カチャカチャと辺りに響く食器の音。
横島はとある喫茶店のオープンテラスで、軽い食事を取っていた。
コーヒーが非常においしい、彼のお気に入りの店である。
客は彼を除いて一人もおらず、周りにも人一人歩いていない。
この店の店員すらいるのか疑わしいほどだ。
だが、そんな状況であっても、全く疑問が湧くわけでもなく、暖かな陽射しの中、ゆったりと食事を進めていった。
しばらくすると、食事は終わり、いつの間にかコーヒーが置かれている。
相変わらず周りには誰もいない。
だがそこに、一人の女性が現れる。
顔はなぜかよく見えないが、同じ年か少し上くらいの、セミロングの赤い髪をポニーテールにまとめた、クールさと気品を感じさせる女性だ。
「ここ、よいか?」
女性が横島の前のいすを指す。
「ええ。いいっすよ」
彼も快くOKする。
周りに誰もいないので、席もいくらでも空いているのだが、横島はそのことにも全く疑問を抱くこともなかった。
女性のほうもありがとう、と一言言うと、彼の目の前のいすに座った。
横島は先ほどのコーヒーを、女性は紅茶を、お互い黙って静かに飲んでいると、不意に彼女が口を開く。
「なあ、貴方は運命というものを信じるか?」
その突然の言葉に、カップから口を離し、彼女のほうに意識を向けると、今の質問に対して少し考え始める。
運命。
酷く曖昧で不確かな言葉だ。
だが今までの経験や観測、そして僅かな願望を込めて、素直に言葉にしてみる。
「うーん……。やっぱりあるんじゃないか?」
その言葉を聞いて女性は軽く頷く。
「それでは、その運命とは変えられると思うか?」
次の質問に、今度はそれほど考えることなく、口を開いた。
「そりゃ、変えれるだろ。
俺やみんなの行動、それにこれから起きる出来事が全部決まってるなんて、辛いじゃねえか」
それを聞いて彼女は皮肉気に口元を歪めた。
「ならば、その変えた、と、変えることができた、と思った運命すら、最初から定められた運命の一部だったらどうだろう?」
今度は言葉が詰まりすぐに返すことができない。
そんなことを言い始めたら―――この世の全ては一体どうなるというのか。
その様子を見て女性はクスリと、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「そう。大概、人は運命というものを無意識であれ、意識的であれ信じる。
もっとも貴方は経験からくる部分が大きいのだろうがな。
運命というものが存在すれば、どんな最悪の事態に陥っても、その責任の一端を運命に背負わせることができるから。どれだけ自分が憎くても、もしくは他人が憎くてもな。
そしてまた逆の方向でも然り。『運命の出会い』とかはその典型だ」
いったん言葉を切り、目の前の男の反応を見る。
何を考えているのか、全く読めないが、その顔はじっと彼女のほうを見ていた。
「だが同時に、人というのは運命というのを否定したがる。
『運命なんかに俺たちを縛ることはできない』『運命なんて、乗り越えてみせる!』という具合にだ。まあ、表現はいささか少年誌的だが。
これは一体どういうわけだろうな?
