自らの利己的な目的のために、
“何も知らない”他人を利用し、踏み躙る。
それは数ある『悪』の中でも、最も忌むべきものである。
弟子であったシロを傷つけられたことはもちろんであるが、そういうことでも横島は犬飼に対する怒りを感じていた。
横島も聖人ではないから、他の者の命を奪ったことはある。
なるべくはそんなことをしたくはないと思っているけれども、実際にハーピー、死津喪比女を殺しているし、これからもデミアンやメドーサと戦えば、殺すことになるかもしれないが、そのことを忌避するつもりはない。
自らが全く踏みにじってないわけでもないのに、なるべく殺したくない、そんなことは偽善だと言われるかもしれない。
だが、どんなに偽善と言われようが、絶対に守らなければならない一線が確かにあるのだ。
犬飼が心の中でどんなことを思っているのか、横島は分からない。
もちろん、狼族に自由と野生を取り戻す、という表面的なことは知っている。
だが心の奥深くで本当に思っていることは、当然分からないわけだ。
自分勝手な正義に酔いしれているだけなのかもしれないし、人狼としての崇高な何かがあるのかもしれない。
だが彼が何を思っているかなど――なんの問題でもない。
そんなものとは微塵も関係なく、
ただ日々を過ごしていたにも拘らず、理不尽に殺されてしまった者はどうなるのか。
突然、家族や恋人を奪われてしまった者はどうなるというのか。
状況は全く違うとはいえ、ただ泣いて暮らさなければいけない辛さは横島にはよく分かっているのだ。
だからこそ、その一線を越えている犬飼に怒りを感じるし、死津喪比女の時のようにうまく防げなかった自分にも怒りを感じている。
だがそうは言っても、敵は死津喪比女の時とは違う。
死津喪比女は強力な妖怪ではあるが、植物という括りから逃れてはいない。
だからこそ実力差があっても文珠で倒すことができたのだ。
しかし犬飼は本物でないといえ、あのフェンリルになる。
本当ならフェンリルにならないようにするのだろうが、並のGS以上の力を有する人狼を斬っているので、それもかなり難しい。
死津喪比女は倒しにくさが半端ではなかったが、フェンリルは単純なサシの戦闘力が半端でない。
にも拘らず、横島は第二封印を解いて、そのあとは何とかする、というかなり不確定で不確実な行き当たりばったりなことしか思いつかない。
妙案の浮かばない横島は、アルテミスではなく、いっそのこと文珠でヴィーダルが喚び出せないだろうか、とさえ思うのだった。
世界はそこにあるか 第26話
――死者の代弁者――
夜の街には、先ほどまで別れて辻斬りを探していたGSの面々が再び集まっていた。
カオスは全員を出し抜けたと思っていたようだが、犯人の犯行パターンを分析した結果、全員が――もちろん冥子は何も考えずにくっ付いているだけ――同じ結論に帰着したのだ。
犯行は満月の前後、23区内を円を描くように行なわれていた。
勘のいい者は、これも犯人と直接関係があるのでは、と考えている。
先ほどまでの事務所でのお気楽な空気がまだ残っていたが、それも次の瞬間には一変した。
「……霊能者か。
大勢お揃いだな。拙者を探しておるのかな……?」
相手の発する気配に、一流GSとしての勘が警報を鳴らす。
―――この相手は危険だ、と。
全員がこいつが辻斬りの犯人だと理解していた。
体から溢れる危険な気配、腰から提げた刀、そして何より――着ている格好が怪しすぎた。
着物を着て、編み笠で顔を半ばまで隠しているのだ。
これで犯人じゃなければ、逆にずっこけるところである。
「みんなっ! さがれ!!」
西条が指示を出すと、全員が即座に従い、相手の間合いからかなり遠ざかる。
GSとしての危機回避能力か、それても単に突然の大声に弾かれただけか、冥子でさえ素早い動きを見せている。
犯人が刀に手をかけているのを見て、西条も懐から愛用の銃を取り出す。
「いかに優れた使い手だろうと、当たらなければどうということはないっ!
くらえっ! フルオート連射!!!」
西条の銃が火を吹き、大量の銃弾が襲い掛かる。
「小賢しい!!!」
大量の銃弾をものともせず、抜いた刀で叩き落す。
だが、相手との距離があるので反撃までには持っていけないようだ。
「ふん、賢くて悪いか!
