ここは美神除霊事務所の空き部屋。其処には今沢山の荷物が溢れかえっていた。
「全く、改装工事だからってアンタんとこの荷物置いてくれなんて…感謝しなさいよ?」
「はい、ありがとうございます美神さん」
この度、横島の住んでいるアパートが老朽化により改装するため、一時部屋を空けなくてはならなくなった。
横島のほうはホテルに止まるなり、友人宅に押しかけるなり、野宿するなりすればいいが荷物の方はどうにもならないので改装が済むまで美神の事務所に置いてもらえるように頼んだのだ。
美神のほうは横島が困っているのには喜んで手を貸してやりたいのだが、これまで意地を張り続けてきたからか、やはりちょっと捻った言葉でしか受け入れられなかった。
横島のほうはそれでもありがたいと、美神に礼を言いながら荷物を置かせてもらった。
因みに搬入には『格』『納』の文殊で一気に運んできた。
文殊があるならずっとしまっておけばと思うが、衣類を出すだけでも全ての荷物を出さないといけなくなるため効率が悪いし、何より改装が終わるまで結構あるのでその間に文殊の効果が切れたら、しかもそれが道の真ん中とかだと恐ろしいことになる。
「おお! 先生の匂いが一杯でござる!」
シロが先生に包まれている気分でござると危険なことを言い出したので、横島は変なこと言うなとシロの頭を叩いた。
「匂いって言うか臭いじゃない?」
そしていつでも一言多い狐少女のタマモが、一つのダンボ−ルを開けて中から横島のトランクスを取り出した。
「ああ、止めてー! 美少女に自分のパンツ見られるなんて恥ずかしいーーー!!」
「はいはい、戻せばいいんでしょ」
顔を押さえて悶える横島に、ため息混じりにタマモはトランクスをダンボールの中に戻す。
けどその顔が少しだけ赤くなっているのは、横島の先ほどの発言に関係しているのかもしれない。
「あっ、これ横島さんの制服ですか?」
「おキヌちゃん…」
おキヌまで横島の荷物を漁って高校の制服を横島に示す。
横島はプライバシーの侵害だと言いながらもさせるようにさせていた。
美神のほうは流石にそれには加わらずその様子を苦笑交じりに眺めていた。
「ん、先生この本は何でござるか?」
「あ〜、それは…アルバムだな」
シロの言葉に律儀に答える横島。
それを聞いたとたん、計四対の目が妖しく光った。
それに嫌な予感がした横島は慌ててシロからアルバムを奪おうとするが、シロは人狼の瞬発力を生かしてすぐさま美神達の元にアルバムを届けた。
「へぇ〜、横島さんって小さい頃こんな可愛かったんですか〜」
大体小学校くらいの写真を見ながらおキヌがその写真を指差している。
「これがヨコシマ? 今と全然変わってないわね」
タマモは今の横島と見比べて率直な意見を述べる。
「横島クン何だか生傷だらけね。やっぱり小さい頃から破天荒だったのようね」
殆どの写真にところどころ絆創膏をつけた横島に気付き、美神はちょっと呆れたように呟く。
横島はアルバムを見られて、そんな俺を見ないでと床を転げまわる。
小さい頃の自分を見られるのはやはり恥ずかしいものらしい。
「ここから中学生みたいね…」
「ええ、中学生の横島さんも子供のあどけなさと大人になりかけている逞しさがあってなかなか…」
横島批評をする四人に、もはや諦めたのか横島はまだ片付いていない荷物を片付けだした。
そして美神達は一つページを捲ったところで、行き成り固まった。
急にぞくっと寒気が襲ってきて身震いする横島、しかも背後にいる四人から並々ならプレッシャーを感じて震えながらも何とか振り返る。
「…横島クン?」
「は、はひっ!」
美神の低く据わった声に、つい身を強張らして直立不動の体制になる横島。
そして、ゆっくりとアルバムの中にある一枚の写真を見せられた。
「この娘…誰かしら?」
その写真には、制服姿の横島に背後から抱きついて、にこにこと笑いながらこちらにピースサインを送っている少女が写っていた。
複雑かな乙女心、中学時代ならまだギリギリ女友達がいてもおかしくないだろうに…
その辺には頭が回らなくずいっと詰め寄る四人…
だが横島はその写真の少女を見て、急にすっと真面目は表情になり、ははっと困ったような笑みを見せた。
いつもなら自分が悪くなくても謝り倒すのに、その様子が変な横島に四人は首を傾げる。
「そうっすね。そろそろ…人に話せそうな気がします」
そう呟く横島はまだ何か躊躇いがあるのか下に俯く。
そして横島は目の前でくっと右手を握り締めて、四人のほうに視線を向けた。
「俺の昔話……聞いてくれます?」
横島はポツリポツリと、まるで宝石箱から宝物を取り出すようにゆっくりと語り始めた。
横島中学生日記
〜あなたと過ごした平凡な日々〜
「食らえ! 合計得点258点!」
「何の! こっちは282点だ!」
「なんの! 俺は301点だ!!」
それを見てオオーッと簡単の声をあげる男達。
今彼等は中学三年最初の中間テストの結果を見せ合っていた。
しかしそれは決して誇れるような点数ではなく。かなり低レベルな戦いだった。