そもそも、こういうことを言う奴は、運命というものを認めているのか、いないのかどちらなのだろう?」
言い終わると彼女は机に頬杖をつき、彼の様子をじっと見つめる。
見ようによっては非常に扇情的だ。
横島は今の彼女の言葉を頭の中で反芻する。
運命を認める心と、さらにそれを認めた上で否定したい心という――矛盾。
認めなければつぶれてしまうし、完全に認めてしまえば、もうそこから動けなくなってしまう。
横島は経験上、運命があることを否定できない。
それはもう、単なる観念的な問題ではないのだ。
でも……。
「それじゃあ、悲しすぎるだろ? 俺たちの“意思”が俺たち自身のものじゃないなんて。
確かに運命は存在しているし、それがどれほどのものかは分からねえけど、俺たちの本当に強い意志が、その意志こそが、運命を変えうるほどの力を持ってる。
そう、信じたいじゃねえか……」
運命の完全肯定は、個人の意思の完全否定だ。
女性の質問にはとても答えられなかったが、横島も彼女の話を聞いた上で、そこから生じた考えを素直に言葉にした。
そして、女性は彼の言葉が終わると、今までのように試すような表情をとき、にっこりと笑って彼に微笑む。
「そう、たぶんそれでいいんだ……。今は、それでいい。
運命とは強固で絶対なものだけど、ただ一つ、人の意志だけがそれに抗しうる。
人っていうのは、本当は凄いものだから。
その単純なことをひたすら信じていられれば、それで大丈夫だ」
本当にそれが聞きたかったのかは、分からない。
ただ彼女は非常に満足そうだった。
「横島が運命を変えようとする“意志”。それが重要なんだ。
たとえ届かなかった意志でも、貴方が継いでくれるって信じられる」
そう言って、残りの紅茶に口をつけると、すっと立ち上がった。
「さて、私はもう行くことにしよう」
反対側の道路を見れば、いつの間にかバスが来ている。
「なんで……あんた俺の名前を?
そういえば、どっかで会ったような……」
初対面の人物が自分の名前を知っている不自然さに、ようやく気付いた。
横島のその様子を見ても、女性は笑顔を崩さない。
「“世界”は常に貴方の隣にある。
だから、私に見せてくれ……。信じる力は、運命すら変えられるんだってことを……」
その言葉に、横島は頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。
そう。
この言葉はどこかで……。
そして、ついに答えに至り、横島は激しくうろたえる。
「あんたは……! そうだ、お前まさかッ!! しん……ッ!!!」
最後のほうはもう、言葉にならない。
狼狽する彼をよそに、目の前の女性は彼に背を向け、バスのほうへとどんどん歩いていく。
そんな彼女に向かって、横島は精一杯叫んだ。
「行くなッ! お前の全部、俺が貰ってやる!
だから、行くなッ!!!」
思い切り手を伸ばす。
だが、どんなに――どんなに手を伸ばしても届くことはない。
そんな横島に、女性は振り返って口を開く。
「貴方は私の誇りだよ……」
そして、もう――そこには何もなかった。
世界はそこにあるか 第29話
――今にも落ちてきそうな空の下で――
横島は一人、事務所への道を歩いていた。
ゆっくりと、何かを確かめるように歩を進めていく。
ふと空を見上げると、蒼く晴れ上がり、どこまでも広く広がっている。
しかし、雲は早く流れていき、空はなんだか重く、まるで今にも落ちてきそうなほど。
辺りは、痛いほどに、壊れそうなほどに、静かである。
違う。
落ちてきそうなんじゃない。
自分は今、空の底に沈んでいるんだ。
そんなことを自覚しながら、横島はしっかりと歩く。
額にはいつものようにしっかりとバンダナが巻かれていて、その顔は新たな意志に満ちていた。
なんとしてでも、心眼を復活させてみせる、という想い。
「あいつの死がたとえ運命だとしても、そんなもの俺の意志で書き換えてやる……!
