(あ、これってもしかして横島さんと2人きりなのねー)
ずっと一緒にいたにも関わらず台詞がなかったヒャクメがぼそっと呟いた。
(でもさすがに今はまずいのねー。それにルシオラさんがいないときに変なこと出来ないわ)
「どうかしたかヒャクメ?」
横島に声をかけられてはっと我に返り、
「あ、ううん、何でもないのねー。それより横島さん、ここじゃちょっと危ないわ。もう少し奥に移動した方がいいのね」
門のすぐそばでは霊波砲の余波などが届くかも知れない。それに少しでも早く美神達と合流できるよう、仮想空間入り口のそばにいるべきであった。
「そーだな。俺達2人じゃ頼りないし」
「そんなことないわ。横島さんは頼もしいのね」
変なことできない、と言った舌の根も乾かないうちに腕を組んで胸を押しつけるヒャクメ。美神には及ばないがルシオラや小竜姫に比べれば優秀な戦力である。
ちなみにヒャクメが「頼もしい」と言ったのは煽てではない。禍刀羅守との闘いや文珠《姫》《君》を見ていれば、彼の実力が態度や外見と異なる事は明白なのだ。
横島はヒャクメの攻撃(?)にたじろぎつつも、
「でもみんな大丈夫かな? 結構ヤバいと思うんだけど」
「美神さんとルシオラさんは心配するだけムダなのねー。ワルキューレはちょっと不安だけど、今応援に行ったら逆に怒られるわ」
「だよなー。プライド高い、っていうか任務命だし」
「とにかくいま私達に出来るのは待ってることだけなのね」
「……ああ」
納得できたわけではない、でもそうするしかない横島だった。
「ふん、わざわざ逃げる先を教えていくとはどういう魂胆か知らないがバカな奴だ。魔族が神族の出張所で騒ぎを起こしても困るのは私じゃあないよ?」
デミアンは妙神山めざして空を飛んでいた。あるいは罠かと思わないでもなかったが、自分を倒せる者などいない、という自信がその懸念を却下していた。
修行場が見えてきたところで高度を下げる。門の前に人影がいるのを見つけて着地した。
「その通りだが、ここで貴様を倒してしまえば問題はないさ」
「おや、ワルキューレ……たった1人で私に勝てるつもりかい?」
彼女が幻術を使えない事は知っている。ならば別の何者かがいるはずだ。それをここで出さない手はない筈だが……?
まあいないならその方が都合がいい。デミアンは疑問を棄却して無防備に歩き出した。
「試してみるか?」
ワルキューレがニヤリと笑ってどこからか大きな拳銃を取り出した。
「くらえっ!」
ドドドドドッ!
精霊石弾のフルオート連射がデミアンの体に穴を開けていく。しかし眉間、咽喉、心臓といった急所を貫通されてもデミアンは笑みを崩さない。それどころか瞬く間に再生して元通りになっていく。
「何だいこの攻撃は? マジメにやれよ……」
「精霊石弾が効かない……じかにやり合うしかないようだな」
ワルキューレが弾切れになった拳銃を放り捨てて飛び上がった。デミアンはそれを見て嗜虐的な笑みを浮かべ、体を頭から正中線に沿って真っ二つに割り――そこから腐った恐竜のような姿の魔物を飛び出させる。
「こいつが奴の本体か!?」
大きな顎をあけて咬みついてくる魔物をワルキューレはきっと見据えて、
「うおららあぁっ!」
避けもせず、自分からその口の中に突っ込んだ。そして咬み砕かれる前にさらに突進して内側から咽喉の辺りを突き破る!
外に出たワルキューレはさらに一撃を加えようと旋回したが、その目の前で魔物の背中に肉塊がむくむくと盛り上がり、先程まで見せていた少年の上半身へと変わった。
「何!?」
「甘いんだよ!」
ドウッ!
