〜横島視点〜
突然ですが今俺たちは、下水道をボートで爆走しています。
火角結界のカウントが0になって、確かに爆発するシーンまでは意識があったんだけど…何故生きてるんだ俺達?
「なあ、キイ兄。何で俺達生きてるんだ?」
「あれ、忠っち死にたかったの? 命を粗末にしちゃいけないよ」
煤塗れの格好のキイ兄が右手の指を一本立てて注意してくる。
キイ兄なら爆発に巻き込まれたりしたらアフロになるかと思ったんだけど…
「髪の手入れが大変だからやめておいたよ」
らしい…この際俺の心を読んでるのはおいて置こう。
「そうじゃなくて、どうやって助かったんだ?」
「ああ、簡単だよ。あの火角結界は床から上に向かって半円状に展開してたからさ。畳の下に作っておいた抜け道から逃げたんだよ」
なるほど…床とは盲点だったな。だが、爆発するその瞬間までその場にいたよな? 爆風はどうなったんだ?
「一応持ってた『万敵守護』の霊符全部使ったから何とかなったよ」
そう言ってキイ兄は燃えカスになった霊符の成れの果てを見せてくれた。
その数ざっと数十枚、恐ろしい威力だったんだな。
「けどさ、爆発した内側は守れたんだけど…部屋の中が凄いことになってると思うんだよね」
「と言うと?」
キイ兄が言うには、俺達の住んでいた部屋にはかなり強力な結界が張って合ったらしい。まあ、あのローブの奴には入られちゃったみたいだが、あのサイズの火角結界ならギリギリ外に爆発が逃げないように抑えられる程度の力があったらしい。
けどその代わりに、外にでるはずだった力はあの狭い部屋限定で荒れ狂うので…
「…家具全滅か?」
「と言うより部屋の中だけ廃墟になってるだろうね」
それはつまり、あそこに閉まってあったアレとかあっちに隠してたドレとかも消し炭になっていると?
「うおおぉぉぉ! あんにゃろ今度あったらぶっ飛ばしてやる!!」
「頼もしいね忠っち。家を焼かれて怒りに燃えてるね」
いや、お宝を焼かれて怒り狂ってますって言ったらどうなるだろう?
まあ、そんなことはいいんだが…
「殿下、申し訳ございませんでした!」
「も、も、申し訳ありませんなんだな!」
イームとヤームが天龍に向かって跪いて頭を垂れていた。
何でこいつらまで連れてきてるんだ?
まあ、どうやら騙されているだけだったみたいだから同情の余地もあるけど…
「つまり、恨みを晴らして役人に戻れるチャンスだったと?」
「へい…そういうことです」
どうやら二人は、竜神王に天界から追放されて少なからず恨みを持っていたらしい。そこにあの怪しい奴が来ていろいろと吹き込まれて、つい話に乗ってしまったらしい。
「旨い話には裏があるって言うだろうが…疑わなかったのか?」
「いや、あのだんなは竜神族の上役だと名乗って…あれほどの霊格もあったのでまんざらうそでもなかろうと信用したんだ」
ちょっとしか見なかったがあいつは小竜姫様並の霊格だったからな…三下のこいつらじゃ疑いようもないか。
「よし、話はわかった。おぬしたち、余の家来になれ!」
「そ、それは…なんともったいない!!」
まあ、根は悪い奴じゃないみたいだしその方がこいつらにとっても良いだろう。
「いや、一日で家臣が三人にも増えるとは! 我ながら名君であるな!」
そういいながら扇子を開く天龍。
ちょっと待て、三人ってあと一人は誰だ?
「おお! 横島、心配せずともおまえは第一家臣だからな。重く用いてやるぞ」
「待てぃ! 俺が何時お前の家臣になったんじゃ!」
家臣になれと誘われはしたが了承した覚えはまったくないぞ。
つーか天界でただの人間の俺を重く用いるって普通に無理だろ?
「何を言っておる。泣いても帰さないなどと言って余を連れまわしたじゃろ?」
ちょっと待て天龍! その言い方だといろいろと語弊が!!
「ええっ! 忠っちこんな子供、しかも男の子に欲情しちゃったの!!」
「違うわっ!!」
案の定キイ兄が口元を片手で押さえて驚愕の表情を浮かべている。
「それに余のことだって呼び捨てにしたではないか」
「うわぁ!! 忠っちもうそこまで進んでたんだね!!」
さらに追い討ちを掛けるように放たれた天龍の言葉。
キイ兄に加えて、イームとヤームが凄い目で睨んでくるし、家の三種もののけ達も天龍を庇うように前に立ちはだかってるし、俺はそんな社会のゴミくずのような目で見られるような事はやってないぞ!!
自分の言葉で場が荒れていることなど気付いていないのか、天龍は首傾げてるし。お前後でお仕置きしちゃる。
「ともかく、ここまで余に無礼をはたらいては家臣にならなければ大変なことになるぞ?」
「無礼って…」
そういや天龍ってこれでも王子なんだよな? 俺は気にしないけど周りが放っておかないってわけか。
「ん〜、一歩間違えれば外交問題だからね。軽くても封印刑くらいされるんじゃない?」
「うおぃ! 其処までやばい立場なのか俺!?」
なんだか関わらなければ良かったって思っちゃうぞコラ!
