ずっと考えていたことがある。
それは―――アシュタロスにどうやって勝つか、ということである。
最終目標にして、おそらくは避けては通れないこと。
横島が修業していく中で、ある程度強くなったときにぶつかった最大の問題だ。
考えて。
考えて。
考えて……。
最初に出た答えは―――勝てない、であった。
人の身で魔神であるアシュタロスに勝つ。
以前はルシオラに対して「アシュタロスは俺が倒す!」などと大言を吐いたものであるが、改めて考えると、やはりかなり無理があった。
まあ、勢いもあったが、それだけ彼女のことを想っていたのである。
若かったなぁ……、などと感慨に耽ってみるが、さすがに無理などという結論で終わりにするわけにもいかない。
そこでさらに様々な方法を考えてみる。
アシュタロスと戦わずにすむ方法を含めてだ。
さいわい、彼には不可能を可能にするための道具があった。
そこから導き出されたいくつかの答えの一つ。
その第一段階が、今回フェンリルと戦う上での作戦だ。
本来は第三段階まで行なって初めて完璧となるはずのものなのだが、今の彼にはそこまで行なうだけの力ない。
少なくとも三つ目の封印が解けていることが前提なのだ。
正直、これだけでどこまで通用するかはかなり未知数だが、力の差を埋めるにはこれが一番最適であるように思う。
あとは『虚皇』という神秘すら感じる己の武器と、サポートしてくれる心眼と、本番での閃きに賭けるだけである。
本当なら、相手の神話から相手に合わせたものを文珠で創り出したかったが、諸事情で無理なものは無理なのだから―――しょうがない。
世界はそこにあるか 第27話
――月が荒野に吼えるとき――
とあるテニスコート。
そこには巨大で、素人には複雑怪奇な魔法陣が鎮座していた。
心眼の報告では、犬飼が動き出したらしいが、まだ完成していないらしく、美神と西条と唐巣が今も資料を見ながら懸命に書き続けている。
前より人数が増えているのに、間に合わなかったようだ。
ただ犬飼の行動は月の満ち欠けによって左右されるので、タイミングが合わなくてもしょうがないだろう。
ちなみにエミは別の仕事、カオスはバイトでここにはいない。
それにしても、なぜ前回の美神はあれだけのものを一人で書いていたのだろうか。
怪我をしていた西条はともかく、唐巣ぐらいは手伝ってくれそうなものである。
「しょうがないわ……!
横島クン、ちょっと戦ってきてくれない?」
目の下に隈のできた顔を上げて、横島に指示する。
というより魔法陣を書いている三人はかなりやつれており、反対に横島とシロはまだまだ元気である。
「任せといてください」
横島はその場を離れる。
「待って、横島先生! 拙者も!!」
そう言って、シロは彼を追いかけようとした。
彼女の性分でじっとして入られないのだろう。
だがこれは当然、美神に怒鳴られて止められることとなる。
この魔法陣は人狼族の守護女神であるアルテミスを呼び出すためのものなのだから、彼女がいなければ話にならない。
「横島クン、あんたの役目はあくまで時間稼ぎだけど、倒せると思ったらそのまま倒しちゃってもいいからね」
美神が横島に告げる。
「そうだね。神を降ろすなど、まだ見た目以上に幼い彼女には危険すぎる。
確かに最近の成長を著しいものがあるけど、危ないことに変わりはない」
唐巣の言うように横島とシロは三人が魔法陣を書いている間、暇も手伝ってか、横島が師となりそれなりの修業をしていたのだ。
さきほどシロが横島を先生と呼んでいたのもこのためである。
霊力の使い方や霊波刀の基礎を教え、才能ゆえかシロもそれをうまく吸収していったのだが、いかんせん時間が短すぎた。
それに体を使ったものはかなり優秀だが、技術となるとかなり心もとなく、女神の力を完全に制御できるとは到底思えない。
さらに急激に成長した彼女の肉体は、ただでさえ不安定なのである。
「一応Gメンの隊員も数名遠くにつけるが、あまり無茶はするなよ?