“今度こそ”絶対にだッ!」
そんな声は――空に解けて、拡がっていった。
いつものように事務所のドアを開け、中に入る。
そして美神とおキヌと、やはりいつもの挨拶の応酬。
横島の雰囲気がいつもと少し違うことには気付いているようだが、一抹の寂しさを感じつつも、核心に迫るようなことは何も言わない。
それだけの信頼関係が三人にはあるのだ。
「今日の仕事は夜からだから、それまでに妙神山行こうと思うんだけど大丈夫?」
ここでの大丈夫、とは文珠持ってんのか、ということだ。
決して彼の予定のことではない。
「ええ、大丈夫っすよ」
仮に持っていなくても、即興でいくつか出すぐらい今の彼には容易い。
「よし、じゃあ行きましょうか。おキヌちゃんどうする?」
今回は時間移動のことで小竜姫に相談しに行くだけなので、彼女は直接関係ない。
夜には仕事もあるのだ。
「いえ、一緒に行きますよ」
美神も一応聞いただけだったので、おキヌがそう言うとそれ以上は何も言わなかった。
おキヌしてはここで食事の支度をして待っていてもよかったのだろうが、なにやら彼女も個人的な用事があるようだ。
それから、横島の手の中では『転移』の文珠が輝き、三人は妙神山に向かうのだった。
妙神山到着後、横島は一人建物の外で佇んでいた。
美神とおキヌは、立ち話もなんだからという小竜姫の言葉で、修業のためとはまた別の建物に入っている。
中では今頃、各々に相談しているのだろう。
おキヌは何に関してか分からないが。
横島にしても二人のことが終わった後で、話したいことがあることは伝えてある。
小竜姫は心眼の生みの親にして、神族だ。
何か復活のヒントが聞けるかもしれない。
彼がすでに消えてしまっている今、話したところで可能性はかなり低いが一縷の望みに縋らずにはいられないのだ。
それからもいろいろ考えていると、建物から小竜姫が出てくる。
「お待たせしました、横島さん」
「いえ。もう二人は終わったんですか?」
「はい、ある程度は。美神さんはまだ時間移動の能力を封印していませんけど」
封印はぽんと簡単にできるわけでもないだろうから、いろいろ準備も要るのだろう。
向こうに気兼ねする必要がないと分かった横島は、意を決して口を開いた。
「実は、心眼が消えてしまったんで、復活させる方法を探してるんです。
何でも、何でもいいんでなんかないっすか!」
「ええ、できますよ」
「簡単にできないことは分かってます! でもどうしても……!!
――えっ……!?」
横島の頭の中を、小竜姫の言葉が反響する。
――ええ、できますよ。
できますよ……できますよ……できますよ……。
って、何が?
まさか、復活?
「ええぇっと、確認しますけど、まさか心眼を復活させることができるんですか?」
思わず小竜姫の方に詰め寄る。
「? そのために来たんじゃないんですか?
心眼を生み出したのは私なんですから、それぐらいできますよ」
確かに理屈は通っているような気がする。
だが一瞬感じる違和感。
それでも、心眼を復活できるという事実に、そんなものは即座に奥に追いやった。
「ですが、問題がないわけでもないんです……」
小竜姫の視線が鋭くなる。
やはり容易くはいかないらしい。
横島も気を引き締め、彼女が一体何を言うのか、固唾を呑んで聞く。
「今、簡単に復活させてしまえば、また彼の独壇場。いいところは全て持っていかれてしまいます。
まったく、あの保志ときたら途中から登場したくせに、やりたい放題。
自由と好き勝手とは全く違うんです!」
「ちょっと、落ち着いてくださいよ! 鈴村さ……、じゃない、小竜姫さま!