「まあ、天龍君を助けたって功績もあるからそんな酷い事にはならないだろうけど、なっておいたほうが無難だよ、家来にさ」
選択の余地はないのかよ…
俺はがっくりと肩を落とし、今日は厄日なのかとどっかにいる神様の中のお偉いさんを恨んでおいた。
「大丈夫じゃ横島。しっかり可愛がってやるからな!」
「だからそういう誤解されるような言い方するなーー!!」
「キャ〜、天龍君大胆〜〜♪」
「キイ兄も反応するなぁぁ!!」
せかいはまわるよどこまでも
〜〜竜神族一同、理不尽とのファーストコンタクト! 後編〜〜
〜ナレーター視点〜
アホな掛け合いをしている一同だったが、そのとき見張りをしていたイームが何かが光るのを見つけた。
「な、何かくるんだな!」
イームがそういった瞬間、下水道の奥から沢山の目とたてがみを生やした体長1、2メートル近くの蛇のような怪物の大群が迫ってきた。
「ビックイーター大群! 下等な魔竜の一種だね!」
「俺達が生きてるのがバレたんだ!!」
ものすごいスピードで追いすがるビックイーターの群れ。
横島はサイキックソーサーを投げつけて撃墜。ヤームも角から雷を出して牽制する。
「スーパーニトロターボチャージ! ON!!」
そういいながらキイが備え付けられていたレバーを思いっきり引っ張る。
するとボートは急激に加速して下水から跳ね上がった。
「ヒャッホオオォーーー! 皆落ちるなよ〜〜」
「キイ兄そう言うのは加速する前に言えーー!!」
危うく放り出されそうだった天龍の服の襟を掴みながら思いっきり横島が抗議した。
だがキイはそんなこと完全に無視。目を据わらせたまま操縦桿を握っていた。
そして暫くしたら下水道の出口が見えてきた。だがその出口には鉄格子があり、このままでは激突だ。
「キイ兄どうするんだーー!」
「当たって砕けろだよ!!」
「洒落にならんわーー!!」
このままいったら確かに当たって砕けるだろう、ボートのほうが。
キイは冗談だと言いながら懐からリモコンを取り出して横島に手渡す。
「それが扉を開けるためのリモコンだよ! 電池も換えたばっかりだから安心して!」
「何故電池について説明するが分からんが…よっしゃ! それじゃあスイッチオン!!」
そういって横島がスイッチのボタンを押した。
リモコンからの信号が、扉につけられている機械に送信される。そしてそれを受けた機械はその役目を果たすために起動した。
鉄格子周辺で、大爆発がおこった。
当たり一帯に響く爆音。飛び散る元壁と天井だったコンクリート。ぐにゃりと曲がった鉄格子の残骸。そしてあたり一面に立ち込める火薬の臭い。
キイが横島に渡したリモコンは、鉄格子に仕掛けられていたC4の起爆スイッチだったのだ。
そのままボートは出口から飛び出し、海へと出た。
もうハリウッドアクション顔負けの逃亡劇だ。
「キイ兄なんで爆弾でふっ飛ばしてんだよ! こういうのは普通鉄格子が開閉するんだろが!!」
「だって、そっちのほうが安上がりだったし……なによりそれだけじゃあつまらないじゃん?」
「それが本音かぁぁーー!!」
横島はリモコンをキイの後頭部に投げるが、キイはひょいっと首をそらせて難なく回避した。
「よーし! このまま太平洋横断でもするかー!」
「無理に決まってるだろが!」
久しぶりに車以外のものを運転して、キイはかなりハイテンションになっていた。
それに巻き込まれている他のメンバーはたまったものではない。横島がかろうじて突っ込んでいるが、あまり効果はないようだ。
と、そこでボートの頭上にあのローブ姿の竜神が現れた。
「愚か者め。人間風情が逃げられるとでも思ったか!」
ローブ姿の竜神の手から、高圧縮された竜波砲が放たれる。その威力はボートを消し去っても有り余るほどの威力だ。
だがその竜波砲はボートに直撃することもなく、その手前で大爆発を起こした。
爆発がはれて、其処にいたのは神剣を構えた小竜姫だった。
「仏道を乱し、殿下に仇なす者はこの小竜姫が許しません!
もはや往くことも退くこともかなわぬと心得よ!!」
「小竜姫…!」
敵を睨みつけ、その勇士を見せる小竜姫に天龍がボートから身を乗り出して叫ぶ。
「おおっ! 小竜姫様がスカートはいてるっ!!」
こんな中でもその服装に目が言ってしまう横島。やはり横島は横島だった。
「音に聞こえた神剣の使い手小竜姫……お前と戦えるとは嬉しいぞ!」
そう言って竜神は羽織っているローブを小竜姫に向かって投げつける。
小竜姫はそれを神剣で横なぎにして払うが、その瞬間ローブの影から二股の矛が迫る。小竜姫はそれを戻す刃で払いのけた。
相手は一旦距離をとり、矛を軽く玩ぶ。
「やるねエリートさん!」
「あなたは、竜族危険人物黒便覧はの5番! 全国指名手配中のメドーサね!!」
剣と矛で激しい攻防を繰り広げながらも会話する二人。どうやらまだ相手を探り合っているらしい。
そんな空を飛んでいる二人を他所に、ボート組はというと…
「どうやら相手は女みたいだぞ!」
「何っ! しかもええちちしとるやないか!?」
ヤームの言葉に横島が見当違いな事を口にする。
たしかに、メドーサのプロポーションはそこら辺の女優たちよりずば抜けていいスタイルだ。
横島の目が行くのも無理はないかもしれない。
「大丈夫だ! 絶対小竜姫が勝つ!!」
「そうだな。いくらええちちでも年増は年増だ!」
会話が成り立っているようで成り立っていない。横島の言葉の根拠がどちらがより美人かによって左右されているあたり信憑性が皆無だ。
「そう! 若く明るい小竜姫様のミニスカにはかなうまいっ!!」
いったい何の勝ちわけを解説しているのだか…
だが、ここには横島と同じ、いやそれ以上に笑いを求める存在がいたのだ。
「待つんだ忠っち! それだけじゃあメド姐さんの魅力が劣っているとは言えないぞ!」
因みにキイの言ったメド姐さんとはメドーサのことだ。そう呼ぶ理由は、やっぱりその纏っている姐さんオーラのせいだろう。
「あの冷たそうでいじめっ子なキャラはアレくらいじゃないと似合わないんだ! 云わば妙齢の美女パワーだ!」