この前の戦いを見る限り、あれだけの近接戦闘を離れた場所から援護するのは不可能だろうからな。むしろ邪魔になるだけだ」
西条も長い髪を乱しながら、言うことを言っておく。
「そんなことより、俺が倒したら一億よこせよ」
「君にはやらんと言っただろうが。
令子ちゃんに少し似てきたんじゃないか?」
横島にとっては彼に対する単なる嫌がらせだったが、金銭面で美神に似ていると言われ、言いようもない嫌な感覚にとらわれる。
「どういう意味かしら西条さん?」
西条は自らの失言のせいで、彼女のプレッシャーに晒されて全身に嫌な汗をかいている。
横島はとばっちりを受ける前にその場を後にするのだった。
月が煌々と辺りを照らす満月の夜。
横島は山の中を一人歩いている。
すると目の前には黒々としたけに全身を覆われた人狼が姿を現した。
どうやら傷は完全に治っているようだ。
その手には抜いた八房を持っており、完全に戦闘態勢といった出で立ちで、目の前にいる彼に対して殺気を叩きつける。
「また貴様か……。邪魔をするなら今度こそ、斬らせてもらおう」
牙をむき出しにし、横島を睨みつける。
だが心眼はそんな言葉を半ば無視して、彼に話しかけた。
『月は出ているか?』
「ああ。今夜は月がこんなにもきれいだ……」
空を見上げ、真円にして深遠なる月を眺めるが、心眼は不満なようだ。
『…………そうじゃないだろう』
心眼が修正を促した。
そっち方向に持っていっては駄目なのだ。
よく知らないから。
「そうだな。じゃあやろう、俺たちの戦いの幕開けだ」
『シロは剣を抜いて体に深い傷を負った。長老は剣を抜こうともしなかった』
「けれど俺たちは違う。ためらいも後悔もない」
『マイクロウェーブ! ……ってワレたちはカップルじゃなくてあの兄弟!?』
さすがにあのカップルを当てはめたら少々あざとい。
「があぁぁぁああッ!!」
そんなやり取りをしているうちに、痺れを切らしたのか、犬飼が響き渡るような咆哮とともに八房を振り上げ横島に迫る。
一振りで八度の太刀。
だが横島はそれを苦にする風でもなく、ごく自然に捌ききり、一度距離を取る。
この程度の動きはこの前のやり取りで完全に掌握していた。
「まったく、堪え性ねえやつだなぁ……。
まあ、こっちここのままじゃ、決定打に欠けるし。出すか」
いつの間には横島の左手には、短い刀が握られている。
今の横島ではたとえ文珠を使っても、犬飼に致命傷を与えるのには骨が折れる。
人狼の俊敏で力強い動き、そしてそれを強化する八房の魔力。
さらにそれをかいくぐって攻撃を当てたとしても、そこには多少の攻撃には動じない強靭な肉体があるのだ。
そんなもの問題にもしない圧倒的なもの―――それが『虚皇』だ。
彼がここでこんな力押しの戦術を選択した裏には、邪魔が入らないうちに一気にいく、という決意も込められている。
「……二刀流。それが貴様の本来の型か?」
右手には霊波刀、左手に『虚皇』。
『斬刑に処す』
さっき自分は修正させたくせに、と横島は思うがさっさと意識の外に追いやり、精神を研ぎ澄ませて構えを取る。
二人の間の時が一瞬凍る。
そして勝負の決着も―――
一瞬でついた。
二人が同時に動き、横島を無数にも感じられる刃が襲う。
先ほどよりもはるかに速く鋭く重いそれらを、なんとか右の霊波刀だけでなんとか防ぎきり、八房をまるで押さえ込むように目の前で受け止める。
八房の動きが止まった刹那、『虚皇』を横に薙ぐ。
流星のごとく流れたそれは―――八房をあっさりと破壊し、犬飼の胸に深き傷を刻んだ。
「グハッ!! まさか……! まさかこれほどとはッ……!」
八房は粉々にされて地面に落ちており、一方で『虚皇』はその美しさを全く損なうことなく、月の光に照らされ神秘的な光を放っている。
犬飼は傷を押さえる。
それは奇しくも、先の戦いで傷つけられた箇所とほぼ同じだった。
だが以前と違うのは、出血の激しさ。
どくどくと流れ続ける鮮血は、犬飼の毛皮を染め上げていく。
「これで終わりにするか!? 続けるか! 犬飼!!」
『決定権はこちらにはない。お前が選べ』
おそらく今の姿のままなら、たとえ人狼であっても長くはないだろう。
僅かな期待を込めて、犬飼に選択を迫る。
「まだ……。我が悲願のためにも、まだ終わるわけにはいかんッ!