問題ってまさかそんなことっすか?」
「そんなこと!!?」
横島にとっても人事ではなかったが、憤慨する小竜姫をなんとかなだめる。
確かに彼女、最近全然出番なかったから。
そんなことより……前回のシリアスはいずこにかいかんや。
ありをりはべりいまそかり。
「まあ、冗談はおいといて……」
絶対マジだった、と心の中で思う横島。
だが今はそんなことを指摘するつまりなんてさらさらない。
「心眼が消えてしまった、理由はその不安定さにありました。もともと単なる道具だったはずなのに、人格が生まれたことで、“存在”として自身が高まったことが原因なんです。
さらに、ほとんど魂同然となったにも拘らず、彼を支えるのはバンダナと僅かな竜気だけだったんですから当然ですよね」
本当に真面目になったらしく、説明を始める。
「今度はそうならないために、まず特定の肉体に心眼を移して、それからバンダナに戻すんです。
そうすれば、たぶん大丈夫でしょう」
そんなことできるのか、とか、たぶんってどうよ、とか言いたい事はいろいろあったが、一番の問題がある。
心眼はもう――消えてしまって、いないのだ。
それなのにどうやって移すというのか。
このことを小竜姫に尋ねると、彼女はあるものを取り出した。
それを見た瞬間――思考は一切消え去り、横島は思わず手を伸ばす。
だが、今度は届かないなんてことはなく、小竜姫が優しくその手に渡した。
その淡い光は――かつて見た光。
かつて救うことができなかった――――ルシオラと同じ小さな輝き。
「あぁ、これは……」
「そうです。“心眼”です。
もっとも、これではあの時と同じですが、こうすれば……」
小竜姫が横島の掌の上の心眼にふうっと竜気を吹きかけると、その光が一時的に大きく、力強くなる。
今のうちに何か肉体に移すのだろう。
だが、横島はこの感激の中で一つの疑問に行き着いた。
こうして心眼がここにいるということは、彼が消えることを事前に知っていたのだろうか。
後にこのことが一悶着を起こすことになるのだが、先ほどの違和感と同じように奥に追いやり、今は追求しないことに決めた。
「じゃあ、ここに肉体があるので横島さんが選んであげてください」
小竜姫は建物の中から、いくつもの肉体を持ってきたのだが、それを見て横島は唖然としてしまった。
保護欲そそられるロリタイプに、ショタタイプ。
クールカッコいい美人タイプに、見るからにムカつくジャニーズタイプ。
人間型だけでも様々な嗜好や年代を網羅している。
そして動物型は猫や犬などの比較的普通のものから、蛇や亀まで。
さらに、メイドロボタイプから、原寸大ではないがガンダムタイプに、合体ロボットタイプ、昔懐かしいキャタピラにドリルなタイプまで、これでいいのかと思うものまである。
いや、それはそれで心眼は喜びそうだけど。
なんと言うか、用意がいいにも程がある。
魂を伴わない肉体など、神族にとっては簡単に用意できるのかもしれない。
「こんなゴツイプロレスラータイプにしたら心眼キレそうだな。亀は第五部っぽくて以外に喜ぶかも……。やっぱ本命はRX−78−2か?」
思考を切り替え、すぐに数多くの肉体を見て回る。
この辺りの適応力はやはり高い。
周りにいない眼鏡っ娘タイプでもそろそろ開拓してみるか、とか考えてるのだ。
しばらく見ていると、ある肉体の前でぴたりと止まった。
自分とほぼ同年代の見た目に、ポニーテールでまとめられたセミロングの赤い髪。
瞬間、これが心眼の肉体だと確信する。
「これにします」
「えっ、これですか? …………まあ、いいですけど」
小竜姫は明らかに自分より上なプロポーションに、一瞬難色を示すが、どうせすぐにバンダナに戻るのだと思うと、気にしないことにした。
横島の手の中の光が、その肉体にゆっくり入っていくと、ただの“物体”が、生命体としての輝きに溢れてくる。
そして開かれていく眼。
体が、そして、心が震える中、横島は静かにそれを見つめる。
「……あ、あれっ? 私は……」
女性が口を開き、心底不思議そうに辺りもきょろきょろと見渡す。
「よこ、横島……?」
横島とお互いの目があった瞬間に紡がれたその言葉に、彼はよろよろといった感じで女性にゆっくりと近寄る。
「心眼……だよな」
「ああ。私は心眼の……はずだ。
横島を助けるために、小竜姫によって生み出された彼の……相方」
そう言うと、女性は目を伏せ、少し考え込んだ。
「……1981年の映画『類人猿ターザン』主演女優は?」
「ボー・デレク」
すぐさま横島が答える。
「『今夜はビート・イット』のパロディ『今夜はイート・イット』を歌ったのは?」
「アル・ヤンコビック」
「じゃあ、ロマンスは?」
「止まらない。……って試されるの俺かよっ!!」
しかも最後にオチまでつけられた。
だが、このやり取りで横島は目の前の女性が正真正銘心眼だと確信する。
思えば、これほど効果的な証明方法もないかもしれない。
「このバカ野郎……っ! こんなに心配させやがって……」
「……すまん」
先ほどのやり取りが嘘のような空気。
だが心眼にとって、この事態はまさしく青天の霹靂以上の出来事なのだ。
「まったく、俺をこんなに心配させたんだから、お仕置きぐらいはしてやらないとな……」
目の前の女性の色香に迷ったのか、今度は横島が空気を無視して、煩悩に満ちた瞳で心眼の体に触れようとする。
だが心眼はそこから動くことができない。
「あっ……確かに貴方が望めば何でもするが、こういうことはお互いの気持ちを確かめ合ってから、デートして、キスした後に、それに相応しい場所で……」
昂ぶる心眼の言葉を無視して、さらに彼女を刺激する。
「そ、それにそばで小竜姫が見て……。ああんっ!!」
「ちょっと! ああんってなんですかっ!!?
