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「せかいはまわるよどこまでも〜18〜(GS)」

拓坊 (2005-11-17 19:25)
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〜ナレーター視点〜


パイパーを居場所を突き止めていざ出発と意気込んでいた横島とキイ達だったが、そろそろ夜も更けると言うことで駅近くのホテルに泊まることになった。


「わ〜い! 広〜い」


「皆でお泊りなんて冥子嬉しい〜」


「やっほ〜、ベッドふかふか〜」


美神はリビングを駆け回り、冥子は友人とお泊りすることに心を躍らせ、キイがベッドに飛び込んだ。


「キイ兄まで子供みたいにはしゃぐなよ」


そこに横島が軽く突っ込む。けど楽しそうな皆を見て、何となくだが自分も楽しい気分になって、まあいいかなと言う気分になっていた。

そこで入り口の扉をノックする音が聞こえた。それに横島が応対に出る。


「おつかい行って来ました〜」


「お疲れ様おキヌちゃん」


おキヌが紙袋を片手にちょっとだけ開いた扉の隙間から入ってきた。
パイパーは肉体はないんだからそんなことに警戒する必要はないのだが、まあようは気分の問題なわけだ。


「はい、これは二人にお土産ね」


「わーい絵本だー!」


「おキヌちゃんありがと〜」


美神と冥子はおキヌから絵本を貰ってキャイキャイと喜んでいる。
それを見てにっこりと微笑んだおキヌは、キイの方に飛んで行き買ってきた地図を手渡した。


「さて、N県のバブルランドは………あった」


ぺらぺらと地図を捲っていき、調べた資料に書かれていた住所を探し出した。
N県の海に面した場所、周りには民家などもないので調査が入るまで事件が発生することはなかったのだろう。


「随分と遠いな…明日はまず新幹線くらいに乗って、その後バスかタクシーで行くしかないかな」


「そうなるね」


キイと横島と明日のことについて話し合っていると、


「どーん!」


「べふっ!?」


掛け声とともに、ベッドの上で胡坐を書いていた横島が真横に吹っ飛んだ。
そしてそのままベッドを転がり落ち、鼻をぶつけて痛いと呟いている。


「な、何するんだ令子ちゃん!」


「よこちま、読め!」


横島の訴えを無視して美神は今しがたおキヌに貰った絵本を横島に突き出した。
人の話はちゃんと聞こうよと思う横島だが、美神の後ろでちらちらとこちらを期待半分不安半分で見てくる冥子がいて、仕方ないなとその本を受け取った。


「はい、それじゃあ読むよ? 冥子ちゃんもこっちおいで」


横島に手招きされパアッと笑みを浮かべながら横島の元に駆け寄る。
そしてそのままベッドの上でうつ伏せに寝っ転がりながら、左から美神右から冥子が絵本を覗き込みながら横島の本を読む声を聞いていた。


「仲のいい兄妹みたいですね」


「和むね〜」


それを見ているおキヌはくすっと笑い、キイはおキヌに入れてもらったお茶を啜りながらふうっと息をついた。


「…白雪姫と王子様は何時までも幸せに……っと、二人とも寝ちゃったか」


絵本のクライマックスで、話を聞いていた美神と冥子はいつの間にか眠っていた。
横島はしょうがないなと言いながら、薄手の毛布を二人にかぶせてやる。


「いや〜、忠っちすっかり良いお兄さんだね」


「まあ、やっぱり子供は可愛いしな…」


たまに生意気でムカついたりするけどと付け加えつつ、横島は閉じた絵本をテーブルの上に置く。
おキヌちゃんはと横島が聞くとキイはあそこともう一つのベッドを指す。
そこにはキョンシー見たいに額に『睡眠』と書かれた霊符を張ったおキヌがむにゃむにゃと眠っていた。
幽霊は別に眠る必要はないが、眠っていた方が霊体を維持するための消費も少なく、霊力の回復も早いのだ。


「それで…さっき話し途中で終わらせちゃったけど、肝心のパイパーを倒すにはどうすれば良いんだ?」


「パイパーを倒すにはこの金の針を使うんだよ」


キイは懐から小さな袋を取り出し、その中から金の針をテーブルの上に転がした。
金の針は、パイパーの魔力の源でありそれを手にすれば一度に何万もの人間を子供にすることが出来る。だがそれと同時に金の針はパイパーを打ち破ることの出来る武器にもなるのだ。


「因みに、作戦とかは?」


「あると思うの?」


横島の質問にキイは質問で返す。
やっぱりそうだよな、いきあたりばったりの出たとこ勝負がスタンスなんだよなと横島は呆れるやら情けないやらでガクッと肩を落とす。


「まっ、最悪三人とも子供のまんまだけど。安心してね? ちゃんと育ててあげるから」


「な、何言って「安心できるか!」うおっ!?」


横島が突っ込もうとした瞬間、それを遮る声がしてキイが行き成り後頭部を後ろから叩かれた。
横島がそちらに視線を向けると、そこには縮んだ子供の美神ではなくボディコン姿の大人の美神が腰に手を当てていた。


「あ、あれ? 令…じゃなくて美神さんなんで?」


ベッドで寝ている子供美神と目の前にいる大人美神を交互に確認しながら混乱している横島。


「テレパーシーよ。体とか脳が子供だけど、眠っている今なら魂で直接会話できるの」


今キイを蹴り飛ばさなかったかと疑問に思うが、それはきっと根性で思念波でも放ったのだろう。


「あ、なるほど。じゃあ冥子ちゃんも?」


「あっ、馬鹿!」


美神が慌てて横島の口を塞ごうとするが、既に発してしまった言葉が消せるわけではない。


「あら〜? 令子ちゃんが大きくなってるわ〜けど横島クンは小さいままね〜」


パッと瞬間移動でもしたかのように大人の冥子が姿を現した。
勿論子供冥子の方はベッドの上ですやすやと眠っている。
あちゃ〜と頭を押さえる美神に、横島は首を傾げる。


「どうしたんです? 冥子ちゃんが出てきたら何か問題でも?」


「今すぐ問題があるって訳じゃないけど……例えるなら爆弾の安全装置をはずしたってところかしら」


その例えに、横島は何となく美神が言いたいことが分かった。
式神は肉体ではなく精神、魂に依存している存在だ。だから魂の状態でも冥子が泣いたりすれば、式神は暴走する。
それなら冥子を泣かしたりせず暴走させなければ良いのだが、やはり心配なところがある。


「あっ、そういや確認なんですけどパイパーはバブルランドにいるんですよね?」


「ええ、先月来た依頼でね」


美神が言うには、バブルが始めた後放置されたバブルランドの跡地を買い取ろうとした業者が調査員を送ったところ、皆子供になって帰ってきたらしい。
それで美神はすぐにパイパーの仕業だと読み、金の針を取り寄せたのだ。ただ少し不安があったのか、キイの元に本物が届くよう策を巡らしたのだ。その策は成功したが奇襲を受けた美神は何とかパイパーを撃退するも、子供化の呪いを受けてしまったのだと言う。


