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「横島中学生日記 〜中編〜(GS+オリキャラ)」

拓坊 (2005-11-24 09:14/2005-11-24 21:26)
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麗らかな朝とはよく言ったもの。
窓から差し込んでくる朝日が部屋の中を明るく照らす。
そしてベッドで眠る横島に、何故か言い具合に配置されていた虫眼鏡が太陽光線を一点、横島のつむじ辺りに集中させて煙を上げていた。


「おわっ熱ちゃぁぁー!!」


横島の起床である。
横島はバシバシとベッドの傍にあったクッションで自分の頭を叩きその燻っていた煙を消した。
何が起こったんだとベッドの上を見ると、其処には虫眼鏡。だが横島は其れを目に入れると同時に、その隣にあった目覚まし時計が目に入った。
その時計の指す時刻は九時半。昨日瑠華と約束した時間は十時。家から駅までは走って三十分だ。つまり…


「ち、遅刻するーーー!!」


横島はまず着ている下着を脱ぎ捨て(十秒経過)、タンスから下着と黒いTシャツを引っ張り出して其れを着て(三十秒経過)、バンッとクローゼットを開けると最近買ったGジャンとGパンを装備(五十秒経過)、そして机の引き出しから財布を引っ張り出して部屋から飛び出した。(計一分間の早業)


横島が慌てて家を飛び出して行くのを確認し、大樹は読んでいた新聞をたたんでテーブルの上に置くと、くっくっくと笑い出し。そしてだんだんとその笑いが大きくなっていきわっはっはと高笑いを始めた。
百合子はそんな自分の夫を見て朝食の後片付けを済ませてエプロンのままリビングに来た。


「何を朝っぱらから爆笑してるのさ?」


「実はな、あいつがデートだとはしゃぐものだからムカついたのであいつの目覚ましを止めてやったのさ!」


その代わり虫眼鏡トラップを仕掛けてやったがなと、大樹は黒い笑みで笑う。
どうやら自分は女性と遊びに行けないのに息子がデートに行くのが無性に腹立たしかったようだ。
だが、彼は一つ忘れていることがある。確かに百合子は昨日横島がデートすると言って偽者扱いはしたが、本物だと分かってそれじゃあ楽しんでおいでと百合子は横島に小遣いを渡していたのだ。
一般的常識を持ち合わせている百合子は、息子が女の子とデートに行くとなれば其れを応援してやるのが親の義務だとちゃんと考えている。


「貴方…ちょっとこっち来なさい」


「ん、何だ? おい、そっちは使ってない物置部屋だろ?

プレート? 『お仕置き部屋』? 何か赤い文字だけどこれ血の匂いがするぞ?

真っ暗だな…明かりを……って何だこの部屋は! 

って、百合子その手に持っている鞭は何だ!

お、落ち着け! 冷静に話し合おう!!」


それから数分間、その部屋から人間のものとは思えない叫び声(音?)が轟いていた。
静かになって数秒後かちゃっと扉が開いて、何故か真っ白の無地だったエプロンが赤い斑点模様になっており、その頬にも数滴の赤い液体が付着していた。


「そういや忠夫、誰とデートなのかしら?」


百合子は頬に手を当てて、ちょっと滑り気のある液体をふき取りながらそう呟いた。
まあ、帰ってきてから聞きましょうと何かボロ雑巾のようになった大樹を部屋の中に残し、いつものように家事を再開する百合子だった。


横島中学生日記
〜あなたと共にいる幸せ〜


「ぐふっ…と、到着……」


家から全力疾走、一度もスピードを落とさず数名の人を撥ねたような気がしながらも横島は約束の駅前の広場にたどり着いた。
荒い息を整えつつ広場の中央にある時計を見ると時刻は十時五分。微妙に遅刻だ。

ちょっとヤバイかと広場を見渡すが、広場には日曜と言うこともあってか若者のグループや家族連れ、カップルなどが沢山いて瑠華の姿は見つけられない。
もしかしてまだ来ていないのかもと淡い期待を抱く横島だが、突然背後から肩を通して手を回された。そう、首に…