貴方は横島さんと一時的接触すらしていないでしょう!」
心眼上げた嬌声に小竜姫が反応する。
確かに横島は彼女に触れてすらおらず、目の前で手をわきわきさせているだけだ。
つまり先ほどの心眼に、横島もネタで返したのだった。
ツッコミ役は小竜姫に完全に委ねているけど。
「いや、横島に視姦されていると思うだけで、体が……」
「視姦!!?」
次の瞬間には、超加速を発動させた小竜姫により血の海に沈む。
身に覚えのなさ過ぎる言いがかりに、横島も逃げようとしたのだが、そこは彼のアビリティ――お約束回避不可――が発動し、あえなく神剣のさびとなったのだった。
少し昔のRPGにはアビリティの欄一つ使って、ダッシュできるだけ、というかなりどうでもいい物があったが、正直それ以下である。
だが、こんな目にあっても、横島は満足していた。
まだ――何も終わっていない。
ならば心眼との再会はやはりこうでなくては。
「それはともかく、今の心眼でも心眼って呼んでいいのか?」
見た目普通の女性なのに、心眼って名前はどうだろう、と思っての発言である。
「うん。もしくは心眼たん、と親しみを込めて呼んでくれ。別にキラでもいいけど」
「じゃあ、心眼たん」
ノータイムで選ぶ。
そんな横島の言葉を聞いた心眼は、突如その場で悶え始めた。
「心眼たん……。あぁっ……イイッ……!」
「今度は言葉攻めですか? 横島さん」
「言葉攻め!!?」
先ほどの光景をリピートしたような展開が繰り広げられる。
やっぱり身に覚えがなさ過ぎたが、それでも彼が血の海に沈むことは変更されなかった。
彼女が煩悩塗れのエロ心眼として、キャラ立ちしてしまわないか非常に心配である。
それはそうと、先ほどからの二人の攻防はかなりハイレベルなのだが、原因を考えればむなしさが増すばかりである。
「じゃあ、一通り堪能したし、そろそろバンダナに戻るか」
いきなり心眼が言い出す。
「いいのか、心眼たん?」
「ああ。やはり、私は貴方の心眼でありたいからな……」
「そっか……」
何が正しいのか、何が彼女にとって最善なのか、横島には分からない。
だが、言いようのない物悲しさを感じているのは確かだった。
小竜姫も二人の間の空気を察すると、無言で彼のバンダナを持ち、心眼を元に戻すべく、その手に力を込める。
そして心眼もバンダナを握ると、彼女とバンダナが光に包まれる。
バンダナとは、ガラスの靴。
かつて無くしてしまった――彼女の欠片。
「じゃあ、横島。合図を頼む……」
やっぱり最後だけは彼に託された。
よし、と横島も気合を入れると、意を決して口を開く。
「汝のあるべき姿に戻れ! バンダナ!」
次の瞬間、いままで一番大きな光に包まれ、バンダナにぎょろりとした瞳が戻る。
ただ、横島の言葉はあまり知らないネタなうえ、語呂も非常に悪かった。
バンダナ。
そして、横島の額の上。
いつもの指定席に戻ってきた彼、いや彼女は考える。
あの時、自分は確かに消滅したはずだった。
この世界での“役割”はもう終わったはずだったのだ。
そうでなければ、自分ではっきりとそう感じていなければ、最期のとき横島にあんなことが言えるはずない。
だが、実際に自分は蘇り、ここにいる。
自分が生み出したのだから、こんなことができるのも当たり前だ、とこうなるまでの経緯を尋ねた彼女に小竜姫は説明した。
だが、本当にそうだろうか。
一見辻褄は合っている。
それでも、そこから感じる激しい違和感。
実はこの疑問は横島も一瞬抱いていたのだが、彼女が復活したという事実に、すでに忘却の彼方に行ってしまっている。
もしかすれば、予定調和なのだろうか。
それとも意思?
