次の日、横島とルシオラが学校帰りに美神事務所に出勤すると、昨日あれほど散らかっていた部屋は完璧に片付いていた。
美神は朝からちょっと遠くへ1人で仕事に出ている。つまりここに残っている春桐がやったのだろう。なかなかの手際である。
「こんちはっスー。掃除してくれたんスか?」
「こんにちは。お掃除上手なんですね」
それにちょっと敬意を表して横島とルシオラが挨拶すると、2人の方を向いた春桐は急に鋭い目つきになって、
「アッテンションーーーっ!!」
気合のこもりまくった声で気をつけの号令を出した。
「はっ……はいっ!?」
あまりの迫力に思わず直立不動になる横島。ルシオラもきょとんとした顔で、とりあえず足をとめた。
「横島……それにルシオラとか言ったな? 我が名はワルキューレ! 魔界第2軍所属特殊部隊大尉である!」
威圧感バリバリの雰囲気でそう自己紹介した春桐の姿がブレ、黒い翼と胴体、長い耳、鋭い爪を持った魔族の姿に変化していく。そして、
「この事務所はただ今をもって私の指揮下に入る!」
と、いかにも軍人的な口調でえらく身勝手なことを当然のように断言した。
「……で、何しに来たの?」
すでに彼女の正体を知っていたので特に驚くこともなく、普段の調子でルシオラが質問する。だいたい予想はついているのだが、確認とか手順とかいうものも大事なのだ。
そのあまりにも平静なルシオラの態度にワルキューレも毒気を抜かれて、
「……。あー、えーと。つまり軍の任務で美神令子を護衛しに来たのだ」
「え、ホントに? どうして?」
「うむ。武闘派の魔族が美神れい……はっ!?」
つい釣り込まれて余計なことを口走りそうになったワルキューレが慌ててその口を手で押さえる。ルシオラが誘導尋問をしたわけではないのだが、世間話のような口調につい警戒心が緩んだのだ。
「どうしたの?」
「……。民間人にこれ以上情報は与えられん! 足手まといは任務の障害になる。ここを失せろ!」
横島も強くなったとはいえ外見はただの高校生である事に変わりはなく、ルシオラに至っては表面上の霊圧を『完全に』一般人並みに抑えていた。よってワルキューレが2人の実力を見誤ったとしても責めることはできまい。
――それが彼女をギャグキャラに落とす契機になったとしても。
(さて、どうしようかしらね)
さりげなく横島をかばうように移動しつつ、ルシオラは頭をひねった。
せっかく守ってくれるというのだから、追い返す手はないだろう。魔界正規軍とケンカするのもよろしくない。自分達は学生アルバイトだからずっと美神と一緒にいるわけではないし、ワルキューレの話はむしろ歓迎すべきことだった。
しかしワルキューレは1人で美神を守り切れるのであろうか?
もし彼女の言う武闘派魔族がアシュタロスの部下で、ワルキューレが失敗したなら、それで世界が終わりかねないのだ。
だからもう少し情報が欲しい。彼女の態度に腹は立ったが今しばらく我慢して、
「まあ美神さんが狙われるのは分かるわ。それでどうしてあなたは彼女を守るわけ?」
「知ってどうなる? 自分の身も守れんような奴にこれ以上情報を与えろと言うのか?」
むか!