「忠夫ク〜ン、チコリーの花言葉知ってるかな〜?」


「わ、分からないから…それより早く放せ……ぐ、ぐるじい…」


背後から首を締め上げられた横島の顔が青白くなっていく。意識が遠くなるっと言うところで横島の首を絞める手がすっと離れた。横島は本気で咳き込みながら涙目で後ろにいる待ち合わせ相手を恨みがましい目で見た。
其処にはやっぱり、アハハと少しはにかんだ表情の瑠華が立っていた。


「正解は『待ちぼうけ』だよ。全くおっそいんだから」


「たった五分じゃん」


「それでも遅刻は遅刻。女性を待たせるなんてマナー違反だぞ忠夫クン」


人差し指を立ててちっちっちと横に振る瑠華。横島のほうはやっぱり自分の方に非があるのでしぶしぶと引き下がるしかなかった。
瑠華は指を振るのを止め、じーっと横島の服装を上から下へと舐めるように見ていく。
横島のほうは何なんだと思いつつ見られ続けていた。


「ん〜、忠夫クンのわりにはなかなか決まってるじゃん」


「『わりに』は余計だ。もっと素直に褒めろよ」


瑠華が横島の服装を意外だと言いながら褒める。横島のほうはなんだかんだ言いつつ褒められたことに照れていた。
横島の今の服装はロゴ入りの白いTシャツに、GジャンとGパン。これまで少ない小遣いをやりくりしてやっとのことで買った一張羅なのだ。褒められて嬉しくないということはないだろう。
そこで横島は今度は瑠華の服装を確認していく。
薄桃色のVネックTシャツに、デニムミニスカート、そして水色のソフトカーディガンを羽織っている。


「てか、それ昨日と同じのじゃん」


「お気に入りだからね。何着も持ってるのよ」


凄いでしょと胸を張る瑠華に、ああ凄いと瑠華の一点だけを見て頷く横島。
視線の先に気付いた瑠華はスパンと横島の頭を叩いた。


「あたた…まあ、似合ってるし可愛いから問題ないし良いんじゃないか」


「もう…褒めるなら変なことする前に褒めてよね」


褒めた後なら変なことして良いのかと言う横島に、瑠華は普段から変なことしかしないでしょときっぱりと言った。
まあお互い様だと笑う横島に瑠華も軽く微笑んだ。


「さて、それじゃあ今日のデート代は遅刻した忠夫クン持ちね」


「やっぱりそうなるのかよ…」


まあ横島のほうも瑠華に言われるまでもなくデート費用はこちらで持つつもりだった。
やはり男なんだし女の前では格好つけたい年頃なのだろう。そのために残っている貯金を全て崩し、さらに母親から小遣いを前借りしてまでかき集めた軍資金はなんと福沢諭吉が三人。
横島は中学生にしてはなかなかの貯蓄家だったようだ。


「…てかさ、さっきから何で名前の方で呼んでるんだ?」


横島はこれまでは苗字の方で呼ばれていたのに、今日は下の名前で呼ばれることに気付いて尋ねた。
瑠華のほうはやっと気付いたんだとにぱっと微笑んだ。


「やっぱりデートなんだから下の名前で呼んだほうが良いでしょ?」


「ま、まあ…そうしたいなら勝手にすれば良いけどな」


「あっ、勿論忠夫クンも因幡じゃなくて瑠華って呼んでね?」


「な、何ぃ! 俺もかよ!」


瑠華の申し出に横島はオーバーリアクションを取りながら後退る。名前で呼ばれるだけならまだ良いが、呼ぶとなるとやはり恥ずかしいものがある。
そんな横島の心情を知ってか知らずか瑠華はにっこり笑って、


「瑠華だよ瑠華。はい、リピートアフタミー」


「る…瑠華


「声が小さーい。もう一回!」


「ええい、瑠華! これでいいんだろ!!」


こっ恥ずかしいーと心の中で叫びながらも、其れを顔には出さないように不貞腐れた表情を浮かべる。だが、その耳まで赤くなっている横島の顔を見て瑠華はくすくすと笑っている。
そして瑠華は横島の手を取り走り出した。


「それじゃあ行こうか♪」


「ええい、恥ずかしいから手は放せ!」


「デートなんだから駄目〜。それとも腕組みたい?」


「流石にそれは勘弁だ!」


本当は嬉しいのだが、それ以上に女の子とデートすると言うことに慣れていない横島は煩悩より恥ずかしさが先に出るのだ。
其れに対して積極的な瑠華はまるで恥ずかしがっていなく、むしろ横島の反応を面白がっているように見える。
何だか何時になくはしゃいでるなと思いつつ横島は引かれるままに瑠華の後についていった。