それに、『狼王』フェンリルはすでに復活しているのだ!!」
犬飼から力が解放され、その体を大きく変えていく。
そして完全に変化が終わったときには、怪獣と言えるような巨躯を誇っていた。
「グオォォォオオオッ!!!」
まるで大地を揺さぶるような咆哮が辺りに響き渡る。
『やはり……。いくぞっ!』
「おう!!」
横島の手から放り投げられた四つの文珠が輝く。
≪決戦領域≫
文珠から出た光が広がっていき、周りの景色が一瞬で変わった。
「そうか、わかった。しばらくそこで待機していてくれ」
西条が携帯をきる。
「どうやら、犬飼はフェンリルになったのは間違いないようだ。
その後フェンリルと横島クンが目視で確認できなくなったらしい」
部下からの報告をこの場のみんなに知らせる。
先ほど聞こえた咆哮で、おそらくと思っていたのが証明された。
「本当でござるか!!? なら、早く月と狩りの女神を!」
シロがいきり立って叫ぶ。
横島の時間稼ぎが功を奏し、魔法陣のほうは完成していた。
「少し落ち着きなさい! 目で確認出来なくなったってことは、あいつが何らかの文珠を使った可能性が高いわ。あれは万能過ぎるから、何してんのかまでは分からないけど。
なら、今は様子見で次の報告待ちよ」
「確かに、彼も何らかの勝機があってやっているのだろうからね。
君に神を降ろすリスクを考えれば、今は美神クンの判断が適切だろう」
唐巣も美神の意見に賛成する。
加えてGS試験やこの前の戦いを見て、彼に対する信頼度が上がっているのだ。
これを聞いてもシロはまだ不満そうだったが、二人に諫められ、すぐにでも駆けつけたいと逸る気持ちをなんとか押さえ込むのだった。
「なんだ、ここは!!?」
周りはただひたすら荒野の広がる世界。
空も普段ではありえないほど、紅い。
フェンリルは今までになかった体の違和感を覚え、思わず叫んだ。
「さあ?」
横島も不思議そうに辺りを見渡している。
『こんな感じになるとはな……。てっきりあの場所だと思ったが。
それと“どうだ”?』
「やっぱ全然駄目だな。
まあ、予想の範囲内にはあるから、この戦いはなんとかなるだろ」
そう言うと第一封印を開放し、横島の霊圧が一気に高まる。
だが、まだ両者の間の力の隔たりは相当なものがあった。
「それがどうしたッ!! 食い千切って、噛み砕いてくれるわぁぁあああッ!!!」
巨大な口をいっぱいにあけて、襲い掛かる。
「くっ!」
先ほどまでとは比べ物にならないスピードに、一瞬ひるむがなんとかバックステップでそれをかわし、距離をとる。
先ほどまで横島のいた地面は、その顎に削り取られ、クレーターと化している。
「“ここ”じゃなかったら一気にやられてたんじゃねえか?
