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「横島中学生日記 〜後編〜(GS+オリキャラ)」

拓坊 (2005-11-24 09:15/2005-11-24 21:27)
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心臓がドクンと高鳴った。


 今、あの担任はなんて言った?


それに合わせ、ぶわっと冷や汗が体全体に溢れる。


 瑠華は昨日俺とデートしたよな? 


狂うほど心臓の動悸が早くなり、喉がからからに渇く。


 その瑠華が…病院で息を引き取った?


頭の中が真っ白になる。全然担任の言う言葉が理解できない。


それでも担任は話を続ける。それはまるで横島の心をかき乱すような呪いの言葉だった。


「瑠華は金曜の夜に事故にあって昏睡状態に陥り、昨日の夜に息を引き取ったそうだ」


横島は自分が今見ている光景がまるで夢の中にいるような錯覚を覚える。


 何だよそりゃ…じゃあ俺が昨日会ってた瑠華は誰なんだ?


横島は思わず席を立ち上がり、教室を飛び出した。


横島中学生日記
〜あなたに捧げる花言葉〜


横島は何も言わずに教室を飛び出した。後ろからクラスメイトの声や担任の声が聞こえたが、そんなものは待ったく聞かずに学校を飛び出した。

横島が向かうのは商店街。瑠華の家はそこの中央辺りにある花屋だ。
横島は息を切らせながら足も止めずにその場所にやってきた。だが花屋のシャッターは下りており、そこには『臨時休業』とやけに震えた字で書かれた一枚の張り紙があった。


「くそっ!」


横島はシャッターを殴りつけ、どうしようもなく溢れ出てくる自分の焦燥感、絶望感、ありとあらゆる負の感情をはき捨てようとした。
だが、そんなことでは己の中に巻き起こる感情を抑える事ができるはずも無く。横島は今すぐ暴れだしそうな感情を何とか制御して、さらに走り出した。
今度向かうのは、この街で一番大きな病院。瑠華は何か病気になったりすれば、いつもその病院に通っていたと言っていたし、交通事故などでもそちらに運ばれることが多いのだと横島は知っていた。


横島はすれ違う人を避け、前にいる人を追い抜きながら病院へと足を急がせる。
その間に、横島は今この状況がどうなっているんだと考えだした。


 土曜の学校を瑠華は欠席した。理由は体調不良だと担任は言っていた。きっと担任はこのとき本当の理由を知っていたはずだ。
 だが、瑠華の両親がクラスに心配させないようにと配慮して、担任に何も言わないように頼んだのだろう。瑠華の両親は、商店街で花屋の前を通るたびに挨拶をし、話をするくらい親しい。あの気の優しい二人なら絶対にそうするだろう。


 それじゃあ、あの時…土曜の午後に現れた瑠華は何者だったのか? 金曜の夜に事故にあったのなら、あの瑠華は幻か? それなら触れもしたし、喋れもした。それはありえない。
 自分の白昼夢だなんてことも却下だ。俺は花言葉なんて知らないからあの会話が夢でできるわけが無い。
 あの時笑い、喜び、そして約束したことがそんな夢幻なんかで片付くはずが無いのだ。

 日曜にも、悲恋のラブロマンス映画を見て泣いて、満面の笑顔で抱きついてきて、デリカシーが無いと怒って、お化け屋敷なのに大笑いして、観覧車に乗りその時見せた綺麗な横顔、帰り道にバンダナを上げてからかう様な笑みを見せて、学校の屋上で思い出話に花を咲かせ、その場で寝転んで見上げた星空の瞬きの美しさ、握ってきたそのては柔らかくて温かくて、甘い香りが鼻腔をくすぐり、その瞳を閉じた顔が、そのすべてが記憶の奥深くから焼きついていた。
 その全てが、幻想だったなんて考えることはできない。


横島は病院にたどり着いた。自動ドアをくぐり、受付のカウンターに荒々しく手を置く。今までスピードを落とさず走ってきたために息は荒れ、心臓は破裂してしまうほどに脈動し、足のほうもがくがくと震えていた。横島はそれでも気合を振り絞って顔を上げる。


「い…なば……因幡瑠華は何処にいますか!」


「しょ、少々お待ちください」


横島の必死な剣幕に受付にいた看護婦は急いで瑠華の名前を探し始めた。
横島は頭を垂れて下を俯き、何とか息を整えようとする。だが気分が落ち着いてくると、今度は心が、騒ぎ立て始めた。『因幡瑠華』と言うキーワードに頭の中がかき乱され、横島は大きく頭を横に振った。
そこで横島は後ろから声をかけられた。