二人がまず来たのは映画館。そして見るのはやっぱり純愛ラブストーリーものだ。
最近話題になっている人気のある映画で、病気がちの世間を知らないヒロインをちょっと軟派な主人公が色んなところに連れまわしてこの世界がどんなに楽しいものなのか教えていくという暖かほのぼのな場面が展開されていく。

そして今はその映画のクライマックス。綺麗な曇りない星空の下で、ヒロインの少女は主人公の少年に後ろから抱きかかえられながらその満天のスターダストを眺めている。
少女の息は苦しげで、だけどその顔には至福の表情があった。愛しい人と一緒にいられる今この時をかみ締めているように…


「太陽が昇ったら…私もお空に昇るんだね…」


「………かもな」


少女の言葉に少年が何かを搾り出すように答えた。その表情は悔しそうで、けど何もできなくてそんな自分を責めるような表情だった。


「ありがとね…私、貴方と出会えてからとっても楽しかった」


「ああ、俺もお前と今まで過ごせて楽しかったよ」


今までの思い出を語り合う二人。これから迫る二人を分かつ『死』から逃げるように二人は今までと同じように軽く笑いながら話している。
そして、すぅっと向こうの空が明るくなってきた。日が昇ってきたのだ。


「もう、お別れだね…太陽が昇ったら私は逝くよ……」


ゆっくりと微笑む少女を少年は強く抱きしめた。
何処にも行って欲しくない。放したくないんだと訴えるように。


「太陽が…昇らなければ良いのに……ね」


少女はそう言って少年に口付けをした。そして太陽は昇り彼女は深い眠りについた。


映画が終わって二人は映画館から出てきた。瑠華は涙目をハンカチで拭きながら良い話だったねと呟く。だが横島の方はまあなとそっけなく答えるだけであまり感動しているようではなかった。


「だってさ、やっぱりああいう話はハッピーエンドが良いだろ? 結ばれない、報われない話はどうもな〜」


自分勝手なことを行ってるとは分かっているが横島はやっぱりそれでも悲しい話は好きじゃないと言った。
其れに瑠華は横島らしいと涙を拭いていたハンカチをしまい、ぎゅっと横島の右腕に抱きついた。


「おわぁっ!? な、何しとるんじゃ!」


「へへぇ、恥ずかしがっている忠夫クンも可愛いよ〜」


からかうなと言いつつ腕に抱きつく瑠華を引っぺがす。一瞬惜しいことをしたと思った横島だが、あのままでは蛇の生殺し状態になってしまうので涙を呑んでその至福の感触を自ら手放したのだ。
さっさと行くぞと先を行く横島に、瑠華は面白いものが見れたと笑いながらその後を追った。


今度来たのは都内でも有名な大手遊園地だ。
入り口でチケットを渡して入場する二人は早速、


「腹が減ったからちょっと飯にしよう!」


「遊園地に来て最初にそれなのね…まあ忠夫クンらしいけど」


それでは早速と横島は売店へと走っていった。
横島は店員を急かして(脅して)速攻でホットドックを二つ持って帰ってきた。
その一つを瑠華に渡すが瑠華はいらないと言って横島に返した。


「何だ、やっぱり食欲ないのか?」


やはり病み上がりで無理しているのかと心配になり尋ねる横島だが、瑠華のほうは横島の考えを悟ってすぐに否定した。


「実はダイエット中でさ、お昼ご飯は抜いてるんだ」


「ダイエット? 別に太っているようには見えないがな…」


何で女は意味も無く痩せたがるかなと横島は二本目のホットドックをほうばった。
横島がホットドックを食べ終わって、そろそろ行くかと二人は歩き出した。瞬間に行き成り瑠華がこけた。何もない場所で。
横にいた横島は咄嗟のことだったが反射的に手を伸ばして倒れそうな瑠華を支えた。


