〜ナレーター視点〜
夜も更けた頃、幸福荘の一室には今だ明かりが灯っていた。
と、言っても此処は蒼河霊能相談所ではなく。
『ヨーロッパの魔王』と名高い不死の錬金術師、『ドクター・カオス』の部屋だ。
その台所でカオスの今までの生涯での最高傑作、アンドロイドのマリアがケーキを作っていた。
「――作業が終了しました。ドクター・カオス」
「うむ! いい出来だマリア。早速包装して蒼河霊能相談所へ届けたまえ!」
「イエス、ドクター・カオス」
マリアはそう命令されいそいそとケーキを箱に入れて包装していく。しかし、その箱はやや汚れた部分がある。どうやら使用済みのものらしい。
実はカオスは今現在恐ろしいほどの貧乏な生活を送っている。
勇んで日本に来たはいいものを、そのときの旅費で手持ちの金はほぼ底を尽きていたのだ。
本来なら相手の体を奪い取ってそのついでに相手の財産まで頂いてしまおうと思っていたのだが、見事に失敗してしまったため、今は全然金が無いのだ。
しかし、このケーキの代金をカオスは何処からひねり出したのだろうか?
其れは簡単だ。バイトをして稼いだのである。
道路工事をしたり、交通整理をしたりと地道にこつこつためた金でケーキの材料を買ったのである。
もう一度言おう! 彼は『ヨーロッパの魔王』と呼ばれた不死の錬金術師、『ドクター・カオス』である!!
それが、他の一般人に混じってアルバイトにいそしんでいるのだ。
語るに堕ちるとはこのことである。
「くっくっく、これまでの苦しい生活もこの『時空消滅内服液』さえあればもうおさらばじゃ! あのキイと言う小僧さえいなくなればー!!」
カオスは妙な液体の入った小瓶を片手に高らかに宣言している。
よほど自身があるようだが、その薬を作るためにどれくらいのお金を叩いたのだろうか?
もしかしたらそれだけで自分の本拠地であるヨーロッパに位には戻れたかもしれないのに気付いていないのだろうか?
キイへの復讐のため考えが狭くなってしまっているカオス。
「ふっふっふ、この薬を飲めば過去からも未来からもその存在が消滅するのだ!
此れを飲んだらどーなるかと言うと、これがもースゴい!!」
そう言ってカオスは後ろを振り向いた。だが、マリアは既にケーキの梱包を終え出かけた後だった。
カオスは勢いを削がれて、体育すわりで一人拾ってきたTVを見るしかなかった。
さしずめ一人身老人の寂しい老後のような光景だ。
しかし人を呪わば穴二つといったところか、この後訪れる本当の恐怖(家賃の取立て)のことを彼はまだ知らない。
「ふぃ〜、ただいまっと」
今日の除霊を終え、家へと帰ってきた横島は畳の部屋に大の字に寝転んだ。
「私、お茶淹れますね〜」
一緒に現場に行っていたおキヌちゃんは、別に疲れることはしていないので元気だ。
疲れた横島のためにお茶を淹れようと台所へと向かう姿に、横島はええ娘や〜と涙ながら頷いていた。
因みにキイの方はまだ仕事のアフターケア中だ。今回のことについて、依頼主と話があると言っていたので横島たちが先に帰ってきたのだ。
と、そこで横島は何か甘い香りがするのに気がついた。
横島はのそりと起き上がり、その匂いの元を探すべく、犬の如く畳を這い匂いの元を探す。
そして見つけたのはテーブルの上にある一つの箱。横島は其れに恐る恐る手を掛け、ゆっくりと箱を開ける。中には立派なケーキがどーんと鎮座していた。
そして添えているカードを見つけ、ひょいっと手にとって見る。
『To Kii』
それだけ、ただそれだけだったが横島の頭は其れがどういうものなのかを瞬時に割り出した。
「こ、これは…女の子からのプレゼントかーー! ち、ちくしょーー!!」
横島の頭にはこの前行った六道女学院のことが思い出されている。あの時キイは、沢山の女生徒から連絡先を受け取っていたのだ。
「何でキイ兄だけなんやー!!」
そう叫びながら畳の上をごろごろと転がっている。
そんなところにちょうどおキヌちゃんがお茶を淹れて戻ってきた。
「あれ、横島さんどうしたんですか? あっ、きれいなケーキですね」
紅茶の方が良かったかなと思いつつ、テーブルにお茶を並べるおキヌちゃん。
「このケーキどうしたんですか?」
そう聞いてくるおキヌちゃんに横島はメッセージカードを手渡した。
「へぇ〜、プレゼントを貰えるなんてキイさんって有名人なんですね〜」