まずは距離をとりながら、動きを……」
横島の周りに霊気を収束した玉が多数現れる。
「いけっ!!」
霊玉は横島を離れ、いっせいにフェンリルに襲い掛かる。
ここではその巨躯が災いし、全くかわすことができない。
「うっとうしいわッ!!!」
だがそれらをほとんど物ともせず、猛然と横島との距離を詰める。
かなりの破壊力を持った霊玉が牽制程度にしかならない。
横島が反応できたときには、右の前足は目の前まで迫っており、なんとか直撃だけは避けようと、左腕のガードをあげる。
「ガッ!!!」
だが満足に霊力を練り上げることが出来るはずもなく、派手に吹き飛ばされた。
霊玉<サイキックファンネル>ははっきり言って、汎用性が高く威力も強い、横島の趣味でネタとして作られたにしてはかなり優れた技である。
だがこの技の唯一の欠点―――それは肉体的反応が緩慢になること。
つまり接近戦ができない。
普通の敵なら、オールレンジ攻撃の前に近づくこともできないが、フェンリルは格が違ったのだ。
横島にしてもここまで問題にしないとは思わなかった。
「ククク……。もう死んだか?」
十分な手ごたえを感じていたフェンリルが嬉しそうに呟く。
横島は仰向けに倒れたまま動こうとしない。
「バーカ! 主人公はセーフティシャッターで守られてるから、こんなことじゃ死なねえんだよ。
そうでなくても、ここは俺の“決戦領域”なんだからな!」
負傷した箇所に『癒』の文珠を当てながら、ゆっくり立ち上がる。
『まだか?』
「……もう少しっぽい」
『そうか。なら、ファンネルの制御はワレに渡せ。
文珠もあるだけ出すのだ』
再び、横島の周りに無数の霊玉が舞い始める。
違うのはその中に相当数の文珠が混ざっていることと、その操作を心眼が行なっていること。
いままで心眼の戦闘における役目は、相手の動きを読むことだった。
だが、メドーサや八房を持った犬飼と違い、ここでは細かい動きを読む必要がない。
文珠と霊玉の制御を放棄した横島は先ほどまでの二刀流ではなく、『虚皇』を正眼に構えた。
そしてそれを核にして、巨大な霊波刀を形作る。
それは剣と呼ぶにはあまりに大きすぎた。
とでも言えるほど巨大だ。
もちろん重くもなければ大雑把でもなく、限りなく軽く、美しさを放っていた。
「本来の型は先ほどの二刀流ではなく、それだということか。
だがそんなこと関係ない! 今すぐ食らってやろうッ!!」
フェンリルが牙を剥き出しにして唸る。
「二人で一人、一人が二人。
こちらとて、これぞ真に人馬一体の戦闘形態! いくぞっ!!」
『私の愛横島は凶暴です』
「俺が乗られるほうかよッ!」
心眼は当たり前だと言わんばかりに、さらにファンネルを要求する。
「戯言もそこまでにしろ!!」
フェンリルが飛び掛ってくるので、横島も霊波刀を振り上げ一気に迫った。
まるで空中に浮いているかのように疾走する。
霊波刀と研ぎ澄まされた爪が交差した。
その瞬間、横島の動きが止まる。
フェンリルはここぞとばかりに口を大きく開き、牙が襲い掛かった。
だが心眼の操作する霊玉が正面に殺到し、動きを殺す。
『爆』の文珠も混ざっているらしく、顔面が派手に爆ぜた。
「この……ッ!!! いいかげん、うっとうしいわッ!!!」
フェンリルの巨大な目の部分に魔力が集まったかと思うと、そこから高威力の霊波砲と思わしきものが放出される。
しかし横島は霊波刀を防御に構えており、心眼も『防』の文珠を三つほど展開した。
「ぐあっ!!」
それでも完全に威力を殺すことはできず、大きく吹っ飛ばされる。
だがその衝撃が体を突き抜けた瞬間、横島の中で―――何かがカチリとはまった気がした。
『大丈夫か?』
心眼の言葉にすぐさま体を起こす。
「なんとか……。だけど、これでいけそうだ。
やっぱ、生死を賭けた戦いっていうのはそれだけで効果あるな」
横島は静かに集中し、霊力を高めていく。
「第二封印<四象>―――解」
先ほどと同じように、横島の霊力が膨れ上がる。
まだフェンリルのほうが上だが、“ここ”ならばこの程度はもう関係ないと言っていい。
「その力……! 貴様どこまで拙者の邪魔をするつもりだッ!!」
今までよりもいっそう強い吼えが、荒野に響き渡る。
「お前が何もしたいとか、そんなことは知らん!