「あはははは! 何も無いところでこけてんなよ!」


「う、煩いな! 自分の足に引っかかっちゃっただけよ!」


横島は瑠華にもトロイところがあるんだなと笑いをかみ殺しつつ、瑠華の肩を掴んでしっかりと立たせてやった。


「…ありがと」


恥ずかしさからか顔を少し赤くさせた瑠華は伏目がちに横島に礼を言った。
いいってことよと言いつつ、横島はそうだと一言付け加える。


「お前、やっぱりダイエットは続けろ。もうちょっとで俺まで転ぶところだったぜ」


にかっと悪戯な笑みを浮かべながらぽんっと瑠華の頭に手を置いた。
瑠華はそれににっこりと、額に井型を張り付かせながら横島を両手で突き飛ばした。そりゃあもう全力で。
横島は殴られる覚悟はあったがまさか突き飛ばされるとは思わずにバランスを崩してそのまま背中から地面に倒れこんだ。
強打した背中を押さえながら転がる横島に瑠華はフンッと眉をひそめる。


「忠夫クンには矢車菊をプレゼントしないとね」


「な、何だそりゃ…」


「花言葉は『デリカシー』よ。忠夫クンもうちょっと言動には注意しなさい」


デート中には特にねと言いながら瑠華は横島に手を差し伸べた。
それは失礼と横島は瑠華の手を取り、其処を軸に足に力を入れて立ち上がろうとする。
が、行き成り掴んでいたはずの瑠華の手がするりと離れ、支えを失った横島は再度地面に倒れこんだ。今度は尻から。


「ぐおぉぉ! 痔になってまうー! お前俺に何か恨みでもあるのか!!」


「そりゃ、少なからず大体二桁はあるけど…」


「ぐあっ! 心当たりがありすぎて反論の余地もねぇ!」


「けど、今回はわざとじゃないよ。ごめんね」


瑠華はすまなそうな顔をしながら横島に手を伸ばした。そんな顔をされたら流石に怒る気も失せた横島は放すなよと釘を刺してその手を掴んだ。
今度はしっかりと掴んで横島は立ち上がることができた。まだ痛む尻を押さえながらだが。


「さあ! 命一杯遊びましょ」


瑠華は横島の手を引いて、数あるアトラクションへと駆け出した。


ジェットコースターで横島は絶叫、瑠華は笑顔。ゴーカートではデッドヒートを繰り広げ拍手喝さいを受け、メリーゴーランドに無理矢理載せられた横島は開き直って外で見ている瑠華の場所に来るたびに馬の上でアクロバティックなポーズ決めていた。最後に馬車の上でブレイクダンスをしていたら流石に従業員に止められた。

そして、二人は乗り物系は殆ど乗ったので今度は体験系、やっぱりその中でも定番なお化け屋敷に入った。


ヒヤッとした空気が二人の肌を撫で、横島は周りの不気味な雰囲気にちょっと身を強張らした。瑠華のほうはそんなこともお構い無しに、リアルな作りだねといいながらセットの墓石をぺしぺしと叩いている。なかなか肝が据わっていた。


「あ〜、このお化けちょうちん可愛い〜」


「お前の感性どっかおかしいぞ…」


どう見てもおどろおどろしい舌を突き出したちょうちんを指して騒ぐ瑠華に横島は何かが違うと思っていた。

因みに横島、最初はビビッていたが中に入ってすぐ瑠華が抱きついてきて…怖くてじゃなくてふざけてだが…その柔らかくて暖かい感触にそんな恐怖心など遥か宇宙の彼方へと消え去っていた。
ついにやけそうになる顔を何とか平静に保って、横島は目の前に迫った白い扉を開いた。

部屋の中は結構広い、大体学校の教室くらいはある空間が広がっていた。入ってきた場所以外に扉はない。
その中央には小さな丸い机と変なスイッチらしきものがある。横島は部屋の中をくまなく調べてみるが特に変わったところは無い。
入ってきた扉は開かなくなっているのでおそらくその場所に立ってボタンを押せと言うことなのだろう。
横島はそのスイッチの前に立った。普通ならそのままスイッチを押すのだろうが、こういうときにふざけたくなるのが横島で、にやりと笑った。


「おあったぁぁーーー!!」


横島は奇声を上げながらスイッチに手刀を振り下ろした。
叩かれたスイッチがバンッという音ともに、小さくパキッと何かが折れたような音がした。
横島は其れを聞かなかったことにしてふうっと汗を拭う仕草をした。

その瞬間、フッと電気が消え部屋の中が真っ暗になった。其れと同時にそこらじゅうから響く呻き声。何が起きたと驚いていると行き成り電気がついた。
そして、周りにはソンビにゾンビ、ゾンビの大群だった。