「ふっ、まだまだだなお前ら…俺の点数を見ろ!!」
バンッと机に合計点数の書かれた紙を叩きつける一人の少年。
周りの少年達がその合計得点を見る…
『横島忠夫 合計得点99点』
馬鹿みたいに低い…というか馬鹿の取る得点だった。
「うわっ! 流石横島! まさか本当に二桁を取るなんて…」
「ちぃっ! それじゃあ今回は横島の勝ちかよ!」
「うわっはっはっは! 恐れ入ったかお前等!」
馬鹿の様、と言うか馬鹿が高笑いしながら勝ち誇っている。
そして集まっていた一人一人が横島に百円ずつ渡していった。
「へっへっへ、やっぱ裏ルールで三桁切ったら無条件でそいつの勝ちって言っといてよかったぜ」
本当は一番点数の高い者が勝者だったようだが、横島はその裏ルールで勝利をもぎ取ったようだ。だが、其処までして勝負に勝ちたいか横島…成績表を見て泣きを見るぞ。特にそれを母親に見せたとき、涙じゃなくて多分血を見ることになるだろう。
「これで狙ってたあの雑誌が手に…へぶら!!」
その瞬間、横島は背後から頭に強烈な衝撃を受けそのまま机に顔面を強打した。
鼻が引っ込んむかと思ったと言いながら、横島は半分涙目で自分の後頭部を強打した憎き相手を睨みつける。
「何するんじゃ因幡!」
横島の視線の先にいたのはブラウンのかかったセミロングの髪。
まるで硝子のように透き通った黒い瞳、その顔はどこか人懐っこい猫のような可愛さを持っている。
彼女は横島のクラスメイト、名前は『因幡 瑠華(いなば るか)』。横島の女友達にしてある意味のライバル的な存在だ。
瑠華はそんな横島にアハハと笑いながら一枚の写真を見せた。
横島は訝しげな表情で、その写真を見る。そこには紫色の綺麗な花が写っていた。
「この花がどうかしたか?」
「横島クンこの花の花言葉って知ってる?」
横島は自慢じゃないが馬鹿だ。ロクに勉強も出来ない彼に花言葉はおろかその花の名前さえも知るわけがなかった。
実はこのやり取り、二人が知り合ってから結構頻繁にされているやり取りだった。
だからこの後の台詞も殆ど決まっている。
「知るわけないだろが。で、何なんだ?」
「この花はカトレア、花言葉は『優雅な女性』って意味よ。私にぴったりでしょ?」
瑠華が片手を頬に当ててポーズをとってみる。
それを見た横島は、行き成り大声で笑い出した。いわゆる爆笑だ。
「あははははっ! 因幡が優雅? 冗談も休み休み言えっての!」
横島は腹を押さえながら机をバンバンと叩いて笑い続ける。
ついには窒息しそうと言いながら、机に突っ伏して笑いをこらえようとしている。
そんな笑い続ける横島に、瑠華はにっこりと笑みを浮かべながら歩み寄っていく。額に十字の怒りマークを張り付かせて…
「いい加減笑うの止めなさい!」
そう言いつつ横島の側等部を左手で右側に引き寄せ、横島の座っている椅子を蹴り倒した。その結果、横島の体は一瞬中に浮き、瑠華に頭を引かれて体が宙で横倒しの状態になる。
そしてそのまま横島は床へと叩きつけられた。
「ぐわぁぁーー! 首が! 首がグキッて鳴ったぁぁ!!」
「あはは、バカね〜」
首を横に向けたまま教室中を走り回る横島に、瑠華はお返しだと言わんばかりにお腹を押さえて笑っていた。
「あー、ちくしょう…まだ首が痛い」
給食の時間になってやっと横島は首が前に向くようになったが、まだ痛む首をしきりに摩っていた。
「それもこれもあの因幡の所為だ」
横島は給食の配膳を行っている因幡をじと目で見る。睨みつけたら何故かすぐにそれを察知して睨み返されるからだ。そうなると此れまでの戦績は全戦全敗なのである。
女に負けるのかと言うかもしれないが、横島にとって瑠華は友人でありながら天敵でもある存在なのだ。
だが因幡瑠華は、別に腕っ節が強かったり裏の情報に詳しかったりしているわけではない。
瑠華はクラスの中でもダントツに明るくて活発な、誰からも好かれるような人気者な少女だ。成績も優秀で相対してみれば横島とは全く逆のような人間だが、それでも二人は性別の枠を超えた唯一無二の親友だとクラスの全員が認めていた。まあ当人達は認めないだろうが、横島からしてみれば小学校のときに分かれた銀一や夏子に次ぐぐらいに気心の知れた仲になっていた。
「横島ー、早く給食取らないと昼食抜きになるわよー」
「おっとそいつは勘弁だ」
つい考えにふけっていていつの間にか横島以外の配膳が終わっていた。
横島は慌てて給食を取りに行く。
「はい、一杯食べなさい」
「おい、待てやコラ…」
瑠華が横島の食器に今日のメニューである野菜炒めを盛る。それも他の生徒と比べて大盛りにだ。
だが横島はそれを見て瑠華を軽く睨む。瑠華のほうは『何か?』といった様子でニコニコ笑っている。
「因幡、俺がタマネギ嫌いなこと知ってるだろ?」
「勿論よ。中学の三年間付き合ってあげてるんだから好き嫌いくらい把握してるわ」
「それをふまえて聞くが…これは何だ?」
横島は自分の更に盛られた、山盛りの野菜炒め…というよりかその八割方がタマネギなのでタマネギ炒めと言うべきだろうか?