けど、お前が道を外し、何も知らずに奪われた人たちがいるから、立ちはだかる。
そんだけだッ!!」
「拙者は狼族の歴史を拓くために剣を取ったのだ!
何かを成そうとすれば犠牲は付き物。そんなことも解らんのか!!?」
「一線を守れなかったお前が、お為ごかしの大義持ってくんじゃねえッ!」
横島が地を蹴り、再び両者は交差する。
先ほどまでの力の差はほとんど感じられず、互角のやり取りとなる。
あの霊波砲も同じ対応で、完全に防いで見せた。
『そろそろ決めるぞ!』
幾度かの交差と仕切りなおしの後、心眼がそう言うと横島も頷く。
霊波刀を少し引いて構えると、今までで最大のスピードで突進した。
「その程度ッ!!」
フェンリルも前足を振り上げ、それを跳ね返そうとする。
だがその足が―――動かない。
この一瞬に心眼が『縛』で二本の前足を封じていたのだ。
確かに『縛』の文珠一つで、フェンリルそのものの動きを封じることはできないが、一つにつき一本の足ならば十分に可能。
「終わりだ!!!」
フェンリルの喉元に、霊波刀の切っ先が肉迫する。
「こんなッ!! 舐めるなぁぁぁああッ!!!」
執念で文珠を破ると、その爪を横島に向ける。
霊波刀がフェンリルの喉を刺したとき、横島の腹もまた―――巨大な爪で貫かれていた。
「ぐっ! おおおぉぉおッ!!!」
最後の力を振り絞り、突き刺した霊波刀を薙ぐ。
それとともに、あたりに大量の鮮血が舞い散り、両者ともに地面に倒れた。
そして、周りの景色も今までの荒野ではなく、元の山の中に戻っているのだった。
「いきなり現れたと思ったら、どちらも血塗れで倒れていたらしい」
西条が報告を全員にすぐさま伝える。
だが、シロと美神は彼が全部言い終わらないうちに駆け出してしまった。
残された形の二人も急いで彼女らを追いかける。
『すまん、横島。こんな……』
「気にすんな。
それより竜の子みたいにしばらく体が動かんなんてことにはならんよな……」
横島はいまだ横たわっているが、傷自体はすでになくなっていた。
心眼が『癒』である程度治し、その後横島が自身で『完全回復』を使ったのだ。
だがいまだに動けないでいた。
『それだけの冗談が言えるなら大丈夫そうだな。体は直に動けるようになるだろう』
肉体的にも精神的にも霊的にも、消耗しきっていることが原因だろう。
体を動かすべきものが何もないのだ。
しばらくするとGメンの隊員が現れ、シロと美神も駆けてきた。
美神もシロからほとんど離されていない。
「先生!」
「横島クン!」
フェンリルと同じように、横島も血に沈んでいる光景。
本人が大丈夫そうなのが幸いだが、それを見て怒りを露にする。
「このクソ犬! ぶっ殺す!!」
神通棍を強く握りしめ、倒れているフェンリルに近づく。
だがそれは上から聞こえてきた声によって、中断することとなった。
「もう十分だろう? お前とて彼に全てを任せたのだからな」
「誰よッ!」
元々上を見ていた横島以外の全員が、空を見上げる。
だが上にいた存在を見た全員が動きを止め、その場が凍りついた。
上にいたのは翼の生えた魔族。
そして、ただ一つ普通じゃないのは―――顔にonちゃんの被り物をつけていたことである。
今までのシリアスな流れを、完全にブッタ斬ったのだった。
「私は魔界上層部のある人の命令でやってきた魔族だ…………オン。
というわけでそこにいるのは連れて行く、オン」
言うだけ言うと、大した説明もせずに倒れているフェンリルを連れて行こうとする。
よっぽど早く離れたいのだろう。
「ちょ、ちょっと!」
美神が声をあげるが、それに反応せずフェンリルとともにその場から消える。
その魔族のことを知っている横島以外にとっては、何がなにやら分からぬうちにこの事件は終結を迎えるのであった。
ある部屋には、横島と翼の生えた魔族ことワルキューレが座っていた。
「つまりあの被り物は、顔を隠すためだった、と」
先ほどの格好を思い出したのか、ワルキューレは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに頷く。
「魔界にいるフェンリル様、というよりもロキ様に今回のことを頼まれたのだが、行くときには絶対にこれを付けて行け、と言われてな」
ワルキューレの顔には哀愁が漂っていた。
聞いていて不憫でならない。
「ところでジークは元気か?」
「ああ、あいつは今怪我をしていてな……」
ワルキューレはロキのところであったことを話す。
どうやら、ロキはジークを騙し、さらにフェンリルをけしかけて、結果としてジークは腕をフェンリルに噛み付かれたらしい。
それを横で見ていたロキとサッちゃんはその様を見て、笑い転げていたそうだ。
「魔族の偉いさんって、そんなのばっかじゃねえだろうな?