ナメきってる、とルシオラは最終の結論を出し、今後のためにも少々分からせてあげる必要があると覚悟完了。
「……まあ確かにヨコシマは見た目こうだし、中身も決して軍人とか戦士とかじゃないけど、おまえに罵られるほど弱くはないわよ。
というか、ヨコシマが全力を出したらおまえよりずっと強いわ」
「はっ、この男がか? 笑えない冗談だ。そう言う貴様とてただの小娘にしか見えんがな」
ルシオラの挑発に、ワルキューレは侮蔑とも言える表情で応えた。
ちなみに魔族は基本的に人間を見下しているので、彼女が特に高慢というわけではない。
「なら見せてあげるわ。ここじゃまずいから表に出なさい」
「いいだろう。見せてもらおうではないか」
ワルキューレは元戦乙女であり、今は『魔族の本質は闘争と殺戮』と言って憚らない猛女だ。ニヤリと笑って階下に下りた。しかし納得できないのは勝手にケンカを売られた当の横島で、
「お前何言ってんだーー!? ありゃお前と同じくらいパワーあるじゃねえか。どうやって俺が勝つんだよ!?」
しかしルシオラはにこっと笑うと、横島の耳元でごにょごにょと何事かを囁いた。
「そんなので勝てるのか……? 信じていいんだろうな」
「大丈夫。ただし殺しちゃダメよ」
「そりゃ美人をケガさせるのは趣味じゃないが……」
2人が庭に出ると、ワルキューレは余裕たっぷりな風情で待っていた。
「じゃあ見せてあげるわ。別に殺し合いがしたいわけじゃないから、勝てないと思ったらすぐ降参してね」
傍から見れば大法螺にしか聞こえない台詞に、ワルキューレはそろそろあきれ始めていた。しかしルシオラは含み笑いを崩さない。
「ほほぅ、言ってくれるではないか……何ッ!?」
横島の右手に現れたモノ、ついで彼の身に起こった変貌を見てワルキューレは顔色を変えた。
横島の手の中で文珠が2つ光り出すと共に、彼の両手の指先が変形して鋭くとがった。苦しげに手で押さえた顔からのぞくのは、狂気をおびた金色の魔眼。
それがルシオラが横島に囁いた、ワルキューレを超える力――――
アルクェ○ド・ブリュン○タッド
《姫》《君》
いまや横島はワルキューレを『絶対的に』凌駕するレベルの『力』を具現していた。まあ『前』にアシュタロスを《模》したときほどではないが。
「やっちゃえヨコシマーーー!」
「な、何だコレは? 信じられんぞ、こんなこと!」
無責任な声援を送るルシオラと、哀れにも怯えまくるワルキューレ。
「こ・ろ・し・て・あ・げ・る・!」
「ま――待てえええ! わ、分かった、貴様を認める。認めようじゃないか! だからやめろ!!」
いくら何でも相手が悪いと魂から理解したワルキューレが両手を挙げる。ルシオラが横島の後ろから肩に手を置いて止めた。
「…………ふう、確かにこりゃ凄い技だな。変な衝動が湧いて来て抑えるのが大変だったけど……」
「き、貴様等一体何者だ……?」
文珠の効果を解いて元の姿に戻った横島が暢気に感想を述べるが、汗だくになったワルキューレはもうそれどころではなかった。当初の威圧感も全く無い。
「だから美神令子除霊事務所の従業員とその妻よ。とにかくもう文句は無いわね?」
「イ、イエッサー!」
何故かびしっと敬礼して答えるワルキューレ。何かがトラウマになったようだが、これもギャグ系SSの宿命である(?)。
と、そこにおなじみの効果音とメッセージが現れた。
クラス :スナイパー
マスター:横島 忠夫
真名 :ワルキューレ
性別 :女性
パワー :6000マイト
持続時間:制限なし
属性 :羽っ娘、エルフ耳、軍人、お姉さま
スキル :飛行A、変化B
宝具 :魔界のライフル
「……な、何だこれは?」
「あれ? 何でワルキューレが認定されちまうんだ?」
「うーん、どうやら魂が敗北を認めたのが原因みたいね。あと世界の外の意志みたいなものが関わってるみたい」
「……? で、これは何なんだ?」
「簡単に言うと、ヨコシマに憑いた人外はサーヴ○ントというものに認定されるのよ。たぶん『世界』からね」
「……。よく分からんがサー○ァントというのは召使という意味だろう。誇りある魔界正規軍大尉が人間の僕にされるというのか?」