兎に角それを指しながら横島は瑠華を見る。
「タマネギでしょ? だめよ横島クン好き嫌いは直さなくちゃ♪」
瑠華は配膳お玉を胸元あたりで両手で握り、『ねっ?』と言わんばかりに首を軽く傾ける。
そんな可愛らしいポーズでも今の横島には『文句言ってないでさっさと失せなさい』と聞こえ、と言うより事実そう言っているので横島の額の血管がピクッと動く。
「ふざけんじゃねぇ! こんなもん食えるかぁー!」
横島は山盛りのタマネギをザバーっと食缶に戻す。
すっきりしたのか横島はかいてもない額の汗を拭い、ちらっと瑠華の方を見ると…
「ふっ、ぐすっ…」
瑠華は瞳に涙を溜めて今にも泣きそうになっていた。
それを見て流石に焦る横島はわたわたと手を動かして何とか謝罪しようとするがなかなか言葉が出てこない。
「うわー、横島が因幡さん泣かしたぞー」
「女泣かせるなんて男の風上にも置けない奴だ」
「横島クンサイテー」
そしてクラス中から巻き起こるブーイングの嵐に横島はやかましいと叫ぶがもう殆ど焼け石に水で全く効果はなかった。
と、そこで横島は瑠華の胸元に目が行った。別にやましい気持ちがあってのことではなく、ただ単に其処にある、正確には制服の胸ポケットに入っている四角い物体に目が行ったのだ。
「おい因幡、その胸ポケットに入ってる物は何だ?」
「えっ、これ? 目薬よ」
胸ポケットに手を伸ばし、はいっと中から四角い形の目薬を横島に手渡した。
因みにこの間に、瑠華は完全に泣き止んでいた。しかも目は全然赤くなっていなかった。
「…騙したな?」
「…えへっ♪」
じと目で睨む横島に、瑠華はこつんと自分の頭に拳を当てて片目を瞑って舌をだして見せた。
そんな可愛らしい仕草を見れば、いつもの横島ならその無駄に大きい純情&煩悩回路がフル稼働して面白い反応を示してくれるのだが今回ばかりは、堪忍袋の緒が切れてしまった。
「待てやこのアマァァーー!!」
「きゃあぁぁー、襲われる〜。けど誰も助けないで良いわよ〜」
半分本気になって追いかける横島に、瑠華はかなり余裕の表情でひらりひらりと横島をかわしていく。
そんな二人の様子をクラスメイト達はしっかりしろだの頑張れだとやんややんやとはやし立てながら給食を口にしていた。
因みに応援の比率は0:10で瑠華が圧倒的な支持を受けている。それどころか横島のほうはクラスの半数(主に男子)からブーイングを受けてむしろマイナスに傾いていた。
「ぬがあぁぁぁ! 正義は我にありじゃー!」
そう言って奮闘する横島だったが、時間切れ(給食終了10分前)になり無念の敗北を迎えたのであった。
そして燃え尽きている横島に瑠華が歩み寄りその耳元で一言告げる。
「正義は悪に唆された、より多くの善良な市民に淘汰されるものなのよ」
自分を悪と言っちゃう辺り自覚があるようだが、空腹状態で暴れまわった横島にはその声は届かなかったようだ。
結局そのまま昼食時間は終わり、今日の横島の昼飯は無しと言うことで幕を閉じたのだった。
放課後、それは学校生活において生徒達の行動が大きく分かれる時間帯である。
あるものは、青春を謳歌しようとサッカーや野球などのスポーツで汗を流し。またある者は己の内に眠る心を表すため絵を描き、創作に耽る。
そんな自分の情熱を燃やす時間に、横島忠夫は…
「あ〜、やっと終わった。さっさと帰ろ」
青春なんて汗臭いことやってられるか、燃える情熱? 食べられるのそれ?