「確かに、ああいうお姉さまに苛められるのもまた良いな!」
キイの説得に横島もうんうんと頷いている。
「けど、小竜姫ちゃんの年上の優しいお姉ちゃんというのも捨てがたい!」
「そうだな! デートなんかしたらベンチとかでそっと膝枕なんかしてくれそうだな!!」
「だがしかし! メド姐さんも気を許したら何だかんだ言って甘えさせてくれそうな大人の包容感がありそうだ!!」
「今流行のツンデレだな! しかも大人の魅力というダブルコンボでお得感たっぷりだ!!」
キイが利点を挙げて、横島がそれに補足する。
そんなバカな議論を繰り広げるキイと横島のアホ師弟は、周りの事なんか気にせずにどんどんヒートアップしていく。
「うら若き美少女と妙齢の美女の美しき戦い! 忠っち此処で自分たちができるのはただ一つだ!!」
「分かってるって! これだろ?」
そう言ってキイと横島は同時におもむろにカメラを取り出した。
望遠・暗視・自動ピント調節機能に、F1カーに乗っていてもぶれないという、詰められるものは全て詰めた恐ろしい性能を誇る特注品だ。ボートを全力で走らせていても大丈夫だ。
「「激写ぁぁぁーーーー!!」」
そして、二人は同時にカメラを構えるとシャッターを切りまくった。
勿論この間もボートはキイが足で操縦して走らせっぱなしである。やはりキイは無駄に器用だった。
「な、なんだいアレは?」
いきなり下のほうから眩いフラッシュを浴びて、鍔迫り合いをしながらもメドーサは思わずそちらに目をやってしまった。
「何やってるんですか! 早く殿下を連れて逃げてください!!」
小竜姫のほうもこの隙になんて事は考えずに、雄たけびを上げながらフラッシュをたきまくる二人に向かって叫ぶ。
「キイさん! 横島さん! 小竜姫様のいうとおり早く逃げないと…!」
そこでおキヌがボートの前に現れた。何故今頃現れたのかというと、途中までは小竜姫と一緒だったのだが、小竜姫は先ほどの爆発を見て最高速度でこちらに飛んできたのだ。それでおキヌは置いてけぼりにされてやっと戻ってきたのである。
おキヌは依然カメラを構える二人に訴えかけているが、写真を撮ることに夢中になっている二人はぜんぜん気付かない。
「オウッ! 小竜姫様の見えそうで見えないミニスカートのチラリズムがなんとも!!」
「メド姐さんの揺れる谷間もなかなかだね!!」
横島とキイは竜神同士の高速戦闘をしているにもかかわらず、確実に被写体を中央に捕らえてシャッターを切っている。しかもたまに倍率を変えて小竜姫の凛々しい顔とか、メドーサの強気な笑みとか、男の子なら目が行ってしまう禁断のトライアングルゾーンとかアンデス山脈なんかも確実にフィルムに納めていた。
「よ・こ・し・ま・さんーー!!」
「おわぁっ!?」
痺れを切らしたおキヌが横島の耳元で大声で呼びかける。さすがに反応した横島はカメラを落としそうになるが何とかキャッチして見せた。
そしてふうっと安堵のため息をつきながら声がしたおキヌのほうに向く。
「ん、おお! おキヌちゃん!」
「横島さん、今は「おぉぉぉぉ! キイ兄大変だーー!!」…ちょ、ちょっと横島さん?」
おキヌの姿を見るや否や、おキヌの声を遮る大声をあげながら、横島は隣でフィルムを交換しているキイの肩を叩く。
「キイ兄! おキヌちゃんがおめかししてるよ!」
横島の言うとおりおキヌは今、長袖の黒いブラウスに赤いチェックの入ったロングスカート。胸元のスカーフ巻いており、いつも巫女服ばかりな彼女だから十分におめかしだろう。
「何だって! それじゃあやることは一つだ忠っち! あっちの二人は自分に任せて!」
「おうよ!」
グッとサムズアップするキイに、横島も笑みで返す。
話から置いてかれたおキヌはどう話せばいいのか迷っていると、にかっと横島は笑みを浮かべてカメラを構えた。
「思い出GETーー!!」
「よ、横島さん! ちょっと…止めてください恥ずかしいです!」
人の心理か、写真を撮られるおキヌは心なしか顔が赤くなっている。
だがそんな様子が、横島の美的感覚(女性限定)にストレートでヒットしさらにテンションをあげていく。
「いいよぉ〜おキヌちゃん! その恥ずかしがっている表情も可愛いよー!」
「か、可愛い…ですか」
すっかりグラビアなどの写真家の気分になった横島が、普段では言えない様な美辞麗句を並べておキヌのことを褒めている。
しかもそれがお世辞でなく本心のままに口走っていて、やけに熱がこもっているのだから始末が悪い。それを感じ取ったおキヌはさらに顔を赤くして、ちょっとはにかみながらポーズなんかとってたりした。
「おキヌちゃんはのりが良いね〜。それに比べてあっちの二人は…」
キイはすっかり二人の世界に入ってしまった横島とおキヌと、未だ戦っている小竜姫とメドーサを見比べて…
「…あっちは田舎者と暴れ馬か……ふっ、所詮は若輩貧相娘と年増迷惑オバハンかぁ…」
やれやれといったポーズをとるキイ。
「「竜波砲」」
それにカチンと来た小竜姫とメドーサは、笑顔を貼り付けたまま同時に竜波砲を放った。
しかもメドーサはともかく小竜姫まで手加減なしでぶっぱなしていた。
「「「「「「うっひゃああぁぁぁぁ!!??」」」」」」
キイが咄嗟にハンドルをきって、迫る竜波砲を回避する。
竜波砲は海面にぶつかって大波を起こして、ボートを木の葉のごとく揺らした。
「「誰が貧相(オバハン)ですか(だ)!!」」
敵同士のはずなのにこの時だけ二人はシンクロ率が異様に高かった。
だが、全員肝心なことを忘れている。メドーサの放ったビックイーターは依然ボートを追っていたのだ。
これまではキイの神業的なハンドルテクニック(足版)で振り切っていたが、こうなっては回避など不可能だ。
そして、一匹のビックイーターが天龍に迫る。
「殿下危ないんだな!!」
そこにイームが庇うように天龍に覆いかぶさる。ビックイーターはそのままイームの背中に食いつき、背中に大きな傷を負わした。
そのビックイーターはキイが破魔札を叩きつけて祓った。