「そうだったんですか…けど何でまたキイ兄のところに金の針を? 唐巣神父の所でもよかったんじゃ?」


「なんか唐巣神父が『金』の針を見たら眩暈起こすかなと思って…」


何だか否定しきれないと横島はあははと苦笑をもらした。


「ん〜それじゃあ明日のこともあるしそろそろ寝ようか」


キイが欠伸をしながらそう言う。横島のほうも体が子供になっている所為か美神と話している間も睡魔に襲われていたのだ。
美神もそれに賛成するが、


「ええ〜、もっとお話しないの〜?」


唯一今の状況をちゃんと理解していない冥子が、折角皆でお泊りなのにとつまらなそうな顔をする。


「あ、あのね冥子ちゃん。今日は…」


「お話したいわ〜」


縋るような目で横島を見つめる冥子に、横島はたじろぐ。
だがしかし此処で折れたら明日に支障をきたすかもしれないので簡単に引くわけにはいかない。
横島は救援を求めるべくキイに視線を向けると…


「むぐぅ…もう食べられない……」


「もう寝てるし! しかもベタな夢見てるよ!」


いつの間にかソファーで寝言を呟くキイに横島がつい突っ込んでしまう。
それならと美神のほうを向くと、


「あっ、もう私は限界だから戻るわ」


「は、薄情者ー!」


横島の声を無視して子供美神の中に戻っていった。
孤立無援になった横島は後ろから妙なプレッシャーが放たれているのに気付いて暫く後ろを向く。
そこには、涙目になっている大人冥子…


「ぐすっ、横島クンが無視する〜」


「わわわわっ! 無視なんてしてないって!」


今にも泣き出しそうな冥子を何とか宥めようと四苦八苦する横島。
それでも泣き出しそうな冥子に、やはりというかやっぱり横島は折れた。


「えへへ〜、それじゃあね〜…」


「ううぅ…俺の意志薄弱…」


冥子はにこにこと笑いながら此れまでにあったことや、式神たちと遊んだことを話していく。
そこで横島は気付いたのだが、最近の話では美神やキイも出てくるのだが、昔話には家族と家のお手伝いさんと式神達以外の話がでてこないのだ。
つまり、キイと美神達に会う前は本当に式神達以外の友達との思い出がないのだ。


「あの時に〜キイ君と横島クンが来てくれた時は嬉しかったわ〜」


「そっか、それじゃあいつでも呼んでよ。すぐに駆けつけるからさ」


キイ兄なら呼ばなくても駆けつけそうだけどと思いつつ、横島は冥子の話に時たま頷き、答えていく。
横島はこれから楽しい思い出を作っていけば良いと、そのうち遊びにでも誘おうかなと考えていた。
ただ、その考えで二人っきりのデートではなく皆一緒にと考えているあたり、人のためなら自分の煩悩をきっちり抑えられていた。


「ふふっ、なかなか美味しいね……この蠢いてるのがまた珍味だよ」


「何食ってる夢見てんだよキイ兄…」


そして時折聞こえるキイのおかしな寝言に律儀に突っ込んでいた。


こうして、横島は明け方近くまで冥子とお喋りをし続けるのだった。


せかいはまわるよどこまでも
〜〜ここはGS幼稚園? 後編〜〜


〜横島視点〜


「ふわぁ〜眠い…」


夜が明けて、俺達は今新幹線に乗ってN県へと向かっていた。
俺は結局睡眠時間約二時間で、気を抜いたら今にも眠り…


はっ! 考えてる傍から眠ってしまった。
だが、今のところは新幹線に揺られているだけだし…ちょっと寝てても良いよな?

俺は座席にもたれかかってゆっくりと目を閉じた。んだけど…


「よこちま、みかんむいて!」


「よこしまクントランプしましょ〜」


美幼女二人が執拗に俺の睡眠を妨害してきた。
そこまで俺を追い詰めたいのかお二方?

俺がすっと目を開けると、にこにことみかんを差し出す令子ちゃんと、そわそわとした様子でトランプを胸の辺りで握っている冥子ちゃんがいた。
キイ兄のほうを見ると、駅弁を食いながらチラッとこっちも見て頑張れと微笑んでくる。
誰のせいでこんなに眠いと思ってるんだ。一発殴って良いか? つーか殴る!


「一人だけ楽しやがってぇぇ!!」


「お気楽楽勝を地で行くのが自分のスタンスなんだよー!」


俺の拳をキイ兄は手に持ったただの割り箸でパシパシと弾く。霊力も込めてない割り箸のくせに何で俺の霊波纏った拳をそう簡単に受け止められるんだよ!


「ふぉっふぉっふぉ〜、修行が足りんな〜」


「ええい! この理不尽の塊がー!」


そのまま十分ほど攻防が続いたが、結局キイ兄を一発も殴ることが出来ずに眠ってない俺の体力が切れてダウンしてしまった。
くそ〜、せめて元の姿だったらもうちょい善戦できるのに…


その時、ガクンと体が揺れたと思ったら。いきなり新幹線が急停止した。
俺は慣性に任せて投げ出されそうになる令子ちゃんと冥子ちゃんを何とか支える。
おキヌちゃんのほうは幽霊で宙に浮いてるから全然平気だったが、キイ兄は通路のほうに転がって行ってしまった。今の俺より体でかいのに情けないぞキイ兄…


「それより何があったんだ?」


「よっ、横島さん! そ、そと! そとっ!」


俺はキイ兄のことは放っておいておキヌちゃんが指す窓の外を見た。
するといるわいるわ、何処からこんなに集まってきたのかネズミの大群が電車の周りに殺到していた。

うわっ、うじゃうじゃいて気持ち悪っ!


「ネズミはパイパーの仲間だよ!」


「やっぱりかい! てかキイ兄もさっさとそう言う情報渡しとけよ!」


「あっはっは、すっかり忘れてた」


ああもう、キイ兄の役立たず!

その時車両の前の扉が開き車掌がこちら側に来て無線で救援を呼んだと説明した。
ただ、その後で行き成り歌いだし始めた。完全に錯乱してるな。
その所為で車両内の客は皆パニックになってるし。今正気を保ってるのって俺達だけか?