「うぎゃあああああぁぁぁぁ!?」


「アハハハハハ♪」


思いっきり顔を引き攣らせて悲鳴を上げる横島、そしてそんな状況でも横島の顔を見て大笑いする瑠華。
その後横島が迫り来るゾンビ役の従業員を殴り倒しながらいつの間にか現れた扉から脱出、その後出てくるお化け役の人を男の場合のみやはり殴り倒しながら出口まで一直線に駆け抜けた。


お化け屋敷を出て叫び&暴れ過ぎからグロッキーになった横島はベンチに腰掛けてうなだれていた。


「忠夫クンってお化けとか苦手なの?」


「うっ…まあ、ちょっとな……」


あの騒ぎようではちょっと何処ろではなさそうだが、横島は魑魅魍魎などのお化けが苦手らしい。
今の世の中はGSなどの職業が活躍し、お化けなどは特に珍しくも無い。横島も別に怖い話を聞くのは全然平気なのにいざ直面すると叫ぶほどに苦手なのであった。


「情けないな〜」


「うっさい。人には一つや二つ苦手なものぐらいあるんだよ」


不貞腐れたようにぼやく横島に瑠華は手を差し出した。


「そろそろ日も落ちそうだしさ。観覧車に乗ろうよ」


空は薄オレンジ色に染まり、少し冷たくなった風が二人の肌を撫でる。
横島はちょっと間をおいた後瑠華の手を取って立ち上がった。


観覧車は予想外に空いていて横島たちはすぐに乗ることが出来た。
二人は向かい合うように座り、今は互いに遠くなっていく下の光景を眺めている。


「ふっ、まるで人がゴミのようだな」


「その感想は失礼だよ忠夫クン」


あの有名な台詞を呟く横島に瑠華が突っ込んだ。

そんな話をしているまに観覧車は頂上へと登ってきた。二人は何も言わずに外の景色に目を向ける。
太陽は今まさに沈んでいくところだった。オレンジ色の光が、沈み行く太陽とその間にある聳え立つ町並みに遮られて、幾つもに分かれた光が二人のいる観覧車の中を照らし出した。

その光景をじっと見ていた横島はチラッと瑠華のほうを見た。瑠華はまだ沈み行く太陽を微動だにせず見つめている。差し込むオレンジ色の光が瑠華の横顔をやさしく照らし、やや頬が桃色に染まっている彼女をふんわりと、それでいて力強く引き立てていた。
横島はその横顔に思わず見惚れてしまった。今まで学校で見てきた活発で明るい瑠華ではなく、ただ静かに優しげな雰囲気をかもし出している彼女に横島は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


(な、何見惚れてるんだよ俺…相手は瑠華だろうが)


横島は瑠華に見惚れている自分に気付き、慌てて頭を振ると瑠華と同じくまた外の景色に視線を戻した。
太陽はもう頭の一片を残し沈んでいた。町並みの間を縫っていた光達はだんだんと天を指し始め、やがて全ての光が束となり、一筋の光が天へと昇っていく。それはまるで天界へと続く一筋の道として天へと導いているようだった。

そして太陽は完全に沈み、あたりはすっと暗くなった。


「沈んじゃったね」


だけど綺麗だったねと瑠華は横島に言った。横島はそうだなと頷くが、何故か視線を合わせることができなかった。


「ねぇ、忠夫クン。バーガンディ色の薔薇の花言葉は知ってる?」


「いや、そのバーガなんたらとか言う色の時点で分からん」


横島の言葉に瑠華はくすくすと片手を口元に当てて笑う。横島もこういって笑われるのは慣れているので早く教えろと促した。


「バーガンディは濃い紫のこと、そして花言葉は『気付かない美』って意味だよ」


瑠華はあの沈み行く夕日のことを表したいらしい。今まで何気なく見ていた夕日が少し角度を、見かたを変えただけでとても美しいものとなった。いや、美しいものだと気付いた。