「君は…横島君かい?」


その聞き覚えのある声に、横島は慌てて振り返った。そこには、瑠華の父親が立っていた。
花屋の店先で横島と馬鹿な話をして小突きあったり、たまにする真剣に悩み事を聞いてくれた見た目はちょっと怖いが優しい、横島が数少なく尊敬する男性の一人だ。
そのいつも気前の良い笑顔を浮かべる顔は、今は悲しみと喪失感に満ち溢れていた。


「因幡のおじさん…あいつ……」


「こっちだよ」


横島が全てをいうまでも無く。瑠華の父親は横島を呼び、すぐ傍の階段へと向かった。横島はそれに慌てて着いていく。心のざわめきがだんだんと大きくなっていく。
そのまま階段を下りていき、着いたのは霊安室だった…
心臓がドクンッと大きく鼓動した。
横島は、ゆっくりと霊安室の扉を開いた。


「…アナタ……それに、横島君…」


霊安室の中で椅子に座っている女性が力の無い声で呟いた。横島は一瞬その女性が自分の知っている人物と別人に思えた。彼女は瑠華の母親、店先で横島と話をしてサボっている亭主をひっぱたきながら、家に上がってお茶でも飲んでいきなさいと誘ってくれる、気前の良くてさっぱりとした性格の女性だった。大人の女性、自分の母親とどこか似ている彼女に横島は恋愛などの感情ではないが確かに慕っていた。
その彼女が、今は力なく光のともっていない瞳で自分の事を見ている。横島はとても居たたまれない気持ちになった。


横島はすっと霊安室に入る。そして、その寝台は白いシーツを体にかけられ、白い布を顔にかぶされた人物が一人そこで横になっていた。
横島はその顔を隠す布を、そっとめくった。


心臓が締め付けられる。


胸が張り裂けそうになる。


息が出来ない。


何も聞こえない。


何も考えられない。


 何なんだよ…これは……何で、何で……


其処にはとても安らかな顔で目をつぶる瑠華の顔があった。
横島はそっと、そのほほに触れる。その頬は冷たく、昨日のような柔らかさも温かさも無かった。


「夜、瑠華は買い物に出たんだよ…」


瑠華の父親がポツリポツリと話し出す。


「ノートを買ってくるといって、すぐ帰るからと言って出て行った。そしてノートを買って、帰りに差し掛かった横断歩道を渡っている途中、車に撥ねられたそうだ」


その車の運転手は未成年、しかも無免許の乱暴な運転だったらしい。彼らは事故を起こした後、慌てて救急車を呼んだが打ち所が悪く昏睡状態に陥ったそうだ。未成年達は毎日謝罪に来ていて、先ほども瑠華の父親の前で何度を頭を下げて謝っていたのだ。
許すわけにはいかないが、怒りをぶつける訳にもいかないと瑠華の父親は苦しそうに言った。
横島はすっと視線を、瑠華の母親のほうに向ける。すると其処には、犬のような猫のようなぬいぐるみが抱かれていた。