どうやらおキヌちゃんの中では、知らない人からプレゼントが貰えるイコール有名人になるらしい。
あながち間違っちゃいないのだが、微妙にずれているおキヌちゃんだった。
「えぇい! こんなもの俺が全部食ってやるーー!!」
横島はこのやるせなさを食欲に変えると言わんばかりに、いつの間にか装備したフォークでケーキを食べだした。
「あぁ! 横島さん駄目ですよ勝手に食べちゃ!」
「止めんといてー! 全部食ってやるんやー!!」
おキヌちゃんの制止をも振り切り、横島はどんどんケーキを攻略していく。
結局最後はおキヌちゃんのフライパンの一撃で撃沈されたが、ケーキは半分以上食べられた後だった。
「いや〜、なかなかのお味でした」
「もうっ、キイさんに怒られても知りませんよ」
フライパンを片手に頬を膨らまして怒っているおキヌちゃん。
大丈夫や大丈夫と高をくくっている横島だったが、
「!? う、うぐっ!?」
急に胸を押さえて、横島はその場で倒れこんだ。
「よ、横島さん!?」
おキヌちゃんは急に倒れた横島にあわてて近寄る。
「ぐ、ぐぉ…ま、さか……毒……?」
しかし何で毒なんか…
横島は何故キイへのプレゼントに毒が盛られていたのかと、頭をフル回転させて考える。
(はっ! まさか此れは『もてない嫉妬の会』の陰謀か!?)
『もてない嫉妬の会』…それはどの時代にでも存在する女にもてない男たちが結成した秘密組織である。その期限は西暦をも飛び越え、中国四千年の歴史をも勝るとまで言われるほどだ。
その活動目的は全世界に存在する、女にもてまくる男を私怨と嫉妬により粛清すると言うまったく持って迷惑きわまらないものだったりする。
さらにその組織は穏健派と過激派に分かれており、穏健派は純粋にもてまくる男を闇から闇へと葬り、過激派はカップルと見れば迷わず襲い掛かって物理的に破局させるのだ。
どっちにしろ傍迷惑な連中である。
そんな組織を何故横島が知っているかと言うと、つい最近組織への勧誘があったからだったりする。そのときは何とか断ったが、あと少しで堕ちそうだったと此処で言って置こう。
(はっ! まさかこのケーキ勧誘を断った俺もついでに消すために!?)
そんなはずは無いと言うか、まったくの勘違いなのだがこの時点で横島は知る由も無かった。
その時、横島の体がだんだんと薄くなっていく。
「な、なんじゃこりゃーー!!」
「ど、どうしましょーー! こういうときは117にーー!」
えらいこっちゃと、部屋中を駆け回る横島。おキヌちゃんは電話を上げてボタンをプッシュするが聞こえてくるのは時報の声だった。いい具合にパニックになっている。
「何なんやーー!?」
その叫びを最後に、横島の姿が掻き消えた。
「あ、あれ? 私何してたんでしたっけ?」
おキヌちゃんはあたりをキョロキョロと見渡す。
何故か散らかっている部屋、テーブルの上には食べかけのケーキとお茶。
しかしおキヌちゃんは食べたり飲んだりはしないので、何でだしたんだろうと首を捻っている。
その時バンッといきなり扉が開いた。そしてキイが慌てた様子で部屋の中へと帰ってくる。
「おキヌちゃん! 忠っちは何処!?」
「え、えっと…忠っちって誰ですか?」
おキヌちゃんは困ったように首を傾げる。
キイは其れを見て舌打ちすると、そのままその場で精神を集中させる。
(忠っち…)
この時、キイの額には焦りにも似た色が浮かんでいた。
せかいはまわるよどこまでも
〜〜流されて過去の世界〜〜
〜横島視点〜
体が透け始めたと思ったら、今度は行き成り落下と言うか引っ張られる感じで暗闇の世界を突き進んでいる。
「何がおきたんじゃー!」
叫んでみるがまったくの成果なし。まあ分かってはいたんだがこういうときは叫ぶのに限る。精神の安定を図るためだとか色々話はあるけど、今回はただ叫んでいるだけだ。
「何だか良く分からんが彼女ぐらい作りたかったーー!!」
そう叫んだところで目の前が真っ白になった。
「うおっ! 此処は何処だ!?」
行き成り目の前の視界がクリアになって俺は思わず立ち上がってしまった。
「どうしたんだ横島、顔色変だぞ? 変なのは何時もだが」
「え? へっ? なっ…」
何故か、目の前に中学以来あってないクラスメイトがいる。
ってか、何でこいつ中学のときの制服着てるんだ?