だとすれば誰の……?
仮説、いや、客観的にみれば妄想とも取れかねない考えが、頭の中に浮かんでくる。
だが、心眼はそれに関する思考をストップさせた。
自分程度の存在で、物事を判断するのは早計過ぎる。
それよりも、今はこれまで感じることのできなかった、この安らぎに身を委ねていたい。
そう、今は――これでいい。
あの最期のとき横島に、自分が欲しかったものなど何もない、と言ったはずだった。
だけど、自分が本当に欲しかったのは――これなのかもしれない。
失くして初めて分かるものがあるのなら、
手に入れて――初めて分かるものもある。
やっと分かった暖かな安らぎに包まれて、心眼はゆっくり瞳を閉じた。
あとがき
「時としてギャグとはシリアスの踏み台である。そしてその逆もまた然り。
今は亡き、昭和の文豪の言葉です。深いですね〜」
「何で、こんなにすぐ心眼復活させたん?」
「あ、久しぶりの相方さん。まあ、理由は幾つかあります。
一つは、心眼がいないと横島でギャグが書きにくいこと。タマモあたりを新しい相方にしてもいいんですけど、どうしても28話の最後のロランネタみたいな雰囲気になるんですよ。そんなの誰も読みたくないだろうし、私も書きたくないと。
次にこれが大きいんですけど、私の話を心眼と横島の掛け合いのためだけに、読んで下さる方が少なからずおられると思うんで」
「まあ、逆行のくせに最強でもなければ、ハーレムも作らんし、特定の女性とイチャイチャするわけでもない、中途半端やからな。
じゃあ、これから心眼はどうなるん? バンダナに戻ったみたいやけど」
「基本的に今までと何も変わりません。
変更点は、一人称がワレ→私 横島に対する二人称がお主→貴方 地の文での三人称が彼→彼女 ぐらいですかね」
どうも、29話です。まあ、上のは置いといて(あれはあれで真実だけど)、賛否あるだろう(?)心眼の復活について少し説明します。
実はこの心眼の消滅と再生(あえて話中にない、再生という言葉を使います)。これは二つで一つの一連の出来事なんですよ。全体的には中程度の重要性。だから、死んだまま、っていうのは最初からありえませんでした。
ただ前回が思った以上に、演出過多になってしまって。
反応も、「どうせ心眼だから、すぐ復活するだろ」みたいな感じを予想してました。
だからこそサブタイトルを「今にも落ちてきそうな空の下で」にして(アバッキオは実際死んだから)、あとがきでわざわざ先に公表して、分かりにくくしたつもりだったんです。
ですからレス見て、復活させていいのか、かなりビビリましたw
まあ、うまく騙せたってことですかねw(あ、物投げないで!)
どうせ生き返ると思った人でも、次の話でさっそくとまでは思わなかったかも。
ただ、今までの心眼を崩す気はないので、今このまま女性化したり、式神みたいになったりすることはありません。
今回も読んでいただきありがとうございます。
前回レス下さった方、大変ありがとうございました。
本当に、皆さんおかげで次の話が書けます。
前回の記事に付けさせていただきましたが、中途半端なレス返ししか出来なかったことお許しください。
では。