「因幡のおばさん、それは…」


「これは…いつの間にか病室の瑠華が抱きしめていたぬいぐるみよ」


それは確かに、横島がゲームセンターでクレーンゲームで取ってあげたあのぬいぐるみだった。横島の頭の中で情報がぐるぐるで混沌のように渦巻く。


「この子、昨日の夜に……息を引き取る前に!………『ありがとうね。楽しかったよ』って笑ったのよ。本当に、綺麗な顔で…」


瑠華の母親は涙を流しながら、瑠華の最後の言葉を告げた。だが、それは…


 俺が瑠華と分かれるときに聞いた、最後の言葉じゃねぇかよ…


横島は苦しげに顔をゆがめ、震える足を無理やりに動かした。もうこの場に居られない。いや、いる場所を探すために。


「おじさん、おばさん! ごめん!」


横島は霊安室を出て、そのまま病院から飛び出した。


横島はそのまま走る続ける。太陽が沈む街の中をただ駆け回る。


瑠華とあった、商店街の街角。瑠華に体当たりをされた。痛かったが、元気な瑠華を見れてちょっと嬉しかった。

二人で行ったゲームセンター。へんてこなぬいぐるみを貰った瑠華が嬉しそうに微笑む。何だか心が和んだような気がした。

待ち合わせをした駅前の広場。遅刻して、首を絞められ、そして名前で呼ばれた。くすぐったかったが嫌じゃなかった。

二人で見に入った映画館。ハッピーエンドじゃないと認めないという自分に、瑠華が抱きついてきた。ドキッとしたがすぐに離した。恥ずかしかったから。

遊び倒した遊園地。ほとんどの乗り物を制覇し、最後に乗った観覧車。あの綺麗な横顔が忘れられない。

バンダナを買ったメンズショップの前。瑠華の悪戯な発言に、追いかけっこをした。あの言葉は嬉しかった。


いつの間にか、夜は更けすっかりあたりは暗くなり、日付などとっくに変わっていた。
それでも瑠華の姿を探すように、横島は走り続けた。


横島は、最後に瑠華と訪れた場所。夜の学校へとたどり着いた。前と同じように、校舎裏の非常口の鍵を開け、中へと入っていく。

人気の無い学校は、真っ暗で、静かで、それでも不気味と感じることはなかった。今日は何故か、その場所が神聖な神殿の回廊のように思えていた。


 思えば、おかしいところなんてたくさんあったじゃねぇか…


横島は階段を上り始める。


 街角であった時渡された花は『偶然の出会い』が花言葉。気づいていたのに疑わなかったな。


横島は階段の踊り場に足をつける。


 遊園地で手を取って立たせてもらおうとしたとき、滑るようでなく、消失したように手がすり抜けた。あれは、どう考えてもおかしいだろうが…


横島は階段を登りきる。


 ウィンドウショッピングで転んだとき、あの傷はどう見ても転んでできる傷じゃなかった。あのぶつかった男の品物は…変な文字が綴られていたな…


横島は、ゆっくりと屋上へと続く扉を開いた。


 分かっていたんだ。理解していたんだ。認めたくなかっただけ。だから気づけなかった。信じたくなかったんだよ。


星達が瞬くその屋上には、横島の求める光景があった。


「来ちゃったんだ……横島クン」


悲しそうな顔で、けどどこか嬉しそうな顔の瑠華が横島を迎えた。
横島は驚かなかった。なんとなく瑠華がここにいるような気がしていたから。それよりも今すぐにでも瑠華を抱きしめてしまいそうになる自分を抑え留めるので精一杯だった。


横島はすうっと深呼吸をする。冷たい空気が肺を満たし、頭を少しだけ冷静にしてくれる。それから、にかっといつもの様に笑って瑠華に歩み寄った。


「お前、死んじゃったんだってなぁ」


ズキリと胸が痛む。


 我慢できる…


瑠華はへへっとばれちゃったかと頭をかきながら苦笑する。


「うん、死んじゃったよ」


またズキリと胸が痛む。


 耐えられる…


横島は瑠華の前で立ち止まった。


「交通事故だって? お前ちゃんと前見てたのかよ」


横島はナイフを突き刺したように、大きく痛み出す胸を押さえつける。


 まだ、駄目だ…


瑠華のほうは参ったなと頬をかいた。


「だって、横から突っ込んできたからさ。分かんなかったよ」


断続的に痛み出す胸を横島は両手でぐっと握り締めた。


 もう、限界だな…


横島はもういつものように、あの映画の主人公とヒロインのように、気軽く会話することができなかった。


「何で、何でお前が死ぬんだよ!!」


心が壊れそうになるくらいに、その理不尽を、認めたくない気持ちをそのまま大声で言い放った。馬鹿なことだとは分かっている。無駄だってことも分かっている。それでも叫ばずに入られなかった。