と言わんばかりにそっちのほうには完全に無関心な横島は部活には入らずそのまま家に帰る、いわゆる帰宅部だった。
そして玄関で靴を履き替えているところで後ろから声をかけられた。
「あっ、横島クン今帰り?」
「な〜んだ瑠華か…どうせならグラマラスな美人教師に『これから特別授業よ。二人っきりでね』とかいって呼び止められたかった」
「どんな妄想よそれ…」
「いや、妄想じゃなくて想像だ」
想像と妄想の違いは、現実に起こり得るか得ないかだ。
それを考えると絶対に無いとは言えない様な気がするのだが、やっぱり横島にはありえない。
瑠華はその違いを聞いてやっぱり妄想じゃないと笑っていた。
横島はやっぱそうかと肩を落としながらちょっと回りを見渡したが誰もいなかった。
「あー、一緒に帰るか?」
中学の三年にもなると、異性と一緒に帰るということは得てしてそういう関係なのかと疑われるものだが、横島はそれを馬鹿馬鹿しいと全く気にしていなかった。
友達は友達だ、もしこの関係を意味も無く茶化して馬鹿にする奴がいたらぶっ飛ばしてやると心に誓っていた。因みにこれまで三、四回それで喧嘩をしたことがあったりする。
「あら? 久しぶりに帰宅デートをしたいのかしら?」
瑠華は横島の誘いに口元を押さえながらそう言う。
「じゃ、またな瑠華」
「あー、待ってって。冗談よ冗談〜」
すぐさま踵を返して帰ろうとする横島を、瑠華は急いで内履きから靴に履き替えて追いかけた。
帰り道、二人は特に此れといった会話をするわけでもなく、だが気まずい雰囲気になるわけでもなくゆったりとした足取りで家路へと向かっていた。
(そういや瑠華って最初は自転車で登校してたんだよな…)
今はこうして歩いて登下校しているが、瑠華は始めの頃自転車で学校まで通っていた。
横島はふと、瑠華と最初に会った頃のことを思い出していた。
中学の入学式、小学校を卒業して少しだけ大人に近づいた気分になるこの日は、新入生一同胸を高鳴らせながらこれから通う自分の学校に集まっていく。
そしてそんな新入生の中に奴…横島忠夫の姿があった。
「うおっしゃあぁぁぁ! 中学デビューしたからには此れまで以上に悪戯するぞー!!」
横島は校門の前でそう高らかに宣言する。
中学に上がっても、やることなすこと全く変わっていなかった。
そんな馬鹿な宣言をしている横島に新入生一同は奇異の視線と蔑むような視線を向ける。
それでも横島はそんなものは屁ともせずに今記念すべき中学への第一歩を踏み出そうとしていた。
「千里の道も一歩から、万里の長城も石の一個から。これが俺の中学生活の第一…ぽぶわっ!?」
いざ行かんと足を踏み出そうとしたとたん、横島は奇声を上げながらそのまま前方に顔からヘッドスライディングした。
二メートルほど顔を削って、何が起きたんだと起き上がろうとしたら…
「何が…おぼるっ!?」
今度はちょうどお尻の中心から背中、そして頭にかけてその上を何かが通って行った。
べちゃっと地面に再度熱烈なキスする破目になった横島は、肩をフルフルと震わせながら今度こそガバッと体を起こした。そして自分をこんな目に合わせた犯人を捜す。
「えっと…大丈夫?」
犯人はすぐに見つかった。というか目の前にいた。
自転車に跨ったブラウン髪の制服姿の少女、スカーフの色からして横島と同じ新入生だ。
ちょっと心配そうな目で横島のことを見ている。
「行き成り人を撥ねて、しかもその後トドメを刺さんとばかりにご丁寧に轢いてくれたのはお前か!」
一気に捲くし立てる横島は怒鳴りながらも、その少女の容姿をつぶさにチェックしていく。
パッチリと開いた澄んだ黒い瞳、ちょっと潤んでいる小さな唇、セミロングヘアーの髪はさらさらと風に流れている。全体的に見て可愛さと美しさが同居しているといったなかなかな美少女だった。まあ、プロポーションの方は豊満とまでは言わないが貧相ではない。かなりレベルの高い美少女である。
そんなことを数秒のうちにはじき出した横島は最近開発された煩悩回路をフル稼働させてこの後の行動を導き出す。
「と言うわけで俺は慰謝料を請求するぞ! 主にその体で!」
「………」
横島が其処まで言ったところで、目の前の少女はぐっと自転車に乗ったまま身を小さくすると、その体をバネのように飛び上がらせて自転車ごと宙に浮く。そしてそのまま車体を回転させ、半回転したところで後輪が上半身だけ起こしている横島の顔に直撃した。