「兎に角こっから逃げるか…二人ともまだお菓子残ってる?」


令子ちゃんと冥子ちゃんは残っているお菓子を俺に渡してくれた。
これでネズミの気を引いて逃げ出すとするか…
俺がお菓子を持って新幹線の扉を開く。


「うひょひょひょ〜う! どんどん食え〜」


そしたらキイ兄が既に何か餌らしき物を巻きまくっていた。
つーかさっきまで中にいたよな? どうやって出たんだ?
そんな疑問が浮かんだが、キイ兄だしと言う理由で納得しておいた。


「ところでキイ兄それ何なんだ?」


「これ? 天然ハッカ油が中に詰まった特性団子」


キイ兄がそう言った瞬間、ネズミ達の様子が変わった。
いきなり悲鳴のような泣き声を上げるとそこらじゅうでじたばたと地面の上でもがき始める。
そこら中がネズミの阿鼻叫喚地獄絵図へと早変わり。


「ネズミってハッカの匂いが苦手なんだよね。ネズミの忌避剤に使われたりしてるんだよ」


「そんなものを団子に仕込んで食わせたのかよ…」


言わば口の中からアンモニア臭がしてるのと同じか…惨いな。


「自分のおやつだったんだけどな〜」


「んな物食う気だったのかよキイ兄!」


何処まで本気で何処まで冗談なのか知らないが、やっぱりキイ兄の其処が知れない。
俺達は悶え苦しむネズミたちを踏まないように道路まで出た。
ネズミたちは全滅したのか全く追ってこない。可哀想なことをしたな…


「よし、それじゃあヒッチハイクするか」


キイ兄はそう言って、顔をすっぽりと隠す覆面をかぶった。いや、何でそんなものを?
そして、丁度近づいてきたスポーツカーらしき車の前に飛び出した。
勿論運転手は急ブレーキをかけて止まった。そして文句を言ってやろうと窓を開けると、


Get off the car when you do not want to die!


キイ兄が行き成り運転手にそう言った。
簡単な単語なので何とか聞き取れたその英語。適当だが約してみると、『死にたくなかったら車を降りろ!』
おもいっきりカージャックだ。


「って、何してるんじゃキイ兄ー!」


「うん? 買収」


そう言ってキイ兄は五つほど札束を車の持ち主に掴ませていた。

うっわ〜、なんか政治とかで賄賂を握らせてるシーンみたいだー。
生でこんなシーン見るなんて思ってもいなかったよ。

こうして車を手に入れた俺達はN県目指して出発した。


「キイさん凄いですね〜。すぐにこんな車を準備できるなんて」


「凄いっつーか、非常識っつーか…」


キイ兄が運転席、俺が助手席。女の子組は後部座席に乗った。
と、此処で俺は忘れていたことがあった。最近はあまり出なかったがキイ兄は…


「いやっほ〜! 加速加速だー!!」


極度のスピード狂&テクニック狂いだった。
スピードメーターは既に200キロ近く。それで此処はくねくねと曲がる海沿いの道だ。
それなのに全くスピードを下げずに突っ走る。


「うおぉぉキイ兄ぃぃぃ! 危ないからもっと安全運転をぉぉぉぉ!?」


「はっはっはー! 退け退けー! ちんたら走ってるなー!!」


駄目だ、全く聞いてない。
しかも、この走りで脅えるかと思っていた令子ちゃんと冥子ちゃんは余裕で外の景色をみて騒いでいる。
令子ちゃんは多分肝が据わってるから、冥子ちゃんはそういや亜音速で飛べるシンダラに乗ってるだろうから此れくらい大丈夫だろうな…


「うきゅぅぅぅ〜〜」


結局、この中でダウンしたのはおキヌちゃんだった。

あっ、今N県って書かれた看板が過ぎた気がする。早すぎて見えなかったから確証は無いけど多分そうだろう。


と、そこで100メートルくらい前の道路が揺らいだような気がした。
因みにこの時点で車の時速は250キロ近く。
後で計算したのだが、一秒間に69メートル近くで進んでるわけだ。
だから100メートル先に見つけたってことは、一秒ちょっとで…


ズガンッ


一瞬沸いて出た霊圧が後ろの方に流れていった。


「キイ兄、今何か轢いたよな?」


「忠っち、今のは『轢いた』んじゃなくて『撥ねた』んだよ。日本語はしっかり使わなくちゃ!」


キイ兄が車を止めてポンッと俺の肩に手を置いてそう言った。
つまり、撥ねたことは認めるわけね…


「さて、それじゃあ…」


キイ兄はガチャガチャっとギアを変える。『R』に…


ぐしゃっ


とっても生々しい音がして、さっきまであった霊圧がスーッと消えていった。

…殺っちゃったのか?


「今のはパイパーの分身だから幾ら殺ってもそんなに意味は無いよ」


キイ兄はそう言いながらにっこりと俺に笑いかける。
けど、相手が幾ら悪魔でも車で撥ねて轢くなんてトラウマにでもなったらどうするんだ。
と、そこで俺は後ろの席にいる女の子組を思い出してすっと後ろを見る。

おキヌちゃんは相変わらず目を回したまま。令子ちゃんは何だかすっきりとしたような顔をしている。冥子ちゃんは、何が起こったのか分かってないのかただにこにこと笑みを浮かべていた。
随分と逞しいな、この頃あってのあの二人なんだろうな…


そんなことを考えている間に、バブルランド遊園地が見えてきた。
やっと見えた、そう思った瞬間俺達は空を飛んだ。
ガードレールを突き破り、そのまま崖から飛び出したのだ。


「キイ兄、何が起きた?」


「さっきパイパー撥ねた時ブレーキが壊れちゃってたみたい」


事故を起こしたらちゃんと車の点検をしようと誓った。こうなる前にさ…
車はゆっくり重力に引かれて落下し始めた。


「「ああああああぁぁぁぁぁぁ…………」」


「こ、ここがバイパーの巣か…」


「やっと着きましたね」


バブルランド遊園地の前に立って建設途中らしい城のような物を見上げた。
あの車が崖から落下したときは死ぬかと思った。
冥子ちゃんがメキラとシンダラをだして俺と令子ちゃんを助けてくれたんだが、キイ兄はそのまま車ごと落下していった。
車は爆発炎上、跡形も無く吹き飛んだのだが…


「いや〜、これから遊園地になのに凄いエキサイティング&スリリングな体験だったね」


ちゃっかりとリュックと鞄を持ち出しているキイ兄はハンカチで汚れた顔を拭いている。
死んでいないのはもう良い、けど何故に無傷なんだ。しかも顔煤だらけなのに服には焦げた箇所一つも無いしさ。


「それで、パイパーは何処にいるんだ?」


「ん、ちょっと待ってね」


そう言ってキイ兄はリュックから洗面器に水の入ったペットボトルに発泡スチロール、そして懐から金の針を取り出した。
まず洗面器に水を入れ、その中に発泡スチロールを浮かばせる。その発砲スチロールの上に金の針を置いた。
つーかこれまるっきり方位磁石じゃん。理科の時間とかにやったあれだろ?


「パイパーは何処だか教えろ〜」


キイ兄がそう呟くと、金の針が乗った発泡スチロールがくるくる回り、ピタッと止まった。
その針の先の方向は途中まで作られている岩山らしき場所だった。
これでパイパーの場所は分かったな。だが此れ知るためには理科の実験をしないといけなかったのか?


