ジャが…」

立ち上がると、そう呟いて門を見る。と、それに答えるように門の横から首の無い鬼の巨体が現れた。
門に付いた首だけの鬼の顔がタイガーに語りかける。

『おう! 我らのことを知っておったか』
『なるほど、そこで身を休めていたのは我らに備えるためか』
「そうですジャー。あんた達を倒せば、修業を受ける資格を得ることが出来ると聞いておりましたケン」

タイガーも身構える。
自分は多少人間としては大きい方だが、全く問題にしない巨体の相手だ。正直、あらかじめ聞いていなければ怯えていただろう。
その一撃で戦闘不能になりかねず、身のこなしがそんなに俊敏でない彼には厳しい相手だ。

『良かろう! お主の意思は受け取った! これより、我、右の鬼門!』
『我、左の鬼門が、おぬしがここの修業を受けるに相応しいか、試してやろうぞ!』

ズシン、ズシンと巨体が二つ迫る。
あくまで修業前の試験なので、彼らをさっさと倒せないと話にならない。
もとより彼ら鬼の耐久力は並ではない。だが、滅すのではなく倒す…転がせるのでもいいと聞いてきた。
ならば、自分の幻覚でその目を奪ってしまえば…!

「ふんっ!」

ざっ!

タイガーの掛け声と同時に、急に鬼門の片方が膝をついた。
もう一方の鬼門も、ややふらつき、歩みを止めて屈みこむ。

『ぬうっ!? 視界が…音も…。幻覚か!』
『これは、休んでいる間から集中しておったか!』
「ふっふっふ…。悪いんジャが、これで試練は突破させてもらいますケン」

今、タイガーは鬼門の二人に対して、視覚と聴覚をなくす真っ暗闇の幻覚を見せていた。
自分のような後衛型の霊能力者は、単体で戦うには不意を付くことも重要だ。卑怯とは言わせない。
これで転ばせることが出来なかったのは残念だが、視覚をなくした相手を転ばすのは簡単である。
ほっといても転ぶかもしれないが、幻覚で攻撃すると同時に背後から攻撃して、バランスを崩してやれば。そう思って近づこうとして…

『…なるほど。だが、これだけで負けてやるわけにはいかん!』
『幻覚とわかって延々かかり続けるなどと、鬼族を見くびってはおるまいな!』
「くっ!?」

言葉と共に鬼門たちの精神抵抗が増した。

幻覚が破られる!

タイガーはとっさに集中を強め、鬼門たちへの精神への攻撃を激しくする。
幻覚の無音の暗闇に包まれた彼らは、そのままではろくな身動きも敵わない。
だが、腐っても鬼門は鬼である。人ならぬ彼らは、タイガーの精神波では侵しきるに至らない。いつ腐ったのか知らないが。
今回は不意打ちだから幻覚をかけられたが、もし一度幻覚が破られてしまえば次は警戒されるだろうし、戦いながら集中する暇はもらえないだろう。


当人には息詰まる、だが、傍目には唸るタイガーとしゃがみ込む鬼門二人がじっとしているだけという、地味な戦闘が続いた。


それでもしばらくの間タイガーは幻覚を破られずに踏ん張っていたのだが。

『むう。まだ頑張るか。なかなかの腕よ』
『しかし、このまま持久戦になってしまえば我らが有利』
「ぐむむむむむ…!」

やばい。
そうでなくとも、鬼相手に幻覚をかけ続けていては自分の精神が持たないというのに、自分の精神感応は暴走する可能性がある。
あの状態になると理性が飛んでしまう。すぐに幻覚が解けはしなくとも、まともに戦えるとも思えない。

(一か八か…いや、そうジャ!)

タイガーは懐から、エミに渡された霊能封じのお札を取り出した。
暴走しそうになったらこれを自分で張れ、と言われている。なるべく世話になるまいと思っていたが、そうもいかないようだ。

「はっ!」

己の額にお札を張る。途端にテレパシーは途絶え、鬼門二人を覆っていた幻覚は一瞬にして晴れる。

『ぬっ!?』

暗闇から、昼の日差しが眩しい光景へ。無音から、高山を吹く風の音が耳に響く世界へ。その急激な変化に、鬼門の二人が戸惑った隙を狙って。

「今ジャあっ!!」
『うぬうっ!』

お札を剥がし、ありったけの全力で幻覚を叩きつける。
暗闇にしてから攻撃する余裕は無い。この幻覚のみで転ばさなければならない。

タイガーは、鬼門の視覚と触覚の両方に訴えかける幻覚、すなわち激しい「地震」を見せた。

『うおっ!』
『ぬあっ!?』

先ほどまでタイガーにかけられていた幻覚が視覚聴覚のみだったことで、とっさの他の感覚への防御が手薄だったのか。
幻覚の地割れや振動に鬼門二人の巨体はぐらぐらと体を揺らし…

やがてどすんと尻餅をついたのだった。


鬼門の尻餅の音が重く響くと、妙神山の門がゆっくり開く。

「結構かかりましたね。まあ、合格としましょう」

門の影から現れたのは、妙神山管理人、小竜姫である。
来訪者には早くから気付いていたが、以前のように鬼門の邪魔をするのも忍びないと思い、今まで待っていたのだ。
折角久しぶりの修行者なので、この際鬼門に負けても修業してあげようか、と思っていた事は鬼門には秘密である。

「当修業場での修行を、ここに認めま…」

「オオオオオオオオオオオッ!」

「はい?」


小竜姫は見た。倒れこむ鬼門の陰から、自分に向かって突進してくる虎の姿を。
そして、その声を聞いた。


「オ・ナ・ゴ・ジャアアアアアアアアアア!」


その目は煩悩に濁り、口からは好色そうによだれと舌をたらし、その掌は何かを握るようにわきわきと蠢かして。

タイガー寅吉は、最後のテレパシーを制御しきれずに暴走していた。


「…きゃああああっ!?」
「アアアアアへぶっ!?」

一閃。

迫り来るタイガーに、生理的な嫌悪感を感じた小竜姫。
剣の腹を向ける理性はぎりぎりで働いたものの、うっかり寸止めせず神剣を振りぬいてしまった。
暴走している時はやたら機敏なタイガーといえども、竜族の彼女の一撃を避けられるはずもない。幻覚も、霊格が違いすぎて効いていない。

彼女の見た目からは想像も付かない、その人を遥かに超えた膂力でもって脳天を叩かれたタイガーは、


「ああああしまった、生きてますか!? おーい! …鬼門! 掘り出すの手伝って!」
『は、はい!』
『…生きておるのかのう?』


哀れ、地面に人型の穴を開けて、その全身を地中深く埋め込まれることになってしまっていた…。


本日のタイガーの名前

「妙神山一地味な戦闘を繰り広げた男」
「修業許可をもらうと同時に死に掛けた男」
「小竜姫にセクハラを働いた第二の男」


続く

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