そして満月の夜。
都会と違って澄んだ夜空に皎々と輝く月は、こんな事件の真っ最中でなければヨコシマと2人でずっと見上げていたいほど、きれいで神秘的だった。
1番好きなのは夕焼けなんだけどね、ふふ。
――ドガアッ!!
『来たわね』
ついさっきまで寝泊りしてた別荘が炎上した。美神さんが入り口に仕掛けたダイナマイトが爆発したのよ。とは言っても犬飼を倒すためのものじゃなくて、その到着を知るためのものなんだけど――ためらいもなく人様の別荘を爆破する美神さんっていったい……。
唐巣さんが止めてたし、弁償はすると思うけど。
犬飼が直接このテニス場に来ずに別荘に行ったのは、そのためにみんなが消臭剤を身に着けていたからなんだけど、それでも30分もすればここは突き止められるというのが美神さんとシロの見解で、
「美神くん、魔法陣の準備はできたかい!?」
「エミさん!?」
と唐巣さんとタイガーさんが魔法陣を描いてる2人に声をかけたけど、2人はやつれた顔を上げて、
「……もうちょっとよ。もしここに近づかれたら足止め頼むわ」
「そうね。このコートに入られたら最後なワケ」
『……分かったわ』
そして緊迫感ただよう20分が過ぎたころ、私はあの凶悪な気配の接近を感じた。
離れてても分かる、あの時よりずっと強いわ。今は夜で満月、それに辻斬りもまたしたんでしょうね。
『来たわ。いくわよピートさん、打ち合わせ通りにね』
「……はい!」
実体化して林の中に飛んで行く『私』に、霧になったピートさんがついてくる。そこでシロがいきなり、
「待って下され大先生! 拙者も共に!」
……。気持ちは嬉しいけど前に言ったこともう忘れたの?
「あんたはそこを動くんじゃないっ!!」
「おたくがここにいなきゃ話にならないでしょ!? 寝ぼけるのもたいがいにするワケ」
「は、はいっ!?」
があーっ!と叫ぶ美神さんと小笠原さんに圧倒されてびくっとうずくまるシロ。人狼族の守護女神を召喚するのだから、それまでは彼女は何があろうと魔法陣の中央から動いちゃいけないのよ。
「ふ、2人とも気をつけろよ」
「気をつけて下さいね……」
「力になれなくてすまんですジャー」
「2人とも無理はしないでくれよ」
「頼むわよルシオラ、ピート」
「ピート、頑張ってねん♪」
みんなが気遣ってくれる言葉を背に受けながら(一部変なのもあったけど)空中から犬飼を探す。
「……いたわね」
林の中のちょっと広い空間で、私は犬飼の前に着地した。
すでに傷跡はなく、抜き身の八房を持った狼は完全に戦闘態勢に入っている。
「また貴様か……だがもう同じ手はくわんぞ。今度こそ狼王復活の贄としてくれる!」
ゴウッ!
犬飼が八房を振り下ろした。その衝撃波は前回よりもはるかに速く。
でも私だって何もしてなかったわけじゃない。弟子2人が頑張ってるのに師匠だけさぼっていられないものね!
ナインライブズブレイドワークス?
「射殺す浮気!!」
9つの剣の軌跡でもって8つの銀光を迎え撃つ。
数でいえば前回よりずっと受けやすかったけど、向こうの威力も段違いで。2つほど弾きそこねて、掠り傷を受けてしまった。くっ、力が抜ける……!
――まずっ!
「くくくっ、いいぞ、素晴らしいパワーだ! 掠り傷2つでこれほどとは……気に入ったぞぐはっ!?」
一気に霊力が増したのが嬉しいのか、口元をゆがめて哄笑した犬飼が突然よろめいて胸を手で押さえた。ピートさんが木の枝の上から放った霊波砲を受けたのだ。
「させませんよ!」
「くっ、貴様あのときの……がはぁっ!?」
今度は私の霊波砲をくらって犬飼が吹っ飛ぶ。そう言えば普通に霊波砲を使ったのってこれが初めてね。
太い木に背中を激しく打ちつけながらもまだ立ち上がる犬飼。一応下級魔族並みの出力だったんだけど……タフね、ほんと。
「やるな、先に傷つけていなければ危ない所だったぞ。だがこれしきで拙者は倒れぬ!」
んー、どうしようかしら。今のでだいぶエネルギー使っちゃったし。
でも私達には、まだ心強い援軍がいた。
「犬飼……父の仇! 覚悟ぉーーーッ!!」
ドズンッ!