「で、殿下が無事でよかったんだな」
「余は無事じゃ! それよりお前…!」
「!! 傷口が石に!」
イームの傷口がどんどんと石化して、その体を犯していた。どうやらメドーサの眷属であるビックイーターには石化能力がついていたらしい。
その体はどんどんと石になり、ついには体全体が石化してしまった。
「イーム! イームうぅぅぅ!!」
ヤームが石化したイームに縋り付く。
それを見ていたその他一行は…
「よし! 全速前進さっさと逃げようか!」
「おい! この状況を軽くスルーするなよ! なんか言うことあるだろうが!!」
言い訳どころか、何もなかったことにしたキイに横島の突っ込みが入る。
天龍のほうは冷や汗を流しながらも父上に頼めばと希望的観測を述べて慰めていた。
「わ、私はなんてことを…」
やっと我に返って自分がした事に気付いた小竜姫が、顔を青くしておろおろとしている。
まさかここまで大変なことになるとは思っていなかったようだ。
そんな隙だらけの小竜姫をメドーサが見逃すわけがなかった。
「しまっ!?」
「遅いよっ!!」
瞬時に小竜姫の背後に回ったメドーサの矛が、小竜姫を襲う。
小竜姫は何とか身をよじって突き刺されるのは避けたが、その矛で背中を大きくえぐられてしまった。
「トドメだ!!」
メドーサが矛を振りかぶった瞬間、突然小竜姫とメドーサの間に正六角形の霊波の盾が飛び込んできた。
メドーサは一瞬と惑ったがそのまま霊波盾ごと小竜姫を貫こうとする。メドーサの矛は容易く霊波盾を突き破った。だが、メドーサはこの霊波盾の特性を知らなかった。
霊波盾は瓦解すると同時に、内包している高密度の霊波をメドーサの方向にだけ指向性を持って爆発した。
「なにっ!?」
爆炎には巻き込まれなかったものの、爆風に煽られてメドーサはその場で停止した。
「小竜姫ちゃんこっちだ!」
その間に、小竜姫は近くまで走ってきたボートに落下するように乗った。
「小竜姫!」
「殿下…申し訳ありません」
背中の傷が予想以上に深いのか、小竜姫の顔は優れない。
この間にもメドーサが追ってきているが、その相手はキイが霊符をばら撒いてなんとか牽制していた。
「どうする! このままじゃあじきやられるぞ!」
「仕方ありません…横島さん、これを…」
小竜姫は、両手につけている篭手とヘアバンドを外して横島に手渡した。
「それをつければ一時的に私と同じ力が手に入ります」
「え? それって…まさか俺にあのメドーサと戦えと?」
ちょっと頬を引きつらせる横島。相手は小竜姫と互角に戦えるほどの腕の持ち主だ。
怖がるのもしょうがないだろう。
「お願いします! 今はあなたにしか頼めないのです」
「いや、どうせならキイ兄に頼んだほうが…」
確かに、横島と比べたらキイのほうが実力も経験も上のはずだ。だが、ここで一つの問題が発生する。
「でも、忠っちこのボート運転できないでしょ?」
「うっ!?」
そう、横島はボートの運転なんてできない。ハンドルを切るくらいならできるがそれ以外は全くのド素人だ。しかも背後からはまだビックイーターが迫ってきているのだ。ここでキイがいなくなると全員まとめてお陀仏である。
だが、それでも渋る横島にキイがしょうがないなと口を開いた。
「忠っち、もし頑張ったら小竜姫ちゃんからビックなご褒美があるよ」
「小竜姫様から……ビックなご褒美とな?」
そこで最近起動しなくて鬱憤が溜まりすぎた煩悩がフル稼働&マルチタスクされた。
そして横島の頭の中で展開されるご褒美の数々。またの名を邪な妄想…
「小竜姫様! ここは全てこの横島忠夫にお任せください!!」
そう言って横島は篭手とヘアバンドをつけて空へと飛び立った。『ご褒美ー!』と叫びながら去っていく横島の姿を見て、小竜姫の額に痛みの所為ではない汗が流れる。
「き、キイさん! 何故あんな勝手な約束を!!」
「だってあのままじゃあ渋って動きそうにもなかったし」
「だからって何故私が…」
小竜姫が其処まで言ったところで、キイはいきなりにかっと、悪魔な笑みを浮かべた。そう、小悪魔ではなくて悪魔、それも大悪魔的な笑みだ。
それを見た小竜姫は体中に嫌な予感が駆け巡る。だが体が痛くて動けないし、なによりここはボートの上なので逃げようがなかった。
「ふっふっふ、小竜姫ちゃん。これを見てもまだそんなことが言えるかな?」
「メモ用紙…ですか?」
それは小さく折りたたまれた何枚かのメモ用紙だった。
小竜姫は訝しげな表情を浮かべながら、それの中を確認する。
「…!…………!?……………!?#$%&」
そして読んだ瞬間、一気に顔が青ざめ。そして読み進めるうちに今度は一気に紅潮し、そして最後はわけの分からない言葉になってない声を上げてキイに睨みつける。
「さあ…納得してるれる?」
「ど、何処でこれを! 卑怯ですよキイさん、こんなもので私は…」
「はい、これトドメね」
そう言いつつキイは今度は数枚の写真を手渡した。
トドメと言われて見るのをためらった小竜姫だが、意を決してその写真を見た。
「…参りました」
そしてあっさりと負けを認めた。これで小竜姫はキイへの痛恨の二連敗となった。
「勝利の後は何時も虚しいものだね」
キイはそう言いつつボートを最寄の港へと走らせた。
その様子を見ているおキヌは何をみせられたのかと不思議顔だ。
そして天龍は…
「小竜姫に勝ってしまうとは…恐ろしい奴じゃ」
キイに少なからず畏怖と尊敬の念を抱いていた。
一方そのころの横島は…
「死ねぃ!」
「うわっひゃ〜! 危ねぇー!?」
メドーサを相手に、両手にサイキックソーサーを展開してその持ち前の回避力で何とか持ちこたえていた。
しかも、小さな傷はあれども大きな怪我は全くなし。これもキイによるスパルタ修行と異様なまでの生存本能のおかげであろう。
「ええぃ! ちょこまかと! お前はやる気があるのか!!」
「ない!」
きっぱりと断言した横島にメドーサが空中で器用にこけて見せた。
「ふざけてるのか貴様!!」
「その通りだ!」
胸を張って断言する横島に再度メドーサはこけた。