少年の体の胸に水晶玉のようなものが現れ、強烈な霊波砲が発射された。
「どっちが!」
ワルキューレはとっさに加速してそれをかわし、背後に回りこんで少年の後頭部に拳打を入れる。
その一撃で少年の頭部は砕け散ったが、魔物の方は動きを止めずに腕を上げて掴みかかった。ワルキューレが慌てていったん距離を取る。
「お前の方じゃないのか?」
攻撃が全く通じないワルキューレを再生したデミアンがそう言って嘲笑し、
「私にダメージを与えられる者などおらん! 相手が悪かったな」
「く……何故だ?」
少なくともワルキューレにとってデミアンの言うことは事実だった。横島の『アレ』なら彼が再生する以上の速さで破壊できるかも知れないが……。
しかしここで助けを呼ぶのは彼女の誇りが許さなかった。最初の1鬼を倒したのはいいがベルゼブルとデミアンに敗北し、その上その2鬼を人間に倒してもらった、というのでは己の存在価値はどこにあるのか。倒せないまでもせめて弱点の1つくらい見つけなければ。
「うおあああっ!」
ひときわ大きく咆哮して、ワルキューレは突撃した。
…………
……
ワルキューレはデミアンの体の各所を何度か破壊したが、どうしても突破口を見つけることはできなかった。
いや、デミアンの体の感触がどこか変なのは分かった。もしかしたらこれはそもそも彼の『本体』ではないのかも知れない。ならばこれ程の再生能力、どこかにカギとなる物がある筈だが……。
疲労と負傷で倒れてしまいそうだったが、何とかそれを見つけたい。
そう考えたワルキューレの耳に、
ワーーーン……。
と、虫の羽音のような耳障りな騒音が届く。ワルキューレとデミアンがそちらを見ると、大きな蝿が数十匹ほどこちらに向かって飛んでくるところだった。
「なっ、ベルゼブル……援軍か!?」
「ベルゼブル……何しに来た! お前のようなヘボに用はないぞ!」
2人とも彼には好意的でなかったが、もちろんベルゼブルはそんな事は気にもせず、
「お前の助手としてつけたクローン1匹がやられたろう。俺としても『蝿の王』のメンツがあるんでな。相手のツラを拝みに来たのさ」
「ケッ、浅ましい蝿め。それでクローンをまたこんなに……む、待てベルゼブル。後ろに誰かついて来ているぞ!」
蝿の群れの背後から急速に接近してくる何かに目を止めてデミアンが叫び、ワルキューレは逆に笑みを浮かべた。
ベルゼブル達も気づいて一部が旋回して背後を窺い、
「何だあの小娘は? 人間が空を飛べるわけが無いが神族でも魔族でもない……? まあいい、邪魔をするなら殺るだけだ」
追って来たのはむろんルシオラなのだが、先ほど彼女に倒されたクローンは映像まで送る事はできなかったらしい。
蝿の群れが一斉に方向転換してルシオラに殺到する。
「ベルゼブル……さっきはよくもやってくれたわね。今度は遠慮しないわよ!」
しかしルシオラは彼らと衝突する前に、飛行しながらいつもの七枚羽を自身の周囲に数十枚ほど展開した。
バレットフルオープン
「全魔神連続層写――――
ブロークン・アシュタロス・ダンシング
壊れたアシュ様乱舞!!」
物凄い爆音がとどろき、ベルゼブルの群れがきれいさっぱり消滅する。
文珠《爆》1つで事足りる敵にここまでの超大技を使うことはないのだが、やはり恋人を傷つけられたのを腹に据えかねたのだろうか。旧主を壊したり弾扱いしたりしている事はもう今さらだが……。
「………………」
ワルキューレとデミアンが呆然と虚空を眺める。
ああ、世の中って広いんだな……とワルキューレは停止しかけた頭でそんなことを思った。自分には理解不可能なモノも世界には存在したんだ、と。
しかしデミアンの精神はまだ多少タフだった。
「どこの誰かは知らんが大したものだ。しかし私にダメージを与える事はできんぞ!」
とルシオラが射程距離まで来たところで霊波砲を撃ち込もうと身構えたが、その後ろで門の扉が開いた。
「――これ以上、私のことで誰かに何かしてもらうってのは気に入らないのよ!!」
中から駆け出してきたのは、中国服を着て顔の数ヶ所に絆創膏を貼りつけた美神だった。魂の加速の後、猿神の試練をみごと乗り越えてパワーアップを果たしたのだ。
「美神さん、いきなり飛び出しちゃ危ないですって……!」
その後ろから横島も現れる。こちらはちょっと腰が引けていたが……。
「バカ野郎、なぜ出て来た!」
「むっ、ターゲットか!? ちょうどいい、死ねッ……!」
ワルキューレの怒声にデミアンがほくそえみ、ルシオラに向けていた腕を美神の方に回して霊波砲を最大出力でぶっ放す。
「……!!」
間が悪かった、というべきだろう。あと数秒遅く出ていればこの霊波弾は発射された後であり、その直後の隙を襲うことができたのだ。
避けられるタイミングではない。しかし美神は気後れなどせず神通棍を振り上げた。
「舐めんじゃ……ないわよッ!」
振り下ろした神通棍が鞭のようにしなる。美神の念の出力に負けて変形したのだ。人間ではまず考えられないことであった。
しかし対象は中級魔族のフルパワー攻撃、防ぎきるのは無理かと思われたが――――
デミアンの霊波弾の前に、何か輝く膜のようなものが現れる。横島が一瞬早く投げた文珠の効果が発現したのだ。
それにこめられた文字は《反》《射》。
文珠は彼、いや彼らの秘密兵器だが、それゆえにこそ、どういう時にどんな文字をこめればいいかの研究は怠りなかった――――
グォンッ!