ならば……。カモーーーン、Gメンの皆さん!!!」
その言葉とともに、犯人の左右の家の屋根からライフルを持った二人組、合わせて四人のGメンと思われる人たちが出てくる。
西条は犯人が霊刀の使い手であると分かったときから、自分以上の腕前であることを当然憂慮していた。
彼の技量も低くはないが、達人と言われる者からすればかなり見劣りする。
そのため捜索の段階で、自分にはGメン隊員を張り付かせておいたのだ。
先ほどの銃撃は、隊員が配置につく時間稼ぎの意味合いも持っている。
先ほどの全員に対する指示といい、きちんと相手の力量を踏まえた柔軟な発想ができているのは、この前の横島との戦いと無関係ではないだろう。
「撃てっ!!」
西条が間髪いれずに指示を出すと、四人は犯人に銃弾の雨を降らせる。
「ぐううぅぅっ……!」
犯人も先ほどのように刀で銃弾を叩き落そうとするが、段違いの量、さらに左右からの銃撃ということで、全ては到底無理だ。
体にどんどん傷が増えていく。
「がぁぁッ!!!」
何かに耐え切れなくなったように犯人が雄叫びを上げると、突如姿が変わる。
先ほどまで着ていた着物は破けて、黒々とした体毛が姿を現し、耳は逆立ち、口には鋭い牙が並んである。
「人狼!!?」
美神が驚きの声をあげるが、次の瞬間には銃弾の雨から逃れるように、彼女らと距離を一気に詰める。
人間とは比較にならない瞬発力だ。
西条も霊剣を抜き、迎撃体制をとろうとする。
「さがってろっ!! 西条ォォッ!!!」
うしろから突如として現れた人物が彼らの前に躍り出た。
「何をする気だ、横島クン! 横島クンだと……!?」
なにやら驚愕してるが、どう見ても横島だ。
横島はなにも輸送機に乗っているわけではない。
その現れた人物は振り下ろされた霊刀を霊波刀で受け止め、押し返す。
「貴様は……!!
そうか。ならばお主を斬り、我が力としてやろう」
人狼のその言葉を無視して、横島は斬りかかる。
相手も特殊な霊刀を駆使して応戦する。
その速さに横島は互角、いやむしろ押し気味に戦いを進めていく。
いかに刀が優れていようと、年老いた人狼の長老に七発も受け止められるほどである。
肉体的なスペックの差は当然あるが、それでも今の横島ならば、すべて受け止められない道理はない。
十数合打ち合ったところで、横島の霊波刀が人狼の胸部を切り裂く。
それは決定的なものではなかったが、相手はたまらず距離を取った。
「貴様はあの時の……。また拙者の邪魔をする気か」
胸を押さえながら声を出す。
「てめーが辻斬りだな!? なんで……」
「次に貴様に会うときは、必ず拙者が狩ってやる!」
傷のためか、言いたいことだけを言い、その場を離れる。
「待ちやがれ!」
横島は逃げる人狼を追おうと地を蹴るが、西条に腕を掴まれる。
「何すんだっ、西条!」
「今深追いするのは危険だ! 幸い、向こうは君がつけた傷でしばらくは動けないだろう。
それに、人狼の言葉から察すると、あの霊刀は斬った相手から霊力を吸収するタイプのようだから、この先一般人が狙われる可能性は低い」
「確かに普通の人間を100人ぶった斬るより、GSを一人斬るほうが効率がいいワケ」
西条が言うことも正論だ。
だが、少しでも一般人に犠牲が出る可能性がある以上、ここで霊刀の破壊くらいは――出来るかどうかはともかく――しておきたかったのだ。
ただ、ここでフェンリルになられると、かなり厄介だったので、これぐらいでちょうど良かったのかもしれない。
「それはともかく、相手は横島クンを知っているようだった。
どういうことだい?」
「そーよっ! 人狼は存在自体はかなり有名だけど、かなり珍しい妖怪よ。
今までの仕事でも関わることなんてなかったし」
唐巣の言葉に美神も追従する。
相手の数が多い少ないはともかく、犯人が知っているというだけでかなりの情報だ。
「俺、以前人狼の里に言ったことあるんすよ。小竜姫さまと一緒に」
ここは正直に言った。
いずれ分かることでもあるし、隠すメリットも少ない。
「それ、いつよ!」
美神が語気強く尋ねてくる。