「やっぱりいつも見てるのに気付かなかったりこと多いよね」


一周回り終えた観覧車から降りた瑠華は横島に手を伸ばしながらそう言った。


観覧車を降りた後、二人は遊園地をでて街の中をゆっくりと歩いていた。
時たま店先やショーウィンドウの前で立ち止まり飾られている洋服などを眺めていた。


「ウィンドウショッピング…聞こえは横文字でカッコいいがある意味ただの冷やかしだよな」


「もう! 気分を壊すことを言わないの。…確かにちょっとそう思うけどね」


へへっとはにかみながら瑠華は歩き出した。
と、その時前から走ってくる人と瑠華がぶつかった。
横島はすぐ後ろにいたので倒れこんでくる瑠華を何とか支えようとしたが、其れに加えてぶつかってきた相手まで倒れこんできて流石に耐え切れずにまとめて転んでしまった。


「すいません、急いでいたもので! って、ああ! 御使い品物が〜」


ぶつかってきた相手は素早く立ち上がってぺこぺこと謝ると、散らばった沢山の紙切れをせっせと集めだした。
横島は其れを見てしょうがないなと瑠華を一旦立たせた後に拾ってやるのを手伝ってやった。
相手は男だったのだが、今日は機嫌も良いし、何より涙目でこのままじゃ殴られると呟いているのを哀れに思ってのことだった。
全てを拾い終えて男は何度もお礼を言いながら走り去っていった。前を見ないとまたぶつかるぞと大きな声で注意しておいて、横島は瑠華のほうに向き直った。


「忠夫クン、結構優しいんだね」


「結構ってお前…まあ今日は特別だ。本当なら野郎なんてアウトオブ眼中なんだからな」


さっさと行くぞと歩き出す横島に瑠華も並ぶように横に並んだ。
だがそこで横島は違和感を覚えた。さっきまで自分が文句を言っても抱きつく、最低でも手を繋いできていた瑠華が何もしてこないのだ。
別に手を繋ぎたいと思っているわけではない…こともないが、とにかく変だと思った横島は瑠華の方を見た。
瑠華は横島の視線に気付いてくいっと首を傾げる。横島はその顔をじーっと見た後、行き成り瑠華の手を取った。


「なっ、忠夫クンどうしたの?」


急に手を掴まれて驚きつつもちょっと顔を赤くする瑠華。だが横島はそんな事は気にせずその手を確認する。


「お前…怪我してんじゃねぇかよ」


瑠華の手の甲が赤くなっていた。血は出ていないのだが火傷のようで結構痛そうだ。この怪我を知られないように手を繋がなかったようだ。
横島が小さく舌打ちすると、瑠華が怒られるかなとちょっと笑顔を引き攣らせる。だが横島はちょっと待ってろと言うと近くにあったメンズファッションの店に入っていった。そして数分で出てくると、その手には無地の赤いバンダナが握られていた。


「ほれ、手ぇ出せ」


「えっ? あ、うん…」


瑠華がそっと怪我をした手を出すと横島は其処にバンダナを巻きつけた。応急処置といったところだろう。帰ったらちゃんと治療しろよと言って横島はその手を自分の手と繋いで歩き出した。
瑠華がそっと横島の顔を見ると、赤くなっていた。其れを見た瑠華はにかっと悪戯に笑うと、


「此れが忠夫クンからの初めてのプレゼントかー。嬉しいな〜」


「なっ! おまっごふっ!?」


横島は瑠華の言葉に何か言おうとして横を向いた瞬間、すぐ目の前に会った電柱に激突した。
痛みにちょっと蹲る横島だったがすぐに復活して瑠華を軽く睨む。


「初めてって、俺はお前と帰ってるとき何度もせびられて奢らされてるし、此れまで二回誕生日&クリスマスプレゼントをやったはずだが?」


「それはそれ、これは…」


瑠華はすっと横島に近寄り彼の耳元で囁いた。


「デート相手の恋人への、初めてのプレゼントでしょ?」


横島は驚いた顔で瑠華の顔を見る。瑠華の顔は悪戯が成功してといった憎たらしい笑みをしていた。瑠華はそのまま横島を置いて走り出した。


「こんにゃろ待てぃ!」


「アハハー、捕まらないよ〜」


二人は追いかけっこ(一部本気で)しながら夜の街を走っていった。


二人は住宅街を歩いて、学校から帰るときの分かれ道に差し掛かった。今日は逆の方向から来たのだが。
横島はそれじゃあ明日なと言って分かれ道から自分の家へと道を進もうとして、


