<忠夫>
「放せぇぇぇぇぇぇ!」
僕は自分が何を言っているかも分からないまま、助走をつけて思いっきり栄光の手で式神の腕を殴りつけた。鈍い音がして式神はよろめくが、大したダメージにはなっていない。
が、殴りつけた部分、美神さんを捕らえている腕が途端に紐のように解け、美神さんが解放される。
なんで?
そこでいつもより若干強い光を放っている栄光の手に気付いた。今までただの飾りだと思っていた甲の部分にある玉のレリーフが輝いて、一つの漢字を表している。
『放』
と
訳が分からず呆然とそれを見ていると、もう一方の式神の手が伸び、僕を攻撃してくる。咄嗟に栄光の手で防御するが、威力を吸収しきれず跳ね飛ばされる。予想はしていたが、かなりの霊力差だ。
「くそ、パワーが違いすぎる!」
『……情けないの。力が全てではなかろう?』
どこからか、声。
『どこを見ている? 我はここだ』
自分の額から突然聞こえてきた声に、びっくりして目線を上に上げた。そこには僕がいつも着けている、父さんが唯一残しておいてくれたバンダナ。
「き、君は?」
『我が名か? 我が名は……
心眼だ』
妙神山のただおくん~バトル・オブ・鬼ごっこ! 後編~
<心眼>
『我は小竜姫様の竜気より生まれし者であり、主の力を引き出す者。あの程度の相手、今のお主の力で十分に勝てるぞ?』
本当は主の浮気防止用ののお目付け役として産まれたなのだが……それは黙っておこう。つーか言いたくない。
『お主はまだ力の使い方というものを分かっておらん。さあ、お主の力を少しだけコントロールしてやる。美神殿を助けるのだろう?』
「あ、うん……」
主はまだ理解しきっていないようだ。まあ無理もない。まああたふたしている主もそれはそれでいい。ん? 性格が変わっていないかだと? 我は小竜姫様から生まれし者だぞ? こうなって当たり前であろう!
「心眼? 心眼なら前にヒャクメ姉ちゃんにお年玉に貰ったけど」
『……あれはヒャクメ殿の感覚器官の一つの総称であり、我とは違う。我の役目は主を正しき道へ導くこと。まあ確かに同じ目玉であるが』
主からは見えぬが、我は外から見るとバンダナから目が開いているような外見になる。まあ、本当に目なのだが。
「……よ、横島クン? それなに?」
気付いた美神殿が我に指さして問う。「それ」とは失礼な。
「僕もよく分かんない」
……主も何気に酷いな。
『我のことは後で小竜姫様にでも聞くがよい。まずはあの暴走した式神を倒すぞ』
「倒せるの? 私がいくら攻撃しても全く効かなかったのよ?」
『可能だ。主、奴を霊視するのだ』
「んんん~。……何も見えないよ~」
必死に目を凝らす主。……新たな萌えパターンだな。後で小竜姫様に報告だ。
『何のために我が居ると思っておるのだ? 感覚を我を中心にするようにして、霊視するのだ』
「ぬぬぬ~。……あっ、式神の中心に何か混ざってる!?」
「え、本当? ……本当だ、何あれ? ……魔力?」
美神殿も霊視ゴーグルで式神を見て、気付いて声を上げる。なまじ戦ったことのある式神ということで、油断していたのだろうな。
『うむ、式神の暴走の原因はあれのようだな。つまりあれと本体を切り離せば奴はかなり弱体化するということだ』
「でもどうやって切り離すのよ? そんな道具なんて持ってないわよ」
『大丈夫だ。主が居るからな』
「へ?」
目が点になる主。ふむ、萌える。さすがキング・オブ・ナチュラル萌えだな。
それにしてもあの式神、我らの会話が終わるのをずっと待っているのか? ……練習用という本能には勝てんのだろうか?
<忠夫>
『主は小竜姫様に言われたはずだ。人間の持つ最大の武器は創造力と想像力だと。主は特にその傾向が強い。それが実物として現れたのが……その進化した栄光の手だ」
栄光の手の玉は未だに強い輝きを放っているが、そこに書いてあった漢字はすでに消えていた。
『栄光の手は元々変化自在な霊波刀。その属性は『自由』。今までは形を変えるだけであったが、今なら恐らく様々なことができるはずだ。主、念じるのだ!』
式神がこちらの戦意に反応して動き出した。こちらまで後十メートル。
『イメージしろ! 栄光の手が奴の中心をぶち抜く様を!』
後七メートル。
『想像しろ! 奴と悪意を切り離す様を!』
後五メートル。
『そして創造するのだ! それが出来る、栄光の手の姿を!』
三メートル。僕の射程距離!
『今だ! 主!』
僕は心眼の声と共に、拳を振りかぶり、奴に向けてまっすぐ突き刺す!