「全然やる必要は無かったよ。ただ掌の上でも回せたし」


じゃあ何のために? とは聞くまい。聞いても帰ってくるのは、


「何となくだよ忠っち」


そういうに決まっているのだから。


「…キイ兄俺の考え読んだか?」


「何のこと?」


何のことか分からないとキイ兄は首を傾げる。
けどその口元が微妙に吊り上っている。多分それもわざとだろう。
キイ兄の謎は深まるばかりだ。


岩山らしき場所は、地下にカートが走るアトラクションだった。
その入り口からは微かに霊波が漂ってくる。どうやらここであっているようだ。
神経を集中させ、これから始まるであろう戦闘に備える。


「よし、それじゃあ…皆トイレとかは大丈夫?」


「だあぁっ!?」


キイ兄の言葉に折角集中していた精神も乱れてしまった。
こんなときにトイレなんて…


「おキヌちゃんお願い」


「私も〜」


「はいはい、それじゃあ着いてきてね」


行くはず無いと思ってたのに、令子ちゃんと冥子ちゃんはおキヌちゃんに連れられて走っていった。
なんだろう、このありえないくらいの緊張感の無さは…不安だ。


暫くして三人は戻ってきて、とりあえず中に行くのは俺とキイ兄、令子ちゃんと冥子ちゃんはおキヌちゃんと待っていてもらうことにした。
それを告げたらちょっと駄々をこねられたが、後で遊んであげるからと宥めて何とか納得してもらった。


「それじゃあ行きますよー」


おキヌちゃんがスイッチを入れ、カートが動き出した。
ガタゴトとカーとはゆっくりとトンネルの中に入っていく。けどなんだろう、こんな子供用のカートに乗ってると、すっごく虚しい感じがする。俺は高校生だって言うのに…


『よい子のみなさん、メルヘンワールドへようこそ!』


ウィーンと上のほうから可愛らしい妖精のロボットが降りてきた。結構凝ってるなこのアトラクション。
そう思って妖精を見ていたら、急にガクガク震えだして爆発した。
うげぇ、ロボットとはいえスプラッターだな。俺は飛んで来た妖精の片腕を放っておいて正面を見る。

ぐんっとカートが下に傾くと、急加速をし始めた。
これって子供用のカートだろ? 何でこんなにスピードがぁぁぁぁ!!


「けど、さっきの車に乗ってたときと比べると全然遅いな」


「まあ、出ても百数十キロくらいだしね」


アレの半分くらいだもんな。全然怖くねーや。
そう思っていたら、カートは線路を脱線して目の前の人口茂みの中に突っ込んだ。


「うわー! 七人の小人がー!」


「派手に弾けたね〜」


七人の小人をばらばらに分解したり…


「あー! 白雪姫の生首がー!!」


「永遠の眠りに着いちゃったね〜」


ついでに王子様も永眠したり…


「おぉい! 魔女の婆がリンゴ寄越したぞ!!」


「いただきます!」


「食べるなー!!」


「うっ…忠っち目覚めのキス宜しく」


「嫌じゃー!!」


キイ兄が食べたリンゴはボディブローで吐き出させた。


「てか、そのリンゴって蝋で作ったのじゃん!」


「すっごくまずかったです」


其処までしてボケるかキイ兄、それが出来ないから俺は何時までも突っ込みなのかなー
俺も、土くらい食ってみるか?

そんな馬鹿なこと考えていたらカートが線路に戻った。そのままカートは池らしき場所を走り始める。
そしてその池の周りには沢山の風船がふわふわと浮いていた。


「なんだこりゃ?」


「微かに力を感じる、これがパイパーに子供にされた人達の時間と記憶だよ」


なるほど…あっ! 美神さんと冥子ちゃんの風船発見。
おおっ、唐巣神父とピートも…ピート風船でかいな〜、流石700歳だ。
俺のは何処だ? なんか一杯あるからよく分からないわ。


「兎に角金の針で片っ端から割っていこうか」


そう言ってキイ兄が懐から金の針を取り出した。
その瞬間、風船の影からピーターパンが飛び出してきた。


「わっほ〜」


そしてそのままキイ兄を掴んで空中に飛び立つ。
あまりに咄嗟だったため反応できなかったのだが、キイ兄随分と余裕だなおい。


「ホーッホッホー!」


キイ兄を浚ったピーターパンが姿を変えた。
その姿にキイ兄と俺は、


「「あっ! ハゲ!!」」


見事にハモった。うん、やっぱりアレに対する評価はやっぱり其処だよな。


「こんの! だがこれで金の針はこっちのものだ! すぐに殺して…」


「金の針…落としちゃっただけど……」


キイ兄がポツリと呟いた。俺とパイパーがさっとキイ兄の手を見ると、確かにその手には金の針は無かった。
つまり、この池の中に落ちたってことか? こんな暗くて広い中から針一本を探せと?
この辺パイパーがいた所為で当たりの気が乱れて霊視なんて出来たもんじゃないぞ?


「見つけるのは至難の業だと…」


俺は最後にその台詞だけ残して、俺の乗ったカートはそのまま出口から外に出てしまった。


「うおーー!! 何でちゃんと持ってないんだー!」


「だって取り出してる途中だからちゃんと掴めてなかったんだよー!」


出口から出ても中からパイパーとキイ兄が口喧嘩している声が聞こえた。
あの様子ならきっと大丈夫だろうし…

其処で俺はパイパーの巣の中にいた所為で気付かなかったが足元から微かな魔力を足元から感じた。
俺が其処に目を向けると、其処にはくるくると丸められた紙が落ちている。拾ってみて中を開いてみると、


『忠っち後は適当に任せた〜 byキイ』


と書かれており、金の針がテープで貼り付けられていた。
キイ兄、あんたホントに無駄なところで凄いよ。
つーかこれ書いてたってことは捕まるの前提に此処に着たのか? 何がしたいんだよキイ兄…


「横島さーん、大丈夫ですかー?」


停留所について俺はカートから降りた。
おキヌちゃんがキイ兄の事を聞いてきて、此処に来るまでにあったことを説明した。


「さて、ここでキイ兄を助けてパイパーをやっつけるには皆の協力が要るんだけど…手伝ってくれる?」


「わかった。令子パイパーやっつけゆ!」


「もちろんよ〜、お友達ですもの〜」


「私も頑張ります!」


こうして女の子三人の力を借りることが出来た。
俺は考えた作戦を三人に話す。
俺が話し終えると三人は一度だけ頷きそれぞれの配置へと向かった。

さて、それじゃあ反撃開始といきますかね……


〜ナレーター視点〜


キイは今パイパーの本体である大ネズミに捕まっていた。
あの後此処から外に金の針の気配を感じたパイパーは自分が騙されたのだと気付いた。


「貴様ぁ! よくも騙したな!」


「あははは〜、騙されるほうが悪いんだよ〜」


パイパーが叫ぶが、キイは笑いながら余裕の表情である。
パイパーはこいつ握りつぶしてやろうかと思ったが、まだ人質として価値のある身だ。殺すわけにはいかない。
何とか巻き起こる殺意を押さえながらどうやって金の針を取り替えそうかと考え始めた。