「それよりここはっ……中学のときの教室?」
確かに此処には見覚えのある。中学のときお世話になった教室だった。
「中学のときって、お前今も中学だろが…」
目の前のクラスメイトがあきれた顔でそう言ってくる。
それに良く見れば、こいつ四年経ってるはずなのに全然変わってない。
そこに、中学のときの俺の担任が近づいてきた。
「おい横島。ふざけるのも大概に「今日は何年何月何日だあああっ!」おおうっ! 校内暴力!? やっぱり教師になんてならねーで家業ついどきゃよかったー!」
学校から抜け出した俺は一旦四年前まで住んでいた家へと走った。
「うわ、マジで表札かかったままだよ」
売られたはずの我が家にはまだしっかりと『横島』の表札がかかったままだった。
何時もの隠している場所から鍵を取り出し、家へと入ってみる。
「誰も…いないのか」
ふと、テーブルの上にある新聞に目が留まる。
手にとって、恐る恐るその日付を確認する。
其処には確かに自分が知っている日付より、四年は昔の日付が刻まれていた。
「ほ、ほんまに何がどうなってるんだ…そうだ! キイ兄に聞けば何か分かるかも!」
俺は急いで家を飛び出し、この頃の修行場だった近くの雑木林へと走った。
そしてそこで目にしたものは…
『今日は用事が出来たので修行はなしね』
と書かれた張り紙が一枚風に吹かれて揺れていた。
「そ、そういやこんな日あったわ…」
よりによってこんな日になんてなんてついてないんや…
俺はどうしようもなく、町をぶらつくことになった。
今の自分は良く分からないが四年前の過去に戻ってきている。
けど何で? 心当たりがあるのは…
「あのケーキに入ってた毒みたいなのやな〜。いったい何なんやろ?」
その時、俺の霊感に気になるものが引っかかった。
黒い気配、多分悪霊のようなものとその逆で白い強力なものだ。
何も当てが無い俺は、とりあえずその気配のするほうに向かった。
着いたのはちょっと古びた教会。中からは以前に黒と白の気配を感じる。
俺はそのまま入るのは躊躇われたので、とりあえず庭に回って其処の窓から覗き込んでみた。
「宝石にとりつく邪悪なる者! 主、イエス・キリストの御名において命ずる!! 消え去れ悪魔よ…!!」
【ギィィィヤアアアア】
おおっ、ちょうど除霊し終わったところらしい。しかしいい手際だな。きっとプロのGSなんだろうな。
「これでもう大丈夫です。宝石にとりついていた悪霊は完全に消滅しましたよ」
「ありがとうございます。唐巣神父」
フムフム、唐巣神父と言うのかあの人は…
「お礼はいかほど?」
「いや、金など結構…「一千万円ですわ!」……」
除霊代の話になったとき、行き成り現れた少女がお礼を断ろうとした神父さんを遮った。
まあ、貰わないって言うのはどうかと思うけど一千万円は吹っかけすぎじゃないかな?
結局指輪の持ち主は一千万円の小切手を払っていったが、
「美神君、君ねーー! し、神聖な仕事を一体何だと…」
「貰える相手から貰える額を貰ったんだからいーでしょ! 神様だって文句言いませんよ!」
なにやら喧嘩を始めた神父と少女、美神さんと言うらしい。
まあ、二人の言い分は分かるけど何か正反対な二人だな。それにどこかで二人の名前聞いたことがあるような…気のせいかな?
それより、あの唐巣神父はプロのGSだし今の状況をどうにかできるかもしれない。いっちょ頼んでみることにしてみよう。
俺は表に回って教会の扉を開けた。
「おやっ? どうしましたか?」
「神父さん、ちょっと相談に乗って欲しいことが…」
俺は信じてくれるかどうか分からないが、家でケーキを食ったら毒みたいのを盛られていたらしく急に苦しくなって、気がついたら過去の世界に来ていたと説明した。
神父の隣にいる少女…美神さんは疑わしいとこっち見てるし、やっぱ駄目か?
