妙神山の門を出て人里に下りた後、私達は美神さんと連絡を取って、彼女の知り合いが所有する別荘という所に来ていた。
けっこう山の奥で、付近に人家は見当たらない。ここなら多少派手に騒いでも問題ないわね。
別荘の中にいたのは唐巣さんとピートさんだけだった。西条さんと冥子さんは負傷でリタイヤ、カオスさんとマリアも戦闘不能。美神さんと小笠原さんは近くのテニス場に魔法陣を描きに行ったらしい。おキヌちゃんとタイガーさんも雑用でついていってるそうだ。
――やっぱりアルテミスを召喚するみたいね。竜神の装具と合わせれば『前』よりも有利に戦えるわ。
「先生ーーー!」
そこへ一息つく間もなく、赤と白の髪の少女がヨコシマに抱きついてきた。初めて見る顔だけど、ヨコシマを先生と呼ぶ人物と言えば、
「『シロ!?』」
「そうでござる!」
別れたときは6、7歳ぐらいだったのに、今は13、4歳ぐらいになっている。目を白黒させたヨコシマに、
「ああ、これは超回復と呼ばれるものらしいよ。ケガから回復しようとする人狼の生命力と私達が行った霊的ヒーリングの相乗効果で急速な成長が行われたようだ」
と唐巣さんが親切に説明してくれた。
「聞けば横島クン達も妙神山まで行ってきたそうじゃないか。疲れたろう、まずは一休みしたまえ。お茶でも淹れるよ」
「はい、神父」
みずからお茶をついでくれる神父に恐縮しつつ、ヨコシマは手近な椅子に座ろうとする。が、そんな悠長さを許さないせっかち者が1人いた。
「先生先生! 早く霊波刀を教えて欲しいでござるよ!」
「だーうるさい! 俺だって疲れてるんだから一休みぐらいさせろ」
シロが尻尾をぱたぱた振りながら催促してくるけど、さすがに着いたばかりだからヨコシマも乗り気じゃないようね。
「落ち着きたまえシロくん、あせっても技は身につかないよ。それより横島クン、小竜姫さまの装具を借りて来たというのは本当かい?」
「はい、ここに」
とヨコシマがザックから袋を取り出し、彼女のヘアバンドと籠手を出して見せる。唐巣さんとピートさんが興味深げに覗き込んで、
「ふむ、これがそうか……問題は誰がこれを使うかだね」
「やはり前衛の格闘が得意な人が使うべきではないでしょうか」
「そうだね。となると美神くんか横島クン……美神くんは魔法陣を描くので疲れてるから横島クンが妥当かな」
「ええ、借りて来たのは横島さんですし、彼が使うのが筋だと思います」
「うむ。美神くん達が戻ってきたら改めて相談しよう」
「はい」
当人を置いといて話を進めてるけど、まあ順当なところよね。ヨコシマも自分が使う気でいるみたいだし。
やがて日暮れ頃、美神さん達も帰ってきた。2人とも目に隈をつくって疲れた顔をしている。大丈夫かしら。
「やあお疲れさま、横島クンも無事戻ってきたよ。夕食を食べたら改めて作戦会議をしよう」
というわけでおキヌちゃんがつくってくれた食事の後、私達は車座になって改めて今後の作戦を練ることになった。
まず人狼の力は月の満ち欠けに左右されるため、犬飼がここを襲撃するのはおそらく次の満月、あと6日ほど先らしい。
彼が来たらすぐ美神さんと小笠原さんとシロでアルテミスを召喚する。その時間を稼ぐために『私』とピートさんが相手をして、唐巣さんとタイガーさんは美神さん達の護衛、ということになった。
フェンリルになる前に倒せればよし、覚醒されてしまった場合はヨコシマが竜神の装具を使って参戦する、という事で落ち着いた。
美神さんも候補だったんだけど、装具は身体への負担が大きいので使い終わった後ひどい筋肉痛などになるらしく、今の体調で使ったら本当に危ないそうで本人が辞退した。
そこまでは良かったんだけど。
アルテミスを召喚した場合、シロに憑依してもらって力を借りるという形になる可能性があるため、
「出来る限りシロを鍛えておくに越したことはないわ」
という美神さんの鶴の一声で、
……私とヨコシマが彼女の指導をすることになってしまった。
私はあくまでヨコシマだけの心眼なのに……。
シロといい冥子さんといいライバルなのに、何で私が稽古つけなきゃいけないんだろう?