『ザザッ…あー、あーマイクのテスト中でーす。横島さん流れてますか?』


突然遊園地全体におキヌちゃんの声が放送され始めた。どうやら横島も近くにいるらしい。
パイパーは何事だとその放送に耳を傾ける。


『えーっとこの手紙読むんですよね? それでは…

パイパーさんへ

この手紙を読んでいる頃あなたはキイ兄におちょくられて頭にきているんでしょうね?』


「その通りだよ!」


「いやぁ、照れるね」


「褒めてない!」


二人が漫才している間にもおキヌちゃんがさらに手紙を読み上げていく。


『この度はキイ兄に目を付けられてご愁傷様です。

ご迷惑でしょうがもうちょっと付き合ってあげてください。というかして!』


「嫌だ!」


『嫌ですか…それじゃあ仕方が無いので金の針は折らせてもらいます』


「ちょ、ちょっと待て!」


それを聞いてパイパーは慌てる。アレを折られたらまた二、三百年眠り似つかないといけなくなるのだ。
それには流石に焦りも出てくる。


『…と言うのは嘘です』


ダアッとこけるパイパー。
キイはそれを見てあっはっはと笑っている。


『実は先ほど下水に落としてしまった目下捜索中です。最悪海に流れてしまっているかも…』


「う、嘘ー!」


『はい、嘘です』


ばっしゃーんと池に墜落するパイパー。
キイはやるなあとおキヌちゃんの絶妙な間の取り方に感心している。


『と言うわけで取引をしましょう。こちらの金の針とそちらのキイさんを交換です』


パイパーはやっと本題に入ったかとホッと一息つく。
こちらにとってもそれは好都合なので望むところである。


『場所はメリーゴーランド。日時は……横島さーん、これなんて読むんですかー?』


かくっと肩透かしを食らったようにパイパーはバランスを崩す。
どうやら読めない場所が合ったらしい、暫く小さい声でごにょごにょと話し声が聞こえた。


『失礼しましたー。

えっと、じゃにえり〜のふぁ〜ぅすたでお願いします』


「なんだ? 何かの暗号か?」


「多分英語なのかな、おキヌちゃん英語苦手だし。因みに今のは1月1日だってさ」


ああ成る程とパイパーが納得したところで、


「って、そんなに待てるかー!」


すぐに爆発した。ナイスのり突っ込みにキイがぱちぱちと拍手を送っている。


『怒らないで下さい。老けますよ?』


「老けるか!」


『じゃあハゲますよ?』


「余計なお世話だ!」


『あっ、ハゲなのは認めるんですね。ではこれから呼称はハゲにしますね』


「喧嘩売ってるのかこら!!」


『出来るだけ高値で買ってくださいね』


ムキーッとパイパーは髪の無い頭を掻き毟る。
それでもおキヌちゃんののんびり口調がゆったりと流れていく。

『我が儘ですね〜。それじゃあ後三秒で来てください。

3、2、1、はい時間切れです』


パキンと、マイクから何かをへし折るような音が聞こえた。


「ぎゃああぁぁぁぁ! 金の針がーー!!」


『冗談ですので騒がないで下さい。でもあと三分以内に所定の位置に来てくださいね。

観覧車に!』


「さっきメリーゴ−ランドだったでしょう!」


『あっ、じゃあそっちでお願いしますね』


それだけ言うと、ぶつんの放送が切れた。
パイパーは突っ込み空かれて肩ではあはあと息をしている。

しかしパイパーは気付いているのだろうか? 今の会話でパイパーが叫んだ言葉は向こうには伝わっていないことに。
それに気付ければ、今自分が相手の術中に嵌って行っていると分かるのに、金の針以外に頭が回らないパイパーは全く気付かなかった。


――三分後…


パイパーはキイを縄でぐるぐる巻きにして、宙に吊るしながらメリーゴーランドの前にやってきた。
その前では横島が金の針を持って待ち構えていた。


「さあ、金の針を渡してもらおうか?」


「駄目だね。そっちがキイ兄を降ろすのが先だ」


パイパーはちっと舌打ちしながらすっと地面の降りた。


「さあ、金の針を渡せ!」


「いいよ、ほれ」


横島はそう言って金の針をパイパーに放った。パイパーはやっと金の針が戻ってくるとそれに手を伸ばす。
これさえ手に入ればこの場にいる奴皆殺しだ。そう考えながら金の針がパイパーの手に納まろうとした瞬間。


「ゲットー!! …って、あら?」


確かに掴んだはずの金の針が無かった。
キョロキョロト辺りを見渡すが何処にも落ちていない。


「貴様何か小細工を!」


パイパーが横島のほうを向くと、その姿は既に無く。横島のいた近くにある外灯に、張り紙が一枚貼られている。


『バカ! アホ! マヌケ! ハゲ!!


最後の言葉だけ大きく書かれたそれを見て、そっちがその気ならとパイパーは人質のキイのほうを見る。
するとそちらにもキイの姿は無く。


『お疲れ様でした〜』


とやけに波打つ字で書かれた張り紙が同じように張ってあった。


「あ、あのガキどもー!!」


そのガキにしてやられたパイパーの叫びがこだました。


横島とキイと冥子は今、作る際に工事の人間が使っていたと思われるプレハブ小屋の中にいた。


「いや〜、忠っちなかなかやるね〜」


「まあな。冥子ちゃんのおかげだけどさ」


「役に立てて嬉しいわ〜」


キイを救助する作戦はこうだ。
まずはパイパーを自分達が用意した取引場所に誘導する。そのためにおキヌがあの手紙(横島作)を読んだのだ。
何故か繋がった会話になっていたのは、単純で答えが決まっていそうな質問をしてその反応を予測したのだ。それと同時に横島の相手の心読む才能もなかなか上がっているのもあったが。まあそれでもキイにはまだ遠く及ばないが…

そしてパイパーをある程度怒らしておびき寄せた後、金の針を投げる。
パイパーはもちろんそちらに目が行き、予想通り金の針を取ろうとそちらに集中した。
その隙にまずは冥子がメキラの能力でキイをテレポートで救出。さらにこの間に横島も逃走。
そして、パイパーが針を手にしようとした瞬間。シンダラが亜音速で飛び金の針を掻っ攫ったのだ。
シンダラはもともと霊体なので空気抵抗による衝撃や音も無いので全く気付かれなかったのだ。


「そういや令子ちゃんとおキヌちゃんは?」


「ん? この隙に風船割りにいってもらったけど」


そう言いながら、横島は手にしていた金の針をへし折った。
だが、折れるとその針は中身が銀色、つまり偽者だったのだ。
気付かれないようにちゃんと色を塗って霊力を込めて本物っぽく見せていたのである。