「そうですか…少々お待ちなさい」
そう言って神父は本棚から一冊の本を持ってきた。
どうやら信じてくれたらしい、何て人のいい神父さんだ。流石は聖職者だな。
「君が口にしたのはおそらく『時空消滅内服液』と言う薬だね」
やけに深刻そうな顔で神父がそう言ってくる。その薬ってそんなにヤバイものなのか?
確かに名前からして危なそうだけど…
「これは、飲んだ対象を現代、未来、過去の全ての因果から断ち切られてしまう…暗殺用の魔法薬だよ」
因果を断ち切られる? 暗殺用の魔法薬? 其れってつまりは…
「い、いややーー! まだ死にたくないー!? 童貞のまま死ぬなんて嫌やーーー!!」
「ええいっ! うるさい!!」
「アウチッ!?」
パニックになった俺は、美神さんに高等部をひっぱたかれた
その瞬間、俺の中にある熱い魂が燃え上がった。
今の手首のスナップ、体重の乗せ方、そしてインパクトの瞬間のキレの良い音。
どれをとっても完璧だ!
「これやー! この突っ込みを待ってたんやー!!」
久しぶりに良い突っ込みを受けた俺はその嬉しさから美神さんの手を取った。
「放さんかこの変態ーーー!!」
「ああっ! 横島感激ーー!?」
俺は美神さんに体重を乗せた渾身のコークスクリューブローで殴り飛ばされた。
けど後悔は無い。こんな良い突っ込みを受けられるなんてなかなか良い体験だった。
「横島君だったね。そのケーキを食べる24時間以内に強烈に印象に残っていることは無いかね? それを再現すればもしかしたら元に戻れるかもしれない」
「24時間以内に強烈に印象に残っていることですか…」
俺が考え込もうと思った瞬間、急に教会の扉が開かれた。
其処には、美神さんと同じ制服を着た少女が一人、けど様子がおかしい。何か邪悪な気配もするし。
「グエヘヘヘーーッ! とうとう見つけたぞ唐巣!!」
「ち、千穂!?」
どうやら悪霊に取り付かれているらしいな、悪霊の本体は…あのイヤリングかな?
「唐巣! お前に復讐するために地獄の其処から戻ってきたぞ!!」
悪霊から邪気がほとばしる。なんか結構ヤバイか?
「くっ! 二人とも下がっていなさい!」
神父は聖書を手にすると、俺と美神さんの前に立ちはだかった。
「主、イエス・キリストの御名において命ずる!! 消え去れ悪魔よ…!!」
神父の手にした聖書から神聖な気が悪霊へと奔る。
「効かんわーー!」
だが悪霊は両腕で其れを払いのける。復讐に来たっていうだけあってなかなかの実力があるみたいだ。
神父と悪霊の勝負はなかなか接戦だ。だが、やはり神父の方が一枚上手のようだ。
「邪悪なる者よ! 退きたまえ! アーメン!」
「グワアアァァァ!!」
神父の攻撃がイヤリングを破壊した。
少女の方はぐったりと倒れるが、地面に到達する前に神父が受け止める。
「やった、流石は先生ね」
美神さんも其れをみてホッとしているが…何か違和感を感じるんだが……
その瞬間、神父に抱えられていた少女が目を見開いた。
あの目はまだとりつかれている!!
「神父! まだ悪霊が!!」
「何だって!」
神父は急いで離れようとするが、
「遅いわっ!!」
悪霊の攻撃をもろに受け神父は壁に叩きつけられた。
ぐったりして動かない、どうやら気絶してしまったらしい。
「な、何でイヤリングは壊したんでしょ!」
「あっ! そういやイヤリングって両耳にするもんじゃ!」
悪霊に取り付かれた少女を見ると、確かにそのもう片耳にはイヤリングが残っていた。
「その通り、初めから本体は二つあったんだよ! さあこの場にいる奴らは皆殺しだ!!」
「ちょっ! まずい、かなりまずいわよ!」
「あれ? 美神さんは除霊しないんですか?」
俺は首をかしげながら尋ねた。みたところ結構な力あるみたいだし…
「私、除霊なんかやったこと無いのよ! 普通研修じゃ除霊なんてしないのよ!」
そ、そうなのか…俺のときは中学の初めくらいからやらされてたからてっきり…
しかし、それじゃあここは俺がどうにかするしかないのかな?