そしてもう半回転して元の向きに戻る。今の技、360°(サブロク)と言われるバイクでやるストリートテクニックだ。
まあそんな解説はさておき、ズシャッと今度は側等部を地面で削った横島に少女が声をかける。
「どう? 反省した?」
そう聞く少女に、横島は倒れたままビッと親指を突き立ててサムズアップ。
それなら許してあげようかと少女が横島から視線をはずしたとき、
「白と青のストライプ…」
「………!」
横島の言葉に一瞬首をかしげた少女だが、すぐさまそれが自分が今履いている下着の柄だと思い当たり、顔を赤くさせる。
そしてちょっと涙目になりながら横島を睨み、ぐっとハンドルを引いて前輪を持ち上げて……そのまま振り下ろした。
「○×□△#$%&!?!?!?!」
横島は自分の大事な息子が前輪に押しつぶされ、言葉にならない傷みを、声にならない叫びにして転げまわった。
そんな横島にべーっと舌をだして少女は去っていった。
なお、横島の息子はちゃんと潰されずに復活することが出来た。
(あ〜、そういやそうだったな。アレはマジで死ぬかと思ったからな)
あの後、結局痛みに耐えかねて気絶した横島を、それを見ていた数名の男子が保健室まで運んであげたのだ。やはり共通の思いを持つもの同士、あの状況では放っておけなかったのだろう。
(それにしても、あのあと瑠華は登校時にスパッツ履いてくるようになったんだよな…いや、残念だ。
だがまあそれはそれでそそるものがあるから、それもまたよし!」
「何がよしなのよ!」
ズガンと瑠華が横島の頭をカバンの角で殴った。
頭が割れそうになる痛みをこらえながら横島は何故殴られたんだと不思議顔で瑠華を見る。
そんな横島を瑠華はちょっと赤くなった顔で睨みつけていた。
「横島クン…考えてること喋ってたよ」
「うげっ!」
だから殴られたのかと納得する横島だが、此処で気になるのは無意識に話していたようで何処から喋っていたのか全く分からない。
横島は恐る恐るそのことを瑠華に聞くと…
「中学デビューとか叫んだところからよ」
「殆ど最初からやん!!」
ああ恥ずかしーと叫びながら顔を両手で隠してぶんぶんと横に振る横島。
そんな横島を見て瑠華はにこっと微笑むと。
「横島クンに恥ずかしいなんて感情が合ったんだね」
「お前は俺をなんだと思ってるんじゃ!」
「えっ? 人の下着を覗き込んでおいてそんなこと言うの?」
「ゴメンなさい、お願いですからそんな大きな声で話さないで下さい」
此処は住宅地なのでそんなに人通りは無いが何時何処で人に聞かれているか分かったものではないのだ。聞かれたら確実に変質者扱いされそうなことを言われて横島はただ平謝りするしかなかった。
横島は瑠華を商店街まで送ってから分かれた。
瑠華の家は商店街の花屋を営んでいるので、そのまま其処が自宅となっているのだ。
横島は特によるところも無いのでそのまま家路へとついた。
日が暮れる前に玄関の前に着き、横島はノブを回して扉を開けた。
「ようおかえり忠夫、彼女は出来たか?」
そして待ち構えていたかのように、出会って開口一番にそう尋ねてきたのは横島の父――大樹だった。
「出来てねぇよ! 知ってて聞いてるだろうそれ!!」
「はっはっは、そうかそうか…お前本当に俺の血が流れてるのか疑いたくなってくるくらいにモテないな!」
大樹は横島の肩をバシバシ叩きながら大笑いしている。
横島はそんな大樹を放っておいて、そのまま自分の部屋へは向かわずにキッチンにいる母――百合子の元へと向かった。
「母さん、実は……」
「よく教えてくれたわ忠夫。ちょっと夕食遅くなるけど我慢しなさいね」
百合子はにっこりと笑ったまま手に今まで火にかけてあったフライパンを持つと、玄関でいまだ高笑いを上げている大樹の元へと向かった。
横島が百合子に言ったのは、先週の休みに大樹が上司とゴルフと言って家を出たのだが実は女とデートしていたのだとバラしたのだ。
「あんたはまた浮気したんかこの宿六がぁぁぁ!!」
「な、何故バレて……た、忠夫裏切ったなぁぁーー!!」
横島はそんな叫びを聞きながら、自分の財布から夏目漱石を一枚引き抜きピッと玄関に向けて放った。
「親父がいけないのだよ…いらんことばかり言うからさ」
投げ捨てた夏目漱石は横島が大樹から受け取っていた口止め料だった。
だが、本当は新渡戸稲造だったのだが……どうやら横島は既に五分の四は使い果たしていたらしい。