「と〜〜っても運が悪かったんだろうね。その日の運勢は一番だったんだけどな〜」


そう言いながら、瑠華は力なく笑い、俯いた。


「何で…何でそんなに冷静なんだ! 生きたくなかったのかよ!」


横島の言葉に瑠華は俯かせた顔を上げた。

瑠華は、泣いていた。そのいつも笑みを浮かべていた顔から、大粒の涙が伝いぽろぽろと零れている。


「生きたかったに決まってるじゃない!!」


瑠華はそのまま横島の胸に抱きついた。流れる涙が横島の胸を濡らし、その泣き声が横島の耳に響く。


 俺は馬鹿か……生きたくも無いやつが、あんなに楽しそうな顔はしない、こんな風に泣いたりはしないよなぁ…


己の愚かさに反吐が出る気分だったが、横島はそれを後回しにする。
横島はそっと、泣きじゃくる瑠華を抱きしめ、自分の胸にぎゅっと押し付けた。

触れるその肌は温かく、柔らかい。撫でるライトブラウンの髪の毛はさらさらと自分の指を通り抜け、其処から醸し出される甘い香りがふんわりと鼻腔をくすぐった。


 何だよ…こんなに感じていられるのに……なんで瑠華は死んでるって言うんだよ…


横島は瑠華の泣き声が収まるのを待ってから、ゆっくりと尋ねた。


「お前、幽霊なんだよな?」


それは分かっている。ただ、確かな答えが欲しいだけ。瑠華は横島の胸の中でゆっくりと頷いた。


 でも、幽霊って確か触れられても冷たくて、香りとかもしないって聞いたんだがな…


横島はたまに見るTVのオカルト知識を思い出しながらそんなことを考えていた。
瑠華は横島が何を考えているのかが分かったのか、にこっと笑って告げる。


「私実はね、ちょ〜っとだけ霊能力があったんだ」


瑠華は、前から普通の人は気づきもしない幽霊がちらほらと見えていた。でも見えるだけで他に何ができるわけでもなく、特に誰にも言わずに過ごしてきていた。
特に鍛えもしなければ霊能力は育ちはしなかった。だけど、その霊能力が一気に目覚めることとなった、事故によって死に掛けるという肉体と魂が極限の状態になったとき、初めてその力は発現された。


初め、気付くと瑠華は病室にいた。何故か体が軽く、それでいて不安定だった。
そしてすぐに、自分が宙に浮いていることに気づいた。あたりを見渡すと自分の足元に包帯だらけで眠る自分の姿があった。体のほうは痛々しいが顔だけは無傷だった。人間は何かあると咄嗟に頭を庇ってしまうもの。瑠華も轢かれたときに頭を庇ったのだろう。

それから直ぐに自分が体から放れてしまった、いわゆる幽体離脱状態だと気がついた。
何度か試したが体の方には何故か戻れず、そのまま夜が明けた。そして見舞いに来た父親と母親を見て、瑠華は話しかけた。だが、その声は聞こえないのかただ自分の体にすがり付いて涙するだけだった。瑠華は居た堪れなくなってその場から逃げ出した。


瑠華はそのまま当ても無く街を彷徨っていた。そしてそんな時にちょうど、商店街で横島を見つけたのだ。
その時瑠華は、あることを決意した。


「ねぇ、横島クン…知ってた? 私、横島君のこと好きなんだよ」


瑠華は横島に抱きついたまま、恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、はっきりとそう告白した。


「そりゃあ…気がつかなかったな……」


横島はふっと小さく微笑んでぎゅっと瑠華を抱きしめた。
嬉しい。とてつもなく嬉しい。今この場でただ叫びたいほどの喜びを何とか抑えている。
瑠華はさらに話を続けた…


横島を見て、瑠華の思いは一つだった。

 ただ横島と一緒にいたくて、触れたくて、共に笑える時間を過ごしたい。

そう純粋に思ったとき、瑠華は己の霊力をフルに使って、魂を『実体化』させた。
これがおそらく自分の霊能力の特性だったんだと瑠華は感じた。
そして瑠華は、『いつものよう』に横島に駆け寄った。

ただ、商店街にいるときは横島と霊力がちょっと高い人にしか見えないようにしていた。商店街には瑠華が入院していることを知っている人も多いため、もし見られたら騒ぎになってしまうからだ。
だから、商店街を歩いているときは瑠華の姿は横島以外の誰にも見えていなかった。あのときの横島はただ一人で吹っ飛んで、躓きそうになっていたのだ。


「それって俺めっちゃアホ見たいやん」


「ふふっ、でもいつものことだから……許してね?」


そこで瑠華は、すっと横島を押しやってその胸から離れる。
横島はそれに何か嫌な予感がしながらも、離れようとする瑠華をただゆっくりと手を放した。


「それでね。その実体化にはとっても力を使うんだ。今までは体の方から霊力を補給できたんだけどね」


瑠華の言うとおり、魂を実体化させるには大量の霊力を消費する。並みの幽霊がやればあっという間に消えてなくなってしまうくらいに。
それでも瑠華が実体化できたのは、死にかけた己の体から抜け落ちる命の欠片を、そのまま霊力に変換したのだ。それによって、瑠華は横島と過ごしている間だけは、実体化することができたのである。