いえ、嘆いていても仕方ないわね。こうなったらせめてフラグが立たないように、私が主導的に教えることにしましょう。
……それじゃ、おやすみなさい。
次の日の朝、私達は予定通り別荘の庭でシロの特訓をすることにした。
精霊石で人間の姿になっているシロに、まずは自力で霊波刀を出してみてもらうと、
ぽっ、ぶぶぶぶぶ……。
彼女の右掌から、鉛筆みたいな形をした霊気の塊が出現した。
『……えっと、それは何?』
「拙者、人間形態ではこれが精一杯で……」
「つまりそれを強くしたくて俺の弟子になるとか言ってたんだな」
「はい。父の仇を倒すためならどんな厳しい修行にも耐えてみせるでござる!」
『ふーん、ヨコシマや冥子さんとはえらい違いね』
ちょっとだけ皮肉をこめた眼でヨコシマを見やると、
「う、うるさい! 俺は元々知性派なんだ」
ぷいっとそっぽを向くヨコシマ。うーん、ある意味正しいんだけど、はっきり言って似合わないわね。ふふっ。
『ごめんごめん、冗談よ。ところでシロ』
「はい」
『最初に言っておくわ。やる気があるのはいいけど、復讐心だけで戦うのはダメ。いざというときの判断を誤るし、何よりおまえ自身のためにならないわ。私達に弟子入りしたいなら、まずそれを約束しなさい』
「え、それは……」
シロはひどく狼狽した表情を見せた。
まあ仇討ちのための弟子入りなのに、それを否定されちゃどうにもならないものね。
『何も仇を討つなと言ってるわけじゃないわ。ただ頭をそれでいっぱいにするなと言いたいの。冷静に考える余裕を持つの。分かる?』
「……」
直情型のシロだけど、冷静に考える、と言われてさすがに頭をひねり出した。しばらくうなってて――気づいてくれたみたいね。
「分かりました。確かに拙者、先日も勝手に飛び込んでケガをしたあげく、大先生にまで迷惑をかけ申した。そういうことをするなという意味でござろう?」
そう、それでいいわ。
『そうよ、くれぐれも忘れないでね。それじゃ始めましょう』
「はいっ!」
……。
『おまえの場合、普通のサイズの霊波刀をつくれるだけの霊力はもう持ってるわ。それを操る制御力とイメージ力が足りてないのよ』
霊波刀というのは技術的にはヨコシマのソーサーと同じもので、それほど高度なものじゃない。
ある程度の霊力を手先に集めて放出し、一定の形を維持する。という流れは同じ。形状が長大なのとこめるイメージ(盾か剣か)が違うだけ。
ただし人間の霊力で実用的なものをつくろうと思ったらヨコシマのGS試験のときみたいに危険覚悟で全身の霊力を凝縮しなきゃいけないから、使い手はごく少ないというわけ。剣術的に戦いたければ神通棍や霊剣を使えばいいんだし。
逆に人狼族では珍しくないのは種族として霊力が強いのと、みんな武士で刀剣に慣れ親しんでる分イメージがしやすいからということみたい。
『だから修行はそちらを重点的にやるわ。まずは……』
心を鎮め、静かに精神を集中させる。
この子はこれがなかなか苦手みたいだけど、ともかくやっているうちに、少しずつ掌に集まる霊力が強くなってきた。
『……ちょっと一息入れましょうか』
「え? 拙者まだまだやれるでござるよ?」
シロは意欲満々だけど、集中力が鈍ってるのは隠せてない。
『いいの。こういうことは無理しても仕方ないから』
「そうだぞ。俺もすること無くていいかげん退屈だし」
シロの指導は私がしてるから、ヨコシマは彼女の前で突っ立ってるだけで会話すらできないというちょっと哀れな状況なの。私はクスッと悪戯っぽく微笑んで、
『そう? 何なら嫌って言うほど運動させてあげるけど』
「運動……ってどうせそれ組み手やろ? 人狼とまともに勝負なんて出来るかあ!」
『おまえなら出来るわよ。おまえの修行にもなるし』
「え、先生と組み手でござるか! 分かりました、さっそくお願いするでござるよ!!」
ぱっと向日葵のような笑みをうかべてヨコシマに飛び掛るシロと、慌てて逃げ出すヨコシマ。ええ、逃げるとか避けるとかに限ればおまえは人狼にも負けてないわ。
まあそれはいいとして。黙って立ってただけのヨコシマが何で先生なのかしら、弟子3号?
2日後、シロは一応霊波刀らしきものを出せるようになった。
霊力の集中ができてきた所でヨコシマに栄光の手(剣)を出してもらって、同じ形をつくるように、と言ってみたところ、
「先生のと同じものをつくるのでござるか!」
と喜んで急速に刀の形をつくれるようになってきたのだ。
懐かれてるわねヨコシマ……何だかんだ言って甘やかしてるから。
まだ集中が足りないから八房と打ち合うのはとても無理だけど、この分でいけば満月の日までには十分使えるようになりそうだわ。
「やあ、頑張ってるようだね。シロくんもなかなか上達してきたじゃないか」
そこへ唐巣さんが飲み物を持ってきてくれた。自分は魔法陣を描く事も特訓の役に立つ事もできないからと言って、こうして雑事を受け持ってくれてるのだ。
「すみません、神父」
チェアーに腰掛けて休憩する。シロは相変わらず尻尾をぱたぱたさせながら、
「しかし先生の霊波刀はすごいでござるな。刀だけでなくあれほど自在に形を変えるなど、里でも見たことがないでござるよ。いったいどれだけの修練を積めばそのようになれるのでござるか?」
尊敬の眼差しがキラキラしている。う、これが好意に変わっていくのかしら……。
「いや、俺のは偶然みたいなもんなんだけど」
「偶然、でござるか」
「ああ」
とヨコシマが香港の事件のことを説明する。微妙に自分が美化されてるけど、チャチャ入れるのも何だし。くっ、今夜は覚えてなさいよヨコシマ!