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ! 無限パーンチ!」
『離』
僕の意思と共に伸びた栄光の手が、式神の中心に位置する悪意を打ち抜き、そのまま伸びていく。
『まだだ、主! 完全に切り離すまで伸ばし続けるのだ! ……美神殿!』
「分かってるわよ!」
心眼の声より前にすでに用意していた美神さんが神通棍を式神に突き刺す。ちょうど力を失ったばかりの式神はそれだけであっさり消滅した。だが僕が栄光の手で打ち抜いた悪意は消えたわけではない。あれはこのまま放っておいてはいけないものだ。
僕は遥か彼方まで伸びている栄光の手に、新たなイメージを送る。
『伸』
「まだまだ、行けえぇぇぇぇぇ!」
栄光の手は、悪意と一緒に大気圏を突破した。
<神無>
「はあ、早く警備の時間終わらないかなあ」
朧が暇そうに呟く。確かに月で大きな事件などここ最近まったくないが、だからといってこれほど気を緩めるのもどうかと思う。しかしどうもただサボりたいだけではないようだ。
「どうしてそんなに早く帰りたいのだ?」
「何言っているの!? 今日は『忠夫くんのお部屋』の更新日よ! しかも今日は中学入学式! きっと女子高で女の子に囲まれて若々しいリビドーを抑えるのに必死な忠夫くんの写真がいっぱい……」
朧はうっとりした顔つきで危険なことを言った。
「忠夫くんのお部屋」とは数年前に妙神山の神族である小竜姫によって作られたHPだ。そこで横島忠夫という名の少年の成長記録が事細かく載っている。……写真つきで。開いて数年で神魔族を中心に凄い人気を誇り、会員数はもはや神魔族の五割を優に越え、カウンターはたった一日で振り切るほどだ。
月神族もそれは例外ではない。珍しく神魔族の会議にでた迦具夜様が、帰ってくるなり何を思ったのか「今はハイテクの時代。今日から月でもインターネットを繋げます!」と力説し始めた時は熱でも出したのかと思った。もちろんその時の迦具夜様の手には「忠夫くんのお部屋 写真集サンプル」がしっかり握られていたが。そして徐々に月でも人気が出始め、今では数少ないパソコンの取り合いで果し合いが産まれるほどだ。
「まったく、たかが人間の子供相手に……」
「なに済ました顔してんのよ神無。知ってるわよ、あなたが夜中にこっそりパソコンつけて『忠夫くんのお部屋』を見てるの」
ぶっ!
「い、いやあれはだな! ただみんながそんなに熱心に見ているから、どんなものかと思ってだな。そ、それにみんなの流行を自分が知らなければコミュニケーションを取るのに支障が生じて……」
「じゃあ、なんで更新の日が近づくと更新ボタン連打してるの? というかあなたが左クリックしまくってるせいで今月に入ってマウスがもう三つも駄目になったんだけど」
…………………………。
「あ、あれは何!? 地球から何か強い霊力が向かってきている!」
「こら、話をずらさないの……って、本当だ! 何かしら?」
地球から向かってきた強い霊力はこちらに来て、……よく見れば拳か? その先には魔力が引っ付いている。それは凄いスピードでこちらへやってきて……
ズッガーン!
その日、月にクレーターが一つ増えた。
<忠夫>
無限月面拳!
月に叩き付けた感触が伝わってくる。完璧に仕留めた。
「……あの式神も化け物だったけど、あんたも大概化け物ね……」
美神さんが呆れたような顔で言った。
「うむ、我も今そう思ったところだ。霊波刀で大気圏突破したものなぞ、人類創始以来恐らく主が始めてじゃろうな、そんな馬鹿する奴は」
……酷いよ、心眼。
「あっ、そういえば……」
「ん、どうしたの美神さん?」
「この勝負、どっちが勝ちになるの?」
<女生徒>
彼等の戦いの様子を見て静まり返っていた生徒たちが途端に歓声を上げた。それはそうだ。式神があんな風に暴走して、美神お姉様や六道お姉様をいとも簡単にあしらうなど、そしてそれをあの新入生男子が倒してしまうなど簡単には信じられることではない。
周りを見渡せば、すでに何人かはもう目がハートマークになっている。強すぎ、というか非常識でしょう、あれ!
「みんな~、この勝負は決着が着いたわ~」
みんなが理事長の声に気付き、舞台の方を見やる。もうほとんどの女子に男子受け入れに嫌悪感がない。むしろ横島忠夫くん大歓迎なムードだ。
「この勝負~、残念だけど~在校生代表の令子ちゃんの勝ちね~」
女生徒たちは、また静まり返った。
続く
あとがき
今回で終わると思ったのに……入学式編。次回は今回の続きを少しやった後、新しいクラスで自己紹介をする話になります。多分次回は正式にルシオラが登場! ……する予定です。
今日は時間があるのでレス返し。
>黒覆面(赤)様
>のどかな学園物かと思った今後の展開に、なにやら怪しげな影が
次回から学園ほのぼのになると思います。というか壊れ。偶にはシリアスしないとだれるので。
>D,様
>前世を思い出しちゃいましたか
今回はただ無意識に口走っただけなので記憶は取り戻してません。回りも何を言っているのかよく分かっていないので、あまり追求されないでしょうね。
>3かぁ~。様
>メドーサは『壊』がついてそう
ギクリッ(汗
>ジェネ様
>オチキャラ化が進むブルーに勝利はあるのか!?
そろそろブルーにもメイン話を書いてあげようかと思ってます。
>柳野雫様
>前世の記憶・・。続きが気になります
ごめんなさい、今回は特に前世については触れません。
>ゆん様
>ビルーとブラックは同じ学校だからいいとしてイエローは学校はいいのか?
教師に幻術かけて出席扱いにしたりしてたり……。
>シヴァやん様
>ほのぼの学園ものを期待してたんですけど
すいません、次回から多分入ると思いますので。
今回出てきたオリジナルの栄光の手進化型。あまりオリジナル系は好きではないのですが、文殊はまだ出したくない、でも何か新しい技を覚えさせたいってことで文殊と栄光の手の間という形になりました。
文殊より使い勝手がいいのでは?と思った方もいるかもしれませんが、基本的には文殊よりも弱いし使いにくいです。この話はおいおいします。
それにしても……自分はバトルやシリアスに向いてない気がします。でもあまり人気なくても偶にはシリアス入れますので。
ではこの辺で。
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