それで本物は今あの風船を割るためにおキヌと美神が持っていっているのだ。


「あ〜、そりゃまずいな…」


「何で?」


「あそこ…パイパーの本体がまだ残ってるし」


忘れていたが、あのピエロ姿のパイパーはあくまで分身であり本体はあの大ネズミなのである。
横島は途中で出たからパイパーの本体が人間の二倍以上でかいネズミだとは知らなかった。
それを聞いて横島の顔が青ざめる。つまり、このままじゃあ美神達はパイパーと鉢合わせなのだ。


「やばいぞ! 急いで止めなくちゃ!!」


慌ててプレハブ小屋を飛び出す三人。そしてパイパーの巣であるアトラクションに向かうが、


「あ〜、遅かったみたいよ?」


「よ、横島さ〜ん。キイさ〜んごめんなさ〜い!」


おキヌちゃんがまだ子供姿の美神を抱えて超低空飛行しながら飛んで来た。
どうやら美神を抱えて高く飛べるほど力は無いらしい。
何とか逃げてきたらしいが、美神のほうが今にも泣きそうに涙を浮かべている。


「ひぐっ、約束守えなくてごめんなさい…」


約束とは、風船を割って大人の姿に戻るように横島に言われたことなのだろう。


「ああ、いいんだって。もともと俺の作戦に穴があったんだしさ。ねっ?」


何とか宥めようとする横島。
それを見ているとなんだか年下の妹を兄が慰めているような微笑ましい光景に見えた。

そこに、行き成り地面を破って巨大なネズミが飛び出してきた。
そのネズミの頭には分身であるピエロが上半身だけ出ており、右手には金の針が握られていた。


「ホーッホッホ! ついに金の針を取り返したぞ! 此れで二〜三百人まとめてガキにしてやる!」


ビュンッと金の針が長く伸び、それにあわせてそこら中から小さなネズミたちがぞろぞろと集まってきた。
そのネズミたちにパイパーは魔力を与え、チビパイパーへと変化させていく。
チビパイパーは横島たちに向かって一斉にラッパを構えた。


「見るがいい! おいらの真の力をるばっ!?


パイパーが金の針を使って演奏を始めようと思った瞬間、突然横から殴りつけられてそれが出来なかった。
チビパイパーのほうは律儀にもラッパを構えたまま固まっていて一行に動かない。


「まあ、忠っちじゃあまだこんなものか…」


「き、キイ兄?」


横島が見たのは、自分の体長の三倍近くあるパイパーの本体である大ネズミを軽〜くぶん殴って数メートルぶっ飛ばしてるキイの姿だった。
キイは殴った手をぷらぷらさせながら数枚の霊符を取り出した。


「さて、忠っちこれからの戦いよく見ておくんだよ? きっと参考になるからさ」


そう言ってキイは手にした霊符を空へ向けて投げる。
すると霊符はさっと四方向に別れ、キイとパイパーを囲むよう配置された。


掴まりて放さず、逃れること叶わず! 我が祝詞に応え、仇名すものを隔離せよ!


霊符がキイの祝詞に反応し、四方を結界で囲んだ。
最初に会った頃のおキヌを捕まえたときの結界とは桁が違うほどの出力を発する結界に、横島は思わず息を呑んだ。


「さあ、遊んであげる。悪魔パイパー」


キイはニヤリと笑い、くいくいっと挑発するようにパイパーに手招きした。


「己ぇ! これでも食らえ!!」


パイパーが金の針を振ると、チビパイパーが一斉にラッパを吹き始める。
キイはそれに懐に手を入れると、一つのお面を取り出した。
その面は…おたふく…


「装着! おたふく仮面!!」


「「「「「ぶふっ!!」」」」」


おたふくの面をかぶってポーズを決めるキイに、チビパイパー達は全員噴き出して笑い出した。


「こらー! 笑うんじゃない!」


けらけらと笑うチビパイパー達を叱咤し、もう一度だとラッパを構えさせる。
その先には、おたふくの面を被ったキイがいるわけで…
キイは全員の視線が集まったところで、じーっとチビパイパーたちのほうを見つめる。
そしてとうっと地面を蹴り空中で一回転して着地、するといつの間にかおたふくの仮面がひょっとこに変わっていた。


「笑いと怠惰の使者、ひょっとこ仮面! 参上!!」


「「「「「ぶふぁふっ!!」」」」」


それを見たチビパイパーたちがげらげらと大笑いし始める。
もはやどんなノリか分からないが、チビパイパーは少しでも変なものがあるとそれだけで可笑しいらしい。
きっと箸が転んでも笑ってくれるだろう。

キイ、宣言どおりに確かに『遊んで』いるようだ。


その様子を結界の外で見ている人達はというと、


「変な顔〜」


美神はまっとうな意見をいい。


「おキヌ、面白いのかな?」


何が面白いのか全く分からないおキヌ。


この二人が正常で…


「あはは〜、あの仮面可笑しいわ〜」


冥子にはひょっとこが何故か受けている。


そして一番問題の横島は、


「成る程! 相手の笑いのツボを理解し、そこを的確についていく可変的な高等テクニックか!」


もはや戦闘のことなど忘れて、キイのギャグセンスを盗むべくつぶさに気付いたことをメモにとっているのだった。


「ええぃ! それならおいらが直接引導を渡してやる!」


パイパーは自分のラッパを構え、演奏を開始する。
だが、開始した瞬間キイはとうっと空高くジャンプし、そのままパイパーの頭に空中かかと落とし。
演奏中だったパイパーはそれを避けれなく直撃を受け、ぶふっと吹きながら演奏を停止した。


「ひょっひょっひょ〜、ひょっとこの力を甘く見るなよ〜

このお面は前のお祭りで五百円もしたんだからな〜」


そんなものに魂どころか霊力のかけらも篭っていないだろう。当然ご利益やパワーアップ機能なんて無い。
敢えてあるというなら、素顔を隠すことによる気分の高揚だろうか…


「ふざけるなー!!」


「ひょっとこはふざけるのがお仕事〜」


やたらめったらに金の針を振り回すパイパー。キイはそれをひらりひらりと余裕で交わしていく。


「おおっ、相手を怒らして冷静さを失わせ。攻撃を大振りにさせて回避しやすくしている!」


その光景を見ている横島がわざわざ口にだしながらメモに取っている。


「へぇ、ちゃんと考えているんですね」


「いや、多分アレは素だろうな。思いっきり笑ってるし」


「…そうなんですか」


横島の言うとおり、キイは素で相手を怒らせる行動をして、いつの間にかに相手をこちらのペースに巻き込んでいた。
もはや笛を吹けなくなったパイパーはただのでかい化けネズミ。恐れるに足りない。