こめかみをぴく付かせながら、頬を引きつらせてメドーサは横島を睨みつける。
「この…グズの癖に調子に乗るなーー!!」
「あんまり怒ってると皺が増えるぞ!」
「大きなお世話だ!」
「皺があるのは自覚してるんだな!」
「殺す!!」
蛙の子は蛙。子は親の鏡。それらと同じくやっぱり弟子は師匠の技をちゃんとマスターしていた。
そして横島は、面白いくらいに反応を示してくれるメドーサに、俺もこうだから弄られるんだなと自分を重ねてみたりしたが、それ以上にこの掛け合いが楽しすぎてつい戦闘そっちのけで一歩間違えば即死もののドツキ漫才を続けていた。
「何! メドーサのところに戻るだと!」
港に下りたところで、小竜姫はまた戦いに行くと言い出した。それに天龍が驚いたような顔で叫ぶ。
「ええ、いくら強くなっても横島さん一人じゃ勝てるはずがありません。皆さんは殿下を妙神山へ…」
「けど、その傷じゃあ…」
何とか立ち上がろうとする小竜姫をおキヌが静止しようとする。だが小竜姫はそのまますくっと立ち上がった。
「私はこれでも竜神なのです! これくらい大丈夫です!」
と、そこで小竜姫の背後にキイが立った。そして、そのまま小竜姫の背中をぺしっと軽く叩いた。
「ほれっ」
「はうっーーーー〜〜!!!???」
その瞬間、小竜姫の顔が真っ青に、そして涙目で縦線シャドウ効果まで付属された。どう見ても大丈夫には見えなかった。
「はいはい、怪我人は無理しないでそこで休んでなさい」
「し、しかしこのままでは横島さんが「シャラップ!」はううぅぅぅぅ!?」
キイに反論しようとした小竜姫だったが、キイにまた背中を叩かれて痛みの所為で何も言うどころか動けなくなってしまった。
「横島は大丈夫なのか?」
ポツリと天龍がそう呟いた。
「あはは、心配するだけ損だよ」
「横島さんなら大丈夫ですよ」
「みみぃみ〜〜」
【うむ。あいつがそう簡単にくたばらんだろう】
蒼河霊能相談所メンバーが天龍の言葉をあっさりと否定した。ファスは喋れないがぴょんぴょんと地面を跳びまわってそれを肯定している。
それなりに付き合ってきたこの五人には横島という人物がどういう相手なのかしっかり理解できていた。
「さて、それじゃあまずは小竜姫様の治療をしましょうか」
そう言っておキヌは手にした霊符を小竜姫の傷口に貼り付けた。こから淡い光が溢れて、少しずつ小竜姫の体へと浸透していく。
「すごいですね…竜神である私を治癒できるほどの霊符があるなんて……」
「これはキイさんの特製ですからね」
ただその言葉だけで、その性能を証明するのに事足りた。
「しかし…本当に大丈夫なのか?」
それでもやはり心配なのか天龍が再度たずねる。
キイはそれににっこりと微笑むと、海のほうの空を指した。天龍は首をかしげながらもそちらのほうを見る。
するとそこから、何かが高速でこちらに飛んできていた。
「キイ兄ぃぃぃぃ! 流石に限界だぁぁあああ!! ブギュルッ!?」
その高速で飛んできた正体は横島だった。そしてそのまま近くに積んであった木箱の山に頭から突っ込んでいった。
しばし呆然とその様子を見守る一同。その視線の先には、木箱に埋もれてやけにぐったりとしている横島の下半身だけがでていた。
そんな横島にキイはそっと近寄って一言…
「もう! あと少し時間稼いでよね」
「鬼! 悪魔! あんなの相手にこれ以上戦っていられるか!!」
横島は瞬時に木箱から這い出て鋭い突っ込みを入れた。
しかも派手にぶつかった割には服が汚れている程度で傷のほうは殆ど皆無だった。
「それでメド姐さんは…っとちょうど到着だね」
キイがそう言うと、ちょうど其処にメドーサが高速でこちらに向かってきていた。
「はあ、はあ…やっと…追いついた…よ。すばしっこいガキめ!」
しかし何故かとても息切れしていた。恐らく、此処に来るまで横島のアホな言葉に律儀に叫び続けた所為だろう。
「皆お揃いだね、それじゃあ全員地獄に…」
「やらせるか!!」
メドーサが竜波砲を放とうとした瞬間、横島がサイキックソーサーを投げつけた。サイキックソーサーは曲線を描くようにメドーサに迫る。
メドーサはさっきでそれが爆発する特性があると気付いているので、舌打ちしながらもビックイーターを放って撃墜させた。
「おりゃああぁぁぁぁ!!」
「ちぃっ!」
その瞬間、横島は霊波を収束させてメドーサに肉薄する。メドーサはそれを矛で受けるが、その瞬間横島はその矛を握ってにやりと口元を吊り上げた。
「サイキックスラッシュ!!」
手に収束していた刃が、握っている矛の持ち主であるメドーサへと伸びる。
不意を突かれたメドーサだが、彼女は戦闘のプロである。首元を狙ってきたその霊波刃を首を大きく捻って回避する。回避された刃は結局メドーサの髪の一部を切り裂くだけにとまった。
「なっ! 貴様ぁ!?」
だが、メドーサは仮にも上級魔族だ。その自分が髪とはいえたかが人間に傷つけられた。それだけで彼女のプライドを傷つけるのには十分すぎた。
メドーサは矛を掴む横島に鋭い蹴りを放った。横島は咄嗟に矛を放して逃げようとしたが、もともとの実力の違いか本気を出したメドーサの蹴りをかわせるはずもなかった。
横島はそのまま先ほど突っ込んだ木箱の山に突っ込んだ。
「横島さんっ!?」
「大丈夫か!」
木箱に埋まった横島をおキヌと天龍が慌てて助け出す。
「ぐぅ…ぁ…」
横島はかなりの重症だった。口元から血を流し、恐らくアバラも数本折れている。もしかしたら内臓にもダメージがいっているかもしれない。
もし小竜姫の装備を借りてなかったら今の一撃で即死していただろう。
「忠っち、無茶しすぎだよ」
キイがメドーサから庇うように横島の前に立つ。メドーサは生きていたかと憎たらしげな顔をしながら竜波砲を放ってくる。それにキイは懐から一本の短剣を出す。
「災厄を断ち切る刃と化せ!」
その祝詞と共に、キイは短剣を竜波砲に投げつけた。竜波砲と短剣がぶつかった瞬間、短剣から青白い光が放たれ、竜波砲を幾数にも切り裂いた。それと同時に短剣は砕け散る。