横島は、その話を聞き、耳をふさぎたくなる衝動と戦っていた。この後に続く言葉を聞きたくない。だが、自分が聞かなければ瑠華の言葉を誰が聞いてやるのだ?
横島は唇を強くかみ締め、瑠華の言葉を聞き続ける。


「体の方が死んじゃったから…私はもうすぐ消えてなくなっちゃうんだ」


横島は血が出るのもいとわず唇を噛み、震える両手の強く握った。


「何で…そんな無茶をしたんだ……実体化なんてしなかったらもっと長い間過ごせたんじゃないのか?」


横島の言葉に瑠華は首を横に振った。それでは駄目なのだと。


「だって、横島クンと生きている時の私と同じようにデートして貰いたかったんだもん」


瑠華はえへへっとはにかむ様な笑みを見せ、恥ずかしさからすこし頬を紅潮させた。
横島はそんな小さな、それでいて切に願った思いに何も言えなかった。


瑠華が横島から視線をはずし、すっと遠くの空を見る。その辺りが少しだけ明るくなっているように見えた。


「そろそろかな……ねぇ、デートで見た映画のこと覚えてる?」


「ああ、当たり前だろ」


瑠華は穏やかな笑みを浮かべながら横島に向き直る。


「最後にヒロインが太陽が昇らなければいいのにって言ったよね? 

けど…私はそうは思わないの。」


瑠華はそう言って屋上のフェンスの前まで駆け寄り、くるっとターンする。それに合わせて瑠華のセミロングの髪がさらっと流れ、波打つ。そしてぱっと両手を大きく開いて横島に向かってにっこりと笑った。


「だって、朝日ってこんなに綺麗でしょ? 見てるだけで元気が出てくるじゃない」


まるで信じて疑わない、自分はこのおかげでこんなに元気なんだよと言わんばかりに、瑠華は太陽のようなまばゆい笑みを浮かべた。

横島もだんだんと上ってくる太陽を見つめる。遠くの空からゆっくりと顔を出す太陽は、一日の始まりを告げ、全てを照らさんと輝かしい光を放っていた。
その光が瑠華を包み込み、きらきらと光るそんな光景を見て横島は呟く。


「ああ、そうだな。とっても綺麗だよ」


その時、太陽の光が横島の顔を照らし出す。すぅっと瑠華の体を通り抜けて…
瑠華はそれに気付いて、ちょっと悲しげに苦笑した。


「う〜ん、そろそろお別れみたいだね」


瑠華はいつもみたいに明るい調子でそう言った。だから横島もいつものように振舞う。
本当なら行くなと言いたい、引き止めてしまいたい。けどそれは無理だと分かっている。それでも叫べば、自分の心を伝えらるだろう。だがそれもできない。
そんなことをすれば、命を削ってまで自分と生きている時のように過ごしたかったという瑠華の想いを、侮辱し、踏み躙っててしまうような気がしたから。