猛スピードで駆け込んで来た人狼の少女――なぜか師匠をさしおいてスタイルが圧倒的に良くなってる――が、電柱のような巨大な霊波刀で犬飼の脇腹を貫いたのだった。
「やったでござるか!?」
吹っ飛んだ犬飼は、腰の辺りが3分の1ほど無くなっている。とっさに防ぎに使ったのだろう八房も折れていた。
それでも立ち上がって、
「おのれ、女神の力か……だが! 拙者、ここまで来て死ぬわけにはいかん! 『狼王』フェンリルはすでに復活しているのだーーー!!」
傷口から大量の血を失いつつも、天をあおいで咆哮した。
めきめきと軋みをあげながら、その体が膨れ上がっていく。両目が1つにつながり、おまけに眉間にも2つ眼のようなものができた。
「グオーーーーーッ!!」
大きく吼える犬飼。
凄まじいまでの存在感を誇る全長30mの巨大な狼は、まさに神話のフェンリルそのままだった。
「あれが……フェンリル狼……」
フェンリルの巨体はテニス場からでもはっきり見えた。
アルテミス召喚の儀式を終えて疲れ果てた美神さんと小笠原さんが、魔法陣の真ん中でぺたりと座り込んだまま呟く。
「狼!? ほとんど怪獣じゃねえか。ってゆーかむちゃくちゃだぞあれ」
「シロくん達はあんな怪物と戦うというのか……」
唐巣さんも息を飲んだ。おキヌちゃんとタイガーさんは魔狼のあまりの迫力に声も無い。
「って、何やってんのよ横島! さっさと行きなさい!」
「あ、は、はい!!」
呆然と立ちすくんでいたヨコシマに美神さんの叱声が飛ぶ。ヨコシマは慌ててヘアバンドと籠手をつけ、ふらふらと飛び上がっていった。
「頼んだわよ……3人とも」
「ピートさん、下がって! あれを傷つけられるのはシロとヨコシマだけだわ。美神さん達に避難するように伝えて!」
「は、はい! でもルシオラさんはどうするんです?」
「私はヨコシマの心眼よ。彼が来るのを待つわ」
「分かりました、お気をつけて!」
さすがに自分がどうこうできる相手じゃないと分かったのか、ピートさんが慌てて霧になって去っていく。私も空中に移動して、装具で飛んで来るはずのヨコシマを待った。
でも不幸中の幸いといっていいか、あれも完全じゃないわね。
ここでの戦果は私の掠り傷2つだけだし、代わりにあれだけの大怪我をしたんだもの。今は最低限くらいのエネルギーしか持ってない筈だわ。
それでも今の私じゃとても対抗できないんだから、さすがに神話の魔狼ってところね……。
しかし地上には、そんなフェンリルを恐れる様子もなく戦いを挑む少女がいた。
「大先生! 拙者にお任せ下さい!」
霊波刀を構えて突進する。フェンリルもそちらに顔を向けて、
「シローーーーっ!!」
大きな顎を開けて体ごと飛び掛った。今までの指導の成果か、シロはすばやく真横に跳んでそれをかわす。
ドゴオッ!
フェンリルは勢い余って地面に頭を埋めるはめになったけど、何とまあ、そのまま顎を閉じて土を食べながら体を起こした。
食い意地が張ってるというか何というか……。
「だあーーっ!!」
その頭を起こす所をめがけて、シロが霊波刀を振り下ろす!
ゴスッ!