「ちょっと、また小竜姫!?」といった感じで少し機嫌が悪いが、彼女の横島に対する可愛がりようは知っているので、裏を返せばその程度のこととしか思っていない。
「ええーっと、香港よりは後ですね」
横島は答えるが、時期に関しては大した意味はない。
「その人狼の里の場所というのは覚えているかい?」
少し焦点のずれている上司の代わりにその師が聞く。
「大体覚えてると思いますけど……」
それを聞くと、美神のほうを向いて唐巣は頷く。
人狼の里で今回の事情を聞けたら、少なくとも犯人に関して聞けたのなら、かなり有意義なものだろう。
この事件に関して、とりあえずこれからの方針が決定したのだった。
人里離れた森の中。
美神と横島は人狼の里を探して歩いていた。
「ほんとにここでいいんでしょうね?」
「だと思うんすけど……」
美神も、数時間も歩き詰めで、正直いまさら間違っていたと言われても困るのだが。
『まだ空間のひずみのようなものも見えんな』
「はぁ……。しょうがない、もう少し歩きましょうか」
心眼の言葉にあきらめたように足を前に出す。
だが違和感はそれから三十分も歩かないうちに表れた。
「……横島クン」
横島もこくりと頷く。
誰かに見られている感覚。
それに気付き、人狼の里がもう近いことを確信する。
少しして、心眼も空間のひずみを確認したようだ。
「ちょっと、そこで見てる二人組! 出てきてくんない!?」
結界を通りようがないので、手っ取り早く監視している者たちを呼ぶ。
もちろん文珠を使えば不可能ではないだろうが、この状況で無駄使いするのは避けたかった。
「気付いておったのか……」
少し離れた木の陰から、侍風の男が二人出てくる。
「ちょっと話が聞きたいんだけど、里に入れてくれない?
手土産にトップブリーダーも推奨する、めちゃウマのドッグフードも持ってきてるんだから」
美神が持ってきたドッグフードを持ち、ちらつかせる。
「そばにいる者は確か、竜神さまと一緒にこの前やって来た、犬塚殿の恩人であろう?
そのようなものがなくても、入れるぐらいは是非もない」
「そう言いながらも視線は一点に釘付けだし、尻尾も千切れんばかりに振られているのは俺の気のせいか……?」
その言葉を半ば無視して一人が通行手形を出し、空間のひずみの近づけると、周りの景色が消え去り洞窟が姿を現す。
入り口を結界でふさぎ、通行証を持つものだけを出入りさせる。
こうして人狼何千年もひっそりと暮らしていたのだ。
「横島殿!!?」
四人が里の中を歩いていると、人狼の少女が横島を見て嬉しそうに寄ってくる。
「お久しぶりでござるよ〜!」
尻尾を振りながら横島にじゃれつく。
「この子、誰?」
「……お前、もしかしてシロか?」
小竜姫たちから聞いてはいなかったが、やはり今回も超回復した際に肉体的にも成長したようだ。
今回はもちろん霊力の塊である、文珠の影響である。
姿そのものは前回とほとんど変わらなかった。
今のタマモが見たら少し悔しがるかもしれない。
「そうでござる! 拙者大きくなったんでござるよ。
一目で分かるとはさすが横島殿でござる〜!」
さらに嬉しそうにじゃれついた。
前に来たときのことは大まかに美神にも話してあるので、彼女もなんとか許容しているようだ。
「その様子ではそちらにもご迷惑かけたようですな……」
そう言って近づいてきたのは、シロの父親だ。
まだ怪我が治っていないらしく、腕を布で吊っている。
八房に斬られたとき、力をごっそり持っていかれたので治りも遅いのだ。
「いろいろ聞きたいこともあるでしょうけど、ここで話すのもなんですんで、こちらに来てください」
そう言われて、三人はシロの父親について歩いていくのだった。
「なるほど、そうでしたか……。
それにしても、八房を持った犬飼に傷を負わせるとは」
美神のこれまでにあった話を聞いて、長老が頷く。
長老の家では先ほどのメンツのほかにも、人狼族の何人かが神妙そうに話を聞いていた。
もっとも美神の手土産はしっかり食べている。
シロは話を聞いて、「すごいでござる〜!」と横島にべったりだ。
美神もいい加減鬱陶しくなっていたが、ここで騒いでもしょうがないので放置しておいた。
「あんたもあいつにやられたんでしょ?