霊波弾が撥ね返ってデミアン自身に襲いかかる。それを撃った腕が消し飛び、美神の神通鞭で魔物の頭部を真っ二つに引き裂かれた。
「くっ、何なんだこいつら。人間なんて我々に比べればひ弱な生物のはずなのに……こうなったら何が何でもここで殺す!」
デミアンの目に本気の殺意が宿り、魔物の腕が2人を襲う。それをワルキューレが殴りつけて横にそらし、
「こうなったら仕方ない、よく聞け。奴のあの体はおそらく本体ではない。しかし何かカギになる物がある筈だ。奴を倒すにはそれを見つけて取り上げるしかない!」
「――なるほど、そういうわけだったのね」
「「え!?」」
返事をしたのは、いつの間にかそばまで来ていたルシオラだった。驚く3人には構わず、
「ヨコシマ、文珠はあといくつある?」
「……1つ」
「1つか……足りないわね」
美神を庇うために2つ使ったのが原因だ。しかしこういう場合の対処法もルシオラは『知って』いた。
「ちょっとヨコシマを借りるわ。少しだけ足止めお願い!」
2人の反応を完全に無視して、横島の手を引っ張って修行場の中に消える。
「「……?」」
はてな顔の美神とワルキューレだったが、こうなっては言われた通りにするしかない。改めてデミアンに向き直って、
「美神令子は殺させん!」
「いくわよバケモン!」
ワルキューレが再び突貫し、美神が神通鞭を振るって援護する。
「こざかしい!」
デミアンも魔物の腕を振り回して応戦した。
彼は不死身の再生能力を持つものの、それを過信してか戦闘技術そのものは美神達より劣っていた。それを唯一の利点として時間を稼いでいたのだが、
「フオオオオーーーッ!」
怪しい奇声が場内から聞こえた。そしてちょっと頬が上気したルシオラと、何故か鼻血を手でぬぐった横島が現れる。
「「「……??」」」
首をかしげる3人をよそに横島は文珠を2つ取り出し、
《解》《析》
横島の両目がピカリと光り、脳内に現れたディスプレイにデミアンの霊的肉体的構造図が映し出されていく。
「分かったぞ! ちっこい本体があのポケットの中に入ってるんだ!!」
「な、何だとぉぉ!?」
唯一絶対の急所を暴露されたデミアンが慌て出す。しかしそれは横島の指摘が事実であることを証明する行為でしかなかった。
「そういうことだったか……お別れだ、デミアン!」
ワルキューレはまたもどこかから大型ライフルを取り出すと、一点の淀みもない動作で構え、引き金をひいた。
ドオンッ!