瑠華はすっと横島に近寄り、腕に巻いているバンダナを外して、横島の額にまいた。


「これが、忠夫クンに上げる最初のプレゼント」


横島はそこでやっと、瑠華が自分のことを苗字で呼んでいたことに気がついた。
名前で呼ぶのはデート相手の恋人だから…それなら今名前で呼びプレゼントしたこれは…


「嬉しいね。恋人からのプレゼントってことか?」


「『仮』ってところが残念だけどね」


正式には付き合っていない。けどお互いの気持ちは分かっている。
『友達以上恋人以下』…友達なんだけど恋人かもしれない。今の二人はそんな関係になっていた。


「忠夫クン、最後にいい花言葉を教えてあげる」


取って置きだよといいながら瑠華は後ろに回した手を、胸元に持ってくる。その手には一輪の花と一茎の葉が握られていた。

その一輪を横島に握らせる。


その花は、赤より紅い、紅色のバラの花。その花言葉は…


―――死ぬほど恋焦がれています…


「私は、横島クンのことが死ぬほど大好きです」


瑠華はすっと横島と自分の唇を重ね合わせた。横島も抵抗せずに受け入れる。

それは相手を求めるような、深い口付けではない。ただ、相手のことを感じたい、相手にこの好きという心を伝えたい。


そんな軽く触れ合うようなやさしいキス…


僅か数秒、横島と瑠華は相手の気持ちを感じ取り、己の気持ちを伝え合う。
そして、横島の唇から瑠華の温かみが、柔らかさが消えていった。

瑠華はもう一茎の葉を横島に握らせる。


青々しい葉を持つその名は、アイビー。花言葉は…


―――死んでも離れない、永遠の愛…


「私は、横島クンのことを死んでも永遠に愛しています」


太陽の光が溢れ、瑠華を包み込む。その中で消えていく瑠華は愛する人にしか見せない、今までの中で最高の笑顔を、横島にプレゼントした。

これが、彼女の最高で、最後のプレゼント…


そして瑠華は照らし出す朝日と共に、光の粒となって横島の前からその姿を消した。
横島が手にしていた紅のバラと、アイビーも崩れるように消えていった。
まるで幻だったかのように、彼女がいた痕跡は消え去っていた。


「………あっ…」


呆然と固まっていた横島は、ふらっと、昇る太陽に向く。その丸く光り輝く光源は、暖かな光を横島へと与えてくれる。
ゆっくりと氷を溶かすように、横島の凍りついた感情を溶かしだす。


「……瑠…華…」


横島はそのまま、ただただ瞳から涙を流し続けた。
悲しいとか、寂しいとか、そんな感情はまったく湧かない。ただあるのはぽっかりと胸に穴が開いたように感じる喪失感と、何も感じられないという虚無感だけであった。


それから、横島は瑠華の葬儀にも参列した。だが、それ以来横島は魂が抜けたように時を過ごしていた。

学校には行く、だが全く覇気が無い。

家に帰ってちゃんと食事もする、だが表情はあっても感情が篭っていない。

その様子に百合子も大樹も担任の先生もクラスメイト達も何とか元気付けようとしたが、全く効果は無かった。


好きと告白され、自分の感じていたそれが何なのか気付いたとき、全てが無に還った衝撃は、中学生の横島の心に深い傷をつけた。


そんな日が半年近く続いた時、横島の元に瑠華の父親が尋ねてきた。


「やあ、横島クン。元気かね?」


「…ええ、それなりですね」


横島は軽く微笑む。だがやはり感情がこもっていない。まるで人形の顔を無理矢理笑みに作り変えたような滑稽なものだった。
それを見た瑠華の父親は、重症だなと確信した。そして、瑠華の父親は横島にこれをと手渡す。


「手紙…ですか?」


横島が渡されたのは一通の封筒。ちょっと可愛い模様が施された、女の子らしいものだった。
瑠華の部屋を片付けていたら、机の引き出しの中から出てきたのだという。あて先は『横島忠夫君へ』となっていた。


「それと、この花…『アンスリューム』を渡して欲しいそうだ」


瑠華の父親が横島に真っ赤に燃えるような赤い花を渡した。
横島は、花を受け取り、封筒の止められている封を切って中の手紙を取り出して読み始めた。


『やっほ〜。元気にしてるかな横島クン? 私のほうは…まあこれ読んでるんなら元気なわけ無いだろうね。

そんなことは置いといて、この手紙を残した理由。それはズバリ横島クンの為なんだよね。

どーせ横島クンったら私がいなくなって寂しいよ〜って泣いてたりするんでしょ? 何時までたっても子供なんだから。

ああっ、嘘、嘘。冗談だから怒らないで読んでね。

これは自惚れかも知れないけど、私がいなくなって横島クンはきっと心に傷を負っちゃってると思う。

横島クンは優しいから、優しすぎるからきっと私のことを引きずっちゃってるでしょ?