「ふっふっふっふっふ、さあ君には此れを試させてもらおう…」


キイはそう言いながらキイは懐から変てこな杖を取り出した。


「ステキなステーッキ!!」


そのまんまな名前、いや何処が素敵なのか分からないその杖。
なんか触手みたいなのとかがうねうねしていてかなり気持ち悪いものがある。


「キイ兄! それの何処がステキなんだ?」


「此れはね。一度喰らいついたら放さない! 最後まで残さず片付けてくれる優れものなんだよ」


何を喰らうのかは聞きたくない、そして何が綺麗になるかも聞きたくない。
ただ、アビ○イルさんのあれとは全くの別物のようだ。

キイはそれを大きく振りかぶるとパイパーに向かって放り投げた。


残酷(?)なシーンが展開されています。暫くお待ち下さい


「うわっ、此れはまた酷い…」


「ちょっと可哀想ですね」


「よこちま〜、見せろ〜」


「見せて〜」


「はいはい、子供が見たら夢に出るから駄目だよ」


キイは美神と冥子には刺激が強すぎるとさっさとこの場を立ち去ることにした。
ちゃんと風船を割るために金の針は回収してある。


そして後に残されたのは、げふっとげっぷをするキイの『ステキなステッキ』と、


「うっうっう…もう人間界なんてこりごりだーーー!!!」


全身の毛をむしりとられた大ネズミが泣きながら走り去っていった。
もちろん上半身だけ出ているピエロ姿の分身の方も、残っていたサイドの髪までむしられていた。

確かに、そんな毛の生えていない大ネズミは気持ち悪くて夢に出てきそうである。
その後パイパーは極度の人間恐怖症に陥り、悪魔界に帰ってひっそりと余生を過ごすことにしたのであった。


パイパーの巣にはいって、一つずつ風船を割っていく横島たち。
巻き込まれたりした人たちの風船をあらかた割って、残っているのは知り合いたちの風船だけとなった。


「これでやっと元に戻れるな」


たった一日だが子供姿になってなかなか苦労した横島は、17歳の姿に戻れるとなってご機嫌だ。
そんな横島のところに、いくつかの風船を持った美神と令子が走ってきた。


「よこちま〜取ってきたよ〜」


「これで私たちの他は最後ね〜」


美神と冥子はそう言ってピートと唐巣の風船を渡す。
キイはそれを受け取ると針でちょちょいとつついて風船を割った。これで二人とも大人に戻っているはずである。


「忠っち、此れで最後みたいだし後のは自分が探してくるから休んでて」


そう言ってキイは金の針を持って横島たちの風船を探しに行った。
横島のほうも徹夜もたたってか結構疲れているのでふうっとため息をつきながら近くの岩の置物の上に座った。
そのまま眠ってしまおうかなと思ったのだが、そこでくいくいと袖引かれるのを感じてそちらを向いた。


「どうしたの令子ちゃん?」


「んっとね、そのね。今日はいろいろしてくえて……あのね…」


令子はスカートのすそを掴んでもじもじしながら横島をちらちらと見る。
横島は何かなと微笑みながらそれを待つが、恥ずかしいのか美神はなかなかその先に進まない。


「よこしまク〜ン。今日はありがとうね〜〜」


そんなじれったい美神を見かねた…訳ではないのだが、そうしている間に冥子がにっこりと笑いながら横島の後ろから抱きついた。いや、おぶさったと言ったほうが語弊が無いかもしれない。


「ああー! めいこずゆい!!」


それを見た美神は負けてなるものかと無駄に高い対抗心を燃やして正面から横島に抱きついた。というかタックルした。
腹に諸に美神の頭が直撃してぐほっと息を吐き出して一瞬気が遠くなる横島だが、根性で意識を繋ぎとめた。


「二人とも元気なのはいいけど加減してね…」


ちょっとグロッキーになりながら横島は何とか笑みを作り、ぽんぽんと二人の頭を撫でた。
二人はそれに気持ちよさそうに目を瞑り、横島が手を放したところで…


「よこしま、おえいよ」
「よこしまクン、お礼上げる〜」


二人はそう言ってすっと横島の両頬にそれぞれ唇を触れさせた。
横島はそれにちょっと驚いたが、子供のすることだしと笑っていた。

そして、二人ともにっこりと笑って何か言おうと口を開けた…


「横島クンは私のものなんだから」
「私は横島クンのものなのよ〜」


瞬間にいきなり三人は元の姿に戻った。
つまり、今の台詞は『大人』の状態の美神と冥子が言ったのだ。

しかも今の三人の状態は、横島を中心に正面から美神がその胸に抱かれるように縋りつき、後方から冥子が抱きついて肩口から顔を覗かせて横島の頬に擦り寄っているのだった。
簡単に言うと一人の男が二人の美女を侍らしているといった構図だった。


「えっ? な…な、なななななななな!!?


美神は今の状況に気付き、横島を突き飛ばすわけでもなく、かと言って自分から離れるわけでもなく。
ただ顔はおろか首まで真っ赤にして横島の膝の上であたふたとしている。微妙なとこで初心な美神だった。


「あら〜? 大人の姿に戻ってるわ〜残念だわ〜」


冥子のほうは何故か大人の姿に戻って残念そうにしている。だがそれでも横島からは離れようとはせず。
むしろさらに体を摺り寄せていた。まあ、冥子の場合は恋愛云々ではなくただ横島が暖かいからその温もりから離れたくないという子供っぽい理由の方が大きいのだが。


「…………」


二人の美女に抱きつかれて羨ましい限りの横島はというと、何故か完全に押し黙ってピクリとも動かなかった。
そして暫くすると急にうわごとのようにぼそぼそと呟きだす。


「ああ〜、エエ匂いや〜。膝の上に乗っている美神さんと、背中に張り付いてる冥子ちゃんの柔らかい感触が体全体に沁み渡る〜

ああ! けどだめや〜。こんなことしてるのばれたら母さんに殺されるー。地獄のフルコースは嫌やー!

けど今此処に構成されてる天国を味わっていたいー。

俺はどうすればいいんやー」


己の欲望と理性、というか母親に植え付けられた恐怖が天秤の上でゆらゆらと揺れていた。
それでもきっちりこの感触を感じるため無意識に霊力を上げて五感…特に触覚を強化しているあたり、彼の煩悩はまだ健在らしい。
けど煩悩は人一倍あるくせに決して押し倒そうとかこのまま一気にとかは考えない、つーか考えられない横島はやはり変わった存在だった。


そんな横島達を岩の陰で見守る影が二つ。まあ、一つの影は今にも飛び出そうとしているが片方に押さえられていて見ているしかなかったのだが。
その片方はビデオカメラ片手にその光景をご丁寧に集音マイクまで使って一言も漏らさず記録していた。


「ももがもがが(横島さんのバカ)ーーー!」


「うんうん、これでまた忠っちの記録が増えたぞ」


風船を見つけて、割ってきたキイが流れても無い涙をハンカチで拭きながらその面白い光景を録画している。

因みにキイが風船を見つけてから、何故かすぐに割らずに狙いを定めたように、(被)所有物宣言を受けた瞬間に一気に風船を割ったのは全くの偶然である。と、思いたい。


結局それから30分近くもそのままの状況だったのでカメラのテープ切れてしまい、おキヌを解放したらハリセンを持って切れてしまい。令子は人に見られていたと気付いて思わず振るった拳が手加減無しの切れ味抜群になり、横島はあっさりと意識の糸が切れてしまい。冥子は白目をむく横島を見て、涙腺の堰が切れそうになったりで大パニックになった。