負けを認めたくせに、納得できーん!と憤慨しだすワルキューレ。しかしルシオラは慌てず騒がず、
「そんなことないわよ、実際に使役されるわけじゃないし(多分)。小竜姫さまやヒャクメさんだってなってるんだから」
「あの小竜姫がか? お前ら本当に何者なんだ……」
がっくりと床に両手をついて深く項垂れるワルキューレだった。
さてその頃。相変わらず好奇心のカタマリな某神族は、また仕事をさぼって(?)人界の某修行場を訪れていた。
「ヒャクメ、あなたそんなに頻繁に地上に降りてきて大丈夫なんですか?」
「平気よ、今はデタントの流れで仕事がないから。そこで将来に備えて私達のマスターの成長ぶりを陰ながら見守りに来たのねー」
「……。まあいいでしょう、ディスプレイをつけて下さい」
生真面目だった竜女神様も本音と建前の使い分けを覚えたようだ。何とも嘆かわしいことである。
「……あ、あれはワルキューレなのね。美神さんの護衛……貧乏くじを引かされたのね。可哀想に」
当人に聞かれたらタダでは済まない台詞を平然とのたまうヒャクメ。
「……それにしても私達の横島さんに何て口の利き方を。今度会ったら仏罰ですね」
「大丈夫なのね、私達よりルシオラさんが許すはずないのねー。もう少し様子を見ましょう……あ、ルシオラさんが自分からケンカを売るなんて珍しいのねー」
「そうですね。……うふふっ、あはははは。やはり仏罰が下ったようですね、ワルキューレ」
「笑っちゃ悪いのね、小竜姫。ぷぷぷぷぷ」
人の不幸を笑うとは神にあるまじき所業だと思われるのだが。
ひとしきり笑った後、小竜姫はふっと真顔に戻って、
「しかし武神とか調査官とか言っても情けないものですね。大切なひと達に危険が迫ってるのに助けにも行けないなんて」
「それがさだめなのね。強大な力を持つ者がみんな好き勝手に振舞ったら世界は滅びてしまうのねー」
「そうですね、それを防ぐのがデタントでしたね。
……ところでヒャクメ。あなたがそんな深いこと言うなんて、明日は槍でも降るんですか?」
「ひ、ひどいのね小竜姫! こうなったら横島さんにある事ない事チクってやるのねー!」
「ま、待ちなさいヒャクメ! 逃がしませんよ」
やっぱり今日も妙神山は平和だった。
「……私も理由は知らされていないのだ、本当に。美神令子を武闘派連中から守れ、と言われて来ただけでな」
「確か時間移動能力者を追ってるって聞いたけど?」
「ああ、ハーピーの時はそうだったらしいな。あるいはそれを利用して連中の手駒を減らそうという事かも知れん」
ワルキューレが一応落ち着いた後、横島とルシオラは所長室の応接セットで彼女の話を聞いていた。自己紹介のときとは正反対の素直さで、
「奴らの情報もいくらか入っている。正体は不明だが敵の数は3鬼。1鬼はすでに始末したから残り2鬼だ。お前達も気をつけろよ。……ところで」
「ん?」
「美神にはこのことは内密にしてもらいたい。軍の指示でもあるし、どうせごねるに決まっているからな」
「うーん、どうだろ。美神さん鋭いから、隠してるとかえって疑われるんじゃないかな。素直に今の話した方がいいと思うけど」
「あなたから言いにくいなら、戦ってる所を私達が見たってことにして報告してもいいわよ」
ワルキューレの気持ちは分かるがいずれはバレる事である。美神の性格からして、先に言っておいた方が良いというのがより付き合いの長い横島とルシオラの意見であった。
「ふむ、確かに正体を隠したまま護衛するのは面倒だ。分かった、その辺はお前達に任せよう」
「ええ」
2人が頷くのを確認すると、ワルキューレはカップの紅茶をくいっと飲み干し、
「そうそう、忘れる所だった。私は買い物を頼まれていたのでな。今から行って来るが留守を頼むぞ。くれぐれも油断するなよ」
と、春桐の姿に戻って出て行った。
「……やれやれ、遅くなってしまったな。まったくあの厄珍という男は……」
厄珍堂でお札やら何やらを買い込んできた春桐が小さくぼやく。美人の宿命というべきか単に厄珍が助平なだけか……。
「――殺気!?」
とっさに半身になって体をずらす。その跡を黒い何かが凄いスピードで通り過ぎていった。