「一体どうすれば……って何のつもり?」
俺は美神さんを背中に悪霊の前に立つ。こうなりゃなる用にしかならないでしょ。
「サイキックソーサー!」
霊波を集中させ、手の平にサイキックソーサーを作り出す。
しかし、自分が知っている其れと比べてかなり出来が悪い。おそらく過去に戻った所為で霊能もそのときの熟練度まで下がってしまったようだ。
「なっ、貴様GSかっ!?」
「違う! ただの中学生だ!!」
この時点では助手でもないしあってるよな?
「おのれっ!」
悪霊が邪気を飛ばす。俺はサイキックソーサーで防ぎつつ、霊波を纏った拳で殴りかかる。もちろんとりつかれている少女を殴るわけにはいかないので牽制程度だ。
目標は残っているイヤリングのみだ!
「喰らえっ!」
サイキックソーサーを投げつける。悪霊は其れを防ぎきると今まででも一際強い攻撃を放ってきた。
だが溜めも長いし十分に避けられる。此れを避けてイヤリングの破壊を…
そう考えた瞬間、俺は気がついた。背後に、美神さんがいるのだ。
しかも攻撃の直線上に入っていることに気付いていない!
俺は咄嗟に出来るだけの霊力を体に流し、全力でサイキックソーサーを展開した。
「ぐふっ!?」
悪霊の攻撃は予想以上に強く、サイキックソーサーを突き破り俺はその衝撃で後ろに吹き飛ばされた。そして説教壇にぶつかり、其れに耐え切れず説教壇は壊れた。体をしたたか打ちつけて息が詰まる。
「ちょっ! 大丈夫あんた!」
美神さんが駆け寄ってくる。どうやらまだ無事みたいだ。
けど其れも時間の問題…どうする?
俺は足元に落ちている神通棍が目に入った。
ただ、なんとなくだが…此れで大丈夫と思った。
「美神さん! 此れを使って!」
「神通棍? 私そんなもの使ったこと無いわよ! 其れに使えたって…」
俺は渋る美神さんの手を掴んで神通棍を握らせた。
「大丈夫! 美神さんになら出来ます! それに自分を信じなきゃこの先前になんか進めませんよ!」
昔キイ兄に言われた言葉を思い出しながら俺は美神さんの肩を掴んで説得する。
「自分を…信じる……」
ジャキンと言う音と共に神通棍が伸び、美神さんの霊力が流し込まれる。神通棍にどんどん力が溜まっていくのが目に見えて分かる。
「凄い、力がみなぎってくる!」
「させるかっ!」
悪霊から邪気が美神さんに向かって飛ぶ。
だが、神通棍で受けた美神さんには届かずそのまま霧散した。
「何ィ! こんな小娘が…そんなはずはないっ…!」
「小娘じゃないわ! 私の名前は美神令子よ! 地獄に戻っても覚えておきなさい!!」
美神さんが悪霊に向かって走る。
「悪霊退散!!」
「ぐわっ!!」
美神さんの一撃を受け、残ったイヤリングも砕けた。
ふぅ、とりあえず此れで一件落着かな?
体のほうは…一応立つ位は出来るな。
「あんた横島だったわね。あんたのおかげで自信がついたわ。ありがとう」
そうやって美神さんはにこっと微笑んでくれた。
く、くそー! 体の自由がきけばつい飛び掛っちゃいたくなるくらい可愛いじゃねぇかー!
俺は何とか本音を抑えつつ、壁に寄りかかりながら立ち上がった。
と、その瞬間視界がぐらっとぶれた。其れと同時に体が崩れるように倒れこむ。
「えっ! あっヤバイ! そういや俺『時空消滅内服液』飲んでたんだ……」
「ちょ、大丈……」
美神さんの心配そうな顔を最後に、視界がすっと暗くなった。
「くっそー! 何だかとってもこんちくしょー!!」
何だかとてもいいところでこの状況になった気がして俺は叫んでいた。
兎に角このままじゃいけないので神父が行っていたことを思い出す
確か唐巣神父が言うには、24時間以内で強烈に印象に残っていることを再現するんだよな?