〜おまけ〜


今、僕は逃げ出していた。

彼はきっと僕を探し出すらだろう。

だが僕は捕まるわけにはいかなかった。

此処で捕まれば、もう逃げることはかなわない。

二度と太陽が拝めないような姿にされてしまうだろう。

嫌だ、それだけは絶対に嫌だ。

僕は自分の出せる限界の力を使って彼から距離を取っていく。

それでも、彼の気配が一向に消えない。近くにいることは確かだが正確な位置までは掴めない。

もうすぐ日が暮れる。そうすれば彼は諦めて帰っていくだろう。

それまで逃げ延びる、それが僕への最優先事項だ。

僕は気配を殺し、息も止め、気付かれないようにスーッと扉に手を伸ばし、ノブを掴んだ瞬間。


「みぃ〜つぅ〜けぇ〜たぁ〜」


マズイ! 見つかってしまった。

僕は恐る恐る声のした後ろを振り向く。


「ヒィッ!?」


僕は其処にある禍々しいばかりの其れを見て、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。

此れほどまでの恐怖、長い年月を生きて来て一度も感じたことは無かった。


「ふっふっふ、二度も此れを試せるなんてラッキーだなぁ…なあ、ピート?」


「き、キイさん。止めて下さい! 後生ですから!!」


キイさんはにっこりとと笑うとその手にしている『ステキなステッキ』なるオドロオドロしい杖を振り上げた。


「ちゃんと手紙に書いてあったでしょ? 負けたら剃るって…ね?」


「イヤァァァァァ!」


絶体絶命のピンチ、もはや髪…失礼、神は死にもうたかと思った。

その時、教会の扉が開き眩いばかりのオーラを纏い、光の剣を振り上げた勇者が現れた。


「止めんかアホ兄ーー!!」


横島さん(勇者)が霊波(オーラ)を纏って、太陽の光で輝いているハリセン(光の剣)を振りかざしてキイさんに肉薄した。


「ぬぉぅ、忠っち逆らうのか! それなら相手になるぞ!」


キイさんはハリセンの一撃をステッキで受け止めると、そのまま高速の打ち合いになる。

打つ、払う、薙ぐ、逸らす、突く、避ける。

恐ろしいまでのハイスピードな攻防に僕も目で追いつくのがやっとだ。

だが、横島さんは本気みたいだがキイさんは明らかに余裕の表情である。

その証拠にだんだんと横島さんが押され始めた。


「そこっ!」


「しまった!?」


横島さんのハリセンがキイさんのステッキで弾かれてしまった。

やはり、神はいないのだろうか…


「キイさん! 横島さん! 人のお宅で何やってるんですか!」


そこに、突然若い女の子の声が響いた。

開け放たれた教会の扉の前にいたのは、幽霊のおキヌさんだった。


「もう! こんなに散らかしちゃって。ちゃんと片付けるまで晩御飯は抜きですよ!」


「「ゴメンなさい! すぐに片付けます!!」」


そう言って二人は先ほどの攻防で散らかった教会の中を片付け始めました。

やっぱり、神はいましたよ先生…


「おキヌさん、君は神様だ…」


「? 私、神様になれる才能ありませんよ?」


兎に角今は、自分の(髪の)命が助かったことを心から感謝したかった。


「おや? おキヌ君じゃないか。どうかしたのかね」


あっ、先生帰ってきていたのか。

おキヌさんに祈りをささげていて気づかなかった。


「おや? この杖はなんだい?」


そう言って先生はあのキイさんのステッキを手に取りました。


「あっ! 唐巣さん其れ触っちゃダメ!!」


キイさんが倒れた机を戻しているところから急に叫びました。

反対側で持っていた横島さんが急に放すなと怒っています。


「うっ、うわあああぁぁぁ!!」


「きゃあっ! 唐巣さん!!」


背後から先生とおキヌさんの悲鳴が聞こえた。

僕が目を離した隙に何か合ったらしい。

僕が急いで後ろを向くと其処には…


「うおぉ! 放しなさい! いや、放して下さいお願いします!」


髪の毛をステッキから出る触手に絡め取られて必死に抵抗している先生の姿があった。


「その子は気が難しいから自分以外が持つと暴れちゃうんだよね」


「キイさん悠長に説明していないで助けてあげてください!」


「おお! 髪よーー!!」


結局先生の髪は強く引っ張られたことで数本抜け落ち、其れを見た先生はほろりと涙を流していた。

その後日、教会には沢山の援助物資(主に食料)が届いた。

送り先の名前はなかったけど多分キイさん達だろう。


「懺悔します。僕はあの杖の標的が先生に向かった瞬間、思わずホッとしてしまいました。

神よ、罪深い僕をお許し下さい…」


僕も、つるっぱげになるのは嫌なんです…




はい、それではレス返しをば…


>八尺瓊の鴉様
横島君は最初は全部取られてしまおうかと思ったんですが、そうなるとキイ君の暴走が止められそうに無いのでああなりました(笑)
微妙な修羅場、横島君が自分が恵まれている状況に気付くことはあるのだろうか? いや、ない。<マテ


>桜川様
×役不足 ○役者不足
報告ありがとうございます。言われるまで全然気付きませんでした(汗)
これからもこのような誤用がありましたらビシバシ指摘して下さいませ。


>D様
読んでくださってありがとうございます。
>小さくなった時の記憶が残っていたような
こちらはその内おまけにでも使わせていただきますよ。
トリビアな知識はこれからも出して行きたいですね〜


>黒覆面(赤)様
彼がここまでしてもヘタレな理由はその内明かします。ちゃんと理由があります。けど半分はその場のノリかもしれません(笑)
おまけのほうはいつも内容不定期なのですがグレンとシメサバ丸頑張って出してあげたいです。


>masa様
>横島が余りにも哀れだ
…あれ? 横島君が哀れじゃない時ってあったっけ?(爆)
まあ其れに見合う良い目にもあうので半々ってことで(笑)


>ジェミナス様
アニメの方は見てないんですよね、何時か見たいな。
笛ネズミは結局、生きてるだけマシかもしれないけど可哀想なことになってしまいました(笑)


さて、笛ネズミ編が終わったのですが最近文が無駄に長くなってきている気がする…
気のせい! 気のせいと言うことにしておきます!

今回でいろいろと美味しい目を見た横島君。
次回は酷い目にあってもらうべきか?(冗談です)
まあ、基本的に横島君は好きなのでこれからも天国と地獄を彷徨って貰います(笑)

次回は、やっぱりあの話かな?
お遊びになりますが読んでいただけたら光栄です。


それではこの辺で失礼致します…

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