「ぐわあ……あ!?」
古き女神の力を借りたその一撃は、フェンリルすらよろめかせる程のものだった。すごいわ、これなら勝てるかも知れない。
それまでシロの体がもてばだけど……。
そこへ後ろから声が聞こえた。
「ルシオラ!」
「ヨコシマ!」
振り向いた先にいたのは、小竜姫さんの装具で飛んで来たいとしいあのひと。
「今どうなってるんだ!?」
「見ての通り、犬飼は覚醒しちゃったわ。今はシロが1人で戦ってる。でもフェンリルは完全じゃないから、倒すなら今よ」
「分かった。お前はどうするんだ? いくらお前でもあいつは無理だろ」
「ええ、でもまだしばらくもつわ。手伝わせて」
「あ、ああ……いいけど、どうするんだ?」
「こうするのよ」
私はヨコシマの背後に回って背中に跨り、襟首をつかんだ。
「……えっと、コレハドウイウコトデスカルシオラサン?」
お馬さんごっこみたいな体勢になった私に、ヨコシマが理解不能なのか棒読み口調で聞いてくる。いろいろ言ってみたいこともあったけど戦闘中なので淡々と、
「私の元々の仕事よ。おまえの霊力のコントロールと戦闘のサポート。さ、両手を上にあげてヨコシマ」
「こ、こうか?」
万歳するみたいに両手を挙げたヨコシマの霊力を操って、私はその手の先に円錐形の大きなソーサーをつくりだした。人によってはドリルと言いたくなるかもね。
「こ、これは……?」
「剣を振るうだけならともかく、竜神級の霊力はおまえじゃ使いこなせないでしょう? だから私がサポートするわ。おまえもしっかり固定して!」
「まさかこのまま突っ込む気か?」
私がやろうとしている事をさとって顔色を変えるヨコシマ。大丈夫よ、普通の人間には耐えられない衝撃だけど、生身で音速の壁に耐えたおまえなら問題ないわ。
それでも躊躇するヨコシマだけど、その下の地上では激しい戦いが続いていた。
シロがよろめいたフェンリルを追撃しようとして、その眼から発射された霊波のビームで吹き飛ばされる。ヨコシマがはっと眼を見開いて、
「シローーッ! ……分かった、やるぞ!!」
「ええ! 呼吸を合わせて、行くわよ!!」
飛行中に落ちないように、両脚でしっかりヨコシマの体を挟み込んだ。
「……ん?」
せっかく引き締まったヨコシマの表情が微妙にゆるんだような気がしたけど、今はむしろOKね。また霊力上がったから。
夜空に舞う天馬と神話の美女のよう――にはとても見えないけど、
ベ ル レ フ ォ ー ン ?
「騎夫の手綱ーーー!!」
流星のように天を翔けて、前足でシロを踏みつけたフェンリルの胴体に突貫する!
ズドッ!!
「グオ!?」
人間でいえばナイフで刺された程度の傷は――いえ、フェンリルの生命力の前ではそれよりはるかに低かったけど、この攻撃にはまだ続きがあるわ。
「ヨコシマ離れて!」
「あ、ああ!」
ソーサーを残したまま急いで退避する。
「壊れろッ!!」
ドガン!
「ガアアッ!」
体の中に刺さった刃物に爆発なんかされたら、いくら魔狼でも平然とはしていられないわね。ぐらっと体勢をくずしてシロを押さえた前足を離した。
シロがすばやく立ち上がって、
「さすがは先生方! 拙者達にできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる、あこがれるゥ!」
……。バカなこと言ってないで早く離れなさい。
「お、おのれ、相変わらずおかしな技ばかり使いおって……こうなれば貴様らから喰らってくれる!!」
怒り狂ったフェンリルが眼から霊波ビームを放つ。まともに受けたら大変だけど、逃げるヨコシマにそんな攻撃は当たらないわ!
「シロ、今だ!」
「はいっ! ……っあ!?」
フェンリルの注意がこちらに向いた隙に、今度こそ必殺の一撃を叩きこもうとしたシロの足がよろけた。
「シロ!?」
「いけない、体が限界なのよ!」
「残念だったなーー! 女神ごと喰ってやる!」
女神の力の負荷に耐えられず膝をつくシロ。そこに再び標的を変えたフェンリルが躍りかかった。
「シローーーー!!」
「く……せめて相打ちに……」
ダメ、間に合わない! 私が思わず目を閉じたその一瞬に、
――――カクンッ。
……え? 世界の流れがコマ送りになったかのようなこの感触は……まさか!?
ガキィン!