「ファス!!」
キイの掛け声と共に、近くにいたファスが吸引口を拡散した竜波砲に向ける。すると、まるでゴミを吸うかのように散り散りになった竜波を根こそぎ吸い込んだ。
「ほう、面白い道具を持っているね」
メドーサが本気ではないと言え今の一撃を防いだのに感心した様子だ。
だがキイはその言葉に少し眉をひそめる。
「ファスは道具じゃない。家族だよ」
「家族? アッハッハッハ、そんなものが家族か。お前は人間の中でもおかしな奴のようだな」
メドーサが馬鹿にしたように笑う。だが、その言葉を聞いたとたん、キイの様子が変わった。
何が変わったというのは誰にも分からない。ただ、明らかに何かが違う。
「ふふっ、違うな〜…
自分は人間じゃないよ?」
キイが、にやっと口元を歪ませた。それと同時に当たり一帯に得体の知れない重圧がかかる。物理的なものではない。殺気や敵意といった、だがそれとは違う類いの感情が辺りを染めているのだ。
キイにとって人間だとか妖怪だとかは全く関係ない。『自分』にとっては全てが基本的に同じ位置にあるのだ。その中で横島やおキヌのように『家族』となったものはまた特別である。だから今回ファスを物扱いされたキイは、結構不機嫌になっていた。
「っー!!」
メドーサは一瞬自分を襲った不可解な重圧に体をこわばらせた。目の前にいる人間…いや、人ではない『何か』に気圧されてしまった。
その周りにいた、小竜姫や天龍にヤームとおキヌまで、まるで金縛りにあったように動けなくなった。
「さて、自分の家族を否定するのは、自分を否定すること…そして『自分』を否定することになるんだよ。
君は『自分』に否定されたらどうなるかな?」
『世界』による否定はその存在を否定されるのと同義。その中の一片である『世界の欠片』であるキイに否定されれば、すぐに『消』されはせずとも確実に『存在』が揺らぐ。自己をしっかりと認識する力がなければ、『無』へと帰されるのだ。
今までに回復した力を大半使ってしまうが、それでもキイは全く躊躇わなかった。
「ふっふっふ…覚悟はいいがな!?」
と、そこでキイの後頭部に木片がヒットした。しかもいい具合に折れて尖った部分が突き刺さっている。
「…何するのさ、忠っち?」
邪魔されたことにちょっと不快感を覚えたキイは、眉をひそめながら後ろにいる横島に振り向く。
横島は得体の知れない重圧にあいながらも、にやりと笑って見せた。
「キイ兄の座右の銘は?」
「…お気楽、楽勝、楽してなんぼ」
「だろ?」
普通に聞いては何が言いたいのかは分からない。だが横島とキイなら、この会話で十分に意味が通じた。
すっと、あたりの重圧が消えた。
「しょうがないな〜。じゃあ忠っち頑張ってくれる?」
「アホ、この体でどないせいっちゅーんじゃ!」
怪我で全く動けそうにもない横島にキイは尋ねる。横島は勿論即座に無理だと突っ込んだ。
それは何時ものような二人の掛け合いに戻っていた。
「…くっ! なんだかよく分からないが……こうなれば即効で終わらせてもらうよ!!」
重圧が消え、手足が動くようになったメドーサは両腕で竜波砲を放つ。その先には、天龍と小竜姫の姿がある。その威力は、子供の天龍はもとより、怪我をしている小竜姫も防ぎきれないだろう。
ヤームとおキヌでは防ぎきれない。キイは防げるが『今』は一方しか防げない。
「キイ兄は小竜姫様を助けろ!!」
「っ!……分かったよ!」
キイは横島の言葉に弾けるように小竜姫の前に立ちはだかり、先ほどと同じように今度は二本の短剣を投げつけて防ぐ。だが、先ほどとは違いかなりの力を内包した竜波砲を簡単には相殺しきれず、拮抗状態に陥っている。
そして、天龍に迫る竜波砲を横島が庇うように前に立った。その両手には全長二メートル近くまで大きくしたサイキックソーサーが展開されている。
「うおらああぁぁぁぁ!!?」
竜波砲がサイキックソーサーに衝突し、激しい削り合いをはじめる。周辺で削られた霊波同士が反応し、火花と稲妻を発して激しい閃光が奔る。
「自壊せよ!」
横島の叫びと共に大型サイキックソーサーが大爆発を起こして竜波砲を相殺する。だが、ただでさえパワー負けしているのに、怪我を負っている横島が完全に防ぎきれるはずもなく、余波を受けた横島は吹き飛び、倉庫の壁に叩きつけられた。
「ぐふっ!?」
横島は自分の体の中のあちこちで鈍い音が聞こえた。結構な数の骨が折れてしまったらしい。
ずるりと、壁を背にして横島は崩れ落ちる。体中に痛みが走り、動けない。だが、まだ致命傷とまではいたっていなかった。
「ちぃっ! しぶとい奴め!」
「やらせないよ」
メドーサがさらに竜波砲を放とうとしたところで、キイが霊符を投げつけてそれを妨害する。
「横島さん! しっかりしてください」
「横島! 大丈夫か!!」
キイがメドーサを抑えている間に、おキヌと天龍が急いで横島を助けに行く。
今は命に別状はないが、出血もそこそこにある。急がないとじきに取り返しがつかなくなるのは目に見えていた。
「大丈夫に決まってるだろ? 俺はキイ兄に鍛えられてるから不死身なんだよ」
明らかな虚勢。だが何時ものようにいたずらな笑みを浮かべる横島はぐっと親指を立ててみせる。
それを見た瞬間、天龍は拳をぎゅっと握り振り向いてメドーサを睨みつける。
「おのれ…イームだけでなく横島までも! 余の家臣を傷つけたこと許さぬぞ!!」
天龍が、初めて心の其処から怒りを覚えた瞬間だった。
古来より、龍の怒りとはその激情から天災と例えられるほどの恐ろしさを秘めている。その龍の中でも天龍は幼いながらも竜神王の嫡子にあたる凄まじい力を秘めていた。
そして今回、その怒りが一つのキーとなる。ただ心のままに暴れまわる怒りではなく、臣下を傷つけられたことによる静かに激しく燃え盛るような怒りに、天龍の力が一気に目覚めた。
それを明かすかの如く、天龍の角がポロリと抜け落ち新しい角へと生え変わった。
「角が…! 殿下が成人なされた!」
竜神の角が生え変わると言うのは、それすなわち大人になったと言う証なのだ。