24時間だろ? まず朝起きたら学校に行ったな。そこで毎度お馴染みのギャグをやってクラスからアホを見る目で見られたな。
それから午後の体育の時間に女子更衣室に覗きを行く発言をして男女共に袋にされて吊るされたな。アレは痛かった。
帰りにキイ兄が外で待っていて、そのまま除霊の現場に直行して、霊団の中に一人だけ放り込まれたんだよな。流石に死ぬかと思ったな。
んで、夕食もそこそこに次の現場に向かって、また危険な目にあって…
全部終わったらもう夜明け前でキイ兄の運転する車の中で就寝とは名ばかりでそのめちゃくちゃなドライビングテクニックで気絶して目が覚めたら家の前だったんだよな? それで俺とおキヌちゃんは降りてキイ兄はそのまま出かけたと…
な〜んだ、何時もと特に変わらない平凡な一日じゃん…
あれ? それじゃあ俺どうやって助かればいいんだ?
他に助かる手段って聞いてないんだけど?
「なんだかとってもピンチだぞ俺ーーー!!」
そう叫んだところで、また目の前が真っ白になった。
「うぉっ! 今度は何処や!!」
あたりを見渡す。生い茂る木に舗装された道、そしていくつかのベンチ…どうやら公園のようだ。
しかし、ここ凄く見覚えがあるな…
「何処やったっけな?」
ん、何だか声が高く感じるんだが…そういや今の自分の姿見てなかったっけか。
何だか視線も凄く低いし、一体幾つくらいなんや?
俺は近くの公衆トイレに入って、其処の鏡を覗き込んだ。
「うわぁ…こりゃ、8歳くらいか? また随分と戻ったな…」
そういや8歳といえば初めてキイ兄と会った頃だったはずだ。
もしかしたらと思い、俺はベンチで寝ているおっさんの新聞をちょっと拝借して日付を確認する。
やはり、今日はキイ兄とあった日だ。
どうやらついているぞ! キイ兄ならこの状況をどうにかしてくれるはずだ!
俺は公園を走ってキイ兄を探した。林を抜かせばそんなに広くないしすぐに見つかるはずだ!
――1時間後…
はあはあ、そういえばキイ兄って行き成り目の前に現れたんだった…
走り回って損した…
俺は大体キイ兄が現れた場所の近くのベンチに座り込んで待つことにした。
ふと空を見てみると、太陽がだんだんとオレンジ色に変わっていくのが見える。
確かキイ兄とあったのは此れくらいのときだったはずだ。
俺はゆっくりと沈んでいく太陽を見ている。いままで太陽が沈んでいく様子なんてじっくり見たことなんて無かったな。けどやっぱり夕日ってのは綺麗なものだな。
写真集とかにもなるくらいなんだし不思議な魅力って言うのがあるよな。何て言うかこの姿で言えば楽しかった時間の終わりって奴かな? 何だかアンニュイな気分になるよな〜
俺は太陽が沈むまでただじっと其処を見続けていた。
そして完全に沈んでから、俺はベンチから立ち上がり……
「って待てー! キイ兄はどうしたぁぁっ!?」
思いっきりシャウトした。太陽に見とれていたが、幾らなんでも目の前に誰かが現れれば気付くはずだ。
「うおぉぉぉぉ! 何で現れないんじゃーーー!」
俺は頭を抱え込んで地面を転げまわる。
このままではマズイ! 次で因果律から完全に切り離されて消滅するかもしれん!
その瞬間、また視界がぶれた。
今度は今までと違う、まるで濁流に巻き込まれたかのように体が闇の中に落ちていく。
「いやぁー! 死にたくないーー!!」
叫ぶものの何かに引っ張られるかのように体が引きずり込まれる。
一瞬、これまでの人生で会った人たちの顔が浮かんでは消えていった。
「うおおぉぉぉ! 走馬灯やないかーーー!!」
必死に頭を振って其れをかき消すが今の状況はまったく変わらない。
「元の時間に戻せーー! 死にたくないんやーー!!」
ドクンと、心臓が跳ね上がった。
その瞬間、今までに見たことも無い人影を見たような気がした。
「うわぁっ!?」
俺はがばっと体を起こした。
体に異常がないかチェックしてみるが特に問題は無い。
生きてる? まだ生きてる?