その後、二階の自分の部屋に上がった横島は階下から聞こえてくる肉を磨り潰すような音とか、骨がばらばらに砕かれるような音とか、時たま聞こえてくる悲鳴+助けを求める声と怒声+説教の言葉を聞きながら、窓の外を見て星がきれいだなと現実逃避していた。
夕食は結局深夜近くになってからありつくことが出来た、勿論食卓についているのは二人だけである。
次の日朝起き掛けに大樹が昨日の恨みだと奇襲をかけたが、いつの間にか横島は百合子と入れ替わっていて、また横島邸に悲鳴が響いた。
因みに横島は朝起きたらリビングのソファーで寝ていて、部屋で寝たはずなんだがとしきりに首を捻っていた。
「おはようさ〜ん」
教室に入った横島は、自分の席に着くまでに気さくにクラスメイトたちに挨拶していく。
今日は遅刻じゃないのかとか、今日は雨か体育は室内だなとか囁かれる。
「お前ら俺が遅刻せずに着たらそんなに意外かい!!」
「「「うん、むしろ恐怖みたいな?」」」
「そこまで言うか!?」
クラス中から口を揃えて言われた横島は、自分への評価がそんなに悪いのかよと力なく自分の席に着いた。
そこで丁度担任の教師が教室に入ってきて、生徒たちは各々の席に着いた。
それから軽く今日の日程や注意を話していく。
(あれ? 因幡はどうした?)
横島は瑠華の席がまだ空いていることに気づいた。教室内を見渡してみるが瑠華の姿は見当たらない。
そうしてる間に担任の話が終わり、教室を出ようとしたところで一旦教室内に振り返って軽く言う。
「あー、そういや今日因幡は体調不良で休みだそうだ」
それだけ言って担任はさっさと教室を出て行った。
クラスの生徒たちはそうかと確認するとすぐに次の授業の準備をしたり、いきなり眠りだしたりとそれぞれ好きなことをしだした。
横島は何だ休みかと頭の後ろに手を組んで椅子の背にもたれかかった。
「因幡は休みかぁ。つまらんなぁ〜」
何となく張り合いがなくなって横島はついそう呟いた。
それを横島の前の席で聞いていた男子生徒が賛同するようにうんうんと頷いている。
「そうだよな。今日は二人の夫婦漫才が見れなくて残念だぜ」
「待てぃ! 誰と誰が夫婦だって?」
聞き捨てならんと横島が尋ねる。できるだけ笑顔で尋ねているが目が全然笑ってなくて逆に怖いものがある。
だがそんなものこの男子生徒には慣れたものなのかけろっとしている。
「瑠華とお前に決まってるだろ?」
「ぷ、ぷっじゃけんなよ!?」
「因みに夫が瑠華で妻がお前だ」
「何でやねん! 普通逆やろが!?」
見事なボケと突っ込みの漫才だったが、どこか物足りなさを感じながら横島はこの一日を過ごしていった。
今日は土曜日なので学校は午前で終わった。
横島はさっさと家に帰ろうと思ったが今日の朝に百合子から、
『今日母さん昼は家にいないからどっかその辺で適当に食べといで』
そう言って夏目漱石を一枚渡されていた。微妙に端っこのほうが赤く染みているのを見つけ、まさか昨日のやつか? と横島は少し戦慄した。
横島は何を食うかなと考えながらとりあえず商店街に足を運ぶ。
「ファーストフードでいいか? しかし折角なんだから定食とかでもいいな。それともラーメンがいいか…」
そう考えていると、横島の背後に忍び寄る影が一つ。
いや、忍び寄るというよりも駆け寄るといったほうが正しそうだ。
横島はその存在に気づかない。
「よし! 今日はラーメ…んまん!?」
昼食を決めた横島に背後に駆け寄った影が、いきなりショルダータックルをかました。
横島は突然のことにまったく受身も取れず。ずしゃーっとアスファルトを滑って数メートル先の電信柱に頭をぶつけたところでとまった。
「おんどるわぶるわはったぁぁ!?」
鼻をぶつけて呂律の回ってない言葉をあげながら背後にいる襲撃者に振り返る。
そこには口元を押さえて、必死に笑いを堪えようとして全然堪えられていない少女が一人。
「ぷっ、くくくっ…横島クンよくそこまで滑れるね」
「お前、因幡! てめぇの家は挨拶代わりに背後からショルダータックルをかますのか!」
横島の叫びに瑠華はごめんごめんと言いながら倒れている横島にすっと手を差し伸べる。
横島は一旦怒りの矛を納めてその手をとり、すいっと立ち上がる。
「へへっ、大丈夫だった?」
「お前がやったんじゃろが! まあ、別に大した事ないし怪我もないから平気だけどよ」
アスファルトで顔を削って、電信柱に頭を強打することは横島にとって大したことではないらしい。