これも大型の精霊石弾がデミアンのポケットに入れられたカプセルを撃ち抜く。正確な位置は分からなくても、この威力ならポケットに当たりさえすれば十分であった。
「ぐおおおお……バカな……この私がぁ……」
カプセルの中の本体を殺されたデミアンの肉塊がくずれていく。
やがてどろどろの肉汁にまで成り果てたそれを眺めて、4人はようやく安堵の息をついたのだった。
「ワルキューレ、大丈夫?」
ワルキューレはかなり消耗していたが、美神の問いにはしっかりした口調で、
「ああ、魔族士官はそんなヤワじゃない。まあ任務も終わったことだ、魔界に帰って一休みするさ。
敵の情報だが……一応調べてみるが期待はしないでくれ。機密を洩らすわけにはいかんからな」
そこまで言うと、横島とルシオラの方にも視線を向けて、
「しかし我々は1度ともに戦った戦友のことは決して忘れん。たとえ所属が違ってもな。また会おう、戦士……ではなかったか」
ルシオラの言葉を思い出してクスッと微笑む。
「……ではな」
と軽く手を振ったワルキューレの姿が消えた。転移で魔界に帰ったのだ。
美神がふうっと息をついて、
「行っちゃったわね。いい買い物したと思ったんだけどなー」
「そですねー、美人でいいカラダしてたのに」
「――ヨコシマ?」
「横島さん?」
何気なくそう返事をした横島の背中に2対の視線が突き刺さる。危険を感じて逃げようとしたが時すでに遅く、
「せっかく来たんですから、あなたも少し修行して逝きませんか。いやむしろしてもらいます」
「そうですね。私も手伝います」
小竜姫とルシオラに襟首を掴まれ、ずるずると連行されていく横島。残ったヒャクメに美神があきれ顔で、
「えっと……あれ何?」
「いわゆるジェラシーってやつなのね。横島さん余計なこと言ったから」
いいカラダって部分ね、と美神はため息をついた。ルシオラも小竜姫も十分以上に美少女なのだが、体形のメリハリという点でワルキューレに負けている――と、本人が思っているのだろう。
「まあ横島さんのことだから放っておいていいのね。その間に休んでいくといいわ」
「そうさせてもらうわ。疲れたし――」
結局たいした情報は手に入らなかったし、と美神は肩を落として宿坊に向かったのだった。
どっとはらい。
――――つづく。
ワルQは胸を刺されてないぶん原作より元気です。しかし何でこう美神は活躍できないんだろう? 我ながら不思議です(ぉぃ
なお本文最後で美神がちょこっと言ってますが、猿神もエネルギー結晶のことは話してません。
原作ではこの直後ヒャクメが来て平安時代に行きますが、ここではすでに理由が分かっているので行きません。そうなると原作の流れではメフィストの中の結晶はアシュに取り返されてしまうわけですが……今美神の中に結晶がある以上、時間の復元力か何かで無事残った、という解釈でご理解下さいm(_ _)m
というわけで次回はおキヌちゃん再登場です。
ではレス返しを。
○拓坊さん
はじめまして、よろしくお願いします。
>ネタのほうが大体分かる自分は駄目人間でしょうか?
いえいえ同志ですともw
○Bazeさん
>愉快型都市制圧兵器メカヒスイの登場の伏線ですか!?
アシュ陣営にはハニワ兵がいますからねぇ。
メカ横島とか用意したりして<マテ
>まだかろうじて猿神がシリアスですよー!
おお、最後の救いが1人いました!
せめて1人くらいは真面目なままにして……おけるといいなぁ。
○無銘さん
誤字脱字は気分さめちゃう事ありますからね。
気をつけてはいますが、もし見つかりましたら遠慮なく指摘して下さい。
>こういうノリも大好きなので、どんどんやっちゃってください
了承です♪
>「こんなこともあろうかと」の元ネタ
実は知らないでやってます(ぉぃ
○花翔さん、ガルニアさん
はじめまして。むしろシリアスのみで通す方が難しいタイプの物書きですが宜しくお願いします。
○遊鬼さん
美神さんの修行は猿神の試練で神通鞭を会得しましたが、結果的には原作通りですね。
ユッキーは今回非番でした。次はいつだろう<マテ
○ゆんさん
>そろそろルシオラのことを恋人として強く認識してきたとこですなw
いよいよ努力が形になってきたという感じです。
>いつギャグキューレもとい、ワルキューレにサー○ァントのことを教えるか
さしあたっては第5話の分以上の話はないようです。
というかルシもそれだけしか知りませんし。
○B.J.さん
はじめまして。一気にですか? 気に入ってもらえたようでうれしいです。
ネタ系文珠はまだいろいろ有りますので生暖かくご期待下さい(ぇ
○ジェミナスさん
>お前の成長で魅せてくれ!!
少年誌の主人公としてこれからも精進する所存でふ。
○ももさん
>闘い&イチャイチャ。そしてその後の煩悩全開
これこそ横島君くおりてぃです。
ではまた。