「ひゃあっ! よ、横島さん大丈夫なんですか?」
おキヌちゃんが隣で宙に浮かんでいた。おキヌちゃんが此処に要るってことは…戻ってこれた?
「うわっひゃ〜! やったぜおキヌちゃん! 俺生きてるぞ!」
「よ、横島さん!?」
おおっと、つい嬉しくておキヌちゃんに抱きついてしまった。幾らおキヌちゃんが幽霊でも女の子なんだから行き成り抱きついたら失礼だな。
「いや、ゴメンなおキヌちゃん。つい嬉しくて…」
「い、いえ…それより何があったんですか?」
心なしかおキヌちゃんの顔が赤いような気がするんだが気のせいか?
まあ、そんな事はいまはどうでもいい!
ああ、生きてるってすばらしいな〜もう!!
その時、玄関のドアが乱暴に開いた。
「忠っち大丈夫!」
どうやらキイ兄のご帰宅のようだ。しかし随分と焦っているな?
「何か嫌な予感がして帰ってきたんだけど忠っちなんとも無い?」
「ん、ああ…実はな……」
俺はキイ兄とおキヌちゃんに、自分が何故かケーキに仕込まれていた『時空消滅内服液』で過去に遡って死に掛けたことを話した。
最後の方で何で戻って此れたかは分からないけどと説明を終えた。
「大変だったんですね。でも帰ってきてくれて良かったです」
おキヌちゃんは純粋に喜んでくれた。
「変だね…何もしてないのに戻ってこれるなんて……薬が失敗作だったのかな?」
「まあ、どうでもいいだろ? それより長い時間旅行だったから腹減っちゃったよ」
そう言って俺は、テーブルの上にあるケーキに手を伸ばした。
「今食べて死に掛けたばっかりでしょうが!!」
「ぐふぅ!?」
キイ兄の鋭い突っ込みに、俺は壁に叩きつけられた。
頭から血がだらだらと流れている気がするが、今はそんなことも気にならない。
何故なら、
ついにキイ兄に突っ込みをさせたのだから!!
苦汁を舐め続けて早数年。ついに、俺は高いハードルを飛び越えることに成功したのだ!!
「やったぜ! 此れで俺はさらにお笑いの高みへと近づいたのだーー!!」
「うんうん、よかったね忠っち」
キイ兄が手にハンカチ、目に涙で俺の成長を喜んでくれている。
だが俺のお笑いへの挑戦はまだ終わりではない!
そう! 今度は…
キイ兄に乗り突っ込みをさせることだ!!
其れを見ていたおキヌちゃんが冷や汗をかいていたが、何かおかしいこといったかな俺?
けどキイ兄も言ってたし、笑いに命をかけろって!
あれ? 笑いだったかな?
〜おまけ〜
ん〜、おかしいな〜忠っちの飲んだ『時空消滅内服液』はちゃんと成功してるな〜
自分は忠っちの方を見てみる。あいかわらずニコニコと笑いながらおキヌちゃんと過去に戻ったときの話をしていた。
ん〜、それになんか引っかかることがあるんだよな〜。此れまでも結構あったんだよな〜、何だったっけ? 思い出せないな〜…
「キイ兄、俺マジで腹減ったしそろそろ飯にしない?」
「それじゃあ私準備しますね〜」
ん〜、まあ大丈夫だった見たいだし良っかな。
「ほら〜、グレンにはこの次世代の最新パソコンを上げよう。因みに忠っちの奢りだよ〜」
「み〜♪」
「こらー! 人の給料で何買い与えてるんだ!」
此れだけ元気なら大丈夫だね。
あとがき
レスを返させて頂きます!
>ジェミナス様
レス感謝です! 毎回読んでくださっているようで感無量です!
嫁候補入りは確定ですがまだまだ優先度は低めですね。それよりもう一人のほうを如何にかし様と知略謀略を巡らしてるかも(笑)
親友ズですがおキヌちゃんが生き返るまでは多分出番はないですね。(汗)
頑張って其処まで進めます。
今回はちょっとギャグは詰まらない…かな?
相変わらず戦闘シーンは難しいですし自信ないです。
ちょっと謎がありましたが伏線ですのでスルーの方向で(汗)
最近になって、横島と女性の絡みが無いなと物足りなさを感じる。キャラ早く増やさなきゃ…
これからはちょっと飛ばし飛ばしで重要なお話などをピックアップしたいと思います。
それではこの辺で失礼致します…