けど、勝手なこと言ってると思うだろうけど…私はそんな横島クンになって欲しくありません。

いつも馬鹿騒ぎして、皆を笑わせて、スケベで、アホで、それでも優しい横島クンが私は大好きなんです。

だから……』


すっと、二枚目の手紙に目を移す横島。そこには、ただ一行だけ文が書かれている…


『アンスリュームの花言葉に誓って、いつまでも私が愛してる横島クンでいてね?』


何処からか、瑠華の声が聞こえたような気がした。


「ふ…ふふっ…はははははははは」


横島はすっと手紙を畳んで、笑い出した。
ただただ、どこかから搾り出すように笑い声を上げる。


「『泣いてるだろ〜』だって? 何言ってるんだこんな紙くしゃくしゃで文字にじんでるとこあるのに…お前だって泣いてたんだろが」


くっくっくと、横島は泣きながらも笑う。笑いながらも涙を流す。


「分かったよ。誓うとしますかアンスリュームの花言葉にさ」


瑠華が教えてくれたこの赤い花の花言葉。


アンスリュームの花言葉は…


―――あなたらしく…


「そうだよな。やっぱ俺は笑ってないと俺じゃないよな?」


横島は笑い、そして泣き続けた。
喜びも悲しみも嬉しさも哀しみも全部一纏めにしてそれを引っ張り出した。
瑠華が愛してくれる、自分でいるために…


初めて気付いた気持ちは、手に入れる間もなく手の平から零れ落ち。

手に入れたものは、最初から失う運命にあった。

幾ら世界を探しても、幾ら手を伸ばしても…

探し物は見つからない。失くしたものは戻らない。

どうしようもなく、闇を彷徨う心には何も無いと思っていたけど。

大切な人が残してくれていた。

大切な心が魂に満ちる。

これだけあれば立ち上がれる。

暗闇でも前に進める。

愛し続けてくれるその人のために。

そして何より自分のために。


アンスリュームの花言葉に誓って…


『俺らしく』生きていこう


「と、まあこんな話があったんわけです」


横島は瑠華との思い出を話し終え、すこしすっきりしたような表情だった。

愛する前に逝ってしまった、とても大切な少女…


それは愛するルシオラを失ったときと同じくらいにヨコシマに傷を残している。
守ってやると言って自分のために死なせてしまい、ハッピーエンドにすると言って逝かせてしまった。
ルシオラを…そして瑠華を失った傷は未だに癒えてはいないけど、横島は確かに前を向いて生きていた。
そして今も、彼女達に愛し続けてもらうためじゃなく、彼女達が愛し続けるような『俺らしく』生きている。


「横島先生ぇぇーー!!」


そこで今まで大人しく話を聞いていたシロが行き成り横島に抱きついた来た。
何するんじゃと引き離そうとした横島だったが、服に染み込んで来る暖かな感触にすっと力を緩める。


「うっ、うぐ…横島先生にそんな哀しい過去がおありだったなんて…」


シロは横島に抱きついたまま、涙を流すその泣き顔を擦り付けていた。
ただ感情任せに飛び込んだのではなく、これでも横島を慰めてあげているのだろう。
横島はそれに気付いて、ただゆっくりとその頭を撫でてやる。


「ふんっ…ヨコシマにしてはいい話するじゃない」


タマモが横島とは目を合わさず、そっぽを向いてそう言う。
だが横顔から見える瞳が、少し赤くなっているのに横島は気付いた。


「そっか…ありがとよ、聞いてくれて」


「…ふんっ」


タマモは今度は体ごと横島に背中を向ける。そして服の袖口でごしごしと目元を擦っている。
それを見た横島が苦笑しながら、もう一度心の中でありがとうと感謝の念を送った。


「ぐすっ…それじゃあ、横島さんのトレードマークのバンダナってその時の物ですか?」


おキヌがやはり涙目を手で拭いながらそう尋ねた。
これかと横島は自分の額にあるバンダナに手を当てる。


「あの時のバンダナは思い出の品として取ってあるよ」


瑠華に貰った赤いバンダナはきっちりと畳んでしまってある。
今着けているのは、少しでも彼女との絆を保とうとするためのものだった。


「因みに、このGジャンとGパンも…初めて褒めてくれたのは瑠華なんだよな」


あの頃小遣いを貯めに貯めて買った服だ。
親父も母さんも似合わないと笑ったが、瑠華だけは遠まわしだったけどカッコいいといって褒めてくれたものだった。
だから周りからどんなことを言われようとも、出来るだけこの格好で過ごしてきたのだ。


「つまり、今の横島クンがいるのは彼女のお陰なわけね」


「まあ、そういうことになりますかね。少なくとも、お化けが怖くなくなったのはあいつのお陰ですから」


瑠華から学んだことは一杯あった。それが今の自分を作り出し、そして育ててくれているんだと実感している。もちろん、今は事務所の皆も、GS仲間たちに、高校の友達たちも自分を支えてくれているのだと理解している。