「ベルゼブル……! 貴様か!?」
身長7センチ位の蝿というちょっとグロい姿をしたそいつの正体を即座に見抜いて叫ぶ。上半身は微妙に人型に近いから純粋な蝿とも言い難いが……。
「さすがだなワルキューレ!」
ベルゼブルと呼ばれたその蝿は春桐の声に応えたのかいったん空中で停止した。しかしすぐ行動に移り、
「だが我々の邪魔はさせんぞ! 人間などの味方をするとは!」
再び高速で飛び込み、右手の爪で春桐の腕を切り裂く。サイズが小さいので傷は浅いが、この姿のままではいずれ急所を狙われて致命傷を受けかねない。
「いや……奴らを舐めてると泣かされるぞ?」
妙にしみじみとした口調でそう答えて本来の姿に戻る。さらに体を小さくしてベルゼブルと同じサイズになり、宙に浮いたベルゼブルを追いかけた。
「それにこれは任務! 美神令子は殺させん!」
苛烈な空中戦が始まった。車の窓を貫通し、電柱に穴を空けながら追いつ追われつの激しい応酬を繰り返す。スピードは同等、パワーではワルキューレがまさっていたが、しかしベルゼブルはワルキューレよりはるかに小回りがきいた。素早く背後を取り、
「そんな動きでこの『蝿の王』に勝てると思っていたのか?」
ワルキューレの翼の片方を両手で掴み、力任せに引きちぎる。
「ぎゃぁぁぁっ!!」
片翼を失ってバランスをくずし、激しい痛みもあってゆっくりと墜落していくワルキューレ。ベルゼブルはそれを見届けようともせず、
「さて、後はターゲットを抹殺するだけだな。まずは奴のアジトに行ってみるか……」
ビュンッ!と風切り音を残して飛び去っていった。
――――つづく。
ああっ、石は投げないで(汗)。
なお、文珠《姫》《君》は吸血○動を伴うので、そばに人間がいると使えないという欠点があります。
というかこんなの自由に使われたら作者が困ります<マテ
なので『弓兵』とか『世界』とかも多分出ません。
ではレス返しを。
○ワるキューれさん
>なぜ何事もなく終わったのに冥子ちゃんが出ただけでこんなに疲れるのだ?
彼女にかかわる者の運命でしょう、きっと。
>何かしら原作にはないパワーアップがあってもよいのでは?と催促してみたり
同僚がバカ強いだけにあってもいい展開ですねぇ。一考の余地ありですな。
○ジェミナスさん
>美神さんパワーアップ編もしくは・・・アレ?
そういえばこのSSで美神が神通棍で戦うシーンってほとんど無かったような……(汗)。
>まぁ壊れたアシュ様程の笑撃では無いですが(アレは本当に凄かった)
あれ以上のネタはなかなか見つかりません(ぉ
>なんせ神話と言う自身の構成要素に討たれる道具が有るんですからね
力技で勝つ文字まで教えてしまって……大丈夫か作者<マテ
○遊鬼さん
>これで霊団に襲われるとかって言うのはなくなるんですよね?
記憶があって霊力もしばらく強いですから無いですねー。
無問題です。
>ワルQ
果たしてマジキャラに戻れる日はいつか?(ぉぃ
○ゆんさん
>出てきましたねw横島のサーヴ○ン・・・いやいや、ワルキューレw
サーヴァ○トで正解でした。ただし本人の意志ではなく(ぉ
>それにしてもオキヌちゃんはサーヴ○ント化しなかったことを残念に思う
いやいや常人のままでは英霊にはなれませんので(謎)。
○無銘さん
非常に高い評価ありがとうございます。
今後とも精進していきますので宜しくお願いします。
>フラガラッハ(Fragarach)=アンサラー(Answerer)
な、何とそうでしたか。奥が深いですね。
再度修正しました。
○黒夜さん
>死津喪、物凄くあっさりやられちゃいましたね
最初から球根2つ地上に出ていればもっと善戦できたんですが、烈光蛍乱舞、根絶光槍、ミサイルと順番に受けて力を削がれたのが痛かったですね。
>フラガラッハとアンサラー
いえいえ、また何かありましたら遠慮なくご指摘下さい。
○ヒロヒロさん
>レザ〜ス〜ツとか801本が出てくるんじゃないかとはらはらしました
むしろ術者が大ダメージをくらいそうな(^^;
○UEPONさん、葵さん
つまりサーで通して良いわけですねぇ。
ありがとうございました。
ではまた。