アシュタロスまでそんなんだったら俺もさすがに泣くぞ!?」
『だが、バナナの皮で滑ったり、一斗カンを頭に落としていたあ奴はかなり輝いていたぞ』
それはお前の基準でだろう、心眼。
だがそれを聞いて横島も少し沈み込む。
「きっ、きっと大丈夫だ! ……たぶん」
よほど生真面目でなければ、魂の牢獄云々で悩む必要などないはずだ。
おそらく杞憂だろう。
だがその場は言いようのない沈黙が支配していた。
「さ、さて! 私はそろそろ戻るとしようかな」
ワルキューレが立ち上がる。
「ん? もう行くのか?」
「ああ。次のサイコロを振らなければいけないからな。
私は今度こそ自分がダメ魔族でないと、証明せねばならんのだ!」
事情はよく分からないが、決意のこもった瞳だ。
横島もそれを察し、彼女の帰りを見送るのだった。
ただ、ワルキューレは言えなかった。
腕を傷ついたジークにロキが「どっかの奴みたいに、噛み砕かれなくてよかったな!」と言って、さらに二人が大笑いしていたことなど。
そして、呼吸困難になりかけていたことなど。
ジークが哀れすぎて――――とても言えなかった。
あとがき
オンばんわ。27話です。
今回は最長更新ほどではないですが、長いです。ついでに言うと次回は短め。
今回はバトルが基本。苦手な私は、つらかった……。
ちょっとぐらい擬音語とかも使ったほうが良かったかな? その辺りも感想とともにご教授いただければ嬉しいです。
さて、今回出てきた『決戦領域』
まだ疑問点多いと思いますが、今はスルーで結構です。
Xネタ、皆さんの予想通り出しました。ですがあの兄弟は予想できたでしょうか? 月姫もまた少し。これはゲームしてないでほとんど知りません(フェイトはもっと知りません) 何か間違ってないか、少し心配。
他にも小さいネタをちょこちょこと。
今回も読んでいただきありがとうございます。
>ジュミナスさん
どうだ、フェンリルめ! こんな終わり方だとプライド粉々だろ!!w
>ラルクさん
グレイプニル、とある大作で使っているので使えませんw
>予防注射
彼も裸足で逃げ出すことでしょうww
>ハイエロファント
その方面の攻略は、とある大作でされてるから……。
断腸の思いでその考えを切りましたw
>casaさん
どうだGXネタ!w
>神々黄昏
みんな出てきてくれれば、いいんですけど、その終わったあとの結果が生じちゃったらどうしましょう。
>ヴァイゼさん
Xで名台詞……。ありましたっけ?w
確かに動いているのが彼だけって不自然ですよね。自分だけで十分だと思っていたのか。公務員だから試験がまだされていなかったのか。(美神が無試験でやっていたのはスルーでw)
>紫焔さん
どうも。これからも続き頑張らせていただきます。
またレスいただけたらありがたいです。
では。