「ちぃ! だが成人したばかりの今なら!!」
メドーサが手に持った矛を天龍に投げつける。
「あああああーー!!」
だが天龍はそれを力任せの神通力で弾き飛ばした。まだ覚えたばかりで効率よく使えないが、その力だけはメドーサをも圧倒していた。
さらに天龍の放った神通力はそのままメドーサへと襲い掛かった。
「ぐうっ…これが、竜王家の力か……くそっ!」
メドーサは予想外と天龍の力にと自分の傷に不利を悟って背を向けた。
キイが数枚の霊符を投げつけるが、それを諸共せずにメドーサはその場から離脱した。
「殿下! ご無事ですか!!」
メドーサが去ってから、何とか立てるまでに回復した小竜姫が天龍に駆け寄る。
「余は大丈夫じゃ。何時までも子ども扱いされるわけには行かぬからな。よいか小竜姫、次襲われたりしたら余も戦うからな!」
そう言いつつ、脚がガクガクと震えている天龍。それを見た小竜姫がくすりと笑う。
「お〜、なんか天龍大活躍だったな」
そこで、怪我をして動けなかった横島がキイの肩を借りて歩いてきた。身長差的に横島は前かがみでキツイ体制だが、支えられないよりはましだ。しかも横島は体に『痛み止め』と書かれたキイ即席の霊符が張られている。『治癒』の霊符はほとんど小竜姫に使ってしまったため、応急処置程度にしか直せなかったからせめて痛みだけでもと横島に懇願されてのことだった。
「当たり前じゃ。余は竜神王になる男だからな」
「そうか、しかし王とはまさに男の夢だな。まあ俺としちゃあやっぱりハーレムの王になりたいけどな!」
何時ものように冗談を飛ばす横島。だが、周りから全く反応がない。キイ以外の皆が一同、首を傾げている。
滑ったかなとちょっと乾いた笑いをあげる横島だが、その予想はちょっと斜め上に向かって外れていた。
「あの、横島さん。『はーれむ』とは何ですか?」
「………へ?」
小竜姫の問いに、横島は思わず間抜けな声を出してしまった。
横島の誤算。それはギャグをかました相手が、そのネタの中の言葉を知らなかったことだ。
これは痛い。かなり痛い。常識だと思って使った言葉が認知されていないとは滑る以上に痛いことだ。しかも予想外におキヌまでその意味を知らないときた。これは非常にまずい。
しかも此処でそれ以上にヤバイのが、ネタがちょっと女性には嫌がられそうなところだ。パパッと終わらせれば軽く小突かれる程度で済みそうだが、今はどう考えても軽く流せそうな雰囲気ではない。
(ここは…話題転換して一気に無かったことにしてしまおう!)
教えた後の反応も怖いが、それ以前に『ハーレム』と言う言葉を男の口から女に説明するのははばかられるであろう。
自分の命と尊厳のために横島がそう決心したとき、
「ハーレムって言うのは…」
「「「「そ、そうだったのですか(のか)」」」」
いつの間にかキイがどっから持ってきたのかホワイトボードまで準備して、ハーレムについて懇切丁寧分かりやすく解説していた。
そして、ゆっくりと横島を見る一同。
小竜姫とおキヌはにっこりと笑みを浮かべている。
(顔は笑っている…けど目が笑ってないぞ二人とも!)
早速身の危険を感じた横島は後ろに後退るろうとするが、残念ながらそちら側は海だ。横島に逃げ場は無かった。
そんな横島を、天龍とヤームが憐れんだ目で見ている。だけど助けようとはしない。自業自得だし、まさに触らぬ神に祟りなしだ。
「ふふっ、横島さんったら…冗談にもほどがありますよ♪」
おキヌがすっと横島に顔を近づけてそう言う。額にはうっすらと井型が浮かんでいた。
それを最初に言って欲しかったと横島は思ったが、今更そんなことを考えてもしょうがない。
おキヌはすっと手を伸ばすと、横島に張ってあった『治癒』の霊符を剥がした。
「あの、それ剥がされたら怪我が治りにくいんですけど…」
治らないとは言わないあたり、自分の超回復力には多少の自覚があるらしい。
そこで、横島の肩が後ろから軽く叩かれる。横島が後ろを向くと、其処には笑顔の小竜姫の姿が…勿論目は笑っていない。
「仏罰って知ってますか横島さん?」
そう言って小竜姫は横島の背中あたりに張られていた、『痛み止め』の霊符を剥がした。
「ああっ、其れまで剥がされた…たた…痛たたたたたたたた!!」
霊符を剥がされた瞬間、じわじわと横島の体に痛みが広がっていく。
その痛みを例えるなら、肋骨が数本折れて、体中に時速100キロ近いボールをぶつけられまくってから軽〜く体全体にナイフで切り傷を入れられた感じだ。その痛みが一気に横島を襲った。
「うぎゃああぁぁぁ!! 痛すぎるぃぃぃーー!?」
あまりの痛みに地面をのた打ち回る横島。出血などは重点的に治されたので命に別状は無いが、痛みの所為で気絶もできず、かといって無視できる痛みでもない。はっきり言って拷問並みの痛みだった。
「横島ー! 大丈夫かー!?」
そこで流石に可哀想だと地面に倒れてぴくぴくしている横島にすがる天龍。
だが、怪我人に下手に触れてはいけない。自分で触れるならまだしも、人に触れられては心構えが違って我慢できる痛みもできないのだ。
「阿呆ぅ! 俺に触れるんじゃねぇ!!」
あまりの痛みに何とか立ち上がって天龍を怒鳴りつける横島。
しかし、いくら痛いからって子供を怒鳴りつけてはいけない。別に泣くとかそう言うわけじゃなく…
「なんじゃと! 余が心配してやったのにこの無礼者が! お前などこうしてやる!!」
そう言って天龍は横島の腰に思いっきりしがみついた。
「うぎゃあああぁぁぁぁ!! 腰が砕けるぅぅぅーー!?」
子供は無知である。相手が痛いと言っていても、自分の感情が先に出てしまうこともしばしばあることだ。
ついに痛みの臨界点を突破した横島は、あっさりと意識をお空のかなたへと手放した
。そして、横島はゆっくりと後ろに倒れこむ。さっきも言ったとおり、横島の背後は海だ。
二秒後、海面に水柱がたった。
「「「横島(さん)ーー!?」」」
ぶくぶくと沈んでいく横島。小竜姫は怪我で海には入れないし、おキヌでは横島を持ち上げられる力もない。天龍は、今まで一度も泳いだことがないので、波打つ海が怖くて飛び込めなかった。