そこまでするあいつの目的は一体なんなの?」
シロの父親のほうを見る。
「やつは八房で人間を殺し、その吸収したエネルギーを体内に取り入れることで、『狼王』になろうとしておるのだろう。もっとも身内もすでに斬っておるがな……」
「『狼王』ってまさかフェンリル狼のこと!?」
「さよう。わしら大神族はフェンリルの魔力を受け継いでおるのじゃ。
じゃが、もはやフェンリルはわしらに災いしかもたらさんというのに、やつはそれが分かっておらぬ」
長老の顔に一瞬怒りの色が見える。
彼には犬飼が性質の悪い、分からず屋の駄々っ子にでも見えるのだろう。
いや、仲間を殺している時点で、そんな次元ではないのかもしれないが。
「そうでござる! 一刻も早くやつを止めねば……!」
横島にべったりだったシロが声をあげる。
だが父親のほうはその言葉にため息を吐いた。
「……横島殿からも何か言ってやってくだされ。シロはずっと犬飼を追うと言って聞かんのですよ」
最初のほうこそ、彼女を諭すために声を荒げていた彼も、あまりのしつこさに徐々に押されてきていたのだ。
かといって、追ってもやられるだけであるから、許すわけのもいかなかった。
「止めるって、お前……。具体的にどうすんだよ?
やられたばっかなんだろ」
「ですが、これは人狼族の問題でござる!!」
すぐ言い返してくるが、これを聞いて横島は少し目を細めた。
「けどな、もう人間だって何人も殺されてんだ。人狼族だけの問題じゃねえさ……」
「!! それは……」
それを聞いて周りの人狼たちも眉をひそめている。
どんな事情があろうと、他の種族を害し、さらに数少ない身内まで殺したことなど、自然との調和を望むここにいる者にしてみれば恥部以外の何物でもない。
「まっ、俺がなんとかすっからさ」
横島はシロの頭に手をぽんと乗せる。
「なーに、あんた一人で勝手に話進めてんのよ!」
美神は横島の頭をばしりと叩いた。
「何すんですか!?」
そんなことを言いながら、殴られた頭をさする。
だがこのやり取りで周りの空気はいくぶん和らいだようだ。
「確かに人狼族だけの問題ではないが、これがわしらの問題であることに変わりはない。
苦しいことじゃな……」
「そうでござる! 戦えないと言うなら、せめて連れて行ってくだされ!!」
それを聞いて横島は苦い顔になる。
もちろん連れて行くくらいは問題ないだろうし、それでシロも満足するのだったらそうしたほうがいいのだろうが。
「……どうします、美神さん?」
とりあえずお伺いをたててみる。
「別に良いんじゃない? もしかしたら役に立つかもしれないし」
あっさりと答える。
もしかしたら、彼女の中では前回と同じような戦いが浮かんでいるのかもしれない。
月に支配される人狼―――そして、女性の持つ魔力。
危険は確かに大きいが、やはり最終的にはこれに頼るしかないだろう。
だが、横島の頭にも“対決”の青写真はおぼろげながらできているのだった。
あとがき
むし追い……w
というわけで少し間があきましたが26話です。
いろいろあったんですが、読んでくださる方、何よりレスくださる方もおられるので、なんとか終わりまでもっていきたいと思います。
今回はつなぎ的話です。
シロ初登場。口調がムズイ。「ござる」付ければいいだけか? ある意味これのせいで彼女の登場は遅く……(爆)
西条がちょっと活躍。
前回のフリにも拘らず、横島クンは主人公なのに戦闘描写省略されてますw
私はサブタイトルを原作に倣って、既存の作品から主に取ってるんですが、今回は「月は無慈悲な〜」をもじる予定だったのに、原作ですでにされてるし。しかも石神様。気付かんかった。
ですが私はまずサブタイありきなところがあるんで、決まらないと進まない……。
皆さんが飛ばすようなところでかなり苦労してますw
今回も読んでいただきありがとうございます。
>のりまささん
どうもです。私も貴方様の作品を楽しく読んでおります。
これからも読んでいただければ幸いです。
>ジェミナスさん
そうですね。
まずはシリアスでしょうが、そのあとは……ふふふ。
>マヒマヒさん
どんどん探してくださいw
私の守備範囲は結構狭いので、分かる人には分かりやすいと思いますです。
>ヴァイゼさん
レスいただけてほっとしてますw
ネタに関しては周りがしていて、横島自身はそれほどしてない罠。う〜ん。
>casaさん
>頭がついていきませんでした
それは私のギャップがヌル過ぎたからかと。
この辺りの程度が難しいです。
>ラルクさん
出来るかもしれないですけど、横島クンはシロの親父が死なないように、そしてシロが戦わなくていいように動いてますんで、しないでしょう。
やったらやったでおもしろそうですけどw
>響さん
この作品では、たとえ犬飼がどんな奴だったとしても、そんなことは殺された者にとってはなんの関係ないじゃないか。というコンセプトで書いています。
単なる下種でもないと思うんですけど……。たぶん。
では。