しかもそれでいて無傷。瘤すらで来ていないのには驚くというか呆れるというか…
「はい横島クン、この花の花言葉は何でしょう〜?」
そう言って瑠華はどこに持っていたのか花を横島に差し出す。
それは黄色い小さなの花がたくさん咲いていて、ちょっと可愛かなと横島はらしくもない事を考えた。
まあ、とりあえず名前すら分からないのでそうそうに分からんと答えて瑠華の答えを待つ。
「この花はゼラニウム、その中でも黄色いゼラニウムの花言葉は『偶然の出会い』よ」
「偶然ねぇ…その割にはちゃんとその花準備してたんだな」
横島は用意がいいなと疑わしい目で瑠華を見る。
瑠華はそんな事ないよといいながらゼラニウムを横島の髪の毛に挿す。
そしてちょっと離れてみて、その似合わなさにプッっと吹き出す。
「ええぃっ! それよりお前体調不良で学校休んだんじゃねぇのか?」
横島はスポッと髪に挿された花を抜いて、ぶっきら棒だがどこか心配そうに尋ねる。
瑠華は心配してくれたのが嬉しいのかにっこりと笑ってこくりと頷く。
「朝のうちで治っちゃってね。ちょ〜っと暇だったから散歩してたの」
「お前なぁ、休んだんなら一日ぐらい家で安静にしとけよ」
そう言う横島だが、自分も小学校の頃39度の高熱が出ているのにもかかわらずマラソン大会に参加して、見事一着でゴールして表彰台の上ででぶっ倒れたことがあった。
その後親友にも両親にもこってり怒られたというちょっと苦い思い出だ。
体験者だから語れるのだが、体験者だからこそちょっと言いづらいところである。
どう言えばいいか分からなくて困った表情の横島に、瑠華はにいっと猫を思わせる笑みを浮かべると、すっと横島の手を取って駆け出した。
「ほら、変な顔してないでちょっと遊んでこっ!」
「お、おいこら誰が変な顔…って危なっ!?」
手を引かれてつんのめった横島の正面に看板があって、横島はそれを身をよじって何とか回避する。
瑠華は早く早くとぐいぐいと遠慮なく腕を引いてそのたび横島が何かにぶつかりそうになりながら、商店街の中を走っていく。
それを見ていた商店街の人はそんな横島にくすくすと小さく笑っていた。
二人がやってきたのは商店街にあるゲームセンター。そんなに大きくはないが最新のゲーム機を逸早く導入するゲーマーな若者には人気のある店だ。
そこでまずは腕鳴らしでもするかと横島は今人気の2D格闘ゲームにコインを入れた。
横島が選んだのは小柄な剣士キャラ。攻撃力と防御力がちょっと低いが身軽で素早い攻撃が得意なので、トリッキーな戦法を好む横島にはばっちりなキャラだった。
「むむっ、挑戦者だよ横島クン」
今まで戦闘していた画面が変わり、『New Challenger』と文字が流れてくる。
「ふっふっふ、よかろう! かかってきなさい!」
横島は操作スティックとボタンの上に手を添えた。
「オラオラオラオララーー!」
「うわっ、ハメ技なんて卑怯だぞ!」
「はっはっは、そんな考え甘い! 砂糖より甘いぞー!!」
「横島クンすご〜い。もう十人抜きだよ」
結局そのまま乱入してきた二十人を薙ぎ倒し、時たまパーフェクトを出しながら一度も負けずにラスボスまで倒した横島は、ぶっちぎりでランキング一位に名前を載せた。
「横島クンやるねー。やりこんでるの?」
「勿論よ! ゲームマスター忠ちゃんとは俺のことだ」
「横島クン、その異名はちょっとダサいよ」
横島は瑠華の言葉にショックと言いながらよろろっとわざとよろける。
そしてトンっとクレーンゲーム台にもたれかかった。
「あっ、それ可愛い」
瑠華が横島のもたれたクレーンゲームの中を見て指差して言う。
そこには犬なのか猫なのかよく分からない空想上の生き物っぽいぬいぐるみがいた。
「ふっふっふ、それではこのクレーン王忠っちの出番だな」
ダサいと瑠華が呟くが、黙らっしゃいと一喝すると百円玉を投入してクレーンを操作した。
そしてぬいぐるみを見事にゲット。
「それじゃなくてその隣のよ?」
「こういうのは取れるものから順番に取っていくものなんだよ」
横島はさらに硬貨を二枚投入して、目標に被っていたぬいぐるみをゲット。
そして二回目で晴れて目標のぬいぐるみをゲットした。
横島はほらよと瑠華にぬいぐるみを放る。瑠華は其れを受け取って、やったとぬいぐるみを掲げてくるくると回って喜びを表現していた。
そうやって遊んでいると、あっという間に日は傾き時刻はすでに六時を回っていた。