未練がましいとか、依存し過ぎているとか言われるかもしれないけど、此れが『俺が俺でいる証』なんだよな。


横島はアルバムにしまわれた、微笑みかける瑠華にそっと笑いかけた。


今までずっと返事しないでゴメンな…もう遅いかも知れないけど俺も告白するよ……


お前に捧げる花は千日草、花言葉は……


「変わらぬ愛情…俺もお前のことが大好きだよ」


これまでに見たことも無いような優しい、愛しむような微笑で横島は告げた。
そしてその笑顔を見た美神、おキヌ、シロ、タマモは思わず横島に見惚れていた。
今までも時折見せていた微笑だったが、今回のそれは今までの比ではなかった。
急に熱くなる頬と、早まる鼓動に四人は暫しポーっと横島のことを見つめる。


そして横島の顔が急に、にかっとまるで子供のような笑顔に変わった。


「いや〜、けどあいつさ。
手紙に、スケベなとこやアホなとこもちゃんとそのままでねって書いてあってさぁ。
アレ見たときは流石に俺もどうしようか悩んじゃったよ」


「へへっ、それなら大丈夫でござるよ。先生はしっかり約束を守っているでござる」


「そうね。強いて言うなら破りようが無かったと言うべきかしら?」


「タマモちゃん、そんなはっきり言ったら横島さんが可哀想ですよ」


「けどおキヌちゃん、この際はっきり言ってあげたほうが優しさってこともあるのよ?」


横島の言葉に、シロがにこにこと笑い、タマモがふんっと嘲笑し、おキヌがちょっと苦笑して、美神が甘いわねと微笑を浮かべて答えた。


「あんたら俺を何だと思ってるんじゃー!」


「「「「そのまま(よ)(です)(でござる)(ね)」」」」


ブロークンハートだと言いながら、横島は胸を押さえながら蹲る。

その背中にシロが大丈夫でござるかと抱きついたり、タマモがその辺が馬鹿なのよとぽんぽんと肩を叩いたり、おキヌが元気出してくださいと手を握って励ましたりして、それを見ている美神がしっかりしなさいと頭を叩く、いつものような面白おかしい明るい場へとなった。


目覚ましのけたたましい音と共に、横島はむくりと起き上がる。
だが日はまだ昇っていなく、部屋の中は暗闇に包まれている。
横島はそれでもささっと顔を洗い、いつものGジャンとGパンに着替え、そして赤いバンダナを額に巻く。
窓を開けそこからひょいっと屋根に上った。

そして、暫し時計を見てすっと顔を上げる。
するとそこから一条の光が走り、そしてぶわっと広がっていく。
眩い光が溢れ出し、太陽がゆっくりと昇ってきた。


「今日の朝日はとっても綺麗だぞ。見てるだけで元気がでてくるよ……お前の言う通りだ瑠華」


横島は太陽が昇りきったのを見とどけ、ひょいっと部屋へと戻った。


「それじゃ、今日も俺らしく行って来ますかね」


誰もいない部屋の中に、にかっと笑いかけながら横島は出かけていった。

その笑いかけた先にある瑠華の写真に朝日の光が反射し、きらっと輝いた。


『約束だからね…忠夫クン?』




ど〜も、拓坊であります。

えっと…何から話せばいいのか分からないのでとりあえずこれを書くにいたったまでのことをお話します。


ことの始まりは、『時空消滅内服液』で中学時代に飛ばされた横島君がバンダナをつけていなかったことでした。
「それじゃあどういう経緯でバンダナをつけるようになったんだろう?」
そんな単純な疑問から始まったのです。
高校で美神さんのバイト面接(セクハラ?)に来たときにはもうバンダナは着けていました。すると必然的にバンダナを巻いたのは中1の途中から高1の初めだろうという考えで、中学三年生という舞台設定に。

そして一番の難関は、ファッションに其処までこだわりそうにも無い横島君が、『何故』バンダナを巻き続けるのかということ。
これはきっと大変なことがあったに違いないと考え(妄想)した自分は、このような話を作るにいたったのです。

副題をつけるなら『彼がバンダナを巻く理由』ですね。


中学時代ということで、ヒロインは『因幡瑠華』とオリキャラになりました。苗字は適当ですが、『瑠華』は『瑠』まり続ける『華』…つまり横島君の心に咲き続ける枯れない華という意味です。無理矢理ですけど(汗)


他にも沢山言いたいことがあるのですが、くどくなりそうなのでこの辺にしておきます。


シリアスな話を書くのは初めてなもので、至らない点も沢山あると思いますが、楽しんでいただければ幸いです。


それでは短いですがこの辺で失礼致します…

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