「ちょっと待って」


背後から襟首を掴まれた。首が絞まってごほごほと咳き込みながら瑠華を涙目で睨む。
何だか最近同じことをしたような気がするが無視しておいた。


「忠夫クン、学校に行かない?」


瑠華は伏目がちに、さらに両手の人差し指を胸元でくるくると弄くっている。そんな今までに見せなかった可愛い仕草に横島はちょっとドキンと心臓が早くなるのを感じた。
その後すぐ瑠華の仕草にドキドキしてしまった自分に気付き、


「うおおぉぉぉぉ! 何ドキドキしとるんじゃ俺はー!!」


行き成り電柱に頭をぶつけ始めた。暫くして落ち着いたのか横島はゆっくりと瑠華のほうを向いた。血まみれで、もうドキドキじゃなくてダクダクになっていたが。


「あ、ああ…別にいいぞ」


横島は勤めて冷静に、けどその直前の行動で慌てまくっているのが見て取れた。
瑠華はそれじゃあと横島の手を引いて学校に走り出した。


「いや、走らなくても良いじゃん!」


横島の言葉は無視して瑠華は結局学校まで横島を走らせ続けた。


夜の学校。その姿は昼間とは一変して不気味な雰囲気を漂わせていた。
勿論夜の学校、しかも日曜なのだから玄関は閉まっていた。だがそこは稀代の悪戯小僧の横島だ。二人は校舎裏の非常口に回ると、ちょいと横島が鍵を弄ると簡単に扉が開いた。二人はそこから校舎の中に入っていった。

しんと静まり返った廊下を歩き、階段を上って瑠華が向かったのは屋上だった。
屋上の扉も鍵が閉まっていたが、ここも横島の力で(強引に)開けた。

瑠華は空を見上げくるくると躍るように回りながら屋上へと出て行った。そしてその中央辺りで立ち止まり、横島の方を向く。


「ん〜、そういや忠夫クンって学校でもバカなことばっかりやってるよね」


「いきなり何の脈絡も無いな。それに誰がバカだよ」


横島と瑠華はそのまま此れまでに学校であったことを他愛もなく話始めた。


例えば、体育の時間にたびたび覗きを敢行しそのたびに瑠華に見つかって女子一同にタコ殴りにされた。女子からは軽蔑されたが、男子からはお前漢だよと賛辞の言葉を受けた。


ある日瑠華が作ってきたクッキーを掠め取って口に入れたら、実はロシアンクッキーで見事鷹の爪入りクッキーを引いた横島は火を噴いて悶えた。その日は横島は此れまでの人生で一日の水の摂取量が一番の日になった。


一年の運動会では一学期中にすでに危険人物としてマークされた横島は、あほな事。例えば学校中の女子生徒の体操服写真を取りまくりそうなので、強制的に出られるものは全種目で出さされて死にそうになりながらも人並み外れた体力&運動神経でクラスの優勝に貢献した。


二年の文化祭では舞台演技をやることになり、横島は木の役として出演だったのだが、何時をどうやったのか主役をふん縛ってトイレに閉じ込めた。そして主役に成りすました横島が悲劇だった物語を、買収していたクラスの一部の男子と共謀して喜劇に変えてしまった。その後クラスの皆から非難と罵声そしてリンチに合った。


「いや、あの運動会は惜しかったな。折角カメラまで親父の部屋からくすねて準備してたんだが…」


その後大樹にカメラをくすねたのがバレ、百合子にもその使用目的がバレて手痛いお仕置きをされた。


「あの文化祭の最後、なんと一番受けがよくて文化祭大賞貰ったんだよね」


この後はクラス一同から賛辞と喝采と手荒い賞賛を浴びて、ボロかったのがさらにパワーアップしてボロボロにされた。


「何か俺…酷い目にしかあって無くないか?」


「ふふっ、そうかもね…」


瑠華はそう言いながらその場で座り込み、こてんと寝転がった。汚れるぞと言いながら、横島もその横で寝転んだ。

二人の視界には満天の星空が広がる。空は黒く澄み、星は擦れることなく瞬き、月は穏やかな光で地上を照らしている。
夜の風は少し冷たいが、寒いと言うわけではない。聞こえるのは風に吹かれて掠れる木々の葉の音だけ。
そんな静かな時間を過ごしていると、瑠華がポツリと呟いた。