二人はそろそろ帰るかとゲームセンターを後にした。
「そんじゃまたな〜」
商店街の出口で横島は瑠華に別れを告げた。
最後まで送って行こうとも思ったのだが、瑠華の家は商店街の花屋なので商店街の皆は瑠華とは家族並みに親しいので大丈夫だろうと判断してのことだ。
横島は商店街から出る道から足を踏み出した瞬間、首が絞まった。
瑠華が横島の制服の襟を掴んでいたのだ。
「ぐえっ、げほっ…何するんじゃい!」
「ゴメンゴメン、はいこれお詫び」
瑠華はそう言って差し出したのは遊園地のチケットだった。
横島は其れを受け取って、しきりに首をかしげている。普通ならその意味に気付きそうなものだが、良い意味でも悪い意味でも自分を理解している横島はそんなことには全く気付かなかった。
「明日、遊びに行かない?」
何時までも首を捻っている横島に瑠華のほうから助け舟を出した。
其れを聞いてやっとどういう意味か分かった横島はにやっと笑いそのチケットをひらひらさせる。
「何だ、つまりデートをしようってか?」
この言葉は、殆ど瑠華をからかう為に言った様なものだった。此れまで女の子と二人で遊びに行ったことなど皆無な横島は、今回も冗談なのだろうとたかをくくっていたのだが…
「ええ、そうよ」
瑠華はにこっと笑いながらすんなりと肯定した。
横島は一瞬思考が停止し、数秒後に再起動して先ほどの言葉を反芻させる。
そしてやっとその言葉を理解した途端に、急に顔を赤くさせてわたわたと挙動不審になった。
これまで女の子をデートにすら誘ったことが無い(ナンパは有り)横島は、まさか相手のほうから誘われると言う状況に完全に虚を突かれていた。
あーとか、うーとか唸っている横島にくすっと瑠華は微笑むと、ぽんっとその肩を軽く叩いた。
「まっ、今日学校に行けなかったから誰も誘えなかっただけなんだけどね」
「って、俺はおこぼれかよ」
何だとちょっと気落ちした風に苦笑いする横島。だけどどこか緊張がほぐれたような気がしていた。
「さ〜て、此処で恒例の花言葉問題だよ。クローバーの花言葉はなんでしょう?」
分かるかな〜と瑠華が指を横に揺らしながらチクタクチクタクと時間を告げていく。
横島は前にその花言葉を聴いたことが有るような気がして、あーっと声を漏らしながら思い出していた。
「確か…『約束』だったっけか?」
「ピンポーン大正解! よく覚えてたね」
つまり、瑠華は約束したからねと言いたかったようだ。
エライエライと横島の頭を撫でる瑠華。俺は近所のガキかと横島はその手を突っぱねる。
瑠華はアハハと笑いながらぴょんっと横島から一歩離れるとビシッと人差し指で横島を指した。
「それじゃあ明日の十時に駅前の広場で待ち合わせね」
遅れたら承知しないよと付け加えてから、瑠華はセミロングの髪をなびかせながら人通りの少なくなった商店街へと消えていった。
残された横島はしばし呆然とその場で立ち尽くした後、遊園地のチケットを確認して、
「因幡とデートか…まあ、付き合ってやるかな」
そう言いながらも緩みっぱなしの頬をぐにぐにと解しながら横島は家路へと向かった。
そして帰ってきた横島が玄関の扉を開くと、またと言うか毎度と言うか父親の大樹が待ち構えていた。
「よお、忠夫。明日は折角の休みなんだしデートの約束くらいあるよな?」
大樹はにやにやとどうせ答えは分かっているんだからなといった表情で横島のことを見ている。
だが、今回は状況が違った。横島はにやりと唇を吊り上げると、すっと懐から二枚のチケットを取り出した。
「残念だったな。明日は朝から予約があるんだよ!」
ふふんと勝ち誇ったように笑う横島に、大樹はこれからからかおうとした表情を貼り付けたまま固まり、いきなりその場から駆け出して行った。あまりに素早い行動に横島は暫し呆然としていたが、暫くすると大樹は百合子を連れて戻ってきた。
「さあ吐け! ウチの忠夫を何処にやった!」
「アナタね忠夫の偽者って言う不届き者は!」
戻ってくるなり行き成り大樹に襟首を持ち上げられ、百合子に包丁を首筋に突きつけられた。
「あんた等俺がデートの約束してきただけで偽者扱いかーー!!」
横島が叫ぶが一向に聞き入れられず。この後尋問&本人か確かめるためのテストが行われた。
それが終わったのは本物だと確認されるまで約二時間後のことだった。
その間地獄を味わった横島は眠ることによってその恐怖の余韻と疲れから開放されたのだった。