その直後、全く突然に現れた何者かがフェンリルの上顎をがっちりと受け止めていた。
「地上を荒らす魔物はこの小竜姫が許しません! もはや往くことも退くこともかなわぬと心得よ!!」
「「小竜姫さま!!」」
やっぱり今の感触は超加速だったのね。シロが咬まれそうだったのを助けてくれたんだ。
「な、貴様、神族だと……!?」
さすがに驚いたフェンリルがいったん頭を上げて体勢を立て直す。
「な、何故だ!? 拙者の目的は狼族に自由と野性を取り戻すことなのだぞ! それを、それを何故そうまでして邪魔する!?」
犬飼のその問いは真剣な本心だったんでしょうけど、それに答えた2人の言葉も固い信念に満ちていた。
「黙れ、狼の誇りを捨てたのは貴様の方でござる! 父上を、いや、罪も無い人々を大勢あやめた貴様は拙者断じて許さん!!」
「そうです。理由はどうあれ仏道を乱し邪悪を働く魔性はただ討ち果たすのみです!」
「…………」
フェンリルの背後にいてよかったわね。私達の答えなんて「いや、だって仕事だし」とか「私狼じゃないから」とかだったわよ。
「……なのねー」
そんな私達の傍らに、妙神山で会った3つ目の神族が現れた。
「「ヒャクメ(さん)!?」」
彼女は私達にパチッとウインクして、
「約束通り助けに来たのねー。でも小竜姫だけじゃ厳しいのね。彼女に見込まれた実力、今こそ見せて欲しいのねー」
「ええ、もちろん!」
この2人が来てくれたならもう後の心配はないわ。エネルギーが尽きるまで「騎夫の手綱」を連発するわよ!
と、再び円錐形のソーサーをつくった私達のそばに、フェンリルの霊波ビームをかわした小竜姫さんが近づいてきた。
「「小竜姫さま! 助けに来てくれたんですね。ありがとうございます」」
と私達がお礼を述べると、小竜姫さんはにっこり微笑んで、
「ええ、約束でしたからね。ところで……」
そこで一拍おいて、
「ルシオラさん、面白そうなことをしてますね」
怪しげな笑みを浮かべながらそんなことをのたまった。
「……は? 面白そうな、ですか?」
「ええ、古今東西竜という生物は乗られることはあっても乗ることは無いでしょう? 1度くらい乗る側の気分を味わってみても仏罰は当たらないかと」
「「……はあ」」
きょとんとした顔で答える私達をしりめに、小竜姫さんは――何と、私の後ろについてヨコシマの腰の上に跨ったのだ!
「「しょ、小竜姫さま!?」」
「さあ逝くのです横島さん! 3人分のパワーならフェンリルを打倒できます。ルシオラさん、合図を!!」
「あ、あの本気ですか小竜姫さま!?」
「そうですよ小竜姫さま、このSSではシリアスで通すんじゃなかったんですか!? いや小竜姫さまに乗られるのはふわっとした感触が悪くないというかむしろ最高なんスけど」
「ヨコシマ、こんなときに何言ってるのよ!」
しかし私達の抗議(?)もテンションいっぱい状態の竜神様には通じなかった。
「今は戯言を言ってる場合ではありません! 何なら私が合図を」
「わ、分かりました。そ、それでは一緒に」
その迫力に押された私は頷くしかなかった。
「はい。では逝きますよ?」
真 ・ ベ ル レ フ ォ ー ン ?
「「煩悩魔人の手綱ーーー!!」」
「どうせなら仰向けでーーー!」
真名の発動と共にひとすじの彗星と化した私達は、神話とはかなり違う形ながら猛る魔狼の下顎をずたずたに引き裂いた。
「グアアアアーーーッ!!」
そして苦痛と衝撃で倒れたフェンリルにとどめを刺したのは、
「犬飼、覚悟ーーー!!」
巨大な霊波刀に全力をこめて振り下ろした人狼の娘だった。
それで力尽きたのか倒れたシロの傍らに降りてきた神族の調査官の美少女が、
「小竜姫、楽しそうなのねー。今度私も乗ってみたいのねー」
なんて、怪しげなことを呟いていたけれど。
ちなみに西条さんからの賞金は、経費込みで人狼の里と美神事務所と小笠原事務所に3千万円ずつ、神父の教会に1千万円という分配になったらしい。
めでたし、めでたし、ね。
――――つづく。
あとがき
フェンリル編終了です。うーん、相変わらず美神女史の活躍が少ない……というか原作でその場面では活躍してない人物ばかり目立ってるような。
ではレス返しを。
○ゆんさん
射殺す○頭と騎英の○綱登場です<マテ
>横島、今夜は怖いぞ・・・ビクビク
何か一般指定では書けないことをされたようです(ぉ
○遊鬼さん
>いやいや、わかってらっしゃる(w
愛は無敵ですからw
ではまた。