「今日の映画…なんだけどね」


「うん?」


横島は寝転がったまま瑠華のほうを向く。瑠華は空を見上げたまま続けた。


「あの最後のシーン…こんな星空だったのかな?」


横島は瑠華から星空に視線を戻した。確かにあの映画もこんな綺麗な星空だった気がする。
横島はそうだなと小さく呟いた。
その瞬間、瑠華は横島の方を向き放り出している手を握った。横島は少し驚いたが振り払おうとは思わなかった。


「もし忠夫クンがあの主人公だったらどうしてた?」


「あ? そりゃあんな悲しいバッドエンドじゃなくて大団円のハッピーエンドにするに決まってるだろ!」


空いてる手を空に掲げてぐっと強く握った。瑠華はそっかと呟いて今度は両手でその手を握って何も言わずに目を閉じた。掌から柔らかい、そして温かい感触が伝わっていく。風に流されて女の子特有の甘い仄かな香りが横島の鼻腔をくすぐり、心臓がまるで早鐘のように打ち始めた。


「そうだ、忠夫クンペチュニアの花言葉って知ってる?」


「いや、全く知らんな。教えてくれるか?」


何時もの様に知らないので直ぐに瑠華に答えを聞いた。
瑠華は其れを聞いて目を開き、にこっと微笑むと、


「やだ、教えてあげない」


「んな! 自分で言っといてそりゃないだろ!」


瑠華はくすくすと笑い、横島も其れに合わせてふっと軽く笑った。
そのまま二人は会話はなかったが、けどどこか和んだ空気の中をゆったりと過ごした。


横島は家に帰って、まず最初に百合子のところに向かった。


「なあ母さん。ペチュニアの花言葉って知ってるか?」


「ペチュニア? そうね…たしか『あなたと一緒なら自然と心が安らぐ』だったかしらね」


其れがどうかしたのかと聞くが、横島はちょっとなと誤魔化して二階の自分の部屋へと向かった。
自分の部屋のベッドにダイブして、横島は瑠華と分かれたときのことを思い出した。

『ありがとうね。楽しかったよ』

そう言って微笑み、手を振っていた。横島はそのままさっきの花言葉の意味を考えながらこの胸に満ちる思いはなんなのだとベッドの上をごろごろと転がりまくっていた。
横島がその気持ちの正体に気づくのはもう少し後のことになりそうだ。


その頃階下では、リビングで大樹がナイフを研いでいた。


「ふっふっふ、ここは息子の成長記録につけるために是非問いたださなければな」


どう見ても問いただすと言うより尋問、いや拷問に向かいそうな気がする。
そんな大樹を見て、百合子が背後からフライパンを一閃させた。そのままぶっ倒れた大樹を引き摺りながら百合子は上の階の横島がいるであろう場所を見た。


「こんなときにあの話はしないで良いわよね。また今度にしましょう」


そう言いながら百合子は大樹を寝室に放り込んだ。


次の日、休み明けでサボりたいと言いながら横島はしっかり学校に登校していた。
その理由としては、サボったりすると百合子に鬼のような折檻をされた後二階のベランダから一晩中吊るされてしまうのだ。最初は冗談かと思っていたが、大樹が一度だけ仕事をサボって不倫をしたことがあった。その時は大体二時間ほど何かを叩いたり砕いたりする音がした後、朝起きたら荒縄で簀巻きにされた血まみれの大樹がベランダから吊るされているのを見て、冗談じゃないのかと横島は毎日しっかりと登校していた。まあ殆ど遅刻しているが。


「あら? 今日も因幡さん休みかしら?」


クラスの一人がそう言った。横島は今日は遅刻していないが時間ギリギリだ。瑠華ならいつも学校の始まる三十分前には登校しているはずなのだ。
横島はもしかしてまだ体調が治ってなくて昨日の所為で風邪をひいたかと心配になった。


(まあ、放課後に見舞いに言ってやるか)


横島はそんなことを考えながらその一日を過ごした。
ただ、ゆっくりと…


放課後、何時ものように担任がやってきて今日も終わりだと思ったとき、担任から一つ報告があると言った。

それは横島の日常を壊した、最初の一言…


「悲しいお知らせがある………昨日の夜、因幡瑠華が入院先の病院で息を引き取った」


ありえない矛盾を含んだ、悪魔の囁き…

横島は一瞬何のことか分からず、ただ無意識に、痛み始めた胸の奥を押さえつけようとした。

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