で、一応の話は終わって、
「なるほど、そうでござったか……。やはり先生は只者ではなかったでござるな」
『そういうこと。ヨコシマは特別だから、無理に真似しても時間の無駄よ。その時間もないんだから、おまえは普通の霊波刀に励みなさい』
「はい!」
『じゃ、休憩は終わり。そろそろ実際にその霊波刀を使っての修行に入るわよ』
「おお、いよいよ先生との組み手でござるか!?」
シロが期待に眼を輝かせるけど、それは外れ。
台の上に木の板を立てさせて、
『これを突くの。ひたすら』
「へ?」
『だからこの板をひたすら突く練習をするの。確かこの国には木立をひたすら叩きまくる剣法があったでしょ。どうせなら突く方が当たりやすいと思うわ』
何でこんな事を知ってるかといえば、私は一応「神剣の達人」からできた「心眼」だし、小竜姫さんとの雑談の中でも出て来たから。あと「千の技を知る者より1の技を極めた者の方が怖い」とかいう格言もあったわね。今さら組み手の練習したところで犬飼と八房に追いつけるわけはないし、速成にはこういうのが1番いいんじゃないかしら。
「は、しかし……それでは八房には勝てぬのでは……?」
『勝つって、8連撃を全部はじくってこと? そんな事してても勝てないわよ。私の戦い見てたでしょう?』
八房は剣の間合いよりずっと遠くから衝撃波を飛ばせる。それを受けているだけでは「剣士」に反撃の機会は永久に来ないわ。
「そ、それは……」
『そこで人狼のスピードを生かすの。攻撃が来たら横に跳んで避けるのよ。後はとにかく動き回って、犬飼の隙を見て突っ込むだけ』
その後の渾身の一撃を確実に当てるようにするのがこの特訓というわけね。
「隙を見て……でござるか。しかしそう簡単に奴が隙など見せるでござろうか……?」
『相手がおまえ1人ならね。でもここには仲間もいるし、女神の加護もあるわ。それとも八房の連撃を受け続けていれば勝ち目が見えてくるのかしら?』
「…………」
シロは腕を組んでしばらくうなっていたけど、
「分かりました、さすがは大先生! 拙者必ずや大先生のご期待に応えてみせるでござる!!」
そう大先生って連発されても……(汗)。
まあやる気になってくれればいいんだけどね。ヨコシマもこのくらい素直だったら……らしくないわね、やっぱり。
――――つづく。
あとがき
シロ特訓で1話終わってしまいました(^^;
次こそは対決です。
ではレス返しを。
○ヒロヒロさん
>ヒャクメが役に立ってる!!!(ガクガクブルブル)
本当に役に立てるかどうかは次回にて。
○ゆんさん
>ルシオラや〜っておしまい!!
あいあいさー!(ぉぃ
>手数だったらバーサーカー(レラクレス)のアレだよな〜?
あれですか〜〜。あれですね!
○ジェミナスさん
>横島は飛び掛った後に見せる種族を気にしない煩悩で落とすのですよ!!
むしろ堕とす?(ぉぃ
○貝柱さん
>八房が霊力を吸えるのが人間からだけなら、横島くんの霊力で実体化してるルシオラさんからでも霊力を吸えるのでは?と思ってしまいました
あ、言われてみればそうですね。
持ってる力が魔力なら貧乏神祓えたはずですし(原作ではその辺不明ですが)。
というわけで修正しました。
ご指摘ありがとうございますm(_ _)m
○遊鬼さん
>この流れでいくとシロは小竜姫さまの弟子になってしまうんでしょうか?
むしろ孫弟子になってますw
>個人的には「横×ルシ」もしくは「横×タマ」が好きなんでそっちのエピソードが欲しいッス(爆
タマモっスか!
そう言えばこのSSはテーマ上アシュ編で終わりなんで、このままでいくとタマモ出て来れませんねぇ。
うーん。
○セフィロトさん
>さすがに修行の内容までは知らなかったようですね
そうですねぇ、何しろエピソードが多すぎて、個々の細かい点までは聞いてないか、あるいは覚えていられないですから。
○ジンさん
はじめまして、今後とも宜しくお願いします。
>仮想空間では魂レベルで老師と繋がっちゃいますから、ルシオラも同行した場合には、その正体がバレちゃう可能性大でしょう
それなんですね問題は。
ルシオラは当然この修行方法知りませんから同行を拒むことはないですし、順当にいけばそういう流れになっちゃいますね。
ルシオラ自身「いずれは」話す気でいるのですが……。
ではまた。
ところでタマモ出た方がいいでしょうかねぇ?