そんな大慌ての三人を他所に、キイは腰に手を当てて昇り始めた太陽を眺める。
「うん、今日も良い一日になりそうだ!」
「「「暢気なこと言ってないで助けんか(てください)!!」」」
服が濡れると渋るキイに、小竜姫とおキヌが何とか説得を試みる。天龍は横島が沈んだあたりで意味があるかは分からないが励ましの言葉を掛けていた。
結局横島は二分後、流石にまずいかと思ったヤームに助けられた。
「苦労してるなお前…」
「…もう慣れちゃった自分が嫌になる……」
横島のあまりにも可哀想な言葉に、その内天界の酒でも送ろうとイームは一人考えていた。
〜おまけ〜
怪我に良く効くという温泉があるということで、横島たちは妙神山までやって来ていた。
そして今は、その温泉とやらに入っているのだが…
「痛だだだだだだだ!!!!」
湯に浸かった横島は、怪我+全身筋肉痛のような痛みにずっと苦しんでいた。
「まあ、人間の身で小竜姫の防具を使えばそうなるであろうな」
頭に畳んだ手ぬぐいを乗せた天龍がそっけなくそう言った。
「ギイ゛に゛い゛〜分がっででや゛っだな゛〜〜〜!!」
全ての言葉に濁点をつけながら何とか喋る横島。その姿はとても痛ましい。
キイのほうは一人のほほんと、桶に入れて浮かべたお酒でちびりちびりと飲んでいた。
「ごら゛〜〜〜〜!!」
無視するキイに、横島がさびたロボット並みのぎこちない動きでキイのほうに進む。
だがその亀よりも遅い動きにキイは一定の距離を保ってすーっと離れるだけで逃げ続けていた。
と、そこで横島の動きが止まった。そして何故か目をつぶり霊力を集中させ始めた。
「! 小竜姫様が女湯に入ってきた!!」
横島はカッと目を見開いて、今までの動きが嘘だったかのような素早い動きで女湯を仕切る壁に耳を当てた。
『ふぅ、いい湯加減です…』
「うおぉぉ! 小竜姫様の入浴シーンがこの壁一枚向こうに!! 漢のロマンが目の前にぃぃ!?」
声が聞こえて、妄想しただけで大興奮する横島。だが、なかなか実行には移さない。
「ばれたら絶対に殺されるよな…だが、ここであきらめて漢といえるのか? しかしやはり命あってのものだねだし…」
横島の頭の中で激しい葛藤が繰り広げられているようだ。
覗けば竜神である小竜姫にばれないということはないだろう。しかし一時の至福を求めるのも悪くない。
そんな考えをしているまに、何故だか治っていく横島の怪我……煩悩で霊力が高まって自己治癒力がパワーアップしたらしい。ところどころで人外的な力を見せ付ける横島だった…
因みに結局覗きを敢行したのだが、悩んでいる間に小竜姫は上がってしまっていてその姿を拝むことはできなかった。
その所為で微妙に気落ちした横島を見て、小竜姫とおキヌが互いに首を傾げていた。
〜おまけ2〜
某所の秘密の隠れ家にて…
「くそっ! 小竜姫ならともかくあんなガキと人間に負けるなんて…」
メドーサは備えられていた椅子を蹴っ飛ばしながら、乱暴に机に腰を下ろした。
「今度あったらただじゃ済まさないよ…」
復讐を誓ったメドーサはだんっと机を殴りつける。机はその力に耐え切れず一発でぶっ壊れた。
作戦の練り直しだとメドーサが立ち上がった瞬間、ひらりと落ちる一枚の長方形の紙。
メドーサはその紙を咄嗟に拾ってしまった。其処に書いてあった文字が怪しく光った。
『抱腹絶倒』
それはキイの霊力がたっぷり一日分込められた特性の悪戯兵器(リサールウェポン?)だった。
どうやら最後に投げつけた霊符にまぎれていて、偶然服に引っかかっていたらしい。
「うっ…なぁ!?」
いきなり体中に奔る感覚にプルプルと震えだすメドーサ。
耐える。耐える。耐える。メドーサは耐えつつ付ける。だが、ちんけな呪いの所為かその威力は抜群なそれについにメドーサは屈服した。
「アハハハハハハハ!!」
別におかしくもないのに笑いが止まらない。それなら何とか呪いも弾けそうだが、何故だかだんだんと気分のほうまで楽しくなってきてしまった。どうやら気分高揚の効果まであるらしい。
「アハハハハ…ハハ…お、おのれあの蒼髪のガキめー! 次にあったら八つ裂き、きき、アハ、アハハハハ!!」
こみ上げる笑いの衝動にメドーサはただ従うしかなかった。この手の呪いはそんなに長時間持続していないので其れくらいは待てるかと考え込んでいた。
「絶対に復讐するぅ…アハハハハ!!」
新たな誓いを胸に、メドーサも意気込んでいた。
あと、霊符の効果が切れたのは一日と10時間後ということだ。それまで、爆笑し続けたメドーサは人間だからって舐められないと深く認識するのだった…
〜あとがき〜
どうもこんばんわ…拓坊です。
まずはレス返しを!
>whiteangel様
読んでいただけて感謝感激。ありがとうございます。
今回はキイ君も横島君も師弟そろってボケてます。いかがだったでしょうか?
>黒覆面(赤)様
トランプのジョーカーは出てくる予定です。まあ何時出るかは未定なんですが(汗)
あとアフロにはなりませんでした! 残念っ!!(笑)
>masa様
そうです。あの程度じゃ死にません! 死ねません<オイ
蛇さんは小竜姫様と一緒に弄られました。でもちょっと物足りないので次の出番ではもう少し…
>裕様
いやはや、読んでいただけて感無量です。これからも家を御贔屓に…(笑)
誤字指摘ありがとうございます。うぅっ、三回は見直してるのに間違いすぎ&見落としすぎだよ自分…
>花翔様
それがお笑いの花道なんです!(嘘)
メドさんは最初なんで控えめになってしまいました(汗)
ふぅ、今回はメド姐さん現るでした。
彼女は個人的に好きなので今後も其処までは酷い事にはならないかな?
この話は天龍の成長も書いときたかったのでどうしても少しシリアス風味に…
ギャグで角生え変わらしても良かったんですがそれだとあまりにも哀れなので(汗)
次回は少し番外でも書こうかなと思っています。あくまで未定なので違ったらごめんなさいです(汗)
それではこの辺で失礼致します…